阿部正俊の発言 (内閣委員会)
⚠️ コピーしたテキストを転載する際は、転載元URL(kokkai-data.com)および原典URL(kokkai.ndl.go.jp)を必ず残してください。発言内容の改変・出典削除は禁止です。
詳細は利用規約をご確認ください。
○阿部正俊君 ありがとうございます。
それじゃ次に、これも大森さんと品川さんに共通にお尋ねすることになると思うんですが、少し食品安全というのに触発されたようなことになりますが、言わば食品といいますのは、まあ安全といいましょうか、何か健康にとってマイナスがないという意味での安全ですね、ということに加えまして、本来やはり、非常に広く言えば食文化といいましょうか、というものの素材でございまして、素材というよりもそれ自体が一つの文化なのかなという気もするわけでございまして、そうすると、食品というものについての、例えばうまみとか、それから見場とか、それから新鮮さとかいうふうな部分というのが、どうしても安全、安心ばかり考えるとだんだんだんだん消されていって、無味乾燥なものになってしまいはせぬかなという別な意味での心配もあるわけです。
まあ変な話ですけれども、元々の食品といったって完全無菌状態のものというのはないわけでございますので、我々は雑菌の海に住んでいるわけでございますので、雑菌のものを食して生きているわけですね。それを、正にその輪廻の中に生きているわけでございますので、そういう、何というのかな、非常に大ざっぱな感覚というのを失いたくないものだなという、もう一回思い出したいなという気もするんです。
だから、ある種のリスクかもしれませんし、またそうしたふうな対抗力を持った中で人間というのは生きておるし、それが力になってくるんじゃないかという気がするわけなんで、さる製薬会社の作っている何か人工食品みたいなのを食えれば朝何とか足りるよみたいなことじゃ、私はどうも寂しいなという気がするわけですよね。
もっとやはり旬のものは旬のものとして、まあそれは土が付いているかもしらぬけれども、取ってきて自分で料理するとか、あるいはお魚でも、最近なくなりましたけれども、尾頭付きのお魚ってほとんど見たことないですよね。魚というのはいつも首なくてやっているのをお魚みたいに思っているんですけれども、そういう意味での、何というかな、本来の食品というものの提供の仕方ということについての、安全ということの意味合いに加えた一つの許容限界の中でのできるだけの食品の本来の姿というのを提示していくという努力というのを私は消費の第一線でございます大森さんなり品川さんなりのサイドで是非御工夫いただきたいし、そこに新しい食品としての食文化の個性をそこに打ち出していくというのも皆さん方の大事なお願いであり、お役目ではないかなという気がするんですけれども、その辺について、お二人のお考えを伺わせていただければ有り難いと思います。