八代英太の発言 (本会議)

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○八代英太君 ただいま、綿貫議長から、院議をもって国会議員として二十五年の永年在職表彰を賜りました。まことに光栄に存じます。(拍手)
 今日まで支えてくださった全国の皆さん、東京北区、足立区、東京第十二選挙区の皆さん、そして、この議場においでのすべての議員の皆様に、心から感謝を申し上げます。ありがとうございました。(拍手)
 思い起こしますと、ちょうど三十年前のこの六月、この時期、この時間に、私は、舞台から五メートル、奈落に転落いたしまして、背骨を折り、脊髄損傷となって、私の車いすの第二の人生が始まりました。
 「水はさわってみなければ、その冷たさがわからない」と申しますが、当事者になって初めて、車いすの目線から社会参加してわかりましたことは、私たちの町や社会が健康な人を標準にしてつくられているということでありました。障害を持つということは、日々の生活が大変不便になる、いや、自分一人ではとても生きられないという、そういう実感でございました。
 それ以来、全国の施設や、障害を持った仲間たちを訪ね、一緒に考え、語り合い、行動しながら、障害者問題に取り組み始めました。
 そのころ、ともに汗を流した多くの仲間たちが、死に急ぎではなく、生き急ぎをして、若くして天に召されていったことを思いますと、障害者問題、福祉の問題は、十年、二十年先のことではなく、今年から来年、いや、今日から明日の問題ばかりで、何よりも優先して解決への道を探ることの大切さを痛感させられました。
 今でこそ、バリアフリー、ノーマライゼーションなどと、当たり前の言葉として使われておりますが、当時は、欧米の福祉先進国に何とか早く追いつきたい、追い越したいという羨望の心を持った日々でありました。
 あれから二十五年、先輩の皆々様の御協力で、日本の福祉も、進んだ部分は欧米福祉先進国とほぼ肩を並べ始めていることを思いますと、この間の日本の福祉政策は、厳しい財政状況の中にあっても大きく前進したと感じております。(拍手)
 一九七七年、昭和五十二年に参議院に初当選をさせていただきましてからの三期十八年は、混沌とした国政、波乱に満ちた政治状況でありましたが、私は、一貫して福祉をライフワークとしての日々でありました。
 平成八年、衆議院は小選挙区制度となり、東京第十二選挙区の北区、足立区の皆さんから、力強く衆議院へと送っていただきまして、はや七年が過ぎようとしております。
 この七年も、日本の経済を取り巻く環境は波乱と混沌の中にあって、中小零細企業がひしめく地元の皆さんの悲痛な声を直接伺いながら、暮らしのすべてが政治であることを思い、ますます政治の大切さ、政治の責任を肌で感じております。
 また、衆議院にあっては、まだまだ私は駆け出しの議員ではございますが、引き続き議員各位の御指導と御鞭撻を賜りながら、この節目を新たな始まりとして精進したいと思っております。(拍手)
 私の好きな言葉に、「太陽は誰の上にも照らす」という言葉がございます。
 「太陽は誰の上にも照らす」まさしく、太陽は富める人にも貧しい人にも、歩ける人にも歩けない人にも、目の見える人にも見えない人にも、満遍なく、暖かいぬくもりの光を与えてくれます。
 政治も、太陽のようなぬくもりを誰の上にも照らすようでありたいと願っております。(拍手)
  永年の誉れの朝の清しくて
 本日、永年在職の朝を迎えての、私のつたない一句でございます。
 明日から清々しく、元気いっぱい、初心に返って頑張りたいと思います。
 常在戦場の政治の坂道ではありますが、しっかりと登っていきたいと思っております。
 どうぞ、今後ともよろしくお願い申し上げまして、感謝、御礼の言葉といたします。ありがとうございました。(拍手)
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 日程第一 地方独立行政法人法案(内閣提出)
 日程第二 地方独立行政法人法の施行に伴う関係法律の整備等に関する法律案(内閣提出)

発言情報

speech_id: 115605254X03820030605_005

発言者: 八代英太

speaker_id: 6556

日付: 2003-06-05

院: 衆議院

会議名: 本会議