2004-03-25
衆議院
笹田栄司
憲法調査会最高法規としての憲法のあり方に関する調査小委員会
笹田栄司の発言 (憲法調査会最高法規としての憲法のあり方に関する調査小委員会)
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○笹田参考人 北海道大学の笹田でございます。
先月来、体調を崩しておりまして、この委員会にお誘いいただいたときに、何とか行かなければと思い、ようやくここにたどり着いて、ほっとしております。非常に名誉ある委員会でございますので、その責を果たしたいと考えております。
まず、今、最高裁判所の事務総長の方からお話がありまして、私も非常に勉強になりました。いろいろとおもしろい指摘をいただいて、ありがたく思いました。そういいましても、私も一応原稿等書いておりますので、それを見ながら話を進めさせていただきます。
まず、「はじめに」とレジュメの方に打っておりますが、現状認識でございます。これは、とりわけ、二〇〇一年六月に司法制度改革審議会意見書が出まして、この審議会では違憲立法審査権をさほど取り扱わなかったのですが、しかし、こんなふうに述べております。
「この制度が必ずしも十分に機能しないところがあったとすれば、種々の背景事情が考えられるが、違憲立法審査権行使の終審裁判所である最高裁判所が極めて多くの上告事件を抱え、例えばアメリカ連邦最高裁判所と違って、憲法問題に取り組む態勢をとりにくいという事情を指摘しえよう。上告事件数をどの程度絞り込めるか、」「大法廷が主導権をとって憲法問題等重大事件に専念できる態勢がとれないか、等々が検討に値しよう。また、最高裁判所裁判官の選任等の在り方についても、工夫の余地があろう。」と述べています。
審議会の会長を務めました佐藤幸治教授は、今の点につきまして、後に、憲法事件がともすれば一般の事件の処理の中で埋没しているのではないかという根本問題があるとも言われています。
ところで、事件を最高裁の中で大法廷に回付するケースについて少し話を述べておきますと、非常に少ないということはよくおわかりだと思います。この点について、先般おやめになりました千種最高裁判事、この方は恐らく裁判官出身の判事だったと思いますが、毎日小法廷事件に追われていると大法廷の審理に時間をとることが難しくなり、事件を大法廷に回付しにくい状況になると述べられております。私は、やはり、この大法廷回付が少ないということも、一つ考えなきゃならないことだと思います。
次に、憲法裁判の現状についてですが、これはよく、法令違憲の少なさ、すなわち五種六件の判決しかないという指摘がございます。したがいまして、この点につきましてはここではあえて言う必要もないかと思います。
一点だけ、私の見ますところ、最高裁判決の中には、憲法規範、憲法規定を出してもいいのに出さなくて、法律の言葉で、あるいはまた違う言葉で解決を図られたケース、これが幾つかあるということがあります。判決の妥当性は、私は、非常にそれでよろしい、いいなと思いますけれども、何か、我々から見ると、あえて出していないのではないかな、外から見るところではそういうふうに受けとめるときもございます。そういうことが一つあるということでございます。
また、裁判を受ける権利について一言述べておきますと、これは、司法の役割、そして憲法裁判と密接に絡み合い、全体として一つの流れをつくる重要な要因であります。したがいまして、裁判を受ける権利の保障が停滞しますならば、その流れもよどむことになりかねません。実は、最高裁判例を見ますと、裁判を受ける権利についての理論レベルというのは、昭和三十五年の訴訟、非訟の大法廷決定以来、ほとんど変化がないということがやはり私は気になります。
次に入ります。違憲審査制成立の経緯でございます。この点につきましては、本テーマからいきましても、1と3はとりあえず後で何かございましたらということにしまして、2、最高裁判事の任用資格ということにお話を合わせていきたいと思います。
憲法、裁判所法制定過程を見ていきますと、GHQは、法律家、法律専門家以外の人物を入れることに強い懸念を表明しました。それに対し、日本側はそれを抑えまして、現行の裁判所法四十一条、「識見の高い、法律の素養のある」に落ちつきます。これは、枢密院、すなわち枢密顧問官や貴族院勅選議員を想定します枢密院と、従来の大審院とは違う裁判官を想定します学者委員、弁護士会、司法省の側の見解がくしくも一致したわけでございます。最高裁判事のうち五名については、「識見の高い、法律の素養のある」ことを条件とした上で、法律専門家以外の人物がつく可能性が生じました。法律の専門的な知識は要求されておらず、かえって、識見の高いことが要請されております。実は、ここには、最高裁をどのようなものとして構築するかという問題があるわけでございます。
比較法的に見た場合、違憲審査権を行使する裁判官の任命資格を非法律専門家に開放するのは例外に属します。その例外の一つでありますフランス憲法院について見るなら、憲法裁判官の任命については、いかなる資格、条件、基準も存在しないので、社会のあらゆる分野から憲法院に裁判官としてやってくると言われております。もっとも、衆議院の憲法調査会の資料で見ますと、法律家出身が八割ということでございますから、やはり法律家出身がふえているということは確かなようでございます。ただし、フランス憲法院に申し立てを行うことができますのは、大統領、首相、元老院議長、国民会議議長の四名、六十名の国民議会議員ないし元老院議員でございます。市民には認められておりません。また、大統領が一たん審署した、サインした法律の合憲性は問えません。非常に限定されたわけであります。また、提訴権者も市民は排除されております。
ともあれ、我が国の最高裁判所裁判官の任用資格というのは、実は比較法的に見て非常に特徴的なものであると言うことはできると思います。
次に、少し話を先へ進めさせていただきます。
二、違憲審査制が活性化しない原因。冒頭、司法制度改革審議会意見書の話から話を始めまして、意見書もそういうふうな書き方をしておるわけですが、我々にとっては、伊藤正己先生というのはどうしても英米法の先生というイメージがまだ残っておりますけれども、最高裁判事を十年近く務められまして、本をお書きになった。そして、これが非常に大きな影響を与えた。我々も非常に影響を受けました。1から5までみんな読む必要はございません。私の観点からいって、注目すべきはやはり3、4、5ということになります。
3処理件数の多さからです。ここは、先ほどの事務総長のお言葉と少し違うのかなということでございます。ただ、小法廷にあっては通常事件の最終審という意識が強く、憲法の裁判所であるという考え方は生まれにくいという点は、これはどうなのかなと。それと、大法廷回付を回避する傾向があるということは、総長の方からの話には出なかったのでございますけれども、年間一件程度しか出てきませんので、それはどうなのかなという気がいたします。そして、次の点、顔のない裁判官。どの裁判官に当たってもほぼ同じような判断が期待される裁判官を理想とするのが我々の国である、そこでは少数意見は出ないということでございます。これはまた後で触れたいと思います。
次に、最高裁の任務と負担ということを、戦前の大審院と比較してみたいと思います。
一ページ、レジュメの方を見ていただきますと、整理しております。大審院は、担当する事件は民事と刑事事件でございました。最高裁は、それに行政事件と労働事件が加わっております。裁判官数は、若干のぶれがございますけれども、五十名前後と言って差し支えないでしょう。最高裁判所は、十五名プラス調査官の方が三十名以上いらっしゃいます。この調査官も若手ではございませんで、いわゆる第一線の裁判官がいらっしゃるということでございます。そして、大審院は違憲審査権はなかった。最高裁は違憲審査権があります。
さらに、この点、一つ特徴的なことではありますが、戦前は司法省が人事権を握っていたわけですね。そこで、裁判所の地位が非常に低かったわけです。それもありまして、戦後の司法制度改革の中では、裁判所が人事権もすべて握ります。そういう点がやはり特徴でございます。
このような最高裁への権限はやはり一元的集中であるというふうに、従来のものと比べると、あるいは比較法的にも見ていいと思います。それは、明治憲法下において地位が低かった司法の強化という、それ自体は大変正当な目的を持つものでございました。しかし、法曹一元あるいは陪・参審を導入することなく職業裁判官制度がとられたために、結果として、最高裁を頂点とする一元的な司法システムがつくられることになったわけでございます。これは、少ない裁判官数で効率的に事件を処理するものでありまして、後に最高裁によって、全国的に統一された、等質的な司法という言葉で語られるものであります。しかし、これは民事、刑事の事件を念頭に置くものであろうかと思います。解釈者の個性が出てこざるを得ない憲法事件には、もしかしたら抑制的な意味がなかったか。これも、外から見ている研究者として、そういうことを考えるときがございます。
2、この点が先ほどの最高裁からの御説明と重なるところと重ならないところが出てきて、私は直前にあのお話を伺って、おっと思ったところでございます。
ポイントは、平成十年の上告制限導入による変化でございます。平成九年の既済件数を見ていただきますと、民事、行政が三千三百四十四件、刑事が千四百三十四件で、合わせて四千七百七十八件でございます。これは最高裁判所のホームページ上から作成いたしました。そうしますと、最高裁判所長官は大法廷のみですから、裁判官一人当たりが三百四十一件。これは主任でございますから、小法廷全体では千七百五件ということになります。これは大変厳しかったという説明でございました。これが、平成十年の民訴法の改正によってかなり楽になったという話が先ほど出てまいりました。
その前に、件数から見ていきますと、改正後は三千三百三件。これは、一つの原判決に対する上告事件と受理事件を一つにして一件、刑事事件が実は千件ふえていますから二千四百九十五件で、五千七百九十八件でございます。ただ、上告受理事件を除きますと四千八百七十八件になります。さらにその上に、民事・行政事件については判決によって終了する事件が激減しましたし、より簡易な形式でございます決定事件がふえておりますので、かなり楽になったというお言葉は、そうかなというところもあります。ただ、一方で、上告受理事件が実は二千四百十九件という大変な伸びを示しているわけです。したがって、このあたりの負担というものは無視して私は一応数字をつくって言っているわけですが、多分無視できない数字ではないかなというふうに考えます。
次に、先ほど総長の方から、最高裁判所の過重負担について、おやめになった方々の回想録については実はキャリア出身の裁判官でない人が多いのですよということをおっしゃられまして、私もそうだなという気がいたしました。
例えば、田中二郎先生、元判事ですが、私は恐らくほかのどの職場に比べても一番つらい職場じゃないかという感じがしましたねという大変すごい感想を漏らされておりますし、島谷六郎元判事も、午前午後の昼間の時間はもとより、公邸に帰ってからも夜遅くまで記録を読まねばならなかった、六十歳代後半の人が多い裁判官にとってはまさに重労働であったと述べられております。この方も弁護士さんではなかったかと思います。それと、最近では、大野正男元判事、この方も弁護士さんでございますが、仕事の量とそれに費やされる時間から見ると圧倒的に持ち回り審議の記録読みが多い、その中には新たな発見がないわけではないが、ほとんどの事件は原判決どおりでよく、最高裁の出る余地はない、最高裁の仕事は自分の出る余地のないことを確認することなのだろうか、そういう疑問が仕事をしている間にわいてきたことも否定できないと述べられております。
こういうものは、恐らくキャリアの出身でない裁判官の方々の感想だろうということでございます。先ほど総長の方が、裁判官の感想をお尋ねになって、そんなことないよということをおっしゃいましたけれども、恐らくそういう裁判官はキャリア系の裁判官の方々であって、若いころからずうっとお仕事を続けられて、上告審の役割については大変に通暁されているベテランの方々、それに対して私が今挙げている方々は、先ほどから述べています、それ以外の方々が入られてされている人です。例えば、その中に例外的に、多分、学者型裁判官とよく言われます中村治朗元判事がいらっしゃいますが、この方は、仕事が厳しかったということをおっしゃっていると思います。
最高裁を考える上で、これはある意味で重要なポイントではないかなと私は思うわけです。すなわち、上告審的機能というものに通暁している裁判官の方々は恐らく苦痛を感じられないというふうな読み方はできないのかということでございます。
それでは次に、3二重の役割ということでございます。
上告審であり違憲審査についての最終審であるというのがよく言われることでございます。我が国の最高裁判所は、この二つの役割を担っております。
それでは、ほかの国はどうかといいますと、ドイツでは、違憲審査は連邦憲法裁判所、そして五つの連邦最高裁判所が上告審でございます。民・刑事が通常裁判所、行政事件が行政裁判所というのがございます。アメリカの場合はどうかといいますと、我が国での上告審の多くを州の最高裁が担っております。さらに、裁量上告制がございますので、最高裁判所は、年間百件とか言われているフルオピニオン、すなわち完全に意見を書くもので済んでいるというように言われております。
このように見ていきますと、我が国の最高裁判所は、私は、大きな、非常に過大なと言ってもいいかと思いますが、任務を背負っていると思うわけです。その結果は、やはり上告審としての機能に傾斜したものとならざるを得ないと思います。
先ほど人的構成の問題を、最高裁の御説明にありました、弁護士さん四名、裁判官六名、学識経験者のうち、検察官が一名、法制局長官が一名、行政官が二名、学者が一名。しかし、つい先年までは検察官が二名いらっしゃいましたが、やはり見るところ上告審的機能に配慮したものになっていると思います。
この点について、実は、司法制度改革推進本部に置かれております法曹制度検討会というのがございますが、その中で委員を務めておられます佐々木大阪地裁判事は、現在最高裁が担っている職責、役割を果たすためには、多数の民事事件、刑事事件の処理が必要であり、人事の本質からいえば、そのような観点から見た適格者を充てざるを得ないと率直に述べられております。
それでは、次に、違憲審査活性化のためのさまざまな試みというところに入ります。
まず、上告制限でございます。これは現在、平成十年から始まっておるわけですが、当然、最高裁の負担軽減が目的でございます。重要な事項を含むと認められた事件についてのみ上告を認めるわけです。決定でよいわけです。ですから、これはかなり負担軽減になると言われております。
この問題についていろいろと意見がございますけれども、私は、やはり、顕著な負担減になるのか、少しぐらいの負担減では恐らく厳しいのではないかと。目に見える形での負担減というのがございますれば、それは違憲審査活性化のための大変有効な方策だと考えております。
アメリカはどうかといいますと、アメリカは権利上訴というものをもう認めておりませんで、すべて裁量上訴に変えました。ですから、最高裁判所は、仮に憲法判断を求められても、ペンディングにして、まだ早いよとか、そういう形でとめることができる。ですから、件数が少なくていいわけですね。
ところが、我々の国ではどうかといいますと、憲法八十一条は、終審裁判所としての最高裁と言っております。つまり、二つが予定されておりますね、始審と終審という。と同時に、裁判を受ける権利というものを言っておりますから、やはり最高裁への上告ということは、これは当然予定されているわけですね。だから、アメリカのようにはいかないということであります。
次に、憲法裁判所でございます。この点について最近非常に議論が出ていることは承知しております。私の意見を述べさせていただきます。
速やかな判断を下し得るのが憲法裁判所であるということが一つだろうと思います。したがいまして、抽象的審査にあります。ただ、ドイツの憲法裁判所の状況を見れば、この速やかな判断がいつでもよいのかということは注意が必要ではないのかと思います。さきに取り上げました伊藤元最高裁判事は、なぜ今まで支持してきたアメリカ型から憲法裁判所だと言ったのかという根拠について、裁判所が政争の場となる、政治的争いの場となる危惧が現在ではほとんどなくなったと言っております。しかし、政策問題を裁判所が真っ正面から扱わなければならない裁判の政治化、これは本当に消えたのでしょうか。私はそうは思えません。
次に、もう一点、ドイツにおいては、憲法裁判所の判例を念頭に置いて立法過程が営まれるという意味での政治の裁判化が語られております。恐らく、この局面では、こちらの方が重要であります。法案をめぐって連邦議会で負けました党派が憲法裁判所への提訴を行う、あるいは旗色の悪い党派がドイツ連邦憲法裁判所の名をほのめかすということが起きていると言われることがあるのですが、これは、連邦議会内の政治対立が、抽象的規範統制によって、あるいは機関争訟によって、速やかに憲法裁判所に持ち込まれているとも言えます。ここに政治の裁判化の例を見ることができます。
こうなると、どこが問題になるかということですが、立法者は、議会は、法律専門家の助言を受けつつ、憲法裁判所の判決がどうなるかを予測しないといけません。予測をしつつ法案を準備する、こういう作業が実は入り込まざるを得ないということであります。連邦憲法裁判所に政治問題の全面的解決をゆだねますと、恐らくこのような代償が出てくるということ、これは議会制にとって果たしていいことなのかどうか、そういう気が私はするわけでございます。
一方、市民が訴える一般的な憲法訴訟について言いますと、裁判所による具体的審査が機能しなければ、速やかな判断とはいきません。今、仮に三審制に憲法裁判所を組み込むという、憲法異議の訴えというものがありますけれども、やりますと、実はこうなりますと今より長くなりそうでございます。そうしますと、憲法裁判所案については、やはりもうちょっと私は検討を重ねていきたいと考えております。
それでは、お手元に配付されましたドイツの連邦憲法裁判所の一九九九年の事案処理件数一覧表をぜひ見ていただきたいと思います。これは、ドイツ憲法判例研究会がつくりました「ドイツの憲法判例」というものの中から出してきたものでございます。
実は、ドイツの件数も最近すごくふえておりまして、憲法裁判所をとっておりますドイツでも、裁判官はとても負担増に悩んでおります。もちろん、先ほどから出ておりますように、私たちが読むのは学者の先生方の書いたものですので、ドイツでも悩んでいるのは、かつてベッケンフェルデという人がいたんですけれども、学者型裁判官の人なのかなと、先ほどの事務総長の話を聞いてふと思ったのですけれども。ともあれ、その負担は大変重たいと言われております。
そこで、見ていただきたいのは、注目されました、ドイツ連邦軍のNATO域外派兵の合憲性が争われた事件でございます。これは機関争訟と言われるものです。上から五番目でございます。GGというのは基本法、憲法のことでございますが、そこが規定しているわけです。それを見ていただきますと、九九年は二件でございます。さらに、連邦議会の野党や、野党が多数を占めるラント政府が提起することの多い抽象的規範統制でございますが、これは四件でございます。
それに対しまして、市民が、国民が公権力による基本権侵害を要件としまして憲法裁判所に憲法異議の訴えを出してくる、これは、具体的な権利侵害をもとにして裁判所に出すので、我々の国と非常によく似ているところでございますが、四千七百八十九件でございます。実は全体のおよそ九八%がこういう人権侵害を理由とした裁判なわけでございます。
ドイツの憲法裁判所の名声というのは、実はこの人権裁判についてかなり踏み込みますので、それに対してやはり国民の側から支持を集めているところも大きいのではないかなと私は考えております。
そういたしますと、仮に新しい裁判所を設けるコストを考えてみた場合、国家財政上の問題でありますが、この件数というのはやはり無視できないのではないでしょうか。ずっと年代的に見ていただきますと、ここ二十年ぐらいの間、そんなに大きなずれはございません。
この関連で、私は、話は少し違いますけれども、アメリカ型の司法に属します、憲法裁判所ではないカナダの最高裁判所において行われております参照意見制度に注目していただきたいと思います。この制度は、実は本院の「米国、カナダ及びメキシコ憲法調査議員団報告書」二百十九ページで紹介されておりました。先生方が行かれてカナダの最高裁からいろいろ聞かれたところでございますが、この中で紹介されております。これは、「連邦政府からの諮問・照会に対し、最高裁判所が憲法解釈、連邦法・州法の解釈・合憲性、連邦政府及び州政府の権限問題等を審理し、勧告的意見を出す」というものでございます。
ここで注目されますのは、カナダの最高裁は、これはアメリカ型、我々の最高裁判所と同じスタイルの裁判所でございますが、抽象的な憲法問題を判断するために最高裁自身を抽象的違憲審査に適合したような憲法裁判所的な組織に変えなかったという点でございます。むしろ、抽象的要素を含んだ照会制度の審理手続を、司法裁判所手続になじむような形へと何十年もかかって変えてきたというところでございます。これは、私は、大阪市立大学の佐々木教授の研究成果によっておりますので、専門家ではございませんけれども、非常に注目していいと思っております。
また、アメリカの州においても、類似の勧告的意見の制度が三つぐらいの州で存在をしております。憲法で規定しているのは七つぐらいあるはずですが、法律レベルで規定しているのが三つ。そして、憲法、法律でしていなくてもやっているのが一つございます。
憲法部については、時間の関係でちょっとはしょらせていただきます。
では、私が考えております機構改革の案、隣に最高裁判所の方、非常にやりにくいのでございますけれども、役目柄言わせていただきます。上告審機能と違憲審査機能を切り離すということがポイントでございます。
レジュメの四ページを見ていただきますと、つたない図でございますけれども、こういう図をつくってまいりました。「現行」と「笹田案」と、おこがましいのでございますけれども、そういう名前をつけております。
最高裁、現行のものは違憲審査の最終審と上告審ですね。笹田案でいきますと、違憲審査の最終審であって、準抽象的違憲審査制的制度、これをやはり入れていきたい。大法廷と三つの小法廷ですけれども、これを一つの合議体にしたい。さらに、上告審機能をばっさり削るということです。残すものは、判例変更と新しい法律問題という、本当に最重要のものにとどめるということです。
十五名の判事を九名の判事に減らす、ワンベンチでやるということですね。現在は、やはり上告審機能に配慮した人的構成というのをとっておりますので、九名の判事になりますと、違憲審査機能に配慮した人的構成を考えていい。
さらに、調査官は、現在三十名強の中堅判事がいらっしゃいますが、もちろんこれも人数を減らしていって、私は、九名の中堅判事の方はやはり重要な、恐らく大変な戦力でしょうから、しかし、若い人たちを、これからロースクールもできて若手の法律家たちが次々出てきますので、その方たちをここに張りつけていただきたい。
特別高裁はどうするかというと、四審制でございまして、ここで実は、東西二カ所で、一裁判所三十名程度の判事で構成して、憲法問題のえり分けを行うということになります。最高裁へ持っていくものと、自分のところでやってしまうもの。一般上告事件もそうでございます。えり分けをやってもらいます。従来の最高裁判例で片がつくものはここで終わり、しかし、従来の最高裁の判例からいくとちょっとおかしいと思うところは上げていただく。
訴訟当事者の側からいきますと、特別高裁からさらに上告ということは、民・刑事については、これは考えたらやはりまた同じことになります。したがいまして、ここでは権利上告、特別高裁の方でお決めになるというシステム。さらには、事件の移送ということがあります。
憲法問題は、最後までいかざるを得ません。しかし、ここでスクリーニングをやっておりますので、それで最高裁の方はかなり簡単になるんじゃないか、こういうふうに考えております。
事案によっては、選挙訴訟のように一審を高裁とする訴訟も考えられていいと思います。高裁、特別高裁、最高裁というようなことも考えられていい。ただ、二審は必要だと思います。それは、事案の解明及び憲法八十一条が終審の裁判所と言っておりますので、そうだと思います。
「おわりに」に入ります。
今日のテーマであります違憲審査制についてその停滞ぶりが言われておりますが、それは最高裁のみにその責任を負わせるのはフェアではありません。以上述べた改革の試みは、立法なくしては不可能だからであります。
私は、最高裁の違憲審査機能と上告審機能の切り離しがポイントであると考えますが、その最もラジカルなものが憲法裁判所であります。私は研究生活をドイツの連邦憲法裁判所の判例分析から始めておりまして、大変恩義も感じておりますし、親しみもあります。しかし、これまで述べてきましたように、まずは最高裁の機構改革によって違憲審査の活性化を図る方が我が国にとってはよいのではないかと考えております。ドイツ及びアメリカの憲法裁判は、戦後さまざまな改革を経て現在の形を得ておりますが、我が国の最高裁判所制度は、上告制限が実現した以外は、実はその二つの国と比べますと大きな変容を受けておりません。
今まで述べてきたことをまとめますと、レジュメの方にありますように、こういった複合的プランということですね、それによって改革を考えていくべきなのではないかということです。とりわけ、基本は最高裁判所の上告審機能の大幅な軽減、それによって、最高裁裁判官の役割は何か、最高裁裁判官を選ぶときの基準は何か、これが明快になってきます。そうしますと、裁判官の任命諮問委員会とか、国民審査のときにも姿形がわかってくるんではないか、我々にとって。そのように考えているわけです。
どうやら時間が来たようでございます。御清聴ありがとうございました。(拍手)