米津知子の発言 (内閣委員会)

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○米津参考人 よろしくお願いします。
 私は、この法案に反対し、廃止を求める立場からお話をさせていただきます。
 その廃止を求める理由を、最初に三つ申し上げます。まず、この法案は、人権を尊重する国際的な流れに逆行しており、女性の基本的人権を侵害するおそれがあります。次に、不妊治療を少子化対策の中に位置づけるべきではないということです。三つ目に、この法案は、人口問題に関する国際的な視点を持っていません。
 順番に内容をお話しします。
 五月二十八日のこの内閣委員会で、法案を提出された議員の方々が、これは、人口政策として子供を産めと強制する内容ではない、あるいは、本人の自己決定を妨げないというふうに発言しておられました。しかし、そういった文言は、この条文の中には全く書かれていません。むしろ、前文で、少子化に対する危機感を非常に強く書かれた後で、少子化に歯どめをかけるというような文章がございます。
 また、法案の外側では、四月に開かれた自民党の少子化問題調査会で、九七年に行われた人口問題審議会の提言、これが、結婚するしない、産む産まないは個人が決める問題だというふうにしたことが非常に問題だという発言がたくさんあったということを報道で知りました。
 提案された議員の方たちが幾らこれは個人を制限しないというふうに言われても、その文言がない以上、こういう環境の中にこの法案が成立して機能していけば、やはりこれは女性に産ませるための人口政策として機能するのではないか、そういうことを私は大変心配しています。
 人口政策というのは、公の利益が優先されて、その結果、個人の人権が侵害される、制限されるということが基本にあります。そこでは、人間の数をふやしたり減らしたりというだけではなくて、産んでいい人、産んでは困る人、生まれてよい子供、生まれてはよくない子供というふうに、人間を選別する優生政策がついて回ってしまいます。これは、特別な人間に向けられるのではなくて、人口政策というのは国がその国に住む国民に向かってやるものですから、だれもがその対象の中に入るわけです。日本の政策がまさにそのようなものでした。
 まず、明治時代に刑法堕胎罪が制定されて、現在もあります。戦前は、産めよふやせよという政策のもとで、避妊の方法を普及することすら非合法でした。日本で初めて女性の国会議員になられた加藤シヅエさんは、まさにその避妊法の普及活動のリーダーでいらしたために弾圧されて、投獄もされています。加藤さんは、もう一昨年に亡くなられたんですが、最晩年まで、この少子化社会対策基本法案がどうなるのかという行方を大変懸念していらしたと聞いています。加藤さんの信念が、女は国のために子供を産むのではないというものだったからだと思います。
 戦後になりまして、一九四八年に優生保護法という法律ができて、条件つきで人工妊娠中絶を合法化したんですけれども、これも、母性保護という名目がありましたけれども、人口を急いで減らさなければならないという国策の一環であったことも確かです。
 優生保護法は、中絶の合法化と同時に、病気や障害を持つ人に子供を産ませない目的でも機能しました。ハンセン病訴訟でその一端が明らかになっていますが、この法律が定めた優生手術、優生上の理由に基づく不妊手術ですが、これによってたくさんの人が子供を持つことを奪われました。
 九六年にこの優生保護法は改正されて、優生条項が削除されて現在の母体保護法になりましたが、そのときにも国は、今述べたような優生保護法のもとでの人権侵害について、広く反省を表明して、国民に対して、障害者に対してもう差別はしないということを明らかにするということをやっていません。そして、被害者に対しての謝罪、補償というのも全く行っていません。過去に同じようなことがあったドイツやスウェーデンやカナダでは、その補償が行われております。
 私は、過去のことを言っているのではなくて、過去にあったこのような人権侵害を伴う人口政策が、九六年、九六年まで優生保護法があったわけですから、そんなに最近まであった、そのことについて、このようにこの国はまだ清算していない。公の利益のために個人を侵害してしまう、産むことを奪うというようなことに対して反省をしていない。公と私といいますか、国と個人の利益というものをどういうふうに位置づけるのか、どうやって折り合いをつけるか、そうした議論もほとんど行われていないと思います。そういう中でこの法案が成立するということから、やはりこれは産ませる人口政策になってしまうのではないか、そういう危機感をぬぐうことができないんです。
 国際社会は、とても長い時間をかけて性や生殖、人口あるいは人権の問題を考えてきました。女性差別撤廃条約、これは一九七九年にできたものですが、子の数と出産の間隔を決定する権利を女性にも認めました。また、九四年にカイロで開かれた国連の国際人口・開発会議の行動計画では、リプロダクティブヘルス・ライツ、性と生殖に関する健康・権利の重要性が提唱されました。この中で、人口問題を解決するには、国が強権的に頭ごなしに行うのではなくて、妊娠、出産の調節について個々のカップルと個人の意思に選択をゆだねる、そのことが重要であるということが言われ、それが現在の国際社会の共通認識になっています。
 日本政府は、法的拘束力を持つこの女性差別撤廃条約を批准しておりますし、カイロ行動計画にも同意していますので、ぜひそのことを思い出していただきたいと思います。
 また、国会でも、九五年、九六年、二〇〇〇年に、それぞれ優生保護法、母体保護法の一部改定の際に附帯決議を行って、リプロダクティブヘルス・ライツの推進をうたっています。詳しくは、私の資料の後ろの三ページを見てください。
 少子化社会対策基本法案は、少子化の進展に歯どめをかけることに熱心な余り、こうしたことを忘れて逆行してしまうのではないかと心配しておりますので、日本がこのような責任ある決定を下して推進してきたということを思い出していただきたいと思います。
 次に、不妊治療を少子化対策に位置づけてはいけないということです。
 この法案は、全体に書いてあることがとても抽象的な部分が多いのですが、その中で、不妊治療に関してだけは大変具体的になっています。
 しかし、まず、不妊の問題を少子化対策という枠組みの中で扱うことは、まるで不妊の方たちが少子化の原因の一端であるかのような間違った印象を与えます。このことで、不妊に悩む人が傷ついたり、あるいは不妊治療に駆り立てられるのではないかと私は心配しております。不妊当事者の自助グループ、フィンレージの会有志の意見書にも、「なぜ、この項目が少子化社会対策基本法に含まれるのでしょうか。私たちは危惧でいっぱいです。」と書いています。「子どもを持てない人、持たない人にまで無理に子どもを持たせようとするような法律はおかしい」と書かれています。
 厚生省やフィンレージの会の調査によっても、不妊治療というものはそれほど有効なものではなく、何度も繰り返し治療を受けた方たちも含めて、三割程度しか実際には子供を得られません。でも、この法案を読んでいると、不妊治療は実際以上に有効であるというような誤解を増幅するように思います。
 私は、フィンレージの会の会員でもあります友人から次のメッセージを託されましたので、読み上げます。
 不妊治療には身体的なリスクがあります。成功率も決して高いとはいえません。排卵誘発剤の副作用でつらい思いをし、それでもなお「治療をやめることを周囲が許してくれない」という理由で治療を続けている方もいます。そうした中、この法案は、「治療をしてでも子どもをつくったほうがよい」という圧力を強めるのではと考えます。不妊の人への支援は、治療だけではありません。治療を受けない選択、治療をやめる選択、子どものいない人生への支援など幅の広いものであり、子どものいない人がそのままで受け入れられる社会づくりが不可欠です。「治療」のみを突出して法律で扱うことに、私たちは大きな不安を感じます。
というメッセージです。
 不妊の人への支援は確かに必要です。でも、それはそれで別にちゃんと設けてほしいと思います。断じて、少子化対策の手段にすることは受け入れられません。このような不妊の問題の扱い方からしても、この法案が、女性に産ませるための法律になるのではないかという強い印象を受けます。
 三番目に、この法案が、国際的な視点を持って人口問題を考えていないのではないかということです。
 世界的な規模で見ますと、人口問題というのは、いかに増加を抑制するかということです。人口が減るということは、むしろ、食糧や貧困やエネルギーや環境問題、そういった問題を解消する上での重要な、そして不可欠な要因と考えられています。しかし、そのような視点がこの法案にはありません。やはり日本という限られた地域であっても、地球規模の問題に照らして、この国の人口はどうあればいいかということを考える視点があってもいいのではないんでしょうか。そして、人口が少ない国というのを、マイナス面ばかりを強調するのではなく、それを事実として受けとめて、いかにプラス面を引き出すかということも必要だと思います。プラス面もあるではないかということを言っている人口学者もおられると思います。
 以上、私がこの法案に反対する理由を申し上げました。
 では、国は何もしなくていいと言っているのかというと、そうではありません。やはり、国は国としてすべきことがあると思います。まず、どうしても法律をつくらなければ対策ができないと言われるならば、提出議員が二十八日におっしゃったようなことを、法案の中に、条文の中に明記してほしいと思います。少なくとも次のことは必要だと思いますので、読み上げます。
 まず、生殖における個人及びカップルの自己決定を妨げないこと。次に、リプロダクティブヘルス・ライツを尊重すること。それから、育児の責任は女性と男性両方が担うべきものであって、社会がそれを支援すべきということ。それから、国と企業は、男性が育児の責任を果たせるように、また、女性が職業を持ちながら妊娠、出産、育児ができるように、必要な制度整備の責任を負うこと。以上のことを法律の中には書いてほしいと思います。
 次に、リプロダクティブヘルス・ライツを確立してほしいと思います。
 リプロダクティブヘルス・ライツを確立してほしいというふうに言いますと、産まない選択だけを求めているのかというふうに誤解されることがあるんですが、それは全くの誤解です。女性に対して子供を産めという圧力が強い社会では、産まないという選択が必要だということを大きな声で言わなければならないんですが、本来は、産むことも産まないことも、その選択、そしてそれを実行に移すときに、そのどちらもが支援される、選択が保障されるということを求めているのがリプロダクティブヘルス・ライツです。
 今、この国では、未婚で子供を持とうとしたり、障害や病気を持っている人が子供を持とうとすると、決して歓迎されません。それは、非常にその人たちのリプロダクティブヘルス・ライツを侵害していると思いますので、どういう場合でも、子供を持つことに対して、大丈夫だよという支援を私は欲しいと思います。そういう意味でこれを言っております。
 当然のことなんですけれども、女性は、子供を産むときだけ大切にされるべきではなくて、生涯にわたってその健康が保障されるべきなんです。この生涯を通してという考え方も、リプロダクティブヘルス・ライツの基本にありまして、厚生労働省も、そちらで、生涯を通じた女性の健康支援事業というのを推進していると思います。ぜひ、その内容を一層充実していただきたいと思うんですが、例えば、どういうことを特にしてほしいと思うかといいますと、若い世代が、性や生殖のこと、そして避妊や感染症、子供を産むことあるいは産まないことに関して相談をしたり、その手段に気軽にアクセスできる相談室あるいは相談所のようなものを全国津々浦々に設けていただきたいということです。このような若い人たちに対する情報提供、教育の場というものがあって初めて、若い世代であろうと年配の人であろうと、責任を持って産むか産まないかの自己決定ができると思うからです。
 最後に、子供を持とうとする人の負担を軽減してほしいと思います。
 さっき阿藤さんもおっしゃっていましたが、子供を欲しいと思う人はいるのに希望の数だけ産むことができないというのが、現在の日本の現状です。それにもさまざまな理由があるということを阿藤さんがおっしゃっていましたけれども、例えば、さっきも言った、婚姻外の子供に対する差別があるということも大きいと思います。日本は、シングルで子供を産んでいる人が非常に少ない、欧米諸国に比べてもとても少ないんですね。
 それから、子供のしつけや教育、健康に関して、親、特に母親の責任が非常に強調されています。その中で、出生前診断の技術が開発されていて、そのことが、病気や障害を持たない健康な子供への志向を強めているように思います。子供を持つことは責任が伴うというのは確かだと思いますが、健康な子供を産んでいい子に育てなければ母親の資格はないと言わんばかりのこうした圧迫感やプレッシャーが、子供を産むことにブレーキをかけ、そして子供を育てることに夢を持てなくさせている要因であると私は思います。
 国が行うことは、子供を持たないあるいは持てない人にまで無理に持たせようとすることではなくて、子供を持ちたい人が持てるようにする、その人たちの負担や不安を取り除くことだと思います。それには、まさに、さまざまな差別をなくして、女性の人権を高める、そうした施策を行うということに尽きると思います。子育てと仕事の両立、そういうことがちゃんと確保されている国の方が人口の問題は望ましい方向に向かっているという傾向があるということも参考にしていただきたいと思います。
 産みたい人が産める環境をつくるには、国は、このように、やることがたくさんあります。中でも、産もうとする人、生まれてくる子供に条件をつけたり、育て方や家族のありように画一的な価値観を押しつけるのではなく、多様な生き方を認めて、すべての生まれてくる子供と子育てをする親たちを全力で支えるぞという姿勢を私は見せてほしいと思います。
 最後に、この法律がもし通ってしまうならば、あるいは少子化社会対策ということが今後も行われていくならば、女性に対して子供を産めという圧力を高め、産まない選択をする女性に対して非難が強まること、産めない女性に対して圧力が増大することがあってはいけないということを強く訴えたいと思います。
 以上です。(拍手)

発言情報

speech_id: 115604889X01420030604_006

発言者: 米津知子

speaker_id: 31799

日付: 2003-06-04

院: 衆議院

会議名: 内閣委員会