長谷川聰哲の発言 (予算委員会公聴会)

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○長谷川公述人 おはようございます。中央大学の長谷川でございます。
 予算委員会の場で皆様に発言する機会を与えていただき、感謝しております。
 国際経済と産業構造を研究するエコノミストの立場から、我が国が置かれている国際経済の環境の中で、産業構造の変化、将来のあるべき姿について、政府がどのようにかかわらなければいけないかを、中長期的視野の中でお話しさせていただきます。
 経済政策としての構造改革とは、規制によってゆがみを持っている評価基準を市場の評価基準に引き戻すこと、その結果として、産業間の価値のウエートを変化させていくことではないかと考えております。そうした構造転換が進む過程で旧来の分野から解き放たれる資源は、直ちに社会的に望ましい分野で利用されずに、ある部分遊休設備となり、ある部分失業などの痛みが生じます。
 私たちの経済は、長期にわたり各国は同じような産業構造の変化を経験してまいりました。今日の先進工業国の産業構造は、G7諸国の就業人口に占める部門別雇用の割合を見ても、またGDPに占める部門別生産高の割合を見ても、サービス産業に既に七割近くの労働が投入され、国民経済の七割近くがサービス産業による付加価値によって成り立っていることが知られています。製造業のウエートは三割弱にまで縮小し、農業のウエートは雇用比率で四%弱、GDP比率で二%弱となっています。
 我が国の二〇〇〇年における農業のGDPに占めるウエートは一・四%、総労働人口に占める農林水産業従事者の比率は五・一%にまで縮小してまいりました。ちなみに、二〇〇〇年時点の農林水産業従事者の労働人口は三百二十六万人という規模になっています。
 戦前戦後の我が国の経済発展の過程で、我が国の産業は、農業から製造業へ、製造業からサービス業へと、その核となる部分は大きな変化を遂げてまいりました。先進工業国は、日本も例外なく、その経済構造はサービス産業に傾斜してきたことがわかります。これらの長期的な産業構造の変化は、既に配付してあります図五・一及び図五・二、及びその下の「戦後の日本の農業」と題した表からおわかりいただけると思います。
 ところで、こうした構造変化が起こってきたと同じ時期に、世界の経済取引は自由貿易への歩みを着実に進めてまいりました。一九四七年以来、ガットそしてWTOは、戦後一貫して、国際貿易における数量規制を禁止し、関税による産業保護を原則的に認める立場をとってまいりました。
 八回を数える多角的貿易交渉の最大の成果は、一九九四年にたどり着いたウルグアイ・ラウンドでの交渉でありました。
 WTOを成立させたこのウルグアイ・ラウンドの交渉は、農業分野における自由貿易への大きな成果を上げることになりました。農業分野における最終合意事項とは、市場アクセスとして、非関税障壁のすべてを関税化すること。そして、ミニマムアクセスとして、一部品目を初年度国内消費量の四%から六年目に八%まで拡大すること。そして、一定水準の輸入量や価格の変化に対して特別セーフガード措置を認め、追加的関税の賦課できる余地を残しました。市場アクセスを前進させたことに加えて、国内助成、輸出補助金に関しても削減していくことの合意が行われたのであります。
 我が国は、米の輸入についてこのミニマムアクセスを前倒しして、関税化を回避する交渉を図りましたが、最終的に、貿易の自由化、関税化が例外分野であった農業の分野でも、ウルグアイ・ラウンドにおいて例外のない関税化の対象とされ、これを受け入れることになりました。従量税で課されることになった米の関税は、従価関税率に評価し直すと約四九〇%の水準になり、国家統制品の大豆などの穀物も一〇〇%を超える水準を示しています。
 WTOの合意を受けての我が国政府は、ウルグアイ・ラウンド農業合意対策要綱を定め、一九九五年から二〇〇〇年までの六年間に、その内訳は、公共事業費の三兆五千五百億円、構造改善事業費八千九百億円から成る合計六兆百億円の対策費を支出してまいりました。
 先進工業国の産業の国際競争力が喪失し、製造業が縮小する原因は、開発途上国からの安い商品が流入する貿易が主因ではないと言われております。
 米国の経済学者ポール・クルーグマンによれば、実質賃金の伸び率の低下は、ほぼすべて国内要因にある、非熟練労働者の実質賃金低下も、貿易の増加に大きく起因しないと述べております。その原因は、国内生産、国内支出に占める製造業の比率の低下していること。第二に、製造業の雇用比率の低下は労働から資本への代替が起こっていること。第三、賃金の停滞は経済全体の生産性の低下していることが原因である。そして第四に、非熟練労働の需要縮小はハイテク経済の特徴であるという説明がなされています。
 日本の場合は、欧米に見られるような、途上国からの輸出攻勢に社会的ダンピングであるという批判を浴びせて、外国からの輸入制限の圧力を行使することはなかったのではないでしょうか。しかし、輸出国に対する輸入国による制裁は、非効率な産業を温存させ、経済構造の転換の促進を損なうことを意味することになります。
 ところが、我が国がこれまで採用してこなかった産業の緊急救済であるセーフガード措置が、二〇〇一年春に突如現実のものとなりました。我が国の農家との輸入品に対する利害の衝突により、中国からの輸入農産物を規制し、国内産業を保護しようとしたセーフガードの暫定措置が発動されました。農林水産省、経済産業省、財務省の三省がセーフガードの発動要件についての検討に当たり、二〇〇一年四月十日、関税引き上げ、緊急輸入制限を閣議了承、二〇〇一年四月十八日、政府は課税方法などを定めた政令を決定いたしました。
 これにより、生ネギは五千三百八十三トンを超えると一キロ当たり二百二十五円、従価税に計算し直しますと、二五五%等価分の関税を賦課することになりました。同じく生シイタケは、二六六%相当分の関税を賦課しました。そして、畳表の場合も、一〇六%相当分の関税を賦課いたしました。暫定措置が半年続いていく過程で、これに対抗する中国政府は、二〇〇一年六月二十二日、日本からの自動車、携帯電話、空調機に対し、報復関税として一〇〇%の特別関税を課す決定をいたしました。
 このように、我が国が農業保護のために価格を支持するセーフガード措置の暫定発動を行い、あわや日中間の貿易戦争かとマスメディアに報じられたことは、まだ私たちにとって記憶に新しい出来事であります。
 WTO、世界貿易機関が多角的な自由化への枠組みを提供し、WTOの多角的通商交渉を通じたグローバリゼーションの動きに対して、一方で、EU、NAFTA、北米自由貿易地域などで知られるリージョナルに市場統合を進めていこうという自由貿易協定を締結し、FTA、自由貿易地域を形成する動きが、一九九〇年代に入ってにわかに活発になってまいりました。昨年初めに、我が国は日本・シンガポール新時代経済連携協定を締結したとはいえ、欧米やアジアにおけるこうした動きは、もっと急速な勢いで進んでいると言えます。
 近年のFTAの特徴は、商品やサービスの関税障壁の撤廃に限定することなく、生産資源の資本、労働、技術などの障壁を取り払っていこうとする特徴を備え、これが国内と地域の経済活性化に寄与するとの認識が広まっています。
 中国は、二〇〇一年七月に、トウカセン外相により、十年以内に二国間協力を基礎にASEANと農業、人材育成、情報通信、投資などの分野で相互協力すると同時に、ASEANプラス3の枠組みでも協力するとの姿勢を打ち出し、昨年、中国・ASEAN自由貿易地域を形成する首脳間の合意を取りつけ、ASEAN市場を取り込んでいく選択を行いました。
 一方で、多角的な自由貿易交渉と、財貨・サービス取引の障壁撤廃や生産要素の移動の自由化、制度の共有化なども視野に入れる近年のFTA形成の潮流の中で、我が国がどのような産業構造を構築していくのか、先を見通した農業対策、製造業対策の構造調整施策を慎重に策定しておかなければならないと私は考えております。
 そこで、国際社会と競争し、また補完し合うこれからの我が国の産業の国際競争力を考えるときに、その高コスト構造を問題とする必要があります。世界で最も高い人件費を使って物やサービスを供給しなければならない状況にあることを謙虚に認識しつつ、国際的に閉ざされた市場の中で、甘んじていつまでも旧来の産業構造の権益を温存させていくのではなく、どのような方向に是正していくかが問題となってまいります。
 労働市場について言えば、特定の専門職に限って国内入国、滞在基準を緩和することが、日本経済の活性化に私は好ましいと考えております。
 高齢化社会における医療、介護サービス市場における人材、そしてIT業界における高度なプログラマーの確保など、国内における高度なサービスを提供することのできる人材養成を進めていかなければならないことは当然としても、国際的にかけ離れることのない競争的な労働市場が機能しなければ、非効率な産業がこの先も温存されてまいります。
 財やサービスは、国内からその生産、供給拠点が東アジアに出ていってしまい、産業の空洞化が問題となっているのでありますが、市場が制度的に規制されたままでは、国際市場の標準に収束しないまま、ゆがんだ価格構造が残ってしまいます。国際的なソフトウエア産業のITビジネスにおける競争力を確保する上で、海外への下請、委託生産にシフトしていくことが企業にとっての重要な選択肢としてある一方で、国内の基幹部分を担う技術者の確保に当たり、シリコンバレーなどに見られるような、インド、中国などからの人材を積極的に確保していく努力が我が国でも必要であると考えるのであります。
 我が国の産業は、どのような構造に変貌していこうとしているのか。IT不況が起こっていると言われる反面で、ITを基盤に据えた産業社会は現実のものとなって世界の経済が成長してきました。BツーB、産業間電子経済取引は無論のこととして、BツーC、電子小売取引の場でも、ますますデジタルな経済取引の実態が膨らんでいます。
 政府は、内閣総理大臣を本部長にしてIT戦略本部を設置、二〇〇一年一月からe—Japan戦略を推進しています。このような今後の社会構造をにらんだ重点計画のもとで、社会的基盤を中心に整備が進んできたことは、一方で評価できるものであります。しかしながら、こうした社会基盤の恩恵が、利用者としての家計、ユーザーに行き渡っていないことや、国際競争力という視点から問題をとらえるとき、現状を楽観できるのか、いささか疑問を持たざるを得ません。
 e—Japan重点政策には、世界水準のネットワークの形成、教育、学習の振興と人材の育成、電子商取引などの促進、行政、公共分野の情報化、ネットワークの安全性、信頼性確保といった分野で、民間分野を主導的役割とした上で、政府が環境を整備し、民間が実現できない分野では政府が対応していくという立場をとっております。公共財としてIT技術がユーザーに広く利用されるためには、企業による技術の囲い込みを制度的に好ましい方向へ誘導することも重要な政府の役割と私は考えます。
 IT産業の国際競争力を強化する上で、技術開発の促進と高度な人材育成が不可欠となります。技術開発に当たっては、戦略技術の開発を集中的に支援するフォーカス21において実用化を後押しする施策が導入されています。また、人材育成についても、技術者を制度として育成していこうという基盤整備への予算化が行われていることを評価するものです。世界から取り残されることのないよう、政府は必要な環境を整備していくことが求められます。
 景気指標を見ると、開業と廃業の企業数がこれまでと逆転しているのが現在の我が国の経済の姿です。これは、景気が後退する短期的な局面と、産業構造が長期的に転換していく過程で生産資源が移転する際に短期的に市場から取りこぼされてしまう局面が、重なって生じていることによるものです。このような状況の中で、既存の利益に遠慮して、国民経済全体にとっておびただしい遊休資本設備や失業を生み出し、その状態を長引かせてしまいました。こうした状況下では、構造転換を促すだけの経済政策では、短期的な遊休設備や失業を回避することは困難であると言わざるを得ません。景気刺激策を伴った構造改革に向けた政策こそ、経済の潜在能力を引き出すのに有効な政策であると私は考えております。
 そのためには、国際経済との調和ある発展を目指し、新時代の産業構造をにらんだ社会基盤づくりと、新しい社会を担うべき人材育成を促進する予算措置を大胆に行っていくことが必要ではないかというのが私の考えであります。
 政府は、IT戦略本部を設置し、総務省、経済産業省を中心に、各省が連携してデジタル社会への基盤整備が進められています。二〇〇五年までに我が国の国際競争力を世界のトップに位置づけようとのねらいであります。こうした夢のある、政府が呼ぶe—Japanという次世代の社会は、他方で、スキルを持ちその恩恵を享受する人々と、スキルを持たない労働者との間に、デジタルデバイドと呼ばれる所得分配の不平等が生じることが指摘されています。
 こうした経済の成長の果実を分かち合うべき施策や制度こそ、構造調整のために整備しておかなければならない政府の役割ではないかと私は考えます。
 御清聴ありがとうございます。(拍手)

発言情報

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発言者: 長谷川聰哲

speaker_id: 24350

日付: 2003-02-25

院: 衆議院

会議名: 予算委員会公聴会