武田牧子の発言 (共生社会に関する調査会)
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○参考人(武田牧子君) 私は、島根で精神障害者と一緒に活動している現場を中心にお話をさせていただきます。(資料映写)
人は健康で長生きを願います。しかし、人生の途中で予期せぬ出来事として病気や事故が降り掛かってきます。日本の医療は世界でも最先端の水準にあり、本人も家族も最善の治療を願い、一日も早い回復を願います。しかし、悲しいことに、精神医療だけはいまだ先進諸国の中でも最も立ち後れた医療分野です。
昭和四十三年、クラーク博士は精神科医療を是正するように勧告したのですが、当時の厚生省は無視したのです。結果、スライドにありますように、日本は悪循環を繰り返し、三田先生がさきの報告にあるような事態を招いたのです。
私は、まだ精神衛生法の時代の二十七年前、精神病院に勤務しました。それまで総合病院しか知らない私には未知の世界、すべての窓に鉄格子、病棟入口のかぎ、二十人以上の大部屋、これが精神医療かと恐怖に近い感情を覚えました。そして、後に分かったことですが、初めて入院する患者さんは私と同じような恐怖を抱いたままの入院だったのです。
我が国十何万の精神病者は、実にこの病を受けたる不幸のほかに、この国に生まれたる不幸を重ぬるものと言うべし。精神病者の救済、保護は実に人道問題にして、我が国目下の急務と言わざるべからず。大正八年に呉秀三が怒りを込めて言った言葉がいまだ過去のものではないのです。
精神医療とは一体何かの疑問から、病院改革に乗り出しました。しかし、病院内の処遇を幾ら改善しても、また入院です。患者さんから幾度も、退院しても行き場がない、働きたいけど働く場もないと訴えられました。医療だけでは駄目だ、地域の行き場を作らなくてはと、病院を辞めて作業所を開設しましたが、今度は、地域福祉の限界が立ちはだかっていました。
現場でひしひしと感ずるのは、精神障害者が地域で暮らすには生活就労支援システムとそれを支える良質の医療が基盤になくてはならないことです。ほかの医療と同じように、生活を考慮した適切な医療と、休日や夜間に調子を崩しても受診できる総合病院の精神科救急システムの整備を早急に望みます。
精神障害は、身体障害のように外見からは見えない障害です。スライドにある質問は、市民の皆様からよく寄せられる質問です。資料二ページにあるように、お一人お一人の方に説明しています。地域で暮らしたい、社会で働きたいの声を実現するために、町の中で、地域社会の中での取組を目指してきました。
十七年たった現在の活動先は、商店街、住宅地の中にこのように点在しています。現在は、就労、日中活動の支援として作業所、通所授産施設、事業所など、町の中での取組をしています。
就労支援は、実際の仕事や職場のある町中で行うのが職業リハビリテーションと考えています。架空の場所ではいつまでたっても実践の役には立たないのです。生活住居支援として、福祉ホーム、グループホーム、在宅支援など、住宅地での取組は、地域住民の力をおかりしながら、暮らしの中、人の中での生活リハビリテーションが基本と考えます。就労支援と生活支援の二つの柱を一体的に取り組んでいます。
百名余りの利用者のうち約四十名の方が住居サービスを受けています。その住まいは住宅地に造る、あるいは借りることを大切にしてきました。人と人との日々の交流がお互いを分かり合える原点だと考えるからです。地域住民の力をおかりし、地域のアパートにつなげるのです。
生活訓練施設からグループの生活を始めるに当たって利用者の一番の不安は、夕食をどう調達するかということでした。そこで、グループホームのある自治会の主婦に夕食作りのためのヘルパーをお願いし、一時間七百円で調理していただくことにしました。これは思わぬ効果をもたらしました。
地域の方は、偏見があるというより、精神障害者がどういう人か知らない方が多いのです。知らないことはだれでも恐怖感や偏見を抱きます。知らないがゆえの偏見であれば知ってもらえばよい、この主婦の方のおしゃべりを通じて、彼らが個性豊かな一人の生活者として地域の方に知っていただくことになったのです。地域の人に家事援助をお願いすることは、利用者が少しでも早く地域住民として受け入れていただくのに最も適した方法と考えます。今では、お母さん、お姉さんの役割を担っていただいています。
地域生活支援センターは、精神障害者の拠点であり、またリハビリテーションの入口です。発病間もなく自宅に閉じこもっている人が社会に出るきっかけをつかみたい、退院は間近だけど就労するには不安があるなど、相談は本当に多様です。一人一人支援内容は異なりますが、まず家から一歩出ることが最初の目標です。そして、仲間同士支え合ったり、スタッフのアドバイスを受けて徐々に自分の人生をどのように歩むかを考え始めます。デイケアセンターの役割もあります。
作業所の場所は、町の中にアクセスの良い場所を選定しています。地域の方と日々交流し、通いやすいことは重要な要素です。ほとんどの方がJRを利用し、通勤しています。それぞれの駅から徒歩八分以内です。毎月一回、利用者は清掃ボランティアに行っており、駅員さんともすっかり親しくなりました。その行き帰りには当たり前にあいさつが交わされます。
第二作業所は重度の方が多く、憩いの家の機能が主体ですが、第一や工房への利用を前提に利用する方もあります。仕事は二の次、自分のペースをつかむ場所です。昭和商店会にも加盟し、町の美化運動など一緒に活動しています。
第一作業所は、精神、知的、身体、三障害の合同利用です。職業リハビリテーションの機能を重視した作業所です。国道沿いでショップを経営していますので、毎日お客様に来ていただいています。八割の方が何らかの形で就労を望んでいます。障害の程度は様々ですが、利用者はそれぞれの能力を最大限発揮して働いています。高い工賃を出すためには作業場の改善や営業努力が必要です。
通所授産施設も職業リハビリテーションとして一般就労に向けて訓練を行っています。作業種目はパン製造が中心です。まるべりーのパンは国産小麦と星野酵母が主原料で、副材料も地域とのつながりを大切に、可能な限り地元の農産物を使用しています。子供たちに安心して食べさせることができることと日本の農業自給率を守るの二つの視点を大切にし、消費者のニーズにこたえています。
商品は全国各地に出荷しています。毎日十時過ぎから出雲市から松江市内のスーパーまで納品に出掛けます。スーパーから見れば納品業者にしかすぎません。配達は様々な仕事があり、職業訓練を現場で行うことができます。平成十四年のワールドサッカーではアイルランドチームが出雲市にキャンプをしました。滞在先のホテルのコック長は、選手の健康管理上、主食であるパンに最も気を遣い、数あるパン屋の中からまるべりーのパンを選んだのです。
出雲市のショッピングセンターの中ではパン屋をしています。現在、二人の方が働いています。お客様の来店はもちろんですが、近所の八百屋、花屋、総菜屋さんはいつも声を掛けてくださいます。組合員として一緒に経営努力をしています。
道の駅では、商品の納入はもちろんですが、トイレの清掃、花壇管理、その他人手が必要なところを仕事として委託を受けています。国道沿いにあり、ひっきりなしのお客様なのですが、山陰一きれいな道の駅の評価を受けており、お客様からお礼を言われるのが一番うれしいとメンバーは言っています。
道の駅には様々な仕事があります。また、就業形態も仕事の内容によって異なります。土日、祝祭日のお昼二時間、皿洗いと下膳の仕事を受けています。時給は一人七百五十円です。ほかのアルバイトと変わりません。この仕事は社会に出る大きなきっかけ作りと自信を得ることにつながりました。
就労経験のない人にとっては一般社会で働けるだろうかと大きな不安を抱えています。初めて自転車に乗る練習では、最初は転びます。失敗して元々、チャレンジすることが大切をモットーに利用者に働き掛けたところ、彼らは持てる力を十分発揮できるようになりました。まず、短時間からお客様の前で自信を付け、次につなげる場所となっています。また、障害が重い利用者は就労はかなりハードルが高いのですが、社会の役に立ちたいと思う気持ちは変わりません。自分のペースでできる花壇管理をそれぞれのペースでこなしています。いろんな働き方が必要なのです。
道の駅での仕事の成果から、四季荘という温泉の浴室と休憩室の清掃をグループ就労として導入し、今ではすっかり日々の仕事として定着し、お客様から驚くほどきれいになったと評価をいただきました。決していい加減な仕事はしない、これが合い言葉です。その仕事ぶりから、平成十四年からは番台の仕事をいただきました。ジョブコーチを利用しながら雇用につながっています。農家から畑の管理や草刈りなどの仕事をいただくこともあります。
現在の就労支援の状況と商品の納品先です。まるべりーが地域の方に知られるようになった一番のメッセンジャーはパンとクッキーです。安心、安全なパンやお菓子を提供する、このコンセプトが地域の方に受け入れられているのです。
作業所時代から地域の方に関心を持っていただく一つの手段として、知らないがゆえの偏見なら知ってもらおうとパン作り教室をしています。この十三年間の述べ利用人数は一万人を超えています。子供会、婦人会、学校の授業、老人会、生協組合員さんなど様々な方が参加してくださいます。そして、口をそろえて、だれが先生で、だれが生徒か分からない、うちは先生という呼び方はしていないんですけれども、要はスズメの学校ではなくてメダカの学校だということが言いたくてこうしています。精神障害者は怖い人だと思っていたけれども、こんなに一生懸命社会復帰の努力をされているのですねと感動してくださり、これからもまるべりーのパンを買うことで応援しますと心強い支援をいただいています。
施設に来てもらうだけでなく、利用者と一緒に地域の活動にも参加しています。また、職場体験学習や福祉学習、町の探検隊など、小学校との交流も盛んです。
平成十六年度通所授産建設予定地は松江市の中心街です。天神町商店組合の方から町づくり、商店街の活性化に一緒に取り組んでほしいとうれしいエールをいただいています。御多分に漏れずこの町も空洞化が進んでおり、私たちと一緒に町づくりをしようと毎月二十五日には天神市をやり出してもう一年になっております。
池田小学校事件のときには多くの精神障害者や家族が本当に心痛いたしました。そのとき利用者の一人が朝日新聞に投稿した記事です。精神に障害を負った人ほど社会に出て働きたい、人のためになることをしたい、人と気持ちよく心を通わせたいと願っています。心からの叫びです。
この図は、人はだれにでも精神病になり得る要素を持っていることを表した図です。精神病は決して他人事ではありません。だれでもなり得る、私たち自身の健康問題なのです。
この図は回復過程に応じた支援の内容と量の変化を示したものです。大切なのは、先ほど三田さんも言っていらっしゃったんですが、本人の力をいかに引き出し、その上でどのように地域の人たちの力をかりていくかという視点です。エンパワーメントということを私たちも大事にしています。
利用者は病気の次に仕事が高い関心事になっております。先ほど三田さんの資料にもあったし、伊達市の資料も同じような内容になっているかと思います。将来への不安、心配も、就職できるか、働く場があるかということが第一位となっております。
利用者の発病年齢は、就労歴を持つ人が多く、働き盛りが最も高くなっています。働く場所では、商店街、住宅地、企業団地を希望しています。昨年の自殺死亡者も三万人を超えました。本当に今働き盛りの人たちの心の健康の問題、これは単に今私たちだけの問題ではなくて、日本国民全体の問題であると思います。
精神障害者の特徴は、多くの方が疲れやすいことにあり、多様な働き方が継続の力を生み出します。様々な組合せが彼らの能力を最大限発揮できるのです。就労支援と生活支援の一体的な取組は就労への効果を上げることにつながります。このバランスを見極めるのは医療の専門家ではなく地域で生活を支援する私たちです。
資料七ページ中段に自立した地域生活を送る上での条件をまとめています。時間がないので読み上げるのはやめておきます。
地域生活支援システムの具体的支援項目とキーワードをまとめました。生活支援と就労支援の一体取組が必要です。生活支援は病院の敷地内では不可能です。生活支援は地域の生活の場での取組が基本です。就労支援は多様な働き方が必要です。ピア、当事者の支援は専門家並みの、あるいは専門家以上の効果をもたらします。
私たちのところには医学生がよく実習に訪れますが、そのときに利用者が医学生に語った言葉です。地域の資源があってこそ自らを信ずることができるようになった。住居と居場所と食が確保されていれば私たちは今ある能力を最大限生かすことができる。仲間が集まることにより独りではないという安心感と情報交換ができ、教育を受けることにより新たな可能性の発見ができるようになった。失敗も経験の一つだと認めてくれる人がいて新たな挑戦ができる。様々なシステムが存在することによって選択が可能となり、自己決定による人生の幅が広がる。
二年前に僕なんか生きる価値もないと言っていた青年が、一年後には生きたいからシートベルトを締めることにしたと、近所のもち屋で働き、今ではこのおもち屋さんになくてはならない存在になっています。自信をなくした青年は湯ノ川温泉の番台で働いています。私たちが仕事を続ける原動力は自信を知った彼らの笑顔があるからです。
お手元の資料の八ページ以降は、退院から地域生活へのアプローチと、地域生活を送る上でのシステムや資源を事例を基にライフステージごとにまとめたものです。是非、お目通しくださるようにお願いいたします。
精神障害者も一人の国民として、地域生活者の一人として豊かに暮らせる社会を作っていただくことを先生方に心よりお願いいたします。
これで活動の報告を終わらせていただきます。ありがとうございました。