中川義雄の発言 (武力攻撃事態への対処に関する特別委員会)
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○中川義雄君 その程度の答弁というのは全く、立場が立場だから仕方がないのかもしれません。本当は官房長官その他に聞きたかったんですけれども、今大事な行事に参加している、ここにいませんから、まあ、石破長官については後からゆっくりまだまだ見解を聞かしていただきたい。
私は、その要因というのはいろいろあるが、私は一番の要因というのはあの敗戦だと思うんです。あの敗戦で世界で初めて、地球上初めて原子爆弾が落とされた、あの悲惨な結果。そしてまた、焼夷爆弾その他、私の田舎などというのは五十戸足らずの集落で、私は小学校二年のとき終戦を迎えたんですが、あんなところまで機銃掃射が来て私も防空ごうの上から親に怒られて引きずり込まれた、そんな経験を持っております。正に、それはそれは悲惨な結果だった。その反動として、厭戦というか戦争を嫌うという気持ち、これはもう世界で最も日本人の心の中に刻み込まれた。ですから、反戦という言葉が出ると、もうだれもがほとんどそれについていくという、そういうことがあったと、こう思うわけであります。
そして、これは私の考えですが、それが今日までずっと続いたのは、何といっても敗戦、占領下に憲法が新設されました。その憲法に、武力の行使は国際紛争を解決する手段として永久にこれを放棄する、そのため、陸海空軍その他の戦力はこれを保持しない、明確にそううたっているわけですから、自衛隊そのものに対する国民、多くの国民の疑問というものが当然あった。ですから、これは日本国憲法の存在というものも、これは大きく今日までこのばかげた状態に置いた大きな要因だと思うわけであります。
私は、この憲法の中で一番矛盾しているのは、この第九条と基本的人権の中の第十三条の生存権の問題。生存権を明らかに最も基本的な権利として国民にそれを保障し、訴えているわけです。そうすると、当然のこととして、この国が武力攻撃、侵略され、武力攻撃を受けたら、一番国民が生存権、命そのものにかかわるそんな大きな問題になるのに、一方ではそれを保障しておきながら、一方では一切の戦力を持たない、こんな矛盾した憲法というものが今日まで存在していたことが非常に大きな問題である。
私は、持論からいうと、この生存権というのは、これは憲法やいろんな問題で制約されるものでなくて、人間だったらだれもが生きるための権利というのが最も尊重されなければならないし、国家たるものはそれを保障することが当然、法律上の論争の前にそれは当然のことだから、この憲法第九条というのは、そもそも間違い、矛盾したそういう法律である、法制度であると。私は、生存権が基本的に保障されるならば、当然国家としてそれを守るための自衛権というものは、だれもが侵すことのない基本的な権利であると思っております。
そのことについての法制局としての基本的な考え方を示していただきたいと思うんです。