赤松正雄の発言 (憲法調査会)
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○赤松(正)委員 公明党の赤松正雄でございます。
先ほど来、地域の安全保障ということに関して、極めて具体的また包括的なお話がなされておりますが、先ほど来交わされているような議論につきましては、私もこの場で既に何回か申し上げてまいりましたので、ちょっと違った角度で若干お話をさせていただきたいと思います。
といいますのは、今憲法を取り巻く状況というのは、いろいろな場面で、いろいろな論者が、さまざまな時間的経緯の中で区切りのような、そういう時代的区分というか、時代的気分を期限的な区切りでもって示される傾向が強い。つまり、ムード的に、雰囲気的に、憲法をめぐる状況、つまり日本にとって今一つの大きな転機であるというふうな論考が多い、そんなふうに思います。
例えば、明治維新の第一の開国、そして、あの第二次世界大戦、アジア太平洋戦争の終わった時期の第二の開国、そして今、第三の開国を迎えている、こういう開国に合わせての憲法の新しい取り組み方が必要である、こんな意見とか、あるいは、ことしが日露開戦百年あるいは日米和親条約締結から百五十年あるいは日清戦争から百十年と、こんなふうな時代的区切りといいますか、そういったものを指摘される流れの中で、日本が今、憲法について、憲法も含めてでありますけれども、大きな転換期に来ている、こんなふうな議論がされるわけで、私もそういった議論には強い関心を持つわけです。
問題は、そういう時間的経緯とは別に、日本並びに日本の関係国との間のいろいろな意味でのそうした時代的な経緯はたっているけれども、国家と国家の基本的な関係というものには意外と余り大きな変化がないんじゃないのか、こんなふうな感じを抱きます。
そんなときに、例えばヨーロッパとアメリカとの関係においてしばしば言われるのが、一九九五年におけるドレスデンの和解、一九四五年二月に東部ドイツの都市ドレスデンに米英軍が非軍事都市破壊作戦を行った、その犠牲者に対する追悼、鎮魂の儀式のようなものもやった。この米英とドイツとのそうした儀式の持つ意味というのは、けじめをつけるという意味で非常に大きな意味があった。
そういう意味合いからいって、地域安全保障という観点で、日本とアメリカ、あるいは日本とアジアの間に真実の意味で、その米英対ドイツの間におけるところのいわゆるドレスデンの和解のような、そういった国家と国家の間における、さきの大戦、あるいはその前後におけるさまざまな出来事に対するお互いのけじめとしての和解、そうした意思表明、そういうものが必要ではないのかという指摘は、私は、結構大きな、意味深い指摘ではないのかな、そんなふうな気がいたします。
では、具体的に、どういう場所で、どういう形でそういうことをやるのかということについては、なかなか考えが及ばない。福田前官房長官がいらしたら、その辺、元政府担当高官として意見を聞きたいなと思ったんですが、いらっしゃらない。質問通告をいたしておりませんので、また後に、機会があればお聞かせ願いたいな。そういうふうな、国と国との地域の安全保障における過去の経緯の中でのけじめというふうな問題について、いささか考えるところがございます。
以上でございます。