小塩隆士の発言 (憲法調査会基本的人権の保障に関する調査小委員会)
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○小塩参考人 東京学芸大学の小塩と申します。よろしくお願いいたします。
私は、社会保障の中でも、その中核的な役割を担っております公的年金に議論を絞りまして、私の個人的なお話をさせていただきます。
御承知のように、公的年金は、老後における最低限度の所得を保障する非常に重要な仕組みであります。憲法二十五条で、すべての国民に健康で文化的な最低限度の生活を営む権利があるというふうに定められておりますけれども、公的年金は、その権利を具体的に国民に保障するために設定された非常に重要な社会保障制度の一つというふうに言えます。
ところが、少子高齢化が進むにつれまして、この公的年金がこのまま維持できるのだろうか、ひょっとすると破綻するのではないかというふうな不安感、不信感が強まってきているというのも事実であります。これは非常にゆゆしき事態であるというふうに思います。
本日は、この公的年金が抱えている問題点と、私が個人的に考える改革の方向を、一部ちょっと極端な意見もありますけれども、述べさせていただきたいと思います。
私は、現行の公的年金につきましては、財政面あるいは経済面から見て、少なくとも二つの大きな問題点があるというふうに考えております。
一つは、年金財政が悪化し続けて、公的年金を制度として維持できなくなる可能性が強まっているということであります。
現行の公的年金は、それぞれの時点において、現役の世代が引退の世代の年金給付の財源を負担するという、いわゆる賦課方式、簡単に言ってしまうと自転車操業なんですけれども、賦課方式の仕組みになっております。この賦課方式の仕組みを維持するためには、少子高齢化が進んで高齢者の比率が高まりますと、現役世代の人たちの負担を高めていくしか方法がありません。ところが、負担を引き上げますと若い人たちの反発が出てまいりますし、逆に、年金の給付を削減しようとすると高齢者の人たちから反発が出てくるということになります。その結果何が起こるかと申しますと、政府が将来に向けて負担を先送りすることになってしまいます。これは日本だけでなくて、ほかの先進国でも共通して見られる現状であります。
お手元にレジュメが配られているかと思いますけれども、そこに具体的な数字をお示ししております。民間のサラリーマンが加入している厚生年金の場合ですが、二〇〇〇年度末時点におきまして、保険料を過去に少しでも払った人たち、あるいは既に年金生活に入っている人たちに対して、国は六百九十五兆円の年金給付を将来に向けて約束しております。そのうち財源が政府にある部分と申しますのは、いわゆる年金積立金という部分でして、この部分が百四十三兆円ということです。そういたしますと、今申し上げた六百九十五兆円の借金から資産としてあります百四十三兆円を差し引いた五百五十二兆円、この部分が将来に向けて先送りされた借金ということになります。この部分をしばしば年金純債務というふうに呼ぶ場合がございます。日本のGDP、国内総生産は大体五百兆円前後ですので、それをも上回るような借金を政府は将来に向けて抱えているということになります。
この年金純債務は、これから少子高齢化が進みますとさらにふえていくかもしれません。現に、先般、厚生年金の収支が二〇〇一年度に入りまして初めて赤字に転じたということが厚生労働省によって報告されたところです。そういうことで、年金財政はかなり深刻な状況にあると言わざるを得ません。そういうふうに財政的な基盤が揺らぐようですと、老後の所得を保障する非常に重要な仕組みである公的年金の持続可能性そのものが疑問視されるということになります。
それから、二番目の問題ですけれども、これは一番目の問題と密接に関係するんですが、公的年金をめぐりまして世代間の格差が広がっているということであります。
私たちは、現役時に保険料を支払って、引退時に年金を受け取るわけですけれども、その受け取りと支払いの差し引きがどういうふうになるかというのは人情として気になるわけです。私が個人的に行いました試算の結果を申し上げますと、厚生年金の場合ですが、平均的な夫婦を想定いたしますと、一九五〇年生まれ、つまり昭和二十五年生まれの人たちですと、生涯賃金の大体一〇%程度、支払った保険料よりも受け取る年金の方が多くなるということに対しまして、一九九〇年生まれ、平成二年生まれですと、逆に、生涯賃金の一一%程度、保険料の方が年金を上回るという状況になります。
こういう公的年金をめぐる世代間格差の問題は、少子高齢化が進むとどうしても出てくる問題なんですけれども、世代が離れれば離れるほど格差が広がっているという問題がございます。財政学の教科書を見ますと、所得の高い人から低い人にというふうな所得再分配が政府による財政政策の重要な役割として指摘されるわけですけれども、若い人から高齢世代に一方的に所得再分配を行うという仕組みについては、それを正当化する理論的な根拠というのはなかなかはっきりしておりません。年金の問題を考える場合も、この世代間の公平性という点については、私たちはある程度の配慮をする必要があるだろうというふうに思っております。
もちろん、公的年金を、加入するとどれだけ得をするか、損になるかというふうな損得勘定ですべて議論するということは適切ではありません。中村先生が先ほど御指摘されましたように、公的年金には、社会連帯あるいは世代間の助け合いという非常に重要な役割があります。ただ、余りに世代間で格差が広がりますと問題が出てまいります。若い人たちに多くの負担を強いるようになりますと、制度そのものが維持できなくなって、元も子もなくなってしまうという危険性も出てくるのではないでしょうか。
こういうふうなことを申し上げますと、若い人たちだけに依存するのではなくて、国庫負担を引き上げて、国が財源を投入すべきであるというふうな意見が出てくるわけです。ところが、これは、経済学的にいいますと、すべて正しいということは言えないのではないかというふうに思います。と申しますのは、国庫負担というのは、最終的には私たち国民の税金あるいは保険料、あるいは将来世代の人たちの負担になるからというわけであります。もちろん、むだな経費を削って、その分を社会保障に回すべきだというふうな意見は正論ですし、私も個人的にはそういう意見に全面的に賛成いたします。
ただ、年金をめぐりましては、毎年数十兆円のお金が政府の懐を出入りしますので、一般財源の細かなやりくりだけで解決できるような、そのような小さな問題ではないというふうな認識も必要ではないかと思います。
以上、二つの問題点、つまり、年金財政が悪化するのではないかという危険性、それから、世代間格差が拡大するのではないかという危険性を指摘させていただきました。こういう二つの問題点を念頭に置いたときに、政府が現在検討しているとされる二〇〇四年改正、今度の年金制度改革はどういうふうに評価すべきかという問題が出てまいります。いろいろな論点があるんですけれども、私がここで特に取り上げさせていただきたいのは、政府が導入を検討しているとされる保険料固定方式という仕組みであります。
この保険料固定方式というのは、現在、年収の一三・五八%となっている厚生年金の保険料率の上限を二〇%として法律で定めて、それ以上の保険料は徴収しない。それから、保険料がその上限に達した以降は、基本的に保険料収入の範囲内で給付水準を自動的に調整していく、そういう仕組みであります。これまでの年金改革というのは、年金の給付水準をまず設定して、それを達成するように保険料を調整するというパターンの繰り返しでした。ところが、御存じのとおり、出生率は政府の予想を下回り続けて、そのために、政府はこれまで保険料を引き上げ続けてきたわけであります。
今回の改革は、こういうこれまでの改革のパターンを改めて、保険料の上限を設定してしまおうというふうに考えているわけです。それから、保険料が上限に達した後は、政府に入ってくるお金の範囲内でしか年金を基本的には給付しないという考え方になっております。
これをどういうふうに評価するかということなんですけれども、立場によってその評価の仕方が違ってくるかと思いますけれども、先ほど説明いたしました年金純債務が雪だるま式に膨らんで、あるいは将来への負担の先送りがどんどんと続いて、それで制度が破綻するという危険性はとりあえず回避できるのではないかというふうに思います。そういう観点からすると、一応プラスに評価できる面はないことはないというふうに私は考えます。
ただ、その一方で、世代間の格差というもう一つの問題点がどこまで是正されたかといいますと、必ずしも政府によって数字で明らかにされてはおりません。保険料率は、上限は二〇%という形で設定されたわけですけれども、これからどんどん引き上げられてまいります。その一方で、給付水準は、最終的には現行制度よりも一二%程度引き下げられるということになっています。そういたしますと、これから保険料を長い間支払っていく若い世代にとって、今回予定されている制度改革で状況がどこまで改善されるのかと言われると、非常に不透明な部分がございます。実際、私の試算によりますと、世代間格差というのは、それほど現行制度に比べて是正されないというふうなことになっております。
それではどうすればいいのかという問題になるわけなんですけれども、私は、年金という非常に重要な制度の持続可能性を高める、それから、世代間格差を是正するためには、保険料水準をなるべく低く抑えて、それと連動して給付水準も低目にすべきだというふうに考えております。もちろん、給付の水準を抑えるということは、それだけを取り出すと非常に残念なことであります。しかし、その一方で、若いころに支払う保険料の負担が低くなりますと、自分自身で老後に備える余地が出てくるということもまた否定できません。
もちろん、公的年金をどんどんスリムにしてなくしてしまえというのは、極論以外の何物でもありませんし、そんなことを主張する経済学者はまずいません。公的年金というのは、老後の所得保障という非常に重要な役割を期待されております。したがいまして、私も含めてですけれども、年金を勉強している経済学者の中では、公的年金というのは老後の最低限の所得を保障する基礎年金の部分に限定して、それを上回る部分は国民それぞれが老後に備えて貯蓄をしていく。そして、政府はそうした個人による老後の備えを税制等の面で支援していくというふうな形に制度を変えるべきだというふうな主張をする者が少なくありません。
こういう発想をする背景には、少子高齢化の進む中では、政府が余りに多くの年金の給付を国民に約束してしまいますと、現役世代が支え切れなくなって、年金の仕組みそのものが根こそぎ崩壊してしまうのではないかという差し迫った危機意識があるからであります。そういうふうに制度が根こそぎなくなってしまうよりはむしろ、政府が責任を持って運営できる、そして現役の世代の人たちが無理なく支えられる部分に公的年金の範囲を限定して、その部分を今まで以上に強固な仕組みにしていくというふうな考え方をするわけであります。
もちろん、年金を削減するというふうな改革案につきましては、厳しい批判が寄せられるということは十分予想しておりますし、それから、個人的に考えても、老後は充実した年金生活を送れればよいなというふうには考えているわけなんですが、少子高齢化がこれから急速に進展するという非常に重い人口動態の圧力の中では、日本国憲法第二十五条の精神を貫くためには、公的年金についてもぎりぎりの選択を我々は迫られているというふうに言わざるを得ません。
ここでちょっと具体的な数字を申し上げますと、現在の公的年金は、厚生年金の場合ですけれども、夫婦二人のモデルケースの場合、給付が大体二十万円台前半になっております。この水準は、世界的に見てもそれほど低くない、平均より上のような水準でありまして、給付面に限って申し上げますと、充実したものと言えます。ただ、正直申し上げて、こういうふうな高い給付水準、これは現在の大卒の初任給を上回るわけですけれども、こういう給付水準を維持できるだけの経済的な力を、これから頭数の先細っていくような若い世代の人たちが果たして維持できるのだろうか、負担に耐えられるのだろうかというふうなことを考えますと、私は、残念ながら悲観的な見方をせざるを得ないというふうに思っております。
繰り返しますけれども、私は、年金という非常に重要な仕組みを維持するためにも、政府が最低限責任を持って支えるべき部分はどこまでかということをきちんと検討すべき時点に来ているのではないかというふうに思います。そして、政府が運営すべき公的年金は、個人的にも基礎年金に限定するしかないのではないか。そして、基礎年金を超える部分は別の方法で制度をつくりかえるというふうな方法が必要ではないかというふうに私は考えております。
そういうふうに改革をした場合も、解決すべき多くの問題が残されているということも事実であります。
全部で三つほど申し上げますけれども、一つ目の問題点といたしましては、仮に公的年金を基礎年金の部分に限定するといたしましても、その水準をどういうふうに設定するかという点については、議論が大きく分かれるところであろうというふうに思います。経済学の分野から見ても、最低限度の生活、最低限度の所得という水準をどういうふうに設定するかという点について、具体的に幾らですよというふうな回答を導き出すことはできません。
私自身、基礎年金の給付水準につきまして、この程度が望ましいというふうな具体的な数字を自信を持って申し上げることはできません。ただ、判断のための一つの目安としては、生活保護の基準額というものがございます。この額は、居住する地域によって違いますけれども、老夫婦二人の場合、住宅扶助等も合わせますと、大体十一万円ぐらいから十五万円ぐらいというふうになっております。現在、基礎年金は一人当たり月額六万七千円ですので、老夫婦二人ですと、合わせて十三万四千円ということになります。ですから、結果的なことなんですけれども、生活保護の基準額と現在の基礎年金というのは大体見合っているというふうに考えてよろしいかと思います。
したがいまして、現行の基礎年金の水準は、今後も政府が維持すべき一応の目安として考えてよろしいのではないかというようなことを、とりあえずの私の考えとして述べさせていただきます。もちろん、具体的な水準、適切な水準については専門家の議論が必要になるというふうに思います。
二番目の問題点は、給付水準を所得に応じて調整すべきなのか、あるいは、もう一つの所得保障の仕組みである生活保護との関係をどう見るのかという問題があります。
公的年金を仮に最低限度の所得保障の仕組みとして考えますと、例えば、若いときにどんどんお金を稼いで貯蓄がたくさんある人、あるいは高齢時にもどんどん働いて勤労所得が高い人、あるいは資産所得が高い人にとっては、あなたは最低限度の所得以上の所得を稼いでいるから年金は給付する必要はないでしょうというふうに言うことができるかもしれませんし、あるいは、少なくとも所得の高い高齢者には給付を減らすべきだというふうな考え方が出てきてもおかしくありません。現に、生活保護を受けようといたしますと、所得や資産の状況をかなり細かく尋ねられるというふうなことになっております。これを資力審査あるいはミーンズテストというふうに申します。
しかし、公的年金の給付の際にもそうした資力審査を厳格に行って、所得に応じて給付水準を調整するというのは、実際にはかなり大変なことだろうというふうに思います。私は、これは議論の分かれるところだろうと思いますけれども、公的年金の給付は、所得とは無関係に一律にしてよいのではないかというふうに思います。そういたしますと、所得の高い高齢者ほど得をするわけでありますので、最終的には、年金所得も含めてすべての所得を合算した上で、所得税制で所得の再分配を行うべきではないかというふうに考えます。その場合、高齢者向けの生活保護の仕組みは、公的年金の仕組みに最終的に吸収されるということになるのではないかというふうに考えております。
最後は、財源をどうするかという問題であります。
実は、公的年金を基礎年金に限定すべきだという立場をとる場合、財源として消費税を用いるべきだという意見が有力になっております。ただ、年金の財源につきましては、保険料か税かという議論が昔から繰り返されておりまして、専門家の間でも意見が大きく分かれております。
私は、財源を税にするにしても保険料にするにしても、負担は所得、つまり負担できる能力にできるだけ連動させるようにすべきだというふうに考えております。
実は、社会保障という仕組みに、所得再分配という機能をどこまで期待すればいいかという点につきましては、日本だけではなくて、欧米の専門家の間でも意見が分かれております。中には、社会保障というのは社会的なリスクを社会の構成員で分散するだけの機能を果たすのでよくて、高所得者層から低所得者層への所得の再分配というのは税制やそのほかの財政の仕組みで担当すればいいというふうな意見もあります。
ただ、私は、社会保障という仕組みにも、経済的に余裕のある人ほど多くの負担をしてもらっていいのではないかというふうに考えております。先ほど、公的年金のあり方につきましては、世代間の公平性が重要だというふうなことを申し上げましたけれども、それと同時に、同じ世代の中での公平性というふうな、世代内の公平性という観点も重要ではないかと考えております。
そういうふうな観点から申し上げますと、現在のように、自営業は月額一万三千三百円という定額の保険料を払う、それからサラリーマンや公務員は所得に比例する形で保険料を払うという仕組みは、仮に保険料方式を今のまま維持するとしても、なかなか正当化するのは難しいのではないかというふうに考えております。理想的には、すべての人々が、業種や職種に関係なく、所得に連動する形で年金の財源を負担すべきだろうというふうに考えております。
その場合、所得の捕捉という非常に重要な問題が出てまいります。現在、消費税を福祉目的税化して、基礎年金の財源に充てようというふうな議論がしばしば聞かれるわけです。もちろん、消費税には、御存じのように、低所得者層ほど相対的に税負担が重くなるという、いわゆる逆進的な側面があります。にもかかわらず、消費税の導入を主張する声がなかなか消えないのは、所得税で財源調達をしようとしますと、所得がほぼ一〇〇%捕捉できるサラリーマンや公務員が一方的に不利になるのではないかというふうな危惧があるからだと思います。
私は、所得の捕捉さえしっかりとできて、しかも所得と連動する形で年金の財源が徴収できるのであれば、税か保険料かという論争はある程度解決できるのではないかと思っております。
これに対して、消費税による財源調達というのは、所得の捕捉という問題に手をつけない、言い方をかえますと、一種の現実的な方策といいますか、次善の策であるかというふうに思います。
ところが、消費税で基礎年金を全額負担するとなりますと、二〇二五年時点で一〇%台前半の税率が必要になってしまうというふうな試算もあります。それから、基礎年金だけではなくて、高齢者医療それから介護保険も消費税で全部賄ってしまうということになりますと、一つの試算では四〇%ぐらいの非常に高い消費税率が必要になるというふうなことにもなっております。そこまで高い消費税率を国民が受け入れるかどうかというのは全く不透明なんですけれども、少なくとも、消費税で財源を調達しようというふうに考える場合は、品目ごとに税率を調整するとか、あるいは消費税以外のところで所得再分配の仕組みを整備するというふうな政策が別途必要になるかと思います。
そろそろ予定の時刻が近づいてまいりましたので、私の主張したい点をまとめさせていただきます。
日本国憲法二十五条で定められている最低限度の生活保障、そしてその中核に位置していると思います公的年金の仕組みというのは、これからも私たちが堅持すべき最も重要な制度の一つだろうというふうに思います。ただ、少子高齢化が進む中でこの重要な制度を堅持するためには、財政面から見た持続可能性、それから世代間の公平性、それから世代内の公平性といったさまざまな観点から、現行制度のあり方を見直す必要があるのではないかというふうに思います。
その場合、私の考えている理想的な公的年金の姿、これについては反論があるのは承知しておりますけれども、その理想的な姿をあえて申し上げさせていただきますと、賦課方式で、これまでと同様、運営すべき年金というのは、できれば基礎年金部分に限定していいのではないか。それから、その基礎年金の財源は、職種に関係なく、所得と連動した形で調達すべきではないか。それから、基礎年金を超える部分は、国民それぞれによる老後への備えをする仕組みとして設定し直して、そこに政府が職種とは関係なく、統一した形で人々の老後への備えをサポートする、そういうふうな仕組みに改めるべきではないかというふうに考えております。
以上で、私の意見を終わらせていただきます。どうもありがとうございました。(拍手)