藁科滿治の発言 (環境委員会)
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○藁科滿治君 今日は文部科学省からも出ていただいておりますから、教育行政の立場から環境教育というものをどのように見ているのか、どういう位置付けで考えているのか、少し質問をさせていただきます。
それにしましても、教育の危機が叫ばれて大変久しくなりますが、教育の現場では依然としていろんな問題が続発をしております。不登校、いじめなどなど大変大きな問題が相変わらず発生をいたしております。私は決して教育の専門家ではありませんけれども、言うまでもなく教育は国家百年の計の礎を成すものでありますから、常々重大な関心を持ってきております。
私は、現下の教育の問題はどこに要因があるんだろうか、いろいろ考えてまいりましたが、大きく言って私は四つぐらいあるんではないかというふうに思っております。
何事もそうでありますが、やはり課題の所在をしっかりつかまなければ対応策は出てこないわけでありまして、私が考えております四つの要因、まず一つは、社会が変わりました。環境が大きく激しく変わっております。それに教育システムが付いていけないと、このギャップが一つあると思います。特に、地方分権の時代と、一方で教育は限りなく中央集権と、この大きなギャップが一つあると思います。
それから二番目は、画一的な詰め込み主義の弊害、これも大きいと思います。個々には申し上げません。
それから三つ目は、子供側、教育を受ける側の主体性が軽視されている、時には無視をされているということだろうと思います。昨今、少年犯罪の問題等々がありますが、こういった問題も、直結する気はありませんけれども、十分連動させて論議をする価値はあると、このように考えております。
それから四番目は、限りなく知識教育至上主義、偏重主義、ここに大きな問題があるんではないか、つまり感性をはぐくむ要素が非常に欠けている、こういうところに問題があるのではないかというふうに思っております。
昨今、教育基本法の論議が浮上し始めておりますけれども、私は、それ以前の問題として今のような要因をしっかり除去しなければ、払拭しなければ教育改革は絶対できないと思っている一人でありますけれども、今日はいい機会でありますから、文部科学省の皆さんのこの問題に対する考え方、所在の認識というものについて、まず伺っておきたいと思います。