内閣委員会
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会
会議録情報#0
平成十五年六月四日(水曜日)
午前九時開議
出席委員
委員長 佐々木秀典君
理事 逢沢 一郎君 理事 小野 晋也君
理事 星野 行男君 理事 渡辺 博道君
理事 中沢 健次君 理事 山内 功君
理事 遠藤 和良君 理事 西村 眞悟君
浅野 勝人君 今村 雅弘君
奥山 茂彦君 嘉数 知賢君
金子 恭之君 木村 隆秀君
菅 義偉君 高橋 一郎君
谷川 和穗君 谷本 龍哉君
近岡理一郎君 林 省之介君
石毛えい子君 大畠 章宏君
小宮山洋子君 横路 孝弘君
瀬古由起子君 北川れん子君
山谷えり子君
…………………………………
内閣府大臣政務官 木村 隆秀君
参考人
(国立社会保障・人口問題
研究所所長) 阿藤 誠君
参考人
(NPO法人びーのびーの
理事長)
(少子化社会を考える懇談
会委員) 奥山千鶴子君
参考人
(SOSHIREN女(わ
たし)のからだからメンバ
ー) 米津 知子君
参考人
(日本弁護士連合会両性の
平等に関する委員会副委員
長) 金澄 道子君
内閣委員会専門員 小菅 修一君
—————————————
委員の異動
六月四日
辞任 補欠選任
大村 秀章君 今村 雅弘君
亀井 久興君 浅野 勝人君
平野 博文君 小宮山洋子君
吉井 英勝君 瀬古由起子君
江崎洋一郎君 山谷えり子君
同日
辞任 補欠選任
浅野 勝人君 亀井 久興君
今村 雅弘君 大村 秀章君
小宮山洋子君 平野 博文君
瀬古由起子君 吉井 英勝君
山谷えり子君 江崎洋一郎君
—————————————
本日の会議に付した案件
少子化社会対策基本法案(中山太郎君外八名提出、第百五十一回国会衆法第五三号)
————◇—————
この発言だけを見る →午前九時開議
出席委員
委員長 佐々木秀典君
理事 逢沢 一郎君 理事 小野 晋也君
理事 星野 行男君 理事 渡辺 博道君
理事 中沢 健次君 理事 山内 功君
理事 遠藤 和良君 理事 西村 眞悟君
浅野 勝人君 今村 雅弘君
奥山 茂彦君 嘉数 知賢君
金子 恭之君 木村 隆秀君
菅 義偉君 高橋 一郎君
谷川 和穗君 谷本 龍哉君
近岡理一郎君 林 省之介君
石毛えい子君 大畠 章宏君
小宮山洋子君 横路 孝弘君
瀬古由起子君 北川れん子君
山谷えり子君
…………………………………
内閣府大臣政務官 木村 隆秀君
参考人
(国立社会保障・人口問題
研究所所長) 阿藤 誠君
参考人
(NPO法人びーのびーの
理事長)
(少子化社会を考える懇談
会委員) 奥山千鶴子君
参考人
(SOSHIREN女(わ
たし)のからだからメンバ
ー) 米津 知子君
参考人
(日本弁護士連合会両性の
平等に関する委員会副委員
長) 金澄 道子君
内閣委員会専門員 小菅 修一君
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委員の異動
六月四日
辞任 補欠選任
大村 秀章君 今村 雅弘君
亀井 久興君 浅野 勝人君
平野 博文君 小宮山洋子君
吉井 英勝君 瀬古由起子君
江崎洋一郎君 山谷えり子君
同日
辞任 補欠選任
浅野 勝人君 亀井 久興君
今村 雅弘君 大村 秀章君
小宮山洋子君 平野 博文君
瀬古由起子君 吉井 英勝君
山谷えり子君 江崎洋一郎君
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本日の会議に付した案件
少子化社会対策基本法案(中山太郎君外八名提出、第百五十一回国会衆法第五三号)
————◇—————
佐
佐々木秀典#1
○佐々木委員長 これより会議を開きます。
第百五十一回国会、中山太郎君外八名提出、少子化社会対策基本法案を議題といたします。
本日は、本案審査のため、参考人として、国立社会保障・人口問題研究所所長阿藤誠君、NPO法人びーのびーの理事長・少子化社会を考える懇談会委員奥山千鶴子君、SOSHIREN女(わたし)のからだからメンバー米津知子君、日本弁護士連合会両性の平等に関する委員会副委員長金澄道子君、以上四名の方々から御意見を承ることにいたしております。
この際、参考人各位に一言ごあいさつを申し上げます。
本日は、御多用中のところ本委員会に御出席を賜りまして、まことにありがとうございます。参考人各位におかれましては、それぞれのお立場から忌憚のない御意見をお聞かせいただき、私どもの審査の参考にいたしたいと存じますので、どうぞよろしくお願いいたします。
次に、議事の順序について申し上げます。
阿藤参考人、奥山参考人、米津参考人、金澄参考人の順に、お一人十五分程度御意見をお述べいただき、その後、委員の質疑に対してお答えをいただきたいと存じます。
なお、参考人の方々に申し上げますが、御発言の際にはその都度委員長の許可を得て御発言くださるようお願いを申し上げます。米津参考人におかれましては、御発言は着席のままで結構でございます。また、参考人は委員に対し質疑をすることはできないことになっておりますので、御了承ください。
それでは、阿藤参考人、お願いいたします。
この発言だけを見る →第百五十一回国会、中山太郎君外八名提出、少子化社会対策基本法案を議題といたします。
本日は、本案審査のため、参考人として、国立社会保障・人口問題研究所所長阿藤誠君、NPO法人びーのびーの理事長・少子化社会を考える懇談会委員奥山千鶴子君、SOSHIREN女(わたし)のからだからメンバー米津知子君、日本弁護士連合会両性の平等に関する委員会副委員長金澄道子君、以上四名の方々から御意見を承ることにいたしております。
この際、参考人各位に一言ごあいさつを申し上げます。
本日は、御多用中のところ本委員会に御出席を賜りまして、まことにありがとうございます。参考人各位におかれましては、それぞれのお立場から忌憚のない御意見をお聞かせいただき、私どもの審査の参考にいたしたいと存じますので、どうぞよろしくお願いいたします。
次に、議事の順序について申し上げます。
阿藤参考人、奥山参考人、米津参考人、金澄参考人の順に、お一人十五分程度御意見をお述べいただき、その後、委員の質疑に対してお答えをいただきたいと存じます。
なお、参考人の方々に申し上げますが、御発言の際にはその都度委員長の許可を得て御発言くださるようお願いを申し上げます。米津参考人におかれましては、御発言は着席のままで結構でございます。また、参考人は委員に対し質疑をすることはできないことになっておりますので、御了承ください。
それでは、阿藤参考人、お願いいたします。
阿
阿藤誠#2
○阿藤参考人 阿藤でございます。
私は、一九七二年から旧厚生省人口問題研究所、そして現在の国立社会保障・人口問題研究所に勤務しておりまして、主として人口研究、とりわけ結婚、出生、家族、家族政策といったようなことを、しかも国際比較的に研究している、そういうものでございます。また、立場上、人口に関する国際会議にたびたび政府代表の一員として出席しております。
早速でございますが、私は、本少子化社会対策基本法案に基本的に賛成の立場から意見を述べさせていただきます。その理由を三つの視点、すなわち少子化問題の現状認識、二番目には少子化の背景と政策的対応の関係、そして第三番目に少子化への対応と高齢化への対応、そういう三つの視点から述べさせていただきたいと思います。
第一の少子化問題の現状認識でございます。
言うまでもないことですが、一九七四年以来、合計特殊出生率、一人の女性当たりの子供の数が人口置きかえ水準と言われる二・一前後、最近では二・〇八というふうに計算されていますが、それを下回って低下を続けております。九〇年代に入りましてからは、合計特殊出生率は一・五を下回って、さらに低下を続けるという状況でございまして、諸外国、もちろん先進国でございますが、諸外国と比較しましても、外国の文献などではザ・ローエスト・ロー・ファーティリティー、私は超低出生率と訳しましたが、そういうカテゴリーに入る国になってきている、そういう状況でございます。日本と並ぶのは、イタリア、スペインとかいう南ヨーロッパ、あるいはドイツ語圏の国々であります。
そういった超低出生率がこれからも継続するという前提に立って、私どもの研究所が二〇〇二年の一月に発表しました将来人口推計によりますと、二〇〇六年には日本の人口はピークに達して、以後五十年、あるいは参考推計としては百年間にわたって人口が減少を続ける、そういう見通しでございます。
それから、いわゆる高齢化でございますが、国民の中で六十五歳以上人口の占める割合として、高齢化率といいますが、この高齢化率は現在一八%程度でございますけれども、やがて二〇五〇年には三六%、現在の二倍の状況に達する、そういう見通しでございます。
そういった急激な人口減少と超高齢化が続くと一体どうなるのか。なかなか単純な予測は難しいのでありますが、一般的に申しまして、労働力が減り、そして消費人口が減り、国内需要が縮小し、高齢化によって貯蓄率が下がるというふうなことで、経済成長にとってマイナス、ひいては国民生活の豊かさを脅かす、そういうふうに一般的には解釈されるのではないかというふうに思います。
以上が、いわゆるマクロの観点から見た少子化問題でありますが、世論調査などによって、個々人、いわばミクロの観点から見てみます。
例えば、お手元の資料の1、つい最近の読売新聞の調査でございますが、その結果を見ましても、もちろんこれにとどまりませんけれども、多くの人々が、これは未婚の方も既婚の方も含めて、あるいは若い人も高齢者も含めて、理想の子供数というものが平均で二・六人ぐらい、最もパーセントの高いいわゆる最頻値と言われるところは三人、そういう状況でございます。
しかるに、夫婦の平均の実際に産む子供の数というのは二・二人を下回り、最近では二・一人。もちろん、これに未婚者を含めれば、女性全体の平均値は大変大きく下がっております。つまり、多くの人々がこの理想の子供数を実現できないでいる、そういう状況にあるというふうに認識できます。
この読売新聞の調査では、実に七割の人々が、今日の日本は子育てしやすいかしにくいかと聞かれて、しにくい社会というふうに答えております。
このように、人口、経済というマクロの視点、そして個人個人の意識、ミクロの視点から見ましても、少子化の状況は極めて深刻だというふうに考えざるを得ません。
そういう意味で、政府は、この少子化の状況を是正するための施策を強力に推進することが現在求められているというふうに考えます。その点で、本法案の前文と基本施策の内容は、私とほぼ同様の現状認識に立っていると思われます。
第二番目の、少子化の背景と政策的対応の関係でございます。
この少子化の社会経済的背景と申しますのは、大変複雑であります。そう簡単に答えの出るものではないと思っておりますが、具体的施策との関連で考えますと、以下の二つの長期的な社会経済変化が重要ではないかと見ております。
第一の点は、かつては、いわゆる性別、役割分業が支配的な時代というふうに特徴づけるとしますと、その中で、男性は職業労働、女性は家事育児に携わるという形で一種の両立が可能であった、仕事と育児の両立が可能であった、そういうふうにとらえられておりますが、時代の変化とともに、女性の高学歴化、就業機会の拡大、男女の賃金格差の縮小などによりまして女性の就業率が増大し、就業意欲が強まり、その中で特に女性にとって結婚、出産と仕事を両立する、言いかえれば、結婚、出産した後も仕事を継続するということが容易でなくなっております。そのため、あえて言えば、未婚で働き続ける人と、結婚して仕事を、あるいは出産をして仕事をやめてしまう人という二者択一的な選択を迫られるようになってきている。統計で見てわかりますように、未婚で就労を続けている方はほとんど子供を産まない、そういう状況になっているわけでございます。そういう意味で、社会全体として、職業労働と家族形成、俗に、仕事と子育ての両立が容易でない時代が来たんだ、こういうふうに認識できるわけであります。
第二番目には、かつては、子供は親にとって家業の労働力、後継者、老後の保障、家の継承といった意味を持っておりました。言いかえれば、子供を持つということは結婚の前提であって、ほぼ、子供を持つということがいわば選択の有無を問わない必然的なものであった、こういうふうにとらえることができたかと思います。
しかし、戦後の高度経済成長を経て、いわば七割、八割がサラリーマンの社会に変わってきております。その中で、子供が家の宝という意味合いは大変弱まっておりまして、子供が親にとって持つ意味は、資料の2で示されておりますように、これは毎日新聞の調査ですが、子供を持ってよいことは、子供がいると家庭が明るくなる、子育ては楽しい、あるいは、子育てによって自分も成長できるといった心理的、情緒的な満足を与える、そういう存在として親にとって意識されている、そういう時代でございます。そういう意味では、子供を持つということが現代の社会では選択的になっている。
その一方で、高度情報化社会によって高学歴が必要な、つまり職業労働を持つために長い年月の教育期間が必要だ、そのために子育ての金銭的、時間的コストというものがかさんできているということがございます。それだけに、現代の親にとっては子供の経済的、心理的負担感が強まっている、こういうふうに認識できると思います。
繰り返しになりますが、そのことは、資料の2の表1の方は子供を持つことのよさ、そして表2の方は子育てで大変なこと、もちろん資料の1の方にもそういった同旨の結果が出ております。
したがいまして、少子化への政策的対応の中心というのは、この二つの問題、両立問題の改善ということと子育て負担感の軽減ということが二本の柱になるべきであるというふうに考えております。
その点で、第一の両立問題の改善に関しましては、本案は施策の基本理念において、男女共同参画社会の形成と相まった、子育て環境の整備を旨とするというふうに述べて、基本的施策の最初に、雇用環境の整備、そして保育サービス等の充実ということを置いております。
第二の、子育ての負担感の軽減に関しましては、本法案は基本的施策で、地域社会における子育て支援体制の整備、ゆとりある教育の推進によっていわば子育ての心理的負担感を和らげ、そして生活環境の改善、経済的負担の軽減によって文字どおり子育ての経済的負担感を軽減する、そういう施策を掲げております。
以上のように、本法案は、少子化の背景と政策的対応の関係という点からも、おおむね納得できるものだというふうに思います。
第三の、少子化への政策的対応と高齢化への政策的対応の関係でございます。
日本は、社会保障全体の給付構造という観点から見ますと、子供、家庭に対する給付が大変小さい、それは絶対額においても、そして高齢者への給付と比べても、先進国中最も小さい国の一つであるということがデータで示されております。
お手元の資料3に、図1の方は、横軸に現金給付、縦軸にサービス給付とございますが、要は、日本はその軸の両方の一番低いところの一群に入っております。それから、図2の方は、同じデータでございますけれども、高齢者に対する給付に比べて子供、家庭に対する給付が小さい、一番下の方から数えた方が早い、そういうところに位置するということが示されております。
しかも、これは社会保障でございますけれども、これに加えて日本の教育費、とりわけ大学教育のコストというものの個人にとっての負担というのは大変大きい、これも先進国の中では顕著でございます。こういったことが、今の日本は非常に子育てしにくい社会だという人々の評価につながっているのではないかというふうに思われるわけであります。
この点で、本法案が、内閣府のもとに高齢社会対策会議と並んで少子化社会対策会議、これは総理主宰のもとだそうですけれども、これを置くことで子供、家庭、子育て者への政策的支援の強化に努めようとすることは、社会保障におけるこのアンバランスな給付構造の変化、そして教育費負担の軽減に向けての大きな力になるものと考えております。
以上、少子化問題の現状認識、第二番目には少子化の背景と政策的対応の関係、第三番目には少子化への対応と高齢化への対応の関係という三点から見まして、私は本少子化社会対策基本法案に賛成するものであります。
ありがとうございました。拍手
この発言だけを見る →私は、一九七二年から旧厚生省人口問題研究所、そして現在の国立社会保障・人口問題研究所に勤務しておりまして、主として人口研究、とりわけ結婚、出生、家族、家族政策といったようなことを、しかも国際比較的に研究している、そういうものでございます。また、立場上、人口に関する国際会議にたびたび政府代表の一員として出席しております。
早速でございますが、私は、本少子化社会対策基本法案に基本的に賛成の立場から意見を述べさせていただきます。その理由を三つの視点、すなわち少子化問題の現状認識、二番目には少子化の背景と政策的対応の関係、そして第三番目に少子化への対応と高齢化への対応、そういう三つの視点から述べさせていただきたいと思います。
第一の少子化問題の現状認識でございます。
言うまでもないことですが、一九七四年以来、合計特殊出生率、一人の女性当たりの子供の数が人口置きかえ水準と言われる二・一前後、最近では二・〇八というふうに計算されていますが、それを下回って低下を続けております。九〇年代に入りましてからは、合計特殊出生率は一・五を下回って、さらに低下を続けるという状況でございまして、諸外国、もちろん先進国でございますが、諸外国と比較しましても、外国の文献などではザ・ローエスト・ロー・ファーティリティー、私は超低出生率と訳しましたが、そういうカテゴリーに入る国になってきている、そういう状況でございます。日本と並ぶのは、イタリア、スペインとかいう南ヨーロッパ、あるいはドイツ語圏の国々であります。
そういった超低出生率がこれからも継続するという前提に立って、私どもの研究所が二〇〇二年の一月に発表しました将来人口推計によりますと、二〇〇六年には日本の人口はピークに達して、以後五十年、あるいは参考推計としては百年間にわたって人口が減少を続ける、そういう見通しでございます。
それから、いわゆる高齢化でございますが、国民の中で六十五歳以上人口の占める割合として、高齢化率といいますが、この高齢化率は現在一八%程度でございますけれども、やがて二〇五〇年には三六%、現在の二倍の状況に達する、そういう見通しでございます。
そういった急激な人口減少と超高齢化が続くと一体どうなるのか。なかなか単純な予測は難しいのでありますが、一般的に申しまして、労働力が減り、そして消費人口が減り、国内需要が縮小し、高齢化によって貯蓄率が下がるというふうなことで、経済成長にとってマイナス、ひいては国民生活の豊かさを脅かす、そういうふうに一般的には解釈されるのではないかというふうに思います。
以上が、いわゆるマクロの観点から見た少子化問題でありますが、世論調査などによって、個々人、いわばミクロの観点から見てみます。
例えば、お手元の資料の1、つい最近の読売新聞の調査でございますが、その結果を見ましても、もちろんこれにとどまりませんけれども、多くの人々が、これは未婚の方も既婚の方も含めて、あるいは若い人も高齢者も含めて、理想の子供数というものが平均で二・六人ぐらい、最もパーセントの高いいわゆる最頻値と言われるところは三人、そういう状況でございます。
しかるに、夫婦の平均の実際に産む子供の数というのは二・二人を下回り、最近では二・一人。もちろん、これに未婚者を含めれば、女性全体の平均値は大変大きく下がっております。つまり、多くの人々がこの理想の子供数を実現できないでいる、そういう状況にあるというふうに認識できます。
この読売新聞の調査では、実に七割の人々が、今日の日本は子育てしやすいかしにくいかと聞かれて、しにくい社会というふうに答えております。
このように、人口、経済というマクロの視点、そして個人個人の意識、ミクロの視点から見ましても、少子化の状況は極めて深刻だというふうに考えざるを得ません。
そういう意味で、政府は、この少子化の状況を是正するための施策を強力に推進することが現在求められているというふうに考えます。その点で、本法案の前文と基本施策の内容は、私とほぼ同様の現状認識に立っていると思われます。
第二番目の、少子化の背景と政策的対応の関係でございます。
この少子化の社会経済的背景と申しますのは、大変複雑であります。そう簡単に答えの出るものではないと思っておりますが、具体的施策との関連で考えますと、以下の二つの長期的な社会経済変化が重要ではないかと見ております。
第一の点は、かつては、いわゆる性別、役割分業が支配的な時代というふうに特徴づけるとしますと、その中で、男性は職業労働、女性は家事育児に携わるという形で一種の両立が可能であった、仕事と育児の両立が可能であった、そういうふうにとらえられておりますが、時代の変化とともに、女性の高学歴化、就業機会の拡大、男女の賃金格差の縮小などによりまして女性の就業率が増大し、就業意欲が強まり、その中で特に女性にとって結婚、出産と仕事を両立する、言いかえれば、結婚、出産した後も仕事を継続するということが容易でなくなっております。そのため、あえて言えば、未婚で働き続ける人と、結婚して仕事を、あるいは出産をして仕事をやめてしまう人という二者択一的な選択を迫られるようになってきている。統計で見てわかりますように、未婚で就労を続けている方はほとんど子供を産まない、そういう状況になっているわけでございます。そういう意味で、社会全体として、職業労働と家族形成、俗に、仕事と子育ての両立が容易でない時代が来たんだ、こういうふうに認識できるわけであります。
第二番目には、かつては、子供は親にとって家業の労働力、後継者、老後の保障、家の継承といった意味を持っておりました。言いかえれば、子供を持つということは結婚の前提であって、ほぼ、子供を持つということがいわば選択の有無を問わない必然的なものであった、こういうふうにとらえることができたかと思います。
しかし、戦後の高度経済成長を経て、いわば七割、八割がサラリーマンの社会に変わってきております。その中で、子供が家の宝という意味合いは大変弱まっておりまして、子供が親にとって持つ意味は、資料の2で示されておりますように、これは毎日新聞の調査ですが、子供を持ってよいことは、子供がいると家庭が明るくなる、子育ては楽しい、あるいは、子育てによって自分も成長できるといった心理的、情緒的な満足を与える、そういう存在として親にとって意識されている、そういう時代でございます。そういう意味では、子供を持つということが現代の社会では選択的になっている。
その一方で、高度情報化社会によって高学歴が必要な、つまり職業労働を持つために長い年月の教育期間が必要だ、そのために子育ての金銭的、時間的コストというものがかさんできているということがございます。それだけに、現代の親にとっては子供の経済的、心理的負担感が強まっている、こういうふうに認識できると思います。
繰り返しになりますが、そのことは、資料の2の表1の方は子供を持つことのよさ、そして表2の方は子育てで大変なこと、もちろん資料の1の方にもそういった同旨の結果が出ております。
したがいまして、少子化への政策的対応の中心というのは、この二つの問題、両立問題の改善ということと子育て負担感の軽減ということが二本の柱になるべきであるというふうに考えております。
その点で、第一の両立問題の改善に関しましては、本案は施策の基本理念において、男女共同参画社会の形成と相まった、子育て環境の整備を旨とするというふうに述べて、基本的施策の最初に、雇用環境の整備、そして保育サービス等の充実ということを置いております。
第二の、子育ての負担感の軽減に関しましては、本法案は基本的施策で、地域社会における子育て支援体制の整備、ゆとりある教育の推進によっていわば子育ての心理的負担感を和らげ、そして生活環境の改善、経済的負担の軽減によって文字どおり子育ての経済的負担感を軽減する、そういう施策を掲げております。
以上のように、本法案は、少子化の背景と政策的対応の関係という点からも、おおむね納得できるものだというふうに思います。
第三の、少子化への政策的対応と高齢化への政策的対応の関係でございます。
日本は、社会保障全体の給付構造という観点から見ますと、子供、家庭に対する給付が大変小さい、それは絶対額においても、そして高齢者への給付と比べても、先進国中最も小さい国の一つであるということがデータで示されております。
お手元の資料3に、図1の方は、横軸に現金給付、縦軸にサービス給付とございますが、要は、日本はその軸の両方の一番低いところの一群に入っております。それから、図2の方は、同じデータでございますけれども、高齢者に対する給付に比べて子供、家庭に対する給付が小さい、一番下の方から数えた方が早い、そういうところに位置するということが示されております。
しかも、これは社会保障でございますけれども、これに加えて日本の教育費、とりわけ大学教育のコストというものの個人にとっての負担というのは大変大きい、これも先進国の中では顕著でございます。こういったことが、今の日本は非常に子育てしにくい社会だという人々の評価につながっているのではないかというふうに思われるわけであります。
この点で、本法案が、内閣府のもとに高齢社会対策会議と並んで少子化社会対策会議、これは総理主宰のもとだそうですけれども、これを置くことで子供、家庭、子育て者への政策的支援の強化に努めようとすることは、社会保障におけるこのアンバランスな給付構造の変化、そして教育費負担の軽減に向けての大きな力になるものと考えております。
以上、少子化問題の現状認識、第二番目には少子化の背景と政策的対応の関係、第三番目には少子化への対応と高齢化への対応の関係という三点から見まして、私は本少子化社会対策基本法案に賛成するものであります。
ありがとうございました。拍手
佐
奥
奥山千鶴子#4
○奥山参考人 おはようございます。
まず、このような機会を与えていただきましたことに感謝申し上げます。
私は、子育て支援のNPO法人びーのびーのの代表をしております奥山でございます。
私は、現在、九歳、六歳、三歳の子供の母でもございます。地方出身で、こちら関東に出てまいりまして、大学卒業後十年ほど会社で働いておりました。社内的には第一号の育児休業を取得しましたけれども、仕事と家庭の両立が非常に難しく、退社をいたしました。その後、初めて地域と向き合いながら子育てをいたしますが、その大変さ、それから自分が今まで働いてきた働き方と子供を育てていく環境のギャップ、そういったものを感じながら子育てをしてまいりました。
そのような子育てのいわば支えられ感のなさ、そういった部分から、自分たちで地域に開かれた「おやこの広場びーのびーの」を仲間の母親たちと立ち上げました。また、昨年ございました少子化社会を考える懇談会の委員も務めてまいりました。きょうは、基本的には少子化社会対策基本法案に賛成の立場から意見を述べさせていただきます。
その理由として、三つの観点から、一つは少子化社会と総合的なその推進、それから地域三世代子育て支援の必要性とびーのびーのの活動の視点から、それから子育てと働き方の見直し、この三点から述べさせていただきたいと思います。
まず、少子化社会と総合的な推進の必要性についてでございます。
次世代をどう育てるかは国の育成に大変大きくかかわる問題でございますが、今現在子供を育てている私自身にとっても大きな問題です。それは、私自身の子供が大人になっていき、どんな環境を残してあげるか、子供たちにどんな環境を残してあげられるかということが私にとっても重要な問題であるからです。
少子化社会というのはどんな社会なんでしょうか。もう既にその兆候はあらわれ始めていると思います。公園で遊んでいるのに静かにしろとどなられる、一体どこで遊べばいいんでしょう。運動会ののろしは上げないでくれ、近所の方が学校に申し入れをする。母親や子供に対して周囲の目が厳しい。外ではしかるのも笑うのも、周りを気にしてびくびくしているという母親。学年に一クラスしかない学校だったので引っ越した、六年間同じメンバーでは子供がかわいそうだという親。日本は子供を生み育てやすい社会かという質問に対して、先ほど阿藤先生の御紹介もありましたが、四分の三の方がどちらかといえばそうじゃないというふうに答える社会。子供の声が聞こえない、聞こえても雑音としか受け取られない、子供にとって寛容でない社会、そんなことになっていくんじゃないでしょうか。出産、子育てというのは、本当に個人的な問題だと思いますが、社会のありようと無関係ではないということを申し上げたいなと思います。
また、さらにそれが進展していきますと、選挙権のない子供たち、それから発言力の少ない二、三十代の若い世代の人たちに物事が何か不利に進んでいくんじゃないかという危惧さえ覚えます。実際、社会保障の給付金の六八%が高齢者向けです。子供や家庭に対する給付はわずか三%。これは本当に諸外国に比べても少ない数字なんじゃないかなと思います。
今回、次世代育成支援対策推進法案、それから児童福祉法、育児休業、介護休業法、年金各法など、子育てに関連する各法を束ねる基本法が先生方の審議に上りましたことを大変うれしく思っております。これにより、子供、家庭支援の機運が、全国のあらゆるレベルで議論され、各地方自治体、企業を巻き込んだアクションプログラムに発展していく、そういった過程をぜひ見守っていきたいなというふうに思っております。
次に、地域三世代子育て支援の必要性とびーのびーのの活動についてでございます。
私自身、両親は地方におりまして、自分の子育てを手伝っていただく環境にございませんでした。今、そのような核家族の親、それから地域に支援していただける、応援していただけるような環境にない方、非常に多くふえているというふうに思います。
私どもは、「おやこの広場びーのびーの」を通じて、親の就労の有無にかかわらない、親子の出会いの場というのをつくっております。ゼロから三の子供と親が集まるということで、育児休業中のお母さんたちもいらっしゃいます。それから、これから幼稚園に入れたいというお母さんもいらっしゃいます。それから、お父さんも、おじいちゃん、おばあちゃんもいらっしゃいます。お教室のようなところではなくて、安心して家で過ごせるような日常性を、広場で私たちはできるようにしております。
また、家で一対一で、親子だけで子育てしておりますと、それはどんな一生懸命やっているお母さんでも行き詰まってしまいます。二十四時間子供と一緒というのは、ちょっと、どんな方でも多分難しいだろうと思います。
子供にとっても親にとっても、いろいろな関係性の中で人間関係をはぐくんでいくというのがとても大事だと思います。広場では、疑似的なおじいちゃん、おばあちゃんの手、地域のボランティアの方、学生の方、いろいろな方がかかわってきます。広場に来ると、皆さん思われると思いますが、どのお母さんがどの子供の親だろうと。それがわからないぐらい、子供はいろいろな人のところに行って遊べるようになるんですね。そういった環境が今はないんです。昔だったら、地域にありましたよね、井戸端的な環境が。でも今は、隣に住んでいる人がどんな人かもわからないような、そんな環境で子育てをしております。
また、親は、学ぼうと思ってもなかなか学べる環境がないんです。本を見て学ぶのではなくて、隣にいるお母さんがどんなふうに子育てをしているんだろうか、どんなふうに子供に離乳食を食べさせているんだろうか、半年たったらこんなふう、一歳になったらこんなふうというふうに、先の見通しが立てられるということが大事だと思います。
また、ここにかかわっているおじいちゃん、おばあちゃん世代の方たちが、赤ちゃんとかかわることで生き生きしてまいります。子供から明るさや喜びや、そういったものを得ていらっしゃる。自分がやってさしあげるというよりも、一緒に、何かそこの広場で居場所を見つけて活動なさっているというふうに見ております。新たな身内、血縁関係ではない新たな身内を地域につくる、それが地域三世代というキーワードではないかなというふうに思っています。それをこの広場で実現していきたいというふうに思っております。
また、地域では幼稚園、保育園ガイドを発行しておりまして、広場に来る、これから保育園にお子さんを預けようと思っていらっしゃる方、幼稚園に行こうと思っていらっしゃる方、また多様な在宅でのワークなどもございますので、どんな、私に合った幼稚園、保育園があるんだろうというようなことも、私たちはNPO法人ですから、幼稚園のことも保育園のことも、またそれとは別のサークルの情報なども横断的に地域の情報をお伝えすることができます。それがNPOのよさ。行政の縦に対して、横の役割というのを担っていっていると思います。
また、いろいろな世代が、学生さんから七十代まで、赤ちゃんに触れるということが本当に命の尊厳というか、こうやって自分たちも慈しまれて育ってきたんだということを学生さんたちが見ていくというのは、とてもいい機会だというふうに思っております。
また、私たちはこの活動をこの広場だけにとどまらず、横浜十八区それから神奈川県、それから国全体、日本国全体として、さまざまな緩やかなネットワークづくりをしています。昨今のメールでも、地域福祉計画を各地でどんなふうに策定しているか、皆さんはどんなふうにかかわっているかという議論が活発に行われていました。そのように、若い世代はITで全国津々浦々つながりながら、子育てのことというのがどんなふうに全国で展開しているのかを見ています。横浜市のネットワークでは、政策提言も昨年いたしました。それを評価されて、昨年は調査研究も共同でいたしました。そのように私たち当事者、親自身も社会に対して発信していくというのが必要だというふうに思っております。
私たちはこのような活動をしながら、今回の法案が地域社会における子育て支援体制の整備、保育サービス等の充実、ゆとりある教育の推進、教育及び啓発といった考え方に基本的に合致し、私たちの活動をさらに推進していただける法案だなというふうに感じております。
また、第三に、子育て中の働き方とその見直しについてです。こちらは資料をちょっと手元に御用意しましたが、「子育て支援策等に関する調査研究」、これはことしになって、一月—二月で調査した内容ですから、非常に新しいデータになっておりますが、おめくりいただきますと、二ページ、「男性を含めた働き方の見直し」のところでは、「父親も、家事や育児を、仕事と同等かそれ以上に優先させたいと希望しているが、現実には仕事を優先せざるを得ない状況」、それから「子どもが生まれて、労働時間を減らしたいという希望をもった父親は約三割もいるが、実現させることができた父親は六・五%」、また「父親が、子育てに比べて仕事を重視している家庭では、母親が「配偶者と意見が合わない」、「仕事や自分の時間がとれない」など」というような悩みを抱えています。
私たちも広場で子育ての悩みということを聞いているうちに、それは子育ての悩みではなくて夫婦間の悩みというか、意識のギャップであるということに気がつくことがございます。このように、基本法案の第一項で、第一義的な責任を家庭は果たすことというようなことが記載されておりますが、今、父親がなかなか帰ってこれない現状では、そのような働き方を見直し、父親も家庭に早く帰してほしいというふうに感じております。
以上、この少子化社会対策基本法が、先生方の審議の上に早急に成立し、社会的に緊急性を喚起し、あらゆる分野で議論され、次世代を担う子供たちにとっていい環境を提供できるよう、ひいてはすべての生活者にとっても子供のいる社会が明るく展望を持ったものになれるよう希望いたします。まさに、介護保険に続き、子供、家庭支援に対する夜明け前というような期待を持って、審議を見守っていきたいというふうに考えております。
どうもありがとうございました。
この発言だけを見る →まず、このような機会を与えていただきましたことに感謝申し上げます。
私は、子育て支援のNPO法人びーのびーのの代表をしております奥山でございます。
私は、現在、九歳、六歳、三歳の子供の母でもございます。地方出身で、こちら関東に出てまいりまして、大学卒業後十年ほど会社で働いておりました。社内的には第一号の育児休業を取得しましたけれども、仕事と家庭の両立が非常に難しく、退社をいたしました。その後、初めて地域と向き合いながら子育てをいたしますが、その大変さ、それから自分が今まで働いてきた働き方と子供を育てていく環境のギャップ、そういったものを感じながら子育てをしてまいりました。
そのような子育てのいわば支えられ感のなさ、そういった部分から、自分たちで地域に開かれた「おやこの広場びーのびーの」を仲間の母親たちと立ち上げました。また、昨年ございました少子化社会を考える懇談会の委員も務めてまいりました。きょうは、基本的には少子化社会対策基本法案に賛成の立場から意見を述べさせていただきます。
その理由として、三つの観点から、一つは少子化社会と総合的なその推進、それから地域三世代子育て支援の必要性とびーのびーのの活動の視点から、それから子育てと働き方の見直し、この三点から述べさせていただきたいと思います。
まず、少子化社会と総合的な推進の必要性についてでございます。
次世代をどう育てるかは国の育成に大変大きくかかわる問題でございますが、今現在子供を育てている私自身にとっても大きな問題です。それは、私自身の子供が大人になっていき、どんな環境を残してあげるか、子供たちにどんな環境を残してあげられるかということが私にとっても重要な問題であるからです。
少子化社会というのはどんな社会なんでしょうか。もう既にその兆候はあらわれ始めていると思います。公園で遊んでいるのに静かにしろとどなられる、一体どこで遊べばいいんでしょう。運動会ののろしは上げないでくれ、近所の方が学校に申し入れをする。母親や子供に対して周囲の目が厳しい。外ではしかるのも笑うのも、周りを気にしてびくびくしているという母親。学年に一クラスしかない学校だったので引っ越した、六年間同じメンバーでは子供がかわいそうだという親。日本は子供を生み育てやすい社会かという質問に対して、先ほど阿藤先生の御紹介もありましたが、四分の三の方がどちらかといえばそうじゃないというふうに答える社会。子供の声が聞こえない、聞こえても雑音としか受け取られない、子供にとって寛容でない社会、そんなことになっていくんじゃないでしょうか。出産、子育てというのは、本当に個人的な問題だと思いますが、社会のありようと無関係ではないということを申し上げたいなと思います。
また、さらにそれが進展していきますと、選挙権のない子供たち、それから発言力の少ない二、三十代の若い世代の人たちに物事が何か不利に進んでいくんじゃないかという危惧さえ覚えます。実際、社会保障の給付金の六八%が高齢者向けです。子供や家庭に対する給付はわずか三%。これは本当に諸外国に比べても少ない数字なんじゃないかなと思います。
今回、次世代育成支援対策推進法案、それから児童福祉法、育児休業、介護休業法、年金各法など、子育てに関連する各法を束ねる基本法が先生方の審議に上りましたことを大変うれしく思っております。これにより、子供、家庭支援の機運が、全国のあらゆるレベルで議論され、各地方自治体、企業を巻き込んだアクションプログラムに発展していく、そういった過程をぜひ見守っていきたいなというふうに思っております。
次に、地域三世代子育て支援の必要性とびーのびーのの活動についてでございます。
私自身、両親は地方におりまして、自分の子育てを手伝っていただく環境にございませんでした。今、そのような核家族の親、それから地域に支援していただける、応援していただけるような環境にない方、非常に多くふえているというふうに思います。
私どもは、「おやこの広場びーのびーの」を通じて、親の就労の有無にかかわらない、親子の出会いの場というのをつくっております。ゼロから三の子供と親が集まるということで、育児休業中のお母さんたちもいらっしゃいます。それから、これから幼稚園に入れたいというお母さんもいらっしゃいます。それから、お父さんも、おじいちゃん、おばあちゃんもいらっしゃいます。お教室のようなところではなくて、安心して家で過ごせるような日常性を、広場で私たちはできるようにしております。
また、家で一対一で、親子だけで子育てしておりますと、それはどんな一生懸命やっているお母さんでも行き詰まってしまいます。二十四時間子供と一緒というのは、ちょっと、どんな方でも多分難しいだろうと思います。
子供にとっても親にとっても、いろいろな関係性の中で人間関係をはぐくんでいくというのがとても大事だと思います。広場では、疑似的なおじいちゃん、おばあちゃんの手、地域のボランティアの方、学生の方、いろいろな方がかかわってきます。広場に来ると、皆さん思われると思いますが、どのお母さんがどの子供の親だろうと。それがわからないぐらい、子供はいろいろな人のところに行って遊べるようになるんですね。そういった環境が今はないんです。昔だったら、地域にありましたよね、井戸端的な環境が。でも今は、隣に住んでいる人がどんな人かもわからないような、そんな環境で子育てをしております。
また、親は、学ぼうと思ってもなかなか学べる環境がないんです。本を見て学ぶのではなくて、隣にいるお母さんがどんなふうに子育てをしているんだろうか、どんなふうに子供に離乳食を食べさせているんだろうか、半年たったらこんなふう、一歳になったらこんなふうというふうに、先の見通しが立てられるということが大事だと思います。
また、ここにかかわっているおじいちゃん、おばあちゃん世代の方たちが、赤ちゃんとかかわることで生き生きしてまいります。子供から明るさや喜びや、そういったものを得ていらっしゃる。自分がやってさしあげるというよりも、一緒に、何かそこの広場で居場所を見つけて活動なさっているというふうに見ております。新たな身内、血縁関係ではない新たな身内を地域につくる、それが地域三世代というキーワードではないかなというふうに思っています。それをこの広場で実現していきたいというふうに思っております。
また、地域では幼稚園、保育園ガイドを発行しておりまして、広場に来る、これから保育園にお子さんを預けようと思っていらっしゃる方、幼稚園に行こうと思っていらっしゃる方、また多様な在宅でのワークなどもございますので、どんな、私に合った幼稚園、保育園があるんだろうというようなことも、私たちはNPO法人ですから、幼稚園のことも保育園のことも、またそれとは別のサークルの情報なども横断的に地域の情報をお伝えすることができます。それがNPOのよさ。行政の縦に対して、横の役割というのを担っていっていると思います。
また、いろいろな世代が、学生さんから七十代まで、赤ちゃんに触れるということが本当に命の尊厳というか、こうやって自分たちも慈しまれて育ってきたんだということを学生さんたちが見ていくというのは、とてもいい機会だというふうに思っております。
また、私たちはこの活動をこの広場だけにとどまらず、横浜十八区それから神奈川県、それから国全体、日本国全体として、さまざまな緩やかなネットワークづくりをしています。昨今のメールでも、地域福祉計画を各地でどんなふうに策定しているか、皆さんはどんなふうにかかわっているかという議論が活発に行われていました。そのように、若い世代はITで全国津々浦々つながりながら、子育てのことというのがどんなふうに全国で展開しているのかを見ています。横浜市のネットワークでは、政策提言も昨年いたしました。それを評価されて、昨年は調査研究も共同でいたしました。そのように私たち当事者、親自身も社会に対して発信していくというのが必要だというふうに思っております。
私たちはこのような活動をしながら、今回の法案が地域社会における子育て支援体制の整備、保育サービス等の充実、ゆとりある教育の推進、教育及び啓発といった考え方に基本的に合致し、私たちの活動をさらに推進していただける法案だなというふうに感じております。
また、第三に、子育て中の働き方とその見直しについてです。こちらは資料をちょっと手元に御用意しましたが、「子育て支援策等に関する調査研究」、これはことしになって、一月—二月で調査した内容ですから、非常に新しいデータになっておりますが、おめくりいただきますと、二ページ、「男性を含めた働き方の見直し」のところでは、「父親も、家事や育児を、仕事と同等かそれ以上に優先させたいと希望しているが、現実には仕事を優先せざるを得ない状況」、それから「子どもが生まれて、労働時間を減らしたいという希望をもった父親は約三割もいるが、実現させることができた父親は六・五%」、また「父親が、子育てに比べて仕事を重視している家庭では、母親が「配偶者と意見が合わない」、「仕事や自分の時間がとれない」など」というような悩みを抱えています。
私たちも広場で子育ての悩みということを聞いているうちに、それは子育ての悩みではなくて夫婦間の悩みというか、意識のギャップであるということに気がつくことがございます。このように、基本法案の第一項で、第一義的な責任を家庭は果たすことというようなことが記載されておりますが、今、父親がなかなか帰ってこれない現状では、そのような働き方を見直し、父親も家庭に早く帰してほしいというふうに感じております。
以上、この少子化社会対策基本法が、先生方の審議の上に早急に成立し、社会的に緊急性を喚起し、あらゆる分野で議論され、次世代を担う子供たちにとっていい環境を提供できるよう、ひいてはすべての生活者にとっても子供のいる社会が明るく展望を持ったものになれるよう希望いたします。まさに、介護保険に続き、子供、家庭支援に対する夜明け前というような期待を持って、審議を見守っていきたいというふうに考えております。
どうもありがとうございました。
佐
米
米津知子#6
○米津参考人 よろしくお願いします。
私は、この法案に反対し、廃止を求める立場からお話をさせていただきます。
その廃止を求める理由を、最初に三つ申し上げます。まず、この法案は、人権を尊重する国際的な流れに逆行しており、女性の基本的人権を侵害するおそれがあります。次に、不妊治療を少子化対策の中に位置づけるべきではないということです。三つ目に、この法案は、人口問題に関する国際的な視点を持っていません。
順番に内容をお話しします。
五月二十八日のこの内閣委員会で、法案を提出された議員の方々が、これは、人口政策として子供を産めと強制する内容ではない、あるいは、本人の自己決定を妨げないというふうに発言しておられました。しかし、そういった文言は、この条文の中には全く書かれていません。むしろ、前文で、少子化に対する危機感を非常に強く書かれた後で、少子化に歯どめをかけるというような文章がございます。
また、法案の外側では、四月に開かれた自民党の少子化問題調査会で、九七年に行われた人口問題審議会の提言、これが、結婚するしない、産む産まないは個人が決める問題だというふうにしたことが非常に問題だという発言がたくさんあったということを報道で知りました。
提案された議員の方たちが幾らこれは個人を制限しないというふうに言われても、その文言がない以上、こういう環境の中にこの法案が成立して機能していけば、やはりこれは女性に産ませるための人口政策として機能するのではないか、そういうことを私は大変心配しています。
人口政策というのは、公の利益が優先されて、その結果、個人の人権が侵害される、制限されるということが基本にあります。そこでは、人間の数をふやしたり減らしたりというだけではなくて、産んでいい人、産んでは困る人、生まれてよい子供、生まれてはよくない子供というふうに、人間を選別する優生政策がついて回ってしまいます。これは、特別な人間に向けられるのではなくて、人口政策というのは国がその国に住む国民に向かってやるものですから、だれもがその対象の中に入るわけです。日本の政策がまさにそのようなものでした。
まず、明治時代に刑法堕胎罪が制定されて、現在もあります。戦前は、産めよふやせよという政策のもとで、避妊の方法を普及することすら非合法でした。日本で初めて女性の国会議員になられた加藤シヅエさんは、まさにその避妊法の普及活動のリーダーでいらしたために弾圧されて、投獄もされています。加藤さんは、もう一昨年に亡くなられたんですが、最晩年まで、この少子化社会対策基本法案がどうなるのかという行方を大変懸念していらしたと聞いています。加藤さんの信念が、女は国のために子供を産むのではないというものだったからだと思います。
戦後になりまして、一九四八年に優生保護法という法律ができて、条件つきで人工妊娠中絶を合法化したんですけれども、これも、母性保護という名目がありましたけれども、人口を急いで減らさなければならないという国策の一環であったことも確かです。
優生保護法は、中絶の合法化と同時に、病気や障害を持つ人に子供を産ませない目的でも機能しました。ハンセン病訴訟でその一端が明らかになっていますが、この法律が定めた優生手術、優生上の理由に基づく不妊手術ですが、これによってたくさんの人が子供を持つことを奪われました。
九六年にこの優生保護法は改正されて、優生条項が削除されて現在の母体保護法になりましたが、そのときにも国は、今述べたような優生保護法のもとでの人権侵害について、広く反省を表明して、国民に対して、障害者に対してもう差別はしないということを明らかにするということをやっていません。そして、被害者に対しての謝罪、補償というのも全く行っていません。過去に同じようなことがあったドイツやスウェーデンやカナダでは、その補償が行われております。
私は、過去のことを言っているのではなくて、過去にあったこのような人権侵害を伴う人口政策が、九六年、九六年まで優生保護法があったわけですから、そんなに最近まであった、そのことについて、このようにこの国はまだ清算していない。公の利益のために個人を侵害してしまう、産むことを奪うというようなことに対して反省をしていない。公と私といいますか、国と個人の利益というものをどういうふうに位置づけるのか、どうやって折り合いをつけるか、そうした議論もほとんど行われていないと思います。そういう中でこの法案が成立するということから、やはりこれは産ませる人口政策になってしまうのではないか、そういう危機感をぬぐうことができないんです。
国際社会は、とても長い時間をかけて性や生殖、人口あるいは人権の問題を考えてきました。女性差別撤廃条約、これは一九七九年にできたものですが、子の数と出産の間隔を決定する権利を女性にも認めました。また、九四年にカイロで開かれた国連の国際人口・開発会議の行動計画では、リプロダクティブヘルス・ライツ、性と生殖に関する健康・権利の重要性が提唱されました。この中で、人口問題を解決するには、国が強権的に頭ごなしに行うのではなくて、妊娠、出産の調節について個々のカップルと個人の意思に選択をゆだねる、そのことが重要であるということが言われ、それが現在の国際社会の共通認識になっています。
日本政府は、法的拘束力を持つこの女性差別撤廃条約を批准しておりますし、カイロ行動計画にも同意していますので、ぜひそのことを思い出していただきたいと思います。
また、国会でも、九五年、九六年、二〇〇〇年に、それぞれ優生保護法、母体保護法の一部改定の際に附帯決議を行って、リプロダクティブヘルス・ライツの推進をうたっています。詳しくは、私の資料の後ろの三ページを見てください。
少子化社会対策基本法案は、少子化の進展に歯どめをかけることに熱心な余り、こうしたことを忘れて逆行してしまうのではないかと心配しておりますので、日本がこのような責任ある決定を下して推進してきたということを思い出していただきたいと思います。
次に、不妊治療を少子化対策に位置づけてはいけないということです。
この法案は、全体に書いてあることがとても抽象的な部分が多いのですが、その中で、不妊治療に関してだけは大変具体的になっています。
しかし、まず、不妊の問題を少子化対策という枠組みの中で扱うことは、まるで不妊の方たちが少子化の原因の一端であるかのような間違った印象を与えます。このことで、不妊に悩む人が傷ついたり、あるいは不妊治療に駆り立てられるのではないかと私は心配しております。不妊当事者の自助グループ、フィンレージの会有志の意見書にも、「なぜ、この項目が少子化社会対策基本法に含まれるのでしょうか。私たちは危惧でいっぱいです。」と書いています。「子どもを持てない人、持たない人にまで無理に子どもを持たせようとするような法律はおかしい」と書かれています。
厚生省やフィンレージの会の調査によっても、不妊治療というものはそれほど有効なものではなく、何度も繰り返し治療を受けた方たちも含めて、三割程度しか実際には子供を得られません。でも、この法案を読んでいると、不妊治療は実際以上に有効であるというような誤解を増幅するように思います。
私は、フィンレージの会の会員でもあります友人から次のメッセージを託されましたので、読み上げます。
不妊治療には身体的なリスクがあります。成功率も決して高いとはいえません。排卵誘発剤の副作用でつらい思いをし、それでもなお「治療をやめることを周囲が許してくれない」という理由で治療を続けている方もいます。そうした中、この法案は、「治療をしてでも子どもをつくったほうがよい」という圧力を強めるのではと考えます。不妊の人への支援は、治療だけではありません。治療を受けない選択、治療をやめる選択、子どものいない人生への支援など幅の広いものであり、子どものいない人がそのままで受け入れられる社会づくりが不可欠です。「治療」のみを突出して法律で扱うことに、私たちは大きな不安を感じます。
というメッセージです。
不妊の人への支援は確かに必要です。でも、それはそれで別にちゃんと設けてほしいと思います。断じて、少子化対策の手段にすることは受け入れられません。このような不妊の問題の扱い方からしても、この法案が、女性に産ませるための法律になるのではないかという強い印象を受けます。
三番目に、この法案が、国際的な視点を持って人口問題を考えていないのではないかということです。
世界的な規模で見ますと、人口問題というのは、いかに増加を抑制するかということです。人口が減るということは、むしろ、食糧や貧困やエネルギーや環境問題、そういった問題を解消する上での重要な、そして不可欠な要因と考えられています。しかし、そのような視点がこの法案にはありません。やはり日本という限られた地域であっても、地球規模の問題に照らして、この国の人口はどうあればいいかということを考える視点があってもいいのではないんでしょうか。そして、人口が少ない国というのを、マイナス面ばかりを強調するのではなく、それを事実として受けとめて、いかにプラス面を引き出すかということも必要だと思います。プラス面もあるではないかということを言っている人口学者もおられると思います。
以上、私がこの法案に反対する理由を申し上げました。
では、国は何もしなくていいと言っているのかというと、そうではありません。やはり、国は国としてすべきことがあると思います。まず、どうしても法律をつくらなければ対策ができないと言われるならば、提出議員が二十八日におっしゃったようなことを、法案の中に、条文の中に明記してほしいと思います。少なくとも次のことは必要だと思いますので、読み上げます。
まず、生殖における個人及びカップルの自己決定を妨げないこと。次に、リプロダクティブヘルス・ライツを尊重すること。それから、育児の責任は女性と男性両方が担うべきものであって、社会がそれを支援すべきということ。それから、国と企業は、男性が育児の責任を果たせるように、また、女性が職業を持ちながら妊娠、出産、育児ができるように、必要な制度整備の責任を負うこと。以上のことを法律の中には書いてほしいと思います。
次に、リプロダクティブヘルス・ライツを確立してほしいと思います。
リプロダクティブヘルス・ライツを確立してほしいというふうに言いますと、産まない選択だけを求めているのかというふうに誤解されることがあるんですが、それは全くの誤解です。女性に対して子供を産めという圧力が強い社会では、産まないという選択が必要だということを大きな声で言わなければならないんですが、本来は、産むことも産まないことも、その選択、そしてそれを実行に移すときに、そのどちらもが支援される、選択が保障されるということを求めているのがリプロダクティブヘルス・ライツです。
今、この国では、未婚で子供を持とうとしたり、障害や病気を持っている人が子供を持とうとすると、決して歓迎されません。それは、非常にその人たちのリプロダクティブヘルス・ライツを侵害していると思いますので、どういう場合でも、子供を持つことに対して、大丈夫だよという支援を私は欲しいと思います。そういう意味でこれを言っております。
当然のことなんですけれども、女性は、子供を産むときだけ大切にされるべきではなくて、生涯にわたってその健康が保障されるべきなんです。この生涯を通してという考え方も、リプロダクティブヘルス・ライツの基本にありまして、厚生労働省も、そちらで、生涯を通じた女性の健康支援事業というのを推進していると思います。ぜひ、その内容を一層充実していただきたいと思うんですが、例えば、どういうことを特にしてほしいと思うかといいますと、若い世代が、性や生殖のこと、そして避妊や感染症、子供を産むことあるいは産まないことに関して相談をしたり、その手段に気軽にアクセスできる相談室あるいは相談所のようなものを全国津々浦々に設けていただきたいということです。このような若い人たちに対する情報提供、教育の場というものがあって初めて、若い世代であろうと年配の人であろうと、責任を持って産むか産まないかの自己決定ができると思うからです。
最後に、子供を持とうとする人の負担を軽減してほしいと思います。
さっき阿藤さんもおっしゃっていましたが、子供を欲しいと思う人はいるのに希望の数だけ産むことができないというのが、現在の日本の現状です。それにもさまざまな理由があるということを阿藤さんがおっしゃっていましたけれども、例えば、さっきも言った、婚姻外の子供に対する差別があるということも大きいと思います。日本は、シングルで子供を産んでいる人が非常に少ない、欧米諸国に比べてもとても少ないんですね。
それから、子供のしつけや教育、健康に関して、親、特に母親の責任が非常に強調されています。その中で、出生前診断の技術が開発されていて、そのことが、病気や障害を持たない健康な子供への志向を強めているように思います。子供を持つことは責任が伴うというのは確かだと思いますが、健康な子供を産んでいい子に育てなければ母親の資格はないと言わんばかりのこうした圧迫感やプレッシャーが、子供を産むことにブレーキをかけ、そして子供を育てることに夢を持てなくさせている要因であると私は思います。
国が行うことは、子供を持たないあるいは持てない人にまで無理に持たせようとすることではなくて、子供を持ちたい人が持てるようにする、その人たちの負担や不安を取り除くことだと思います。それには、まさに、さまざまな差別をなくして、女性の人権を高める、そうした施策を行うということに尽きると思います。子育てと仕事の両立、そういうことがちゃんと確保されている国の方が人口の問題は望ましい方向に向かっているという傾向があるということも参考にしていただきたいと思います。
産みたい人が産める環境をつくるには、国は、このように、やることがたくさんあります。中でも、産もうとする人、生まれてくる子供に条件をつけたり、育て方や家族のありように画一的な価値観を押しつけるのではなく、多様な生き方を認めて、すべての生まれてくる子供と子育てをする親たちを全力で支えるぞという姿勢を私は見せてほしいと思います。
最後に、この法律がもし通ってしまうならば、あるいは少子化社会対策ということが今後も行われていくならば、女性に対して子供を産めという圧力を高め、産まない選択をする女性に対して非難が強まること、産めない女性に対して圧力が増大することがあってはいけないということを強く訴えたいと思います。
以上です。拍手
この発言だけを見る →私は、この法案に反対し、廃止を求める立場からお話をさせていただきます。
その廃止を求める理由を、最初に三つ申し上げます。まず、この法案は、人権を尊重する国際的な流れに逆行しており、女性の基本的人権を侵害するおそれがあります。次に、不妊治療を少子化対策の中に位置づけるべきではないということです。三つ目に、この法案は、人口問題に関する国際的な視点を持っていません。
順番に内容をお話しします。
五月二十八日のこの内閣委員会で、法案を提出された議員の方々が、これは、人口政策として子供を産めと強制する内容ではない、あるいは、本人の自己決定を妨げないというふうに発言しておられました。しかし、そういった文言は、この条文の中には全く書かれていません。むしろ、前文で、少子化に対する危機感を非常に強く書かれた後で、少子化に歯どめをかけるというような文章がございます。
また、法案の外側では、四月に開かれた自民党の少子化問題調査会で、九七年に行われた人口問題審議会の提言、これが、結婚するしない、産む産まないは個人が決める問題だというふうにしたことが非常に問題だという発言がたくさんあったということを報道で知りました。
提案された議員の方たちが幾らこれは個人を制限しないというふうに言われても、その文言がない以上、こういう環境の中にこの法案が成立して機能していけば、やはりこれは女性に産ませるための人口政策として機能するのではないか、そういうことを私は大変心配しています。
人口政策というのは、公の利益が優先されて、その結果、個人の人権が侵害される、制限されるということが基本にあります。そこでは、人間の数をふやしたり減らしたりというだけではなくて、産んでいい人、産んでは困る人、生まれてよい子供、生まれてはよくない子供というふうに、人間を選別する優生政策がついて回ってしまいます。これは、特別な人間に向けられるのではなくて、人口政策というのは国がその国に住む国民に向かってやるものですから、だれもがその対象の中に入るわけです。日本の政策がまさにそのようなものでした。
まず、明治時代に刑法堕胎罪が制定されて、現在もあります。戦前は、産めよふやせよという政策のもとで、避妊の方法を普及することすら非合法でした。日本で初めて女性の国会議員になられた加藤シヅエさんは、まさにその避妊法の普及活動のリーダーでいらしたために弾圧されて、投獄もされています。加藤さんは、もう一昨年に亡くなられたんですが、最晩年まで、この少子化社会対策基本法案がどうなるのかという行方を大変懸念していらしたと聞いています。加藤さんの信念が、女は国のために子供を産むのではないというものだったからだと思います。
戦後になりまして、一九四八年に優生保護法という法律ができて、条件つきで人工妊娠中絶を合法化したんですけれども、これも、母性保護という名目がありましたけれども、人口を急いで減らさなければならないという国策の一環であったことも確かです。
優生保護法は、中絶の合法化と同時に、病気や障害を持つ人に子供を産ませない目的でも機能しました。ハンセン病訴訟でその一端が明らかになっていますが、この法律が定めた優生手術、優生上の理由に基づく不妊手術ですが、これによってたくさんの人が子供を持つことを奪われました。
九六年にこの優生保護法は改正されて、優生条項が削除されて現在の母体保護法になりましたが、そのときにも国は、今述べたような優生保護法のもとでの人権侵害について、広く反省を表明して、国民に対して、障害者に対してもう差別はしないということを明らかにするということをやっていません。そして、被害者に対しての謝罪、補償というのも全く行っていません。過去に同じようなことがあったドイツやスウェーデンやカナダでは、その補償が行われております。
私は、過去のことを言っているのではなくて、過去にあったこのような人権侵害を伴う人口政策が、九六年、九六年まで優生保護法があったわけですから、そんなに最近まであった、そのことについて、このようにこの国はまだ清算していない。公の利益のために個人を侵害してしまう、産むことを奪うというようなことに対して反省をしていない。公と私といいますか、国と個人の利益というものをどういうふうに位置づけるのか、どうやって折り合いをつけるか、そうした議論もほとんど行われていないと思います。そういう中でこの法案が成立するということから、やはりこれは産ませる人口政策になってしまうのではないか、そういう危機感をぬぐうことができないんです。
国際社会は、とても長い時間をかけて性や生殖、人口あるいは人権の問題を考えてきました。女性差別撤廃条約、これは一九七九年にできたものですが、子の数と出産の間隔を決定する権利を女性にも認めました。また、九四年にカイロで開かれた国連の国際人口・開発会議の行動計画では、リプロダクティブヘルス・ライツ、性と生殖に関する健康・権利の重要性が提唱されました。この中で、人口問題を解決するには、国が強権的に頭ごなしに行うのではなくて、妊娠、出産の調節について個々のカップルと個人の意思に選択をゆだねる、そのことが重要であるということが言われ、それが現在の国際社会の共通認識になっています。
日本政府は、法的拘束力を持つこの女性差別撤廃条約を批准しておりますし、カイロ行動計画にも同意していますので、ぜひそのことを思い出していただきたいと思います。
また、国会でも、九五年、九六年、二〇〇〇年に、それぞれ優生保護法、母体保護法の一部改定の際に附帯決議を行って、リプロダクティブヘルス・ライツの推進をうたっています。詳しくは、私の資料の後ろの三ページを見てください。
少子化社会対策基本法案は、少子化の進展に歯どめをかけることに熱心な余り、こうしたことを忘れて逆行してしまうのではないかと心配しておりますので、日本がこのような責任ある決定を下して推進してきたということを思い出していただきたいと思います。
次に、不妊治療を少子化対策に位置づけてはいけないということです。
この法案は、全体に書いてあることがとても抽象的な部分が多いのですが、その中で、不妊治療に関してだけは大変具体的になっています。
しかし、まず、不妊の問題を少子化対策という枠組みの中で扱うことは、まるで不妊の方たちが少子化の原因の一端であるかのような間違った印象を与えます。このことで、不妊に悩む人が傷ついたり、あるいは不妊治療に駆り立てられるのではないかと私は心配しております。不妊当事者の自助グループ、フィンレージの会有志の意見書にも、「なぜ、この項目が少子化社会対策基本法に含まれるのでしょうか。私たちは危惧でいっぱいです。」と書いています。「子どもを持てない人、持たない人にまで無理に子どもを持たせようとするような法律はおかしい」と書かれています。
厚生省やフィンレージの会の調査によっても、不妊治療というものはそれほど有効なものではなく、何度も繰り返し治療を受けた方たちも含めて、三割程度しか実際には子供を得られません。でも、この法案を読んでいると、不妊治療は実際以上に有効であるというような誤解を増幅するように思います。
私は、フィンレージの会の会員でもあります友人から次のメッセージを託されましたので、読み上げます。
不妊治療には身体的なリスクがあります。成功率も決して高いとはいえません。排卵誘発剤の副作用でつらい思いをし、それでもなお「治療をやめることを周囲が許してくれない」という理由で治療を続けている方もいます。そうした中、この法案は、「治療をしてでも子どもをつくったほうがよい」という圧力を強めるのではと考えます。不妊の人への支援は、治療だけではありません。治療を受けない選択、治療をやめる選択、子どものいない人生への支援など幅の広いものであり、子どものいない人がそのままで受け入れられる社会づくりが不可欠です。「治療」のみを突出して法律で扱うことに、私たちは大きな不安を感じます。
というメッセージです。
不妊の人への支援は確かに必要です。でも、それはそれで別にちゃんと設けてほしいと思います。断じて、少子化対策の手段にすることは受け入れられません。このような不妊の問題の扱い方からしても、この法案が、女性に産ませるための法律になるのではないかという強い印象を受けます。
三番目に、この法案が、国際的な視点を持って人口問題を考えていないのではないかということです。
世界的な規模で見ますと、人口問題というのは、いかに増加を抑制するかということです。人口が減るということは、むしろ、食糧や貧困やエネルギーや環境問題、そういった問題を解消する上での重要な、そして不可欠な要因と考えられています。しかし、そのような視点がこの法案にはありません。やはり日本という限られた地域であっても、地球規模の問題に照らして、この国の人口はどうあればいいかということを考える視点があってもいいのではないんでしょうか。そして、人口が少ない国というのを、マイナス面ばかりを強調するのではなく、それを事実として受けとめて、いかにプラス面を引き出すかということも必要だと思います。プラス面もあるではないかということを言っている人口学者もおられると思います。
以上、私がこの法案に反対する理由を申し上げました。
では、国は何もしなくていいと言っているのかというと、そうではありません。やはり、国は国としてすべきことがあると思います。まず、どうしても法律をつくらなければ対策ができないと言われるならば、提出議員が二十八日におっしゃったようなことを、法案の中に、条文の中に明記してほしいと思います。少なくとも次のことは必要だと思いますので、読み上げます。
まず、生殖における個人及びカップルの自己決定を妨げないこと。次に、リプロダクティブヘルス・ライツを尊重すること。それから、育児の責任は女性と男性両方が担うべきものであって、社会がそれを支援すべきということ。それから、国と企業は、男性が育児の責任を果たせるように、また、女性が職業を持ちながら妊娠、出産、育児ができるように、必要な制度整備の責任を負うこと。以上のことを法律の中には書いてほしいと思います。
次に、リプロダクティブヘルス・ライツを確立してほしいと思います。
リプロダクティブヘルス・ライツを確立してほしいというふうに言いますと、産まない選択だけを求めているのかというふうに誤解されることがあるんですが、それは全くの誤解です。女性に対して子供を産めという圧力が強い社会では、産まないという選択が必要だということを大きな声で言わなければならないんですが、本来は、産むことも産まないことも、その選択、そしてそれを実行に移すときに、そのどちらもが支援される、選択が保障されるということを求めているのがリプロダクティブヘルス・ライツです。
今、この国では、未婚で子供を持とうとしたり、障害や病気を持っている人が子供を持とうとすると、決して歓迎されません。それは、非常にその人たちのリプロダクティブヘルス・ライツを侵害していると思いますので、どういう場合でも、子供を持つことに対して、大丈夫だよという支援を私は欲しいと思います。そういう意味でこれを言っております。
当然のことなんですけれども、女性は、子供を産むときだけ大切にされるべきではなくて、生涯にわたってその健康が保障されるべきなんです。この生涯を通してという考え方も、リプロダクティブヘルス・ライツの基本にありまして、厚生労働省も、そちらで、生涯を通じた女性の健康支援事業というのを推進していると思います。ぜひ、その内容を一層充実していただきたいと思うんですが、例えば、どういうことを特にしてほしいと思うかといいますと、若い世代が、性や生殖のこと、そして避妊や感染症、子供を産むことあるいは産まないことに関して相談をしたり、その手段に気軽にアクセスできる相談室あるいは相談所のようなものを全国津々浦々に設けていただきたいということです。このような若い人たちに対する情報提供、教育の場というものがあって初めて、若い世代であろうと年配の人であろうと、責任を持って産むか産まないかの自己決定ができると思うからです。
最後に、子供を持とうとする人の負担を軽減してほしいと思います。
さっき阿藤さんもおっしゃっていましたが、子供を欲しいと思う人はいるのに希望の数だけ産むことができないというのが、現在の日本の現状です。それにもさまざまな理由があるということを阿藤さんがおっしゃっていましたけれども、例えば、さっきも言った、婚姻外の子供に対する差別があるということも大きいと思います。日本は、シングルで子供を産んでいる人が非常に少ない、欧米諸国に比べてもとても少ないんですね。
それから、子供のしつけや教育、健康に関して、親、特に母親の責任が非常に強調されています。その中で、出生前診断の技術が開発されていて、そのことが、病気や障害を持たない健康な子供への志向を強めているように思います。子供を持つことは責任が伴うというのは確かだと思いますが、健康な子供を産んでいい子に育てなければ母親の資格はないと言わんばかりのこうした圧迫感やプレッシャーが、子供を産むことにブレーキをかけ、そして子供を育てることに夢を持てなくさせている要因であると私は思います。
国が行うことは、子供を持たないあるいは持てない人にまで無理に持たせようとすることではなくて、子供を持ちたい人が持てるようにする、その人たちの負担や不安を取り除くことだと思います。それには、まさに、さまざまな差別をなくして、女性の人権を高める、そうした施策を行うということに尽きると思います。子育てと仕事の両立、そういうことがちゃんと確保されている国の方が人口の問題は望ましい方向に向かっているという傾向があるということも参考にしていただきたいと思います。
産みたい人が産める環境をつくるには、国は、このように、やることがたくさんあります。中でも、産もうとする人、生まれてくる子供に条件をつけたり、育て方や家族のありように画一的な価値観を押しつけるのではなく、多様な生き方を認めて、すべての生まれてくる子供と子育てをする親たちを全力で支えるぞという姿勢を私は見せてほしいと思います。
最後に、この法律がもし通ってしまうならば、あるいは少子化社会対策ということが今後も行われていくならば、女性に対して子供を産めという圧力を高め、産まない選択をする女性に対して非難が強まること、産めない女性に対して圧力が増大することがあってはいけないということを強く訴えたいと思います。
以上です。拍手
佐
金
金澄道子#8
○金澄参考人 私は、日本弁護士連合会の中の両性の平等に関する委員会の副委員長をしております金澄です。きょうはどうぞよろしくお願いいたします。
両性の平等に関する委員会とは、女性に関係する問題についての専門委員会です。お手元に、私どもの委員会が中心となって作成し、日弁連が二〇〇一年に公表いたしました本法案に対する意見書と、本年五月に出しました日弁連会長の声明をお渡ししております。重複してお持ちの先生方もいらっしゃるかもしれませんが、再度目を通していただければ幸いです。
私は、本日、基本的には、本法案が大幅な修正が必要であるという観点から意見を述べさせていただきます。
それでは、本日お配りした要旨に従って、本法案の条文を基本に意見を述べさせていただきます。
まず第一に、本法案は、妊娠、出産に関する女性の自己決定権を尊重するという基本的な視点に欠けております。
少子化に対する対策は、女性が子供を産むようにするということに尽きるわけですから、基本的に人口政策になりかねない危険性を持っております。妊娠、出産は、女性の最もプライバシーにかかわる問題であり、また女性の生き方の選択にかかわる問題ですから、そこに国が何らかの影響を与えようとする施策を講じることは、もともと非常に危険な側面があることは否定できません。それでも少子化対策として何らかの施策をとるということであれば、その内容が女性の自己決定や女性の選択を尊重し、それを損なってはならないということが大前提になってまいります。したがって、本法案の中にもこの前提が基本理念として明確に記載される必要がございます。
このような視点は、少子化に対する議論を行った人口問題審議会でも明確に述べられております。すなわち、平成九年十月の報告書によりますと、「妊娠、出産に関する個人の自己決定権を制約してはならないことはもとより、男女を問わず、個人の生き方の多様性を損ねるような対応はとられるべきではない、ということが基本的前提である。」というように述べられております。国際的にも、一九九四年の国際人口・開発会議、いわゆるカイロ会議ですけれども、ここにおいて、人口問題は女性の選択が基本であり、女性の選択をサポートすることの重要性というものがるる述べられております。
このように、妊娠、出産についての女性の自己決定を尊重することが国際的な流れであり、既に国際社会の中でも確立された考え方です。したがって、本法案中の施策の基本理念の中に、女性の自己決定権の尊重が大前提となっているということを明記するとともに、少子化社会に対する対策が女性の自己決定権、特に結婚、妊娠、出産というライフスタイルの選択を損なってはならないということを明記していただきたいと思います。
次に、二点目です。少子化対策の施策は社会環境の整備を中心に講じるということを、施策の基本理念の中にきちんと書き入れていただきたいというふうに思います。
本法案の前文、二条の基本理念、六条の国民の責務の三カ所に「家庭や子育てに夢を持ち、」という文言が入っております。このことは、提出の先生方が、国民の結婚観や価値観の変化が少子化の原因であり、少子化対策のためには国民に対して家庭や子育てに対する意識の変革を求めているようにも読み取れます。
しかし、さきにも触れました人口問題審議会の報告書では、少子化の背景を、個人の生き方の多様化、女性の社会進出とそれを阻む固定的な男女の役割分業や雇用慣行であるというふうに分析しております。つまり、個人の生き方、価値観の多様化と並んで、仕事と子育てや家庭の両立が困難な社会環境が原因であるというふうにも言えるわけです。
前者の個人の生き方、価値観の多様化は避けられませんし、個人の自己決定に対してそもそも国は関与することができないのですから、国が行うべき少子化対策としては、必然的に後者の、性別役割分業と雇用慣行を解消すべきなどという、仕事と子育てや家庭の両立に向けての社会環境の整備ということに尽きることになります。平成十年十月三十日の少子化への対応を考える有識者会議働き方分科会の報告書というのがございますが、その中でも、政府や社会が少子化への対応にかかわる際の基本姿勢は環境整備であるというように明記されております。
実際、諸外国を見ましても、いわゆるパパクオータ制、父親割り当て制というふうに日本語では訳されると思いますけれども、男性にも育児休暇をとることを推し進めたスウェーデンを初めとした北欧や、女性の就業率が高く夫の家事分担が多い国、すなわちいずれも男女共同参画社会の形成が進んでいる国と言えるかと思いますが、そのような国ほど出生率が回復してきている、出生率が高くなってきているということがわかっております。
したがって、少子化対策の施策としては、男女ともに仕事も家庭も両立させるという男女共同参画社会に向けての社会環境の整備にあるということを、二条の基本理念に明確に入れていただきたいと考えております。
三点目です。今の二点目とも若干関係をいたしますけれども、六条の国民の責務の中に「家庭や子育てに夢を持ち、」というふうに規定した部分がございますが、この部分については削除すべきであるというふうに考えております。
この責務は、結婚、妊娠、出産というライフスタイルに対する国民の価値観、生き方に対して、一定の考え方、価値観を持つことを一律に国民の責務とするものでして、国民の自己決定権を尊重するという考え方には相反しております。さらに、国民の内心に踏み込む可能性もありまして、憲法十三条の個人の尊重、十九条に定める思想信条の自由に反する可能性もございます。
さらに、結婚して子供のいる家庭という一つの家族像を理想とすることを政府が強調するものでして、一九八九年の国連総会で採択された国際家族年宣言、政府は、家庭にかかわる施策の遂行において、唯一の理想的な家族像の追求を避けるべきであるという精神にも反するものになります。
したがって、国民の責務の中から「家庭や子育てに夢を持ち、」の部分は削除すべきであると考えております。
次に、条文としては若干さかのぼりますけれども、二条についてです。二条には、「父母その他の保護者が子育てについての第一義的責任を有する」との文言が入っております。もちろん、子育ての責任が第一次的に両親にあることは当然です。しかし、何度も触れておりますとおり、人口問題審議会の報告書の中に、育児の負担感、仕事との両立の負担感が少子化の要因として挙げられていることからすれば、親の責任を書くばかりでは親の負担感を増すだけで、逆効果です。
したがって、親の責務の規定に加えて、親の負担を軽減するための環境整備という観点からの国の責任も重要になってまいります。例えば、労働時間、残業時間の規制を初めとする労働環境の整備、経済的負担を補う児童手当、教育費の負担軽減のための奨学金制度、そのようなものがいろいろ考えられます。
したがって、子育てについて国が個人を援助する、子育ての環境を整備するなどの方法により、国にも子育ての責任があるということを明記すべきです。このような規定の仕方は、我が国が批准しております子どもの権利に関する条約第十八条二項にもありますので、本法案においても、少なくとも、同条約の規定程度には明確に国の責任を条項に入れていただきたいというふうに考えております。
五点目です。十七条には、国民に対する教育及び啓発の内容として、生命の尊厳や子育てにおいて家庭が果たす役割というものが入っております。生命の尊厳については、前文でも「生命を尊び、」という文言が入っております。生命が重要であること自体には何ら異論はございませんけれども、生命の尊厳を強調するということは、母体保護法改正論議の際に、経済的理由による中絶条項の削除を主張する方々が根拠として使われたものです。人口政策と微妙な関係にある少子化対策の中でこの言葉を使うことは、女性の出産についての自己決定権を否定する方向につながりかねない懸念がございます。
また、子育てにおいて家庭の果たす役割を特に教育、啓発の内容として掲げることは、少子化の原因が仕事と家事、育児の両立の困難性や子育ての負担感にあることからすれば、育児の責任を家庭の内部に押しとどめようとするようにも読み取れる文言でして、少子化対策としては逆方向と言わざるを得ません。
六点目として、基本法の規定の仕方として均衡を失していると思われる幼稚園と不妊治療について述べます。
十一条二項において幼稚園の果たす役割が特に一項を設けて強調されておりますけれども、少子化の要因が仕事と家事、育児の両立の困難性にあることからすれば、幼稚園よりも、待機児童が多い保育園や学童保育の充実こそ強調されるべきです。さらに、十三条二項で規定している不妊治療に対する施策は、女性の出産に対する自己決定権に微妙な影響を与える問題であり、正常出産に対する健康保険の適用もない現段階においては、時期尚早であると言わざるを得ません。幅広い国民的議論を待った上で、慎重な審議が必要であると考えております。
最後に、第五条、十条に「子どもを生み育てる者が充実した職業生活を営みつつ豊かな家庭生活を享受することができるよう、」という文言がありまして、十二条にも「子どもを生み育てる者」という文言がございます。これは、女性のみを指すものではなく、当然男性をも含むものであるということを明らかにしていただきたいと思います。
「生み育てる」と一言でなっておりますが、男性も子供を育てることについては主体的になっていただいて、仕事と家庭の両立を図ることが男性でも可能にならない限り、女性の子育ての負担感、仕事と子育ての両立は図ることができません。女性のみならず、男性の仕事と家庭の両立を可能とする施策が求められております。それこそが男女共同参画社会の実現に向けての施策となり、ひいては少子化対策の施策の方向となるものです。
以上、このようにるる申し上げましたけれども、本法案については、基本的理念のところに欠けている視点があると言わざるを得ません。その点については、これまでの審議の中で当然の前提であるということが何度か繰り返されてきておりますが、当然の前提であれば、それをきちんと入れていただくということが基本であるというふうに考えております。
以上です。拍手
この発言だけを見る →両性の平等に関する委員会とは、女性に関係する問題についての専門委員会です。お手元に、私どもの委員会が中心となって作成し、日弁連が二〇〇一年に公表いたしました本法案に対する意見書と、本年五月に出しました日弁連会長の声明をお渡ししております。重複してお持ちの先生方もいらっしゃるかもしれませんが、再度目を通していただければ幸いです。
私は、本日、基本的には、本法案が大幅な修正が必要であるという観点から意見を述べさせていただきます。
それでは、本日お配りした要旨に従って、本法案の条文を基本に意見を述べさせていただきます。
まず第一に、本法案は、妊娠、出産に関する女性の自己決定権を尊重するという基本的な視点に欠けております。
少子化に対する対策は、女性が子供を産むようにするということに尽きるわけですから、基本的に人口政策になりかねない危険性を持っております。妊娠、出産は、女性の最もプライバシーにかかわる問題であり、また女性の生き方の選択にかかわる問題ですから、そこに国が何らかの影響を与えようとする施策を講じることは、もともと非常に危険な側面があることは否定できません。それでも少子化対策として何らかの施策をとるということであれば、その内容が女性の自己決定や女性の選択を尊重し、それを損なってはならないということが大前提になってまいります。したがって、本法案の中にもこの前提が基本理念として明確に記載される必要がございます。
このような視点は、少子化に対する議論を行った人口問題審議会でも明確に述べられております。すなわち、平成九年十月の報告書によりますと、「妊娠、出産に関する個人の自己決定権を制約してはならないことはもとより、男女を問わず、個人の生き方の多様性を損ねるような対応はとられるべきではない、ということが基本的前提である。」というように述べられております。国際的にも、一九九四年の国際人口・開発会議、いわゆるカイロ会議ですけれども、ここにおいて、人口問題は女性の選択が基本であり、女性の選択をサポートすることの重要性というものがるる述べられております。
このように、妊娠、出産についての女性の自己決定を尊重することが国際的な流れであり、既に国際社会の中でも確立された考え方です。したがって、本法案中の施策の基本理念の中に、女性の自己決定権の尊重が大前提となっているということを明記するとともに、少子化社会に対する対策が女性の自己決定権、特に結婚、妊娠、出産というライフスタイルの選択を損なってはならないということを明記していただきたいと思います。
次に、二点目です。少子化対策の施策は社会環境の整備を中心に講じるということを、施策の基本理念の中にきちんと書き入れていただきたいというふうに思います。
本法案の前文、二条の基本理念、六条の国民の責務の三カ所に「家庭や子育てに夢を持ち、」という文言が入っております。このことは、提出の先生方が、国民の結婚観や価値観の変化が少子化の原因であり、少子化対策のためには国民に対して家庭や子育てに対する意識の変革を求めているようにも読み取れます。
しかし、さきにも触れました人口問題審議会の報告書では、少子化の背景を、個人の生き方の多様化、女性の社会進出とそれを阻む固定的な男女の役割分業や雇用慣行であるというふうに分析しております。つまり、個人の生き方、価値観の多様化と並んで、仕事と子育てや家庭の両立が困難な社会環境が原因であるというふうにも言えるわけです。
前者の個人の生き方、価値観の多様化は避けられませんし、個人の自己決定に対してそもそも国は関与することができないのですから、国が行うべき少子化対策としては、必然的に後者の、性別役割分業と雇用慣行を解消すべきなどという、仕事と子育てや家庭の両立に向けての社会環境の整備ということに尽きることになります。平成十年十月三十日の少子化への対応を考える有識者会議働き方分科会の報告書というのがございますが、その中でも、政府や社会が少子化への対応にかかわる際の基本姿勢は環境整備であるというように明記されております。
実際、諸外国を見ましても、いわゆるパパクオータ制、父親割り当て制というふうに日本語では訳されると思いますけれども、男性にも育児休暇をとることを推し進めたスウェーデンを初めとした北欧や、女性の就業率が高く夫の家事分担が多い国、すなわちいずれも男女共同参画社会の形成が進んでいる国と言えるかと思いますが、そのような国ほど出生率が回復してきている、出生率が高くなってきているということがわかっております。
したがって、少子化対策の施策としては、男女ともに仕事も家庭も両立させるという男女共同参画社会に向けての社会環境の整備にあるということを、二条の基本理念に明確に入れていただきたいと考えております。
三点目です。今の二点目とも若干関係をいたしますけれども、六条の国民の責務の中に「家庭や子育てに夢を持ち、」というふうに規定した部分がございますが、この部分については削除すべきであるというふうに考えております。
この責務は、結婚、妊娠、出産というライフスタイルに対する国民の価値観、生き方に対して、一定の考え方、価値観を持つことを一律に国民の責務とするものでして、国民の自己決定権を尊重するという考え方には相反しております。さらに、国民の内心に踏み込む可能性もありまして、憲法十三条の個人の尊重、十九条に定める思想信条の自由に反する可能性もございます。
さらに、結婚して子供のいる家庭という一つの家族像を理想とすることを政府が強調するものでして、一九八九年の国連総会で採択された国際家族年宣言、政府は、家庭にかかわる施策の遂行において、唯一の理想的な家族像の追求を避けるべきであるという精神にも反するものになります。
したがって、国民の責務の中から「家庭や子育てに夢を持ち、」の部分は削除すべきであると考えております。
次に、条文としては若干さかのぼりますけれども、二条についてです。二条には、「父母その他の保護者が子育てについての第一義的責任を有する」との文言が入っております。もちろん、子育ての責任が第一次的に両親にあることは当然です。しかし、何度も触れておりますとおり、人口問題審議会の報告書の中に、育児の負担感、仕事との両立の負担感が少子化の要因として挙げられていることからすれば、親の責任を書くばかりでは親の負担感を増すだけで、逆効果です。
したがって、親の責務の規定に加えて、親の負担を軽減するための環境整備という観点からの国の責任も重要になってまいります。例えば、労働時間、残業時間の規制を初めとする労働環境の整備、経済的負担を補う児童手当、教育費の負担軽減のための奨学金制度、そのようなものがいろいろ考えられます。
したがって、子育てについて国が個人を援助する、子育ての環境を整備するなどの方法により、国にも子育ての責任があるということを明記すべきです。このような規定の仕方は、我が国が批准しております子どもの権利に関する条約第十八条二項にもありますので、本法案においても、少なくとも、同条約の規定程度には明確に国の責任を条項に入れていただきたいというふうに考えております。
五点目です。十七条には、国民に対する教育及び啓発の内容として、生命の尊厳や子育てにおいて家庭が果たす役割というものが入っております。生命の尊厳については、前文でも「生命を尊び、」という文言が入っております。生命が重要であること自体には何ら異論はございませんけれども、生命の尊厳を強調するということは、母体保護法改正論議の際に、経済的理由による中絶条項の削除を主張する方々が根拠として使われたものです。人口政策と微妙な関係にある少子化対策の中でこの言葉を使うことは、女性の出産についての自己決定権を否定する方向につながりかねない懸念がございます。
また、子育てにおいて家庭の果たす役割を特に教育、啓発の内容として掲げることは、少子化の原因が仕事と家事、育児の両立の困難性や子育ての負担感にあることからすれば、育児の責任を家庭の内部に押しとどめようとするようにも読み取れる文言でして、少子化対策としては逆方向と言わざるを得ません。
六点目として、基本法の規定の仕方として均衡を失していると思われる幼稚園と不妊治療について述べます。
十一条二項において幼稚園の果たす役割が特に一項を設けて強調されておりますけれども、少子化の要因が仕事と家事、育児の両立の困難性にあることからすれば、幼稚園よりも、待機児童が多い保育園や学童保育の充実こそ強調されるべきです。さらに、十三条二項で規定している不妊治療に対する施策は、女性の出産に対する自己決定権に微妙な影響を与える問題であり、正常出産に対する健康保険の適用もない現段階においては、時期尚早であると言わざるを得ません。幅広い国民的議論を待った上で、慎重な審議が必要であると考えております。
最後に、第五条、十条に「子どもを生み育てる者が充実した職業生活を営みつつ豊かな家庭生活を享受することができるよう、」という文言がありまして、十二条にも「子どもを生み育てる者」という文言がございます。これは、女性のみを指すものではなく、当然男性をも含むものであるということを明らかにしていただきたいと思います。
「生み育てる」と一言でなっておりますが、男性も子供を育てることについては主体的になっていただいて、仕事と家庭の両立を図ることが男性でも可能にならない限り、女性の子育ての負担感、仕事と子育ての両立は図ることができません。女性のみならず、男性の仕事と家庭の両立を可能とする施策が求められております。それこそが男女共同参画社会の実現に向けての施策となり、ひいては少子化対策の施策の方向となるものです。
以上、このようにるる申し上げましたけれども、本法案については、基本的理念のところに欠けている視点があると言わざるを得ません。その点については、これまでの審議の中で当然の前提であるということが何度か繰り返されてきておりますが、当然の前提であれば、それをきちんと入れていただくということが基本であるというふうに考えております。
以上です。拍手
佐
佐
奥
奥山茂彦#11
○奥山委員 私は、自由民主党を代表いたしまして、本日、四人の参考人の先生方、本当に御苦労さまでございます。ひとつよろしくお願いを申し上げたいと思います。
そして私は、質問の内容から、阿藤参考人とそれから奥山参考人に主として質問させていただきたいと思いますが、よろしくお願いを申し上げたいと思います。
近年、我が国は、少子化傾向がとみに速くなっておりまして、このスピードはまさにもう世界で最速の状態になっておるのではないかと思います。国の将来に重大な危機感まで持たざるを得ないというようなことで、我が党といたしましても、森総理を中心にしながら、もう大臣経験者初め元総理大臣まで全部入れまして、党内でこの論議をきっちりとやっていこうということで、現在スタートさせているわけであります。
そこで、安心して子供を産み、安心して子育てができる、そんな社会を目指していくということは当然であるわけでありますけれども、ただ、阿藤参考人がおっしゃったように、子育てのしにくい社会に現実には今我が国もなっておるということは、あらゆる論議を重ねましても我々は非常に強く感じてきたわけであります。
そういったことで、このたび少子化対策基本法というものを取りまとめたわけであります。その施策を推進する立場から、我々は、おおむね五点のことで取りまとめてまいりました。
一つは、各分野ごとに各省庁で講じられてきた子育て支援策が、これまで政府側ではばらばらに行われてきたわけでありますので、対策全般にわたって基本的な理念を定めて、社会全体のあり方にかかわる改革を総合的に推進しなければならないかと思います。
さらにまた、二番目として、国家として重要政策の多くは基本法で制定されておって、二十数本の基本法がこれまで制定されてきたわけであります。本法案によって、改めて少子化への対応が国の重要施策として認知されて取り組まれる必要があるんじゃないかと思います。
さらにまた、三番目として、これまではどちらかというと、政府は、高齢社会対策基本法の制定や高齢者対策に手厚い社会保障制度などに重点を置いてきたわけであります。しかしながら、子育てが非常に重要な問題であるということによって本基本法を制定することによって、またバランスのとれた少子高齢化社会というものができていくのではないかと思います。
さらにまた、四点目といたしまして、国、地方の公共団体の責務のみならず、事業主や国民の責務を定めた上で各施策の基本的な方向を定めて、少子化等の問題が個人の問題だけではなくして社会全体の問題として広く認識されて、多くの子供の子育ちへの理解と関心を高める必要があるんじゃないかと思います。
さらにまた、五点目といたしまして、内閣総理大臣を長とする少子化社会対策会議というものが設置され、各省庁が適切な役割分担のもとで、各種施策の重複を避けながら効果的な対策の推進を図る必要があるんじゃないかと思います。
五点挙げましたこの点につきまして、阿藤参考人と奥山参考人から、どのように評価をされるかということをお尋ね申し上げたいと思います。
この発言だけを見る →そして私は、質問の内容から、阿藤参考人とそれから奥山参考人に主として質問させていただきたいと思いますが、よろしくお願いを申し上げたいと思います。
近年、我が国は、少子化傾向がとみに速くなっておりまして、このスピードはまさにもう世界で最速の状態になっておるのではないかと思います。国の将来に重大な危機感まで持たざるを得ないというようなことで、我が党といたしましても、森総理を中心にしながら、もう大臣経験者初め元総理大臣まで全部入れまして、党内でこの論議をきっちりとやっていこうということで、現在スタートさせているわけであります。
そこで、安心して子供を産み、安心して子育てができる、そんな社会を目指していくということは当然であるわけでありますけれども、ただ、阿藤参考人がおっしゃったように、子育てのしにくい社会に現実には今我が国もなっておるということは、あらゆる論議を重ねましても我々は非常に強く感じてきたわけであります。
そういったことで、このたび少子化対策基本法というものを取りまとめたわけであります。その施策を推進する立場から、我々は、おおむね五点のことで取りまとめてまいりました。
一つは、各分野ごとに各省庁で講じられてきた子育て支援策が、これまで政府側ではばらばらに行われてきたわけでありますので、対策全般にわたって基本的な理念を定めて、社会全体のあり方にかかわる改革を総合的に推進しなければならないかと思います。
さらにまた、二番目として、国家として重要政策の多くは基本法で制定されておって、二十数本の基本法がこれまで制定されてきたわけであります。本法案によって、改めて少子化への対応が国の重要施策として認知されて取り組まれる必要があるんじゃないかと思います。
さらにまた、三番目として、これまではどちらかというと、政府は、高齢社会対策基本法の制定や高齢者対策に手厚い社会保障制度などに重点を置いてきたわけであります。しかしながら、子育てが非常に重要な問題であるということによって本基本法を制定することによって、またバランスのとれた少子高齢化社会というものができていくのではないかと思います。
さらにまた、四点目といたしまして、国、地方の公共団体の責務のみならず、事業主や国民の責務を定めた上で各施策の基本的な方向を定めて、少子化等の問題が個人の問題だけではなくして社会全体の問題として広く認識されて、多くの子供の子育ちへの理解と関心を高める必要があるんじゃないかと思います。
さらにまた、五点目といたしまして、内閣総理大臣を長とする少子化社会対策会議というものが設置され、各省庁が適切な役割分担のもとで、各種施策の重複を避けながら効果的な対策の推進を図る必要があるんじゃないかと思います。
五点挙げましたこの点につきまして、阿藤参考人と奥山参考人から、どのように評価をされるかということをお尋ね申し上げたいと思います。
阿
阿藤誠#12
○阿藤参考人 今の御質問にお答えします。
今の御質問の五点でございますが、これは、私自身が先ほど陳述させていただいたこととほぼ重なることでございまして、基本的にそれぞれ納得のいく視点だというふうに思います。
一つは、一・五七ショック、一九九〇年ですが、それ以来散発的にと申しますか、各省庁、特に厚生労働を中心としてばらばらに施策が進められてきたわけでございますけれども、なかなか総合的視点といいますか、そういうことがはっきり目に見えてこないという点でも、これはぜひそういう基本法をもって全省庁、全施策がこれにかかわってくるということが目に見えるような形にひとつぜひしていただきたいというふうに思います。
それから、基本法でございますが、これは私の知るところでも、例えば男女共同参画社会基本法とか、あるいは高齢社会対策基本法とか、私の関心を持つ分野でもそういうものがございまして、それによって逆に国家的な取り組みが進むというふうに理解しております。この点も、やはり全体的にそういう視点が強まり、施策が強力に進められる一つの機縁になればというふうに私自身は感じております。
三点目の、高齢者あるいは高齢化対策と少子化対策と申しますか少子社会対策の関係は、これは私申し上げたところでございますけれども、私自身、今厚生労働省の社会保障審議会の委員でもございまして、二十数名の委員の中でさまざまな議論がございます。どうしても議論が高齢者の医療、年金、福祉と介護、そういう分野に偏りがちでありまして、どうも子供、子育て、家庭を代弁する声が弱い、そういうことを常々感じておりまして、私自身あるいは二、三人の方が一生懸命声を出してそういった推進をお願いする、そういうことでございます。ということで、この点でも私の認識は同様でございます。
それから、第四点目の国、地方等でございますが、これはやはりいろいろなレベルで認識を深めていく、そして総合的な施策を進めるという点でも大変重要だというふうに思います。
それから、最後の、総理を代表とする少子化対策会議というものが設けられる。これもまた、おっしゃるとおり、強力な施策を進める上で大変重要だというふうに思っております。
この発言だけを見る →今の御質問の五点でございますが、これは、私自身が先ほど陳述させていただいたこととほぼ重なることでございまして、基本的にそれぞれ納得のいく視点だというふうに思います。
一つは、一・五七ショック、一九九〇年ですが、それ以来散発的にと申しますか、各省庁、特に厚生労働を中心としてばらばらに施策が進められてきたわけでございますけれども、なかなか総合的視点といいますか、そういうことがはっきり目に見えてこないという点でも、これはぜひそういう基本法をもって全省庁、全施策がこれにかかわってくるということが目に見えるような形にひとつぜひしていただきたいというふうに思います。
それから、基本法でございますが、これは私の知るところでも、例えば男女共同参画社会基本法とか、あるいは高齢社会対策基本法とか、私の関心を持つ分野でもそういうものがございまして、それによって逆に国家的な取り組みが進むというふうに理解しております。この点も、やはり全体的にそういう視点が強まり、施策が強力に進められる一つの機縁になればというふうに私自身は感じております。
三点目の、高齢者あるいは高齢化対策と少子化対策と申しますか少子社会対策の関係は、これは私申し上げたところでございますけれども、私自身、今厚生労働省の社会保障審議会の委員でもございまして、二十数名の委員の中でさまざまな議論がございます。どうしても議論が高齢者の医療、年金、福祉と介護、そういう分野に偏りがちでありまして、どうも子供、子育て、家庭を代弁する声が弱い、そういうことを常々感じておりまして、私自身あるいは二、三人の方が一生懸命声を出してそういった推進をお願いする、そういうことでございます。ということで、この点でも私の認識は同様でございます。
それから、第四点目の国、地方等でございますが、これはやはりいろいろなレベルで認識を深めていく、そして総合的な施策を進めるという点でも大変重要だというふうに思います。
それから、最後の、総理を代表とする少子化対策会議というものが設けられる。これもまた、おっしゃるとおり、強力な施策を進める上で大変重要だというふうに思っております。
奥
奥山千鶴子#13
○奥山参考人 それでは、五点、大体まとめてお話をさせていただきたいんですけれども、現在、もう子育てをするのが非常に大変な地域社会になっているということをやはり申し上げたいと思います。
例えば、地域福祉計画を策定しようといっても、地域の社会福祉協議会は高齢者、障害者が中心であって、子育ての委員会すらないというような状況があります。この状況でどうやって子育ての協議会をつくっていこう、計画をつくっていこうとするのでしょうか。やはりこれだけ転出入の多い、若い世代が流動化している中で、地域に発言力を持っていくというのはなかなか厳しいです。
また、私たちは、子育て支援のいろいろな分野を調査しますと、保健センターでは保健センターの子育て支援があり、それから生涯学習の方では生涯学習の方で子育て支援、母親クラブ支援があり、保育所、幼稚園、それぞればらばらにやっております。また、市役所についてもそれぞれ担当部局が分かれております。私たちはどこに何をお話ししたら総合的に子育てのことを考えていただけるのか。本当にたらい回し状態なんですね。
普通のお母さんは、もうあきらめてしまいます。もう小学校に子供が入ったらいいや、あきらめちゃいます。それで、次に子供が生まれた人たちに、頑張ってね、私も苦労してきたのよと。そうやって順番順番に送ってきたのが、ツケが回ってきたんじゃないでしょうか。
私たちはNPO法人をつくりまして、自分も大変だったけれども、これから子供を産みたい、産もうと思う人たちに何が支援できるかということを行政の人たちと一緒に考えていきたいと思って、ネットワークをつくっています。それにはぜひ、法的な根拠なり、全体としてこういった方針があるんだよと国が姿勢を見せていただかないと、周りが動かないです。
特に、企業も、こういう雇用情勢ですから、働けるものなら残業をさせたいと思うでしょう、三十代のお父さんたち。ぜひ子育てに必要な時期にやはり父親がいなければ、子供たち、やはり父の役割、母の役割ということもあるでしょう。地域の役割ということもあるでしょう。そういった全体的な見通しというものを法的につくっていただかないと、もうこれ以上やはり待てないんじゃないかというのが、少子化社会を考える懇談会の意見でした。もう分析はいい、これからは行動じゃないかというような、そういう話になった。私たち自身も、もう本当に待てないなというふうな感想でございます。
以上です。
この発言だけを見る →例えば、地域福祉計画を策定しようといっても、地域の社会福祉協議会は高齢者、障害者が中心であって、子育ての委員会すらないというような状況があります。この状況でどうやって子育ての協議会をつくっていこう、計画をつくっていこうとするのでしょうか。やはりこれだけ転出入の多い、若い世代が流動化している中で、地域に発言力を持っていくというのはなかなか厳しいです。
また、私たちは、子育て支援のいろいろな分野を調査しますと、保健センターでは保健センターの子育て支援があり、それから生涯学習の方では生涯学習の方で子育て支援、母親クラブ支援があり、保育所、幼稚園、それぞればらばらにやっております。また、市役所についてもそれぞれ担当部局が分かれております。私たちはどこに何をお話ししたら総合的に子育てのことを考えていただけるのか。本当にたらい回し状態なんですね。
普通のお母さんは、もうあきらめてしまいます。もう小学校に子供が入ったらいいや、あきらめちゃいます。それで、次に子供が生まれた人たちに、頑張ってね、私も苦労してきたのよと。そうやって順番順番に送ってきたのが、ツケが回ってきたんじゃないでしょうか。
私たちはNPO法人をつくりまして、自分も大変だったけれども、これから子供を産みたい、産もうと思う人たちに何が支援できるかということを行政の人たちと一緒に考えていきたいと思って、ネットワークをつくっています。それにはぜひ、法的な根拠なり、全体としてこういった方針があるんだよと国が姿勢を見せていただかないと、周りが動かないです。
特に、企業も、こういう雇用情勢ですから、働けるものなら残業をさせたいと思うでしょう、三十代のお父さんたち。ぜひ子育てに必要な時期にやはり父親がいなければ、子供たち、やはり父の役割、母の役割ということもあるでしょう。地域の役割ということもあるでしょう。そういった全体的な見通しというものを法的につくっていただかないと、もうこれ以上やはり待てないんじゃないかというのが、少子化社会を考える懇談会の意見でした。もう分析はいい、これからは行動じゃないかというような、そういう話になった。私たち自身も、もう本当に待てないなというふうな感想でございます。
以上です。
奥
奥山茂彦#14
○奥山委員 ありがとうございました。
恐れ入りますが、時間が余りありませんのでちょっとかいつまんで申し上げますので、ひとつよろしくお願いします。
本委員会でずっと論議がなされてきたわけでありますけれども、一部から、法案はやはり修正すべき、またきょうの先生方の話でも意見がかなり割れておるわけであります。今度の法案をまとめるに当たって、超党派の議員連盟ということで議員から出されたということで、最大公約数をとるという形でまとめられたわけであります。なおかつ、そこで修正をするということに対して、我々は、いかがかなと思いながら聞いておったわけであります。
次に、女性の自己決定権ということで、結婚をするしない、子供を産む産まないを決定する権利というものの視点が欠如しているという話がありました。本来、このような話というものは、憲法で保障をされているものでありますから、わざわざここに改めて記する必要があることは少し問題ではないかと思います。
特に、また「家庭や子育てに夢を持ち、」という言葉が非常に問題視されているわけであります。本基本法の第六条の規定は、国民に家庭や子育てに夢を持つことを押しつけるもの、あるいは家庭や子育てに夢を持つという一定の価値観を押しつけるというような主張があるわけであります。
そこで、「生命を尊び、」そして「生命の尊厳」という文言は、これは中絶の権利を奪うというもので削除すべきという主張が先ほどからもあったように思います。生命が尊重されるべきということは、人間社会として当然でありますので、これをわざわざうたわなければならないということに我々は少し疑問を感じているわけであります。
ちょっともう少し続けますと、児童虐待やいじめというものが非常に深刻になっている中において、なおさら「家庭や子育てに夢を持ち、」という言葉が生きてくるんじゃないかと私は思います。
さらに、不妊の問題が強調され過ぎているという主張もありました。しかし、子供を持ちたいにもかかわらず子供に恵まれない人にとっては、これは非常に切実な問題であります。こういったことに関して、やはり情報の提供や相談あるいは研究等の対策は、当然行われなければならないと思います。
決して強調され過ぎているようには思えないわけでありますけれども、こういった点につきまして、不妊に悩んでおられる多くの方々の意向も我々は酌んでいただきたい、こういうことで、奥山参考人にお尋ねをしたいと思います。
この発言だけを見る →恐れ入りますが、時間が余りありませんのでちょっとかいつまんで申し上げますので、ひとつよろしくお願いします。
本委員会でずっと論議がなされてきたわけでありますけれども、一部から、法案はやはり修正すべき、またきょうの先生方の話でも意見がかなり割れておるわけであります。今度の法案をまとめるに当たって、超党派の議員連盟ということで議員から出されたということで、最大公約数をとるという形でまとめられたわけであります。なおかつ、そこで修正をするということに対して、我々は、いかがかなと思いながら聞いておったわけであります。
次に、女性の自己決定権ということで、結婚をするしない、子供を産む産まないを決定する権利というものの視点が欠如しているという話がありました。本来、このような話というものは、憲法で保障をされているものでありますから、わざわざここに改めて記する必要があることは少し問題ではないかと思います。
特に、また「家庭や子育てに夢を持ち、」という言葉が非常に問題視されているわけであります。本基本法の第六条の規定は、国民に家庭や子育てに夢を持つことを押しつけるもの、あるいは家庭や子育てに夢を持つという一定の価値観を押しつけるというような主張があるわけであります。
そこで、「生命を尊び、」そして「生命の尊厳」という文言は、これは中絶の権利を奪うというもので削除すべきという主張が先ほどからもあったように思います。生命が尊重されるべきということは、人間社会として当然でありますので、これをわざわざうたわなければならないということに我々は少し疑問を感じているわけであります。
ちょっともう少し続けますと、児童虐待やいじめというものが非常に深刻になっている中において、なおさら「家庭や子育てに夢を持ち、」という言葉が生きてくるんじゃないかと私は思います。
さらに、不妊の問題が強調され過ぎているという主張もありました。しかし、子供を持ちたいにもかかわらず子供に恵まれない人にとっては、これは非常に切実な問題であります。こういったことに関して、やはり情報の提供や相談あるいは研究等の対策は、当然行われなければならないと思います。
決して強調され過ぎているようには思えないわけでありますけれども、こういった点につきまして、不妊に悩んでおられる多くの方々の意向も我々は酌んでいただきたい、こういうことで、奥山参考人にお尋ねをしたいと思います。
奥
奥山千鶴子#15
○奥山参考人 まず最初に、「家庭や子育てに夢を持ち、」というところなんですけれども、もちろん、こういったことを強制するということではないのではないかなと思います。先ほども環境という言葉が大分出てきたと思います、社会環境を整えるということに決して反するものではないんじゃないか、そういったものに夢を持てる環境を整備するという理解でよろしいんじゃないかなというふうに思います。
なかなか家庭のことというのは、別に学校で教わるわけでもないですし、それこそ私たちNPO法人として、地域でその辺を三世代でどんなふうに次の世代に伝えていくのか。お母さんたちが地域でどんなふうに活動しているのかという、背中を見せていくじゃないですけれども、そうやってはぐくんでいくような、そういう地域社会をつくっていきたいというふうに思っております。
それから、「生命を尊び、」のところなんですが、このことから優生保護だとかいろいろな問題に波及するのかどうかというのは、私も、どのように読むかということについては専門家の皆さんにお任せしたいというふうには思いますけれども、やはり子供を産む、それから自分自身、父親自身も母親自身も自分の体を大切にするというような、そういった観点からも、この「生命を尊び、」ということは非常に重要でありますし、赤ちゃんが生まれる、その周り、取り巻く人たちに与える影響というのは非常に大きなものであると思います。やはり赤ちゃんが生まれるということを慈しむ社会というのも必要なんじゃないか。もちろん、それに、強制をするものではないし、中絶の自由ということも保障されなければいけない、その前提であります。
また、不妊のことでございますが、いろいろなケースがあるんだろうというふうに思いますけれども、不妊というか、子供を産むということを強制されるのではないかという懸念がある一方で、やはりどうしてもお子さんは欲しいという方たちもいるということなんだろうというふうに思っております。確かに、今現在、その治療費等も大分かかっているというお話もありますし、欲しいという方についての規定であれば問題がないのかなという気もいたします。
以上です。
この発言だけを見る →なかなか家庭のことというのは、別に学校で教わるわけでもないですし、それこそ私たちNPO法人として、地域でその辺を三世代でどんなふうに次の世代に伝えていくのか。お母さんたちが地域でどんなふうに活動しているのかという、背中を見せていくじゃないですけれども、そうやってはぐくんでいくような、そういう地域社会をつくっていきたいというふうに思っております。
それから、「生命を尊び、」のところなんですが、このことから優生保護だとかいろいろな問題に波及するのかどうかというのは、私も、どのように読むかということについては専門家の皆さんにお任せしたいというふうには思いますけれども、やはり子供を産む、それから自分自身、父親自身も母親自身も自分の体を大切にするというような、そういった観点からも、この「生命を尊び、」ということは非常に重要でありますし、赤ちゃんが生まれる、その周り、取り巻く人たちに与える影響というのは非常に大きなものであると思います。やはり赤ちゃんが生まれるということを慈しむ社会というのも必要なんじゃないか。もちろん、それに、強制をするものではないし、中絶の自由ということも保障されなければいけない、その前提であります。
また、不妊のことでございますが、いろいろなケースがあるんだろうというふうに思いますけれども、不妊というか、子供を産むということを強制されるのではないかという懸念がある一方で、やはりどうしてもお子さんは欲しいという方たちもいるということなんだろうというふうに思っております。確かに、今現在、その治療費等も大分かかっているというお話もありますし、欲しいという方についての規定であれば問題がないのかなという気もいたします。
以上です。
奥
奥山茂彦#16
○奥山委員 ありがとうございました。
阿藤参考人にお尋ねをしたいのですけれども、「生命を尊び、」及び「生命の尊厳」という文言ですね。これは中絶の権利を奪うことにならないか、そういう問いかけがこれまでからあったわけであります。カイロの国際人口・開発会議の行動計画に沿ったものにすべきとの主張がなされているわけであります。
こういった点が一点と、それからもう一つは、いわゆるカイロの行動計画の中で、リプロダクティブヘルス・ライツですか、この部分に係る概要、そして、行動計画においては女性の中絶についてどのように記載がされてきたのか、阿藤参考人に最後にお尋ねをしたいと思います。
この発言だけを見る →阿藤参考人にお尋ねをしたいのですけれども、「生命を尊び、」及び「生命の尊厳」という文言ですね。これは中絶の権利を奪うことにならないか、そういう問いかけがこれまでからあったわけであります。カイロの国際人口・開発会議の行動計画に沿ったものにすべきとの主張がなされているわけであります。
こういった点が一点と、それからもう一つは、いわゆるカイロの行動計画の中で、リプロダクティブヘルス・ライツですか、この部分に係る概要、そして、行動計画においては女性の中絶についてどのように記載がされてきたのか、阿藤参考人に最後にお尋ねをしたいと思います。
阿
阿藤誠#17
○阿藤参考人 なかなか簡単に一口で、短い時間で御説明するのは難しいと思いますが、カイロ会議の行動計画そのものは、先ほどもどなたかからお話がありましたように、従来の行動計画に比べて、いわば女性の地位向上を人口問題の解決のかぎと見るという点、それから、家族計画を含む人々のリプロダクティブヘルス・ライツの実現を通じて人口の安定化を達成する、これは特に世界の人口の問題ですけれども、そういう立場をとっております。
そのかぎになるリプロダクティブヘルス・ライツでございますが、あるいはリプロダクティブヘルス・ケアを含めて、一種のセット概念というふうに考えられると思います。リプロダクティブライツは、言うまでもなく、すべてのカップルと個人、主体はそうなっておりますが、自分たちの子供の数、出産間隔、そして出産する時期を責任を持って自由に決定できることというのが最初にございまして、そのための情報と手段を得ることができる、これは出生調節の手段でございますが、そういう基本的権利を持つ。
それから三番目に、性に関する健康及びリプロヘルスを得る権利、こういうことから成るというふうに書いてございまして、この権利を行使するに当たっては、現在と将来生まれてくる子供のニーズ、それから、コミュニティーに対する責任を考慮に入れるべきということもつけ加えられております。ですから、リプロライツの中にもう既にリプロヘルスの概念がそこに入り込んでいる、そういう関係です。
リプロダクティブヘルスの方でございますが、簡略化しますと、人間の生殖システム、これは人間の再生産のシステムでございますが、それについて、身体的、精神的、社会的に完全な良好状態にあることという意味合いで使われております。同時に、それは、人々が安全で満ち足りた性生活を営むことができ、生殖能力を持ち、子供を産むか産まないか、いつ産むか、何人産むかを決める自由を持つことを意味する。ですから、この点でも、リプロヘルスの方にリプロライツの概念が入っている、そういう関係でございます。
そして同時に、リプロダクティブヘルス・ケアという概念がございまして、そのヘルスを高めるためのケアとしてどういうものが入っているかというと、家族計画、それから出産にかかわるケア、特に母子保健ですね。それから、不妊の予防と治療。四番目に、法に反しない中絶の安全性、中絶の防止、中絶の影響への対策、性感染症への対応、性リプロヘルス、親の責任に関する情報、教育サービスといったものが含まれている、そういう関係でございます。
それから、中絶は、大変議論になったわけでございますが、行動計画における中絶に対する基本的な立場というのは、まずは適切な家族計画がリプロダクティブヘルスの一環であり、同時に、妊娠中絶が健康に与える影響を踏まえて、「いかなる場合も、妊娠中絶を家族計画の手段として奨励すべきでない。」、そういう一項が入っておりまして、すべての政府等において家族計画の普及を通じて妊娠中絶への依存を軽減するということが強く求められる、こういう形になっております。
その他、中絶に関しまして幾つかのことがございますけれども、特に「妊娠中絶に関わる施策の決定またはその変更は、国の法的手順に従い、国または地方レベルでのみ行うことができる。」、つまり、国際社会の圧力で決まるものではない、そういうふうなことが記してございます。
この発言だけを見る →そのかぎになるリプロダクティブヘルス・ライツでございますが、あるいはリプロダクティブヘルス・ケアを含めて、一種のセット概念というふうに考えられると思います。リプロダクティブライツは、言うまでもなく、すべてのカップルと個人、主体はそうなっておりますが、自分たちの子供の数、出産間隔、そして出産する時期を責任を持って自由に決定できることというのが最初にございまして、そのための情報と手段を得ることができる、これは出生調節の手段でございますが、そういう基本的権利を持つ。
それから三番目に、性に関する健康及びリプロヘルスを得る権利、こういうことから成るというふうに書いてございまして、この権利を行使するに当たっては、現在と将来生まれてくる子供のニーズ、それから、コミュニティーに対する責任を考慮に入れるべきということもつけ加えられております。ですから、リプロライツの中にもう既にリプロヘルスの概念がそこに入り込んでいる、そういう関係です。
リプロダクティブヘルスの方でございますが、簡略化しますと、人間の生殖システム、これは人間の再生産のシステムでございますが、それについて、身体的、精神的、社会的に完全な良好状態にあることという意味合いで使われております。同時に、それは、人々が安全で満ち足りた性生活を営むことができ、生殖能力を持ち、子供を産むか産まないか、いつ産むか、何人産むかを決める自由を持つことを意味する。ですから、この点でも、リプロヘルスの方にリプロライツの概念が入っている、そういう関係でございます。
そして同時に、リプロダクティブヘルス・ケアという概念がございまして、そのヘルスを高めるためのケアとしてどういうものが入っているかというと、家族計画、それから出産にかかわるケア、特に母子保健ですね。それから、不妊の予防と治療。四番目に、法に反しない中絶の安全性、中絶の防止、中絶の影響への対策、性感染症への対応、性リプロヘルス、親の責任に関する情報、教育サービスといったものが含まれている、そういう関係でございます。
それから、中絶は、大変議論になったわけでございますが、行動計画における中絶に対する基本的な立場というのは、まずは適切な家族計画がリプロダクティブヘルスの一環であり、同時に、妊娠中絶が健康に与える影響を踏まえて、「いかなる場合も、妊娠中絶を家族計画の手段として奨励すべきでない。」、そういう一項が入っておりまして、すべての政府等において家族計画の普及を通じて妊娠中絶への依存を軽減するということが強く求められる、こういう形になっております。
その他、中絶に関しまして幾つかのことがございますけれども、特に「妊娠中絶に関わる施策の決定またはその変更は、国の法的手順に従い、国または地方レベルでのみ行うことができる。」、つまり、国際社会の圧力で決まるものではない、そういうふうなことが記してございます。
奥
佐
小
小宮山洋子#20
○小宮山委員 民主党の小宮山洋子でございます。四人の参考人の皆様には、それぞれのお立場からの御意見、ありがとうございました。
民主党といたしましては、今回の法案、超党派の議員立法なんですが、そういう形で党の議員が法案を提出することは妨げない、ただし、この内容については懸念材料が多いので修正をするということをたびたび確認をしてきております。その立場から伺わせていただきたいと思います。
最初に、四人の参考人の方に手短にお答えいただきたいのですが、私は前回の質問のときにも、この基本法、枠組み法というのは、これをつくったから何かが具体的にすぐ実行されるということではなくて、そういう雰囲気をつくるとか、枠組みをあくまでつくるものなので、今や少子化の問題というのは、これだけ当事者の方が懸念をしている材料が含まれているということも含めまして、基本法をつくるというレベルではなくて、個別の職場でのこと、あるいは、子育ての経済的な支援、保育の問題など、個別法で対応する時期に来ているのではないかと思っているのですが、四人の方に手短に、その点についてまず伺いたいと思います。
この発言だけを見る →民主党といたしましては、今回の法案、超党派の議員立法なんですが、そういう形で党の議員が法案を提出することは妨げない、ただし、この内容については懸念材料が多いので修正をするということをたびたび確認をしてきております。その立場から伺わせていただきたいと思います。
最初に、四人の参考人の方に手短にお答えいただきたいのですが、私は前回の質問のときにも、この基本法、枠組み法というのは、これをつくったから何かが具体的にすぐ実行されるということではなくて、そういう雰囲気をつくるとか、枠組みをあくまでつくるものなので、今や少子化の問題というのは、これだけ当事者の方が懸念をしている材料が含まれているということも含めまして、基本法をつくるというレベルではなくて、個別の職場でのこと、あるいは、子育ての経済的な支援、保育の問題など、個別法で対応する時期に来ているのではないかと思っているのですが、四人の方に手短に、その点についてまず伺いたいと思います。
阿
阿藤誠#21
○阿藤参考人 先ほど私の方からお話ししましたように、確かに日本では個別の施策としてこの十何年間、少子化にかかわる政策が進められておりますけれども、国際比較的に見て、非常に、端的に言えば予算の出し方が少ないということがございます。それは先ほどのデータに示されたとおりでございまして、実際に出生率も高い、そして女性の労働力率も高い国というのは、北欧諸国、フランス語圏諸国、それから英語圏の国でありますが、特にその中で北欧諸国とフランス語圏諸国は、そういう意味で、子育ての経済支援も大変強い、そして両立支援も強いという……(小宮山委員「短く」と呼ぶ)はい、そういう関係でございますので、その点で、基本法ができれば、この点でもっともっと予算的にも強化されやすい、そういう環境がつくられるんじゃないかというふうに思っております。
この発言だけを見る →奥
奥山千鶴子#22
○奥山参考人 同じように、やはり、少子化社会を考える懇談会でも、一つ一つの法案では対応できないんじゃないかというようなお話が出ました。例えば、バリアフリーという言葉でも、高齢者とか障害者については出てくるのですが、子供たちが乗っているベビーカーというものをなかなか枠に入れてもらえないとか、全体としてのそういった基本法があって初めて目にとめていただけるということもあるのかなと思います。
この発言だけを見る →金
金澄道子#23
○金澄参考人 おっしゃるとおり、労働法、育休法、児童手当法、さまざまな法律が少子化には関係してくるかと思いますけれども、それらの法律がそれぞれ子育て支援についての環境がきちんと整備できるようになれば、特に全体としての一括基本法というのは要らないとは考えております。
ただ、このような法案がない限り雰囲気がつくれないというような考え方であるのであれば、特段基本法をつくることには反対いたしませんけれども、基本的理念をきちんと入れていただきたい、その視点が一番大切であると考えております。
この発言だけを見る →ただ、このような法案がない限り雰囲気がつくれないというような考え方であるのであれば、特段基本法をつくることには反対いたしませんけれども、基本的理念をきちんと入れていただきたい、その視点が一番大切であると考えております。
米
米津知子#24
○米津参考人 まず、個別法がしっかりしていなければ、基本法があっても意味がないと思います。基本法に抽象的な理念が書いてあることがどのように解釈されるか、そこが非常に難しいので、そこでまず人権が侵害されないということがしっかり書いてあることが基本ですが、さらに個別法の中で具体的なことがしっかりあるということで、初めて有効性があると思います。
この発言だけを見る →小
小宮山洋子#25
○小宮山委員 懸念材料は、中から拾えば切りがないのですけれども、例えば少子化に歯どめをかけるというふうに前文でなっています。これはやはり上から何かをすることによって歯どめをかける、人口政策になるという懸念を招いている一つでありまして、私も、高齢者に比べて支援が少ない子供にしっかり焦点を当てるということは多くの皆さんが賛成されると思うのですけれども、それはあくまでも子供を持ちたいと望む人が生み育てやすいということを支援するのであって、その結果出生率が上がって歯どめがかかるということなんじゃないか。
そのように、細部にわたって、やはりどうしても人口政策の対象に、これだけ非常にデリケートな個人の自由に関するものに国がどこまで関与するべきかということについて、懸念が多くの女性やグループから寄せられているというのが現状だと思っています。
それで、基本法をつくるとした場合に、先ほどから御指摘がありますけれども、この点だけはぜひ変えてほしいということを、金澄参考人と米津参考人に重ねて伺いたいと思います。
この発言だけを見る →そのように、細部にわたって、やはりどうしても人口政策の対象に、これだけ非常にデリケートな個人の自由に関するものに国がどこまで関与するべきかということについて、懸念が多くの女性やグループから寄せられているというのが現状だと思っています。
それで、基本法をつくるとした場合に、先ほどから御指摘がありますけれども、この点だけはぜひ変えてほしいということを、金澄参考人と米津参考人に重ねて伺いたいと思います。
金
金澄道子#26
○金澄参考人 先ほどもお話を申し上げましたけれども、一点目としては、女性の自己決定権を全く損なうつもりがないということをきちんと入れていただきたい。それが法案の大前提であるというふうに考えております。
二点目については、少子化対策は社会環境の整備に尽きる。社会環境を整備すれば、子育てが楽しいもの、負担なものではないよという環境が整備できれば、そこに流れていく人もいるわけでして、その選択の自由を損なわない、そのための環境を整備する、そこの点が一番入れていただきたい点です。
以上です。
この発言だけを見る →二点目については、少子化対策は社会環境の整備に尽きる。社会環境を整備すれば、子育てが楽しいもの、負担なものではないよという環境が整備できれば、そこに流れていく人もいるわけでして、その選択の自由を損なわない、そのための環境を整備する、そこの点が一番入れていただきたい点です。
以上です。
米
米津知子#27
○米津参考人 私が入れていただきたいと思っていることは、さっき四つ読み上げました。つまり、生殖における個人及びカップルの自己決定を妨げない、これを必ず入れていただきたい。リプロダクティブヘルス・ライツを尊重すること。育児の責任が女性と男性両方にあり、社会が支援すること。国と企業は、男性が育児の責任を果たせるように、女性が職業と育児が両立するように必要な制度をつくる責任を負うということ。この法案がどういう社会に置かれるかということを、つまり、言葉でこの社会に不足しているものを補っていくということが必要だろうと思います。
この発言だけを見る →小
小宮山洋子#28
○小宮山委員 今、金澄参考人、米津参考人が言われたことは、この法案で懸念を持っている人たちにその懸念を払拭するために必要なことだと私も思いますが、阿藤参考人、奥山参考人は、今のような点が基本法に入ることについては御意見はどうですか。入っては困るということがあるのかどうか伺いたいと思います。
この発言だけを見る →阿
阿藤誠#29
○阿藤参考人 もちろん、結婚や出産ということが個人並びにカップルの自由であるというのは、基本的に当然のことでございます。そして、この議論というのは、一・五七ショック以来、さまざまな場で議論もされ、そして、ある意味では人々の間に浸透し、一種の、社会的に広い意味でのコンセンサスといいますか、そういうものができているように思います。
私は、これが多くの立場の方の、超党派で議論されて、最大公約数的に法律ができたというふうに聞いております。そういう意味において、その法案の文面について一つ一つ言うことはなかなか難しいのでございますが、基本的には、この法案がそういったものを侵害するということはないんじゃないかな、そういうふうに考えておるところでございます。
この発言だけを見る →私は、これが多くの立場の方の、超党派で議論されて、最大公約数的に法律ができたというふうに聞いております。そういう意味において、その法案の文面について一つ一つ言うことはなかなか難しいのでございますが、基本的には、この法案がそういったものを侵害するということはないんじゃないかな、そういうふうに考えておるところでございます。