森地茂の発言 (国土交通委員会)
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○森地参考人 大変難しいテーマを与えられました。私の考えを述べさせていただきます。
第一点について、レジュメでも申し上げましたように、社会資本間の調整をする場面と、それから、地域地域で調整をする場面、これは両輪でございます。具体的には、例えば都市計画の中で、水資源も重要ですし、環境ももちろん重要ですし、交通も重要だ、こういう機能別の計画があるのと、その面の中でどうおさめていくか、こういう二つでございます。
御質問は、主として後者についての御質問と理解をいたしました。
もう当たり前の話ですが、国は国なり、地方は地方なり、だれが権限を持つべきかということは対象によって違いますし、それから、その費用をだれが負担しているかということと、その行為がだれに影響を与えるかということを通じて、本来はこれは国がやるべきだ、これは地域がやるべきだという格好で決まっていくのだと思います。
それで、高権の最終的な姿はそういう格好で、非常にオーバーラップしながらでございますから決めざるを得ないわけですが、しかしながら、方向性としては、地域の首長さんが合意をされないと、あるいは市民の方々が合意をされないと意思決定をできないような現場の状況がどんどん進行しております。したがって、PIの話、住民参加の話ですとか、あるいは地方と国を対等に考えていこうとかというようなことが、例えば道路の五カ年計画でもうたわれてございますし、もろもろの政策でも展開しているかと思います。
もう一つ、高権をだれが持つかということと関連するかと思いますが、例えば地方分権が非常に進行したときに、地方は地方で決めればよろしいというお考えと別に、それに対しても国が関与をしなきゃいけない、そういう場面が世界の中では展開を強めていると私は理解しております。
御承知のとおり、二〇〇〇年に制定されましたイギリスでのローカル・トランスポーテーション・プランというスキーム、これは、地域が都市交通の計画をつくって、それを中央政府に提案する、その中で一番いい提案をしたあるいは二番目にいい提案をした、こういう格好で順序をつけまして、優秀なところに集中的に五年間補助金を貸与する、こういうやり方でございます。
あるいはアメリカでも、地方分権の先進国でございますが、中央政府が、例えばトランジットモールにするとか新交通システムをやるとかというような補助制度を持っております。これはデモンストレーションプログラムとして持っております。
これは、本来は自治体の中の都市交通というのは連邦が関与することではないんですが、そういうことを限定して、デモンストレーションですから極めて限定をしてそういう補助金を与えることによって、その地域が試行錯誤していいプランを仕上げていく、日本で言う社会実験に近いんですが、その成功した体験がほかの地域で大変有効な効果を持つ、こんな格好で機能をしております。
もう一例だけ申しますと、ドイツでバイオについてのコンペ制度を九六年にとりました。これはまた後で別の機会に御説明をいたします。
こんなことで、地方分権と中央政府の役割が、分権だからこっちでいいという格好ではなくて進むようなことが世界の潮流である。ちょっと御質問に直接お答えになっていないかもわかりませんが、高権、だれが権限を持つべきかということと、持った上で、その中でどういう格好でお互い影響し合うかという仕組みを両方両立させてつくっていく、こういうことが基本的なとるべき考えなのではないかと考えます。
二番目については、価値観の問題でございますが、これはもうおっしゃるとおりで、それをどうするかということが、大変難しい日本に直面する課題ではないかと思います。
なぜ日本がそうなったかということを、国民的性格かというと私はそうは思っておりませんで、戦後のいろいろな意思決定は世界の中で日本が非常にうまくやった、これが奇跡的な復興を遂げたことでございますから、もし問題があるとすると、ずっと成長してきましたので、成長する中での調整は割合楽だった。ところが、縮小する中での、縮小というのは、例えば公共事業費が減ってくるとかデフレ現象が起こるとか、全体のパイが小さくなる上での選択問題は大変厳しい、こういうところについて長年余り厳しく問われなかった、これが我々にとっての一つの環境条件かと思います。
アメリカでもヨーロッパでも、都市対地域とか地域間の財源配分の問題というのは物すごくぎりぎり毎年毎年やってきた、こんな歴史がございます。そういう中で、ある調整の仕組みも出てきたんだろう、こう理解をいたします。
ただ、先ほど申しました、イギリスの苦しい時代、アメリカの苦しい時代の中で、例えば、イギリスはPFIというコンセプトをその中からつくってまいりましたし、アメリカは、都市の再生という言葉を使いませんでしたけれども、都市開発を物すごくやっていくというのは、そういう考え方とかIT革命とか、違うコンセプトを苦しい中でつくって、それで次の時代に展開をしていった。そういう意味では、日本も、これが限界だとか難しいとかということに余り議論を集中しないで、その中から何が生み出せるのか、こういう発想をすることが大変重要なのではないか、こんなことを思っております。
直接のお答えになっていなくて恐縮でございます。
〔委員長退席、菅(義)委員長代理着席〕