菅波茂の発言 (憲法調査会安全保障及び国際協力等に関する調査小委員会)

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○菅波参考人 おはようございます。
 きょうのような貴重な場に呼んでいただいたことを感謝しております。
 きょうは、一応、NGOの立場としまして、平和主義と国際協調主義、それから公益という三点に絞って意見を述べさせてもらいたいと思います。
 最初の、平和主義ということなんですけれども、平和という定義がないというところに非常に難しさを感じております。
 それから、主義というのが本当に主義になるためには、主義者という方たちが出てきて本当に主義というものは成立すると思うんですけれども、主義者という方々は、その主義に命をかけてもいい、そういう人たちが本当の主義者だと私は思っています。
 そういった意味で、過去の日本に主義者という人たちが存在したとすれば、二通りの主義者の方々がいたと思います。一つは共産主義者、それからもう一つは国粋主義者。それから、もし平和主義者というものがこれから出てくるとすれば、私は、それはNGOが萌芽だと思います。といいますのは、みずからの判断で危険なところに出かけていって、平和ということに関して活動している、これが新しい意味でのNGOが平和主義者として定義されるゆえんじゃないかというふうに思っています。
 それから、国際協調主義ですけれども、もし国際協調主義がうまくいったならどういうふうな評価が国際社会から得られるであろうかということを簡単にまとめますと、嫌われず、喜ばれて、なおかつ軽べつされず、これが国際主義の成果だろうと私は思っているんですけれども、国際社会で嫌われないためにはどうしたらいいのか、それは、戦争をしないことが一番だと思います。
 戦争というのは、合法的な殺人という要素がありますし、一たん巻き込まれると、三世代、百年間はこの影響が残るということで、現在もこの影響が残っておると思いますし、それから、喜ばれるということは、お金を上げるということですね。それから、軽べつされないということは、メッセージをしっかり出す、こういうことだと思います。
 現在の日本の国際社会における評価というものは、嫌われてはいない、喜ばれているけれども、少し軽べつされている。メッセージなきお金を出すということは、成金趣味ということで定義されるんじゃないかなと私自身は思っています。
 それから、本当に国際協調主義を貫くならば、啓典の民との連携なしには不可能である。啓典の民といいますのは、ユダヤ教、キリスト教、それからイスラム教の一神教の人たち。この人と、私たちのような仏教、ヒンズーのような多神教の人たちの一番の違いといいますのは、日本には不言実行という言葉がありますけれども、一神教の人たちにとってみて一番価値があるのは有言実行、その次が有言不実行、それから一番わかりにくくてどうにもしようがないのが不言実行、こういうふうになると思います。
 この言というのはだれが言うのかというのは、これは予言者が言うわけですね。実行するのは大衆がするわけですから、予言者が世の中に必要なことを言っても、それが実行できないのは、これは大衆がやるから仕方がない。
 こういうふうに考えてみた場合、二〇〇一年の九月十一日のあのテロのとき、日本はどうすべきであったのかと考えてみましたら、不言実行の、何を行動するかというアクションプランだけを一生懸命考えていた。これは一神教の人たちには通用しないことですね。
 あのときに一番よかったのは、一週間以内に、小泉首相が、ワールド・トレード・センターの焼け跡に立って、世界に向かって、反テロ、人道支援のメッセージを叫ぶ、そうすると、世界の人は小泉首相に予言者の姿を見る、そういうことで、小泉首相は瞬時にしてワールドステーツマンになったと思います。
 このとき、危ないから行かない方がいいという意見があったと思いますけれども、大体予言者というのは人類が不幸な立場にあるときに出現します。そして命を失う可能性もあるということですね。もしあのときに小泉首相の身に何かありましたら、私は、多分、後世のアメリカの歴史には、リメンバー・パールハーバーから、リメンバー・ミスター・コイズミに変わっただろうと思います。これくらいやはり、有言実行、不言実行の決定的な差というものを見ていいんじゃないかな、こういうふうに思っております。
 それから三番目に、公益の時代ということになります。
 これはどういうことかといいますと、国益という言葉がもう制度疲労を少し起こしかけてきている。その一番の理由は、近代国民国家のシステムが時代にそぐわない面が出てきている。これはやはり存在としては不可欠だと思うんですけれども、時代において少し制度疲労を起こしてきておる。その制度疲労の原因は二つあります。
 一つは、近代国民国家の原則である民族自決の原則というこの民族という概念におきまして、最大民族が国家をつくるということなんですけれども、マイノリティーの人たちの人権というものが非常に取り上げられ出したという形で、最大であるから許されるという状況ではなくなってきているということ。
 それから、ドッグイヤーと言われるように、物事の変化のスピードが非常に速くなってきている。この中で、法治国家という、ポジティブリストという物事の進め方が時代のスピードに合わない。すなわち、ポジティブリストからネガティブリストの時代に入ってきている、そこまで時代のスピードが速くなってきているという形で、近代国民国家のシステムの特徴である国益を確保するという視点から、従来のやり方ではもうある程度無理が来ているんじゃないかという形で、公益という新しいコンセプトでもって国益というものを確保していく、こういう時代の流れを感じております。
 ここで、NGOという考え方なんですけれども、NGOというのは基本的にネガティブリストで動いている団体です。ポジティブリストで動いているGOとネガティブリストで動いているNGOの連携をどうするのか、これが新しい公益の基本になります。
 それから、公益と言う以上、特に日本の私たちにとってみましたら、啓典の民との間にコミュニケーションが可能なキーワードなくして連携は成り立たない。こういうことを考えましたときに、国民参加型人道援助外交という新しいコンセプトを出した方がいいんじゃないかなと。そして、国民参加型人道援助外交のキーワードとして、啓典の民にも通用する人間の安全保障、こういうキーワードのもとに国民参加型人道援助外交を展開されたらいかがなものか。この国民参加型人道援助外交のエッセンスは、ポジティブリストで動くGOとネガティブリストで動くNGO等々の民間の団体との連携のありようだ、こういうふうに考えております。
 その中で、私たちが一つやりましたのは、医療和平という考え方で、現在、明石代表の指示のもとでスリランカでやっていますけれども、それ以前には、アフガニスタンの医療和平という形で、北部同盟のアブドラ当時外務副大臣と、それからタリバンの公共福祉大臣のアッバス氏をともに岡山に招いて、ワクチン停戦ということでほぼ合意しかけたんですけれども、二〇〇一年の九月十一日のあの世界貿易センタービルのテロで御破算になりました。
 この医療和平というコンセプトが成り立つための三つの要素というのがありまして、一つは、双方が命の普遍性というものに対して共通の認識を持っていたということ。それから二つ目が、AMDAというNGOの活動に関して双方が信頼関係を置いてくれたということ。そして一番大切なのは、日本という国に対する期待感があったということですね。すなわち、命の普遍性、それからNGOに対する信頼性、それから日本という国に対する期待性、この三つの要素で、双方がわざわざ日本の岡山まで来て、そういう停戦のサインまでしてくれた、こういうことであります。
 それで、今後の世界情勢を見るに、二〇〇一年の九月十一日の後、なぜかブッシュ大統領が、今後二十四年間このような状況が続くということで、二十四年間という具体的な数字を彼が提示したこと自体が、アメリカ・イニシアチブで力の時代が続く、こういうふうに見てもいいと思うんです。ただ一番危惧しますのは、テロというコンセプトなしにテロに対して対策をどうすべきか、こういう状況がどんどん進行しておりまして、もう一般世間では、テロというのは変質者が行うんだ、こういう認識に立ちまして、テロと聞いただけでパニクっていく。果たしてこれでいいものかどうか。
 テロというものは、もっと政治的な要素があります。私自身のあれですけれども、テロというのは殺人によるメッセージなんだと。そうしますと、殺人というところにウエートが余りにも置かれ過ぎて、変質者がやることだという認識が一般社会に広まっていますけれども、テロで重要なのは、非合法な殺人によるメッセージ性のところを分析しないと、社会としては適切な対策が立てられないということで、テロの殺人性だけでなくてメッセージ性にも十分注意していく必要があるんじゃないか。そうしないと、ブッシュ大統領が言った、今後二十四年間のテロとの戦争の意味がわかってこない。こういうところに危惧の念を感じております。
 それから、GO、NGO連携なんですけれども、国際社会で一番重要な原則は、何よりも第一番目に優先されるのは、お金を出す者が命じるという国際社会の鉄則があります。そうしますと、日本政府の貴重な税金がいろいろなところに出されているのを見ますと、日本政府はお金を出したところには十分命じる権限、権利があるんだということに基づいて、ネガティブリストで動くNGOのソフトインフラ整備は十分できると思います。その中で、NGOがネガティブリストに基づいて国民参加型人道援助外交を通して人間の安全保障というものを追求していくという日本の姿勢が世界にアピールされることによって、日本は公益を十分尊重している、存在と影響力を発揮できると。
 そのときに世界の人は、なぜ日本はそこまで言えるのか、それだけのエビデンスがあるのか、こう聞かれたとき、私は、はっきりと断言すればいい、日本は人間の安全保障を実現している世界でも数少ない国なんだ、その根拠は三つあると。
 一つは、人間の命に不可欠な水というものが豊富にあります。それは、緑があるということですね。二つ目として、世界一の平均寿命を誇っている、すなわち国家が国民を保障している国である。それから三番目が、日本しか言えないことなんですけれども、武器の輸出を禁止している法律を持っている唯一の国である。この武器の輸出を禁止する法律があるということは、他人の生き血を吸って生きないという非常に高いモラルを持った国民である。この三つのエビデンスで、日本は世界で人間の安全保障を実現している数少ない国である、だから私たちは世界に向かって人間の安全保障を実現していこうじゃないか、こういうふうに呼びかけている国なんだと。これが、私は自信を持って言ってもいいと思う。
 それから、もう一つとしまして、世界の原則はお金を出す者が命じる、この原則を徹底的に貫いたらいいんじゃないか。しかし、時代は近代国民国家の制度疲労を起こしている。そういう中で、近代国民国家の制度疲労を補って、さらに質的に前に向かっていくためには、ネガティブリストで動けるNGO等の民間団体と組むことによってGOの持っている力を一層倍増させることができるという、二十一世紀のドッグイヤーの時代に対応したシステム構築が非常に必要じゃないか。
 こういう面を取り入れて、本当に日本が達成してきた世界における成果というものは、何もお金だけでなくて、人間の生き方、人間の豊かさというものをアピールしていって、それを実現する方向で頑張っていければ、私は人間の安全保障という言葉は、アメリカの世界を民主化していくといったイデオロギーに十分対応できる内容と質を持っていますし、日本はそれを実現した数少ない国であるというアピールもだれも疑わない、こういうふうな認識をしております。そうして初めて、多様性の世界というものに対して日本はイニシアチブがとれる。そういった意味で、ぜひNGOのさらなる活用をしていただければありがたいと思います。
 ありがとうございました。(拍手)

発言情報

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発言者: 菅波茂

speaker_id: 34557

日付: 2003-05-08

院: 衆議院

会議名: 憲法調査会安全保障及び国際協力等に関する調査小委員会