山崎潮の発言 (法務委員会)
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○政府参考人(山崎潮君) かなり哲学的な問題になろうかと思いますけれども、私、若干自分の経験を言わせていただきます。
大分前でございますけれども、高等裁判所で事件、二年ぐらい見ておりました。このときに感じたのは、控訴審まで来る当事者、相当に疲れております。精神的にも非常に疲れている。どうにか自分の、何というんですか、投げどころと言うとおかしいんですけれども、負ける方はそれなりに理屈が付くところを与えてほしいと、それを望んでいるわけでございます。それを裁判官がどういうふうにそういうものを与えていくかということが裁判官の仕事になるわけでございますが、それでも乗らない方もおられまして、最後まで突っ張りますという方もおられます。それは選択の問題でございますから、それはよろしいわけでございます。
そこで感じたのは、やはり裁判というのは権利の病気なわけでございまして、やはり病気は病根を早く取って治して元気に世の中に戻っていただくというのが裁判の使命だろうと思います。そうなりますと、一審でももう相当に疲れて、本当にこの方はそういう、こういう問題がなければ相当に常識的な行動をする方ではないかと思われる方が、裁判が長引くことによって相当に精神的にもおかしくなり掛かっていると、こういう状態はやはり看過できないということでございまして。
それから、刑事でも同じでございます。これは、事件が発生をいたしまして、その被害者がおられるわけです。それから、被害者だけではなくてそれを見ている国民の方がおられるわけでございまして、やはり社会秩序に対する病気でございます。ですから、病根は早く取り除いて、それから社会がどういうふうにその犯罪に対応した方がいいかということを決着した上でそういう対応を考えていくと、こういうことが重要なわけでございまして、ですから、そういう意味では裁判は当事者の納得もございますし、それからやはりやることはやった上で早めに治療をしてあげなければならないと。これが私は裁判の使命であるというふうに考えております。