憲法調査会安全保障及び国際協力等に関する調査小委員会
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会
会議録情報#0
平成十五年五月八日(木曜日)
午前九時二分開議
出席小委員
小委員長 中川 昭一君
近藤 基彦君 下地 幹郎君
谷本 龍哉君 中山 正暉君
山口 泰明君 桑原 豊君
近藤 昭一君 首藤 信彦君
中野 寛成君 遠藤 和良君
藤島 正之君 春名 直章君
金子 哲夫君 井上 喜一君
…………………………………
憲法調査会会長 中山 太郎君
憲法調査会会長代理 仙谷 由人君
参考人
(AMDAグループ代表)
(特定非営利活動法人AM
DA理事長) 菅波 茂君
参考人
(財団法人日本国際問題研
究所理事長) 佐藤 行雄君
衆議院憲法調査会事務局長 内田 正文君
—————————————
五月八日
小委員今野東君及び井上喜一君四月十七日委員辞任につき、その補欠として近藤昭一君及び井上喜一君が会長の指名で小委員に選任された。
同日
小委員赤松正雄君同日小委員辞任につき、その補欠として遠藤和良君が会長の指名で小委員に選任された。
同日
小委員近藤昭一君同日委員辞任につき、その補欠として今野東君が会長の指名で小委員に選任された。
同日
小委員遠藤和良君同日小委員辞任につき、その補欠として赤松正雄君が会長の指名で小委員に選任された。
—————————————
本日の会議に付した案件
安全保障及び国際協力等に関する件(国際機関と憲法)
————◇—————
この発言だけを見る →午前九時二分開議
出席小委員
小委員長 中川 昭一君
近藤 基彦君 下地 幹郎君
谷本 龍哉君 中山 正暉君
山口 泰明君 桑原 豊君
近藤 昭一君 首藤 信彦君
中野 寛成君 遠藤 和良君
藤島 正之君 春名 直章君
金子 哲夫君 井上 喜一君
…………………………………
憲法調査会会長 中山 太郎君
憲法調査会会長代理 仙谷 由人君
参考人
(AMDAグループ代表)
(特定非営利活動法人AM
DA理事長) 菅波 茂君
参考人
(財団法人日本国際問題研
究所理事長) 佐藤 行雄君
衆議院憲法調査会事務局長 内田 正文君
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五月八日
小委員今野東君及び井上喜一君四月十七日委員辞任につき、その補欠として近藤昭一君及び井上喜一君が会長の指名で小委員に選任された。
同日
小委員赤松正雄君同日小委員辞任につき、その補欠として遠藤和良君が会長の指名で小委員に選任された。
同日
小委員近藤昭一君同日委員辞任につき、その補欠として今野東君が会長の指名で小委員に選任された。
同日
小委員遠藤和良君同日小委員辞任につき、その補欠として赤松正雄君が会長の指名で小委員に選任された。
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本日の会議に付した案件
安全保障及び国際協力等に関する件(国際機関と憲法)
————◇—————
中
中川昭一#1
○中川小委員長 これより会議を開きます。
安全保障及び国際協力等に関する件、特に国際機関と憲法について調査を進めます。
本日は、参考人としてAMDAグループ代表・特定非営利活動法人AMDA理事長菅波茂君及び財団法人日本国際問題研究所理事長佐藤行雄君に御出席をいただいております。
この際、両参考人に一言ごあいさつを申し上げます。
本日は、御多用中にもかかわらず御出席をいただきまして、まことにありがとうございます。参考人のそれぞれのお立場から忌憚のない御意見をお述べいただき、調査の参考にしたいと存じます。
本日の議事の順序について申し上げます。
まず、菅波参考人、佐藤参考人の順序で、国際機関と憲法、特に安全保障、国際協力の分野における諸問題について、お一人三十分以内で御意見をお述べいただき、その後、小委員からの質疑に対しお答え願いたいと存じます。
なお、発言する際はその都度小委員長の許可を得ることとなっております。また、参考人は小委員に対し質疑することはできないことになっておりますので、あらかじめ御承知おき願いたいと存じます。
御発言は着席のままでお願いいたします。
それでは、菅波参考人からお願いいたします。
この発言だけを見る →安全保障及び国際協力等に関する件、特に国際機関と憲法について調査を進めます。
本日は、参考人としてAMDAグループ代表・特定非営利活動法人AMDA理事長菅波茂君及び財団法人日本国際問題研究所理事長佐藤行雄君に御出席をいただいております。
この際、両参考人に一言ごあいさつを申し上げます。
本日は、御多用中にもかかわらず御出席をいただきまして、まことにありがとうございます。参考人のそれぞれのお立場から忌憚のない御意見をお述べいただき、調査の参考にしたいと存じます。
本日の議事の順序について申し上げます。
まず、菅波参考人、佐藤参考人の順序で、国際機関と憲法、特に安全保障、国際協力の分野における諸問題について、お一人三十分以内で御意見をお述べいただき、その後、小委員からの質疑に対しお答え願いたいと存じます。
なお、発言する際はその都度小委員長の許可を得ることとなっております。また、参考人は小委員に対し質疑することはできないことになっておりますので、あらかじめ御承知おき願いたいと存じます。
御発言は着席のままでお願いいたします。
それでは、菅波参考人からお願いいたします。
菅
菅波茂#2
○菅波参考人 おはようございます。
きょうのような貴重な場に呼んでいただいたことを感謝しております。
きょうは、一応、NGOの立場としまして、平和主義と国際協調主義、それから公益という三点に絞って意見を述べさせてもらいたいと思います。
最初の、平和主義ということなんですけれども、平和という定義がないというところに非常に難しさを感じております。
それから、主義というのが本当に主義になるためには、主義者という方たちが出てきて本当に主義というものは成立すると思うんですけれども、主義者という方々は、その主義に命をかけてもいい、そういう人たちが本当の主義者だと私は思っています。
そういった意味で、過去の日本に主義者という人たちが存在したとすれば、二通りの主義者の方々がいたと思います。一つは共産主義者、それからもう一つは国粋主義者。それから、もし平和主義者というものがこれから出てくるとすれば、私は、それはNGOが萌芽だと思います。といいますのは、みずからの判断で危険なところに出かけていって、平和ということに関して活動している、これが新しい意味でのNGOが平和主義者として定義されるゆえんじゃないかというふうに思っています。
それから、国際協調主義ですけれども、もし国際協調主義がうまくいったならどういうふうな評価が国際社会から得られるであろうかということを簡単にまとめますと、嫌われず、喜ばれて、なおかつ軽べつされず、これが国際主義の成果だろうと私は思っているんですけれども、国際社会で嫌われないためにはどうしたらいいのか、それは、戦争をしないことが一番だと思います。
戦争というのは、合法的な殺人という要素がありますし、一たん巻き込まれると、三世代、百年間はこの影響が残るということで、現在もこの影響が残っておると思いますし、それから、喜ばれるということは、お金を上げるということですね。それから、軽べつされないということは、メッセージをしっかり出す、こういうことだと思います。
現在の日本の国際社会における評価というものは、嫌われてはいない、喜ばれているけれども、少し軽べつされている。メッセージなきお金を出すということは、成金趣味ということで定義されるんじゃないかなと私自身は思っています。
それから、本当に国際協調主義を貫くならば、啓典の民との連携なしには不可能である。啓典の民といいますのは、ユダヤ教、キリスト教、それからイスラム教の一神教の人たち。この人と、私たちのような仏教、ヒンズーのような多神教の人たちの一番の違いといいますのは、日本には不言実行という言葉がありますけれども、一神教の人たちにとってみて一番価値があるのは有言実行、その次が有言不実行、それから一番わかりにくくてどうにもしようがないのが不言実行、こういうふうになると思います。
この言というのはだれが言うのかというのは、これは予言者が言うわけですね。実行するのは大衆がするわけですから、予言者が世の中に必要なことを言っても、それが実行できないのは、これは大衆がやるから仕方がない。
こういうふうに考えてみた場合、二〇〇一年の九月十一日のあのテロのとき、日本はどうすべきであったのかと考えてみましたら、不言実行の、何を行動するかというアクションプランだけを一生懸命考えていた。これは一神教の人たちには通用しないことですね。
あのときに一番よかったのは、一週間以内に、小泉首相が、ワールド・トレード・センターの焼け跡に立って、世界に向かって、反テロ、人道支援のメッセージを叫ぶ、そうすると、世界の人は小泉首相に予言者の姿を見る、そういうことで、小泉首相は瞬時にしてワールドステーツマンになったと思います。
このとき、危ないから行かない方がいいという意見があったと思いますけれども、大体予言者というのは人類が不幸な立場にあるときに出現します。そして命を失う可能性もあるということですね。もしあのときに小泉首相の身に何かありましたら、私は、多分、後世のアメリカの歴史には、リメンバー・パールハーバーから、リメンバー・ミスター・コイズミに変わっただろうと思います。これくらいやはり、有言実行、不言実行の決定的な差というものを見ていいんじゃないかな、こういうふうに思っております。
それから三番目に、公益の時代ということになります。
これはどういうことかといいますと、国益という言葉がもう制度疲労を少し起こしかけてきている。その一番の理由は、近代国民国家のシステムが時代にそぐわない面が出てきている。これはやはり存在としては不可欠だと思うんですけれども、時代において少し制度疲労を起こしてきておる。その制度疲労の原因は二つあります。
一つは、近代国民国家の原則である民族自決の原則というこの民族という概念におきまして、最大民族が国家をつくるということなんですけれども、マイノリティーの人たちの人権というものが非常に取り上げられ出したという形で、最大であるから許されるという状況ではなくなってきているということ。
それから、ドッグイヤーと言われるように、物事の変化のスピードが非常に速くなってきている。この中で、法治国家という、ポジティブリストという物事の進め方が時代のスピードに合わない。すなわち、ポジティブリストからネガティブリストの時代に入ってきている、そこまで時代のスピードが速くなってきているという形で、近代国民国家のシステムの特徴である国益を確保するという視点から、従来のやり方ではもうある程度無理が来ているんじゃないかという形で、公益という新しいコンセプトでもって国益というものを確保していく、こういう時代の流れを感じております。
ここで、NGOという考え方なんですけれども、NGOというのは基本的にネガティブリストで動いている団体です。ポジティブリストで動いているGOとネガティブリストで動いているNGOの連携をどうするのか、これが新しい公益の基本になります。
それから、公益と言う以上、特に日本の私たちにとってみましたら、啓典の民との間にコミュニケーションが可能なキーワードなくして連携は成り立たない。こういうことを考えましたときに、国民参加型人道援助外交という新しいコンセプトを出した方がいいんじゃないかなと。そして、国民参加型人道援助外交のキーワードとして、啓典の民にも通用する人間の安全保障、こういうキーワードのもとに国民参加型人道援助外交を展開されたらいかがなものか。この国民参加型人道援助外交のエッセンスは、ポジティブリストで動くGOとネガティブリストで動くNGO等々の民間の団体との連携のありようだ、こういうふうに考えております。
その中で、私たちが一つやりましたのは、医療和平という考え方で、現在、明石代表の指示のもとでスリランカでやっていますけれども、それ以前には、アフガニスタンの医療和平という形で、北部同盟のアブドラ当時外務副大臣と、それからタリバンの公共福祉大臣のアッバス氏をともに岡山に招いて、ワクチン停戦ということでほぼ合意しかけたんですけれども、二〇〇一年の九月十一日のあの世界貿易センタービルのテロで御破算になりました。
この医療和平というコンセプトが成り立つための三つの要素というのがありまして、一つは、双方が命の普遍性というものに対して共通の認識を持っていたということ。それから二つ目が、AMDAというNGOの活動に関して双方が信頼関係を置いてくれたということ。そして一番大切なのは、日本という国に対する期待感があったということですね。すなわち、命の普遍性、それからNGOに対する信頼性、それから日本という国に対する期待性、この三つの要素で、双方がわざわざ日本の岡山まで来て、そういう停戦のサインまでしてくれた、こういうことであります。
それで、今後の世界情勢を見るに、二〇〇一年の九月十一日の後、なぜかブッシュ大統領が、今後二十四年間このような状況が続くということで、二十四年間という具体的な数字を彼が提示したこと自体が、アメリカ・イニシアチブで力の時代が続く、こういうふうに見てもいいと思うんです。ただ一番危惧しますのは、テロというコンセプトなしにテロに対して対策をどうすべきか、こういう状況がどんどん進行しておりまして、もう一般世間では、テロというのは変質者が行うんだ、こういう認識に立ちまして、テロと聞いただけでパニクっていく。果たしてこれでいいものかどうか。
テロというものは、もっと政治的な要素があります。私自身のあれですけれども、テロというのは殺人によるメッセージなんだと。そうしますと、殺人というところにウエートが余りにも置かれ過ぎて、変質者がやることだという認識が一般社会に広まっていますけれども、テロで重要なのは、非合法な殺人によるメッセージ性のところを分析しないと、社会としては適切な対策が立てられないということで、テロの殺人性だけでなくてメッセージ性にも十分注意していく必要があるんじゃないか。そうしないと、ブッシュ大統領が言った、今後二十四年間のテロとの戦争の意味がわかってこない。こういうところに危惧の念を感じております。
それから、GO、NGO連携なんですけれども、国際社会で一番重要な原則は、何よりも第一番目に優先されるのは、お金を出す者が命じるという国際社会の鉄則があります。そうしますと、日本政府の貴重な税金がいろいろなところに出されているのを見ますと、日本政府はお金を出したところには十分命じる権限、権利があるんだということに基づいて、ネガティブリストで動くNGOのソフトインフラ整備は十分できると思います。その中で、NGOがネガティブリストに基づいて国民参加型人道援助外交を通して人間の安全保障というものを追求していくという日本の姿勢が世界にアピールされることによって、日本は公益を十分尊重している、存在と影響力を発揮できると。
そのときに世界の人は、なぜ日本はそこまで言えるのか、それだけのエビデンスがあるのか、こう聞かれたとき、私は、はっきりと断言すればいい、日本は人間の安全保障を実現している世界でも数少ない国なんだ、その根拠は三つあると。
一つは、人間の命に不可欠な水というものが豊富にあります。それは、緑があるということですね。二つ目として、世界一の平均寿命を誇っている、すなわち国家が国民を保障している国である。それから三番目が、日本しか言えないことなんですけれども、武器の輸出を禁止している法律を持っている唯一の国である。この武器の輸出を禁止する法律があるということは、他人の生き血を吸って生きないという非常に高いモラルを持った国民である。この三つのエビデンスで、日本は世界で人間の安全保障を実現している数少ない国である、だから私たちは世界に向かって人間の安全保障を実現していこうじゃないか、こういうふうに呼びかけている国なんだと。これが、私は自信を持って言ってもいいと思う。
それから、もう一つとしまして、世界の原則はお金を出す者が命じる、この原則を徹底的に貫いたらいいんじゃないか。しかし、時代は近代国民国家の制度疲労を起こしている。そういう中で、近代国民国家の制度疲労を補って、さらに質的に前に向かっていくためには、ネガティブリストで動けるNGO等の民間団体と組むことによってGOの持っている力を一層倍増させることができるという、二十一世紀のドッグイヤーの時代に対応したシステム構築が非常に必要じゃないか。
こういう面を取り入れて、本当に日本が達成してきた世界における成果というものは、何もお金だけでなくて、人間の生き方、人間の豊かさというものをアピールしていって、それを実現する方向で頑張っていければ、私は人間の安全保障という言葉は、アメリカの世界を民主化していくといったイデオロギーに十分対応できる内容と質を持っていますし、日本はそれを実現した数少ない国であるというアピールもだれも疑わない、こういうふうな認識をしております。そうして初めて、多様性の世界というものに対して日本はイニシアチブがとれる。そういった意味で、ぜひNGOのさらなる活用をしていただければありがたいと思います。
ありがとうございました。拍手
この発言だけを見る →きょうのような貴重な場に呼んでいただいたことを感謝しております。
きょうは、一応、NGOの立場としまして、平和主義と国際協調主義、それから公益という三点に絞って意見を述べさせてもらいたいと思います。
最初の、平和主義ということなんですけれども、平和という定義がないというところに非常に難しさを感じております。
それから、主義というのが本当に主義になるためには、主義者という方たちが出てきて本当に主義というものは成立すると思うんですけれども、主義者という方々は、その主義に命をかけてもいい、そういう人たちが本当の主義者だと私は思っています。
そういった意味で、過去の日本に主義者という人たちが存在したとすれば、二通りの主義者の方々がいたと思います。一つは共産主義者、それからもう一つは国粋主義者。それから、もし平和主義者というものがこれから出てくるとすれば、私は、それはNGOが萌芽だと思います。といいますのは、みずからの判断で危険なところに出かけていって、平和ということに関して活動している、これが新しい意味でのNGOが平和主義者として定義されるゆえんじゃないかというふうに思っています。
それから、国際協調主義ですけれども、もし国際協調主義がうまくいったならどういうふうな評価が国際社会から得られるであろうかということを簡単にまとめますと、嫌われず、喜ばれて、なおかつ軽べつされず、これが国際主義の成果だろうと私は思っているんですけれども、国際社会で嫌われないためにはどうしたらいいのか、それは、戦争をしないことが一番だと思います。
戦争というのは、合法的な殺人という要素がありますし、一たん巻き込まれると、三世代、百年間はこの影響が残るということで、現在もこの影響が残っておると思いますし、それから、喜ばれるということは、お金を上げるということですね。それから、軽べつされないということは、メッセージをしっかり出す、こういうことだと思います。
現在の日本の国際社会における評価というものは、嫌われてはいない、喜ばれているけれども、少し軽べつされている。メッセージなきお金を出すということは、成金趣味ということで定義されるんじゃないかなと私自身は思っています。
それから、本当に国際協調主義を貫くならば、啓典の民との連携なしには不可能である。啓典の民といいますのは、ユダヤ教、キリスト教、それからイスラム教の一神教の人たち。この人と、私たちのような仏教、ヒンズーのような多神教の人たちの一番の違いといいますのは、日本には不言実行という言葉がありますけれども、一神教の人たちにとってみて一番価値があるのは有言実行、その次が有言不実行、それから一番わかりにくくてどうにもしようがないのが不言実行、こういうふうになると思います。
この言というのはだれが言うのかというのは、これは予言者が言うわけですね。実行するのは大衆がするわけですから、予言者が世の中に必要なことを言っても、それが実行できないのは、これは大衆がやるから仕方がない。
こういうふうに考えてみた場合、二〇〇一年の九月十一日のあのテロのとき、日本はどうすべきであったのかと考えてみましたら、不言実行の、何を行動するかというアクションプランだけを一生懸命考えていた。これは一神教の人たちには通用しないことですね。
あのときに一番よかったのは、一週間以内に、小泉首相が、ワールド・トレード・センターの焼け跡に立って、世界に向かって、反テロ、人道支援のメッセージを叫ぶ、そうすると、世界の人は小泉首相に予言者の姿を見る、そういうことで、小泉首相は瞬時にしてワールドステーツマンになったと思います。
このとき、危ないから行かない方がいいという意見があったと思いますけれども、大体予言者というのは人類が不幸な立場にあるときに出現します。そして命を失う可能性もあるということですね。もしあのときに小泉首相の身に何かありましたら、私は、多分、後世のアメリカの歴史には、リメンバー・パールハーバーから、リメンバー・ミスター・コイズミに変わっただろうと思います。これくらいやはり、有言実行、不言実行の決定的な差というものを見ていいんじゃないかな、こういうふうに思っております。
それから三番目に、公益の時代ということになります。
これはどういうことかといいますと、国益という言葉がもう制度疲労を少し起こしかけてきている。その一番の理由は、近代国民国家のシステムが時代にそぐわない面が出てきている。これはやはり存在としては不可欠だと思うんですけれども、時代において少し制度疲労を起こしてきておる。その制度疲労の原因は二つあります。
一つは、近代国民国家の原則である民族自決の原則というこの民族という概念におきまして、最大民族が国家をつくるということなんですけれども、マイノリティーの人たちの人権というものが非常に取り上げられ出したという形で、最大であるから許されるという状況ではなくなってきているということ。
それから、ドッグイヤーと言われるように、物事の変化のスピードが非常に速くなってきている。この中で、法治国家という、ポジティブリストという物事の進め方が時代のスピードに合わない。すなわち、ポジティブリストからネガティブリストの時代に入ってきている、そこまで時代のスピードが速くなってきているという形で、近代国民国家のシステムの特徴である国益を確保するという視点から、従来のやり方ではもうある程度無理が来ているんじゃないかという形で、公益という新しいコンセプトでもって国益というものを確保していく、こういう時代の流れを感じております。
ここで、NGOという考え方なんですけれども、NGOというのは基本的にネガティブリストで動いている団体です。ポジティブリストで動いているGOとネガティブリストで動いているNGOの連携をどうするのか、これが新しい公益の基本になります。
それから、公益と言う以上、特に日本の私たちにとってみましたら、啓典の民との間にコミュニケーションが可能なキーワードなくして連携は成り立たない。こういうことを考えましたときに、国民参加型人道援助外交という新しいコンセプトを出した方がいいんじゃないかなと。そして、国民参加型人道援助外交のキーワードとして、啓典の民にも通用する人間の安全保障、こういうキーワードのもとに国民参加型人道援助外交を展開されたらいかがなものか。この国民参加型人道援助外交のエッセンスは、ポジティブリストで動くGOとネガティブリストで動くNGO等々の民間の団体との連携のありようだ、こういうふうに考えております。
その中で、私たちが一つやりましたのは、医療和平という考え方で、現在、明石代表の指示のもとでスリランカでやっていますけれども、それ以前には、アフガニスタンの医療和平という形で、北部同盟のアブドラ当時外務副大臣と、それからタリバンの公共福祉大臣のアッバス氏をともに岡山に招いて、ワクチン停戦ということでほぼ合意しかけたんですけれども、二〇〇一年の九月十一日のあの世界貿易センタービルのテロで御破算になりました。
この医療和平というコンセプトが成り立つための三つの要素というのがありまして、一つは、双方が命の普遍性というものに対して共通の認識を持っていたということ。それから二つ目が、AMDAというNGOの活動に関して双方が信頼関係を置いてくれたということ。そして一番大切なのは、日本という国に対する期待感があったということですね。すなわち、命の普遍性、それからNGOに対する信頼性、それから日本という国に対する期待性、この三つの要素で、双方がわざわざ日本の岡山まで来て、そういう停戦のサインまでしてくれた、こういうことであります。
それで、今後の世界情勢を見るに、二〇〇一年の九月十一日の後、なぜかブッシュ大統領が、今後二十四年間このような状況が続くということで、二十四年間という具体的な数字を彼が提示したこと自体が、アメリカ・イニシアチブで力の時代が続く、こういうふうに見てもいいと思うんです。ただ一番危惧しますのは、テロというコンセプトなしにテロに対して対策をどうすべきか、こういう状況がどんどん進行しておりまして、もう一般世間では、テロというのは変質者が行うんだ、こういう認識に立ちまして、テロと聞いただけでパニクっていく。果たしてこれでいいものかどうか。
テロというものは、もっと政治的な要素があります。私自身のあれですけれども、テロというのは殺人によるメッセージなんだと。そうしますと、殺人というところにウエートが余りにも置かれ過ぎて、変質者がやることだという認識が一般社会に広まっていますけれども、テロで重要なのは、非合法な殺人によるメッセージ性のところを分析しないと、社会としては適切な対策が立てられないということで、テロの殺人性だけでなくてメッセージ性にも十分注意していく必要があるんじゃないか。そうしないと、ブッシュ大統領が言った、今後二十四年間のテロとの戦争の意味がわかってこない。こういうところに危惧の念を感じております。
それから、GO、NGO連携なんですけれども、国際社会で一番重要な原則は、何よりも第一番目に優先されるのは、お金を出す者が命じるという国際社会の鉄則があります。そうしますと、日本政府の貴重な税金がいろいろなところに出されているのを見ますと、日本政府はお金を出したところには十分命じる権限、権利があるんだということに基づいて、ネガティブリストで動くNGOのソフトインフラ整備は十分できると思います。その中で、NGOがネガティブリストに基づいて国民参加型人道援助外交を通して人間の安全保障というものを追求していくという日本の姿勢が世界にアピールされることによって、日本は公益を十分尊重している、存在と影響力を発揮できると。
そのときに世界の人は、なぜ日本はそこまで言えるのか、それだけのエビデンスがあるのか、こう聞かれたとき、私は、はっきりと断言すればいい、日本は人間の安全保障を実現している世界でも数少ない国なんだ、その根拠は三つあると。
一つは、人間の命に不可欠な水というものが豊富にあります。それは、緑があるということですね。二つ目として、世界一の平均寿命を誇っている、すなわち国家が国民を保障している国である。それから三番目が、日本しか言えないことなんですけれども、武器の輸出を禁止している法律を持っている唯一の国である。この武器の輸出を禁止する法律があるということは、他人の生き血を吸って生きないという非常に高いモラルを持った国民である。この三つのエビデンスで、日本は世界で人間の安全保障を実現している数少ない国である、だから私たちは世界に向かって人間の安全保障を実現していこうじゃないか、こういうふうに呼びかけている国なんだと。これが、私は自信を持って言ってもいいと思う。
それから、もう一つとしまして、世界の原則はお金を出す者が命じる、この原則を徹底的に貫いたらいいんじゃないか。しかし、時代は近代国民国家の制度疲労を起こしている。そういう中で、近代国民国家の制度疲労を補って、さらに質的に前に向かっていくためには、ネガティブリストで動けるNGO等の民間団体と組むことによってGOの持っている力を一層倍増させることができるという、二十一世紀のドッグイヤーの時代に対応したシステム構築が非常に必要じゃないか。
こういう面を取り入れて、本当に日本が達成してきた世界における成果というものは、何もお金だけでなくて、人間の生き方、人間の豊かさというものをアピールしていって、それを実現する方向で頑張っていければ、私は人間の安全保障という言葉は、アメリカの世界を民主化していくといったイデオロギーに十分対応できる内容と質を持っていますし、日本はそれを実現した数少ない国であるというアピールもだれも疑わない、こういうふうな認識をしております。そうして初めて、多様性の世界というものに対して日本はイニシアチブがとれる。そういった意味で、ぜひNGOのさらなる活用をしていただければありがたいと思います。
ありがとうございました。拍手
中
佐
佐藤行雄#4
○佐藤参考人 きょう、こういう機会をお与えくださいまして、どうもありがとうございました。
私は、きょうは国連についてお話をさせていただきたいと思います。
ただ、お断りしておかなければなりませんことは、国連は日々と言いますと若干言い過ぎかもしれませんが、常に変化をしている組織でございますので、私が知っておりました、経験をいたしました国連というのは一九九八年の秋から昨年の夏まででございますので、その意味でも経験が限られているということを申し上げておきたいと思います。
それからもう一つ、私が経験をいたしました国連はニューヨークにおける国連でございまして、国連に関連する機関はジュネーブにも、ほかにもございます。あるいは今菅波さんが活躍されているような、現場で働いている国連というものもございます。その意味でも、私の知識、経験は極めて限られているということだけ、あらかじめお断りをさせていただきたいと思います。
そこで、私、四年ほど国連におりまして、つくづく感じましたことから申し上げたいと思うんですが、国連はまだまだ未完成な組織であるということであります。その点について、私は、日本の国内で国連について抱かれているイメージと国連の実態ということは大変違うという感じがいたします。
ちなみに、国連という言葉でもう皆様方御承知のとおり、我々国連と言いならわしておりますけれども、日本語は国連の公用語ではございませんし、その意味で、国連というのは日本の訳語でございます。今ここに持ってまいりました、国連協会が出しました国連憲章の訳文におきましても、一番冒頭の表現は、「われら連合国の人民は、」という言葉で始まっております。
国連ができましたのも、サンフランシスコで調印されましたのは一九四五年六月二十六日、まだ日本が第二次大戦を戦っているさなかでございます。そういう意味で、国連というのは第二次世界大戦の連合国がつくった組織である。それを我々、先達たちの御苦労がおありだったんだろうと思いますが、新しい希望を託して国際連合と訳された、そういうものであるということはまず認識しておかなければいけないと思います。
それで、国連が今まだ未完成な組織だと申し上げましたが、例えば、例示的に申し上げますと、国連憲章第七章に想定されているような国連待機軍という制度は実現しておりません。一九四〇年代の後半、国連ができた当初にはこれについて何とかしようという議論があったようでございますが、朝鮮戦争を経て、その後、国連の場においてもこの待機軍をどうしようかという議論は一切行われていないと言ってよろしいんじゃないかと思います。そういう意味で、一番肝心の第七章に規定している待機軍ができていない、このこと一つとっても、国際連合というのはまだまだ未完成な組織だと言えるんじゃないかと思います。
それからもう一つ、御承知のとおり、安全保障に関する面では、安全保障理事会というのがございまして、そこで常任理事国が絶大なる権限を持っている。その常任理事国は、言い方はちょっと難しいんですが、第二次世界大戦の戦勝国である。もちろん中国は中華民国から中華人民共和国に変わり、ソ連はロシアに変わっておりますが、いずれにせよ、五大国が安全保障理事会を牛耳っている、この点につきましても、私は、これはまだその後の世界の状況を反映し切れていない組織だと言わざるを得ないと思います。
それからもう一つ、我々には非常に気になりますのは、やはり少数の先進国が国連の予算の大半を負担している。九三年度のことで数えてみますと、アメリカ、日本、ドイツ、フランス、イギリス、イタリーの六カ国で約七割弱を負担しております。アメリカと日本二カ国で四割強を負担していることは御承知のとおりであります。これも決して世界の変化を十分反映し切っている状況ではないと思います。
そういう意味で、今例示的に申し上げましたけれども、国際連合という組織はまだまだ変化をしつつある、国連憲章に描かれた理想に照らしても決して完成した組織ではない、この点を私は現場でつくづく感じました。
それからもう一つは、国連と我々とかく一概に申しますけれども、国連にはいろいろな姿といいますか、あるいは層といったものがある気がいたします。私よく、国連の三つの層、あるいは三つの姿ということで、事務総長を頂点とする国連事務局あるいは国連関連機関を一つのグループ。それから、総会あるいは経済社会理事会等々、加盟国の間でコンセンサスをつくり、合意をつくっていく、ただそれは基本的には加盟国に対しての勧告を行う動き。そして三番目に、世界の平和と安全保障の問題をほぼ専管的に扱っている安全保障理事会。この三つはそれぞれ動きが異なります。そういう意味で、国連と言ったときにどれを指すのかということをよく考えなければいけないという気がつくづくといたします。
例えば、事務総長を頂点とする国連の事務局、諸機関につきましても、ほかには見られない活動が行われております。ほかのというのは、安全保障理事会とか総会の動きとは違う動き方が見られます。まず、アナン事務総長以下の方々は国連憲章の目標を達成しようとして努力している、あるいは国際社会の当面している課題を国際社会に対して提示していこうというような動きをしております。
西暦二〇〇〇年に国連ではミレニアム総会というのがございました。そのときには首脳会議も行われまして、百四十カ国か百五十カ国の首脳が集まったという非常に珍しい機会がございましたが、その際にミレニアム宣言というものが採択されました。これは、国際社会が今後十年、十五年の間、二十一世紀の立ち上がりに何と取り組んでいかなければいけないかということを示したものであります。環境とか貧困の撲滅とか、いろいろ書かれております。私が申し上げたいのは、その報告は、実は、それに先立ってアナン事務総長が国連加盟国に対して出した報告、国連では報告という言葉を使いますが、提言でございますね、そのアナン事務総長が出した提言が一つの下敷きになっております。
そういう意味では、常に国際社会に対して将来の課題を提起していくという役割を事務総長は果たしている。
あるいは、この委員会の課題であります世界の平和と安全保障の問題に関連しましても、例えば紛争の予防あるいは解決というところで、事務総長は、自分の特別代表を派遣したり、調査ミッションを出したりして、その結果で安全保障理事会に勧告をしたりしております。
中東問題では、最近カルテットという言葉をよく聞きます。アメリカとロシア、EUそして国連、この四者が一緒になって中東和平を追求していこうという動きでありますが、そこでは、国連の事務総長は一つの存在として参加しているわけであります。
また、紛争が解決された後の再発防止あるいは平和の維持、復旧、復興というところでも、例えば、安全保障理事会が授権をいたしまして創設します平和維持活動は、創設された後は事務総長の統括のもとに置かれます。あるいは国連が出す政治ミッションも同じであります。そしてまた、復旧、復興の段階では、あるいはその手前からでも、難民問題についてのUNHCR、御承知の緒方さんが十年間トップの座を占めておられましたUNHCR、あるいは子供の問題について非常に活躍しているユニセフ、あるいは開発問題をやっているUNDPといった国連の機関が、この難民問題から復旧、復興に至る過程で大変な努力をします。ただ、これはすべて最終的には事務総長の統括のもとで行われるということになります。
そういう意味で、今、単に一部の、例示的に申し上げましたけれども、国連事務総長を頂点とする国連事務局というのは、平和あるいは安全保障の分野で大変大きな役割を果たしているということを、これまた私、現場で痛感をいたしました。
そこで、日本はそれに対して何をやっているか。一番の大きな貢献は財政支援だと思います。先ほど菅波さんがおっしゃられたことを引くようですが、国連におりますと、お金というのは非常に大事でございまして、私、よく報道関係の人からは、小切手外交、お金だけ出して何もしないから小切手外交ということで批判を受けることがありましたけれども、国連の場で日本がやっていることが小切手外交だとやゆされたことは、これは本当に一回もございません。むしろ、いろいろな場でお金を日本が出してくれている。かつ、日本は一たん決めますと継続的に出しますので、それに対する感謝は随分受けました。
ただ、今申し上げましたような国連事務総長を頂点とする国連の機関の活動を支えているのは、やはり何といってもお金でございまして、その点について日本の税金は有益に使われていると、私は少なくともニューヨークでの経験からすれば申し上げることができるのではないかと思います。
他方、人的な面での貢献はまだまだ努力すべき余地が多くに残されているのではないかと思います。
平和維持活動についての自衛隊の活用という点については、数の上では、例えばG7の先進国の中では日本が一番多いと思います。ただ、御承知のとおり、先進国は、もはや平和維持活動よりもその一歩手前の多国籍軍に多くの人を出す。PKOに人を出している国は、一番多いのが今ではパキスタンです。パキスタン、バングラデシュ、ナイジェリア、インド、ガーナ、上のトップテンをとりますと、オーストラリア以外はすべて途上国です。それに対して、多国籍軍の方でむしろ先進国が兵力を派遣している、こういう状況になっております。
私は、今この場で多国籍軍に人を出してくださいと申し上げるつもりで申し上げたわけではありません、これは政治のお決めになる話でございますが。現状といたしまして、PKOに対する自衛隊の派遣の数については、一応先進国としては遜色のないところにまで参りました。ただ、まだまだほかでは需要がある。
例えば、文民警察官の問題。私自身も県警本部長をやらせていただいたことがございますので、今の警察法の建前からの問題、あるいは警察庁と県警との関係、いろいろな問題があって、文民警察官を出すということがそれほど簡単な話ではないということはよく承知しておりますが、世界では、日本の警察が高度だと、シンガポールでも交番ができたりしておりますので、文民警察官に対する期待がある。
あるいは、このごろは、平和維持活動も、国づくりということで、例えば司法官とか、法律づくりとかいろいろな幅広い分野での、行政官も含めて、司法官、行政官についての要望というのも出てきておる。
そういう意味では、人的貢献というのはまだまだ期待は高いということは申し上げた方がよろしいかと思います。
それからもう一つ、資金との絡みで私が一番重点を置いてまいりましたのは、国連における邦人職員の増強の問題であります。
国連は、各国の分担金とか人口に合わせて、特定の国に対しては、ここからこれの、例えば一定の範囲の人が国連の職員として働いていることが望ましいということを毎年発表いたしております。それに対して、日本はまだまだ達していない。例えば二〇〇二年でいいますと、国連の事務局では二百五十六人から三百四十六人の邦人職員がいるのが望ましいというのが計算上出ているわけでありますが、それに対して、日本人はまだ百十二しかおりません。言うなれば、望ましい範囲の下限の半分以下であります。こういう望ましい範囲と実際上の数、実際いる数との間が三けたというのは日本しかありません。
そういう意味で、アナン事務総長もこの問題を非常に深刻に受けとめておりまして、日本についてだけは、例えば特別の採用ミッションを送ったり、あるいは、私が聞いたところでは、空席があって採用するときは、まず日本人を考えろというような指示を流してくれたこともあったようです。ただ、いろいろな事情でなかなかふえておりません。
私がおりますときに、三年十カ月一生懸命やりまして、国連にある事務局とその他の関連機関四つで、たしか五十一名だったと思いますが、ふやすことができましたけれども、まだまだこれで満足できるわけではないと思います。特に分担金の支払い、後で申し上げることで、最も直接的に見合ってくるのは邦人職員の数だと思いますので、この点はもっともっと努力をしていかなければいけないと思います。
ところで、もう一点、事務総長との関連で申し上げておきたいのは、アナン事務総長は毎年日本に来る。アジアでは、アナン事務総長が毎年訪ねるのは中国と日本しかありません。中国は常任理事国、そういう意味では、日本をいかに重視しているかということのあらわれだろうと思います。
それからもう一つ、先ほど三つの層、三つの姿と申し上げましたが、もう一つが、総会あるいは経済社会理事会、それから、今は実際活動をほとんどしておりませんが、信託統治理事会というのがございます。
総会と経済社会理事会というのは決して同じ組織ではありませんが、先ほど申し上げましたように、加盟国に対する勧告権限しかないという点で一くくりにしてお話をさせていただきたいと思うんです。
このやっていることは何か。基本的には、一言で言って、国際社会の主要な問題についてどうするかということについての加盟国の間の合意を形成していく努力。環境問題でも、リオに始まる国連特別総会が一つの軸になってここまで来ている。貧困、女性、いろいろな問題について加盟国の間のコンセンサスをまとめていく役割が、こういう総会を中心とする、あるいは経済社会理事会で行われている。経済社会理事会は、特別のこととして、開発問題と人権問題について特に焦点を当ててやっております。そういう意味では、それだけの独自の役割があると思います。
それから、もう一つ大きな役割は、総会では国連の予算を決めるということであります。国連の予算というのは、通常予算とPKO予算、平和維持活動に関する予算の二本立てになっておりますが、これについて国連総会が決めていく。ここでは、率直に申しまして、日本の発言権は大変大きいと思います。
例えば、我々は、当たり前のことのように日本国内では受けとめられておりますが、日本はいろいろな選挙に出ます。安全保障理事会は毎回出てはおりませんけれども、いろいろな選挙に出て、ほとんど落ちたことがないと思います。それは、国連加盟国の目から見て、やはりいろいろな問題を議論する場に日本という国が入っていることが大事だという認識があるからだと思います。もちろん、皮肉な言い方をすれば、日本は援助をして、援助をてこにして選挙に通っている、率直に言ってそういう面が全くないとは私も申しません。
ただ、やはり国連の場で各加盟国の代表たちと話していますと、いろいろな問題について日本の意見が反映されることが大事だという意識はあると思います。それが結果としていろいろなところで選挙に選ばれているということなんだろうと思います。
それでは、今は発言権でございまして、発言力があるか。これは、まあ私として自分に対する反省も含めて申し上げれば、もっともっと発言をし、日本の考え方を反映させていく努力をすることが必要であったのではないか。これは、私がニューヨークで自分が代表をしておりましたので、自分への反省も含めてのことでございますが、発言力はもっともっと発揮する余地がまだあるし、努力しなければいけないと思います。
例えば、予算面で日本とアメリカが非常に大きな力を持っております、日本とアメリカで四割以上払っているから当然といえば当然なんですが。例えば、一九九四年から二〇〇一年まで八年間国連の予算はゼロ成長でございました。国連の通常予算は、さっき、通常予算とPKO予算と二つあると申し上げましたが、通常予算は二年を一単位として一会期二年でございます。そういう意味では、四会期、八年間にわたって国連の予算をゼロ成長にした。これは、日本とアメリカが中心的な役割を果たして主張して、それを通じて国連の経費の節約あるいは合理化を達成したわけであります。さすがに八年やりますとこらえ切れなくなり、かつ新しいミレニアムサミットの目標が出てきたり紛争問題が出てきたりということで、若干その後増加しつつはありますけれども、今のようなことは日本の主張に基づいて行われたということは言えると思います。
そこで、最後に、もう一つの問題は、安全保障理事会でございます。
これは、全くほかの機関とは違う動き方をいたします。簡単に申しますと、安全保障理事会が決議をしたことはすべての加盟国を拘束するということです。そして、御承知のとおり、安全保障理事会には、常任理事国五カ国が拒否権という絶大な力を持って存在している。一言で言えば、常任理事国が牛耳っていると言ってもよろしいんじゃないかと思います。通常の場合には、大きな問題については常任理事国五カ国の間で話し合って、いずれもが拒否権を使わないでいいというような妥協案をつくってから非常任理事国に提示される、それが安全保障理事会の残念ながら動き方です。
それが行われなかったのがこの間のイラクでして、特定の国が何が何でも拒否権を使うんだということを言った結果、常任理事国の間の妥協が成立しなくなった。結果として、非常任理事国に圧力がかかったということがございます。ちなみに、安全保障理事会の非常任理事国というのは二年の任期でございます。日本は、今まで八回だったと思いますが、非常任理事国を務めておりまして、これは、たしかブラジル、ブラジルは正確ではないかもしれませんが、少なくとも回数としては最大でございます。
ただ、二年だということで、非常任理事国の知識には非常に限度がある。例えば、イラク問題のように十二年間やっていた過去の経緯について全部知っているのは五つの常任理事国しかない。その過程で常任理事国の間の取引もいろいろな形で行われていると思いますが、これは常任理事国しか知らない話であります。これが非常任理事国にとっては大変な苦痛である。苦痛と言ってはあれですけれども、安保理事会に座っていてもなかなか状況がわからないことにつながってきているんだろうと思います。
まして、安保理事会に入っておりませんと、外からの発言力はほとんどありません。安全保障理事会は時々公開討議というのを開きます。そのときにはメンバーでない国も行くことができるんです。
ただ、例えば、こういうことがありました。九月の十一日、先ほど菅波さんが言われた有言実行との絡みでございますけれども、九月十一日の翌日に安全保障理事会が公開討議をやることになっておりまして、私たちも登録をして準備していたんですが、その日の朝になりまして議長国から通告がありまして、発言は安保理メンバー十五カ国だけにすることにした、何となれば安全保障理事会として急いでやはり決議案をまとめなければならない、だから、各国に発言を許していると時間がかかり過ぎるので、もう十五カ国だけでやる。安全保障理事会としてそう決められますと我々どうしようもない。
結局、当時の議長国のフランスと交渉をいたしまして、日本がもし発言を持ってきてくれれば記録には載せるというところまでとりました。そこで私は、それを非常に短い発言にしまして安保理事会に登録すると同時に、全加盟国にファクスで送りまして、報道関係にも配った。したがって日本の夕刊には何か私がしゃべったように出ているんですが、実はその日の朝の決定で発言は許されなかった。有言実行をしたくてもできないことがある、安全保障理事会に入っていないと発言ができないということがございます。
私は、有言実行が大事だということは全くそうなので、ただ、安全保障理事会に入っていないとどういうことがあるかということをちょっと申し上げました。
もっとも、外からでも働きかけることができまして、例えば、東ティモールのときには、当時はその存在も表に出しておりませんでしたけれども、我々、英語でコアグループと呼んでおりましたが、内々のグループで、アメリカ、イギリス、日本、オーストラリア、ニュージーランド、それと国連事務局で頻繁に会議をいたしまして、東ティモールについて安保理事会としてどういう動きをしていってもらうかということを協議しました。そういう意味では、外から少し安全保障理事会の動きに参画することができました。
あるいは、アフガニスタンでは、御記憶のとおり緒方貞子さんが議長をされた日本における支援国会議、ああいう問題を通じて、アフガニスタンについては、特に復旧、復興の面で日本が主導的な役割を果たすということを明確にしておりましたので、安全保障理事会におけるあるいは国連におけるアフガニスタン問題についての議論についても、日本の意見をかなり外から反映させることができたと思います。ただ、これは極めて例外的であり、かつその都度大変な努力をしていかなきゃならない問題だと思います。
そういうことで、安全保障理事会というのは、入っていなければなかなかそこに日本の意見を反映させることができないという問題があります。
一つ、この関連で私、気になりますのは、例えば北朝鮮の問題。私は、北朝鮮の問題について安全保障理事会が圧力をかける方向で動いていくことは大事だと思います。ただ、今安全保障理事会がどういう構成か、あるいは安全保障理事会に北朝鮮の問題をかけたときにどういうことが起きるのかということを想定いたしますと、まず、中国とロシアのこの問題に対する発言力が断然高くなることは間違いない。日本はその外であります。韓国も入っておりません。
我々は、従来、朝鮮半島の問題、北朝鮮の核開発の問題については、日米韓が中心になってやってきたわけですが、安全保障理事会に入った途端に、アメリカはおりますけれども、韓国も日本も外におる。そして、常任理事国として中国やロシアの発言力が高まる。こういう点が一つあります。
それから、非常任理事国について、アジアから今選出されている国はどこか。パキスタンとシリアであります。なぜシリアかと思われるかもしれませんが、国連の地図ではレバノンから東がアジアということになっています。シリアは、北朝鮮からミサイルを買っていることが疑われている国であります。パキスタンは、北朝鮮に核ウラン濃縮の技術を提供したのではないかと疑われている国であります。
この二つの国がアジアを代表しているわけでありまして、例えば、常任理事国の間で意見が十分まとまらず、一部は棄権をする、したがって、安全保障理事会の決議を通すために非常任理事国に対する多数派工作をする、そういうような事態に仮に物事が動いていった場合に、今の状態で、そういう状態の安全保障理事会に日本としてどういうふうに対応するんだろうかということを私は考えざるを得ません。
その中で、アメリカが日米韓という協力を通じて日本の立場を一番よく理解していると思いますから、アメリカを通じて日本の意見を反映させていくということなんだろうと思いますが、安全保障理事会というのは、その都度の組み合わせによって、かなり議論の内容も変わってくる組織でございます。
そういう意味で、安全保障理事会に判断をゆだねるということを考えるときに、ただ安全保障理事会は絶対なんだという意識で判断をゆだねていいものかどうか。私は現場にいた者として、少しその点について疑問を感じざるを得ないところであります。
私、もうこれで三十分しゃべりましたのであれなんですが、もし当初の菅波さんの残された十分をいただければ、残りの安全保障理事会の改革の問題についてお話をさせていただきたいと思いますが。
この発言だけを見る →私は、きょうは国連についてお話をさせていただきたいと思います。
ただ、お断りしておかなければなりませんことは、国連は日々と言いますと若干言い過ぎかもしれませんが、常に変化をしている組織でございますので、私が知っておりました、経験をいたしました国連というのは一九九八年の秋から昨年の夏まででございますので、その意味でも経験が限られているということを申し上げておきたいと思います。
それからもう一つ、私が経験をいたしました国連はニューヨークにおける国連でございまして、国連に関連する機関はジュネーブにも、ほかにもございます。あるいは今菅波さんが活躍されているような、現場で働いている国連というものもございます。その意味でも、私の知識、経験は極めて限られているということだけ、あらかじめお断りをさせていただきたいと思います。
そこで、私、四年ほど国連におりまして、つくづく感じましたことから申し上げたいと思うんですが、国連はまだまだ未完成な組織であるということであります。その点について、私は、日本の国内で国連について抱かれているイメージと国連の実態ということは大変違うという感じがいたします。
ちなみに、国連という言葉でもう皆様方御承知のとおり、我々国連と言いならわしておりますけれども、日本語は国連の公用語ではございませんし、その意味で、国連というのは日本の訳語でございます。今ここに持ってまいりました、国連協会が出しました国連憲章の訳文におきましても、一番冒頭の表現は、「われら連合国の人民は、」という言葉で始まっております。
国連ができましたのも、サンフランシスコで調印されましたのは一九四五年六月二十六日、まだ日本が第二次大戦を戦っているさなかでございます。そういう意味で、国連というのは第二次世界大戦の連合国がつくった組織である。それを我々、先達たちの御苦労がおありだったんだろうと思いますが、新しい希望を託して国際連合と訳された、そういうものであるということはまず認識しておかなければいけないと思います。
それで、国連が今まだ未完成な組織だと申し上げましたが、例えば、例示的に申し上げますと、国連憲章第七章に想定されているような国連待機軍という制度は実現しておりません。一九四〇年代の後半、国連ができた当初にはこれについて何とかしようという議論があったようでございますが、朝鮮戦争を経て、その後、国連の場においてもこの待機軍をどうしようかという議論は一切行われていないと言ってよろしいんじゃないかと思います。そういう意味で、一番肝心の第七章に規定している待機軍ができていない、このこと一つとっても、国際連合というのはまだまだ未完成な組織だと言えるんじゃないかと思います。
それからもう一つ、御承知のとおり、安全保障に関する面では、安全保障理事会というのがございまして、そこで常任理事国が絶大なる権限を持っている。その常任理事国は、言い方はちょっと難しいんですが、第二次世界大戦の戦勝国である。もちろん中国は中華民国から中華人民共和国に変わり、ソ連はロシアに変わっておりますが、いずれにせよ、五大国が安全保障理事会を牛耳っている、この点につきましても、私は、これはまだその後の世界の状況を反映し切れていない組織だと言わざるを得ないと思います。
それからもう一つ、我々には非常に気になりますのは、やはり少数の先進国が国連の予算の大半を負担している。九三年度のことで数えてみますと、アメリカ、日本、ドイツ、フランス、イギリス、イタリーの六カ国で約七割弱を負担しております。アメリカと日本二カ国で四割強を負担していることは御承知のとおりであります。これも決して世界の変化を十分反映し切っている状況ではないと思います。
そういう意味で、今例示的に申し上げましたけれども、国際連合という組織はまだまだ変化をしつつある、国連憲章に描かれた理想に照らしても決して完成した組織ではない、この点を私は現場でつくづく感じました。
それからもう一つは、国連と我々とかく一概に申しますけれども、国連にはいろいろな姿といいますか、あるいは層といったものがある気がいたします。私よく、国連の三つの層、あるいは三つの姿ということで、事務総長を頂点とする国連事務局あるいは国連関連機関を一つのグループ。それから、総会あるいは経済社会理事会等々、加盟国の間でコンセンサスをつくり、合意をつくっていく、ただそれは基本的には加盟国に対しての勧告を行う動き。そして三番目に、世界の平和と安全保障の問題をほぼ専管的に扱っている安全保障理事会。この三つはそれぞれ動きが異なります。そういう意味で、国連と言ったときにどれを指すのかということをよく考えなければいけないという気がつくづくといたします。
例えば、事務総長を頂点とする国連の事務局、諸機関につきましても、ほかには見られない活動が行われております。ほかのというのは、安全保障理事会とか総会の動きとは違う動き方が見られます。まず、アナン事務総長以下の方々は国連憲章の目標を達成しようとして努力している、あるいは国際社会の当面している課題を国際社会に対して提示していこうというような動きをしております。
西暦二〇〇〇年に国連ではミレニアム総会というのがございました。そのときには首脳会議も行われまして、百四十カ国か百五十カ国の首脳が集まったという非常に珍しい機会がございましたが、その際にミレニアム宣言というものが採択されました。これは、国際社会が今後十年、十五年の間、二十一世紀の立ち上がりに何と取り組んでいかなければいけないかということを示したものであります。環境とか貧困の撲滅とか、いろいろ書かれております。私が申し上げたいのは、その報告は、実は、それに先立ってアナン事務総長が国連加盟国に対して出した報告、国連では報告という言葉を使いますが、提言でございますね、そのアナン事務総長が出した提言が一つの下敷きになっております。
そういう意味では、常に国際社会に対して将来の課題を提起していくという役割を事務総長は果たしている。
あるいは、この委員会の課題であります世界の平和と安全保障の問題に関連しましても、例えば紛争の予防あるいは解決というところで、事務総長は、自分の特別代表を派遣したり、調査ミッションを出したりして、その結果で安全保障理事会に勧告をしたりしております。
中東問題では、最近カルテットという言葉をよく聞きます。アメリカとロシア、EUそして国連、この四者が一緒になって中東和平を追求していこうという動きでありますが、そこでは、国連の事務総長は一つの存在として参加しているわけであります。
また、紛争が解決された後の再発防止あるいは平和の維持、復旧、復興というところでも、例えば、安全保障理事会が授権をいたしまして創設します平和維持活動は、創設された後は事務総長の統括のもとに置かれます。あるいは国連が出す政治ミッションも同じであります。そしてまた、復旧、復興の段階では、あるいはその手前からでも、難民問題についてのUNHCR、御承知の緒方さんが十年間トップの座を占めておられましたUNHCR、あるいは子供の問題について非常に活躍しているユニセフ、あるいは開発問題をやっているUNDPといった国連の機関が、この難民問題から復旧、復興に至る過程で大変な努力をします。ただ、これはすべて最終的には事務総長の統括のもとで行われるということになります。
そういう意味で、今、単に一部の、例示的に申し上げましたけれども、国連事務総長を頂点とする国連事務局というのは、平和あるいは安全保障の分野で大変大きな役割を果たしているということを、これまた私、現場で痛感をいたしました。
そこで、日本はそれに対して何をやっているか。一番の大きな貢献は財政支援だと思います。先ほど菅波さんがおっしゃられたことを引くようですが、国連におりますと、お金というのは非常に大事でございまして、私、よく報道関係の人からは、小切手外交、お金だけ出して何もしないから小切手外交ということで批判を受けることがありましたけれども、国連の場で日本がやっていることが小切手外交だとやゆされたことは、これは本当に一回もございません。むしろ、いろいろな場でお金を日本が出してくれている。かつ、日本は一たん決めますと継続的に出しますので、それに対する感謝は随分受けました。
ただ、今申し上げましたような国連事務総長を頂点とする国連の機関の活動を支えているのは、やはり何といってもお金でございまして、その点について日本の税金は有益に使われていると、私は少なくともニューヨークでの経験からすれば申し上げることができるのではないかと思います。
他方、人的な面での貢献はまだまだ努力すべき余地が多くに残されているのではないかと思います。
平和維持活動についての自衛隊の活用という点については、数の上では、例えばG7の先進国の中では日本が一番多いと思います。ただ、御承知のとおり、先進国は、もはや平和維持活動よりもその一歩手前の多国籍軍に多くの人を出す。PKOに人を出している国は、一番多いのが今ではパキスタンです。パキスタン、バングラデシュ、ナイジェリア、インド、ガーナ、上のトップテンをとりますと、オーストラリア以外はすべて途上国です。それに対して、多国籍軍の方でむしろ先進国が兵力を派遣している、こういう状況になっております。
私は、今この場で多国籍軍に人を出してくださいと申し上げるつもりで申し上げたわけではありません、これは政治のお決めになる話でございますが。現状といたしまして、PKOに対する自衛隊の派遣の数については、一応先進国としては遜色のないところにまで参りました。ただ、まだまだほかでは需要がある。
例えば、文民警察官の問題。私自身も県警本部長をやらせていただいたことがございますので、今の警察法の建前からの問題、あるいは警察庁と県警との関係、いろいろな問題があって、文民警察官を出すということがそれほど簡単な話ではないということはよく承知しておりますが、世界では、日本の警察が高度だと、シンガポールでも交番ができたりしておりますので、文民警察官に対する期待がある。
あるいは、このごろは、平和維持活動も、国づくりということで、例えば司法官とか、法律づくりとかいろいろな幅広い分野での、行政官も含めて、司法官、行政官についての要望というのも出てきておる。
そういう意味では、人的貢献というのはまだまだ期待は高いということは申し上げた方がよろしいかと思います。
それからもう一つ、資金との絡みで私が一番重点を置いてまいりましたのは、国連における邦人職員の増強の問題であります。
国連は、各国の分担金とか人口に合わせて、特定の国に対しては、ここからこれの、例えば一定の範囲の人が国連の職員として働いていることが望ましいということを毎年発表いたしております。それに対して、日本はまだまだ達していない。例えば二〇〇二年でいいますと、国連の事務局では二百五十六人から三百四十六人の邦人職員がいるのが望ましいというのが計算上出ているわけでありますが、それに対して、日本人はまだ百十二しかおりません。言うなれば、望ましい範囲の下限の半分以下であります。こういう望ましい範囲と実際上の数、実際いる数との間が三けたというのは日本しかありません。
そういう意味で、アナン事務総長もこの問題を非常に深刻に受けとめておりまして、日本についてだけは、例えば特別の採用ミッションを送ったり、あるいは、私が聞いたところでは、空席があって採用するときは、まず日本人を考えろというような指示を流してくれたこともあったようです。ただ、いろいろな事情でなかなかふえておりません。
私がおりますときに、三年十カ月一生懸命やりまして、国連にある事務局とその他の関連機関四つで、たしか五十一名だったと思いますが、ふやすことができましたけれども、まだまだこれで満足できるわけではないと思います。特に分担金の支払い、後で申し上げることで、最も直接的に見合ってくるのは邦人職員の数だと思いますので、この点はもっともっと努力をしていかなければいけないと思います。
ところで、もう一点、事務総長との関連で申し上げておきたいのは、アナン事務総長は毎年日本に来る。アジアでは、アナン事務総長が毎年訪ねるのは中国と日本しかありません。中国は常任理事国、そういう意味では、日本をいかに重視しているかということのあらわれだろうと思います。
それからもう一つ、先ほど三つの層、三つの姿と申し上げましたが、もう一つが、総会あるいは経済社会理事会、それから、今は実際活動をほとんどしておりませんが、信託統治理事会というのがございます。
総会と経済社会理事会というのは決して同じ組織ではありませんが、先ほど申し上げましたように、加盟国に対する勧告権限しかないという点で一くくりにしてお話をさせていただきたいと思うんです。
このやっていることは何か。基本的には、一言で言って、国際社会の主要な問題についてどうするかということについての加盟国の間の合意を形成していく努力。環境問題でも、リオに始まる国連特別総会が一つの軸になってここまで来ている。貧困、女性、いろいろな問題について加盟国の間のコンセンサスをまとめていく役割が、こういう総会を中心とする、あるいは経済社会理事会で行われている。経済社会理事会は、特別のこととして、開発問題と人権問題について特に焦点を当ててやっております。そういう意味では、それだけの独自の役割があると思います。
それから、もう一つ大きな役割は、総会では国連の予算を決めるということであります。国連の予算というのは、通常予算とPKO予算、平和維持活動に関する予算の二本立てになっておりますが、これについて国連総会が決めていく。ここでは、率直に申しまして、日本の発言権は大変大きいと思います。
例えば、我々は、当たり前のことのように日本国内では受けとめられておりますが、日本はいろいろな選挙に出ます。安全保障理事会は毎回出てはおりませんけれども、いろいろな選挙に出て、ほとんど落ちたことがないと思います。それは、国連加盟国の目から見て、やはりいろいろな問題を議論する場に日本という国が入っていることが大事だという認識があるからだと思います。もちろん、皮肉な言い方をすれば、日本は援助をして、援助をてこにして選挙に通っている、率直に言ってそういう面が全くないとは私も申しません。
ただ、やはり国連の場で各加盟国の代表たちと話していますと、いろいろな問題について日本の意見が反映されることが大事だという意識はあると思います。それが結果としていろいろなところで選挙に選ばれているということなんだろうと思います。
それでは、今は発言権でございまして、発言力があるか。これは、まあ私として自分に対する反省も含めて申し上げれば、もっともっと発言をし、日本の考え方を反映させていく努力をすることが必要であったのではないか。これは、私がニューヨークで自分が代表をしておりましたので、自分への反省も含めてのことでございますが、発言力はもっともっと発揮する余地がまだあるし、努力しなければいけないと思います。
例えば、予算面で日本とアメリカが非常に大きな力を持っております、日本とアメリカで四割以上払っているから当然といえば当然なんですが。例えば、一九九四年から二〇〇一年まで八年間国連の予算はゼロ成長でございました。国連の通常予算は、さっき、通常予算とPKO予算と二つあると申し上げましたが、通常予算は二年を一単位として一会期二年でございます。そういう意味では、四会期、八年間にわたって国連の予算をゼロ成長にした。これは、日本とアメリカが中心的な役割を果たして主張して、それを通じて国連の経費の節約あるいは合理化を達成したわけであります。さすがに八年やりますとこらえ切れなくなり、かつ新しいミレニアムサミットの目標が出てきたり紛争問題が出てきたりということで、若干その後増加しつつはありますけれども、今のようなことは日本の主張に基づいて行われたということは言えると思います。
そこで、最後に、もう一つの問題は、安全保障理事会でございます。
これは、全くほかの機関とは違う動き方をいたします。簡単に申しますと、安全保障理事会が決議をしたことはすべての加盟国を拘束するということです。そして、御承知のとおり、安全保障理事会には、常任理事国五カ国が拒否権という絶大な力を持って存在している。一言で言えば、常任理事国が牛耳っていると言ってもよろしいんじゃないかと思います。通常の場合には、大きな問題については常任理事国五カ国の間で話し合って、いずれもが拒否権を使わないでいいというような妥協案をつくってから非常任理事国に提示される、それが安全保障理事会の残念ながら動き方です。
それが行われなかったのがこの間のイラクでして、特定の国が何が何でも拒否権を使うんだということを言った結果、常任理事国の間の妥協が成立しなくなった。結果として、非常任理事国に圧力がかかったということがございます。ちなみに、安全保障理事会の非常任理事国というのは二年の任期でございます。日本は、今まで八回だったと思いますが、非常任理事国を務めておりまして、これは、たしかブラジル、ブラジルは正確ではないかもしれませんが、少なくとも回数としては最大でございます。
ただ、二年だということで、非常任理事国の知識には非常に限度がある。例えば、イラク問題のように十二年間やっていた過去の経緯について全部知っているのは五つの常任理事国しかない。その過程で常任理事国の間の取引もいろいろな形で行われていると思いますが、これは常任理事国しか知らない話であります。これが非常任理事国にとっては大変な苦痛である。苦痛と言ってはあれですけれども、安保理事会に座っていてもなかなか状況がわからないことにつながってきているんだろうと思います。
まして、安保理事会に入っておりませんと、外からの発言力はほとんどありません。安全保障理事会は時々公開討議というのを開きます。そのときにはメンバーでない国も行くことができるんです。
ただ、例えば、こういうことがありました。九月の十一日、先ほど菅波さんが言われた有言実行との絡みでございますけれども、九月十一日の翌日に安全保障理事会が公開討議をやることになっておりまして、私たちも登録をして準備していたんですが、その日の朝になりまして議長国から通告がありまして、発言は安保理メンバー十五カ国だけにすることにした、何となれば安全保障理事会として急いでやはり決議案をまとめなければならない、だから、各国に発言を許していると時間がかかり過ぎるので、もう十五カ国だけでやる。安全保障理事会としてそう決められますと我々どうしようもない。
結局、当時の議長国のフランスと交渉をいたしまして、日本がもし発言を持ってきてくれれば記録には載せるというところまでとりました。そこで私は、それを非常に短い発言にしまして安保理事会に登録すると同時に、全加盟国にファクスで送りまして、報道関係にも配った。したがって日本の夕刊には何か私がしゃべったように出ているんですが、実はその日の朝の決定で発言は許されなかった。有言実行をしたくてもできないことがある、安全保障理事会に入っていないと発言ができないということがございます。
私は、有言実行が大事だということは全くそうなので、ただ、安全保障理事会に入っていないとどういうことがあるかということをちょっと申し上げました。
もっとも、外からでも働きかけることができまして、例えば、東ティモールのときには、当時はその存在も表に出しておりませんでしたけれども、我々、英語でコアグループと呼んでおりましたが、内々のグループで、アメリカ、イギリス、日本、オーストラリア、ニュージーランド、それと国連事務局で頻繁に会議をいたしまして、東ティモールについて安保理事会としてどういう動きをしていってもらうかということを協議しました。そういう意味では、外から少し安全保障理事会の動きに参画することができました。
あるいは、アフガニスタンでは、御記憶のとおり緒方貞子さんが議長をされた日本における支援国会議、ああいう問題を通じて、アフガニスタンについては、特に復旧、復興の面で日本が主導的な役割を果たすということを明確にしておりましたので、安全保障理事会におけるあるいは国連におけるアフガニスタン問題についての議論についても、日本の意見をかなり外から反映させることができたと思います。ただ、これは極めて例外的であり、かつその都度大変な努力をしていかなきゃならない問題だと思います。
そういうことで、安全保障理事会というのは、入っていなければなかなかそこに日本の意見を反映させることができないという問題があります。
一つ、この関連で私、気になりますのは、例えば北朝鮮の問題。私は、北朝鮮の問題について安全保障理事会が圧力をかける方向で動いていくことは大事だと思います。ただ、今安全保障理事会がどういう構成か、あるいは安全保障理事会に北朝鮮の問題をかけたときにどういうことが起きるのかということを想定いたしますと、まず、中国とロシアのこの問題に対する発言力が断然高くなることは間違いない。日本はその外であります。韓国も入っておりません。
我々は、従来、朝鮮半島の問題、北朝鮮の核開発の問題については、日米韓が中心になってやってきたわけですが、安全保障理事会に入った途端に、アメリカはおりますけれども、韓国も日本も外におる。そして、常任理事国として中国やロシアの発言力が高まる。こういう点が一つあります。
それから、非常任理事国について、アジアから今選出されている国はどこか。パキスタンとシリアであります。なぜシリアかと思われるかもしれませんが、国連の地図ではレバノンから東がアジアということになっています。シリアは、北朝鮮からミサイルを買っていることが疑われている国であります。パキスタンは、北朝鮮に核ウラン濃縮の技術を提供したのではないかと疑われている国であります。
この二つの国がアジアを代表しているわけでありまして、例えば、常任理事国の間で意見が十分まとまらず、一部は棄権をする、したがって、安全保障理事会の決議を通すために非常任理事国に対する多数派工作をする、そういうような事態に仮に物事が動いていった場合に、今の状態で、そういう状態の安全保障理事会に日本としてどういうふうに対応するんだろうかということを私は考えざるを得ません。
その中で、アメリカが日米韓という協力を通じて日本の立場を一番よく理解していると思いますから、アメリカを通じて日本の意見を反映させていくということなんだろうと思いますが、安全保障理事会というのは、その都度の組み合わせによって、かなり議論の内容も変わってくる組織でございます。
そういう意味で、安全保障理事会に判断をゆだねるということを考えるときに、ただ安全保障理事会は絶対なんだという意識で判断をゆだねていいものかどうか。私は現場にいた者として、少しその点について疑問を感じざるを得ないところであります。
私、もうこれで三十分しゃべりましたのであれなんですが、もし当初の菅波さんの残された十分をいただければ、残りの安全保障理事会の改革の問題についてお話をさせていただきたいと思いますが。
中
菅
中
佐
佐藤行雄#8
○佐藤参考人 どうもありがとうございます。
そこで、安全保障理事会をこのままにしておいていいのかということが日本にとっての大きな、あるいは国連にとっての大きな課題だと私は思います。私自身、日本自身が常任理事国入りを目指すかどうかについては国内で意見が割れていることは十分承知しております。したがって、私自身がこれから申し上げることは、日本の常任理事国入りを目指すという見地からの意見とは思わないでいただきたいと思うんです。むしろ、国連のために安保理事会をこのままでほっておいていいのかという見地からの問題だと御理解を願いたいと思います。
実は、安全保障理事会を改革しようということは、国連の場で一九九四年の一月から議論をしております。その発端となりましたのは、九三年にインドが出した決議案です。やはり冷戦が終わって三年たったところで、安全保障理事会をもっと今日的なものにしようという意見だったんだろうと思います。国連の全体の意見、総会での決議が通りまして、それ以来議論をしている。ことしの夏で十年の議論を終えようとしております。一言で言えば、議論は停滞をしている。三つの問題をめぐって停滞をしている、というか議論がかみ合わない。
一つは、今十五ある安全保障理事会を一体幾つまでふやすのか。日本は二十四と言っております。そこまで入りますと細かいので申しませんが、アフリカのような国は二十六というようなことを言っております。したがって、二十四から二十六の間にまで広げたいというのが一つの議論です。
それからもう一つは、一体どこの国を新しい常任理事国にするんだろうか。
これについて、日本国内の議論は別に横に置きまして、国連の場では、安全保障理事会が改革された場合に日本が常任理事国になるのは当然というのが大多数の意見だと思います。正面からこれに反対しているのは北朝鮮だけであります。中国は黙っておりますが、これは私の全くの個人的な見方でありますが、世界の大勢が日本の常任理事国入りを認める方向に動いたときに、中国がひとり拒否権を使って反対するという事態は想定できないと私は思います。ただ、これは私の全くの個人的な意見です。
むしろ、先進国の間では、ヨーロッパで一体どこにしようか、長いことドイツと言われていたわけですが、イタリーあるいはスペインがこれに反対しております。あるいは、アフリカでは、ナイジェリア、南アフリカ、エジプト、この三カ国の間で一種のせめぎ合いがあります。ラテンアメリカについても、ブラジル、アルゼンチン、メキシコの間での争いがある。アジアでは、インドに対してはパキスタンが絶対反対ということを言っております。そういうところで常任理事国をどこにするかということも絞り込めていない。
三番目に、拒否権の問題で、ほとんどの国が常任理事国が持っている拒否権については何らかの形で制限をしたいと思っていると思います。今、評決すれば、国連加盟国総数百九十一ですが、百八十六対五だと私は思います。百八十六の国は、何らかの格好で拒否権について制限をしたい、あるいはやめさせたい。それに対して、五カ国、常任理事国は、自分の既得権に影響があるようなことがあったらこれは絶対に認めないということだと思います。
ちなみに、安全保障理事会を改革するための憲章改正には、加盟国三分の二の賛成プラス五つの常任理事国の賛成が必要です。逆に言いますと、常任理事国は安全保障理事会を改革するための憲章改正にも拒否権を使うことができるということであります。
そういう状況の中で、どう考えましても、安全保障理事会の改革ということは大変時間がかかる。ただ、この問題は国連のために日本が旗を振っていくべき課題だと私は思っています。
まず、なぜあきらめてはいけないかなんですが、安全保障理事会の改革をあきらめるということは、第二次世界大戦の戦勝国の五カ国が拒否権というものを持って安全保障理事会を牛耳っているという現状を認めるということです。これは、やはり時間がかかっても改革をしていかなきゃいけないと私は個人的には思います。
では、なぜ日本が旗を振るべきか。これは国連の中で話をしておりましても、大体、常任理事国になって当然と思われているような国が旗を振らないと、多くの国がついてこない。それからもう一つ、アメリカを説得できる国がやらないと、なかなか動かないというのが多くの国の人が言われることです。
そういう意味で、日本とドイツが最適だったわけですが、ドイツは、最近急速に安全保障理事会の改革に対する関心を低くしている。その意味で、日本が進めていくのが国連のためにも大事だと私は思います。
ちなみに、日本の国内ではほとんど気づかれませんでしたけれども、小泉総理が初めてブッシュ大統領に会ったとき、あるいは森総理が初めてブッシュ大統領に会ったときに出された共同新聞発表の中では、安全保障理事会の改革の重要性についての言及があります。そういう意味で、あのころ、私見ておりまして、ブッシュ政権が成立した直後に会った各国の首脳の中で、安全保障理事会の改革問題を取り上げたのは日本だけだったのではないかと思います。
ただ、その後、九月十一日の問題があり、いろいろな意味で事態が停滞をしております。それから、先ほど申し上げましたように、なお時間がかかる。にもかかわらず、やはり安全保障理事会の改革のためには日本が旗を振っていく必要があるのではないかと思います。
他方で、日本国内で、常任理事国入りを目指すか目指さないかについての議論をする時間はたっぷりあると思います。したがって、日本国内の議論と国連のための改革とは並行して進めていけることではないかと思います。
最後に、一言、委員会に要望をさせていただきたいことがございます。
それは、ぜひ国連の実態というものを委員会として調査していただけないか。抽象的に国連というものを国内でお考えになっておられることと現場の国連をごらんになることとは、やはり違いがあると思います。憲法の中に国連の問題をどう取り入れるか、それは先生方がお考えになられることでありますけれども、文言として取り入れる取り入れないは別として、やはり世界の平和、安全保障、あるいは先ほど来の菅波参考人が言われた人間の安全保障という見地から、国際社会の社会問題、あるいは開発問題をどう考えていくか、いろいろな意味で国連という存在が一つあるということは大事なポイントでございます。そういう意味で、ぜひ国連の実態というものを御自身の目で見ていただくことをしていただければありがたいと思います。
私は、今、この間のイラク問題で安保理事会あるいは国連がだめだと言われている議論がありますが、それでは国連にかわるものがあるのかと考えれば、かわるものはないのではないかと思います。したがって、一つの選択肢としては、国連をよくしていく、そのために日本としてもやっていく。国連中心主義という言葉、私はこれは非常に抽象的でわかりにくい言葉だと思うんですが、もし国連中心主義という言葉を私なりに解釈することを許していただければ、国連を大事に思い、国連をよくしていくために努力をする、そう私は私なりに国連中心主義ということを理解、解釈していたわけであります。いろいろな意味を込めまして、ぜひこの憲法調査会としても国連を見ていただければありがたいと思います。
若干超過したかもしれません。どうもありがとうございました。拍手
この発言だけを見る →そこで、安全保障理事会をこのままにしておいていいのかということが日本にとっての大きな、あるいは国連にとっての大きな課題だと私は思います。私自身、日本自身が常任理事国入りを目指すかどうかについては国内で意見が割れていることは十分承知しております。したがって、私自身がこれから申し上げることは、日本の常任理事国入りを目指すという見地からの意見とは思わないでいただきたいと思うんです。むしろ、国連のために安保理事会をこのままでほっておいていいのかという見地からの問題だと御理解を願いたいと思います。
実は、安全保障理事会を改革しようということは、国連の場で一九九四年の一月から議論をしております。その発端となりましたのは、九三年にインドが出した決議案です。やはり冷戦が終わって三年たったところで、安全保障理事会をもっと今日的なものにしようという意見だったんだろうと思います。国連の全体の意見、総会での決議が通りまして、それ以来議論をしている。ことしの夏で十年の議論を終えようとしております。一言で言えば、議論は停滞をしている。三つの問題をめぐって停滞をしている、というか議論がかみ合わない。
一つは、今十五ある安全保障理事会を一体幾つまでふやすのか。日本は二十四と言っております。そこまで入りますと細かいので申しませんが、アフリカのような国は二十六というようなことを言っております。したがって、二十四から二十六の間にまで広げたいというのが一つの議論です。
それからもう一つは、一体どこの国を新しい常任理事国にするんだろうか。
これについて、日本国内の議論は別に横に置きまして、国連の場では、安全保障理事会が改革された場合に日本が常任理事国になるのは当然というのが大多数の意見だと思います。正面からこれに反対しているのは北朝鮮だけであります。中国は黙っておりますが、これは私の全くの個人的な見方でありますが、世界の大勢が日本の常任理事国入りを認める方向に動いたときに、中国がひとり拒否権を使って反対するという事態は想定できないと私は思います。ただ、これは私の全くの個人的な意見です。
むしろ、先進国の間では、ヨーロッパで一体どこにしようか、長いことドイツと言われていたわけですが、イタリーあるいはスペインがこれに反対しております。あるいは、アフリカでは、ナイジェリア、南アフリカ、エジプト、この三カ国の間で一種のせめぎ合いがあります。ラテンアメリカについても、ブラジル、アルゼンチン、メキシコの間での争いがある。アジアでは、インドに対してはパキスタンが絶対反対ということを言っております。そういうところで常任理事国をどこにするかということも絞り込めていない。
三番目に、拒否権の問題で、ほとんどの国が常任理事国が持っている拒否権については何らかの形で制限をしたいと思っていると思います。今、評決すれば、国連加盟国総数百九十一ですが、百八十六対五だと私は思います。百八十六の国は、何らかの格好で拒否権について制限をしたい、あるいはやめさせたい。それに対して、五カ国、常任理事国は、自分の既得権に影響があるようなことがあったらこれは絶対に認めないということだと思います。
ちなみに、安全保障理事会を改革するための憲章改正には、加盟国三分の二の賛成プラス五つの常任理事国の賛成が必要です。逆に言いますと、常任理事国は安全保障理事会を改革するための憲章改正にも拒否権を使うことができるということであります。
そういう状況の中で、どう考えましても、安全保障理事会の改革ということは大変時間がかかる。ただ、この問題は国連のために日本が旗を振っていくべき課題だと私は思っています。
まず、なぜあきらめてはいけないかなんですが、安全保障理事会の改革をあきらめるということは、第二次世界大戦の戦勝国の五カ国が拒否権というものを持って安全保障理事会を牛耳っているという現状を認めるということです。これは、やはり時間がかかっても改革をしていかなきゃいけないと私は個人的には思います。
では、なぜ日本が旗を振るべきか。これは国連の中で話をしておりましても、大体、常任理事国になって当然と思われているような国が旗を振らないと、多くの国がついてこない。それからもう一つ、アメリカを説得できる国がやらないと、なかなか動かないというのが多くの国の人が言われることです。
そういう意味で、日本とドイツが最適だったわけですが、ドイツは、最近急速に安全保障理事会の改革に対する関心を低くしている。その意味で、日本が進めていくのが国連のためにも大事だと私は思います。
ちなみに、日本の国内ではほとんど気づかれませんでしたけれども、小泉総理が初めてブッシュ大統領に会ったとき、あるいは森総理が初めてブッシュ大統領に会ったときに出された共同新聞発表の中では、安全保障理事会の改革の重要性についての言及があります。そういう意味で、あのころ、私見ておりまして、ブッシュ政権が成立した直後に会った各国の首脳の中で、安全保障理事会の改革問題を取り上げたのは日本だけだったのではないかと思います。
ただ、その後、九月十一日の問題があり、いろいろな意味で事態が停滞をしております。それから、先ほど申し上げましたように、なお時間がかかる。にもかかわらず、やはり安全保障理事会の改革のためには日本が旗を振っていく必要があるのではないかと思います。
他方で、日本国内で、常任理事国入りを目指すか目指さないかについての議論をする時間はたっぷりあると思います。したがって、日本国内の議論と国連のための改革とは並行して進めていけることではないかと思います。
最後に、一言、委員会に要望をさせていただきたいことがございます。
それは、ぜひ国連の実態というものを委員会として調査していただけないか。抽象的に国連というものを国内でお考えになっておられることと現場の国連をごらんになることとは、やはり違いがあると思います。憲法の中に国連の問題をどう取り入れるか、それは先生方がお考えになられることでありますけれども、文言として取り入れる取り入れないは別として、やはり世界の平和、安全保障、あるいは先ほど来の菅波参考人が言われた人間の安全保障という見地から、国際社会の社会問題、あるいは開発問題をどう考えていくか、いろいろな意味で国連という存在が一つあるということは大事なポイントでございます。そういう意味で、ぜひ国連の実態というものを御自身の目で見ていただくことをしていただければありがたいと思います。
私は、今、この間のイラク問題で安保理事会あるいは国連がだめだと言われている議論がありますが、それでは国連にかわるものがあるのかと考えれば、かわるものはないのではないかと思います。したがって、一つの選択肢としては、国連をよくしていく、そのために日本としてもやっていく。国連中心主義という言葉、私はこれは非常に抽象的でわかりにくい言葉だと思うんですが、もし国連中心主義という言葉を私なりに解釈することを許していただければ、国連を大事に思い、国連をよくしていくために努力をする、そう私は私なりに国連中心主義ということを理解、解釈していたわけであります。いろいろな意味を込めまして、ぜひこの憲法調査会としても国連を見ていただければありがたいと思います。
若干超過したかもしれません。どうもありがとうございました。拍手
中
中川昭一#9
○中川小委員長 以上で参考人の御意見の開陳は終わりました。
なお、菅波参考人には、御配慮いただきましたことを小委員長として感謝を申し上げます。
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この発言だけを見る →なお、菅波参考人には、御配慮いただきましたことを小委員長として感謝を申し上げます。
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中
近
近藤基彦#11
○近藤(基)小委員 大変貴重な意見をありがとうございました。
きのう、東京国際フォーラムで拉致の御帰国なされた方々と国民大集会というのがありまして、大変な人数の方がお集まりをいただきまして、私もそれに参加をさせていただいたんです。これは、日本と、現在拉致をされているのではないかと言われている国というのは韓国、韓国の家族会の代表の方もきのうは参加をなされて、非常な盛り上がりではあったんですが、その中で、日本以外というよりは外務省以外が、拉致はテロだと国際社会では認めているんだ、けれども外務省はそこを、首を斜めに曲げて、なかなかはっきり物を言わないというような御批判もあったんです。
ちょっとこのこととは離れるかもしれませんが、この拉致問題についてはテロだとお考えでしょうか。両参考人にお聞きしたいんです。
この発言だけを見る →きのう、東京国際フォーラムで拉致の御帰国なされた方々と国民大集会というのがありまして、大変な人数の方がお集まりをいただきまして、私もそれに参加をさせていただいたんです。これは、日本と、現在拉致をされているのではないかと言われている国というのは韓国、韓国の家族会の代表の方もきのうは参加をなされて、非常な盛り上がりではあったんですが、その中で、日本以外というよりは外務省以外が、拉致はテロだと国際社会では認めているんだ、けれども外務省はそこを、首を斜めに曲げて、なかなかはっきり物を言わないというような御批判もあったんです。
ちょっとこのこととは離れるかもしれませんが、この拉致問題についてはテロだとお考えでしょうか。両参考人にお聞きしたいんです。
菅
菅波茂#12
○菅波参考人 私自身のテロの定義は、殺人によるメッセージ、非合法殺人によるメッセージです。したがって、非合法殺人というものが大前提でなければ私自身はテロとは定義しません。それから、メッセージ性がなければテロとは言えません。単なる犯罪かもわからぬです。
この発言だけを見る →佐
佐藤行雄#13
○佐藤参考人 私は、実はこの問題について解釈をよく存じておりませんが、一つ、私が国連におりますときに、横田さんの御夫妻ほか一部の方がお見えになりまして、お昼御飯を差し上げて、雨の非常につらいお昼御飯でしたが、そのときに同席の方から、これはどう思いますかと、まさに同じような御質問を受けまして、私は、定義を知らないままに、受けとめ方としてはテロですねというお話を申し上げた。正確に何と申し上げたか、テロのようなものだと申し上げたか覚えていませんが、結果として週刊誌に、国連大使はテロと言ったということを書かれてしまったわけです。国際政治の中でテロをどう定義するか、あるいは国連の場でテロをどう定義するかというのは、これは非常に難しい問題がございます。
例えば、国連でのテロに関する条約がなかなかまとまりにくいのも、パレスチナ問題で、イスラエルの占領に対して、独立をかち取るために行っているものはテロ行為ではないというのがアラブの主張です。そういう意味で、テロの定義と言った途端に、国連では非常に難しくなるのです。
ただ、問題は受けとめ方のことでありますので、私は、定義ということを離れて言えば、テロだと思っております。
この発言だけを見る →例えば、国連でのテロに関する条約がなかなかまとまりにくいのも、パレスチナ問題で、イスラエルの占領に対して、独立をかち取るために行っているものはテロ行為ではないというのがアラブの主張です。そういう意味で、テロの定義と言った途端に、国連では非常に難しくなるのです。
ただ、問題は受けとめ方のことでありますので、私は、定義ということを離れて言えば、テロだと思っております。
近
近藤基彦#14
○近藤(基)小委員 佐藤参考人にお聞きをしたいんです。
安保理改革ということでありますけれども、安全保障理事会、日本が常任理事国入りを、表明を正式にしているかどうかは別として、目指すとすれば、五十三条の一項の後半、あるいは百七条に敵国条項、現在では旧敵国条項という話になるんでしょうか、しかしこれが残っている以上、例えば変な話ですが、北朝鮮と変なことになったときに、これを北朝鮮が持ち出してくるという可能性がなきにしもあらず、条文に残っていますから。
この点に関して、敵国条項というもののいまだに存在する理由といいますか、あるいは敵国条項そのもののできた経緯というのは、まだ戦時中に成文化されたものだからだろうとは思うんですが、その辺の話をちょっと詳しくお聞かせいただきたいと思うんです。
この発言だけを見る →安保理改革ということでありますけれども、安全保障理事会、日本が常任理事国入りを、表明を正式にしているかどうかは別として、目指すとすれば、五十三条の一項の後半、あるいは百七条に敵国条項、現在では旧敵国条項という話になるんでしょうか、しかしこれが残っている以上、例えば変な話ですが、北朝鮮と変なことになったときに、これを北朝鮮が持ち出してくるという可能性がなきにしもあらず、条文に残っていますから。
この点に関して、敵国条項というもののいまだに存在する理由といいますか、あるいは敵国条項そのもののできた経緯というのは、まだ戦時中に成文化されたものだからだろうとは思うんですが、その辺の話をちょっと詳しくお聞かせいただきたいと思うんです。
佐
佐藤行雄#15
○佐藤参考人 旧敵国条項ができた経緯そのものについては、私は余り詳しくは存じません。
ただ、想像するに、先ほど冒頭にも申し上げましたように、国連憲章というのはしょせん連合国がつくった文章でございますから、その中で、第二次世界大戦中に連合国に対する敵国であった国に対しては云々というのがあったのは、当時の状況としては当然のことだったのだろうと思います。
それからもう一つ、このいわゆる旧敵国条項については、今日では実際上の意味はないということにはなっております。一九九五年の三月に国連総会で採択されました決議で、議事録の都合で英語で申し上げていいのかあれなんですが、オブソリートという言葉、言うなれば、日本語の訳では時代おくれと外務省は訳しているようですが、今日的意味はない、この三つの条項は今日的な意味はないということが国連加盟国の総意として確認されております。その意味で、法的効果としては、旧敵国条項は事実上の意味を失っているというふうに理解していいのかと思います。
ただ、なぜ残っているのかという点を先ほど言われましたが、同じ決議の中で、この文言の削除については、次の国連憲章の改正を行う機会に削除のための手続を始めるという趣旨のことが書いてあります。
なぜそんなことになったかと考えますと、実は、この決議が採択されたのは九五年の三月でございますけれども、その前の年の九四年の一月から、安全保障理事会の改革のための作業が進められていたわけですから、安全保障理事会の改革のための憲章改正の際に敵国条項も削除しよう、そういう理解だったんだろうと思います、加盟国の間で。
ただ、そこから先は私の個人の考えでありますが、この決議が採択されてから既に七年以上たっております。それから、日本が国連に加盟をいたしましたのは一九五六年の十二月十八日でございます。したがって、二〇〇六年の十二月十八日には日本は国連加盟五十周年を迎えるわけです。したがって、安全保障理事会の改革とは切り離して、日本の国連加盟五十周年までにはこの敵国条項を削除しておくことが適当ではないかと私は個人的には思います。
ただ、二つ問題があり得ることは覚悟しておかなきゃいけないんだと思います。一つは、日本が安全保障理事会の改革と切り離して旧敵国条項だけ削除しようと言った途端に、安全保障理事会の改革に反対の国から、日本はもう安全保障理事会の改革をあきらめたんじゃないかという意見が出てくるということは、うわさがうわさを呼ぶ国連のことですから想像できます。それからもう一つは、日本は敵国条項の削除を求めていますが、国によっては、その機会にこれもというのが出てくるかもしれません。そういう意味で、やはり本当に削除するためのやり方はよほど慎重にしなきゃいけないという点はあると思います。
ただ、私の個人の希望といたしましては、削除のための努力をすることが大事じゃないか。現に、昨年の九月、小泉総理が国連総会に行かれたときもこの点に触れられております。そういう意味で、個人的にはぜひ削除のための努力を進めていただきたいと思っております。
この発言だけを見る →ただ、想像するに、先ほど冒頭にも申し上げましたように、国連憲章というのはしょせん連合国がつくった文章でございますから、その中で、第二次世界大戦中に連合国に対する敵国であった国に対しては云々というのがあったのは、当時の状況としては当然のことだったのだろうと思います。
それからもう一つ、このいわゆる旧敵国条項については、今日では実際上の意味はないということにはなっております。一九九五年の三月に国連総会で採択されました決議で、議事録の都合で英語で申し上げていいのかあれなんですが、オブソリートという言葉、言うなれば、日本語の訳では時代おくれと外務省は訳しているようですが、今日的意味はない、この三つの条項は今日的な意味はないということが国連加盟国の総意として確認されております。その意味で、法的効果としては、旧敵国条項は事実上の意味を失っているというふうに理解していいのかと思います。
ただ、なぜ残っているのかという点を先ほど言われましたが、同じ決議の中で、この文言の削除については、次の国連憲章の改正を行う機会に削除のための手続を始めるという趣旨のことが書いてあります。
なぜそんなことになったかと考えますと、実は、この決議が採択されたのは九五年の三月でございますけれども、その前の年の九四年の一月から、安全保障理事会の改革のための作業が進められていたわけですから、安全保障理事会の改革のための憲章改正の際に敵国条項も削除しよう、そういう理解だったんだろうと思います、加盟国の間で。
ただ、そこから先は私の個人の考えでありますが、この決議が採択されてから既に七年以上たっております。それから、日本が国連に加盟をいたしましたのは一九五六年の十二月十八日でございます。したがって、二〇〇六年の十二月十八日には日本は国連加盟五十周年を迎えるわけです。したがって、安全保障理事会の改革とは切り離して、日本の国連加盟五十周年までにはこの敵国条項を削除しておくことが適当ではないかと私は個人的には思います。
ただ、二つ問題があり得ることは覚悟しておかなきゃいけないんだと思います。一つは、日本が安全保障理事会の改革と切り離して旧敵国条項だけ削除しようと言った途端に、安全保障理事会の改革に反対の国から、日本はもう安全保障理事会の改革をあきらめたんじゃないかという意見が出てくるということは、うわさがうわさを呼ぶ国連のことですから想像できます。それからもう一つは、日本は敵国条項の削除を求めていますが、国によっては、その機会にこれもというのが出てくるかもしれません。そういう意味で、やはり本当に削除するためのやり方はよほど慎重にしなきゃいけないという点はあると思います。
ただ、私の個人の希望といたしましては、削除のための努力をすることが大事じゃないか。現に、昨年の九月、小泉総理が国連総会に行かれたときもこの点に触れられております。そういう意味で、個人的にはぜひ削除のための努力を進めていただきたいと思っております。
近
中
桑
桑原豊#18
○桑原小委員 大変貴重な、そしてわかりやすく御説明をいただきまして、ありがとうございました。
まず佐藤参考人にちょっとお伺いしたいんですが、日本の常任理事国入りということ、これは私は、新しいいろいろな時代の動きの中で日本の果たす役割というのは大変大きくなってきていると思いますから、そういう意味では積極的に日本自身がやはり考えていく課題だろう、こういうふうに思っております。
そこで、この問題のいろいろな論点の中で、日本が常任理事国になるということになれば、いわゆる日本の憲法との関係で、国連における軍事的な役割というものが過大に求められてくるのではないか、そういう点で非常に危惧があるということが一つございます。
それと、先ほど参考人は、日本が旗振り役になって、アメリカにちゃんとした物が言えるという立場の国がそういうふうにやるというのはいいことなんだ、そんなお話もございました。アメリカにちゃんと物が言えるということであればそれでいいのですけれども、むしろ常任理事国になることによってアメリカに追随をする、アメリカに何でも従う国が一つ常任理事国になるんじゃないかというさめた見方も一部にあるわけですね。そういうことが一つあるということ。その点についてどうお考えか。
それから、私は、やはり常任理事国入りをするということを日本が表明するということになれば、おっしゃられたような安保理を中心にした国連の改革というものを日本なりの考え方をしっかり打ち出して、これをもって我々は国連の中で積極的な役割を果たしたい、こういうふうな一つの改革案をしっかり打ち出して臨めばいいのではないか、こういうふうに思うんですけれども、そういう準備というのはちゃんとできているのかどうか、そこら辺をまずお聞きしたいと思います。
〔小委員長退席、谷本小委員長代理着席〕
この発言だけを見る →まず佐藤参考人にちょっとお伺いしたいんですが、日本の常任理事国入りということ、これは私は、新しいいろいろな時代の動きの中で日本の果たす役割というのは大変大きくなってきていると思いますから、そういう意味では積極的に日本自身がやはり考えていく課題だろう、こういうふうに思っております。
そこで、この問題のいろいろな論点の中で、日本が常任理事国になるということになれば、いわゆる日本の憲法との関係で、国連における軍事的な役割というものが過大に求められてくるのではないか、そういう点で非常に危惧があるということが一つございます。
それと、先ほど参考人は、日本が旗振り役になって、アメリカにちゃんとした物が言えるという立場の国がそういうふうにやるというのはいいことなんだ、そんなお話もございました。アメリカにちゃんと物が言えるということであればそれでいいのですけれども、むしろ常任理事国になることによってアメリカに追随をする、アメリカに何でも従う国が一つ常任理事国になるんじゃないかというさめた見方も一部にあるわけですね。そういうことが一つあるということ。その点についてどうお考えか。
それから、私は、やはり常任理事国入りをするということを日本が表明するということになれば、おっしゃられたような安保理を中心にした国連の改革というものを日本なりの考え方をしっかり打ち出して、これをもって我々は国連の中で積極的な役割を果たしたい、こういうふうな一つの改革案をしっかり打ち出して臨めばいいのではないか、こういうふうに思うんですけれども、そういう準備というのはちゃんとできているのかどうか、そこら辺をまずお聞きしたいと思います。
〔小委員長退席、谷本小委員長代理着席〕
佐
佐藤行雄#19
○佐藤参考人 これは真っ正面からのお答えにならないことになるかもしれませんが、私、国連におりますときに、感じといたしまして、先ほども申し上げましたように、ほとんどの国が安全保障理事会が改革された場合には日本が常任理事国になって当然だという意見を持っているということを申し上げましたが、その関連ですべての百九十、私がおりましたときは百八十九だったんですが、百八十八の相手の全員に聞いたわけではありませんが、機会あるごとにいろいろな国に意見を聞きました。
なぜあなた方は日本が常任理事国になったらいいと思うのか。幾つかの答えがばらばらに出てくるんですが、やはり一番出てきますのは、日本は経済大国で、グローバルに物を見る能力を持っているという意見が出てきました。日本国内から見て、日本の政府がやっている外交が本当にグローバルな視野を持っているかどうか、これは御批判のあるところだと私は思いますが、少なくとも多くの国連加盟国は、日本はやはりグローバルに物を見ているという意識を持っているということが一つ。
それから、もう一つはやはりODAです。一九九〇年代十年間、日本はトップドナーだったわけです。量でナンバーワンだったわけです。それで、国連というのは途上国が多いですから、やはりODAについて一生懸命やってくれている国という意味で日本に対する期待感がある。
三番目、これはちょっとなかなか国際政治の場では言いにくい話ですが、やはり何といっても日本人はアジア人。ですから、途上国から見れば、痛みがわかる、あるいは先進国との格差に苦しんでいる国の苦しみがわかる国だというイメージがあるんだろうと思います。
もう一つは、日本は核兵器を持っていない国。先ほど菅波さんが言われた、武器を輸出していない国というのは非常に大事な点なんですが、我々の宣伝不足のせいか、なかなかそこまでは言われませんでしたけれども、核兵器を持っていない国、これに対する期待。
そういうものが折り重なって、日本が安全保障理事会に入ると安全保障理事会に何か変化を与えてくれるんじゃないかという期待がある。そこにこたえられるかどうか、これが、私は日本が常任理事国になった場合に一番試されることだろうと思います。
軍事力の問題については、現に平和維持活動については随分自衛隊も活躍をされるようになりましたし、まだまだ、これは私個人、一市民の意見として言わせていただけば、今の国内政治の動きであれば、憲法調査会の動きもそうなんでしょうけれども、日本の国際安全保障に対する日本の貢献をいろいろな角度から考えていこう、少なくとも、弱めていこうというよりは広げていく、強くしていこうという方向に動いていると思いますので、帰結点としては、今よりも幅広い活動ができることになっていくんじゃないかという期待が私にはございます、憲法をどうするかどうかは別問題として。
そういう意味で、日本は安全保障常任理事国になる資格のある国と世界からは認められている、その期待にどうこたえていくかはこれからの日本の覚悟の問題で、決して軍事力だけの問題ではない。
アメリカとの関係ですが、ちょっと我田引水なことをお話しさせていただきますと、過去において、アメリカが常任理事国問題について態度を変えたことが二度ございます。一回はリチャードソンという大使のときに起きたことで、途上国を常任理事国にすることを考えてもいいということを言ったときです。それからもう一つはホルブルック大使のときに起きたことで、それまで常任理事国の拡大は二十一を超えては絶対だめだとアメリカが非常にかたくなだったときに、アメリカは、二十一を若干上回る数まで考えてもいいということを公式に表明した。
この後者は、日本がアメリカを説得したんです。間違いなくこれは、私、自分でやりましたから。ほかの国が驚く、まさかと思ったようです。アメリカが、当時オルブライト国務長官で、国連大使をなさった経験もあって、安保理事会というのは数が多くちゃいけないということで、二十一を超える数は絶対だめだと言っていたんです。多くの国は、まさかアメリカが態度を変えると思わなかった。しかし、変えたんですね。国連の場ではかなり衝撃が走ったんです。
ただ、日本ではほとんど報道されなかったんです。なぜかと申しますと、二〇〇〇年四月三日に発表したんですが、ちょうど小渕総理が倒れられた……
この発言だけを見る →なぜあなた方は日本が常任理事国になったらいいと思うのか。幾つかの答えがばらばらに出てくるんですが、やはり一番出てきますのは、日本は経済大国で、グローバルに物を見る能力を持っているという意見が出てきました。日本国内から見て、日本の政府がやっている外交が本当にグローバルな視野を持っているかどうか、これは御批判のあるところだと私は思いますが、少なくとも多くの国連加盟国は、日本はやはりグローバルに物を見ているという意識を持っているということが一つ。
それから、もう一つはやはりODAです。一九九〇年代十年間、日本はトップドナーだったわけです。量でナンバーワンだったわけです。それで、国連というのは途上国が多いですから、やはりODAについて一生懸命やってくれている国という意味で日本に対する期待感がある。
三番目、これはちょっとなかなか国際政治の場では言いにくい話ですが、やはり何といっても日本人はアジア人。ですから、途上国から見れば、痛みがわかる、あるいは先進国との格差に苦しんでいる国の苦しみがわかる国だというイメージがあるんだろうと思います。
もう一つは、日本は核兵器を持っていない国。先ほど菅波さんが言われた、武器を輸出していない国というのは非常に大事な点なんですが、我々の宣伝不足のせいか、なかなかそこまでは言われませんでしたけれども、核兵器を持っていない国、これに対する期待。
そういうものが折り重なって、日本が安全保障理事会に入ると安全保障理事会に何か変化を与えてくれるんじゃないかという期待がある。そこにこたえられるかどうか、これが、私は日本が常任理事国になった場合に一番試されることだろうと思います。
軍事力の問題については、現に平和維持活動については随分自衛隊も活躍をされるようになりましたし、まだまだ、これは私個人、一市民の意見として言わせていただけば、今の国内政治の動きであれば、憲法調査会の動きもそうなんでしょうけれども、日本の国際安全保障に対する日本の貢献をいろいろな角度から考えていこう、少なくとも、弱めていこうというよりは広げていく、強くしていこうという方向に動いていると思いますので、帰結点としては、今よりも幅広い活動ができることになっていくんじゃないかという期待が私にはございます、憲法をどうするかどうかは別問題として。
そういう意味で、日本は安全保障常任理事国になる資格のある国と世界からは認められている、その期待にどうこたえていくかはこれからの日本の覚悟の問題で、決して軍事力だけの問題ではない。
アメリカとの関係ですが、ちょっと我田引水なことをお話しさせていただきますと、過去において、アメリカが常任理事国問題について態度を変えたことが二度ございます。一回はリチャードソンという大使のときに起きたことで、途上国を常任理事国にすることを考えてもいいということを言ったときです。それからもう一つはホルブルック大使のときに起きたことで、それまで常任理事国の拡大は二十一を超えては絶対だめだとアメリカが非常にかたくなだったときに、アメリカは、二十一を若干上回る数まで考えてもいいということを公式に表明した。
この後者は、日本がアメリカを説得したんです。間違いなくこれは、私、自分でやりましたから。ほかの国が驚く、まさかと思ったようです。アメリカが、当時オルブライト国務長官で、国連大使をなさった経験もあって、安保理事会というのは数が多くちゃいけないということで、二十一を超える数は絶対だめだと言っていたんです。多くの国は、まさかアメリカが態度を変えると思わなかった。しかし、変えたんですね。国連の場ではかなり衝撃が走ったんです。
ただ、日本ではほとんど報道されなかったんです。なぜかと申しますと、二〇〇〇年四月三日に発表したんですが、ちょうど小渕総理が倒れられた……
谷
佐
佐藤行雄#21
○佐藤参考人 済みません。
そのときだったものですから、国内では余り評判にならなかった。ただ、やる気になれば日本はアメリカに対して説得力はあると私は思います。
済みません、ちょっと中途半端なお答えで。
この発言だけを見る →そのときだったものですから、国内では余り評判にならなかった。ただ、やる気になれば日本はアメリカに対して説得力はあると私は思います。
済みません、ちょっと中途半端なお答えで。
桑
佐
佐藤行雄#23
○佐藤参考人 私は、安全保障理事会の数を拡大していくことが一つの大きな改革案だと思うんです。財政面でも日本は随分やってきましたけれども、安保理事会を変えるということが今一番大事なポイントだと思います。
これは相手との折衝の問題がありますけれども、私は、この点で一番申し上げたいのは、やはり政治レベルでこの問題を本気に考えていただきたいということだと思います。これは、事務当局だけの案で考えるような軽い問題じゃないと私は思うんです。
そういう意味で、そこのポイント、政治レベルで議論を尽くしていただいていく、そのための参考に出す案はあると思います。
この発言だけを見る →これは相手との折衝の問題がありますけれども、私は、この点で一番申し上げたいのは、やはり政治レベルでこの問題を本気に考えていただきたいということだと思います。これは、事務当局だけの案で考えるような軽い問題じゃないと私は思うんです。
そういう意味で、そこのポイント、政治レベルで議論を尽くしていただいていく、そのための参考に出す案はあると思います。
桑
谷
遠
遠藤和良#26
○遠藤(和)小委員 私、佐藤参考人に最初に聞きたいんですけれども、アメリカと国連、特に最近のアメリカのネオコンと言われる一つの人たち、あるいは考え方というものについてはどういうふうにお考えかということを聞きたいんです。
日本では、このネオコンというのは新しい保守主義だとかいう翻訳をしているんですけれども、これは僕は誤りじゃないかと思うんですね。むしろ、伝統的なアメリカの精神といいますか、独立戦争以来の伝統的な保守主義、アメリカイズムですかね、そういうものがルネサンス運動のように起こっているのではないかな、こう思うんですね。今、世界の超大国にアメリカはなったんですけれども、アメリカのみが武力を持つ、そして世界を安全に導いていくんだ、それが世界にとって一番安全なんだ、こういうことを言っているように思うんですね。
イラク戦争のときにも、ブッシュ大統領は、我々の側につくのか、そうではないのかという問いかけをしたんですけれども、あれは、考えようによっては、世界はアメリカかアメリカになっていない国々かというふうな選択肢を投げかけているのではないか。アメリカになることによって、アメリカという国になるんじゃなくて、アメリカという考え方ですね、そういうふうな考え方になることによって、世界は安全に生存し、平和に生きていくことができるんだということを、まあ押しつけているというんですかね、思い込んでいると言ったらいいんでしょうか、そういうふうなものを具体的にイラク戦争でちょっとかいま見たような思いがするんです。
そうすると、今後、国連というものは形だけあって、実態的にはアメリカという国がこの地球の平和を保障する唯一の勢力だ、こういうふうな形になってくるわけにならないのかな、論理的にですね。こういう問題と国連の役割についてどういう御意見を持っていらっしゃるのか、お聞きしたいと思います。
この発言だけを見る →日本では、このネオコンというのは新しい保守主義だとかいう翻訳をしているんですけれども、これは僕は誤りじゃないかと思うんですね。むしろ、伝統的なアメリカの精神といいますか、独立戦争以来の伝統的な保守主義、アメリカイズムですかね、そういうものがルネサンス運動のように起こっているのではないかな、こう思うんですね。今、世界の超大国にアメリカはなったんですけれども、アメリカのみが武力を持つ、そして世界を安全に導いていくんだ、それが世界にとって一番安全なんだ、こういうことを言っているように思うんですね。
イラク戦争のときにも、ブッシュ大統領は、我々の側につくのか、そうではないのかという問いかけをしたんですけれども、あれは、考えようによっては、世界はアメリカかアメリカになっていない国々かというふうな選択肢を投げかけているのではないか。アメリカになることによって、アメリカという国になるんじゃなくて、アメリカという考え方ですね、そういうふうな考え方になることによって、世界は安全に生存し、平和に生きていくことができるんだということを、まあ押しつけているというんですかね、思い込んでいると言ったらいいんでしょうか、そういうふうなものを具体的にイラク戦争でちょっとかいま見たような思いがするんです。
そうすると、今後、国連というものは形だけあって、実態的にはアメリカという国がこの地球の平和を保障する唯一の勢力だ、こういうふうな形になってくるわけにならないのかな、論理的にですね。こういう問題と国連の役割についてどういう御意見を持っていらっしゃるのか、お聞きしたいと思います。
佐
佐藤行雄#27
○佐藤参考人 アメリカにいろいろな考え方があることは、御承知のとおりですよね。例えば国際連盟。提案しておいて、それに自分は入らなかった。そこにも二つの意見がアメリカはあるわけで、それが大統領選挙ごとにいろいろ決まっていく。
今、ブッシュ政権が御指摘のような動き方をしていることは、間違いないことだと思います。ただ、問題は、それに対して、国連との関係で例えば日本はアメリカにどういう物を言っていくのか。やはり、国連は大事にしていかなきゃいけないということを言い続けていくことが大事だと思うんです。
現に、実は、非常に批判のあったアメリカの滞納金、あれはブッシュ政権になってから払ったんですね。もちろん、九月十一日があって、国連というものを使っていかなきゃいけないと思ったから払ったんだと思うんですが。それは、ブッシュ政権というか、アメリカの議会の態度ですけれども。
そういう意味で、アメリカという国はいろいろな意見がありますので、今言われたような意見があるときには、それに対して、やはり国連は大事なんだということであれば、それを繰り返し繰り返し説得していく、それしか方法はないと私は思います。
また、現に、アメリカの国内でもいろいろな意見がございますから。この間、ちょっとこれはお答えにならない話でございますけれども、ワシントンでアメリカの大きな会議がございまして、そこでパネルの議論、討議があって、呼ばれたんですが、なぜアメリカは嫌われているかということについて議論してくれということでした。そういうことについての意識のある人もいる。
いろいろな場があるわけですから、やはりアメリカというのは意見の多様なところなので、大統領がたまさかそういう、あるいはその周辺に集まっている人が、今は日本でネオコンと言われている人たちでありますけれども、そういう人たちに対しても物は言い続けていくことが大事だと思います。
お答えにはならないのは承知しているんですが、日本の立場から何ができるかと考えると、やはりアメリカに物を言うしかないんじゃないかと思います。
〔谷本小委員長代理退席、小委員長着席〕
この発言だけを見る →今、ブッシュ政権が御指摘のような動き方をしていることは、間違いないことだと思います。ただ、問題は、それに対して、国連との関係で例えば日本はアメリカにどういう物を言っていくのか。やはり、国連は大事にしていかなきゃいけないということを言い続けていくことが大事だと思うんです。
現に、実は、非常に批判のあったアメリカの滞納金、あれはブッシュ政権になってから払ったんですね。もちろん、九月十一日があって、国連というものを使っていかなきゃいけないと思ったから払ったんだと思うんですが。それは、ブッシュ政権というか、アメリカの議会の態度ですけれども。
そういう意味で、アメリカという国はいろいろな意見がありますので、今言われたような意見があるときには、それに対して、やはり国連は大事なんだということであれば、それを繰り返し繰り返し説得していく、それしか方法はないと私は思います。
また、現に、アメリカの国内でもいろいろな意見がございますから。この間、ちょっとこれはお答えにならない話でございますけれども、ワシントンでアメリカの大きな会議がございまして、そこでパネルの議論、討議があって、呼ばれたんですが、なぜアメリカは嫌われているかということについて議論してくれということでした。そういうことについての意識のある人もいる。
いろいろな場があるわけですから、やはりアメリカというのは意見の多様なところなので、大統領がたまさかそういう、あるいはその周辺に集まっている人が、今は日本でネオコンと言われている人たちでありますけれども、そういう人たちに対しても物は言い続けていくことが大事だと思います。
お答えにはならないのは承知しているんですが、日本の立場から何ができるかと考えると、やはりアメリカに物を言うしかないんじゃないかと思います。
〔谷本小委員長代理退席、小委員長着席〕
遠
遠藤和良#28
○遠藤(和)小委員 菅波さんにお聞きしたいんです。
テロが起きたときに、そのメッセージをよく知ることが大事だとおっしゃいましたけれども、九・一一は何をメッセージしたのか。例えば、それは富の偏在というものに対する警告だ、アメリカ一国のみが栄えて、それが偏在しているのではないかというふうにとらえることもできるんですけれども、具体的にどんなメッセージをあれは発した問題か。
それから、テロリスト、これは武力で鎮圧できますけれども、テロリズムというものは、これは武力では鎮圧できませんよね。そうすると、テロリズムをなくするということは、そのメッセージをどう受けとめて解決するかという問題とつながっているように思うんですけれども、この問題が投げかけたものについて、世界はどう対応すべきなのか。
こういうことについて、御意見があれば聞きたいと思います。
この発言だけを見る →テロが起きたときに、そのメッセージをよく知ることが大事だとおっしゃいましたけれども、九・一一は何をメッセージしたのか。例えば、それは富の偏在というものに対する警告だ、アメリカ一国のみが栄えて、それが偏在しているのではないかというふうにとらえることもできるんですけれども、具体的にどんなメッセージをあれは発した問題か。
それから、テロリスト、これは武力で鎮圧できますけれども、テロリズムというものは、これは武力では鎮圧できませんよね。そうすると、テロリズムをなくするということは、そのメッセージをどう受けとめて解決するかという問題とつながっているように思うんですけれども、この問題が投げかけたものについて、世界はどう対応すべきなのか。
こういうことについて、御意見があれば聞きたいと思います。
菅
菅波茂#29
○菅波参考人 今、テロを抑えるためには、貧困が問題だということで、世界銀行を初めとして多くの公的な資金が貧困対策には使われていますけれども、私はこれは過ちだと思います。
といいますのは、二〇〇一年の九月十一日のテロのメッセージは米軍のサウジアラビアからの撤退、これがメッセージだと思いました。したがって、すぐ、テロだからということで日本の空港とかなんとかやりましたけれども、米軍のサウジアラビアからの撤退と日本の空港を強化することは何ら関係ないわけですね。
テロのメッセージを理解するためには、私は歴史と宗教の分析が必須だと思います。そう思いますと、サウジアラビアの意味からいいますと、あれはサウド家のアラビア、すなわちイスラム教のメッカを守るという特別の役割を持ったサウド家の領地なんですね。そこにキリスト教徒の米軍が駐留すること自体が、イスラムの人たちにとってみましたら、十一世紀から十三世紀の十字軍の再来というふうに考えるぐらい、非常に大きな、重きがあることですね。実行犯も十五人がサウジアラビア人だったというふうに考えております。
この発言だけを見る →といいますのは、二〇〇一年の九月十一日のテロのメッセージは米軍のサウジアラビアからの撤退、これがメッセージだと思いました。したがって、すぐ、テロだからということで日本の空港とかなんとかやりましたけれども、米軍のサウジアラビアからの撤退と日本の空港を強化することは何ら関係ないわけですね。
テロのメッセージを理解するためには、私は歴史と宗教の分析が必須だと思います。そう思いますと、サウジアラビアの意味からいいますと、あれはサウド家のアラビア、すなわちイスラム教のメッカを守るという特別の役割を持ったサウド家の領地なんですね。そこにキリスト教徒の米軍が駐留すること自体が、イスラムの人たちにとってみましたら、十一世紀から十三世紀の十字軍の再来というふうに考えるぐらい、非常に大きな、重きがあることですね。実行犯も十五人がサウジアラビア人だったというふうに考えております。