五十嵐敬喜の発言 (国土交通委員会)
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○五十嵐参考人 少し今の意見を引き継ぎながら言いますと、明確な点が幾つかあると思うんですね。
一つは、時間によって見ていくというのは非常に客観的だと思います。北海道が始めた時のアセスメントというのは、万人を納得せしめ得る一つの指標ですね。五年たっても事業に着手されていないものとか、あるいは十年たっても完成しないものについては、やはり客観的に異議ありと考えましょうというのは、一つのだれもが納得し得る基準です。
もう一つだれもが納得し得る基準は費用対効果でありまして、一千億円の事業費を投入したときどういう効果があるんだろうか、この関係で見て、もし百億円しかないというようなことであればやはりバランスがとれないだろうということについても非常に重要だろうと思います。
三番目に客観的な指標は、人の命や健康に影響を与え、被害を与えるものについてはやはりやってはいけない。あるいはもうちょっと大きく言いますと、自然界全体に決定的に回復不能なような被害を与えるものについてはやってはいけないというのも、あるいは客観的指標だろうというふうに思います。
これは本来なら、本当は、やった当の本人がそれについて一番よくわかるわけですから、その人が行うというのも一つの社会としてあり得ると思うんですが、少なくとも、今まで私、十年間公共事業を見てきましたけれども、例えば、長良川にしろ諫早湾にしろ、その他いろいろな空港にしろ、いろいろな道路にしろ見てきましたけれども、信頼する人を見つけられなかったということです。少なくとも、それをやった事業当事者は、全く良心というもの、今言いましたように、時のアセスメント、費用対効果のアセスメントあるいは環境等に対するアセスメントについて、全く無視してきたんじゃないかということです。
今から五十年後、百年後にそういう社会があり得るかもしれませんけれども、今のところ、少なくとも、体制として第三者がやった方がよろしいということです。
第三者について言いますと、そこにももちろん専門家はおりますけれども、大学のことが出ました。大学について申し上げますと、大学の先生が研究しなかったからこういうことになるんだろうと逆に思いまして、膨大な時間をとられることが問題なんじゃなくて、本当の学問的研究成果が出なかった、出せなかった、あるいは逆に、加担したということが日本の問題点だったろうというふうに思います。
大学の専門家も病気になっているとすれば、やはり市民が良識とか常識に基づいて判断するというのが最大のアセスメントである。問題は、今までのシステムでは、最終的には国民が良識に基づいて判断するというものについての回路がなかったということです。
今もってこの回路はつぶされておるわけでありまして、例えば、吉野川河口堰について住民投票で決めたい、原発について住民投票で決めたい、あるいは産業廃棄物の処分場について住民投票で決めたいというときに、ことごとく実はこれはできない。できたところは大きく報道されていますけれども、実態を言いますと、良識に基づいて国民がそれ自体について判断するんだというシステムができない。
これは国会にも責任があるんだろう、あるいは県議会等々地方議会にも責任がある。つまり、住民投票条例法とか住民投票条例をつくらせないというところに問題があって、ここがアセスメントの最大のアキレス腱といいますか、最大の問題だというふうに思っています。
ぜひ先生方においては、国民が最終的に良識や常識に基づいて判断するんだ、その手法だけは開拓していただきたいということをお願いしたいと思います。