2004-06-11
参議院
浜谷英博
イラク人道復興支援活動等及び武力攻撃事態等への対処に関する特別委員会
浜谷英博の発言 (イラク人道復興支援活動等及び武力攻撃事態等への対処に関する特別委員会)
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○参考人(浜谷英博君) 御紹介いただきました浜谷でございます。
今回、有事関連三法と車の両輪を成すと言われる国民保護法案、それが正に制定されようとしていること、それから、これが制定されますと、ようやく普通の国というものにふさわしい地に足の着いた安全保障論議というものが行われる素地が作られたという感じがいたしております。
しかし、防衛法制の整備が終わったからといって防衛体制の確立ができたというわけではありません。あらゆる緊急事態における具体的な国民保護計画ということについては、諸外国が半世紀にもわたっていろんな形で地道な努力と作業が行われてきたわけでありまして、それに比べますと、我が国のその法制及びその実行ということは正に端緒に就いたばかりであります。
しかし、我が国の防衛法制全体に今回の法律、前回の、去年の有事関連三法と並んで今回の法律が大きな節目をもたらしたということだけは確かでございます。これらの法律が有機的に作用しながら、独立国家としての国土防衛と国民保護ということに向けて国と地方自治体の役割分担を明確にして、そしてその法的枠組みを構築した上で万全な有事体制というものの指針と根拠を示しているということになるんだろうと思います。しかし、国民保護法に関していえば、正に詳細な肉付けはこれからであります。
以降、諸見と今後必要な視点の幾つかを申し上げたいと思いますが、ただ今回の法案は余りにも膨大で、これを正にここに出席されている先生方が隅から隅まで読んだとすれば、これはその労力と努力にただ感服するばかりでありますが、これはもう大変な量でありまして、読むのだけで一苦労という感じでございます。時間が許す限りコメントしながら、時間が許せばそれに付け加えて、今回合意されました緊急事態基本法というそのことについてまでちょっと意見を述べたいと思っております。
まず最初は、地方自治体の国民保護計画についてであります。
これは、武力攻撃事態対処法の七条で国と地方自治体の役割というものが一応明確になっております。すなわち、国は国家防衛、地方自治体は国民保護という形になっているわけであります。今回、全国知事会とか市長会とかいうことの意見をほとんど前例がないぐらい、異例ともいうぐらい念入りに聞いて、そしてそれに対応する法制を整えたということですから、いかに地方自治体が今後重要になってくるか、具体的には地方自治体の協力がなければこの国民保護法制は成り立たないと言ってもいいぐらい重要な部分だろうというふうに思います。
地方の要望からは、国が基準となるマニュアルを早急に作成してほしいという要望とか、それから住民避難に不可欠である道路基盤であるとか、それから住民避難の収容施設の拡充であるとか、そういうものが求められたというふうに聞いております。また、費用負担についても、国の費用負担でそれをやろうということになったようでございます。
住民の避難マニュアルというのはこの後すぐ消防庁が作成するというようなことになっていると聞いていますが、しかし具体化となると、地方の発想、これが不可欠でございます。
と申しますのは、日本が御承知のように島国であって、国土面積が狭い割には、いわゆる非常に自然の特有の、地方特有のものが多いということであります。この地理的条件とかそういうものに配慮したそういう法制でなければ、具体的に実効性が望めないということは当然考えられるということでございます。平野部、山間地、それから砂浜、岩礁、いわゆる海岸線があるないに至って、いろんな形の自然があるということであります。すなわち保護法制、いわゆる住民の保護法制には地方分権的な発想というものが正に不可欠であるというふうに考えております。その地方分権的なことからいえば、正に条例でそれを具体的に決めていくということも一つのアイデアだろうというふうに思います。
また、一地方公共団体で対応可能であるかどうかについては非常に疑問な部分もかなりございます。今後、県内外の複数の地方自治体というものとの相互協力ということが不可欠になるだろう、いわゆる広域的措置というものも重要になるだろうというふうに思っております。
しかし、そのためには、現場の責任者である知事の権限強化ということが確かに望まれていましたし、またそのようにもなっているわけではありますが、これだけでは何も動かないというふうに思われます。強化された権限に対応するだけのいわゆるマンパワー、それから各種の機器、機材とか設備、施設、こういうものが整備されない限りはほとんど実効性は上がらないだろうというふうに思われます。
また、首長さんには、今後、緊急事態、そういうものに際しての対応能力であるとか、それから迅速な決断力であるとか、それから行動力であるとか、そういうものも不可欠の要素になるというふうに思います。地域の実情に熟知した地方自治体の首長が的確に判断した対応というものに勝るものはないだろうというふうに考えるからでございます。
いずれにしろ、今後、いろんな形の計画に基づいて、警察、消防、海上保安庁、それから自衛隊等々、これを有機的に連携させつつ、自主防衛組織であるとか個人参加とかそういうものの総合訓練というのを定期的に行いながら、課題の改善を図って啓蒙していく必要があるというふうに考えます。
次は、指定公共機関等の国民保護の業務計画について若干の指摘をしたいと思いますが、この指定には当該機関の意見を聴きつつ総合的に判断するということが政府見解のようでありますが、つまり、指定には当該機関の意向が尊重されるということなんであります。
ただ、国民保護計画というものの実効性ということを最優先に判断した場合は、その指定の拒否というものが計画全体に致命的な空白を生み出す可能性がないかということが多少危惧されるわけであります。
とりわけ放送事業者につきましては、これは警報、避難の指示、それから緊急通報、こういうものを放送する義務というものが生じます。NHKを除いて、民間放送連盟は、いわゆる報道の自由が脅かされるおそれが否定できないということで除外の要請をしているというふうに聞いておりますが、確かに、ジャーナリズムの政府に対するチェック機能ということを重視する姿勢というものからはこの考え方はごく当然の考え方でもあろうと。
しかし、指定の目的の中に、国民に対する正確な情報と指示を迅速かつ広範に与える、そして犠牲と被災というものを最小限に抑えようとするというところにもその目的があるとすれば、これに対する配慮、すなわち情報に触れる機会が多いにこしたことはないということでありますし、この点、民間放送としても十分な配慮が必要ではないかというふうに思います。いたずらに取材、報道の自由を振りかざして、いわゆる取材、報道の自由の背景にその主張の根拠としてある国民の知る権利というものを危うくする機会があるとすれば、これは何にもならないということであります。
それから、国民の協力ということと私権の制限ということにも若干の指摘をしておきたいと思います。
これは、国民協力についての基本的スタンスでありますが、必要な協力をするよう努めると、国民の方がですね、それから強制されることがあってはならないというふうに規定されております。そして、自主防災組織であるとかボランティア団体、これらに自発的な支援を国が行うと。
ただ、考えますと、災害対策基本法の事例を挙げても、いわゆる災害時の住民への従事命令とか協力命令、保管命令というものが規定されておりまして、これには罰則まで付いております。そう考えますと、有事対応とのバランスというものが果たしてどうなのかということが一つ指摘できるかと思います。
後にも述べますが、諸外国のいわゆる民間防衛とかそれから市民防護、こういうものの実態から考えますと、緊急事態時の国民協力というのは言わば義務化されているというのが一般でございます。この事実をどのように考えたかということでございます。
逆に考えますと、これほど自由と権利が保障され、なおかつ国家の独立と国民の安全とが確保されるということであれば、ひょっとして日本のこの国民保護法制は世界一ではないかというふうにも考えられるわけであります。これ、いわゆる国民の権利が犠牲にならないでその安全が保たれるということがこれはベストなわけでありますから、その意味では日本の法制が世界一ではないかという感想を持ったということであります。これは、実効性の確保ということを考えますと、正に失敗が許されない分野でありまして、そこから考えますと再検討の余地があるのではないかということであります。
それから、こういう形で国民の自由に配慮したというのは、与党と民主党との間の言わば合意があったということが言われておるわけでありますが、有事の際の国民の自由と権利の制限は最小限にする、それから憲法上の基本的人権は最大限に尊重すると。
しかし、この原則というのは、これは立憲主義の建前からすれば言わずもがなの、ある意味当然のことなわけであります。この合意があったからこそ、このいわゆる自発的意思とか非強制と言われるものが規定されたというふうに考えるのは余り合理的だとは思わないということであります。もし仮にそうなら、いわゆる合意のない法律では人権保障の効力というのは薄弱になるのかということであります。また、憲法上の基本原則と国民の保護と国民の権利の尊重というものが立法のたびごとにこれは確認する必要があるのかということにもなってしまいます。
そもそも我が国の存亡にかかわるような事態を想定して、そして、その際の国民保護というのを目的にして作られた法律であるならば、いわゆる被害を局限化して避難住民の混乱を回避するということが最大の目的でありますから、そういう意味では、一定限度の私権制限とかその国民協力を求めるということは逆に大多数の国民の方が理解しているんではないかというふうに思います。いかに心地よい美辞麗句を並べたからといって、国民保護という、また国の独立の確保という、そういうものができなければ何のための法制かということになってしまうわけであります。
それからもう一点は、いわゆる民間防衛、市民防護、いろんな言葉がありますけれども、我々国民の保護ということであります。
これは、御承知のジュネーブ条約に基づいて採択されました二つの追加議定書の第一議定書の方に書かれていることであります。これは御承知だと思いますので一々定義は述べませんが、この民間防衛の書かれた議定書の締約国はもうほとんど世界の四分の三を超えておりまして、ほとんどこの人権条約の重要な部分を占めているということが指摘されております。
すなわち、民間防衛というのは何か言葉のニュアンスから、何か国民が武器を取って戦わなきゃいけないようなそういうことが想定されてしまうわけですが、決してそういうものではないということであります。すなわち、行動する主体を問わず、あくまで文民保護という目的に限定して行われる諸活動であるということでありますから、これを徹底して尊重するということは当然であります。
国民保護、これが国は専らその国防に専念する、それで地方公共団体は住民の安全確保に重点を置くということで考えますと、いわゆる地方自治体の行動というのは正に民間防衛活動、市民防護活動の概念にほとんど一致するものである、一致する行動であるというふうにも見ることができます。国はあらかじめ国民保護に対する基本方針を定めて、それから地方公共団体はその区域内における民間保護措置、これを総合的に推進するということになりますと、これは当然知事レベル、市町村レベルでの首長の強い権限が必要になって、それが付与されたわけであります。現場責任者としてのその卓越したリーダーシップと危機管理能力というのが求められるようになりました。
しかし、この権限自体を強化することはいいんですが、そのいわゆる実効性のある具体的行動を支えるためにはその人的、物的資源というものが必要であって、この点については甚だ心もとない感じがいたします。実際上、知事や市町村長にはいわゆる国民の生命、財産を擁護するための必要な知識、それから経験、装備、資源、こういうものがほとんど備わっていないというのが実情であります。すなわち、避難とか救援に不可欠な機構や要員ですね、さらには情報や財政的裏付けということなども言わば皆無に等しいのではないかというふうに指摘されております。
したがって、権限にこたえる実動部隊、これの欠如というものはひょっとしたら権限自体を有名無実化してしまいかねないというふうにも考えるわけであります。すなわち、各首長に一定の役割といわゆる責任を持たせるのであれば、その下に人的資源をいかにして確保するか、それにこたえる人的資源をいかに確保するかということは問題であります。そうなりますと、正に重要なのは民間防衛のその組織の確立といわゆる活動だということになります。
今回の修正で訓練にも防災を含むということが入り、また国民保護協議会と防災会議が兼用されるということなどを考えますと、いわゆる今現在ある自主防災組織というようなものが市民防護という目的を付与されて、そして有効な活動をするということは正に目的拡大で済むわけですから、こういう方法も一つ検討されてしかるべきではないかというふうに考えております。日本の防災組織の組織率というのは約六割強等々であります。しかし、組織率の高さだけでは、これは物の実態が測れません。すなわち、組織の質の問題がございますから、それを十分今後検討してみるべきではないかというふうに考えます。
時間が迫っておりますので、緊急事態基本法のコメントについては一点だけ、また質問のときにでも御紹介したいと思いますが、一点だけ、国会の関与という問題について述べたいというふうに思います。
緊急事態の対処に当たっては、開始と終了に国会の関与を求める、これは適切であろうというふうに思います。ただ、国会の関与という議論が、従来の議論はほとんど事前であるか事後であるかの議論に終始して、ほとんど不毛でございました。これはどっちでも結果的には同じことであります。すなわち、ここで重要なのは、国会の承認というものがいわゆる政府の政策に対して責任を共有するという、こういうことだということですね。そう考えますと、いわゆる国会の役割とは何か。いわゆる、そうすると議決の内容とか議決の性質ですね、決議の性質ですね、こういうものに合わせて国会関与を言わば多段階で規定するということは重要であろうと。すなわち、国会への報告から国会の承認、さらには国会拒否権というところまでいわゆる多段階で考えておく必要はなかろうかということであります。
例えば国会の承認ということを考えても、事前承認というものについては有効期限が必要ではなかろうかと。これは元々の持論でございますが、いわゆる有効期限であります。すなわち、ほうっておけばその有効期限で消滅してしまうという。現在、それがなければ、いわゆる国会の承認というものは行政府の行動にいわゆる白紙委任状を渡してしまったようなもので、その後のチェックはできないということであります。それで、更新手続を満了前に取らなければ自動的に消滅する効力ですから、当然行政府側はある程度の情報を提供して、そして国会の言わば更新手続を取ろうとする。そうすると、国会が情報空白からも救われるだろうというふうに思います。
また、事後承認ということにつきましても、これはほとんど承認までの時間が明確にはなっておりません。よく新聞報道なんかでは二十日以内に承認を求めると書いておりますが、あれはちょっと誤解をするんではないかと思います。二十日以内に国会へ付議するだけで、そこまでで、承認はないのであります。すなわち、付議すればいいわけであって、国会の承認はそれから何か月掛かろうが、これは規制がありません。そうすると、その間に事態が終わってしまえば、何のための国会承認かということになるわけであります。あれだけ厳格な三権分立体制を取っているアメリカですら、議会の審議には、こういう軍隊を投入するような場合には期間の制限を設けて議論をするということになっておりますから、これもよく考えるべきではなかろうかというふうに思います。
それから、最後は国会拒否権でございます。国会拒否権というのは、最近ようやく各法律の中に事態の終了というものが国会の議決だけで終了できるという条項が入りましたから、これは、僕は国会拒否権と名付けているんですが、これがようやく普通に考えられるようになった。そうすると、この国会拒否権を使いながら国会が有効にいわゆる政府の政策をチェックできるということになります。これはほとんど乱用も考えられない。なぜならば、一回、国会の承認を与えたものを取り消すわけですから、すなわち賛成した人の大多数が反対に回らないとこの決議自体が通らないわけであります。したがって、乱用のおそれもないし、また一種泥沼化したような状態で政府がその対応を苦慮しておるときに、政策転換を図るための一つの手段としても考えられるということでございます。
こういう形でいろいろアイデアはあるわけですが、これについては来年の通常国会というもので検討されるということですので、これから私も注目してまいりたいというふうに考えております。
どうもありがとうございました。