田村公平の発言 (イラク人道復興支援活動等及び武力攻撃事態等への対処に関する特別委員会)

⚠️ コピーしたテキストを転載する際は、転載元URL(kokkai-data.com)および原典URL(kokkai.ndl.go.jp)を必ず残してください。発言内容の改変・出典削除は禁止です。 詳細は利用規約をご確認ください。

○田村公平君 私、こういうことが起きると、今日実はこの委員会にも同僚議員として常田先生、山崎力先生おられますけれども、フィリピンの中に、まあ一国二制度というんでしょうか、内乱がずっとありまして、南北問題、そして宗教の問題ありまして、ミンダナオの自治州知事兼モロ民族解放戦線議長が是非サンボアンガから彼の生まれ故郷であるソロの方まで来てほしいと、スルー海のところですけれども。
 その中にはアブ・サヤフも入っているものですから、かなり、外務省はそういうところに行ってはいけませんよというふうに言われました。それで、自分たちの身の安全を保障してもらうためにミスワリ議長から招待状をいただきまして、それを持ってサンボアンガまで飛んだわけですが、目出帽をかぶってAK47で装備しているかと思えば、ロケットランチャーから手りゅう弾から装備は全くばらばらでありまして、日本の地下足袋をどういうわけか履いている人もいますし、普通のというか、よれよれのスニーカーを履いている人もいますけれども、二十人近い護衛が付いてその地をずっと歩いたわけですけれども。
 私なんかの場合はここにまあこうしているということは、三人とも無事に帰ってきたわけですけれども、その後に、九・一一を境にして、フィリピン国軍はせん滅作戦に出、そういうせん滅作戦に出たために、たしか湯下大使のときに和平協定ができたと思うんですけれども、フィリピン政府とモロ民族解放戦線との間で、そうすると、やっぱりいろんな分派ができて、ちょうど、まんじゅう、あんこの入ったまんじゅうを上からごちょんとやると、あんこがどんどん飛び出していって、一種の無統制というか無秩序、カオス、混乱状態になり、その人たちがマレーシアの観光地に来ていた観光客を拉致したり、あるいは、たしかドイツだったと思うんですけれども、取材の記者を人質に取ったとか、極めて今の情勢と似たようなことがモロ民族解放戦線の中でも起きたことを考えますと、ある意味でよく無事に帰ってきたなという思いがいたします。
 今、こうして考えてみますと、今日また新たに、外務省の言い分ではそれは確認が取れていないからなかなか、しかしもう名前まで実は全部挙がっていますし、一体、今報告にありましたけれども、本当の話、かの地に、何でこんなことを言うかといいますと、外交特権を持っておる外交官が二名殺害されたことも事実であります。犯人もまだ特定もできていません。で、把握しろというのは無理だとは思いますけれども、どうしてそんなに、七十人とか、僕はもっと、下手すると百人ぐらいいるんじゃないかと思います。あるいは周辺国にいる人を入れたらもっといるんじゃないかという気がしますけれども、そこいら、限りなく実数に近いのは七十名なんでしょうか、百名なんでしょうか。

発言情報

speech_id: 115913807X00820040415_017

発言者: 田村公平

speaker_id: 13280

日付: 2004-04-15

院: 参議院

会議名: イラク人道復興支援活動等及び武力攻撃事態等への対処に関する特別委員会