矢口芳生の発言 (農林水産委員会)
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○参考人(矢口芳生君) 東京農工大学の矢口でございます。
食糧法の一部改正に関しまして、私の意見を述べさせていただきたいと思います。
今回の改正の内容は、流通上の規制を大幅に緩和し、そして市場メカニズムを大幅に取り入れ、食糧安全保障法とでも表現できるような内容を持っているのではないでしょうか。ただし、幾つかの課題、問題点も見受けられます。限られた時間でありますので、ここでは三点、指摘したいと思います。
第一に、法律の条文上の問題であります。すなわち、法の目的を実現するための担保措置が明記されているかどうかという点であります。
現行法も改正法も、ともに食糧法の「目的」は、「措置を総合的に講ずることにより、主要食糧の需給及び価格の安定を図り、もって国民生活と国民経済の安定に資する」とあります。
現在の米過剰基調の下では、需給及び価格の安定には何らかの数量の管理、すなわち生産調整が不可欠であり、その点、生産者の自主性にゆだねたとはいえ、第二条一項及び二項で生産調整の実施と必要な措置を明記したことは評価できると考えます。
また、第二十九条のように、備蓄概念としては極めて不十分な部分もありますけれども、第三十七条から第四十条のように、一九九三年の米騒動などの緊急時に対応する措置を明記したことは、食糧安全保障法としての性格を持たせたとも評価できると思います。このような措置は、正に国民生活と国民経済の安定に資することにつながると思います。
しかしながら、法の目的を現場で担う生産者、農業経営者に対する担保措置は明記されていないと言っていいのではないでしょうか。第二条二項で、「生産調整の円滑な推進に関する施策を講ずる」とありますけれども、生産者、農業経営者にとっての最大の担保である経営の再生産が可能となるような所得の実現については書き込みがありません。生産者、農業経営者は極めてあいまいな措置の下で市場に投げ込まれることになります。
私がこの点を危惧しております理由は、米価が余りにも急激に下落し、本来育てなければならない生産者、農業経営者が撤退せざるを得ない現実を見ているからであります。
御承知のとおり、一九九七年から二〇〇一年の五年間だけでも、農林統計によりますれば、農産物平均が七%の下落の中、米はその二倍の下落率を示しております。他方、農業生産資材は二%の下落、消費者物価は一%の下落という中での一四%もの下落です。
これは、大規模経営ほど所得は減少することになりますし、育てるべき生産者、農業経営者が育ちません。確かに、稲作経営安定対策や米価下落影響緩和対策などが実施されることになっているようでありますが、生産者、農業経営者の拠出負担が大きくなる問題、また短期融資制度にしましても、余りにも低い融資単価という大きな問題があります。産地づくり推進交付金にしましても、予算規模が不明な状況です。
ともかく、このままの条文では、確かに国は措置を講じてはいても、安定供給の一翼を担う生産者、農業経営者には適切な措置が明示されない片手落ちの法律との指摘を免れないと思います。生産者、農業経営者が腹を据えて食糧の安定供給を担い切れるような担保措置の条文としての明示が必要であると私は考えます。
第二に、第一の問題とも密接に関連する経済政策上の問題です。
通常、外部効果や公共財などは、市場メカニズムにゆだねると資源配分の最適性が保証されないいわゆる市場の失敗をもたらし、これを是正ないしは補完する政府の介入が必要になります。すなわち、生産、流通の現場に市場メカニズムを大幅に導入することに対する担保措置が必要になります。
具体的には、所得補償の措置です。その措置も、これまでのような価格支持のような間接的なものではなく、WTO農業協定でも明確に認知されているような直接的なものであります。価格支持は市場を歪曲し、市場メカニズムを活用しようとする今回の改正方向にも逆行します。直接的な所得支持が必要だと思います。
この政策手法のメリットは、政策の目的に沿って特定の生産者、農業経営者に効率良く納税者からの所得を移転することができることです。市場や価格を歪曲する価格支持政策は、保護や支持を必要としないかもしれない生産者、農業経営者に余分な援助を与えてしまったり、農業部門以外にも漏れる可能性があります。しかし、直接的なそれは所得を移転すべき生産者、農業経営者を特定するため、他に漏れることもなく、しかも援助を必要とする生産者、農業経営者に効率良くかつ透明性を持って意図された所得が移転されます。
ただ、反対に、生産者、農業者にとってはメリットばかりではありません。自己責任が問われることになります。例えば、政策意図から外れて適正な生産や地域資源管理から逸脱すれば直ちに納税者の目に明らかとなり、助成金の打切りの原因ともなります。
お分かりのとおり、この政策手法は、生産者、農業経営者と納税者とが契約を結ぶような性格を持つものです。両者の間を国が責任を持って仲介に入り、食糧の安定供給や多面的機能の供給などの責任を生産者に果たしてもらうというものです。これは、生産者、農業経営者を地域に置き換えても適用できる政策です。
このように、直接所得支持政策は、環境政策、構造政策、地域政策としての役割も果たすことができます。
市場メカニズム導入により、生産者、農業経営者の経済的インパクトを緩和して所得を補償し、公共財の供給、環境資源の保全にも役立てることができます。また、公共財を供給するその担い手や地域の確定、確定された担い手や地域へのハンディキャップの是正、また担い手や地域の自己責任の明確化、そして助成金の透明化と簡素化などにも役立てることができます。既に中山間地域政策としてこの直接支払が実施されておりますのは御存じのとおりです。
こうした政策はOECDやWTO農業協定でも認められており、むしろ推奨されている政策であります。今後のWTO農業交渉の結果次第では、一層の市場メカニズムの導入が予想されます。担い手が破壊される前に、そうした政策の導入により担い手を育成しなければならないと考えます。
現在の財政事情を考慮すれば、農業予算執行の在り方、すなわち公共事業からのシフトなども検討する必要があると考えます。
さて、最後に、政策の方向性に関する問題であります。
法律やその条文に関する問題ではなく、様々な政策がどこに向かってのものなのか、その政策的意図を明確に示す課題であります。日本農業をこのまま後退させるのではなく、育成するのだという我が国の政治的意思の明確化も極めて重要であると思いますが、それと同じくらい重要なのが政策的意図の明確化だと思います。
既に明らかになっております法案関連施策を見てみますと、稲作経営安定対策や米価下落影響緩和対策、そして短期融資制度などのアメリカ型のものと、産地づくり推進交付金などのEU型のものとが入り交じっているように見受けられます。
アメリカ型の施策は往々にして価格補てん的で、これを織り込んだ価格形成に結び付き、現実には必要以上の米価下落をもたらす可能性を含んでいます。我が国は、アメリカのような輸出国でもなければ国際価格形成国でもないため、アメリカ型の施策を無批判に導入すれば我が国の農業展開にとって矛盾が極めて大きいものとなる可能性があります。その予想される大きな矛盾を、産地づくり交付金、産地づくり推進交付金といったフランスのTCE型の施策によってカバーしようとする意図を読み取ることができますし、また政策立案者の御苦労を感じ取ることができます。
しかし、我が国の水田農業及び社会の特質を考慮し、かつ国際的に主張し、食料・農業・農村基本法にも明記している農業の多面的機能を維持向上し、それを発揮させるためには、むしろEU型の施策を参考にした方が我が国の農業展開により大きな可能性を見出せるのではないでしょうか。
すなわち、産地づくり交付金を基軸に、日本型のCTEとして充実させ、あるいはかつてのふるさと創生型の、日本、ふるさと創生型の農業農村活性化交付金として発展させ、補完的にアメリカ型の施策を講じるという方向が我が国では望ましいのではないでしょうか。各地域の独特な農業展開を目指すことが、いろいろな意味と可能性を作り出していくものと思います。直接所得支持政策もこうした枠組みの中で具体化していくことが大切だと考えます。
繰り返しますが、地域政策の充実を基軸とし、併せてEU型の構造政策、環境政策を創造的に統合し、さらにアメリカ型の施策で補完することによって、生産者、農業経営者を育成し、また地域資源の保全を図るという意志を施策に明確に反映させることが重要であると考えます。
以上、三点指摘しました。時代の流れからいって、規制の緩和や市場メカニズムの導入は必要であるに違いありません。しかしながら、自然を相手にした生物生産である農業は、工業とは異なる側面も考慮しなければなりません。我が国の水田農業の現実を見たとき、地域の中で個別や集団が重層的に存在して活躍でき、食糧の安定供給を担い、また地域全体として農業資源や環境を適正に保全できるような担保措置も、規制緩和や市場原理導入と同じくらいに必要であります。
私が指摘しました三つの点が法律の条文あるいは今後の施策ににじませることができるならば、生産者、農業経営者に勇気を与え、食糧安全保障や多面的機能の維持向上につながり、食料・農業・農村基本法の精神も酌み取った改正法になるものと考えます。
以上で私の意見陳述を終わりにしたいと思います。ありがとうございました。