2004-04-22
衆議院
菊池努
憲法調査会安全保障及び国際協力等に関する調査小委員会
菊池努の発言 (憲法調査会安全保障及び国際協力等に関する調査小委員会)
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○菊池参考人 青山学院の菊池でございます。
私は、青山学院で主にアジア太平洋の国際関係を教え、また勉強しております。それから、財団法人日本国際問題研究所あるいは平和・安全保障研究所といったシンクタンクでも長い間仕事をしております。その一環として、主にアジア太平洋の安全保障あるいは経済協力といった分野で数多くの会合に参加をしております。きょうは、このような機会を与えられまして、大変光栄に存じます。
きょう私がお話しします地域安全保障でございますが、特にアジア太平洋の問題についてお話を申し上げたいと思います。
お話をする前に、我々は、アジア太平洋の安全保障というのを考えるときに、どういう点に注意をする必要があるのであろうかということについて、最初に三つほどお話し申し上げたいと思います。
一つは、日本の安全保障、あるいは日本の繁栄を維持するために日本本土を外敵から守る、あるいは日本の経済的繁栄を維持するということは、もとより最も重要なことであります。ただ、同時に、今日、経済がますますグローバル化しております。さらに、テロリズムあるいは大量破壊兵器の拡散といった新しい問題が起こってきております。我々の安全あるいは繁栄というのは、ますます地域全体あるいは国際社会全体の平和や安定と深く結びつくようになっているということだろうと思います。
実際、遠隔の地で起こった、我々が全くあずかり知らないような出来事が我々の生命財産に非常に大きな影響を及ぼすようになってきているということだろうと思います。つまり、我々は、安全保障を考える際に、やはり地域全体あるいは国際社会全体との協力、協調というものを考えながら進めなければいけないということだろうと思います。
あるドイツの有名な社会学者が、現代はリスク社会である、リスクソサエティーであるということを言ったことがあります。つまり、我々は今まで経験しなかったような新しいリスクに直面している。それも、我々自身が全く責任のないような、我々が全くあずかり知らないようなところで起こったことが、我々の生命財産に深刻な影響を及ぼすような時代がやってきたんだということを言っております。そういう時代に我々は今生きているということだろうと思います。
二番目は、軍事力というのは依然として安全保障にとって最も重要な要素であります。ただ、同時に、軍事力だけで対応できないような新しい脅威、新しい問題というのが数多く発生しております。したがって、軍事あるいは政治、経済、社会にわたる総合的な取り組みというのが今日ますます重要になってきているということだろうと思います。
三番目は、国家と国家の戦争という非常に古典的な、平和と安全の問題というのは、今日、依然としてまだ重要な問題であります。ただ、それと同時に、テロリストグループに見られますように、国家ではない、非国家のグループによる混乱あるいは地域全体への脅威というのが我々にとって非常に大きな問題になっており、こういうものへの対応というのも今日非常に重要な課題になっているということだろうと思います。
以上のようなことを踏まえて、我々、アジア太平洋の地域安全保障というのをどのように考えたらいいのかということを次にお話し申し上げます。
アジア太平洋といいますと、しばしば多様性ということが指摘されます。非常に多様な国家がこの地域に存在をしております。私は、お配りしたレジュメで書きましたように、非常に乱暴ではありますが、これを三つの国家群といいますか、カテゴリーに分けてみました。
一つは、既に近代化を達成した諸国がこの地域にはあります。つまり、国づくりを進めて、そして非常に安定した国家を既に築き上げている。国民は、政治的な自由を享受し、経済的な繁栄というのを享受している。そして、宗教上の寛容というようなものをお互い認め合って、あるいはそれを支える市民社会というのがもう十分に育っている。そういう国家がある。恐らく、アメリカ、カナダあるいは日本、オーストラリア、ニュージーランドといったような国がそういう段階に既にもう達している。今、韓国であるとか台湾であるとか、あるいはシンガポールというのがその段階に達しようとしているということではないかと思います。
こういう、既にもう近代化を達成したような国の間では、およそ武力による紛争解決ということがほとんど考えられない。ですから、我々、日本とオーストラリアが戦争するとか、あるいはアメリカとカナダが戦争するとか、こういう事態というのはおよそ想定し得ない。そういう関係というのは既にでき上がっているんだろうというふうに思います。
二番目は、まさに今近代化の途上にある、国をつくり、そして国民を豊かにしていく、そういう途中の段階にある国家というのがある。アジアには、例えば非常に権威主義的な、一党独裁であるとか、あるいは軍による統治であるとか、そういう非常に厳しい政治体制というのをとっている、そういう諸国もあります。市民社会というのがまだ十分に成熟をしていない。国によっては、そういった権威主義体制から、今、より民主的な政治体制へと移行をする、その移行期の産みの苦しみを経験している国がある。
いずれにしても、まだ国が未成熟、不安定で、政治的にも経済的にもあるいは社会的にも大きな不安定を国内に抱えているという諸国があります。我々の周辺で見ますと、中国から東南アジアにかけてほとんどの国がこのカテゴリーに属するだろうというふうに思います。こういう諸国では、依然として国家の力を強めるということが非常に大きな課題でありまして、その一つのあらわれとして、武力による問題解決という可能性が必ずしも否定されない、そういう諸国だろうと思います。
三番目として、国づくりを進めようとしているんですけれどもなかなかそれがうまくいかない、国内は非常に深刻な弱点を抱えている、そういう諸国が一方であります。政府の統治能力というのが極めて低い、国内の法と秩序が大きく動揺をする、当然、経済的にも混乱が続く。あるいは、民族、宗教上の対立というのが国内で深刻化しているという国がある。
これは、程度はいろいろありますけれども、インドネシアであるとかミャンマーあるいはフィリピン。それから、南太平洋には、日本のマスコミではほとんど取り上げられませんけれども、十数カ国のマイクロステーツ、小さい国に至っては人口一万人ぐらいの小さな国がありますけれども、こういう南太平洋諸国のほとんどがこの三番目のカテゴリーに属する。北朝鮮であるとか東ティモールというのもこれに属するということだろうと思います。
こういうアジア太平洋を見たとき、大きく分けますと三つぐらいの国家群があるわけでありますが、そうした諸国から成るアジア太平洋の安全保障の課題というのは、突き詰めていくと、私が今申しました第二番目の国あるいは第三番目に属する国、つまり、近代化の途上にある、あるいは近代化がうまくいかない、そういう諸国の抱える問題、あるいはそうした問題から派生する地域あるいは国際社会全体に及ぼす影響というものにいかに対処するかというのが安全保障上の最も重要な課題であろうというふうに思います。
では、具体的にどういう問題があるのかということでございますが、一つは、先ほど言いましたように国内的な脆弱性の問題であります。先ほど申しましたように、国内の統治体制というのが依然としてまだ未成熟で国内が大きく混乱をしている、そういう諸国があります。これが、後ほどお話ししますけれども、さまざまな国際的な犯罪であるとか、あるいはテロリズムであるとか、こういったものの温床になる、これが当該国だけではなく地域全体の大きな脅威になっているということであります。
二番目は、地域全体の安定に対する脅威への対処ということであります。
これは二つありまして、一つは、極めて伝統的な国家対国家の対立あるいは紛争、軍事的な紛争も含めてであります。最も深刻なのは、我々の周辺の北東アジアであります。ここでは主要な大国がこの地域に大きな利害を持っております。その関係は依然として不安定であります。あるいは、朝鮮半島であるとか台湾海峡であるとか、依然として深刻な敵対関係、つまり、これは国家と国家の深刻な敵対関係というのがここに存在するわけであります。ここでは依然として軍事的な対処、抑止力の維持というのが安全保障上大きな課題になっているということであります。
特に、アジアを見たときに、今、国力が大きく変動しております。しばしばマスコミで言われる中国の台頭であるとか、こういう国と国との力関係というのが大きく変化しておりまして、これが周辺の諸国にさまざまな疑心暗鬼、不安、不信というのを実際に生んでおります。こういうところでは、先ほど申しましたように、依然として軍事力の行使ということが考えられるわけで、したがって、紛争解決の手段としての軍事力の行使というのを可能な限り少なくする、そのための手段としての軍事的な抑止力の維持というのが極めて重要な意味を持っているわけであります。
一方、東南アジアを見ますと、東南アジアは依然として非常に脆弱な不安定な国家群があるわけでありますけれども、他方で、東南アジアにはASEAN、東南アジア諸国連合という地域組織がございます。このASEANというのは、特に一九九七年の通貨危機以降、さまざまな問題が出現しまして、なかなかASEANとしての一体性、協力というのを維持するのが今困難になっております。
ただ、ASEANというのは、過去四十年くらいにわたって、加盟国の間の紛争の平和的解決という非常に重要な規範をASEAN諸国の間に埋め込む上で、非常に大きな役割を果たしてきたわけであります。
したがって、私自身は、東南アジアはこれからも非常に大きな不安定が続くでしょうけれども、北東アジアから比べますと、国と国との間で大規模な軍事紛争が起こるという可能性は極めて小さくなっているだろうというふうに思っております。
二番目は、新しい脅威、新しい安全保障の問題であります。
我々は、今国境を越えた新しい脅威あるいはリスクというのに直面しているわけであります。それは、最初にお話ししましたように、軍事力だけでは解決できない種類の問題であるということだろうと思います。
具体的にはどういう問題があるのか。一つは、狭い意味での安全保障の問題として、テロリズムの問題、武器の移転、大量破壊兵器の拡散、あるいは情報ネットワークの攪乱であるとか、こういう新しい脅威というのがますます深刻になってきている。
それから、もう少し広く安全保障を考えたときに、経済の問題というのも大きな意味を持っているわけであります。
例えば、我々の平和、繁栄を維持するためには、世界に自由貿易というような仕組みがきちんと維持されていないと困るわけであります。あるいは、日々の国際的な通貨システムであるとか金融システムというのがきちんと維持されるということは、我々の平和と繁栄にとってますます重要になってきているわけであります。あるいは情報ネットワークもそうであります。こういう新しい、経済にかかわる諸問題というのが、新しい安全保障上の問題としてもとらえられなければならない、そういう時代になってきたわけであります。
実際、一九九七年にアジアで通貨危機が起きました。そのときに、インドネシアは非常に大きな混乱を経験したわけです。現象としては、インドネシアの通貨が暴落をする、そして対外的な支払いができなくなるという純粋な経済現象でありますけれども、それの及ぼした社会経済あるいは政治的な影響というのは、恐らく、インドネシアが近隣諸国と軍事的な戦争、軍事紛争を引き起こしたときよりもはるかに深刻な被害というのをインドネシア国民に与えたということでありました。
それからさらに、社会問題として、環境であるとか麻薬、疫病、人身売買あるいは海賊行為であるとか、こういう問題というのが深刻になってきている。
実際、一例ですけれども、我々、過去十年、十五年ぐらいの間に、新しい疫病をいろいろ経験してきているわけであります。最近では鳥インフルエンザであるとか、去年ではSARSであるとか。多分、こういうのは、昔からどこかの国の小さな村の風土病としてあったのが、経済のグローバル化が進み、人間が移動し、物が移動すると、それに伴って疫病も移動するということになったんだろう。あるいは、人の移動が活発になると悪い人間も移るわけで、そうすると、国境を越えて、例えばマフィアの提携のようなことが現に起こってきて、それが大きな社会の問題になってきている。そういう時代に今いるんだろうと思います。
我々が抱えているこういうさまざまな安全保障上の問題に対して、一体、アジア太平洋の諸国というのはどういうふうに対応しているんであろうか。
一つは、冷戦の時代にでき上がった二国間あるいは三国間の同盟というのがアジアには数多くございます。基本的には、アメリカを軸にして、それがアジアにちょうど車輪のスポークのように広がる形で同盟のさまざまなシステムができ上がっているわけであります。
この同盟を見ますと、かつて、自国が外敵から直接的な攻撃を受けた場合にいかに対処するかということが大きな課題であったわけですけれども、近年、より地域的な安全保障環境を整備するということに大きな関心が向けられるようになってきているわけであります。そういう点で、同盟の機能というのが、かつてのような脅威に直接的に対応するという形だけではなくて、この地域で起こるかもしれないさまざまなリスク、そういうものを管理し、あるいはそれを抑止する、不確実性に対応するというものに今大きく変わりつつあるということだろうと思います。
ちなみに、日米の同盟というようなものについてのアジア諸国の理解というのは、近年、急速に進みつつあるというのが私自身の理解であります。日米の同盟というのが、このアジアの非常に不安定な移行期、そういう移行期に軍事的な紛争が発生するのを抑止する手段として極めて大きな公共的な役割を担っているのであるということは、この地域の多くの諸国によって今日共有されつつあるというふうに思います。
二番目は、地域の諸国のさまざまな協力というのが、過去十数年の間に急速に拡大しております。これは、経済の分野でもそうでありますし、安全保障の分野でも、さまざまな対話というのが過去十数年の間行われてきているわけであります。
私がレジュメに書きましたような、東南アジアを中心とするASEAN、このASEANは、戦争のない東南アジアをつくろうとさまざまな措置をこれまで講じてきたわけであります。それから、ARF、ASEAN地域フォーラムというような、これも、政府間の対話のフォーラムとして、もう既に十年近い経験というのを持っております。それから、近年では、ASEANと日本、中国、韓国を含めたASEANプラス3という、東アジアを中心にした協力の仕組みというのも生まれております。さらに、APECのような、太平洋の東と西を結びつける非常に大きな地域協力の仕組みというのも発展してきております。APECでは首脳会議というのを毎年開いておりまして、首脳レベルでさまざまなコミットメントというのが行われているわけであります。
それから、我々が目を少し南に転じますと、南太平洋の十五カ国ですか、これから成る太平洋島嶼国フォーラム、PIFというのがございます。南太平洋の、小さい国は一万人ぐらいの国、大きい国でもパプアニューギニアの四百万ぐらいですけれども、こういう諸国が集まって、そして地域の経済協力であるとか、あるいは安全保障の協力であるとかということを話し合っているわけであります。
主たる目的は、対話を通じて相互の信頼というのを少しでも高めようということであります。そういう中で、実際に余り大きな政治的な論争を呼ばないような、例えば、海賊対策であるとか、国防関係者の意見交換であるとか、輸出入管理の方法についてお互い学習をするとか、あるいはそのための人材の育成をするとか、そういう、非常に地味ですけれども重要な活動をこれらのフォーラムは行ってきているわけであります。
安全保障というのは政府が大きな役割を担う領域ですけれども、政府だけでできるわけでもないということであります。実際、この地域を見ますと、これまた過去十数年の間に、官民合同のフォーラム、政府のファーストトラックに対して、通常セカンドトラックというふうに呼んでおりますが、官民一体となって、この地域の経済協力であるとか安全保障協力のあり方を検討するためのさまざまなフォーラムというのがつくられております。
そこに二つだけ、CSCAP、アジア太平洋安全保障協力会議という、これは北朝鮮も入っておりますけれども、私自身は、これの設立以来、ここで仕事をやってきております。これも非常に大きな組織であります。それから、数年前に始まったシャングリラ・ダイアログと言われる、シンガポールを中心にした、主にアジア太平洋の国防大臣が集まりまして専門家との間でさまざまな意見交換をする。こういうふうにして、アジア太平洋が直面する安全保障問題についての相互理解の促進、あるいは政府への政策の提言というのを行ってきておるわけであります。
三番目は、内政への地域諸国による直接的な介入あるいは共同関与という新しいタイプの取り組みというのも今日生まれております。
一つは、ミャンマーをめぐるASEANの動きであります。
ミャンマーは、御承知のとおり、軍政をめぐって国際社会からさまざまな批判を受けているわけであります。これに対して、ASEAN諸国、ASEANの仲間ですが、ASEANは、内政不干渉という非常に強い原理原則というのを内部に持っておりまして、従来、ミャンマーの国内問題に関してはほとんど沈黙を守るということだったわけですけれども、近年、これに対して、非常に緩やかではありますけれども、ASEAN全体として、ミャンマーの平和的な民政移管へのステップを支援するという試みというのを始めております。
それからもう一つは、最も大きな変化は南太平洋で起こっております。
先ほど申しましたように、南太平洋は、国内に非常に大きな脆弱性を抱えております。パプアニューギニアであるとかソロモンであるとか、あるいはバヌアツ、フィジーであるとか、こういうところでは、国内の法と秩序というのが今ほぼ破綻状態にあるというふうに言われている、そういう国もあるわけであります。
昨年の七月ですが、ソロモン諸島で、もはや政府が国内の治安を維持できないという状態になりました。民族の対立が余りにも深刻になって、首都ホニアラが統治できない。これに対して、南太平洋の諸国は、二千名を超える軍、それから警察官、そして文民、これをソロモンに派遣しまして、そして治安の回復に当たったわけであります。
これを側面から支えたのが、先ほどお話ししましたPIF、太平洋島嶼国フォーラムという、地域機関が地域の不安定に対して共同して関与する、そういう仕組みを過去発展させてきまして、そのいわば一つの象徴が、今回のオーストラリア軍を中心とする地域的な秩序回復の軍派遣ということであったわけであります。南太平洋はそういう非常に不安定なところで、最近、この地域のいわば盟主であるオーストラリアが、南太平洋の政治経済的な安定のために非常に強い関与を始めたわけであります。
最後に、いただきましたテーマの中のFTAの問題について簡単にお話し申し上げます。
広く申し上げますと、経済と安全保障の関係であります。経済と安全保障の関係についてはいろいろな見方があります。
例えば一つの見方として、通商による平和という議論があります。つまり、国と国とが通商関係、あるいは広く経済関係を深めれば深めるほど、国家間の関係というのは平和的になるのであるというカント以来の考え方があります。ただ、歴史を見ますと、必ずしもこの命題の正しさが証明されているとは言えないようにも思われます。つまり、経済的な相互の依存関係が高まるということは、必ずしも軍事力の行使ということを制約するものではなかったというのが、歴史の示すところでもあります。
それからもう一つは、やはり通商関係というのは、国家間関係に追随するといいますか、よく英語でトレード・フォローズ・フラッグという、つまり、物が移動したりお金が移動したり人が移動したりするためには、その背後に政治関係の改善というのがなければいけないんだという考え方があります。
実際、例えば非常に敵対的な関係の諸国には、深い経済的な交流というのは実現することが難しいわけであります。例えば、冷戦期のアメリカとソ連、あるいは今日の日本と北朝鮮であるとか、こういうものを見ると、経済が政治を誘導するんではなくて、やはり背景として政治関係の改善というのがあり、それに伴って経済というのが進んでいくんであるという見方もある。これについては諸説あるわけであります。
今、アジアで大きな話題になっておりますFTA、自由貿易協定ですけれども、FTAといいましても内容はさまざまでありまして、どういうFTAかによって、当然、それの持つ経済的な意味、あるいはそれの持つ安全保障上の意味というのは異なるわけであります。
日本を例にとりますと、日本は一昨年、シンガポールとの間で経済連携協定、FTAを結んだわけであります。これは非常に深い統合といいますか、日本経済とシンガポール経済を非常に深く結びつける内容を持ったものであります。そういう点で、深い統合の一つのモデルを提供したというふうにも言われておるわけであります。
ただ、歴史的に見ますと、過去の例あるいは他の地域の例を見ますと、途上国を含むようなFTAで、日本とシンガポールが結んだような非常に深い統合を実現するような自由貿易協定を締結した例というのはないわけであります。したがって、今アジアでいろいろFTAの議論が進んでおりますけれども、恐らく、アジアで結ばれるFTAというのは、国民経済の結びつきという点からいきますと、非常に弱い内容を持ったものになる可能性というのが強いだろうというふうに思われます。
例えば、今、中国とASEANとの間で自由貿易協定の交渉が進んでおりますけれども、これも、恐らくことしじゅうに何らかの結論が出るんだろうと思いますけれども、果たして、その内容が期待されたほどの内容を伴ったものになるかどうか、依然として大きな疑問であります。
ですから、アジアでのFTAというのは、国民経済を相互に結びつけるという点で、極めて限定的な意味を持つものに当面とどまるだろうというのが私自身の理解であります。
ただ、そうはいっても、では、FTAに全く意味がないのかというと、そうではないわけでありまして、幾つかの点で、FTAというのがプラスの効果を持つだろうというふうに思っております。
一つは、限定的ではありますけれども、FTAを通じて、日本はアジアの諸国の経済運営というのをより世界に開かれたものに変えていくことができるだろう。貿易の自由化であるとか、投資の自由化であるとか、あるいは国際的なルールに従ったような国内のルールを制定するとか、より透明で公正な国内の経済運営をアジアの諸国がこれから進めていく、そういうのをFTAが促進する。そういう役割というのは一つあるであろうというふうに思います。
もう一つは、国内政治への影響であります。FTAというのを一つのきっかけに、国際社会と深く結びつく、国際経済と深く結びつくことが大きな利益であるという人たちがそれぞれの国にふえるということは、長い目で見ると、そういった人たちにとって、経済的な交流を維持する上で、平和的な安全保障環境を維持するということが大きな意味を持つわけで、したがって、間接的ではありますけれども、FTAを通じて、国内のそういう国際社会と強いつながりを維持しようという勢力の力を強めるということができる。それを通じて、相手の国の国内政治過程に影響を及ぼすということができるんだろうと思います。
一つのケースは中国でありまして、中国は依然として、将来不透明な国であります。ただ、過去二十年近い中国の開放経済体制によって、やはり国際社会と結びつく、国際経済と深く結びつくことによって自分たちが大きな利益が得られるんである、あるいは、そういう仕組みを維持することによって国民はより豊かになれるんだというふうに考える人たちがふえてきておるのは事実であります。こういう人たちから見ますと、軍事的な紛争であるとか対立であるとか、そういった経済的な交流を妨げる行動を政府がとるということは好ましくないわけで、したがって、そういう人たちは、政府に対して、軍事力の行使を思いとどまるようにという強い影響力を行使する動機があるわけであります。
実際、中国を見ますと、外国の企業との合弁であるとか外国との貿易であるとか、そういうことに非常に大きな利益を見出している人たちが確かにふえていて、それを支援する人たちが党の中にも政府の中にもふえてきている。中国の富をだれが生み出しているかというと、そういった国際社会との深い交流を行っている人たちが富を生み出している。その結果、そういった人たちの国内政治的な影響力というのが、かつてから比べればはるかに強くなってきているということだろうと思います。
ですから、FTAというのは、直接的ではないんですけれども、間接的にそういった人たちの国内政治的な影響力というのを強める、そういう効果というのを持ち得るであろうというふうに思います。その点で、安全保障への効果というのも多少は期待できるということだろうと思います。
それから、今のFTAというのは、単に貿易だけではなくて、投資であるとか資金の移動であるとか、従来から見るとはるかに多くの領域の問題を扱っているわけですけれども、この結果、例えば日本とアジアの間に国境を越えたさまざまな経済的な提携というのが生まれている。日本と中国の間にもさまざまな、単に物のやりとりではない、企業間の提携であるとか合併であるとかということも行われてきている。
したがって、徐々に双方、お互い国境を越えて利害を共有するようなグループというのが出てきている。そういう国境を越えた経済関係を維持するということが、それぞれの国民の繁栄にとっても大きな意味を持っている。したがって、そういう中で、政治的な対立というのはこれからも数多く起こるでしょうけれども、対立というのをある一定の制御可能な範囲内にとどめる、そういう効果というのも期待できるであろうというふうに思います。
ただ、FTAというのはいい面ばかりがあるわけではないわけでありまして、FTAを結ぶと、どちらがより大きな利益を得るのかという議論が必ず起こります。国内には、FTAによって利益を得る勢力もあれば不利益を得る勢力もあります。したがって、それが国内政治上の大きな対立を引き起こす可能性というのも否定できないわけであります。
これは、例えば日本と韓国とのFTAを見るとよくわかるわけですけれども、日本と韓国のFTAというのは、日本にとっても韓国にとってもいいというのは、マクロとして見れば確かであります。しかし、例えば、ほとんどの予測を見ても、短期的には韓国の対日貿易赤字が拡大するであろうというふうに言われているわけです。別に、貿易の赤字黒字というのは、競争に勝った負けたという話とは全く別の話ですけれども、少なくとも韓国の政治的な文脈では、日本との貿易赤字が拡大するというのは日本との競争に負けたというふうにとられがちであります。それが国内政治上の問題を引き起こすということは、十分考えられるわけであります。
それから、日本にとって見ますと、やはり日本はグローバルな国家でありまして、そのグローバルな国家として国際的な自由貿易体制を維持するということは、日本にとって最優先の課題であります。もちろん、地域的な自由貿易協定のようなものが意味がないわけではありませんけれども、しかし、FTAへの動きというのが、グローバルなWTO交渉のようなものへの熱意の低下を引き起こすということが仮に起こるとすると、日本はより大きな利益を失うということにもなりかねないというふうに私自身は思っております。
ということで、広く一般的には経済と安全保障、具体的にはFTAを見ますと、ある安全保障上の意味というのは持つんであろうというふうに思います。ただ、それに余り大きな期待をかけるというのも正しい評価ではないだろうというふうに思います。
特に、アジアのような依然として政治的な対立が残るところでは、必ず自由貿易協定のもたらす利益の不均衡というのが国家間の大きな問題になり、あるいはそれぞれの国の国内で大きな問題になる可能性があるわけであります。したがって、下手をすると、FTAを結んだはいいが、逆に政治的な対立が深まるということすらあり得るだろうというふうに私自身は思っております。
大体四十分近くになりましたので、まだお話ししたいことはありますけれども、以上で私のお話を終わらせていただきます。
どうもありがとうございました。(拍手)