高橋健太郎の発言 (文部科学委員会)

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○高橋参考人 高橋健太郎と申します。
 本日は、このような意見陳述の機会を与えてくださったことに深く感謝、お礼申し上げます。
 私は、過去二十五年ほど、新聞、雑誌などに音楽評論を執筆する仕事をしてきた者ですけれども、去る五月十一日に、私を含む二百六十八人の音楽メディア関係者が、今回の著作権法改正案によるレコードの輸入規制に反対する共同声明を発表いたしました。その二百六十八人の中には、二十五誌以上の音楽雑誌やオーディオ雑誌の編集長、二百人を超える音楽評論家や学者、作家ほかの執筆者の方々がいます。きょう現在、その声明への追加賛同者はさらにふえて三百五十名を超えています。
 また、私たちの共同声明を支持するミュージシャン、アーティストの方々も続々とふえています。その中には、坂本龍一さんのような世界的な音楽家もいらっしゃいますし、人気コーラスグループのゴスペラーズもいます。ゴスペラーズは現在、アジアからの還流盤が流入しているアーティストの一つですが、その還流盤を防止することよりも、現在あるリスナーの選択肢が守られること、そして自由に幅広い音楽を聞くことのできる音楽シーンが日本にもあり続けること、その方がアーティストにとってもプラスであると信じるからこそ彼らも反対の声を上げている、私はそう理解しています。
 さらに、一般の音楽ファンが草の根的な署名運動によって集めた署名が既に五万七千名を超えつつあります。
 さきに私たちは、そうした声を取りまとめた公開質問書を河村文部科学大臣あて及び日本レコード協会依田会長あてにお送りさせていただきました。残念ながら、この委員会で委員の皆様にお配りする締め切り、それは昨日の午後一時ごろだったんですけれども、それまでには御回答をいただくことができませんでしたので、きょう、皆様のお手元には公開質問書のみをお配りさせていただいています。
 さて、以下、法案の内容について私の意見を簡単に述べさせていただきます。
 著作権法というものは、何よりもまず著作権者の利益を、権利を守る法律であると私も考えます。その意味においては、消費者に多少の不利益があることもあるかもしれない。しかし、著作権者の権利が守られ、それによってアーティストがより一層の創造性を発揮することによって消費者であるリスナーにすばらしい音楽が届けられていくなら、消費者もそれは納得し得るものであると考えます。
 しかし、今回の著作権法の改正案、それによる輸入レコードの規制は、著作隣接権者である内外のレコード会社のコントロール、それは価格のコントロールであるとか購入することのできる商品ラインナップのコントロールでありますが、そうしたコントロールばかりを強める法案になってしまっています。それゆえ、このようなリスナーとアーティストからの大きな反発が起こっているのです。
 私は、音楽評論の仕事の傍ら、小さなレコードレーベルと音楽著作権管理会社も運営しております。そういう意味では、私も著作権、著作隣接権を扱う仕事をしております。二〇〇〇年代に入ってから三〇%も売り上げが落ちてしまったレコード業界の窮状も肌身に感じておりますし、私自身、日本の音楽産業が明るい未来を取り戻すことを切に願っておるものであります。
 しかし、音楽シーンの活力を生み出すものは何かといえば、それは、まず、アーティストの創造性の増大であり、そしてリスナーの音楽への高い関心、その関心の高まり、あるいはほかの楽しみよりも音楽の楽しみにお金を使おうとする購買力の増大だと思います。
 アーティストとリスナーの間に位置する著作隣接権者であるレコード会社のコントロールばかりを強めることによって、あたかもアーティストとレコード会社が、あるいはリスナーとレコード会社が敵対するように見えるような状況が今の日本の音楽業界には生まれようとしています。今回の著作権法改正案に限らず、この一、二年、別の原因によっても、アーティストが望まないレコードのリリース方法をレコード会社が行おうとし、そのために、本来創造に向けられるべきエネルギーが、音楽制作の現場で今この瞬間にも別の闘いのために浪費されてしまっているのを私は感じます。そのような状況の中で、音楽産業が発展することはあり得ません。
 アジアでの市場拡大のために還流盤を防止したい、それは私も十分に理解いたします。しかし、そのために、このような副作用の大きい法案を生み出し、その副作用によって、日本国内のアーティストとリスナーがつくり出す音楽シーン、その音楽文化自体が活力を失ってしまったら、今回の法案資料の中にあるような、三菱総研による非常に楽観的な、アジア市場での飛躍的な成長がその中では予測されていますが、そのような成長など到底あり得ないでしょう。
 音楽産業の再生のために何よりも必要なのはアーティストの創造力です。著作権法の改正を行うならば、まず、著作権者であるアーティストの権利を十分に守るための法案を考えるべきと私は考えます。しかし、そのための配慮が今回の法案には十分ではありません。レコードというエンターテインメントが魅力的でなければ、消費者はほかのエンターテインメントを選びます。再販制度と輸入権という二重の保護を受けても、価格や選択肢に魅力がない商品を消費者が買うことはありません。過剰な保護はかえってその産業を衰退させます。
 先週末、私は大手レコードチェーンの代表者と会合を持ちましたが、彼らは、法案が成立した場合の消費者の反発、落胆、怒りが不買運動というような形につながるのではないかということを強く懸念してもいます。あるいは、そもそも還流盤防止のための法案を求めていた著作権者あるいは著作権者の団体の中からも、実際に提出された法案の条文に対する危惧の声が大きくなっていると聞きます。
 このような法案で、果たして本来の目的であった還流盤をとめることができるのか。グレーゾーンが余りに大きく、裁判をしてみなければわからないという条文ゆえに、法案施行後は輸入盤の輸入業者は輸入することに萎縮的にならざるを得ないということが予想されていますが、全く逆の立場から、著作権者が還流防止を求めようとしても、このようなあいまいな条文では、やはり怖くて裁判ができない、萎縮的にならざるを得ない、そういう声が著作権者あるいは著作権者を保護する立場の人々の中からも上がっています。
 なぜそのようにグレーゾーンが大きく、文化庁と税関による運用次第、あるいは裁判所の判断次第という法案になってしまったのか。
 その理由は、そもそもは還流盤防止という差別的な輸入盤の規制が趣旨であったにもかかわらず、提出された法案は非差別的なレコード輸入権を創設するものであったからでしょう。その非差別的なレコード輸入権を創設した法律を差別的に運用すると、現在文化庁は説明されています。しかしながら、内国民優遇の差別的な運用をすれば、それはアメリカを初めとする海外諸国からの非難を受けかねません。そして、欧米のレコード会社が輸入権を行使した場合、それをとめる手だてがどこにもないことが既に先週の委員会でも明らかになっています。
 五大メジャー系のレコード会社だけがレコード会社ではありません。どこかの国の独立レーベルが輸入権を行使したら、ほかもやるならうちもやるという形で、瞬く間に雪崩的に数多くのレコード会社が輸入権の行使を始めることも考えられます。もし独立系のレーベルが行使を始めれば、五大メジャー系のレコード会社ももはや行使をしない理由を失うはずです。
 法案の趣旨と提出された条文の間にこのような矛盾を含む法案、そして海外からの非難を受けかねない差別的運用をしなければならない法案は、施行後に大きな問題を引き起こす可能性があります。そして、それらすべてが日本の音楽文化の未来あるいは音楽産業の未来に大きな傷を残すでしょう。
 その危険性を考えたとき、少なくとも今国会においてはこの法案は一度廃案とし、推進派の方々が還流防止を趣旨とする法案を求めるならば、もう一度、アーティストやリスナー、あるいは私たちのような音楽メディア関係者、さらにはレコード会社の内部、さまざまな音楽関係の業種の間で十分なヒアリングを行い、国会でも十二分に議論を尽くした上でそれをつくることを私は強く望みます。
 以上で、私の意見陳述を終えさせていただきます。(拍手)

発言情報

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発言者: 高橋健太郎

speaker_id: 13480

日付: 2004-06-01

院: 衆議院

会議名: 文部科学委員会