憲法調査会
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会
会議録情報#0
平成十六年六月三日(木曜日)
午前九時一分開議
出席委員
会長 中山 太郎君
幹事 近藤 基彦君 幹事 福田 康夫君
幹事 船田 元君 幹事 古屋 圭司君
幹事 保岡 興治君 幹事 枝野 幸男君
幹事 鈴木 克昌君 幹事 山花 郁夫君
幹事 赤松 正雄君
伊藤 公介君 岩永 峯一君
小野寺五典君 大村 秀章君
倉田 雅年君 柴山 昌彦君
下村 博文君 棚橋 泰文君
渡海紀三朗君 中谷 元君
永岡 洋治君 野田 毅君
平井 卓也君 平沼 赳夫君
松野 博一君 森岡 正宏君
森山 眞弓君 綿貫 民輔君
大出 彰君 鹿野 道彦君
楠田 大蔵君 玄葉光一郎君
小林 憲司君 園田 康博君
田中眞紀子君 武正 公一君
辻 惠君 計屋 圭宏君
古川 元久君 本多 平直君
馬淵 澄夫君 増子 輝彦君
村越 祐民君 笠 浩史君
太田 昭宏君 斉藤 鉄夫君
福島 豊君 山口 富男君
土井たか子君
…………………………………
衆議院憲法調査会事務局長 内田 正文君
—————————————
委員の異動
五月二十日
辞任 補欠選任
岩永 峯一君 西野あきら君
小野 晋也君 川崎 二郎君
馬淵 澄夫君 稲見 哲男君
山口 富男君 吉井 英勝君
土井たか子君 照屋 寛徳君
同日
辞任 補欠選任
西野あきら君 岩永 峯一君
稲見 哲男君 馬淵 澄夫君
吉井 英勝君 山口 富男君
照屋 寛徳君 土井たか子君
同月二十四日
辞任 補欠選任
仙谷 由人君 枝野 幸男君
同月二十七日
辞任 補欠選任
園田 康博君 金田 誠一君
土井たか子君 照屋 寛徳君
同日
辞任 補欠選任
金田 誠一君 園田 康博君
照屋 寛徳君 土井たか子君
同月二十八日
辞任 補欠選任
川崎 二郎君 福田 康夫君
六月三日
辞任 補欠選任
衛藤征士郎君 柴山 昌彦君
二田 孝治君 小野寺五典君
伊藤 忠治君 本多 平直君
同日
辞任 補欠選任
小野寺五典君 二田 孝治君
本多 平直君 伊藤 忠治君
同日
幹事小野晋也君五月二十日委員辞任につき、その補欠として福田康夫君が幹事に当選した。
同日
幹事仙谷由人君五月二十四日委員辞任につき、その補欠として枝野幸男君が幹事に当選した。
—————————————
本日の会議に付した案件
幹事の補欠選任
日本国憲法に関する件
小委員長からの報告聴取
————◇—————
この発言だけを見る →午前九時一分開議
出席委員
会長 中山 太郎君
幹事 近藤 基彦君 幹事 福田 康夫君
幹事 船田 元君 幹事 古屋 圭司君
幹事 保岡 興治君 幹事 枝野 幸男君
幹事 鈴木 克昌君 幹事 山花 郁夫君
幹事 赤松 正雄君
伊藤 公介君 岩永 峯一君
小野寺五典君 大村 秀章君
倉田 雅年君 柴山 昌彦君
下村 博文君 棚橋 泰文君
渡海紀三朗君 中谷 元君
永岡 洋治君 野田 毅君
平井 卓也君 平沼 赳夫君
松野 博一君 森岡 正宏君
森山 眞弓君 綿貫 民輔君
大出 彰君 鹿野 道彦君
楠田 大蔵君 玄葉光一郎君
小林 憲司君 園田 康博君
田中眞紀子君 武正 公一君
辻 惠君 計屋 圭宏君
古川 元久君 本多 平直君
馬淵 澄夫君 増子 輝彦君
村越 祐民君 笠 浩史君
太田 昭宏君 斉藤 鉄夫君
福島 豊君 山口 富男君
土井たか子君
…………………………………
衆議院憲法調査会事務局長 内田 正文君
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委員の異動
五月二十日
辞任 補欠選任
岩永 峯一君 西野あきら君
小野 晋也君 川崎 二郎君
馬淵 澄夫君 稲見 哲男君
山口 富男君 吉井 英勝君
土井たか子君 照屋 寛徳君
同日
辞任 補欠選任
西野あきら君 岩永 峯一君
稲見 哲男君 馬淵 澄夫君
吉井 英勝君 山口 富男君
照屋 寛徳君 土井たか子君
同月二十四日
辞任 補欠選任
仙谷 由人君 枝野 幸男君
同月二十七日
辞任 補欠選任
園田 康博君 金田 誠一君
土井たか子君 照屋 寛徳君
同日
辞任 補欠選任
金田 誠一君 園田 康博君
照屋 寛徳君 土井たか子君
同月二十八日
辞任 補欠選任
川崎 二郎君 福田 康夫君
六月三日
辞任 補欠選任
衛藤征士郎君 柴山 昌彦君
二田 孝治君 小野寺五典君
伊藤 忠治君 本多 平直君
同日
辞任 補欠選任
小野寺五典君 二田 孝治君
本多 平直君 伊藤 忠治君
同日
幹事小野晋也君五月二十日委員辞任につき、その補欠として福田康夫君が幹事に当選した。
同日
幹事仙谷由人君五月二十四日委員辞任につき、その補欠として枝野幸男君が幹事に当選した。
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本日の会議に付した案件
幹事の補欠選任
日本国憲法に関する件
小委員長からの報告聴取
————◇—————
中
中山太郎#1
○中山会長 これより会議を開きます。
この際、幹事の補欠選任についてお諮りいたします。
委員の異動に伴いまして、現在幹事が二名欠員となっております。その補欠選任につきましては、先例により、会長において指名するに御異議ございませんか。
〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
この発言だけを見る →この際、幹事の補欠選任についてお諮りいたします。
委員の異動に伴いまして、現在幹事が二名欠員となっております。その補欠選任につきましては、先例により、会長において指名するに御異議ございませんか。
〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕
中
中山太郎#2
○中山会長 御異議なしと認めます。よって、そのように決しました。
それでは、幹事に
福田 康夫君 及び 枝野 幸男君
を指名いたします。
なお、現在欠員となっております会長代理につきましては、議院運営委員会理事会の申し合わせにより、野党第一党の幹事の中より指名するとのことでございますので、民主党・無所属クラブ所属幹事枝野幸男君を会長代理に指名いたします。拍手
————◇—————
この発言だけを見る →それでは、幹事に
福田 康夫君 及び 枝野 幸男君
を指名いたします。
なお、現在欠員となっております会長代理につきましては、議院運営委員会理事会の申し合わせにより、野党第一党の幹事の中より指名するとのことでございますので、民主党・無所属クラブ所属幹事枝野幸男君を会長代理に指名いたします。拍手
————◇—————
中
中山太郎#3
○中山会長 日本国憲法に関する件について調査を進めます。
本日は、各小委員会において調査されたテーマについて、小委員長からの報告を聴取し、委員間の討議に付したいと存じます。
議事の進め方でありますが、小委員会ごとに、まず小委員長の報告を聴取し、その後、そのテーマについて自由討議を行います。
なお、各テーマごとの自由討議における最初の発言者については、幹事会の協議決定に基づき、会長より指名させていただきます。
自由討議の際の一回の御発言は、五分以内におまとめいただきたく、会長の指名に基づいて、所属会派及び氏名をあらかじめお述べいただいてからお願いいたします。
御発言を希望される方は、お手元のネームプレートをお立てください。御発言が終わりましたら、戻していただくようお願いいたします。
発言時間の経過については、終了時間一分前にブザーを、また終了時にもブザーを鳴らしてお知らせいたします。
—————————————
この発言だけを見る →本日は、各小委員会において調査されたテーマについて、小委員長からの報告を聴取し、委員間の討議に付したいと存じます。
議事の進め方でありますが、小委員会ごとに、まず小委員長の報告を聴取し、その後、そのテーマについて自由討議を行います。
なお、各テーマごとの自由討議における最初の発言者については、幹事会の協議決定に基づき、会長より指名させていただきます。
自由討議の際の一回の御発言は、五分以内におまとめいただきたく、会長の指名に基づいて、所属会派及び氏名をあらかじめお述べいただいてからお願いいたします。
御発言を希望される方は、お手元のネームプレートをお立てください。御発言が終わりましたら、戻していただくようお願いいたします。
発言時間の経過については、終了時間一分前にブザーを、また終了時にもブザーを鳴らしてお知らせいたします。
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中
中山太郎#4
○中山会長 それでは、まず、地域安全保障について、安全保障及び国際協力等に関する調査小委員長から、去る四月二十二日の小委員会の経過の報告を聴取し、その後、自由討議を行います。安全保障及び国際協力等に関する調査小委員長近藤基彦君。
この発言だけを見る →近
近藤基彦#5
○近藤(基)委員 安全保障及び国際協力等に関する調査小委員会における調査の経過及び概要について御報告申し上げます。
本小委員会は、四月二十二日に会議を開き、参考人として、青山学院大学国際政治経済学部教授菊池努君をお呼びし、地域安全保障について、憲法の視点からのFTA問題を含めて御意見を聴取いたしました。
会議における参考人の意見陳述の詳細については小委員会の会議録を御参照いただくこととし、その概要を簡潔に申し上げますと、
参考人からは、
アジア太平洋の地域安全保障を考えるに当たっては、国際社会との協力、協調関係の重視や軍事力だけではなく、経済活動等総合的な取り組みのほか、テロ等の新しい脅威への対応が重要であるとの認識が述べられました。
そして、アジア太平洋地域には、近代化を終えて安定した国家、近代化の途上にある国家、国家体制が脆弱な国家が存在し、後者二つの分類に属する国家群は、国内体制の脆弱性に伴う問題、国家間紛争及びテロや経済問題などの新しい問題を抱えており、これらが同地域の安全保障上の課題となるとの見解が述べられました。
さらに、これに対する地域諸国の対応として、地域安全保障の環境整備としての同盟の機能強化、政府間または官民合同での地域安全保障対話の拡大、内政への地域諸国による共同介入、共同関与が挙げられるとの見解が述べられました。
最後に、FTAが地域安全保障にもたらす効果について、FTAは地域経済の安定化や国境を越えた利害の共有等のプラス面を持つ反面、締結国間の利益の不均衡を生じさせることによる国内政治の対立の惹起等のマイナス面を有することから、多少の効果は期待できるが、過剰な期待はできないとの見解が述べられました。
その後、参考人の意見陳述を踏まえて、質疑及び委員間の自由討議が行われました。
そこで表明された意見を小委員長として総括すれば、
地域安全保障のあり方についてさまざまな角度から意見が述べられたと思います。その主なものを紹介しますと、アジアにおける地域安全保障の枠組みを考える際には、集団的自衛権の行使を認めるか否かが重要なポイントとなるが、認めるに当たっては、何らかの条件を設けるべきかどうかについて検討を要するとの発言、アジアにおいて有事が発生した際に我が国がとり得る行動について議論すべきとの発言、冷戦崩壊後、二国間同盟関係から多国間の協調的安全保障が重視されるようになってきており、憲法は軍事的手段を否定していることから、我が国は平和的な外交手段を充実させるべきとする発言、アジアの地域安全保障において北朝鮮をめぐる六カ国協議を活用すべきとの発言等がありました。
我が国の外交や安全保障のあり方については、国連の機能が完全に発揮されていない中で米国との協調は不可欠であるが、国連に対する働きかけを積極的にしていくべきとの発言、ODAのあり方について検討が必要とする発言、FTAを締結することによる我が国の経済的なプレゼンスの高まりがアジア諸国の脅威となるのではないかとの発言、アジアにおける我が国の役割を考える際に中国の存在を念頭に置くことが必要との発言等がありました。
大量破壊兵器の拡散、頻発する国際テロ、北朝鮮の核問題等の最近の国際情勢の変化や、国際の平和と安全の維持を担う国連機能の不完全が指摘される現下の情勢を踏まえ、我が国の安全保障や国際協力のあり方について、さまざまな角度から調査をしてまいりました。そこでは、憲法前文や九条についての幅広い論点についてこれを掘り下げる調査が行われ、具体的には、自衛権行使のあり方や自衛隊の憲法上の位置づけ、国際協力と九条や前文との関係、国連の集団安全保障への参加の是非や国際協力についての規定を憲法上に設けることの是非、自衛隊の海外における活動と憲法との関係等、多岐にわたって議論がなされました。
また、非常事態については、昨年調査をいたしましたテロや自然災害等への対処に引き続き、国民保護法制をサブテーマとして掲げつつ、非常事態と憲法をテーマに調査を行いました。
これまでの議論を踏まえつつ、今回の地域安全保障をテーマとした小委員会における議論を見ますと、不安定な要素を含むアジア地域全体を念頭に置いた安全保障の確保が我が国にとって喫緊の課題であること、また、それを実現する手段としては、防衛という側面のみならず、経済的な結びつきを強めていくこと、各国間の対話を通じて信頼関係を築くことなど、多様な取り組みが存するということを感じた次第であります。
我が国の安全保障や国際協力のあり方について、九条や前文をめぐる争点に関する憲法上の問題の所在が次第に明らかになってきたと思います。今後も、そうした問題に関して、引き続き調査会においてさらに議論が深まることを望むところであります。
以上、御報告申し上げます。
この発言だけを見る →本小委員会は、四月二十二日に会議を開き、参考人として、青山学院大学国際政治経済学部教授菊池努君をお呼びし、地域安全保障について、憲法の視点からのFTA問題を含めて御意見を聴取いたしました。
会議における参考人の意見陳述の詳細については小委員会の会議録を御参照いただくこととし、その概要を簡潔に申し上げますと、
参考人からは、
アジア太平洋の地域安全保障を考えるに当たっては、国際社会との協力、協調関係の重視や軍事力だけではなく、経済活動等総合的な取り組みのほか、テロ等の新しい脅威への対応が重要であるとの認識が述べられました。
そして、アジア太平洋地域には、近代化を終えて安定した国家、近代化の途上にある国家、国家体制が脆弱な国家が存在し、後者二つの分類に属する国家群は、国内体制の脆弱性に伴う問題、国家間紛争及びテロや経済問題などの新しい問題を抱えており、これらが同地域の安全保障上の課題となるとの見解が述べられました。
さらに、これに対する地域諸国の対応として、地域安全保障の環境整備としての同盟の機能強化、政府間または官民合同での地域安全保障対話の拡大、内政への地域諸国による共同介入、共同関与が挙げられるとの見解が述べられました。
最後に、FTAが地域安全保障にもたらす効果について、FTAは地域経済の安定化や国境を越えた利害の共有等のプラス面を持つ反面、締結国間の利益の不均衡を生じさせることによる国内政治の対立の惹起等のマイナス面を有することから、多少の効果は期待できるが、過剰な期待はできないとの見解が述べられました。
その後、参考人の意見陳述を踏まえて、質疑及び委員間の自由討議が行われました。
そこで表明された意見を小委員長として総括すれば、
地域安全保障のあり方についてさまざまな角度から意見が述べられたと思います。その主なものを紹介しますと、アジアにおける地域安全保障の枠組みを考える際には、集団的自衛権の行使を認めるか否かが重要なポイントとなるが、認めるに当たっては、何らかの条件を設けるべきかどうかについて検討を要するとの発言、アジアにおいて有事が発生した際に我が国がとり得る行動について議論すべきとの発言、冷戦崩壊後、二国間同盟関係から多国間の協調的安全保障が重視されるようになってきており、憲法は軍事的手段を否定していることから、我が国は平和的な外交手段を充実させるべきとする発言、アジアの地域安全保障において北朝鮮をめぐる六カ国協議を活用すべきとの発言等がありました。
我が国の外交や安全保障のあり方については、国連の機能が完全に発揮されていない中で米国との協調は不可欠であるが、国連に対する働きかけを積極的にしていくべきとの発言、ODAのあり方について検討が必要とする発言、FTAを締結することによる我が国の経済的なプレゼンスの高まりがアジア諸国の脅威となるのではないかとの発言、アジアにおける我が国の役割を考える際に中国の存在を念頭に置くことが必要との発言等がありました。
大量破壊兵器の拡散、頻発する国際テロ、北朝鮮の核問題等の最近の国際情勢の変化や、国際の平和と安全の維持を担う国連機能の不完全が指摘される現下の情勢を踏まえ、我が国の安全保障や国際協力のあり方について、さまざまな角度から調査をしてまいりました。そこでは、憲法前文や九条についての幅広い論点についてこれを掘り下げる調査が行われ、具体的には、自衛権行使のあり方や自衛隊の憲法上の位置づけ、国際協力と九条や前文との関係、国連の集団安全保障への参加の是非や国際協力についての規定を憲法上に設けることの是非、自衛隊の海外における活動と憲法との関係等、多岐にわたって議論がなされました。
また、非常事態については、昨年調査をいたしましたテロや自然災害等への対処に引き続き、国民保護法制をサブテーマとして掲げつつ、非常事態と憲法をテーマに調査を行いました。
これまでの議論を踏まえつつ、今回の地域安全保障をテーマとした小委員会における議論を見ますと、不安定な要素を含むアジア地域全体を念頭に置いた安全保障の確保が我が国にとって喫緊の課題であること、また、それを実現する手段としては、防衛という側面のみならず、経済的な結びつきを強めていくこと、各国間の対話を通じて信頼関係を築くことなど、多様な取り組みが存するということを感じた次第であります。
我が国の安全保障や国際協力のあり方について、九条や前文をめぐる争点に関する憲法上の問題の所在が次第に明らかになってきたと思います。今後も、そうした問題に関して、引き続き調査会においてさらに議論が深まることを望むところであります。
以上、御報告申し上げます。
中
楠
楠田大蔵#7
○楠田委員 民主党の楠田大蔵でございます。
本日は、四月二十二日の小委員会における菊池参考人からの御意見をお聞きし、また、ただいまの委員長の報告を受けまして、以下発言をさせていただきます。
菊池参考人の話、また委員の方々との質疑を聞いておりまして、やはり一つ気にかかりますことは、朝鮮半島や台湾海峡などアジアの中に厳然と国家と国家の深刻な敵対関係が存在する、こうした地域全体の安定に対する脅威への対処として、軍事的な対処、抑止力の維持が極めて重要という論理であります。これ自体は確かにそうかもしれません。しかし、だけれども、この論理から派生して、こうした脅威に対して日本が軍事的にしかるべき役割を果たすのは、単なる日本の国益の発露にとどまらず、より大きな公益を守る一環であり、集団的自衛権が認められないために日本がその役割を果たせないのであれば憲法を変える必要もあるであろうという参考人の発言は、いささか危険ではないかと思います。
同じ論理で、アメリカのアフガニスタンやイラクへの軍事侵攻もテロとの闘いという公共的な利益のために許されるという話になってきますが、その結果が、現在のイラクでの泥沼状態、そしてそれに伴う虐待行為といった非常に悲しむべき現状であります。異なる民族が異なる民族を統治しようとすれば必ず失敗するという過去の歴史が物語ることでございます。イギリスもフランスも日本も、そしてアメリカもその失敗を経験してきました。やはり、軍事的な行動というのはよほど抑制的でなければならないと考えます。
参考人は、世界のすべての国が支持するということはあり得ないとも述べ、有志連合の必要性にも触れられましたが、今回のイラク侵攻のケースを見ても、それだけの支持がないところでの軍事的な行動はやはり誤りである可能性が高く、国連の正当な決議が最低限必要との認識を改めて強く持つ必要性を感じたところでございます。
その上で、今回の小委員会での議論でも話題となりました政治、経済、社会にわたる総合的な取り組みというものを、いかに実質を伴うものにしていくかが重要と考えます。例えばFTAに関しては、参考人の話では、二国間の新たな利益の不均衡を生み出し、政治的な対立が惹起されるというマイナス面も挙げられ、過度の期待をかけることへの疑問も投げかけられましたが、日本がある種戦略的にFTAもしくは一歩進んだEPAをアジア各国に投げかけることは、私は極めて有効だと考えております。
約一カ月前、EUが十五カ国から一挙に二十五カ国に拡大をし、特に旧社会主義国を初めて受け入れました。ここで見逃せないのが、こうした新規受け入れをする際の条件として、開かれた経済運営であるとか、財政赤字の是正であるとか、人権の尊重であるとか、そうしたハードルを設けているということです。相互の発展を図る前段階として、問題を抱える国家を先進的国家にキャッチアップさせるという効果を生んでいる。
アジアの各国も、近代化の点でそれぞれ大きな格差があるというのは参考人の話でも明らかにされました。環境であるとか麻薬、疫病、人身売買あるいは海賊行為という問題がますます深刻化しています。経済面では、中国を初め、WTOルールすら守られていない。こうした状況を是正し、アジア全体での底上げを図るためにも、日本は主導権を持って経済連携を早急に仕掛けて、相互の依存関係をより強め、平和的な安全保障環境を維持することこそがアジアの共通の利益であるという状況をつくり上げていくべきと考えます。こうしたいわば内側からの取り組みこそが、行く行くはアジアの地域安全保障につながるはずです。
そのためにも、政府中心のフォーラムに加えて、官民合同のフォーラムという観点はさらに重要と考えます。民間主導の生活に根差した経済もしくは文化面での交流と、そこから生まれる提言にこそ、真のアジア間での相互理解のかぎがあるのではないでしょうか。こうしたコーディネートを我々若い世代もアイデアを出して進めていかねばならないと考えております。
以上です。
この発言だけを見る →本日は、四月二十二日の小委員会における菊池参考人からの御意見をお聞きし、また、ただいまの委員長の報告を受けまして、以下発言をさせていただきます。
菊池参考人の話、また委員の方々との質疑を聞いておりまして、やはり一つ気にかかりますことは、朝鮮半島や台湾海峡などアジアの中に厳然と国家と国家の深刻な敵対関係が存在する、こうした地域全体の安定に対する脅威への対処として、軍事的な対処、抑止力の維持が極めて重要という論理であります。これ自体は確かにそうかもしれません。しかし、だけれども、この論理から派生して、こうした脅威に対して日本が軍事的にしかるべき役割を果たすのは、単なる日本の国益の発露にとどまらず、より大きな公益を守る一環であり、集団的自衛権が認められないために日本がその役割を果たせないのであれば憲法を変える必要もあるであろうという参考人の発言は、いささか危険ではないかと思います。
同じ論理で、アメリカのアフガニスタンやイラクへの軍事侵攻もテロとの闘いという公共的な利益のために許されるという話になってきますが、その結果が、現在のイラクでの泥沼状態、そしてそれに伴う虐待行為といった非常に悲しむべき現状であります。異なる民族が異なる民族を統治しようとすれば必ず失敗するという過去の歴史が物語ることでございます。イギリスもフランスも日本も、そしてアメリカもその失敗を経験してきました。やはり、軍事的な行動というのはよほど抑制的でなければならないと考えます。
参考人は、世界のすべての国が支持するということはあり得ないとも述べ、有志連合の必要性にも触れられましたが、今回のイラク侵攻のケースを見ても、それだけの支持がないところでの軍事的な行動はやはり誤りである可能性が高く、国連の正当な決議が最低限必要との認識を改めて強く持つ必要性を感じたところでございます。
その上で、今回の小委員会での議論でも話題となりました政治、経済、社会にわたる総合的な取り組みというものを、いかに実質を伴うものにしていくかが重要と考えます。例えばFTAに関しては、参考人の話では、二国間の新たな利益の不均衡を生み出し、政治的な対立が惹起されるというマイナス面も挙げられ、過度の期待をかけることへの疑問も投げかけられましたが、日本がある種戦略的にFTAもしくは一歩進んだEPAをアジア各国に投げかけることは、私は極めて有効だと考えております。
約一カ月前、EUが十五カ国から一挙に二十五カ国に拡大をし、特に旧社会主義国を初めて受け入れました。ここで見逃せないのが、こうした新規受け入れをする際の条件として、開かれた経済運営であるとか、財政赤字の是正であるとか、人権の尊重であるとか、そうしたハードルを設けているということです。相互の発展を図る前段階として、問題を抱える国家を先進的国家にキャッチアップさせるという効果を生んでいる。
アジアの各国も、近代化の点でそれぞれ大きな格差があるというのは参考人の話でも明らかにされました。環境であるとか麻薬、疫病、人身売買あるいは海賊行為という問題がますます深刻化しています。経済面では、中国を初め、WTOルールすら守られていない。こうした状況を是正し、アジア全体での底上げを図るためにも、日本は主導権を持って経済連携を早急に仕掛けて、相互の依存関係をより強め、平和的な安全保障環境を維持することこそがアジアの共通の利益であるという状況をつくり上げていくべきと考えます。こうしたいわば内側からの取り組みこそが、行く行くはアジアの地域安全保障につながるはずです。
そのためにも、政府中心のフォーラムに加えて、官民合同のフォーラムという観点はさらに重要と考えます。民間主導の生活に根差した経済もしくは文化面での交流と、そこから生まれる提言にこそ、真のアジア間での相互理解のかぎがあるのではないでしょうか。こうしたコーディネートを我々若い世代もアイデアを出して進めていかねばならないと考えております。
以上です。
中
棚
棚橋泰文#9
○棚橋委員 私の方からも、地域安全保障という観点から少し意見を述べさせていただきたいと思います。
私ども、この議論をするに当たって二つの本質を忘れてはいけないと思っておりまして、第一は、日本国憲法は、ある意味では本当に世界に冠たる高邁な理想を掲げた。二度と、政府の行為によって再び戦争の惨禍が起きることのないようにするということを前文に掲げ、また憲法九条においては、これまた皆様方御承知のように、国権の発動としての戦争を、永久にこれを放棄する。そして、そういう観点からこの国の平和主義を世界に発信し、曲がりなりにも戦後五十九年、我が国は平和であったという事実をまず私どもは深く認識すべきだと思っております。
しかし、一方で、この憲法ができたときの前提条件、プラスの面とマイナスの面があったでしょうが、米ソの冷戦構造の中での資本主義陣営に属している中で、例えば日米安保条約のように片務的な条約であっても、我が国の防衛が基本的に担保されたという状況が非常に流動化してきて、そして地域紛争が起きやすくなっている状況になっていること、あるいは、残念ながら、軍事的な技術が進歩して、我が国の近くでも地政学的なリスクを抱えるような状況になったこと、こういう中で、我が国の国益をどういうふうに守っていくかということから私は改めてこの安全保障問題というのは議論されるべきだと思っております。
その中で、当然のことながら、いわゆる集団的安全保障、これに踏み込まなければ我が国の安全は基本的に守れないんではないかという意見も当然一つの理解をしなければいけない側面があるとは私は思いますが、しかし、今楠田委員のお話にもございましたように、国の安全というのは単に軍事面においてのみ守られるものではなくて、むしろ、本来、政治、外交、そしてさらには私どもの経済、生活に一番密着する経済的な、ある意味では運命共同体をつくるという観点からも私はこれは十分考えていけるんではないかと思っております。
FTAの問題なんかはまさにその最たるものだと思っておりますが、私どもは、この二十一世紀の国際関係が流動化する中で、日本の安全保障、日本国民の生命、財産を守るにはいかなる方法が一番効率的で、なおかつ私どもが掲げてきた平和主義というものを侵すことがない方策であるのかということをまず虚心坦懐考えて、そして、当然のことながら、憲法九条を柱としてきた我が国憲法の議論の中においては、まず平和主義を大原則とする、そして、流動化する国際関係の中で、経済面あるいは外交、政治面も含めた地域安全保障を考えていく、そしてその中で、国際状況がどうしてもこれを許さないのであれば集団的自衛権の議論もやっていくというのが私は筋ではないかと思っております。
私は、集団的安全保障の議論を否定するものではございませんし、これはやはり虚心坦懐議論をすべきだと思っております。しかし、安易にこちらに走るべきではなくて、この国の国益を守るためには、現状の国際社会の現実を認識した上で、どの方法がまずベスト、ベターなのかということを虚心坦懐議論すべきでしょうし、軍事面ばかりにやはり物を考えずに、今楠田委員のお話にもございましたように、例えば外交、政治面における国際的な枠組みの強化、そして何よりも、意外とこれがきいてくると私は思っておりますが、経済面における国際的な連携、あるいは運命共同体としての何らかの枠組みの強化あるいは枠組みをつくること、こういった視点から考えていくべきだと思っております。
以上でございます。
この発言だけを見る →私ども、この議論をするに当たって二つの本質を忘れてはいけないと思っておりまして、第一は、日本国憲法は、ある意味では本当に世界に冠たる高邁な理想を掲げた。二度と、政府の行為によって再び戦争の惨禍が起きることのないようにするということを前文に掲げ、また憲法九条においては、これまた皆様方御承知のように、国権の発動としての戦争を、永久にこれを放棄する。そして、そういう観点からこの国の平和主義を世界に発信し、曲がりなりにも戦後五十九年、我が国は平和であったという事実をまず私どもは深く認識すべきだと思っております。
しかし、一方で、この憲法ができたときの前提条件、プラスの面とマイナスの面があったでしょうが、米ソの冷戦構造の中での資本主義陣営に属している中で、例えば日米安保条約のように片務的な条約であっても、我が国の防衛が基本的に担保されたという状況が非常に流動化してきて、そして地域紛争が起きやすくなっている状況になっていること、あるいは、残念ながら、軍事的な技術が進歩して、我が国の近くでも地政学的なリスクを抱えるような状況になったこと、こういう中で、我が国の国益をどういうふうに守っていくかということから私は改めてこの安全保障問題というのは議論されるべきだと思っております。
その中で、当然のことながら、いわゆる集団的安全保障、これに踏み込まなければ我が国の安全は基本的に守れないんではないかという意見も当然一つの理解をしなければいけない側面があるとは私は思いますが、しかし、今楠田委員のお話にもございましたように、国の安全というのは単に軍事面においてのみ守られるものではなくて、むしろ、本来、政治、外交、そしてさらには私どもの経済、生活に一番密着する経済的な、ある意味では運命共同体をつくるという観点からも私はこれは十分考えていけるんではないかと思っております。
FTAの問題なんかはまさにその最たるものだと思っておりますが、私どもは、この二十一世紀の国際関係が流動化する中で、日本の安全保障、日本国民の生命、財産を守るにはいかなる方法が一番効率的で、なおかつ私どもが掲げてきた平和主義というものを侵すことがない方策であるのかということをまず虚心坦懐考えて、そして、当然のことながら、憲法九条を柱としてきた我が国憲法の議論の中においては、まず平和主義を大原則とする、そして、流動化する国際関係の中で、経済面あるいは外交、政治面も含めた地域安全保障を考えていく、そしてその中で、国際状況がどうしてもこれを許さないのであれば集団的自衛権の議論もやっていくというのが私は筋ではないかと思っております。
私は、集団的安全保障の議論を否定するものではございませんし、これはやはり虚心坦懐議論をすべきだと思っております。しかし、安易にこちらに走るべきではなくて、この国の国益を守るためには、現状の国際社会の現実を認識した上で、どの方法がまずベスト、ベターなのかということを虚心坦懐議論すべきでしょうし、軍事面ばかりにやはり物を考えずに、今楠田委員のお話にもございましたように、例えば外交、政治面における国際的な枠組みの強化、そして何よりも、意外とこれがきいてくると私は思っておりますが、経済面における国際的な連携、あるいは運命共同体としての何らかの枠組みの強化あるいは枠組みをつくること、こういった視点から考えていくべきだと思っております。
以上でございます。
船
船田元#10
○船田委員 自民党の船田元でございます。
アジアあるいはアジア太平洋と言っていいかもしれませんが、この地域の安定そして成長といいますか繁栄というのは我が国の国益に直結をする、こういう非常に重要な地域であるという認識であります。これらの地域にいかに我が国として貢献をしていくか、このことはとても重要なことであると思っております。
確かに、戦前、我が国がアジアの諸国に対してさまざまな侵略的行為を行った、あるいは過剰にその国の政治に介入をした、こういった大変痛ましい、そして反省すべきことはあったと思いますけれども、かといって、我が国のアジア政策、とりわけアジアの平和と安定を維持するために何ができるかということに対して余りにちゅうちょしてしまうということは、私はよろしくない、こう考えております。我が国の現行憲法ある限り、やはりそれをもとにした対アジア、日本の役割というものはもう少し積極的に考えてもよろしいのではないかという気持ちでございます。
それから、参考人からいろいろお話を伺いましたけれども、アジア地域においては、今までは、それが国ごとに非常に多様である、あるいは非常に複雑であるということで、アジアにおいてはいわゆる地域システム、アジア全体の、例えば安保あるいは危機管理、そして経済、あらゆる面でのシステムができないのではないか、こういう今までの固定観念みたいなものがございましたが、やはりこれからはアジア地域における多国間のさまざまなシステムを構築していくということは大変重要であると思っています。そういうアジア地域全体の公共財、これを構築していく、そのために日本が貢献をしていくというのは、これはこれからの非常に大事な方向性であると思っております。
現在、ASEANプラス3ということで、日本、中国、韓国を含めた集まりがございます。それから、もうちょっと広く考えれば、アジア太平洋全体を含むAPECというグループもございます。もちろん、これは経済的なつながり、あるいは経済協力などを中心としておりますが、例えば、そういう中でARF、そのような集まりはだんだん地域の安保について議論を始めている、そういう状況でございまして、このような動きを我が国として後押しをしていくということが重要であります。
ただ、そういう中で、やはり中国の存在というのはとても大きいと思っています。世界最大の巨大市場でありますし、あるいは軍事的にも非常に大きなポテンシャルを持っております。もちろん、文化的にも大変大きな影響力がある中国であります。この中国には、これからも政治的、経済的両面においてオープンでありフェアである、そういう国づくりをぜひ続けてもらいたい、そういう気持ちであります。
また、我が国として、中国に対しては決して内向きにならないように、常にそのような働きかけをしていく必要があると思っております。このアジア地域においての中国の果たす役割、それを十分に認識し、また、よい方向に進めていってもらいながら、我が国としてのアジア政策をしっかりと確立していく、これが大変重要な時期になってきたと考えております。
以上でございます。
この発言だけを見る →アジアあるいはアジア太平洋と言っていいかもしれませんが、この地域の安定そして成長といいますか繁栄というのは我が国の国益に直結をする、こういう非常に重要な地域であるという認識であります。これらの地域にいかに我が国として貢献をしていくか、このことはとても重要なことであると思っております。
確かに、戦前、我が国がアジアの諸国に対してさまざまな侵略的行為を行った、あるいは過剰にその国の政治に介入をした、こういった大変痛ましい、そして反省すべきことはあったと思いますけれども、かといって、我が国のアジア政策、とりわけアジアの平和と安定を維持するために何ができるかということに対して余りにちゅうちょしてしまうということは、私はよろしくない、こう考えております。我が国の現行憲法ある限り、やはりそれをもとにした対アジア、日本の役割というものはもう少し積極的に考えてもよろしいのではないかという気持ちでございます。
それから、参考人からいろいろお話を伺いましたけれども、アジア地域においては、今までは、それが国ごとに非常に多様である、あるいは非常に複雑であるということで、アジアにおいてはいわゆる地域システム、アジア全体の、例えば安保あるいは危機管理、そして経済、あらゆる面でのシステムができないのではないか、こういう今までの固定観念みたいなものがございましたが、やはりこれからはアジア地域における多国間のさまざまなシステムを構築していくということは大変重要であると思っています。そういうアジア地域全体の公共財、これを構築していく、そのために日本が貢献をしていくというのは、これはこれからの非常に大事な方向性であると思っております。
現在、ASEANプラス3ということで、日本、中国、韓国を含めた集まりがございます。それから、もうちょっと広く考えれば、アジア太平洋全体を含むAPECというグループもございます。もちろん、これは経済的なつながり、あるいは経済協力などを中心としておりますが、例えば、そういう中でARF、そのような集まりはだんだん地域の安保について議論を始めている、そういう状況でございまして、このような動きを我が国として後押しをしていくということが重要であります。
ただ、そういう中で、やはり中国の存在というのはとても大きいと思っています。世界最大の巨大市場でありますし、あるいは軍事的にも非常に大きなポテンシャルを持っております。もちろん、文化的にも大変大きな影響力がある中国であります。この中国には、これからも政治的、経済的両面においてオープンでありフェアである、そういう国づくりをぜひ続けてもらいたい、そういう気持ちであります。
また、我が国として、中国に対しては決して内向きにならないように、常にそのような働きかけをしていく必要があると思っております。このアジア地域においての中国の果たす役割、それを十分に認識し、また、よい方向に進めていってもらいながら、我が国としてのアジア政策をしっかりと確立していく、これが大変重要な時期になってきたと考えております。
以上でございます。
山
山口富男#11
○山口(富)委員 日本共産党の山口富男です。
私は、地域の安全保障を考える場合に、一つは、二十一世紀を迎えたアジアに対する現状認識の問題、それから、それに対して日本が持つべき平和外交戦略の中身の問題、そしてもう一つ、その際依拠すべき憲法原則、それらが当然問題になってくると思います。
まず初めに、アジアへの現状認識の問題なんですけれども、参考人もさまざまな角度からお述べになったわけですが、私は、アジアは、この二十一世紀の世界の動向を見る中軸になると言われていますけれども、他の地域に見られない非常に多面的な特徴を持った地域だと思います。
それは、国の構成で見ましても、社会主義を目指す中国、ベトナムがあり、また、日本のように発達した資本主義国があり、そして一方では、経済的発展の点では発展途上と言われるようなさまざまな諸国がそこに存在します。
それからまた、宗教の面で見ましても、いわゆる世界の四大宗教と言われるような国が、それぞれの自国の中にそういう宗教の面での問題を抱え込むというような地域で、なかなかこれはほかのところに見られない問題だというふうに思うんです。そして、今この地域が世界の非同盟運動の発展の一つの大きな力をなす地域になっているというところも注目すべきだというふうに思うんです。
私は、それだけに、日本がこういうアジアでの平和外交戦略、経済戦略をきちんと据えることが大事だと思うんですけれども、その際に、やはり憲法論的に考えれば、日本国憲法の平和主義の問題、それと、侵略戦争の反省の上に立って考えるということが基本であって、集団的自衛権については、私はこれは憲法が認めるところではないというふうに思います。
問題は、アジアでの平和関係に絞って考えてみますと、東南アジアでは、先ほど船田委員が指摘されたように、このASEAN地域フォーラム、ARFという安全保障対話が始まっていますし、また、東南アジア友好条約のように、紛争の国際関係について、平和的な解決を目指すという流れが非常に強力に生まれている。同時に、東南アジアではそうですけれども、北東アジアを見ますと、やはり朝鮮半島の問題、それから台湾海峡をめぐる緊張の問題という、さまざまな不安定な要因を抱えている。この問題を解決していくことが、長期的には北東アジアの平和と安定にとっても欠かすことができない課題になるだろうというふうに思います。
北朝鮮問題では、五月の日朝首脳会談で、私は、一昨年の日朝平壌宣言が日朝関係の基礎として再確認をされて、拉致問題、それから核、ミサイル問題、人道援助問題などで、懸案事項が引き続き残るわけですけれども、一定の合意を見て、国交正常化への前進の方向を確認したことは重要なものだというふうに考えております。
そして、北朝鮮との関係の問題について言いますと、ここできちんとした両国関係の安定化が図れるような方向が生まれれば、これは、六者協議を含めまして、北東アジアにおける二十一世紀の長い目で見たときの平和と安定の国際関係の確立の上で非常に大きな役割を日本が果たし得る分野に逆になるというふうにも考えるんです。
それからもう一点の、台湾海峡をめぐる問題なんですけれども、台湾問題については、日本は平和解決の独自の役割があると思います。それは、あの地域を五十年間植民地支配した問題がありますし、その後ポツダム宣言によって中国に返還したという経過がありますから、やはり台湾住民の合意のもとに、中国大陸との平和的な統一が実現されるということを私は希望したいというふうに思います。
最後に、FTAの問題なんですけれども、これを考える場合に、やはり国連憲章が定めております主権国家の平等原則の問題、それから、憲法が打ち立てている国際協調主義や平和的生存権にかかわる問題、こういうことをきちんと踏まえることが大事だ。特に、アジアは、八〇年代末から九〇年代のアジア通貨危機を契機にして、自主的な経済圏をつくるという動きを非常に強めましたから、FTAを考える場合も、やはり各国の経済主権と平等互恵の立場に自覚的に立って、問題にリアルに対処していくということが日本には求められているというふうに考えます。
この発言だけを見る →私は、地域の安全保障を考える場合に、一つは、二十一世紀を迎えたアジアに対する現状認識の問題、それから、それに対して日本が持つべき平和外交戦略の中身の問題、そしてもう一つ、その際依拠すべき憲法原則、それらが当然問題になってくると思います。
まず初めに、アジアへの現状認識の問題なんですけれども、参考人もさまざまな角度からお述べになったわけですが、私は、アジアは、この二十一世紀の世界の動向を見る中軸になると言われていますけれども、他の地域に見られない非常に多面的な特徴を持った地域だと思います。
それは、国の構成で見ましても、社会主義を目指す中国、ベトナムがあり、また、日本のように発達した資本主義国があり、そして一方では、経済的発展の点では発展途上と言われるようなさまざまな諸国がそこに存在します。
それからまた、宗教の面で見ましても、いわゆる世界の四大宗教と言われるような国が、それぞれの自国の中にそういう宗教の面での問題を抱え込むというような地域で、なかなかこれはほかのところに見られない問題だというふうに思うんです。そして、今この地域が世界の非同盟運動の発展の一つの大きな力をなす地域になっているというところも注目すべきだというふうに思うんです。
私は、それだけに、日本がこういうアジアでの平和外交戦略、経済戦略をきちんと据えることが大事だと思うんですけれども、その際に、やはり憲法論的に考えれば、日本国憲法の平和主義の問題、それと、侵略戦争の反省の上に立って考えるということが基本であって、集団的自衛権については、私はこれは憲法が認めるところではないというふうに思います。
問題は、アジアでの平和関係に絞って考えてみますと、東南アジアでは、先ほど船田委員が指摘されたように、このASEAN地域フォーラム、ARFという安全保障対話が始まっていますし、また、東南アジア友好条約のように、紛争の国際関係について、平和的な解決を目指すという流れが非常に強力に生まれている。同時に、東南アジアではそうですけれども、北東アジアを見ますと、やはり朝鮮半島の問題、それから台湾海峡をめぐる緊張の問題という、さまざまな不安定な要因を抱えている。この問題を解決していくことが、長期的には北東アジアの平和と安定にとっても欠かすことができない課題になるだろうというふうに思います。
北朝鮮問題では、五月の日朝首脳会談で、私は、一昨年の日朝平壌宣言が日朝関係の基礎として再確認をされて、拉致問題、それから核、ミサイル問題、人道援助問題などで、懸案事項が引き続き残るわけですけれども、一定の合意を見て、国交正常化への前進の方向を確認したことは重要なものだというふうに考えております。
そして、北朝鮮との関係の問題について言いますと、ここできちんとした両国関係の安定化が図れるような方向が生まれれば、これは、六者協議を含めまして、北東アジアにおける二十一世紀の長い目で見たときの平和と安定の国際関係の確立の上で非常に大きな役割を日本が果たし得る分野に逆になるというふうにも考えるんです。
それからもう一点の、台湾海峡をめぐる問題なんですけれども、台湾問題については、日本は平和解決の独自の役割があると思います。それは、あの地域を五十年間植民地支配した問題がありますし、その後ポツダム宣言によって中国に返還したという経過がありますから、やはり台湾住民の合意のもとに、中国大陸との平和的な統一が実現されるということを私は希望したいというふうに思います。
最後に、FTAの問題なんですけれども、これを考える場合に、やはり国連憲章が定めております主権国家の平等原則の問題、それから、憲法が打ち立てている国際協調主義や平和的生存権にかかわる問題、こういうことをきちんと踏まえることが大事だ。特に、アジアは、八〇年代末から九〇年代のアジア通貨危機を契機にして、自主的な経済圏をつくるという動きを非常に強めましたから、FTAを考える場合も、やはり各国の経済主権と平等互恵の立場に自覚的に立って、問題にリアルに対処していくということが日本には求められているというふうに考えます。
中
中谷元#12
○中谷委員 集団的自衛権や集団的安全保障についても、ただいまの意見であれば、悪いものであって危険なものであるというようなことも伺いましたが、現にヨーロッパにはNATOという機構がありまして、また、現在EU軍なども創設をされていまして、地域の安全保障の、この平和の維持のために各国が実力組織を提供して、みんなでルールを定めて守っていこうということが行われております。また、国際的にも、アフガニスタンの地域安定のために、NATOなどが中心になって平和維持を実施しているわけでありますが、このように、集団的自衛権にしても、集団的安全保障また地域安全保障にしても、国連憲章で認められている事項であって、この憲章の中に記述もありますし、加盟国においてはそれを行うことが容認されております。
憲法も、戦後の議論の中で、集団的自衛権は、国家として権利を持つが行使はできないというふうに現在政府は考えておりますが、行使できない権利など、これは常識の概念、言葉では理解できないわけでありまして、まさにこの点が憲法の持つ自己欺瞞と現実逃避ではないか。やはり憲法においては、権利としてあるのならば、それを行使することは国家としてできるというふうに考えるのが通常でありまして、そのほかのことは、安全保障基本法とか今の自衛隊法とか、そういう法律で定めるべきではないかと思っております。
それから、脅威につきましては、科学技術の進展とともに、生物化学兵器とかハイテク兵器また核兵器など、テロが安易に起こる時代になりました。また、海賊行為も今後の課題になっておりまして、ひとりで国家を守るということにつきましては、非常にコストのかかることでもあり、不可能でもあるような現状が来ておりますので、どうしても、この地域の安全保障において、アジアにおいてもこのようなものを考えるべきである。
そうすれば、日本もそこで定められたことを実行することも必要でもありますし、将来、国連の集団的自衛権に基づく行為においても、日本としては国家としてこれに参画をしていくということは私は当然のことでもありますし、また、常任理事国入りを目指すのであれば、やはりそれなりのことができることを国家として築き上げておかないと、しっかりとした国際的な地位というものも保てないのではないかと。
安全保障というのはなぜ軍事的対処があるかといいますと、その脅威に対してしかるべき役割を果たしていく、要は、そういった事態を抑止をし、また自立をし、また協力をしていくという高い見識に基づいて考えるべきでありまして、日本というのは、こういった安全、地域平和においては、人任せにするものではなくて、みずからの努力と責任において、こういった脅威に対する備えというものを考えていかなければならないと考えております。
この発言だけを見る →憲法も、戦後の議論の中で、集団的自衛権は、国家として権利を持つが行使はできないというふうに現在政府は考えておりますが、行使できない権利など、これは常識の概念、言葉では理解できないわけでありまして、まさにこの点が憲法の持つ自己欺瞞と現実逃避ではないか。やはり憲法においては、権利としてあるのならば、それを行使することは国家としてできるというふうに考えるのが通常でありまして、そのほかのことは、安全保障基本法とか今の自衛隊法とか、そういう法律で定めるべきではないかと思っております。
それから、脅威につきましては、科学技術の進展とともに、生物化学兵器とかハイテク兵器また核兵器など、テロが安易に起こる時代になりました。また、海賊行為も今後の課題になっておりまして、ひとりで国家を守るということにつきましては、非常にコストのかかることでもあり、不可能でもあるような現状が来ておりますので、どうしても、この地域の安全保障において、アジアにおいてもこのようなものを考えるべきである。
そうすれば、日本もそこで定められたことを実行することも必要でもありますし、将来、国連の集団的自衛権に基づく行為においても、日本としては国家としてこれに参画をしていくということは私は当然のことでもありますし、また、常任理事国入りを目指すのであれば、やはりそれなりのことができることを国家として築き上げておかないと、しっかりとした国際的な地位というものも保てないのではないかと。
安全保障というのはなぜ軍事的対処があるかといいますと、その脅威に対してしかるべき役割を果たしていく、要は、そういった事態を抑止をし、また自立をし、また協力をしていくという高い見識に基づいて考えるべきでありまして、日本というのは、こういった安全、地域平和においては、人任せにするものではなくて、みずからの努力と責任において、こういった脅威に対する備えというものを考えていかなければならないと考えております。
赤
赤松正雄#13
○赤松(正)委員 公明党の赤松正雄でございます。
先ほど来、地域の安全保障ということに関して、極めて具体的また包括的なお話がなされておりますが、先ほど来交わされているような議論につきましては、私もこの場で既に何回か申し上げてまいりましたので、ちょっと違った角度で若干お話をさせていただきたいと思います。
といいますのは、今憲法を取り巻く状況というのは、いろいろな場面で、いろいろな論者が、さまざまな時間的経緯の中で区切りのような、そういう時代的区分というか、時代的気分を期限的な区切りでもって示される傾向が強い。つまり、ムード的に、雰囲気的に、憲法をめぐる状況、つまり日本にとって今一つの大きな転機であるというふうな論考が多い、そんなふうに思います。
例えば、明治維新の第一の開国、そして、あの第二次世界大戦、アジア太平洋戦争の終わった時期の第二の開国、そして今、第三の開国を迎えている、こういう開国に合わせての憲法の新しい取り組み方が必要である、こんな意見とか、あるいは、ことしが日露開戦百年あるいは日米和親条約締結から百五十年あるいは日清戦争から百十年と、こんなふうな時代的区切りといいますか、そういったものを指摘される流れの中で、日本が今、憲法について、憲法も含めてでありますけれども、大きな転換期に来ている、こんなふうな議論がされるわけで、私もそういった議論には強い関心を持つわけです。
問題は、そういう時間的経緯とは別に、日本並びに日本の関係国との間のいろいろな意味でのそうした時代的な経緯はたっているけれども、国家と国家の基本的な関係というものには意外と余り大きな変化がないんじゃないのか、こんなふうな感じを抱きます。
そんなときに、例えばヨーロッパとアメリカとの関係においてしばしば言われるのが、一九九五年におけるドレスデンの和解、一九四五年二月に東部ドイツの都市ドレスデンに米英軍が非軍事都市破壊作戦を行った、その犠牲者に対する追悼、鎮魂の儀式のようなものもやった。この米英とドイツとのそうした儀式の持つ意味というのは、けじめをつけるという意味で非常に大きな意味があった。
そういう意味合いからいって、地域安全保障という観点で、日本とアメリカ、あるいは日本とアジアの間に真実の意味で、その米英対ドイツの間におけるところのいわゆるドレスデンの和解のような、そういった国家と国家の間における、さきの大戦、あるいはその前後におけるさまざまな出来事に対するお互いのけじめとしての和解、そうした意思表明、そういうものが必要ではないのかという指摘は、私は、結構大きな、意味深い指摘ではないのかな、そんなふうな気がいたします。
では、具体的に、どういう場所で、どういう形でそういうことをやるのかということについては、なかなか考えが及ばない。福田前官房長官がいらしたら、その辺、元政府担当高官として意見を聞きたいなと思ったんですが、いらっしゃらない。質問通告をいたしておりませんので、また後に、機会があればお聞かせ願いたいな。そういうふうな、国と国との地域の安全保障における過去の経緯の中でのけじめというふうな問題について、いささか考えるところがございます。
以上でございます。
この発言だけを見る →先ほど来、地域の安全保障ということに関して、極めて具体的また包括的なお話がなされておりますが、先ほど来交わされているような議論につきましては、私もこの場で既に何回か申し上げてまいりましたので、ちょっと違った角度で若干お話をさせていただきたいと思います。
といいますのは、今憲法を取り巻く状況というのは、いろいろな場面で、いろいろな論者が、さまざまな時間的経緯の中で区切りのような、そういう時代的区分というか、時代的気分を期限的な区切りでもって示される傾向が強い。つまり、ムード的に、雰囲気的に、憲法をめぐる状況、つまり日本にとって今一つの大きな転機であるというふうな論考が多い、そんなふうに思います。
例えば、明治維新の第一の開国、そして、あの第二次世界大戦、アジア太平洋戦争の終わった時期の第二の開国、そして今、第三の開国を迎えている、こういう開国に合わせての憲法の新しい取り組み方が必要である、こんな意見とか、あるいは、ことしが日露開戦百年あるいは日米和親条約締結から百五十年あるいは日清戦争から百十年と、こんなふうな時代的区切りといいますか、そういったものを指摘される流れの中で、日本が今、憲法について、憲法も含めてでありますけれども、大きな転換期に来ている、こんなふうな議論がされるわけで、私もそういった議論には強い関心を持つわけです。
問題は、そういう時間的経緯とは別に、日本並びに日本の関係国との間のいろいろな意味でのそうした時代的な経緯はたっているけれども、国家と国家の基本的な関係というものには意外と余り大きな変化がないんじゃないのか、こんなふうな感じを抱きます。
そんなときに、例えばヨーロッパとアメリカとの関係においてしばしば言われるのが、一九九五年におけるドレスデンの和解、一九四五年二月に東部ドイツの都市ドレスデンに米英軍が非軍事都市破壊作戦を行った、その犠牲者に対する追悼、鎮魂の儀式のようなものもやった。この米英とドイツとのそうした儀式の持つ意味というのは、けじめをつけるという意味で非常に大きな意味があった。
そういう意味合いからいって、地域安全保障という観点で、日本とアメリカ、あるいは日本とアジアの間に真実の意味で、その米英対ドイツの間におけるところのいわゆるドレスデンの和解のような、そういった国家と国家の間における、さきの大戦、あるいはその前後におけるさまざまな出来事に対するお互いのけじめとしての和解、そうした意思表明、そういうものが必要ではないのかという指摘は、私は、結構大きな、意味深い指摘ではないのかな、そんなふうな気がいたします。
では、具体的に、どういう場所で、どういう形でそういうことをやるのかということについては、なかなか考えが及ばない。福田前官房長官がいらしたら、その辺、元政府担当高官として意見を聞きたいなと思ったんですが、いらっしゃらない。質問通告をいたしておりませんので、また後に、機会があればお聞かせ願いたいな。そういうふうな、国と国との地域の安全保障における過去の経緯の中でのけじめというふうな問題について、いささか考えるところがございます。
以上でございます。
土
土井たか子#14
○土井委員 あるいは、私の発言は最初に申し上げればよかったかもしれないなと思いながら、今、ネーミングカードを立てたわけですが。
実は、きょうは小委員会の報告を小委員長がされるということで日程が組まれまして、そして事前に事務局の方が文書を用意されたのを小委員長がお目通しをされて、ここに案として出されるという形なんですね。私どもは事前にその文書を配付していただけるので、大変に便利です。そして、中身に対して目通しができるというのはありがたいと思っております。
きょうは、この安全保障及び国際協力等に関する調査小委員会の案文を事前に読ませていただいて、実は、この文書の中で、小委員長御自身が総括ということでまとめられている部分が後半にあるわけです。そこの部分を見ますと、最後の方の、締めくくり中の締めくくりと申し上げてもいいと思うんですが、「我が国の安全保障や国際協力のあり方について、九条や前文をめぐる争点に関する憲法上の問題の所在が次第に明らかになってきたと思います。」というふうに述べられているんですね。
何が明らかになってきたのかというのが私にはもう一つわからないんです。幾たびかこの案文を読ませていただいた上で、もう一度ここについて見てみると、「九条や前文をめぐる争点に関する憲法上の問題の所在」と。これは非常に高度といえば高度なんですが、文章として認識しづらい、読みづらい中身だったものですから、ちょっとこれは、端的に言ったらどういうことなのか。
むしろ、これは限定的に委員長御自身がお考えになっていらっしゃるということだったら、それ自身がちょっと違いますよと私は思うので、この辺について、何が明らかになってきたとお思いになっているのかということを小委員長からお聞かせいただければと思って、私はネーミングカードを立てました。
この発言だけを見る →実は、きょうは小委員会の報告を小委員長がされるということで日程が組まれまして、そして事前に事務局の方が文書を用意されたのを小委員長がお目通しをされて、ここに案として出されるという形なんですね。私どもは事前にその文書を配付していただけるので、大変に便利です。そして、中身に対して目通しができるというのはありがたいと思っております。
きょうは、この安全保障及び国際協力等に関する調査小委員会の案文を事前に読ませていただいて、実は、この文書の中で、小委員長御自身が総括ということでまとめられている部分が後半にあるわけです。そこの部分を見ますと、最後の方の、締めくくり中の締めくくりと申し上げてもいいと思うんですが、「我が国の安全保障や国際協力のあり方について、九条や前文をめぐる争点に関する憲法上の問題の所在が次第に明らかになってきたと思います。」というふうに述べられているんですね。
何が明らかになってきたのかというのが私にはもう一つわからないんです。幾たびかこの案文を読ませていただいた上で、もう一度ここについて見てみると、「九条や前文をめぐる争点に関する憲法上の問題の所在」と。これは非常に高度といえば高度なんですが、文章として認識しづらい、読みづらい中身だったものですから、ちょっとこれは、端的に言ったらどういうことなのか。
むしろ、これは限定的に委員長御自身がお考えになっていらっしゃるということだったら、それ自身がちょっと違いますよと私は思うので、この辺について、何が明らかになってきたとお思いになっているのかということを小委員長からお聞かせいただければと思って、私はネーミングカードを立てました。
近
近藤基彦#15
○近藤(基)委員 私も、この文章を書くに当たって、どういう書きぶりがいいのかなという思いが実はあって、ただ、論議をしてきた、積み重ねてきたこと、これは土井先生ももちろん御存じだろうと。
一点、私がこの書きぶりでいいのかなと思って考えたのが、「憲法上の問題」という部分であります。いろいろなとらえ方があり、そして、憲法を変えた方がいい、あるいは、この憲法は大変いい憲法なのだがその運用の仕方が少し間違っているんではないかという御意見ももちろんあります。
ですから、そういった意味で、論議を高めてきたという御解釈、これは議事録に残りますので、私自身の考えは、憲法上の問題の所在が明らかになってきた、これは憲法そのものが悪いのではなくて、その政治的な運用の仕方がまずい、これも一つあるでしょう。あるいは、時代に合わなくなってきているんではないかという御意見もあったということの論議を積み重ねてきたと御理解をいただきたいと思っておるんです。
具体的に、例えばここが明らかになってきたとかあそこが明らかになってきた、そういう話になると、これはちょっと、視点的には、ここは発議権もありませんし、論議が高まってきたという部分で、論議を積み重ねてきた結果いろいろな御意見が出てきて、憲法上に問題がある、あるいは、これは平和憲法で大変いい憲法で問題はないが、しかしその憲法の運用の仕方に問題があるんではないかという議論もあり、それをさらに深めていってはいかがかなという部分でとらえていただければありがたいなと思っているんです。
この発言だけを見る →一点、私がこの書きぶりでいいのかなと思って考えたのが、「憲法上の問題」という部分であります。いろいろなとらえ方があり、そして、憲法を変えた方がいい、あるいは、この憲法は大変いい憲法なのだがその運用の仕方が少し間違っているんではないかという御意見ももちろんあります。
ですから、そういった意味で、論議を高めてきたという御解釈、これは議事録に残りますので、私自身の考えは、憲法上の問題の所在が明らかになってきた、これは憲法そのものが悪いのではなくて、その政治的な運用の仕方がまずい、これも一つあるでしょう。あるいは、時代に合わなくなってきているんではないかという御意見もあったということの論議を積み重ねてきたと御理解をいただきたいと思っておるんです。
具体的に、例えばここが明らかになってきたとかあそこが明らかになってきた、そういう話になると、これはちょっと、視点的には、ここは発議権もありませんし、論議が高まってきたという部分で、論議を積み重ねてきた結果いろいろな御意見が出てきて、憲法上に問題がある、あるいは、これは平和憲法で大変いい憲法で問題はないが、しかしその憲法の運用の仕方に問題があるんではないかという議論もあり、それをさらに深めていってはいかがかなという部分でとらえていただければありがたいなと思っているんです。
土
土井たか子#16
○土井委員 今、委員長からの御説明をいただきましたが、この文章では、今委員長がおっしゃったとおり、憲法全体についてあたかも問題にされているわけじゃないんですよ。文章を見ると、「九条や前文をめぐる争点に関する」が前提でございまして、「九条や前文をめぐる争点に関する憲法上の問題の所在が次第に明らかになってきた」とおっしゃっているわけですから、どうもこれは限定的なんですね。憲法全体じゃないんです。
だから、その辺で、非常にこれは限定してその所在についての認識ということをお持ちなんではないかと思ったものですから。ちょっとこれはわかりにくいですよ、委員長。
この発言だけを見る →だから、その辺で、非常にこれは限定してその所在についての認識ということをお持ちなんではないかと思ったものですから。ちょっとこれはわかりにくいですよ、委員長。
近
近藤基彦#17
○近藤(基)委員 議事録に残りますので、書きぶりが云々ということはもちろんあるでしょうけれども、そういった意味で、私が受け持っている小委員会というのは安全保障や国際協力に関する小委員会でありますので、その中での議論で、全体をというと、これは会長の取りまとめになりますので、そういった意味で、その中でもそういった憲法の論議をさらに深めていきたい。そして、論議の中でそういった争点が幾つかの部分であらわれてきている。例えば、集団的自衛権の問題もそうですし、いろいろな、国連軍あるいは多国籍軍、あるいはそれに対しての御反論、そういった論戦が今までなされてきて、さらにその論議を深めていきたいという思いでこれを書いたと御理解をいただければと思うんです。
この発言だけを見る →土
土井たか子#18
○土井委員 今、また繰り返しになりますけれども、「九条や前文をめぐる争点に関する憲法上の問題」ということでおっしゃっているわけですから、もちろん大きなテーマになっている安全保障、国際協力というのは、これは九条、前文だけに限りません。もちろん憲法の中で言ったら、九条、前文が枢要な条文であるということは言うまでもございませんけれども、憲法全体にかかわる問題でもあります。
したがって、特に「九条や前文をめぐる争点に関する憲法上の問題の所在が次第に明らかになってきた」とおっしゃっているわけですから、これはおっしゃることに意味があるんだろうとやはり思いまして、したがって、その辺をしつこいようですけれどもお聞きした次第です。
この発言だけを見る →したがって、特に「九条や前文をめぐる争点に関する憲法上の問題の所在が次第に明らかになってきた」とおっしゃっているわけですから、これはおっしゃることに意味があるんだろうとやはり思いまして、したがって、その辺をしつこいようですけれどもお聞きした次第です。
中
中谷元#19
○中谷委員 今の九条と前文の抱える問題としては、国会でも争点になっておりますが、現実に、政府の行為として、PKOにしてもイラクの派遣にしても、これは憲法の範囲でやるということでやっておることに対して、これは憲法違反だと言う政党もあれば、国会でそのような意見もあります。
要は、九条と前文によりましてさまざまな議論が行われていることにつきまして、やはりこの辺はきちんと、国民がだれしも理解できるような文章に改めて、できることとできないこと、こういうことをきちんと制定するということが国家の基本法であろうかと思いますので、現実に国会論戦で、さまざまな問題点、論点がこの憲法によってなされているというのは事実でありますから、そういうことでこの憲法の抱える問題点として指摘をしたことでございますので、この点につきましては、私は正しい記述ではないかというふうに思っております。
この発言だけを見る →要は、九条と前文によりましてさまざまな議論が行われていることにつきまして、やはりこの辺はきちんと、国民がだれしも理解できるような文章に改めて、できることとできないこと、こういうことをきちんと制定するということが国家の基本法であろうかと思いますので、現実に国会論戦で、さまざまな問題点、論点がこの憲法によってなされているというのは事実でありますから、そういうことでこの憲法の抱える問題点として指摘をしたことでございますので、この点につきましては、私は正しい記述ではないかというふうに思っております。
中
山
山口富男#21
○山口(富)委員 土井委員と近藤小委員長はしばしば議論しておりますが、私も中谷委員としばしば議論しておりまして、先ほど言及がありましたので、その点に限って申し述べたいと思います。
私は、大体、集団的自衛権について悪者論というような言葉は一切使っておりません。それは、委員の方はまとめておっしゃったことですけれども。しかし同時に、私は、集団的自衛権について、これを世界の自明のものとして扱うという姿勢は正しくないと思っております。というのは、国際法の規範の理解の問題という側面と、もう一つは歴史の実態の理解の側面と、両方からそのことは言えると思うんです。
まず、国際法の問題でいいますと、確かに国連憲章五十一条に初めてこの集団的自衛権という言葉が書かれたわけですけれども、これが持ち込まれた経過というのは、既にいろいろな文書で明らかになっているように、軍事同盟を認めるために最終盤でアメリカが押し込んだ規定であるということはもう明らかです。ですから、私は以前の委員会でも申し上げたんですが、これはあくまで例外的な規定であって、普遍的な固有の権利という形での理解はできないものであるというふうに考えております。
それからもう一点は歴史の実態なんですけれども、自衛権という名前はついておりますが、集団的自衛権の名前で行われたものは、実際には集団的な攻撃権なんですね。アメリカの場合はベトナム戦争であり、ソ連の場合はアフガニスタンへの侵略であるという形であらわれてきたわけです。しかも、現実には、今、世界の多数の国々は非同盟諸国となっておりまして、既に軍事同盟から離脱しておりますから、その点では、集団的自衛権の行使というものがあたかも世界で自明であるかのような立場でこの問題を考えることは正しくない。
ですから、私は、冒頭一言、日本の憲法は、前文でも九条のもとでも集団的自衛権を認めるものではないということ、以上の点を踏まえながら述べたわけです。
この発言だけを見る →私は、大体、集団的自衛権について悪者論というような言葉は一切使っておりません。それは、委員の方はまとめておっしゃったことですけれども。しかし同時に、私は、集団的自衛権について、これを世界の自明のものとして扱うという姿勢は正しくないと思っております。というのは、国際法の規範の理解の問題という側面と、もう一つは歴史の実態の理解の側面と、両方からそのことは言えると思うんです。
まず、国際法の問題でいいますと、確かに国連憲章五十一条に初めてこの集団的自衛権という言葉が書かれたわけですけれども、これが持ち込まれた経過というのは、既にいろいろな文書で明らかになっているように、軍事同盟を認めるために最終盤でアメリカが押し込んだ規定であるということはもう明らかです。ですから、私は以前の委員会でも申し上げたんですが、これはあくまで例外的な規定であって、普遍的な固有の権利という形での理解はできないものであるというふうに考えております。
それからもう一点は歴史の実態なんですけれども、自衛権という名前はついておりますが、集団的自衛権の名前で行われたものは、実際には集団的な攻撃権なんですね。アメリカの場合はベトナム戦争であり、ソ連の場合はアフガニスタンへの侵略であるという形であらわれてきたわけです。しかも、現実には、今、世界の多数の国々は非同盟諸国となっておりまして、既に軍事同盟から離脱しておりますから、その点では、集団的自衛権の行使というものがあたかも世界で自明であるかのような立場でこの問題を考えることは正しくない。
ですから、私は、冒頭一言、日本の憲法は、前文でも九条のもとでも集団的自衛権を認めるものではないということ、以上の点を踏まえながら述べたわけです。
中
中山太郎#22
○中山会長 まだ御発言の御希望もございますが、これにて地域安全保障について、憲法の視点からのFTA問題を含めての自由討議を終了させていただきます。
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この発言だけを見る →—————————————
中
中山太郎#23
○中山会長 次に、憲法と国際法について、最高法規としての憲法のあり方に関する調査小委員長から、去る四月二十二日の小委員会の経過の報告を聴取し、その後、自由討議を行います。最高法規としての憲法のあり方に関する調査小委員長保岡興治君。
この発言だけを見る →保
保岡興治#24
○保岡委員 最高法規としての憲法のあり方に関する調査小委員会における調査の経過及びその概要について御報告申し上げます。
本小委員会は、四月二十二日に会議を開き、参考人として、北星学園大学経済学部助教授齊藤正彰君をお呼びし、憲法と国際法、特に人権の国際的保障について御意見を聴取いたしました。
会議における参考人の意見陳述の詳細については小委員会の会議録を参照いただくこととし、その概要を簡潔に申し上げますと、
参考人からは、
まず、憲法と国際法の関係について総論的な説明がなされ、その中で、国法体系における条約の取り扱いという問題を考える上では、各国の憲法規定や国家機関の実行などの分析に力を注ぐべきであるという意見が近年の主流であること。従来は、憲法と条約が矛盾、衝突するケースが重要な論点となったが、憲法と国際人権条約は人権保障を目指すという点で共通しており、完全な矛盾、衝突は必ずしも多くはないこと。法律に対する条約の優位は、憲法の国際主義を基調として、他の憲法の諸原理との調和を求めた結果と解するのが整合的であることなどが述べられました。
次に、国際人権条約の内容の実現のためには、国内裁判所による国内的実施が重要であるが、現状では、国内裁判所は国際人権条約の活用に積極的であるとは言えないとの指摘がなされました。その上で、国際人権条約の国内的実施に当たっては、国際人権条約の内容を違憲審査制の枠組みで実現する違憲審査制とのすり合わせとして、憲法の条約適合的解釈など国際人権条約の憲法解釈の基準への援用、及び国際人権条約違反を理由とする最高裁への上訴の容認が必要であるとの意見が述べられました。
また、近時問題となっている国際人権規約における自由権規約の規約人権委員会の意見、見解と国内裁判所の関係について、国内裁判所において当該意見等を可能な限り顧慮することは、条約の誠実な遵守をうたう憲法九十八条二項の要請にかなうものであるとの指摘がなされました。
このような参考人の御意見を踏まえて、質疑及び委員間の自由討議が行われ、委員及び参考人の間で活発な意見の交換が行われました。
そこにおいて表明された意見を小委員長として総括すれば、
憲法が定める人権保障をより充実させるための手段として、国際人権条約を憲法へ取り込んでいくことは有用であるという点については、各会派に一致した見解であったと思われます。ただし、我が国の国際人権条約の批准の状況、国内適用の現状に対する評価については、意見の分かれるところでございました。
このほか、質疑の中では、条約の国会承認手続の要否及び条約内容の留保の判断権を内閣が有している問題等の条約と立法、行政の関係のあり方、国内裁判所による条約の直接適用の可否の問題などの条約と司法の関係のあり方につきましても議論がなされました。
これらの議論を通じ、憲法と国際法のあり方を考えるに当たっては、国際協調主義を基調とする憲法が有する国際法に対する尊重的態度をより具体的な形で実現していくために、立法、行政、司法の幅広い視野から、それぞれの国際法への関与のあり方について総合的に検討を行うことが必要であると認識した次第です。
以上、御報告申し上げます。
この発言だけを見る →本小委員会は、四月二十二日に会議を開き、参考人として、北星学園大学経済学部助教授齊藤正彰君をお呼びし、憲法と国際法、特に人権の国際的保障について御意見を聴取いたしました。
会議における参考人の意見陳述の詳細については小委員会の会議録を参照いただくこととし、その概要を簡潔に申し上げますと、
参考人からは、
まず、憲法と国際法の関係について総論的な説明がなされ、その中で、国法体系における条約の取り扱いという問題を考える上では、各国の憲法規定や国家機関の実行などの分析に力を注ぐべきであるという意見が近年の主流であること。従来は、憲法と条約が矛盾、衝突するケースが重要な論点となったが、憲法と国際人権条約は人権保障を目指すという点で共通しており、完全な矛盾、衝突は必ずしも多くはないこと。法律に対する条約の優位は、憲法の国際主義を基調として、他の憲法の諸原理との調和を求めた結果と解するのが整合的であることなどが述べられました。
次に、国際人権条約の内容の実現のためには、国内裁判所による国内的実施が重要であるが、現状では、国内裁判所は国際人権条約の活用に積極的であるとは言えないとの指摘がなされました。その上で、国際人権条約の国内的実施に当たっては、国際人権条約の内容を違憲審査制の枠組みで実現する違憲審査制とのすり合わせとして、憲法の条約適合的解釈など国際人権条約の憲法解釈の基準への援用、及び国際人権条約違反を理由とする最高裁への上訴の容認が必要であるとの意見が述べられました。
また、近時問題となっている国際人権規約における自由権規約の規約人権委員会の意見、見解と国内裁判所の関係について、国内裁判所において当該意見等を可能な限り顧慮することは、条約の誠実な遵守をうたう憲法九十八条二項の要請にかなうものであるとの指摘がなされました。
このような参考人の御意見を踏まえて、質疑及び委員間の自由討議が行われ、委員及び参考人の間で活発な意見の交換が行われました。
そこにおいて表明された意見を小委員長として総括すれば、
憲法が定める人権保障をより充実させるための手段として、国際人権条約を憲法へ取り込んでいくことは有用であるという点については、各会派に一致した見解であったと思われます。ただし、我が国の国際人権条約の批准の状況、国内適用の現状に対する評価については、意見の分かれるところでございました。
このほか、質疑の中では、条約の国会承認手続の要否及び条約内容の留保の判断権を内閣が有している問題等の条約と立法、行政の関係のあり方、国内裁判所による条約の直接適用の可否の問題などの条約と司法の関係のあり方につきましても議論がなされました。
これらの議論を通じ、憲法と国際法のあり方を考えるに当たっては、国際協調主義を基調とする憲法が有する国際法に対する尊重的態度をより具体的な形で実現していくために、立法、行政、司法の幅広い視野から、それぞれの国際法への関与のあり方について総合的に検討を行うことが必要であると認識した次第です。
以上、御報告申し上げます。
中
大
大出彰#26
○大出委員 最初の発言者担当の民主党の大出彰でございます。
この齊藤参考人のお話というのは、法律の条約適合性というのが中心でございましたので、その話でございます。
私は、常日ごろ、裁判所は法律の憲法適合性審査と同様に、どうしてもっと法律の条約適合性審査をやらないのだろうかと思っていましたので、その観点から齊藤参考人に質問しました。
まず私は、私が国際法学者に会ったとき、裁判所は法律の条約適合性審査をやらない傾向があるのはなぜでしょうかと問い、それに対して、我々国際法学者は憲法をよく勉強するけれども、憲法学者は国際法を勉強しないことが裁判にも影響していると答えられた話を出して尋ねました。
その点について、参考人の直接的な答えの部分は、「憲法学者が国際法を勉強していないということで言いますと、国際人権条約の規定が憲法の人権規定と同じように、」「裁判で使うためには、いろいろとその審査のための基準ですとか厳格度といったものについて議論を詰めなければいけない。にもかかわらず、実際にはそれがまだ十分に行われていない面がありまして、そういう面で、憲法学の人が、憲法の規定については違憲審査基準ということでいろいろ論議しているけれども、国際人権条約については足らないのではないかということを国際法の先生がそうおっしゃったのであれば、そういう面もあり得るかなというふうには考えます。」とおっしゃった部分でした。
裁判所が法律の条約適合性審査を余りやらない原因の一端に、憲法学者が、憲法と異なり、条約についてはその審査基準とか厳格度といったものについて議論が不十分あるいは足らない面があることを認めた形になりました。
この質問は、決して憲法学者を責めるための質問ではなく、また事がそう単純でないことも認識した上での質問であり、さらに何よりも人権擁護への強い気持ちから出た質問であったことを御理解いただきたいと思います。
この問題の基本には、参考人がおっしゃるように、条約と法律の関係が、憲法と法律の関係や法律と地方自治体の条例の関係と同じと考えるかという問題があります。
そこで、次の質問をしました。
国際人権規約自体が、条約で、セルフエクスキューティング、自動執行力があるというのであれば、即適用してもいいのではないかと単純に考えますし、日本では法律よりも条約が上だというのが自明の理として考えられているのであれば、なぜ適用が遅いのだろうかと、適用を催促している気持ちをあらわしました。
それに対して、参考人は、「本当にそれができるか、あるいはしてもいいのか、その根拠が十分に説明できるかというところが非常に困難な問題で、日本の裁判所がちゅうちょする理由もそこにあろうかと思います」と述べられ、さらに、憲法、条約と法律の憲法上の具体的な問題点について、次のように述べられました。
「憲法の場合ですと、憲法と法律の関係で、法律の違憲審査をするということになりますと、これは憲法に基づいてやるということで、民主主義に対して立憲主義といったものを持ち出して正当化が何とかできるわけですけれども、条約の場合に、では、条約の条文にどこまで法律にまさるだけの民主的根拠があるのかということを考えていきますと、多少難しい問題にも突き当たる面がございまして、そうすると、裁判官として、立法府がつくった法律を、条約を根拠として簡単に適用しないと判断ができるか、あるいはどれだけできるのかということにはためらいが生じるのも無理がないところはあろうかという趣旨でございます。」と。
このことから、参考人は、法律に対する条約の優位性の根拠については、憲法の国際主義を基調としてほかの憲法の諸原理との調和を求めた結果と解するのが整合的であるという点に求められておられました。
さらに、いわゆる上乗せ条約あるいは横出し条約について質問しました。
基本的には、法律と衝突して排除するという問題が生じないので、困難に行き当たらないというお答えでした。
しかし、「最高裁判所に上訴をする場合に、条約ということを争いとしてはいけないということがありますので、そうなると、上乗せ部分あるいは横出し部分といったものを憲法の規定の中に読み込む、あるいは、読み込む対象の規定が見出せないという場合には」、条約の誠実な遵守をうたう憲法「九十八条二項を使った方法でいくということが必要ではないかというのが陳述の趣旨でございます。」と述べられました。
そのほか、私の質問に対して、憲法解釈を通じた上訴の容認についての見解、また条約のセルフエクスキューティング、自動執行性と条約の直接適用性との関係について、イコールだというふうに考えても説明は成り立つのではないかという見解が述べられました。
以上です。
〔会長退席、枝野会長代理着席〕
この発言だけを見る →この齊藤参考人のお話というのは、法律の条約適合性というのが中心でございましたので、その話でございます。
私は、常日ごろ、裁判所は法律の憲法適合性審査と同様に、どうしてもっと法律の条約適合性審査をやらないのだろうかと思っていましたので、その観点から齊藤参考人に質問しました。
まず私は、私が国際法学者に会ったとき、裁判所は法律の条約適合性審査をやらない傾向があるのはなぜでしょうかと問い、それに対して、我々国際法学者は憲法をよく勉強するけれども、憲法学者は国際法を勉強しないことが裁判にも影響していると答えられた話を出して尋ねました。
その点について、参考人の直接的な答えの部分は、「憲法学者が国際法を勉強していないということで言いますと、国際人権条約の規定が憲法の人権規定と同じように、」「裁判で使うためには、いろいろとその審査のための基準ですとか厳格度といったものについて議論を詰めなければいけない。にもかかわらず、実際にはそれがまだ十分に行われていない面がありまして、そういう面で、憲法学の人が、憲法の規定については違憲審査基準ということでいろいろ論議しているけれども、国際人権条約については足らないのではないかということを国際法の先生がそうおっしゃったのであれば、そういう面もあり得るかなというふうには考えます。」とおっしゃった部分でした。
裁判所が法律の条約適合性審査を余りやらない原因の一端に、憲法学者が、憲法と異なり、条約についてはその審査基準とか厳格度といったものについて議論が不十分あるいは足らない面があることを認めた形になりました。
この質問は、決して憲法学者を責めるための質問ではなく、また事がそう単純でないことも認識した上での質問であり、さらに何よりも人権擁護への強い気持ちから出た質問であったことを御理解いただきたいと思います。
この問題の基本には、参考人がおっしゃるように、条約と法律の関係が、憲法と法律の関係や法律と地方自治体の条例の関係と同じと考えるかという問題があります。
そこで、次の質問をしました。
国際人権規約自体が、条約で、セルフエクスキューティング、自動執行力があるというのであれば、即適用してもいいのではないかと単純に考えますし、日本では法律よりも条約が上だというのが自明の理として考えられているのであれば、なぜ適用が遅いのだろうかと、適用を催促している気持ちをあらわしました。
それに対して、参考人は、「本当にそれができるか、あるいはしてもいいのか、その根拠が十分に説明できるかというところが非常に困難な問題で、日本の裁判所がちゅうちょする理由もそこにあろうかと思います」と述べられ、さらに、憲法、条約と法律の憲法上の具体的な問題点について、次のように述べられました。
「憲法の場合ですと、憲法と法律の関係で、法律の違憲審査をするということになりますと、これは憲法に基づいてやるということで、民主主義に対して立憲主義といったものを持ち出して正当化が何とかできるわけですけれども、条約の場合に、では、条約の条文にどこまで法律にまさるだけの民主的根拠があるのかということを考えていきますと、多少難しい問題にも突き当たる面がございまして、そうすると、裁判官として、立法府がつくった法律を、条約を根拠として簡単に適用しないと判断ができるか、あるいはどれだけできるのかということにはためらいが生じるのも無理がないところはあろうかという趣旨でございます。」と。
このことから、参考人は、法律に対する条約の優位性の根拠については、憲法の国際主義を基調としてほかの憲法の諸原理との調和を求めた結果と解するのが整合的であるという点に求められておられました。
さらに、いわゆる上乗せ条約あるいは横出し条約について質問しました。
基本的には、法律と衝突して排除するという問題が生じないので、困難に行き当たらないというお答えでした。
しかし、「最高裁判所に上訴をする場合に、条約ということを争いとしてはいけないということがありますので、そうなると、上乗せ部分あるいは横出し部分といったものを憲法の規定の中に読み込む、あるいは、読み込む対象の規定が見出せないという場合には」、条約の誠実な遵守をうたう憲法「九十八条二項を使った方法でいくということが必要ではないかというのが陳述の趣旨でございます。」と述べられました。
そのほか、私の質問に対して、憲法解釈を通じた上訴の容認についての見解、また条約のセルフエクスキューティング、自動執行性と条約の直接適用性との関係について、イコールだというふうに考えても説明は成り立つのではないかという見解が述べられました。
以上です。
〔会長退席、枝野会長代理着席〕
枝
下
下村博文#28
○下村委員 今回は、特に憲法九十八条がポイントになるというふうに思います。第一項の中で憲法は最高法規であるという規定がされており、また、第二項では国際協調主義に基づいて日本も条約あるいは国際法規についてそれを遵守する必要がある、この二つの規定があるわけでございます。
当初、日本国憲法ができた直後においては、条約優位説が学説の中では主流であったというふうに思いますが、歴史的な経緯の中で、現在においては憲法優位説というのがだんだん学説の中で主流になっている。その中で、政府の解釈によっては、条件つき憲法優位説ということでケース・バイ・ケースによって議論がされるけれども、基本的には憲法が優位に立つというのが今の学説上の通説であるということが参考人からもお話があったというふうに思います。
一方、今お話がありましたが、法律と条約との関係において、現在においては、学説上、こちらの方は条約優位説というのが通説である、こういうのが学説の中で一般的に認識されているものであるというふうに思うわけでありますが、それだけ、憲法九十八条の中で二つの規定があることによって、非常に、歴史的な経緯を含めて不明確な部分がある。そういう意味では、憲法九十八条を改正することによって、わかりやすい解釈、これを別の項目にする、あるいは九十八条そのものを改正する、このようなことをしていくことが、私はこれから求められるのではないかというふうに思うわけであります。
特に今回は、我が国の憲法と、それから条約の中では、人権関係における条約についての議論があったわけでございまして、現在、我が国は、二百六十を超える未批准条約、まだ結んでいないという指摘がございました。その中で、ILOに関係する条約が八十三、また、特に人権関係の未批准条約が二十七あるということで、我が国の法整備がおくれているのではないかという指摘があったわけでございます。
端的に申し上げると、一九九三年に、自由権規約四十条に基づき人権委員会から勧告を受けたことがありましたが、その中で、我が国の死刑廃止への取り組みがおくれているという指摘を受けたわけでございます。実際に、国会の中においても、死刑廃止の議員連盟もあるわけでございますが、しかし、我が国の世論調査等によりますと、死刑を存続すべきであるという声が九割近くあるわけでありまして、多くの国民の方々は、圧倒的にこの死刑制度の存続を求めているわけでございます。
私は、ある意味では、このことというのは一つの文明観、文明史観、これはサミュエル・ハンチントンが「文明の衝突」という著書で著したわけでありますが、この人権についての考え方というのも文明観によって異なっている部分があるのではないかと。それを画一的に全部統合するということが必ずしも適切であるとは思わないわけでありまして、その国のあるいはその文明における価値観ということを一方で大切にするということが求められるのではないかというふうに思うわけであります。
特に、この死刑廃止問題というのは、ある意味では、これは我が国の文明観として、死生観といいますか、人は肉体は死ぬことによって滅びるけれども、ある意味では魂は永遠であるというような輪廻転生観、こういう部分もあるわけでありまして、これが死刑廃止に結びつかないということが、我が国が、ほかの世界から見た人権条約から見て、劣っている考え方であるとか劣った文明であるというふうな見方をすることは、これはこれからの二十一世紀の将来において適切でない、こういうふうに逆に思うわけでございます。
以上でございます。
この発言だけを見る →当初、日本国憲法ができた直後においては、条約優位説が学説の中では主流であったというふうに思いますが、歴史的な経緯の中で、現在においては憲法優位説というのがだんだん学説の中で主流になっている。その中で、政府の解釈によっては、条件つき憲法優位説ということでケース・バイ・ケースによって議論がされるけれども、基本的には憲法が優位に立つというのが今の学説上の通説であるということが参考人からもお話があったというふうに思います。
一方、今お話がありましたが、法律と条約との関係において、現在においては、学説上、こちらの方は条約優位説というのが通説である、こういうのが学説の中で一般的に認識されているものであるというふうに思うわけでありますが、それだけ、憲法九十八条の中で二つの規定があることによって、非常に、歴史的な経緯を含めて不明確な部分がある。そういう意味では、憲法九十八条を改正することによって、わかりやすい解釈、これを別の項目にする、あるいは九十八条そのものを改正する、このようなことをしていくことが、私はこれから求められるのではないかというふうに思うわけであります。
特に今回は、我が国の憲法と、それから条約の中では、人権関係における条約についての議論があったわけでございまして、現在、我が国は、二百六十を超える未批准条約、まだ結んでいないという指摘がございました。その中で、ILOに関係する条約が八十三、また、特に人権関係の未批准条約が二十七あるということで、我が国の法整備がおくれているのではないかという指摘があったわけでございます。
端的に申し上げると、一九九三年に、自由権規約四十条に基づき人権委員会から勧告を受けたことがありましたが、その中で、我が国の死刑廃止への取り組みがおくれているという指摘を受けたわけでございます。実際に、国会の中においても、死刑廃止の議員連盟もあるわけでございますが、しかし、我が国の世論調査等によりますと、死刑を存続すべきであるという声が九割近くあるわけでありまして、多くの国民の方々は、圧倒的にこの死刑制度の存続を求めているわけでございます。
私は、ある意味では、このことというのは一つの文明観、文明史観、これはサミュエル・ハンチントンが「文明の衝突」という著書で著したわけでありますが、この人権についての考え方というのも文明観によって異なっている部分があるのではないかと。それを画一的に全部統合するということが必ずしも適切であるとは思わないわけでありまして、その国のあるいはその文明における価値観ということを一方で大切にするということが求められるのではないかというふうに思うわけであります。
特に、この死刑廃止問題というのは、ある意味では、これは我が国の文明観として、死生観といいますか、人は肉体は死ぬことによって滅びるけれども、ある意味では魂は永遠であるというような輪廻転生観、こういう部分もあるわけでありまして、これが死刑廃止に結びつかないということが、我が国が、ほかの世界から見た人権条約から見て、劣っている考え方であるとか劣った文明であるというふうな見方をすることは、これはこれからの二十一世紀の将来において適切でない、こういうふうに逆に思うわけでございます。
以上でございます。
武
武正公一#29
○武正委員 民主党の武正公一でございます。
条約優位説についてなんですけれども、条約が国内法を規定する、条約を結んだことによって国内法の整備を図る、こういったことを憲法七十三条第三号ということで、内閣の事務としているところでございます。
例えば、今国会でサイバー条約というものが批准をされたわけでございます。これについて、四カ国が既に批准をして五カ国目が批准をしたことでようやく発効する。ヨーロッパから発議があったサイバー条約について、欧米が、非常に人権あるいはまたプライバシーの侵害、通信の秘密を侵害するおそれありということでためらっているこのサイバー条約に、日本がいち早く署名そして批准をしたわけでございます。言ってしまうと、政府、内閣が国内法を整備したい、その理由に条約を挙げる、条約を署名、批准したから国内法を整備しなければいけませんねという意味では、条約が国内法を非常に縛るということは申すまでもありません。
ですから、政府が恣意的に、この条約は、署名しよう、批准しよう、この条約は、やっぱり国内法を整備しなきゃいけないから署名、批准したくない、こういったところが見え隠れしているのが、先ほど下村委員が挙げられたILO八十三条約、そして人権関係二十七条約であるのかなというふうに考えております。
そういった意味で、今回、齊藤参考人に私の方からただしたのは、今、国会における条約審議が非常に短時間でなかなか深まらない。その理由として、先ほどの憲法七十三条三号から派生をしておりますが、すべての条約が国会承認の対象ではないという政府見解が出されていること、そしてまた、条約の審議において、例えば、附帯決議も国会はつけられないという今の現状、あるいは条約の留保、これをするかしないかについて一切国会が関与できない、こういったことはやはりおかしいんじゃないのか。条約が国内法を規定するというこの今の仕組みの中において、立法府、国権の最高機関たる国会が、なぜこのように国際法あるいは条約について物が言えないのか、影響を与えられないのか、これはおかしいというふうに齊藤参考人にただしたわけでございます。
特に、留保という条約のことについて、齊藤参考人いわく、一対一のバイの条約であれば、政府が条約を結んできたときに、署名してきたときに、これは留保する留保しないと、それはやはり相手があることですから、それを後でまた、国会がああだこうだ変えると当然相手国に対して影響があると。これはわかるとしても、例えば、サイバー条約のように、複数の国が、たくさんの国が結んだ国際条約について、どれを留保する留保しないということが、国会が後から物を申しても全体の条約に与える影響というのは少ないんだ、だから、国会として、この条約について、特に国際的な、多くの国が参加しているような条約について留保を与える与えないということを、国会として物申す、あるいは国会として、当然、附帯決議も含めてきちっと政府に対して影響を与えていく、こういったことはあってしかるべきというような参考人の意見が述べられたわけでございます。
私も、こうした思いを同じくするものでありますので、国会における条約審議というものは、大変大事であるし、それが国内法に与える影響、そして立法府、国会の権能、こうしたものが今回この審議の中でも明らかになってきた点でございます。
以上です。
この発言だけを見る →条約優位説についてなんですけれども、条約が国内法を規定する、条約を結んだことによって国内法の整備を図る、こういったことを憲法七十三条第三号ということで、内閣の事務としているところでございます。
例えば、今国会でサイバー条約というものが批准をされたわけでございます。これについて、四カ国が既に批准をして五カ国目が批准をしたことでようやく発効する。ヨーロッパから発議があったサイバー条約について、欧米が、非常に人権あるいはまたプライバシーの侵害、通信の秘密を侵害するおそれありということでためらっているこのサイバー条約に、日本がいち早く署名そして批准をしたわけでございます。言ってしまうと、政府、内閣が国内法を整備したい、その理由に条約を挙げる、条約を署名、批准したから国内法を整備しなければいけませんねという意味では、条約が国内法を非常に縛るということは申すまでもありません。
ですから、政府が恣意的に、この条約は、署名しよう、批准しよう、この条約は、やっぱり国内法を整備しなきゃいけないから署名、批准したくない、こういったところが見え隠れしているのが、先ほど下村委員が挙げられたILO八十三条約、そして人権関係二十七条約であるのかなというふうに考えております。
そういった意味で、今回、齊藤参考人に私の方からただしたのは、今、国会における条約審議が非常に短時間でなかなか深まらない。その理由として、先ほどの憲法七十三条三号から派生をしておりますが、すべての条約が国会承認の対象ではないという政府見解が出されていること、そしてまた、条約の審議において、例えば、附帯決議も国会はつけられないという今の現状、あるいは条約の留保、これをするかしないかについて一切国会が関与できない、こういったことはやはりおかしいんじゃないのか。条約が国内法を規定するというこの今の仕組みの中において、立法府、国権の最高機関たる国会が、なぜこのように国際法あるいは条約について物が言えないのか、影響を与えられないのか、これはおかしいというふうに齊藤参考人にただしたわけでございます。
特に、留保という条約のことについて、齊藤参考人いわく、一対一のバイの条約であれば、政府が条約を結んできたときに、署名してきたときに、これは留保する留保しないと、それはやはり相手があることですから、それを後でまた、国会がああだこうだ変えると当然相手国に対して影響があると。これはわかるとしても、例えば、サイバー条約のように、複数の国が、たくさんの国が結んだ国際条約について、どれを留保する留保しないということが、国会が後から物を申しても全体の条約に与える影響というのは少ないんだ、だから、国会として、この条約について、特に国際的な、多くの国が参加しているような条約について留保を与える与えないということを、国会として物申す、あるいは国会として、当然、附帯決議も含めてきちっと政府に対して影響を与えていく、こういったことはあってしかるべきというような参考人の意見が述べられたわけでございます。
私も、こうした思いを同じくするものでありますので、国会における条約審議というものは、大変大事であるし、それが国内法に与える影響、そして立法府、国会の権能、こうしたものが今回この審議の中でも明らかになってきた点でございます。
以上です。