共生社会に関する調査会
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会
会議録情報#0
平成十六年二月二十五日(水曜日)
午後一時開会
─────────────
出席者は左のとおり。
会 長 狩野 安君
理 事
有馬 朗人君
大野つや子君
中原 爽君
神本美恵子君
羽田雄一郎君
山本 香苗君
林 紀子君
委 員
有村 治子君
大仁田 厚君
小泉 顕雄君
後藤 博子君
清水嘉与子君
南野知惠子君
岡崎トミ子君
千葉 景子君
松岡滿壽男君
森 ゆうこ君
高橋紀世子君
事務局側
第三特別調査室
長 岩波 成行君
参考人
花園大学社会福
祉学部福祉心理
学科専任講師 三田 優子君
伊達市長 菊谷 秀吉君
社会福祉法人桑
友理事長 武田 牧子君
─────────────
本日の会議に付した案件
○共生社会に関する調査
(「共生社会の構築に向けて」のうち障害者の
自立と社会参加に関する件(地域生活支援))
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この発言だけを見る →午後一時開会
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出席者は左のとおり。
会 長 狩野 安君
理 事
有馬 朗人君
大野つや子君
中原 爽君
神本美恵子君
羽田雄一郎君
山本 香苗君
林 紀子君
委 員
有村 治子君
大仁田 厚君
小泉 顕雄君
後藤 博子君
清水嘉与子君
南野知惠子君
岡崎トミ子君
千葉 景子君
松岡滿壽男君
森 ゆうこ君
高橋紀世子君
事務局側
第三特別調査室
長 岩波 成行君
参考人
花園大学社会福
祉学部福祉心理
学科専任講師 三田 優子君
伊達市長 菊谷 秀吉君
社会福祉法人桑
友理事長 武田 牧子君
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本日の会議に付した案件
○共生社会に関する調査
(「共生社会の構築に向けて」のうち障害者の
自立と社会参加に関する件(地域生活支援))
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狩
狩野安#1
○会長(狩野安君) ただいまから共生社会に関する調査会を開会いたします。
共生社会に関する調査のうち、「共生社会の構築に向けて」を議題といたします。
本日は、障害者の自立と社会参加に関する件のうち、地域生活支援について参考人から意見を聴取いたします。
本日は、花園大学社会福祉学部福祉心理学科専任講師三田優子さん、伊達市長菊谷秀吉さん及び社会福祉法人桑友理事長武田牧子さんに参考人として御出席をいただいております。
この際、参考人の方々に一言ごあいさつ申し上げます。
本日は、御多忙中のところ本調査会に御出席いただきまして誠にありがとうございます。
参考人の方々から、障害者の自立と社会参加に関する件のうち、地域生活支援について忌憚のない御意見をお述べいただき、調査の参考にいたしたいと存じますので、どうぞよろしくお願いいたします。
議事の進め方でございますが、まず、参考人からそれぞれ十五分程度御意見をお述べいただきまして、その後、各委員からの質疑にお答えいただく方法で進めたいと存じます。
なお、質疑につきましては、あらかじめ質疑者を定めず、自由に質疑を行っていきたいと存じます。
また、意見の陳述、質疑及び答弁のいずれも着席のままで結構でございます。
それでは、三田参考人からお願いいたします。三田参考人。
この発言だけを見る →共生社会に関する調査のうち、「共生社会の構築に向けて」を議題といたします。
本日は、障害者の自立と社会参加に関する件のうち、地域生活支援について参考人から意見を聴取いたします。
本日は、花園大学社会福祉学部福祉心理学科専任講師三田優子さん、伊達市長菊谷秀吉さん及び社会福祉法人桑友理事長武田牧子さんに参考人として御出席をいただいております。
この際、参考人の方々に一言ごあいさつ申し上げます。
本日は、御多忙中のところ本調査会に御出席いただきまして誠にありがとうございます。
参考人の方々から、障害者の自立と社会参加に関する件のうち、地域生活支援について忌憚のない御意見をお述べいただき、調査の参考にいたしたいと存じますので、どうぞよろしくお願いいたします。
議事の進め方でございますが、まず、参考人からそれぞれ十五分程度御意見をお述べいただきまして、その後、各委員からの質疑にお答えいただく方法で進めたいと存じます。
なお、質疑につきましては、あらかじめ質疑者を定めず、自由に質疑を行っていきたいと存じます。
また、意見の陳述、質疑及び答弁のいずれも着席のままで結構でございます。
それでは、三田参考人からお願いいたします。三田参考人。
三
三田優子#2
○参考人(三田優子君) こんにちは。今から十五分で、大きなテーマなんですけれども御説明させていただければというふうに思っています。
今日は、障害者の自立と社会参加ということですが、一つのある調査を中心にお話をさせていただきます。その調査結果を基に、それは知的障害者の方が生活されている入所施設に対する調査結果です。それを一つの導入というか、今日のお話の柱としてお持ちいたしました。
前のパワーポイントで説明させていただきたいと思います。(資料映写)
御存じのとおり、二〇〇三年から二〇一二年度まで新障害者基本計画というのが策定されました。その前半の五年間を新障害者プランというふうに呼んでいるんですけれども、こちらの調査会と同じ共生社会の実現という考え方の下にこの計画が出されました。この計画が出された中には、支援費制度というのも始まりまして、障害者御本人が利用者として、利用者主体の、利用者本位の支援が始まる記念すべきときだというふうに私たちも理解していましたし、そして、本当にそのとおりになっていただければなというふうに思っております。
中身に関してはもう御存じかとも思いますし、あるいはもう長いものですから全部は御紹介できませんが、赤いところだけです。一つだけお伝えしたいとすると、今まで障害者プランというのが作られてきましたけれども、そこから新しく新障害者プランあるいは新障害者基本計画が作られる際に、やはり世界じゅうの流れを基に、入所施設というのはもう限定しましょうと、目標値を定めずに、障害者の生活の場はできるだけ小規模化、個室化をというふうになっています。というのは、知的障害関係の入所施設は、日本以外の先進国ではもう明らかにどんどんどんどん右下がりになっております。スウェーデンを始め幾つかの国では、知的障害者の入所施設はもう既にゼロになっております。日本だけがいまだに増え続けているものですから。でも、この新障害者プランあるいは新障害者基本計画でも、入所施設はもう作らないというふうにはならず、限定になりました。
ほかに、地域でのサービス、ホームヘルプサービスあるいはショートステイというのも一応数値が出たんですけれども、前回のプランに比べてもそうそう大きな伸び率がなく、在宅の方の数を後で御紹介しますけれども、見ると本当に数少ない地域の予算になっております。
先ほどの入所施設は限定すると。限定する、じゃ、どういう場合に作るのかというときに、入所施設は地域の実情に合わせて真に必要なものに限定するというふうに明記されております。
けれども、障害者本人たちは入所施設が必要かどうかを判断するのは利用者ではないかというふうにずっと運動してきましたし、今も言っておりますが、その地域の実情というのがいわゆる今までと同じように本人の意思にかかわらず施設が増えたり、あるいは入ることになったりということがこのまま継続するということになりかねないという危惧を障害者の方が言っております。
数値目標は立てていないんですけれども、厚生労働省に問い合わせましても、この支援費始まってからの昨年の四月以降の入所施設の伸び率についてはなかなか教えてくださらなかったんですが、いろいろ足を運びまして調べたところ、現にこの四月以降も新規のものが増え続けております。どうも入所施設作られそうもないみたいといううわさが流れたのか、駆け込み入所施設オープンというのが随分今進んでおりまして、すごい勢いで増えております。
今後も増えていく背景には、平成十五年度までに策定された各都道府県の障害者計画に入所施設を整備、設置すると書かれてあれば国の方もこれを補助すると言っておりますし、あるいはこれも全国で増えているんですが、親の会の人が一人五百万とか一千万のお金を出しまして、ある程度準備をするのであとはお金をくださいというような形の場合にはなかなか断れないということで入所施設が増えております。
関西のある県でも、四月以降に三つの入所施設がオープンしましたが、一人五百万から一千万のお金を出したにもかかわらず、その二割しか入所者が充足されておりません。御本人、お母さんたちにお聞きになったら、保険としてお金を出して、うちの子はここには入れたくないという状況で、しかし一か所の入所施設が作られるのには莫大な予算が作られているということを考えると、本当にどこもお金は大変だと思うんですけれども、使い方っていうのかななんて思ったりもしております。
済みません、もう分かり切っていることかもしれませんが、障害者はこのように三障害、身体、精神、知的とありまして、全部で約六百万ですので、国民の二十人に一人というふうに言われております非常に身近な問題なんですけれども、うち入所率が一番この中で高いのが知的障害者となっておりますので、その入所施設の調査結果をお伝えしたいと思います。
今日のテーマでもあります自立と社会参加ということですけれども、自立という言葉が近年の障害者御本人からのいろんな声も出ておりますし、今日お配りした本も後で時間があれば触れたいと思いますが、何もかもできるようになってから地域で暮らせるとか自立というふうには、もう障害者自身もそこからとらわれないようにしようと。できないことは助けていただいて、そして三十年も入所施設の中で字が読めるように訓練をしてから外に出るのではなく、地域で字が読めなくても生活できるように援助していただければ私たちは暮らせるんだということを言っております。エンパワーメントというのは、やはり障害者の方がうちに秘めているいろんな才能を訓練、指導の下に見えなくなってしまうのは損ではないかと私自身も思っています。
しかしながら、集中する入所、あるいは精神科の場合では入院に掛かる予算が莫大なものでありますので、地域にきめ細やかなサービスが十分ではないというふうになっています。
この調査ですけれども、平成十三年度から厚生労働科学研究班でやらせていただきましたが、全国で千四百七十五か所にある知的障害者の入所のうち七割の施設から回答を得まして、入所者全員についてどのような実態であるかということを教えていただきました。これを基に新障害者プランへの提言も行いましたし、私が所属しているこの研究班の特徴は、知的障害者御本人が半分を占めております。障害者御本人と研究を進めてまいりましたので、この結果を基に知的障害者の方から提案もいただきましたし、その方たちの半数以上は入所施設体験者でございますので、このお金の使い方に対しても意見が出ております。
全部説明する時間はないんですけれども、入所者六万二千八百五十五人の内訳を見てみますと、多岐にわたって長期に入所されている方もたくさんいらっしゃいます。新しくまだ今も入り続けているという状況です。その方たちが入所施設から出ていっている状況というのを見ますと、大まかに見ますと全体の二%しか地域には出ません。入所施設は本来、指導、訓練をして地域社会で暮らせるように支援する更生の場だというふうに言われてきましたけれども、その移動は年間二%、うち半分は他の障害者施設や病院、病院は老人病院と精神病院です。それから三番目に大きな退所の理由が死亡となっております。死ぬか、ほかの施設に行くか、病院に行くか以外はなかなか外に出れない。残りの、全体の一%というのは地域に出ているんですけれども、うち半分が家庭に戻されるということで地域サービスを整えてということではなく、高齢化した後に家庭に戻されるということもあるようです。
職員と入所者との関係を幾つかお聞きしましたけれども、知的な障害を持っている方、コミュニケーションが難しいというふうに言われておりますけれども、ということが施設の職員の結果からも分かってきました。もちろん説明、確認をしているんだけれども、元々御本人に意向を聞くというのはなかなかできていないというような実態も明らかになっています。
つまり、御本人がここから出たいという意思表明をしてくれればまだはっきり分かるんだけれども、何も言ってくれないので聞いても分からないと。こちらに返ってこないので仕方がないというふうに言っている専門職員の回答が四三・三%です。ですから、三十年間ずっとそこにいるままという方が生み出されているのかもしれません。
次の予算比較は非常に乱暴な予算比較です。というのは、こういう形で厚生労働省の方で予算についてのグラフを幾らお願いしても出していただけないようです。いろんな流れがあるようなんですけれども。それでこちらで調べまして、十三年度分までグラフに書いておりますが、十四年度、十五年度についても似たような傾向になっています。要は、オレンジの部分が知的障害者福祉予算の、つまり七割、八割に当たる部分が入所施設関係で占められています。これは設備費、設備整備費を引いておりますので、かなりの部分が職員のお給料になっているわけです。入所施設のお金がこれだけ使われているところに知的障害者の三人に一人の方がいます。あるいは、成人の場合は三人に一人ですが、児童になりますと三、四人に一人、三・五人に一人ぐらいです。つまり、施設に入っている方以外の方がその倍以上いるのに、三分の一の方のために予算の七割以上を使っているということから地域のお金が貧しいということになっているんじゃないかというふうに思っています。ノーマライゼーションとうたわれていますけれども、お金の配分は全然変わっておりません。これは支援費になりました今年度を見ても同じ状況のようです。
五年以上入っていらっしゃる方の理由は、やはり社会の適応問題、作業能力がなかなか十分ではないから出せない、あるいは社会で適応できないから地域に出せないと、非常に御本人さんの能力についての意見が多いです。
では、それで一方で施設にいらっしゃる方の多数は中軽度者なんです。障害が重い方ばかりではないんですね。中軽度者の方が、じゃ中で何をしているんだろうというふうに調べてみましたら、千四ある施設のうち、七百五十五施設は中軽度者は配ぜんのお手伝いでどうもお忙しいようです。それから、他の入所者の清掃を中軽度者の方が施設の中で行っておりました。他の入所者というのは限りなく重度の方です。重度の方の身辺介護も中軽度者が行っていて、おふろに入れたりおむつを替えたり、食事の介助をしたりということを同じ入所者である中軽度者が行っているという実態が明らかになってまいりました。
どちらにも今まで措置費というお金が使われまして、措置費の対象者でありました。そして、入所者という意味では同じなんですけれども、中軽度者は非常に忙しかったです。それをちゃんとこうやって回答したところがすごいなと思ったんですけれども、これを海外の研究者に訳しましてお伝えしましたら、ほかの国々ではこれを人権侵害と呼ぶというふうに言われました。つまり使役です、施設の中で。
この点呼係をしたり身辺介護をしたり、見守りができるんだったら、地域でお金にならないのかと私は思いました。ここの方が高齢になったら、また軽度の方に見守られ、身辺介護をさせられるという、この悪循環を断ち切らなければ入所施設からは出れないと。
施設はこのことについてどう思うのかというふうにお聞きしましたら、やっぱりこれが訓練の一環だという考え方です。施設の中でいろいろなことが行われているという、私たちから見たら人権侵害と思われることが本人の訓練のため、この訓練によって社会に出られるということなのかもしれませんが、先ほど言った適応能力がない、あるいはいろんな作業能力が乏しいと言われた方がちゃんと重度の方の面倒を見ているわけですね、施設の中で。これは非常に大きな問題だと思っております。
正直にお答えになっている施設もあります。頼りになっている、あるいは重度者ばかりでは限界がある、中軽度者はずっと施設にいてほしいというのは非常に正直な回答ではないかというふうに思いますが、人手が足りないのだから仕方がないという回答もあり、しかし予算の七割、八割を入所施設が使っているということになると本当に一から使い方を見直した方がいいんじゃないかと思いまして、同じ研究班にいる当事者の方たちと一緒に、昨年の今ごろですが、記者クラブで記者会見をさせていただきました、研究の成果として。くしくも、そのころは厚生労働省の周りを身体障害者の方が囲んで、ホームヘルプに関する上限問題だとか一般財源化ということがあったときなんですけれども、知的な障害を持つ方たちが私たちの意見も聞いてほしいということでこの調査結果を基に提言を行いました。文章はとても分かりやすいです。私は打っただけで、言葉は知的な障害をお持ちの方が言われたことをまとめました。
一番。支援費制度になっても、自分で住みたいところに住めません。入所施設はまだまだ増えています。入りたくないのに入れられてしまう。グループホームも足りない。増やす数が少な過ぎる。そして三番。どう私たちの思いを聞いたらいいか分からない職員が多過ぎるというようなことを言っております。
また、これも端的に表しておりますが、国はお金の使い方が間違っています。
入所施設の職員は何もしなくても高い給料をもらっていると。これは記録に残りますけれども、私が言った言葉ではございませんので、知的な障害をお持ちの方が言っておりますので、風当たりが随分強いんですけれども。大切な地域の支援には真剣にお金を掛けていない。地域の支援を待っている人は施設に入っている人の数より多いということです。どうして入所施設ばかりにお金を回すのか私たちに説明しない。新しいプランを作ったけれども、今までのお金の使い方を反省していない。私たちの暮らしや思いを分からない人が使い方を決めている。ちゃんと私たちに聞いてください。
今日お配りしたこの赤い本、時間がないので後でお読みください。たしかどなたかが書かれています。総理大臣も入所施設に一度入ってごらんなさいというタイトルで文章を書いておりますけれども、本人たちから手厳しい言葉が出てくるようになってきました。
要望です。これも御本人の言葉です。
入所施設を減らす計画を立ててください。具体的に数字を言ってください。でないと少しも変わりません。国が貧乏なら、一番お金を使っているところからカットしてください。厚生労働省の人も、自分だったら入所施設に入りたいかどうかを考えながら仕事をしてくださいと。かぎ付きの中で三十年暮らしたという方たちがこういうことを言っているわけです。
それから、グループホームやホームヘルプは何よりも大切なものです。ここにお金を掛けてください。地域は無理だから施設に入りなさいとか、あちこちに動かされるのはもう嫌ですと。障害が重くても年を取っても、町の中で住みたいのです。あちこち動かされるたびに新しい訓練が始まるのはたまらないということです。
ちょっと次をカットしまして、四番。人権侵害を平気でやっている施設をそのままにしているのは国の責任です。当事者をオンブズマンにした制度が必要です。
五番もカットさせていただいて、済みません、時間が過ぎております。
全国の仲間へ。どこに住みたいか、どんな支援が必要か、どんどん自分の思いを言っていかないと、今までと同じように勝手に決められてしまいます。身体障害者の人たちも命懸けで抗議しました。私たちも我慢しないでおかしいともっと言っていきましょう。私たちが主役だからですと。
次にあるグラフは、三番目に、今日お話をしていただけると思うんですが、精神障害者の状況も同じような状況です。障害者福祉に関してグラフを作りますと、どうも日本だけがいつも全く別の動きをしております。精神科の病床も千人当たり増え続けているのは日本だけです。平均在院日数が増え続けているのも日本だけです。全く別の道を歩んでいると。知的障害者の入所施設も同じことです。
最後に、まとめとしまして幾つかのポイントをお書きいたしました。
今までお話しした中で、御本人からは厳しい言葉もありましたが、専門的な援助を提供する入所施設というところで権利擁護がずっと続いているということもあったり、あるいはずっと出さないでいるということ自体、そして中軽度者の先ほどの実態そのものが人権侵害ではないかという動きがあるということが一つです。
専門的な援助とわざわざかぎ括弧を付けさせていただいたのは、ちょっと余りアカデミックな報告でなくてお恥ずかしいんですけれども、同じ研究班の当事者、知的障害者御本人から、全国の入所施設の職員の平均給与を調べなさいと命令されまして一生懸命調べました。少なくとも県立、県営で全国にできてきたコロニーと言われている各施設の平均給与を調べさせていただきましたところ、全国の平均給与は九百万を軽く超えておりました。職員の平均給与です。幾つかの施設では軽く一千万を超えている職員の平均給与というのがありまして、一部はある新聞でも出ましたけれども、これがこの結果で出てきた専門的な援助を提供する職員の集団なのかということは、本人たちは非常に立腹いたしまして、それこそお金の使い方を考えてほしいということです。専門職としての技能を見直すということはもちろん、お金、つまり予算の大半が入所施設に使われ、その大半が職員給与だということを考えると、ここを改革しなければいけないというふうに思っています。
時間がない中で私からの一つのお願いは、ずっと私自身もこのことについては研究班を超えていろんなところでも言ってきたんですけれども、予算の在り方として、入所施設にかかわるものは義務的経費と言われております。そして、ホームヘルプやグループホームと地域支援にかかわるものが裁量的経費ということになっておりまして、この裁量的な経費の方がどんどんどんどん今カットされております。義務的経費に関しては手が付けられないというふうにおっしゃいます。それについては手を付けなければ、手を付けられるようにならなければ日本ではノーマライゼーションはあり得ないと思っておりますので、これは私のような下っ端の研究者では何にも役に立ちませんので、この辺を、どういうふうにお願いしていいのか分からないですけれども、変えていかないと、いつまでも入所施設の予算はそのまま、どんどん今から建て直されて残っていくということがあります。
自立というのは障害者本人が自ら選び決めていくもので、入所施設に措置されたままそこで死んでいくということで自立も何もないだろうと御本人たちが言っております。入所、収容の存続自体が社会参加を推進しないというふうに提言させていただきます。社会は障害者の存在で潤うという実態もたくさん今出てきておりますので、そのことがもっともっと語られるようになったらいいなと思って、その前段階としてこういう本を作らせていただきました。
最後に、玉木さんという方、身体障害をお持ちの方が、自立生活センターをやっていらっしゃる職員でもあるんですけれども、私たちの権利ということで知的障害者向けに十の権利を今伝えてくださっています。知的障害者の方たちは目からうろこの状態でこのお話を聞いております。
自分のやりたいことをはっきり言って、それを優先する権利があなたにあるんだと。優先という言葉でみんな分かんなくなっちゃうんですけれども、玉木さんが上手に説明してくださっています。みんな初めて聞いたと言いました。人の言うことを聞いて自分の言いたいことを言わないのがいい障害者だというふうに言われてきたと、かわいがられる障害者になりなさいと言われてきたと御本人は言っておりました。
それから、四番の危険を冒す権利。社会にいたら失敗することもたくさんあるので、危険を冒すということは次に危険を回避できるんだから、やってみようよいろんなことをというふうに言われました。
それから、自分だけの考えを持つ権利。持てないんではなくて持たされなかったということを気付いていいんだということを言い始めております。
パワーポイントは以上でございます。
この本の中には、二十一人の知的障害者の方が実名で自分たちの体験をお書きになりました。最後まで実名で施設名と職員名を書きました。出版社の方が負けました、ちょっとまずいということで。ですが、御本人さんたちの体験を読むたびにどきっとさせられることが多いです。半分以上の方は字が書けません。聞き語りで私たちが書きました。この本の特徴は、一般書店で一般の方が圧倒的に買ってくださっています。福祉関係者ではなくて一般の方が、日本で障害者はどこにいるんだというふうに思っていた方が買っていただいて、ここに税金が使われているということはどういうことなんだろうというアンケートも寄せてくださっているということになっています。やはり、御本人の声を聞きながら社会参加、自立ということを考えていかなければいけないというふうに思いました。
早口で申し訳ありませんが、以上で発表を終わらせていただきます。ありがとうございました。
この発言だけを見る →今日は、障害者の自立と社会参加ということですが、一つのある調査を中心にお話をさせていただきます。その調査結果を基に、それは知的障害者の方が生活されている入所施設に対する調査結果です。それを一つの導入というか、今日のお話の柱としてお持ちいたしました。
前のパワーポイントで説明させていただきたいと思います。(資料映写)
御存じのとおり、二〇〇三年から二〇一二年度まで新障害者基本計画というのが策定されました。その前半の五年間を新障害者プランというふうに呼んでいるんですけれども、こちらの調査会と同じ共生社会の実現という考え方の下にこの計画が出されました。この計画が出された中には、支援費制度というのも始まりまして、障害者御本人が利用者として、利用者主体の、利用者本位の支援が始まる記念すべきときだというふうに私たちも理解していましたし、そして、本当にそのとおりになっていただければなというふうに思っております。
中身に関してはもう御存じかとも思いますし、あるいはもう長いものですから全部は御紹介できませんが、赤いところだけです。一つだけお伝えしたいとすると、今まで障害者プランというのが作られてきましたけれども、そこから新しく新障害者プランあるいは新障害者基本計画が作られる際に、やはり世界じゅうの流れを基に、入所施設というのはもう限定しましょうと、目標値を定めずに、障害者の生活の場はできるだけ小規模化、個室化をというふうになっています。というのは、知的障害関係の入所施設は、日本以外の先進国ではもう明らかにどんどんどんどん右下がりになっております。スウェーデンを始め幾つかの国では、知的障害者の入所施設はもう既にゼロになっております。日本だけがいまだに増え続けているものですから。でも、この新障害者プランあるいは新障害者基本計画でも、入所施設はもう作らないというふうにはならず、限定になりました。
ほかに、地域でのサービス、ホームヘルプサービスあるいはショートステイというのも一応数値が出たんですけれども、前回のプランに比べてもそうそう大きな伸び率がなく、在宅の方の数を後で御紹介しますけれども、見ると本当に数少ない地域の予算になっております。
先ほどの入所施設は限定すると。限定する、じゃ、どういう場合に作るのかというときに、入所施設は地域の実情に合わせて真に必要なものに限定するというふうに明記されております。
けれども、障害者本人たちは入所施設が必要かどうかを判断するのは利用者ではないかというふうにずっと運動してきましたし、今も言っておりますが、その地域の実情というのがいわゆる今までと同じように本人の意思にかかわらず施設が増えたり、あるいは入ることになったりということがこのまま継続するということになりかねないという危惧を障害者の方が言っております。
数値目標は立てていないんですけれども、厚生労働省に問い合わせましても、この支援費始まってからの昨年の四月以降の入所施設の伸び率についてはなかなか教えてくださらなかったんですが、いろいろ足を運びまして調べたところ、現にこの四月以降も新規のものが増え続けております。どうも入所施設作られそうもないみたいといううわさが流れたのか、駆け込み入所施設オープンというのが随分今進んでおりまして、すごい勢いで増えております。
今後も増えていく背景には、平成十五年度までに策定された各都道府県の障害者計画に入所施設を整備、設置すると書かれてあれば国の方もこれを補助すると言っておりますし、あるいはこれも全国で増えているんですが、親の会の人が一人五百万とか一千万のお金を出しまして、ある程度準備をするのであとはお金をくださいというような形の場合にはなかなか断れないということで入所施設が増えております。
関西のある県でも、四月以降に三つの入所施設がオープンしましたが、一人五百万から一千万のお金を出したにもかかわらず、その二割しか入所者が充足されておりません。御本人、お母さんたちにお聞きになったら、保険としてお金を出して、うちの子はここには入れたくないという状況で、しかし一か所の入所施設が作られるのには莫大な予算が作られているということを考えると、本当にどこもお金は大変だと思うんですけれども、使い方っていうのかななんて思ったりもしております。
済みません、もう分かり切っていることかもしれませんが、障害者はこのように三障害、身体、精神、知的とありまして、全部で約六百万ですので、国民の二十人に一人というふうに言われております非常に身近な問題なんですけれども、うち入所率が一番この中で高いのが知的障害者となっておりますので、その入所施設の調査結果をお伝えしたいと思います。
今日のテーマでもあります自立と社会参加ということですけれども、自立という言葉が近年の障害者御本人からのいろんな声も出ておりますし、今日お配りした本も後で時間があれば触れたいと思いますが、何もかもできるようになってから地域で暮らせるとか自立というふうには、もう障害者自身もそこからとらわれないようにしようと。できないことは助けていただいて、そして三十年も入所施設の中で字が読めるように訓練をしてから外に出るのではなく、地域で字が読めなくても生活できるように援助していただければ私たちは暮らせるんだということを言っております。エンパワーメントというのは、やはり障害者の方がうちに秘めているいろんな才能を訓練、指導の下に見えなくなってしまうのは損ではないかと私自身も思っています。
しかしながら、集中する入所、あるいは精神科の場合では入院に掛かる予算が莫大なものでありますので、地域にきめ細やかなサービスが十分ではないというふうになっています。
この調査ですけれども、平成十三年度から厚生労働科学研究班でやらせていただきましたが、全国で千四百七十五か所にある知的障害者の入所のうち七割の施設から回答を得まして、入所者全員についてどのような実態であるかということを教えていただきました。これを基に新障害者プランへの提言も行いましたし、私が所属しているこの研究班の特徴は、知的障害者御本人が半分を占めております。障害者御本人と研究を進めてまいりましたので、この結果を基に知的障害者の方から提案もいただきましたし、その方たちの半数以上は入所施設体験者でございますので、このお金の使い方に対しても意見が出ております。
全部説明する時間はないんですけれども、入所者六万二千八百五十五人の内訳を見てみますと、多岐にわたって長期に入所されている方もたくさんいらっしゃいます。新しくまだ今も入り続けているという状況です。その方たちが入所施設から出ていっている状況というのを見ますと、大まかに見ますと全体の二%しか地域には出ません。入所施設は本来、指導、訓練をして地域社会で暮らせるように支援する更生の場だというふうに言われてきましたけれども、その移動は年間二%、うち半分は他の障害者施設や病院、病院は老人病院と精神病院です。それから三番目に大きな退所の理由が死亡となっております。死ぬか、ほかの施設に行くか、病院に行くか以外はなかなか外に出れない。残りの、全体の一%というのは地域に出ているんですけれども、うち半分が家庭に戻されるということで地域サービスを整えてということではなく、高齢化した後に家庭に戻されるということもあるようです。
職員と入所者との関係を幾つかお聞きしましたけれども、知的な障害を持っている方、コミュニケーションが難しいというふうに言われておりますけれども、ということが施設の職員の結果からも分かってきました。もちろん説明、確認をしているんだけれども、元々御本人に意向を聞くというのはなかなかできていないというような実態も明らかになっています。
つまり、御本人がここから出たいという意思表明をしてくれればまだはっきり分かるんだけれども、何も言ってくれないので聞いても分からないと。こちらに返ってこないので仕方がないというふうに言っている専門職員の回答が四三・三%です。ですから、三十年間ずっとそこにいるままという方が生み出されているのかもしれません。
次の予算比較は非常に乱暴な予算比較です。というのは、こういう形で厚生労働省の方で予算についてのグラフを幾らお願いしても出していただけないようです。いろんな流れがあるようなんですけれども。それでこちらで調べまして、十三年度分までグラフに書いておりますが、十四年度、十五年度についても似たような傾向になっています。要は、オレンジの部分が知的障害者福祉予算の、つまり七割、八割に当たる部分が入所施設関係で占められています。これは設備費、設備整備費を引いておりますので、かなりの部分が職員のお給料になっているわけです。入所施設のお金がこれだけ使われているところに知的障害者の三人に一人の方がいます。あるいは、成人の場合は三人に一人ですが、児童になりますと三、四人に一人、三・五人に一人ぐらいです。つまり、施設に入っている方以外の方がその倍以上いるのに、三分の一の方のために予算の七割以上を使っているということから地域のお金が貧しいということになっているんじゃないかというふうに思っています。ノーマライゼーションとうたわれていますけれども、お金の配分は全然変わっておりません。これは支援費になりました今年度を見ても同じ状況のようです。
五年以上入っていらっしゃる方の理由は、やはり社会の適応問題、作業能力がなかなか十分ではないから出せない、あるいは社会で適応できないから地域に出せないと、非常に御本人さんの能力についての意見が多いです。
では、それで一方で施設にいらっしゃる方の多数は中軽度者なんです。障害が重い方ばかりではないんですね。中軽度者の方が、じゃ中で何をしているんだろうというふうに調べてみましたら、千四ある施設のうち、七百五十五施設は中軽度者は配ぜんのお手伝いでどうもお忙しいようです。それから、他の入所者の清掃を中軽度者の方が施設の中で行っておりました。他の入所者というのは限りなく重度の方です。重度の方の身辺介護も中軽度者が行っていて、おふろに入れたりおむつを替えたり、食事の介助をしたりということを同じ入所者である中軽度者が行っているという実態が明らかになってまいりました。
どちらにも今まで措置費というお金が使われまして、措置費の対象者でありました。そして、入所者という意味では同じなんですけれども、中軽度者は非常に忙しかったです。それをちゃんとこうやって回答したところがすごいなと思ったんですけれども、これを海外の研究者に訳しましてお伝えしましたら、ほかの国々ではこれを人権侵害と呼ぶというふうに言われました。つまり使役です、施設の中で。
この点呼係をしたり身辺介護をしたり、見守りができるんだったら、地域でお金にならないのかと私は思いました。ここの方が高齢になったら、また軽度の方に見守られ、身辺介護をさせられるという、この悪循環を断ち切らなければ入所施設からは出れないと。
施設はこのことについてどう思うのかというふうにお聞きしましたら、やっぱりこれが訓練の一環だという考え方です。施設の中でいろいろなことが行われているという、私たちから見たら人権侵害と思われることが本人の訓練のため、この訓練によって社会に出られるということなのかもしれませんが、先ほど言った適応能力がない、あるいはいろんな作業能力が乏しいと言われた方がちゃんと重度の方の面倒を見ているわけですね、施設の中で。これは非常に大きな問題だと思っております。
正直にお答えになっている施設もあります。頼りになっている、あるいは重度者ばかりでは限界がある、中軽度者はずっと施設にいてほしいというのは非常に正直な回答ではないかというふうに思いますが、人手が足りないのだから仕方がないという回答もあり、しかし予算の七割、八割を入所施設が使っているということになると本当に一から使い方を見直した方がいいんじゃないかと思いまして、同じ研究班にいる当事者の方たちと一緒に、昨年の今ごろですが、記者クラブで記者会見をさせていただきました、研究の成果として。くしくも、そのころは厚生労働省の周りを身体障害者の方が囲んで、ホームヘルプに関する上限問題だとか一般財源化ということがあったときなんですけれども、知的な障害を持つ方たちが私たちの意見も聞いてほしいということでこの調査結果を基に提言を行いました。文章はとても分かりやすいです。私は打っただけで、言葉は知的な障害をお持ちの方が言われたことをまとめました。
一番。支援費制度になっても、自分で住みたいところに住めません。入所施設はまだまだ増えています。入りたくないのに入れられてしまう。グループホームも足りない。増やす数が少な過ぎる。そして三番。どう私たちの思いを聞いたらいいか分からない職員が多過ぎるというようなことを言っております。
また、これも端的に表しておりますが、国はお金の使い方が間違っています。
入所施設の職員は何もしなくても高い給料をもらっていると。これは記録に残りますけれども、私が言った言葉ではございませんので、知的な障害をお持ちの方が言っておりますので、風当たりが随分強いんですけれども。大切な地域の支援には真剣にお金を掛けていない。地域の支援を待っている人は施設に入っている人の数より多いということです。どうして入所施設ばかりにお金を回すのか私たちに説明しない。新しいプランを作ったけれども、今までのお金の使い方を反省していない。私たちの暮らしや思いを分からない人が使い方を決めている。ちゃんと私たちに聞いてください。
今日お配りしたこの赤い本、時間がないので後でお読みください。たしかどなたかが書かれています。総理大臣も入所施設に一度入ってごらんなさいというタイトルで文章を書いておりますけれども、本人たちから手厳しい言葉が出てくるようになってきました。
要望です。これも御本人の言葉です。
入所施設を減らす計画を立ててください。具体的に数字を言ってください。でないと少しも変わりません。国が貧乏なら、一番お金を使っているところからカットしてください。厚生労働省の人も、自分だったら入所施設に入りたいかどうかを考えながら仕事をしてくださいと。かぎ付きの中で三十年暮らしたという方たちがこういうことを言っているわけです。
それから、グループホームやホームヘルプは何よりも大切なものです。ここにお金を掛けてください。地域は無理だから施設に入りなさいとか、あちこちに動かされるのはもう嫌ですと。障害が重くても年を取っても、町の中で住みたいのです。あちこち動かされるたびに新しい訓練が始まるのはたまらないということです。
ちょっと次をカットしまして、四番。人権侵害を平気でやっている施設をそのままにしているのは国の責任です。当事者をオンブズマンにした制度が必要です。
五番もカットさせていただいて、済みません、時間が過ぎております。
全国の仲間へ。どこに住みたいか、どんな支援が必要か、どんどん自分の思いを言っていかないと、今までと同じように勝手に決められてしまいます。身体障害者の人たちも命懸けで抗議しました。私たちも我慢しないでおかしいともっと言っていきましょう。私たちが主役だからですと。
次にあるグラフは、三番目に、今日お話をしていただけると思うんですが、精神障害者の状況も同じような状況です。障害者福祉に関してグラフを作りますと、どうも日本だけがいつも全く別の動きをしております。精神科の病床も千人当たり増え続けているのは日本だけです。平均在院日数が増え続けているのも日本だけです。全く別の道を歩んでいると。知的障害者の入所施設も同じことです。
最後に、まとめとしまして幾つかのポイントをお書きいたしました。
今までお話しした中で、御本人からは厳しい言葉もありましたが、専門的な援助を提供する入所施設というところで権利擁護がずっと続いているということもあったり、あるいはずっと出さないでいるということ自体、そして中軽度者の先ほどの実態そのものが人権侵害ではないかという動きがあるということが一つです。
専門的な援助とわざわざかぎ括弧を付けさせていただいたのは、ちょっと余りアカデミックな報告でなくてお恥ずかしいんですけれども、同じ研究班の当事者、知的障害者御本人から、全国の入所施設の職員の平均給与を調べなさいと命令されまして一生懸命調べました。少なくとも県立、県営で全国にできてきたコロニーと言われている各施設の平均給与を調べさせていただきましたところ、全国の平均給与は九百万を軽く超えておりました。職員の平均給与です。幾つかの施設では軽く一千万を超えている職員の平均給与というのがありまして、一部はある新聞でも出ましたけれども、これがこの結果で出てきた専門的な援助を提供する職員の集団なのかということは、本人たちは非常に立腹いたしまして、それこそお金の使い方を考えてほしいということです。専門職としての技能を見直すということはもちろん、お金、つまり予算の大半が入所施設に使われ、その大半が職員給与だということを考えると、ここを改革しなければいけないというふうに思っています。
時間がない中で私からの一つのお願いは、ずっと私自身もこのことについては研究班を超えていろんなところでも言ってきたんですけれども、予算の在り方として、入所施設にかかわるものは義務的経費と言われております。そして、ホームヘルプやグループホームと地域支援にかかわるものが裁量的経費ということになっておりまして、この裁量的な経費の方がどんどんどんどん今カットされております。義務的経費に関しては手が付けられないというふうにおっしゃいます。それについては手を付けなければ、手を付けられるようにならなければ日本ではノーマライゼーションはあり得ないと思っておりますので、これは私のような下っ端の研究者では何にも役に立ちませんので、この辺を、どういうふうにお願いしていいのか分からないですけれども、変えていかないと、いつまでも入所施設の予算はそのまま、どんどん今から建て直されて残っていくということがあります。
自立というのは障害者本人が自ら選び決めていくもので、入所施設に措置されたままそこで死んでいくということで自立も何もないだろうと御本人たちが言っております。入所、収容の存続自体が社会参加を推進しないというふうに提言させていただきます。社会は障害者の存在で潤うという実態もたくさん今出てきておりますので、そのことがもっともっと語られるようになったらいいなと思って、その前段階としてこういう本を作らせていただきました。
最後に、玉木さんという方、身体障害をお持ちの方が、自立生活センターをやっていらっしゃる職員でもあるんですけれども、私たちの権利ということで知的障害者向けに十の権利を今伝えてくださっています。知的障害者の方たちは目からうろこの状態でこのお話を聞いております。
自分のやりたいことをはっきり言って、それを優先する権利があなたにあるんだと。優先という言葉でみんな分かんなくなっちゃうんですけれども、玉木さんが上手に説明してくださっています。みんな初めて聞いたと言いました。人の言うことを聞いて自分の言いたいことを言わないのがいい障害者だというふうに言われてきたと、かわいがられる障害者になりなさいと言われてきたと御本人は言っておりました。
それから、四番の危険を冒す権利。社会にいたら失敗することもたくさんあるので、危険を冒すということは次に危険を回避できるんだから、やってみようよいろんなことをというふうに言われました。
それから、自分だけの考えを持つ権利。持てないんではなくて持たされなかったということを気付いていいんだということを言い始めております。
パワーポイントは以上でございます。
この本の中には、二十一人の知的障害者の方が実名で自分たちの体験をお書きになりました。最後まで実名で施設名と職員名を書きました。出版社の方が負けました、ちょっとまずいということで。ですが、御本人さんたちの体験を読むたびにどきっとさせられることが多いです。半分以上の方は字が書けません。聞き語りで私たちが書きました。この本の特徴は、一般書店で一般の方が圧倒的に買ってくださっています。福祉関係者ではなくて一般の方が、日本で障害者はどこにいるんだというふうに思っていた方が買っていただいて、ここに税金が使われているということはどういうことなんだろうというアンケートも寄せてくださっているということになっています。やはり、御本人の声を聞きながら社会参加、自立ということを考えていかなければいけないというふうに思いました。
早口で申し訳ありませんが、以上で発表を終わらせていただきます。ありがとうございました。
狩
菊
菊谷秀吉#4
○参考人(菊谷秀吉君) ただいま御紹介いただきました伊達市長の菊谷でございます。
今、三田さんのお話を聞いていまして、深い共感と共鳴を覚えました。全くそのとおりだなと思いながら聞いておりました。
私どもの伊達について若干お話をさせていただきたいと思いますが、まず二〇〇〇年の有珠山噴火に際しましては、伊達市に災害対策本部が置かれたということもございまして大変国の関係機関にお世話になりました。その関係もありまして、昨年十一月に国の防災センター、防災モデル事業でお金をいただきまして防災センターを完成をして、次の噴火に備える体制がようやくできたというところでございます。
それでは、本題に入らさせていただきます。
まず初めに、伊達市についての若干の概要を説明させていただきます。伊達市は、明治三年に、仙台藩一門、南になりますけれども、亘理という町から領主の伊達邦成とその家臣たちによって開拓がされた町でございます。それ以前にも、約七千年前から縄文の遺跡群がたくさんございますし、またさらに平安中期にできたお寺がございまして、これは江戸時代に、当時の幕府が先住民のアイヌの方々を教化するための蝦夷三官寺として開かれたお寺でもございます。それだけに、北海道内におきましては比較的早くから歴史が開けた町でございまして、最近は道内外からたくさんの定年退職者が移り住む町でございます。これは本州からも相当来てございます。それだけに、人口三万六千の町としては高齢化率が非常に高くて、大体一月で〇・一ぐらいの高齢化が進むという町でございます。ちなみに、平成十五年の十二月は二四・七五ですが、一か月後には二四・八五になってございます。
次に、障害者との取組でございます。
伊達市は知的障害者と早いときから向き合ってきたということもございまして、その点について若干触れたいと思います。
昭和四十三年に、北海道が、知的障害児、障害者の一貫した処遇を目指したモデル施設として、全国に先駆けて総合援護施設として北海道立太陽の園を伊達市に建設をいたしました。当時、十二の市町村が誘致に名乗りを上げたというふうに聞いております。いろんな条件が出されて最終的には伊達市というふうに決まったというふうに聞いております。昭和四十三年八月八日に、定員四百名、通所が二十名で、合計四百二十名でスタートをいたしました。当時は施設が余りございませんでしたので、太陽の園に入るということは大学に入るよりも難しいと言われたぐらい待望久しかった施設だというふうに聞いております。
当時私は高校生でございまして、ほかの町に下宿して、休みに帰省すると、当時の伊達市は、伊達町でしたけれども、「みどりと太陽のまち」というキャッチフレーズを使っていまして、よく町の人がこんなことを言っていました。緑と太陽とばかの町と言われた。それほど、差別が若干あったんじゃないかなと思いますけれども、それが最近、最近というか随分変わりまして、施設を出て町で暮らすという本、先ほど三田先生からお話あったように、近い本ですけれども、その中では、障害を持つ親の方が、伊達の駅に降りるとほっとするというまで言われる町になりました。それについて少しお話をしたいと思います。
このきっかけは、入所した本人たちが一日も早く施設を出て町で暮らしたいという強い願いでございました。それで、この太陽の園が入所者の社会自立を進めるということもございまして、進めようといたしましたけれども、親の方から、せっかく苦労して施設に入ったのに、もし社会に出て失敗したらどうするのかということで大きな反対が起きました。そのときに、その太陽の園の施設の方々が、本人の願いと家族の不安という相反するテーマに対しまして親たちを説得をするわけでございます。その説得をいたしまして、ようやく町で暮らすための準備が始まります。昭和四十八年に伊達市立の通勤センター旭寮ができまして、ここでまず町で暮らすための準備をして、それから順序よく町に暮らすという段取りになったわけであります。実際に通勤寮を出まして援助付きの住宅ができましたのが昭和五十三年でございます。当時、グループホームなどという制度がありませんでしたので、試行錯誤でいろいろやりながら進めてまいりまして、ようやくその後、制度が後からできるという状況でございました。
そういった変遷を経まして、平成十年に地域援助センターらいむというのができるわけであります。
皆様のお手元の資料の「まちに暮らす」というピンク色の冊子がございます。これが仕組みを書いてございます。それができまして、ようやく体制ができたということでございます。今の現在の状況でございます。
皆様の資料の十ページを、このピンクのやつの十ページをお開きいただきたいと思います。その十ページの次のページに、ページ振っていないものですから、地域生活支援システムというのがございます。横になっていますけれども。これに基づいてちょっと説明をしたいと思います。
町で暮らすためには五つの最低の条件があると言われております。
一つは、暮らすという住宅ですね。この問題につきましては、お手元の資料の「暮らす」というのがございます。これはいろんなタイプの住宅環境がなければ現実には暮らすことができません。そういうことで、グループホームだとか生活寮、ケア付きホームなどがございます。
その下の一番下に太陽の園地域生活実習ホームというのがございます。これは太陽の園に入所している、先ほど四百名と言いましたけれども、そのうちの町で暮らせそうな人は実習ホームにまず出て、それから次のステップに上がっていくという仕組みになっております。
そして、二つ目は、就労の場でございます。福祉的就労だけではなくて、企業就労もなければ、伊達市で約三百名弱の方がおられますので、現実には無理でございます。これも受け入れるために昭和五十六年に西胆振心身障害者職親会、西胆振というのは地域名でございます。伊達市を中心に六市町村で西胆振という地域の全体の呼称がございまして、これに約四十社の参加をいただきまして、この職親会というのができました。これは障害者の方が企業就労する会社の会でございます。こういうものが増えまして、現在七十三社が参加しておりまして、五十一社が実際に就労を受け入れています。この会に入っていない四社もございますので、企業就労は五十五社になっております。ここは毎年新規の就職者とか、あるいは勤続者を表彰しながら、パーティーをやりまして、御両親だとかあるいは本人とか、あるいは職親会のメンバーとかということでいろいろ取組をやってございます。
もう一つここで大事なことは、皆様のさっきのピンクの資料の一番最初のページをちょっとお開きいただきたいと思うんです。これは先ほど「暮らす」ということで説明をしましたけれども、この図面というのはほぼ伊達市の中心の中心でございます。中心の中心にこういった生活する場がございます。そして企業就労する場がこの周辺、これもちろん中心もありますけれども、周辺にございます。
私なんかも毎日仕事に出掛けるときに、必ず知的障害者の方と会います。当然皆さん歩いていたり自転車で通勤いたしますから、日常的にこういう姿を目にいたします。これが実は自立に大きく影響しているんではないか。つまり、暮らすということと、就労というこの企業就労が非常に大きなウエートではないかなと思っております。
三つ目には所得の保障でございます。
これは障害者年金の問題ももちろん重要な課題でございます。そこで私が一番今心配していますのは、かつては知的障害者、余り長生きしないと言われておりましたけれども、最近は随分長生きするようになりました。そうすると、先ほど三田先生の話もございましたけれども、高齢化という問題が次の大変重要な問題になってくるんではないのかなと、こう感じております。
それから四つ目は、余暇活動の充実でございます。
私も知的障害者というイメージだけで物を考えがちですが、実は私、元々民間出身で行政経験がございません。市会議員三期やりましたけれども、正直申し上げて福祉と余り関係のない立場でございました。実際にこういう立場になって五年になりますけれども、いろいろお会いしたり話をしますけれども、知的障害者といっても相当、軽度の方は知識とか水準が高いと思います。それだけにこの豊かな暮らしというのが非常に重要なポイントになるんではないのかなと、こう思います。
伊達市は、何か特に特筆すべきなのは武者太鼓というのがございまして、これは市のいろんな行事があるときにいろんな団体が、障害者が太鼓打つんですけれども、呼んでくれていただけます。いろんな発表の場がございます。これもう非常に大きな励みになって中身が非常に良くなっているんじゃないのかなと、こう感じています。
最後の五つ目でございます。
これはもう一度戻りまして、十ページの次のページですね、支援団体というのがございます。これは適切な援助の保障がなければ実際に町で暮らすということは困難だと思います。この支援団体はほとんどがかかわる方、親の方とかいろんな方が、かかわる方ばかりでございます。これにもう一つ大事なことは市民の協力と理解だと思います。先ほど暮らすと働くで申し上げましたけれども、こういったものが大きな要素になっているんではないのかなと思います。
さて、この五つを地域としてどうこたえていくかということが大変重要な課題でございます。
先ほど申し上げましたように、最初施設ができたときには随分偏見もございました。しかし、一番大事なことは市民自らが慣れるということが非常に大事だと思うんです。ですから、先ほどもお話ありましたように、施設に閉じ込めるということは理解を減退させると、差別を助長すると、私もそう感じております。それだけに町で暮らすということを仕組みとしてやっていかなきゃいけないだろうと。その仕組みを作るためには、申し上げた五つのポイントがあるのではないかなと感じております。
最後に、今後の課題について申し上げたいと思います。
多分、武田さん、後ほどの武田さんからお話もあるかもしれませんが、問題なのは、国の認可のグループホームに直接入居する場合は問題がございません。これもちょっといろいろ動きがございました。問題なのは、無認可のグループホームに入る場合にだれが負担するかという問題が出てまいります。今、市町村、非常に厳しい財政の中にございまして、その負担をめぐってトラブルが随分ございます。要するに実施機関がだれかということでございます。
それで、無認可の場合ですと、居住するということになりますと、グループホーム、無認可のホームがある市町村が負担をするということになります。これで押し付け合いというのが随分ございます。これは何も知的障害者の施設だけではなくて、医療でもそういう実態もございますし、介護なんかでもそういう実態もございます。ここを何とかしなきゃいけないだろうと。私としては市町村の在り方も含めて本当に今の仕組みでいいのかという非常に大きな疑問がございます。この点について検討していただければなと思っております。
それから次に、三位一体の改革で少し申し上げさせていただきたいと思います。
青いページのちょっと資料をごらんになっていただきたいと思います。資料の五ページに実は介護保険の状況ですね、北海道は御案内のとおり医療費も介護保険も非常に利用が高い。つまり、それだけ財政負担が大きいということになってまいります。私どもは今いろんな福祉に対する支援をしていこうと思っておりますけれども、実はこの介護保険制度も大きな問題でございます。
この表の、ごらんになっていただければお分かりだと思いますけれども、要支援・要介護の認定率という表が大体中段の下にございます。平成十二年が一三・八、平成十四年が実に一八・一でございます。たしか十二年の、十三年ですか、レベルで全国で一一・幾つという数字だったと記憶しておるんですが、これほどすごい数字になるというのは予想を超えております。なぜこうなったのか。これは、私思いますのには支援、自立をできる人も自立させないんです、この仕組みというのは。これが非常に実は問題でございます。こういうことがあって非常に財政的な負担がございます。
それから一番最後のページ、ちょっとお開きいただき、今の青い表ですね、失礼しました、十二ページごらんになっていただきたいと思うんです。これは知的障害者の福祉費の決算額の推移でございます。昭和六十年から平成十五年度までの伸びを示してございます。
私どもの北海道伊達市は、私は昭和五十八年に市議会議員になりましたけれども、当時の税収が二十八億五千万、今現在幾らかといいますと三十億八千万程度でございます。ピークで三十三億ぐらいでございますから、いかに負担が大きいかということでございます。それにもかかわらず一生懸命我々は取り組んでまいりました。
十三ページをお開きいただきたいと思います。ここで私は国の三位一体の改革に非常に期待をしました。本当に実のある、そして自由に使える、市町村が自主自立できる改革が進むだろうと思っておりました。しかし、ごらんになっていただければお分かりのとおり、三位一体の改革の影響ですね、一億二千三百万減で、2ですね、2の国の三位一体の改革で、そして措置されたのは五千八百万ですから、実に半分以下、措置率は六八ですけれども、実質半分以下と。
この中で問題なのは、保育所の運営負担金が減らされていると。伊達市の保育所というのは五園ございます。そのうち四園が公立です。これは歴史がございます。私は市長になって、職員を約一割以上減らしました。にもかかわらず、今の地方自治制度の中でどうやって保育所を民営化できるんでしょうか。しかも、民間保育所と常設の市の公立保育所の違いというのは、一園当たり約五千万財政負担が多いわけです。それはなぜかといいますと、さきの三田さんのお話にあった施設の人件費と同じ理屈なんです。でも、我々はそれに対して何もする手だてもございません。だから、減らすことができるんであれば私はやりたいと思います。にもかかわらず、なぜこういう改革が進むのか。もっと違う方法があったんではないかなと思います。これが非常に私としては不満でございます。
3の歳出削減の取組で、これほどの減らしを一年間ですらやっていると。やってもやっても実は追い付きません。ですから、介護保険を含めて福祉に対する中身をもうちょっと考えていただかないと、もう我々がなすすべもない。実際に必要とするものに支援すらできない状況だということを是非お分かりいただきたいと思います。
そこまで私言うつもりではなかったんですけれども、あえて申し上げましたのは、もう高齢化に耐えられないと。にもかかわらず、我々は何かをしなきゃいけない。ましてや市町村長というのは、私も市長になって、五人集まればタウンミーティングでもう五年間やってまいりました。行くといろんな方がおりまして、最後は泣かれることもございます。それにも耐えて、切るものは切る、付けるものは付けると。でも、もう付けるものはできません。ですから、私が言いたいのは、切れるものは切りたいんです。しかし、切れないものは切れないんです。ですから、中身を十分精査されまして、努力した跡を認めてほしい。
ちなみに、平成十六年度予算で、公債費、市債ですね、発行は約十四億ちょっとです。しかし、いわゆる公共事業に使う市債というのはわずか四億を切っています。ピークのときには約二十三億、前の市長さんのときは二十三億ぐらいの市債を発行しております。これはほとんど公共事業です。実際に今十四億のうち十億は借換債でありますとか、いわゆる赤字公債なんです。これだけ減らしても、財政は健全化の道すら見えない。一体どうしてなのか。私は非常にそれに対して不満でございます。ですから、もう少し国も地方の痛みを、中身を十分理解して今後の社会保障政策を進めてほしい。
最後に申し上げたいのは、自立できる人はちゃんと自立させる仕組み、何でも支援すりゃいいというものではないと思うんです。その中身を十分精査されますことを私なりに意見として申し上げまして、終わらせていただきます。ありがとうございました。
この発言だけを見る →今、三田さんのお話を聞いていまして、深い共感と共鳴を覚えました。全くそのとおりだなと思いながら聞いておりました。
私どもの伊達について若干お話をさせていただきたいと思いますが、まず二〇〇〇年の有珠山噴火に際しましては、伊達市に災害対策本部が置かれたということもございまして大変国の関係機関にお世話になりました。その関係もありまして、昨年十一月に国の防災センター、防災モデル事業でお金をいただきまして防災センターを完成をして、次の噴火に備える体制がようやくできたというところでございます。
それでは、本題に入らさせていただきます。
まず初めに、伊達市についての若干の概要を説明させていただきます。伊達市は、明治三年に、仙台藩一門、南になりますけれども、亘理という町から領主の伊達邦成とその家臣たちによって開拓がされた町でございます。それ以前にも、約七千年前から縄文の遺跡群がたくさんございますし、またさらに平安中期にできたお寺がございまして、これは江戸時代に、当時の幕府が先住民のアイヌの方々を教化するための蝦夷三官寺として開かれたお寺でもございます。それだけに、北海道内におきましては比較的早くから歴史が開けた町でございまして、最近は道内外からたくさんの定年退職者が移り住む町でございます。これは本州からも相当来てございます。それだけに、人口三万六千の町としては高齢化率が非常に高くて、大体一月で〇・一ぐらいの高齢化が進むという町でございます。ちなみに、平成十五年の十二月は二四・七五ですが、一か月後には二四・八五になってございます。
次に、障害者との取組でございます。
伊達市は知的障害者と早いときから向き合ってきたということもございまして、その点について若干触れたいと思います。
昭和四十三年に、北海道が、知的障害児、障害者の一貫した処遇を目指したモデル施設として、全国に先駆けて総合援護施設として北海道立太陽の園を伊達市に建設をいたしました。当時、十二の市町村が誘致に名乗りを上げたというふうに聞いております。いろんな条件が出されて最終的には伊達市というふうに決まったというふうに聞いております。昭和四十三年八月八日に、定員四百名、通所が二十名で、合計四百二十名でスタートをいたしました。当時は施設が余りございませんでしたので、太陽の園に入るということは大学に入るよりも難しいと言われたぐらい待望久しかった施設だというふうに聞いております。
当時私は高校生でございまして、ほかの町に下宿して、休みに帰省すると、当時の伊達市は、伊達町でしたけれども、「みどりと太陽のまち」というキャッチフレーズを使っていまして、よく町の人がこんなことを言っていました。緑と太陽とばかの町と言われた。それほど、差別が若干あったんじゃないかなと思いますけれども、それが最近、最近というか随分変わりまして、施設を出て町で暮らすという本、先ほど三田先生からお話あったように、近い本ですけれども、その中では、障害を持つ親の方が、伊達の駅に降りるとほっとするというまで言われる町になりました。それについて少しお話をしたいと思います。
このきっかけは、入所した本人たちが一日も早く施設を出て町で暮らしたいという強い願いでございました。それで、この太陽の園が入所者の社会自立を進めるということもございまして、進めようといたしましたけれども、親の方から、せっかく苦労して施設に入ったのに、もし社会に出て失敗したらどうするのかということで大きな反対が起きました。そのときに、その太陽の園の施設の方々が、本人の願いと家族の不安という相反するテーマに対しまして親たちを説得をするわけでございます。その説得をいたしまして、ようやく町で暮らすための準備が始まります。昭和四十八年に伊達市立の通勤センター旭寮ができまして、ここでまず町で暮らすための準備をして、それから順序よく町に暮らすという段取りになったわけであります。実際に通勤寮を出まして援助付きの住宅ができましたのが昭和五十三年でございます。当時、グループホームなどという制度がありませんでしたので、試行錯誤でいろいろやりながら進めてまいりまして、ようやくその後、制度が後からできるという状況でございました。
そういった変遷を経まして、平成十年に地域援助センターらいむというのができるわけであります。
皆様のお手元の資料の「まちに暮らす」というピンク色の冊子がございます。これが仕組みを書いてございます。それができまして、ようやく体制ができたということでございます。今の現在の状況でございます。
皆様の資料の十ページを、このピンクのやつの十ページをお開きいただきたいと思います。その十ページの次のページに、ページ振っていないものですから、地域生活支援システムというのがございます。横になっていますけれども。これに基づいてちょっと説明をしたいと思います。
町で暮らすためには五つの最低の条件があると言われております。
一つは、暮らすという住宅ですね。この問題につきましては、お手元の資料の「暮らす」というのがございます。これはいろんなタイプの住宅環境がなければ現実には暮らすことができません。そういうことで、グループホームだとか生活寮、ケア付きホームなどがございます。
その下の一番下に太陽の園地域生活実習ホームというのがございます。これは太陽の園に入所している、先ほど四百名と言いましたけれども、そのうちの町で暮らせそうな人は実習ホームにまず出て、それから次のステップに上がっていくという仕組みになっております。
そして、二つ目は、就労の場でございます。福祉的就労だけではなくて、企業就労もなければ、伊達市で約三百名弱の方がおられますので、現実には無理でございます。これも受け入れるために昭和五十六年に西胆振心身障害者職親会、西胆振というのは地域名でございます。伊達市を中心に六市町村で西胆振という地域の全体の呼称がございまして、これに約四十社の参加をいただきまして、この職親会というのができました。これは障害者の方が企業就労する会社の会でございます。こういうものが増えまして、現在七十三社が参加しておりまして、五十一社が実際に就労を受け入れています。この会に入っていない四社もございますので、企業就労は五十五社になっております。ここは毎年新規の就職者とか、あるいは勤続者を表彰しながら、パーティーをやりまして、御両親だとかあるいは本人とか、あるいは職親会のメンバーとかということでいろいろ取組をやってございます。
もう一つここで大事なことは、皆様のさっきのピンクの資料の一番最初のページをちょっとお開きいただきたいと思うんです。これは先ほど「暮らす」ということで説明をしましたけれども、この図面というのはほぼ伊達市の中心の中心でございます。中心の中心にこういった生活する場がございます。そして企業就労する場がこの周辺、これもちろん中心もありますけれども、周辺にございます。
私なんかも毎日仕事に出掛けるときに、必ず知的障害者の方と会います。当然皆さん歩いていたり自転車で通勤いたしますから、日常的にこういう姿を目にいたします。これが実は自立に大きく影響しているんではないか。つまり、暮らすということと、就労というこの企業就労が非常に大きなウエートではないかなと思っております。
三つ目には所得の保障でございます。
これは障害者年金の問題ももちろん重要な課題でございます。そこで私が一番今心配していますのは、かつては知的障害者、余り長生きしないと言われておりましたけれども、最近は随分長生きするようになりました。そうすると、先ほど三田先生の話もございましたけれども、高齢化という問題が次の大変重要な問題になってくるんではないのかなと、こう感じております。
それから四つ目は、余暇活動の充実でございます。
私も知的障害者というイメージだけで物を考えがちですが、実は私、元々民間出身で行政経験がございません。市会議員三期やりましたけれども、正直申し上げて福祉と余り関係のない立場でございました。実際にこういう立場になって五年になりますけれども、いろいろお会いしたり話をしますけれども、知的障害者といっても相当、軽度の方は知識とか水準が高いと思います。それだけにこの豊かな暮らしというのが非常に重要なポイントになるんではないのかなと、こう思います。
伊達市は、何か特に特筆すべきなのは武者太鼓というのがございまして、これは市のいろんな行事があるときにいろんな団体が、障害者が太鼓打つんですけれども、呼んでくれていただけます。いろんな発表の場がございます。これもう非常に大きな励みになって中身が非常に良くなっているんじゃないのかなと、こう感じています。
最後の五つ目でございます。
これはもう一度戻りまして、十ページの次のページですね、支援団体というのがございます。これは適切な援助の保障がなければ実際に町で暮らすということは困難だと思います。この支援団体はほとんどがかかわる方、親の方とかいろんな方が、かかわる方ばかりでございます。これにもう一つ大事なことは市民の協力と理解だと思います。先ほど暮らすと働くで申し上げましたけれども、こういったものが大きな要素になっているんではないのかなと思います。
さて、この五つを地域としてどうこたえていくかということが大変重要な課題でございます。
先ほど申し上げましたように、最初施設ができたときには随分偏見もございました。しかし、一番大事なことは市民自らが慣れるということが非常に大事だと思うんです。ですから、先ほどもお話ありましたように、施設に閉じ込めるということは理解を減退させると、差別を助長すると、私もそう感じております。それだけに町で暮らすということを仕組みとしてやっていかなきゃいけないだろうと。その仕組みを作るためには、申し上げた五つのポイントがあるのではないかなと感じております。
最後に、今後の課題について申し上げたいと思います。
多分、武田さん、後ほどの武田さんからお話もあるかもしれませんが、問題なのは、国の認可のグループホームに直接入居する場合は問題がございません。これもちょっといろいろ動きがございました。問題なのは、無認可のグループホームに入る場合にだれが負担するかという問題が出てまいります。今、市町村、非常に厳しい財政の中にございまして、その負担をめぐってトラブルが随分ございます。要するに実施機関がだれかということでございます。
それで、無認可の場合ですと、居住するということになりますと、グループホーム、無認可のホームがある市町村が負担をするということになります。これで押し付け合いというのが随分ございます。これは何も知的障害者の施設だけではなくて、医療でもそういう実態もございますし、介護なんかでもそういう実態もございます。ここを何とかしなきゃいけないだろうと。私としては市町村の在り方も含めて本当に今の仕組みでいいのかという非常に大きな疑問がございます。この点について検討していただければなと思っております。
それから次に、三位一体の改革で少し申し上げさせていただきたいと思います。
青いページのちょっと資料をごらんになっていただきたいと思います。資料の五ページに実は介護保険の状況ですね、北海道は御案内のとおり医療費も介護保険も非常に利用が高い。つまり、それだけ財政負担が大きいということになってまいります。私どもは今いろんな福祉に対する支援をしていこうと思っておりますけれども、実はこの介護保険制度も大きな問題でございます。
この表の、ごらんになっていただければお分かりだと思いますけれども、要支援・要介護の認定率という表が大体中段の下にございます。平成十二年が一三・八、平成十四年が実に一八・一でございます。たしか十二年の、十三年ですか、レベルで全国で一一・幾つという数字だったと記憶しておるんですが、これほどすごい数字になるというのは予想を超えております。なぜこうなったのか。これは、私思いますのには支援、自立をできる人も自立させないんです、この仕組みというのは。これが非常に実は問題でございます。こういうことがあって非常に財政的な負担がございます。
それから一番最後のページ、ちょっとお開きいただき、今の青い表ですね、失礼しました、十二ページごらんになっていただきたいと思うんです。これは知的障害者の福祉費の決算額の推移でございます。昭和六十年から平成十五年度までの伸びを示してございます。
私どもの北海道伊達市は、私は昭和五十八年に市議会議員になりましたけれども、当時の税収が二十八億五千万、今現在幾らかといいますと三十億八千万程度でございます。ピークで三十三億ぐらいでございますから、いかに負担が大きいかということでございます。それにもかかわらず一生懸命我々は取り組んでまいりました。
十三ページをお開きいただきたいと思います。ここで私は国の三位一体の改革に非常に期待をしました。本当に実のある、そして自由に使える、市町村が自主自立できる改革が進むだろうと思っておりました。しかし、ごらんになっていただければお分かりのとおり、三位一体の改革の影響ですね、一億二千三百万減で、2ですね、2の国の三位一体の改革で、そして措置されたのは五千八百万ですから、実に半分以下、措置率は六八ですけれども、実質半分以下と。
この中で問題なのは、保育所の運営負担金が減らされていると。伊達市の保育所というのは五園ございます。そのうち四園が公立です。これは歴史がございます。私は市長になって、職員を約一割以上減らしました。にもかかわらず、今の地方自治制度の中でどうやって保育所を民営化できるんでしょうか。しかも、民間保育所と常設の市の公立保育所の違いというのは、一園当たり約五千万財政負担が多いわけです。それはなぜかといいますと、さきの三田さんのお話にあった施設の人件費と同じ理屈なんです。でも、我々はそれに対して何もする手だてもございません。だから、減らすことができるんであれば私はやりたいと思います。にもかかわらず、なぜこういう改革が進むのか。もっと違う方法があったんではないかなと思います。これが非常に私としては不満でございます。
3の歳出削減の取組で、これほどの減らしを一年間ですらやっていると。やってもやっても実は追い付きません。ですから、介護保険を含めて福祉に対する中身をもうちょっと考えていただかないと、もう我々がなすすべもない。実際に必要とするものに支援すらできない状況だということを是非お分かりいただきたいと思います。
そこまで私言うつもりではなかったんですけれども、あえて申し上げましたのは、もう高齢化に耐えられないと。にもかかわらず、我々は何かをしなきゃいけない。ましてや市町村長というのは、私も市長になって、五人集まればタウンミーティングでもう五年間やってまいりました。行くといろんな方がおりまして、最後は泣かれることもございます。それにも耐えて、切るものは切る、付けるものは付けると。でも、もう付けるものはできません。ですから、私が言いたいのは、切れるものは切りたいんです。しかし、切れないものは切れないんです。ですから、中身を十分精査されまして、努力した跡を認めてほしい。
ちなみに、平成十六年度予算で、公債費、市債ですね、発行は約十四億ちょっとです。しかし、いわゆる公共事業に使う市債というのはわずか四億を切っています。ピークのときには約二十三億、前の市長さんのときは二十三億ぐらいの市債を発行しております。これはほとんど公共事業です。実際に今十四億のうち十億は借換債でありますとか、いわゆる赤字公債なんです。これだけ減らしても、財政は健全化の道すら見えない。一体どうしてなのか。私は非常にそれに対して不満でございます。ですから、もう少し国も地方の痛みを、中身を十分理解して今後の社会保障政策を進めてほしい。
最後に申し上げたいのは、自立できる人はちゃんと自立させる仕組み、何でも支援すりゃいいというものではないと思うんです。その中身を十分精査されますことを私なりに意見として申し上げまして、終わらせていただきます。ありがとうございました。
狩
武
武田牧子#6
○参考人(武田牧子君) 私は、島根で精神障害者と一緒に活動している現場を中心にお話をさせていただきます。(資料映写)
人は健康で長生きを願います。しかし、人生の途中で予期せぬ出来事として病気や事故が降り掛かってきます。日本の医療は世界でも最先端の水準にあり、本人も家族も最善の治療を願い、一日も早い回復を願います。しかし、悲しいことに、精神医療だけはいまだ先進諸国の中でも最も立ち後れた医療分野です。
昭和四十三年、クラーク博士は精神科医療を是正するように勧告したのですが、当時の厚生省は無視したのです。結果、スライドにありますように、日本は悪循環を繰り返し、三田先生がさきの報告にあるような事態を招いたのです。
私は、まだ精神衛生法の時代の二十七年前、精神病院に勤務しました。それまで総合病院しか知らない私には未知の世界、すべての窓に鉄格子、病棟入口のかぎ、二十人以上の大部屋、これが精神医療かと恐怖に近い感情を覚えました。そして、後に分かったことですが、初めて入院する患者さんは私と同じような恐怖を抱いたままの入院だったのです。
我が国十何万の精神病者は、実にこの病を受けたる不幸のほかに、この国に生まれたる不幸を重ぬるものと言うべし。精神病者の救済、保護は実に人道問題にして、我が国目下の急務と言わざるべからず。大正八年に呉秀三が怒りを込めて言った言葉がいまだ過去のものではないのです。
精神医療とは一体何かの疑問から、病院改革に乗り出しました。しかし、病院内の処遇を幾ら改善しても、また入院です。患者さんから幾度も、退院しても行き場がない、働きたいけど働く場もないと訴えられました。医療だけでは駄目だ、地域の行き場を作らなくてはと、病院を辞めて作業所を開設しましたが、今度は、地域福祉の限界が立ちはだかっていました。
現場でひしひしと感ずるのは、精神障害者が地域で暮らすには生活就労支援システムとそれを支える良質の医療が基盤になくてはならないことです。ほかの医療と同じように、生活を考慮した適切な医療と、休日や夜間に調子を崩しても受診できる総合病院の精神科救急システムの整備を早急に望みます。
精神障害は、身体障害のように外見からは見えない障害です。スライドにある質問は、市民の皆様からよく寄せられる質問です。資料二ページにあるように、お一人お一人の方に説明しています。地域で暮らしたい、社会で働きたいの声を実現するために、町の中で、地域社会の中での取組を目指してきました。
十七年たった現在の活動先は、商店街、住宅地の中にこのように点在しています。現在は、就労、日中活動の支援として作業所、通所授産施設、事業所など、町の中での取組をしています。
就労支援は、実際の仕事や職場のある町中で行うのが職業リハビリテーションと考えています。架空の場所ではいつまでたっても実践の役には立たないのです。生活住居支援として、福祉ホーム、グループホーム、在宅支援など、住宅地での取組は、地域住民の力をおかりしながら、暮らしの中、人の中での生活リハビリテーションが基本と考えます。就労支援と生活支援の二つの柱を一体的に取り組んでいます。
百名余りの利用者のうち約四十名の方が住居サービスを受けています。その住まいは住宅地に造る、あるいは借りることを大切にしてきました。人と人との日々の交流がお互いを分かり合える原点だと考えるからです。地域住民の力をおかりし、地域のアパートにつなげるのです。
生活訓練施設からグループの生活を始めるに当たって利用者の一番の不安は、夕食をどう調達するかということでした。そこで、グループホームのある自治会の主婦に夕食作りのためのヘルパーをお願いし、一時間七百円で調理していただくことにしました。これは思わぬ効果をもたらしました。
地域の方は、偏見があるというより、精神障害者がどういう人か知らない方が多いのです。知らないことはだれでも恐怖感や偏見を抱きます。知らないがゆえの偏見であれば知ってもらえばよい、この主婦の方のおしゃべりを通じて、彼らが個性豊かな一人の生活者として地域の方に知っていただくことになったのです。地域の人に家事援助をお願いすることは、利用者が少しでも早く地域住民として受け入れていただくのに最も適した方法と考えます。今では、お母さん、お姉さんの役割を担っていただいています。
地域生活支援センターは、精神障害者の拠点であり、またリハビリテーションの入口です。発病間もなく自宅に閉じこもっている人が社会に出るきっかけをつかみたい、退院は間近だけど就労するには不安があるなど、相談は本当に多様です。一人一人支援内容は異なりますが、まず家から一歩出ることが最初の目標です。そして、仲間同士支え合ったり、スタッフのアドバイスを受けて徐々に自分の人生をどのように歩むかを考え始めます。デイケアセンターの役割もあります。
作業所の場所は、町の中にアクセスの良い場所を選定しています。地域の方と日々交流し、通いやすいことは重要な要素です。ほとんどの方がJRを利用し、通勤しています。それぞれの駅から徒歩八分以内です。毎月一回、利用者は清掃ボランティアに行っており、駅員さんともすっかり親しくなりました。その行き帰りには当たり前にあいさつが交わされます。
第二作業所は重度の方が多く、憩いの家の機能が主体ですが、第一や工房への利用を前提に利用する方もあります。仕事は二の次、自分のペースをつかむ場所です。昭和商店会にも加盟し、町の美化運動など一緒に活動しています。
第一作業所は、精神、知的、身体、三障害の合同利用です。職業リハビリテーションの機能を重視した作業所です。国道沿いでショップを経営していますので、毎日お客様に来ていただいています。八割の方が何らかの形で就労を望んでいます。障害の程度は様々ですが、利用者はそれぞれの能力を最大限発揮して働いています。高い工賃を出すためには作業場の改善や営業努力が必要です。
通所授産施設も職業リハビリテーションとして一般就労に向けて訓練を行っています。作業種目はパン製造が中心です。まるべりーのパンは国産小麦と星野酵母が主原料で、副材料も地域とのつながりを大切に、可能な限り地元の農産物を使用しています。子供たちに安心して食べさせることができることと日本の農業自給率を守るの二つの視点を大切にし、消費者のニーズにこたえています。
商品は全国各地に出荷しています。毎日十時過ぎから出雲市から松江市内のスーパーまで納品に出掛けます。スーパーから見れば納品業者にしかすぎません。配達は様々な仕事があり、職業訓練を現場で行うことができます。平成十四年のワールドサッカーではアイルランドチームが出雲市にキャンプをしました。滞在先のホテルのコック長は、選手の健康管理上、主食であるパンに最も気を遣い、数あるパン屋の中からまるべりーのパンを選んだのです。
出雲市のショッピングセンターの中ではパン屋をしています。現在、二人の方が働いています。お客様の来店はもちろんですが、近所の八百屋、花屋、総菜屋さんはいつも声を掛けてくださいます。組合員として一緒に経営努力をしています。
道の駅では、商品の納入はもちろんですが、トイレの清掃、花壇管理、その他人手が必要なところを仕事として委託を受けています。国道沿いにあり、ひっきりなしのお客様なのですが、山陰一きれいな道の駅の評価を受けており、お客様からお礼を言われるのが一番うれしいとメンバーは言っています。
道の駅には様々な仕事があります。また、就業形態も仕事の内容によって異なります。土日、祝祭日のお昼二時間、皿洗いと下膳の仕事を受けています。時給は一人七百五十円です。ほかのアルバイトと変わりません。この仕事は社会に出る大きなきっかけ作りと自信を得ることにつながりました。
就労経験のない人にとっては一般社会で働けるだろうかと大きな不安を抱えています。初めて自転車に乗る練習では、最初は転びます。失敗して元々、チャレンジすることが大切をモットーに利用者に働き掛けたところ、彼らは持てる力を十分発揮できるようになりました。まず、短時間からお客様の前で自信を付け、次につなげる場所となっています。また、障害が重い利用者は就労はかなりハードルが高いのですが、社会の役に立ちたいと思う気持ちは変わりません。自分のペースでできる花壇管理をそれぞれのペースでこなしています。いろんな働き方が必要なのです。
道の駅での仕事の成果から、四季荘という温泉の浴室と休憩室の清掃をグループ就労として導入し、今ではすっかり日々の仕事として定着し、お客様から驚くほどきれいになったと評価をいただきました。決していい加減な仕事はしない、これが合い言葉です。その仕事ぶりから、平成十四年からは番台の仕事をいただきました。ジョブコーチを利用しながら雇用につながっています。農家から畑の管理や草刈りなどの仕事をいただくこともあります。
現在の就労支援の状況と商品の納品先です。まるべりーが地域の方に知られるようになった一番のメッセンジャーはパンとクッキーです。安心、安全なパンやお菓子を提供する、このコンセプトが地域の方に受け入れられているのです。
作業所時代から地域の方に関心を持っていただく一つの手段として、知らないがゆえの偏見なら知ってもらおうとパン作り教室をしています。この十三年間の述べ利用人数は一万人を超えています。子供会、婦人会、学校の授業、老人会、生協組合員さんなど様々な方が参加してくださいます。そして、口をそろえて、だれが先生で、だれが生徒か分からない、うちは先生という呼び方はしていないんですけれども、要はスズメの学校ではなくてメダカの学校だということが言いたくてこうしています。精神障害者は怖い人だと思っていたけれども、こんなに一生懸命社会復帰の努力をされているのですねと感動してくださり、これからもまるべりーのパンを買うことで応援しますと心強い支援をいただいています。
施設に来てもらうだけでなく、利用者と一緒に地域の活動にも参加しています。また、職場体験学習や福祉学習、町の探検隊など、小学校との交流も盛んです。
平成十六年度通所授産建設予定地は松江市の中心街です。天神町商店組合の方から町づくり、商店街の活性化に一緒に取り組んでほしいとうれしいエールをいただいています。御多分に漏れずこの町も空洞化が進んでおり、私たちと一緒に町づくりをしようと毎月二十五日には天神市をやり出してもう一年になっております。
池田小学校事件のときには多くの精神障害者や家族が本当に心痛いたしました。そのとき利用者の一人が朝日新聞に投稿した記事です。精神に障害を負った人ほど社会に出て働きたい、人のためになることをしたい、人と気持ちよく心を通わせたいと願っています。心からの叫びです。
この図は、人はだれにでも精神病になり得る要素を持っていることを表した図です。精神病は決して他人事ではありません。だれでもなり得る、私たち自身の健康問題なのです。
この図は回復過程に応じた支援の内容と量の変化を示したものです。大切なのは、先ほど三田さんも言っていらっしゃったんですが、本人の力をいかに引き出し、その上でどのように地域の人たちの力をかりていくかという視点です。エンパワーメントということを私たちも大事にしています。
利用者は病気の次に仕事が高い関心事になっております。先ほど三田さんの資料にもあったし、伊達市の資料も同じような内容になっているかと思います。将来への不安、心配も、就職できるか、働く場があるかということが第一位となっております。
利用者の発病年齢は、就労歴を持つ人が多く、働き盛りが最も高くなっています。働く場所では、商店街、住宅地、企業団地を希望しています。昨年の自殺死亡者も三万人を超えました。本当に今働き盛りの人たちの心の健康の問題、これは単に今私たちだけの問題ではなくて、日本国民全体の問題であると思います。
精神障害者の特徴は、多くの方が疲れやすいことにあり、多様な働き方が継続の力を生み出します。様々な組合せが彼らの能力を最大限発揮できるのです。就労支援と生活支援の一体的な取組は就労への効果を上げることにつながります。このバランスを見極めるのは医療の専門家ではなく地域で生活を支援する私たちです。
資料七ページ中段に自立した地域生活を送る上での条件をまとめています。時間がないので読み上げるのはやめておきます。
地域生活支援システムの具体的支援項目とキーワードをまとめました。生活支援と就労支援の一体取組が必要です。生活支援は病院の敷地内では不可能です。生活支援は地域の生活の場での取組が基本です。就労支援は多様な働き方が必要です。ピア、当事者の支援は専門家並みの、あるいは専門家以上の効果をもたらします。
私たちのところには医学生がよく実習に訪れますが、そのときに利用者が医学生に語った言葉です。地域の資源があってこそ自らを信ずることができるようになった。住居と居場所と食が確保されていれば私たちは今ある能力を最大限生かすことができる。仲間が集まることにより独りではないという安心感と情報交換ができ、教育を受けることにより新たな可能性の発見ができるようになった。失敗も経験の一つだと認めてくれる人がいて新たな挑戦ができる。様々なシステムが存在することによって選択が可能となり、自己決定による人生の幅が広がる。
二年前に僕なんか生きる価値もないと言っていた青年が、一年後には生きたいからシートベルトを締めることにしたと、近所のもち屋で働き、今ではこのおもち屋さんになくてはならない存在になっています。自信をなくした青年は湯ノ川温泉の番台で働いています。私たちが仕事を続ける原動力は自信を知った彼らの笑顔があるからです。
お手元の資料の八ページ以降は、退院から地域生活へのアプローチと、地域生活を送る上でのシステムや資源を事例を基にライフステージごとにまとめたものです。是非、お目通しくださるようにお願いいたします。
精神障害者も一人の国民として、地域生活者の一人として豊かに暮らせる社会を作っていただくことを先生方に心よりお願いいたします。
これで活動の報告を終わらせていただきます。ありがとうございました。
この発言だけを見る →人は健康で長生きを願います。しかし、人生の途中で予期せぬ出来事として病気や事故が降り掛かってきます。日本の医療は世界でも最先端の水準にあり、本人も家族も最善の治療を願い、一日も早い回復を願います。しかし、悲しいことに、精神医療だけはいまだ先進諸国の中でも最も立ち後れた医療分野です。
昭和四十三年、クラーク博士は精神科医療を是正するように勧告したのですが、当時の厚生省は無視したのです。結果、スライドにありますように、日本は悪循環を繰り返し、三田先生がさきの報告にあるような事態を招いたのです。
私は、まだ精神衛生法の時代の二十七年前、精神病院に勤務しました。それまで総合病院しか知らない私には未知の世界、すべての窓に鉄格子、病棟入口のかぎ、二十人以上の大部屋、これが精神医療かと恐怖に近い感情を覚えました。そして、後に分かったことですが、初めて入院する患者さんは私と同じような恐怖を抱いたままの入院だったのです。
我が国十何万の精神病者は、実にこの病を受けたる不幸のほかに、この国に生まれたる不幸を重ぬるものと言うべし。精神病者の救済、保護は実に人道問題にして、我が国目下の急務と言わざるべからず。大正八年に呉秀三が怒りを込めて言った言葉がいまだ過去のものではないのです。
精神医療とは一体何かの疑問から、病院改革に乗り出しました。しかし、病院内の処遇を幾ら改善しても、また入院です。患者さんから幾度も、退院しても行き場がない、働きたいけど働く場もないと訴えられました。医療だけでは駄目だ、地域の行き場を作らなくてはと、病院を辞めて作業所を開設しましたが、今度は、地域福祉の限界が立ちはだかっていました。
現場でひしひしと感ずるのは、精神障害者が地域で暮らすには生活就労支援システムとそれを支える良質の医療が基盤になくてはならないことです。ほかの医療と同じように、生活を考慮した適切な医療と、休日や夜間に調子を崩しても受診できる総合病院の精神科救急システムの整備を早急に望みます。
精神障害は、身体障害のように外見からは見えない障害です。スライドにある質問は、市民の皆様からよく寄せられる質問です。資料二ページにあるように、お一人お一人の方に説明しています。地域で暮らしたい、社会で働きたいの声を実現するために、町の中で、地域社会の中での取組を目指してきました。
十七年たった現在の活動先は、商店街、住宅地の中にこのように点在しています。現在は、就労、日中活動の支援として作業所、通所授産施設、事業所など、町の中での取組をしています。
就労支援は、実際の仕事や職場のある町中で行うのが職業リハビリテーションと考えています。架空の場所ではいつまでたっても実践の役には立たないのです。生活住居支援として、福祉ホーム、グループホーム、在宅支援など、住宅地での取組は、地域住民の力をおかりしながら、暮らしの中、人の中での生活リハビリテーションが基本と考えます。就労支援と生活支援の二つの柱を一体的に取り組んでいます。
百名余りの利用者のうち約四十名の方が住居サービスを受けています。その住まいは住宅地に造る、あるいは借りることを大切にしてきました。人と人との日々の交流がお互いを分かり合える原点だと考えるからです。地域住民の力をおかりし、地域のアパートにつなげるのです。
生活訓練施設からグループの生活を始めるに当たって利用者の一番の不安は、夕食をどう調達するかということでした。そこで、グループホームのある自治会の主婦に夕食作りのためのヘルパーをお願いし、一時間七百円で調理していただくことにしました。これは思わぬ効果をもたらしました。
地域の方は、偏見があるというより、精神障害者がどういう人か知らない方が多いのです。知らないことはだれでも恐怖感や偏見を抱きます。知らないがゆえの偏見であれば知ってもらえばよい、この主婦の方のおしゃべりを通じて、彼らが個性豊かな一人の生活者として地域の方に知っていただくことになったのです。地域の人に家事援助をお願いすることは、利用者が少しでも早く地域住民として受け入れていただくのに最も適した方法と考えます。今では、お母さん、お姉さんの役割を担っていただいています。
地域生活支援センターは、精神障害者の拠点であり、またリハビリテーションの入口です。発病間もなく自宅に閉じこもっている人が社会に出るきっかけをつかみたい、退院は間近だけど就労するには不安があるなど、相談は本当に多様です。一人一人支援内容は異なりますが、まず家から一歩出ることが最初の目標です。そして、仲間同士支え合ったり、スタッフのアドバイスを受けて徐々に自分の人生をどのように歩むかを考え始めます。デイケアセンターの役割もあります。
作業所の場所は、町の中にアクセスの良い場所を選定しています。地域の方と日々交流し、通いやすいことは重要な要素です。ほとんどの方がJRを利用し、通勤しています。それぞれの駅から徒歩八分以内です。毎月一回、利用者は清掃ボランティアに行っており、駅員さんともすっかり親しくなりました。その行き帰りには当たり前にあいさつが交わされます。
第二作業所は重度の方が多く、憩いの家の機能が主体ですが、第一や工房への利用を前提に利用する方もあります。仕事は二の次、自分のペースをつかむ場所です。昭和商店会にも加盟し、町の美化運動など一緒に活動しています。
第一作業所は、精神、知的、身体、三障害の合同利用です。職業リハビリテーションの機能を重視した作業所です。国道沿いでショップを経営していますので、毎日お客様に来ていただいています。八割の方が何らかの形で就労を望んでいます。障害の程度は様々ですが、利用者はそれぞれの能力を最大限発揮して働いています。高い工賃を出すためには作業場の改善や営業努力が必要です。
通所授産施設も職業リハビリテーションとして一般就労に向けて訓練を行っています。作業種目はパン製造が中心です。まるべりーのパンは国産小麦と星野酵母が主原料で、副材料も地域とのつながりを大切に、可能な限り地元の農産物を使用しています。子供たちに安心して食べさせることができることと日本の農業自給率を守るの二つの視点を大切にし、消費者のニーズにこたえています。
商品は全国各地に出荷しています。毎日十時過ぎから出雲市から松江市内のスーパーまで納品に出掛けます。スーパーから見れば納品業者にしかすぎません。配達は様々な仕事があり、職業訓練を現場で行うことができます。平成十四年のワールドサッカーではアイルランドチームが出雲市にキャンプをしました。滞在先のホテルのコック長は、選手の健康管理上、主食であるパンに最も気を遣い、数あるパン屋の中からまるべりーのパンを選んだのです。
出雲市のショッピングセンターの中ではパン屋をしています。現在、二人の方が働いています。お客様の来店はもちろんですが、近所の八百屋、花屋、総菜屋さんはいつも声を掛けてくださいます。組合員として一緒に経営努力をしています。
道の駅では、商品の納入はもちろんですが、トイレの清掃、花壇管理、その他人手が必要なところを仕事として委託を受けています。国道沿いにあり、ひっきりなしのお客様なのですが、山陰一きれいな道の駅の評価を受けており、お客様からお礼を言われるのが一番うれしいとメンバーは言っています。
道の駅には様々な仕事があります。また、就業形態も仕事の内容によって異なります。土日、祝祭日のお昼二時間、皿洗いと下膳の仕事を受けています。時給は一人七百五十円です。ほかのアルバイトと変わりません。この仕事は社会に出る大きなきっかけ作りと自信を得ることにつながりました。
就労経験のない人にとっては一般社会で働けるだろうかと大きな不安を抱えています。初めて自転車に乗る練習では、最初は転びます。失敗して元々、チャレンジすることが大切をモットーに利用者に働き掛けたところ、彼らは持てる力を十分発揮できるようになりました。まず、短時間からお客様の前で自信を付け、次につなげる場所となっています。また、障害が重い利用者は就労はかなりハードルが高いのですが、社会の役に立ちたいと思う気持ちは変わりません。自分のペースでできる花壇管理をそれぞれのペースでこなしています。いろんな働き方が必要なのです。
道の駅での仕事の成果から、四季荘という温泉の浴室と休憩室の清掃をグループ就労として導入し、今ではすっかり日々の仕事として定着し、お客様から驚くほどきれいになったと評価をいただきました。決していい加減な仕事はしない、これが合い言葉です。その仕事ぶりから、平成十四年からは番台の仕事をいただきました。ジョブコーチを利用しながら雇用につながっています。農家から畑の管理や草刈りなどの仕事をいただくこともあります。
現在の就労支援の状況と商品の納品先です。まるべりーが地域の方に知られるようになった一番のメッセンジャーはパンとクッキーです。安心、安全なパンやお菓子を提供する、このコンセプトが地域の方に受け入れられているのです。
作業所時代から地域の方に関心を持っていただく一つの手段として、知らないがゆえの偏見なら知ってもらおうとパン作り教室をしています。この十三年間の述べ利用人数は一万人を超えています。子供会、婦人会、学校の授業、老人会、生協組合員さんなど様々な方が参加してくださいます。そして、口をそろえて、だれが先生で、だれが生徒か分からない、うちは先生という呼び方はしていないんですけれども、要はスズメの学校ではなくてメダカの学校だということが言いたくてこうしています。精神障害者は怖い人だと思っていたけれども、こんなに一生懸命社会復帰の努力をされているのですねと感動してくださり、これからもまるべりーのパンを買うことで応援しますと心強い支援をいただいています。
施設に来てもらうだけでなく、利用者と一緒に地域の活動にも参加しています。また、職場体験学習や福祉学習、町の探検隊など、小学校との交流も盛んです。
平成十六年度通所授産建設予定地は松江市の中心街です。天神町商店組合の方から町づくり、商店街の活性化に一緒に取り組んでほしいとうれしいエールをいただいています。御多分に漏れずこの町も空洞化が進んでおり、私たちと一緒に町づくりをしようと毎月二十五日には天神市をやり出してもう一年になっております。
池田小学校事件のときには多くの精神障害者や家族が本当に心痛いたしました。そのとき利用者の一人が朝日新聞に投稿した記事です。精神に障害を負った人ほど社会に出て働きたい、人のためになることをしたい、人と気持ちよく心を通わせたいと願っています。心からの叫びです。
この図は、人はだれにでも精神病になり得る要素を持っていることを表した図です。精神病は決して他人事ではありません。だれでもなり得る、私たち自身の健康問題なのです。
この図は回復過程に応じた支援の内容と量の変化を示したものです。大切なのは、先ほど三田さんも言っていらっしゃったんですが、本人の力をいかに引き出し、その上でどのように地域の人たちの力をかりていくかという視点です。エンパワーメントということを私たちも大事にしています。
利用者は病気の次に仕事が高い関心事になっております。先ほど三田さんの資料にもあったし、伊達市の資料も同じような内容になっているかと思います。将来への不安、心配も、就職できるか、働く場があるかということが第一位となっております。
利用者の発病年齢は、就労歴を持つ人が多く、働き盛りが最も高くなっています。働く場所では、商店街、住宅地、企業団地を希望しています。昨年の自殺死亡者も三万人を超えました。本当に今働き盛りの人たちの心の健康の問題、これは単に今私たちだけの問題ではなくて、日本国民全体の問題であると思います。
精神障害者の特徴は、多くの方が疲れやすいことにあり、多様な働き方が継続の力を生み出します。様々な組合せが彼らの能力を最大限発揮できるのです。就労支援と生活支援の一体的な取組は就労への効果を上げることにつながります。このバランスを見極めるのは医療の専門家ではなく地域で生活を支援する私たちです。
資料七ページ中段に自立した地域生活を送る上での条件をまとめています。時間がないので読み上げるのはやめておきます。
地域生活支援システムの具体的支援項目とキーワードをまとめました。生活支援と就労支援の一体取組が必要です。生活支援は病院の敷地内では不可能です。生活支援は地域の生活の場での取組が基本です。就労支援は多様な働き方が必要です。ピア、当事者の支援は専門家並みの、あるいは専門家以上の効果をもたらします。
私たちのところには医学生がよく実習に訪れますが、そのときに利用者が医学生に語った言葉です。地域の資源があってこそ自らを信ずることができるようになった。住居と居場所と食が確保されていれば私たちは今ある能力を最大限生かすことができる。仲間が集まることにより独りではないという安心感と情報交換ができ、教育を受けることにより新たな可能性の発見ができるようになった。失敗も経験の一つだと認めてくれる人がいて新たな挑戦ができる。様々なシステムが存在することによって選択が可能となり、自己決定による人生の幅が広がる。
二年前に僕なんか生きる価値もないと言っていた青年が、一年後には生きたいからシートベルトを締めることにしたと、近所のもち屋で働き、今ではこのおもち屋さんになくてはならない存在になっています。自信をなくした青年は湯ノ川温泉の番台で働いています。私たちが仕事を続ける原動力は自信を知った彼らの笑顔があるからです。
お手元の資料の八ページ以降は、退院から地域生活へのアプローチと、地域生活を送る上でのシステムや資源を事例を基にライフステージごとにまとめたものです。是非、お目通しくださるようにお願いいたします。
精神障害者も一人の国民として、地域生活者の一人として豊かに暮らせる社会を作っていただくことを先生方に心よりお願いいたします。
これで活動の報告を終わらせていただきます。ありがとうございました。
狩
狩野安#7
○会長(狩野安君) ありがとうございました。
以上で参考人からの意見聴取を終わります。
これより参考人に対する質疑を行います。質疑はおおむね午後三時三十分をめどとさせていただきます。
なお、質疑者及び各参考人にお願い申し上げます。質疑及び御答弁の際は、挙手の上、会長の指名を受けてから御発言いただくようお願いいたします。
また、多くの方が御発言できますよう、一回の発言はおおむね三分程度とさせていただきます。なお、質疑の際は、最初にどなたに対する質問であるかをお述べください。
質疑のある方は挙手を願います。
この発言だけを見る →以上で参考人からの意見聴取を終わります。
これより参考人に対する質疑を行います。質疑はおおむね午後三時三十分をめどとさせていただきます。
なお、質疑者及び各参考人にお願い申し上げます。質疑及び御答弁の際は、挙手の上、会長の指名を受けてから御発言いただくようお願いいたします。
また、多くの方が御発言できますよう、一回の発言はおおむね三分程度とさせていただきます。なお、質疑の際は、最初にどなたに対する質問であるかをお述べください。
質疑のある方は挙手を願います。
中
中原爽#8
○中原爽君 菊谷参考人にお尋ねしようと思います。
先般、民法が改正になりました。人の能力の部分の改正でありますけれども、知的障害あるいは精神障害、ごく軽度という意味では旧制度ですと準禁治産者、この方々の内容が全く変わりまして、人の能力を生かすという意味のノーマリゼーションを重んじるという形の民法改正になったわけでありますけれども、この場合に、こういう方々に今回は被保佐人あるいは被補助人ということで補助あるいは保佐をしていただく方が付くわけでございますけれども、こういう形で数十年も入所されている方に保佐とか補助の方が付いているとは思えませんけれども、こういう方々が出所をされまして自立をされるという方向性のときに補助をしていただくとか保佐をしていただくとか、そういう形の制度が付いて回ってもいいのかなという気がいたします。
したがって、こういう補助人あるいは保佐人の方々がいわゆるオンブズマンのような役割を果たしていただくということも民法の改正を生かすという意味では私は意義があるのではないかというふうに思います。
市長様という行政の立場から、この辺りのことについて御意見がございましたら、伺いたいと思います。
この発言だけを見る →先般、民法が改正になりました。人の能力の部分の改正でありますけれども、知的障害あるいは精神障害、ごく軽度という意味では旧制度ですと準禁治産者、この方々の内容が全く変わりまして、人の能力を生かすという意味のノーマリゼーションを重んじるという形の民法改正になったわけでありますけれども、この場合に、こういう方々に今回は被保佐人あるいは被補助人ということで補助あるいは保佐をしていただく方が付くわけでございますけれども、こういう形で数十年も入所されている方に保佐とか補助の方が付いているとは思えませんけれども、こういう方々が出所をされまして自立をされるという方向性のときに補助をしていただくとか保佐をしていただくとか、そういう形の制度が付いて回ってもいいのかなという気がいたします。
したがって、こういう補助人あるいは保佐人の方々がいわゆるオンブズマンのような役割を果たしていただくということも民法の改正を生かすという意味では私は意義があるのではないかというふうに思います。
市長様という行政の立場から、この辺りのことについて御意見がございましたら、伺いたいと思います。
菊
菊谷秀吉#9
○参考人(菊谷秀吉君) ちょっと私、難しい質問だなと思いながら聞いていたんですけれども。というのは、我々行政の今立場におりますので、実際に運用ということはなかなか現実にないですね。
それと、これは体験で申し上げますと、軽度の方というのは、先ほどちょっと申し上げましたけれども、ほとんど健常者と変わらないぐらいと思っております。それはなぜかというと、施設の中に入所されるとなかなかそうならないのかと思いますけれども、実際に企業就労しますといろんな経験をします。これは普通の人と全く同じですね。そうすると変わっていきます。
私なんかも、これは変な話ですけれども、選挙なんかに出ますとそういう方が遊びに来るんです、選挙事務所に。そうすると、かなり中身が、すごいというか、選挙情勢を含めて相当の、やれますので、そういう面では随分違うのかなと思っています。
ですから、法律の運用はちょっと我々から見解言うのは非常に難しいかなと、そういうことでお許しをいただければと思います。
この発言だけを見る →それと、これは体験で申し上げますと、軽度の方というのは、先ほどちょっと申し上げましたけれども、ほとんど健常者と変わらないぐらいと思っております。それはなぜかというと、施設の中に入所されるとなかなかそうならないのかと思いますけれども、実際に企業就労しますといろんな経験をします。これは普通の人と全く同じですね。そうすると変わっていきます。
私なんかも、これは変な話ですけれども、選挙なんかに出ますとそういう方が遊びに来るんです、選挙事務所に。そうすると、かなり中身が、すごいというか、選挙情勢を含めて相当の、やれますので、そういう面では随分違うのかなと思っています。
ですから、法律の運用はちょっと我々から見解言うのは非常に難しいかなと、そういうことでお許しをいただければと思います。
林
林紀子#10
○林紀子君 私も伊達市の市長さんの菊谷参考人にお聞きしたいんですけれども、この伊達市の生活支援マップというのを「まちに暮らす」というこのピンクの本で最初に見せていただいたんですが、いろいろな作業所とか支援センターとか、もう本当に町ぐるみで支援をしているというこの状況がこの図からも分かるわけですけれども。
三位一体の改革というのが大変だというお話がありましたが、こういう町ぐるみでやっているときに、三位一体の改革というのがどういうような形で、保育所の例というのは先ほど挙げてくださいましたが、出てくるものなのか。三位一体というのがいろいろなところに、地方の自治体に大きく影響するというのは頭の中では分かっているんですが、具体的にこういう部分では、障害者のための支援というような、こういう部分ではどんなふうに現れるのかということをもうちょっと具体的にお聞かせいただけたらと思います。失礼しました。菊谷参考人にお聞きいたします。
この発言だけを見る →三位一体の改革というのが大変だというお話がありましたが、こういう町ぐるみでやっているときに、三位一体の改革というのがどういうような形で、保育所の例というのは先ほど挙げてくださいましたが、出てくるものなのか。三位一体というのがいろいろなところに、地方の自治体に大きく影響するというのは頭の中では分かっているんですが、具体的にこういう部分では、障害者のための支援というような、こういう部分ではどんなふうに現れるのかということをもうちょっと具体的にお聞かせいただけたらと思います。失礼しました。菊谷参考人にお聞きいたします。
菊
菊谷秀吉#11
○参考人(菊谷秀吉君) ちょっと説明悪かったと思うんですけれども、要するに、今我々は一般財源が不足しているわけです。不足しているからいろんなことをやっているわけです。それは職員減らしたり、あるいは公共事業を大幅に、大幅なんて、これはもう何分の一ですから。で、ようやく一息ついたところに、この三位一体で減らされた分というのは、実はほとんどが保育所の、公立保育所の運営費とか措置費なんです。そうすると、これはお金には色付いておりませんから、全体の予算として何を削るかという話に次ならざるを得ない。
そうしますと、今、例えば私どもは少子化対策で何が一番大事かというと、一時保育なんです。保育所は田舎ですからある程度できていますし、充足をいたしております。ところが、それを、一時保育しようと思うと、これまた非常に金が掛かる。これは民間の力をかりてやろうと思っていますけれども、それでも相当の金が掛かるということで、結局新たなものに何にも取り組めないんです。
たまたま、三月一日から精神障害者の通所授産施設とか中間施設もオープンするんです、伊達市には。福祉に絡んでないものはないぐらいすべてそろっておるんです。皆さんのお手元の資料に「ふみだす」という資料もお届けしたんですが、これも、中身を言いますと、これを開設するまでに市のお金が、実は表には出てこないが相当入っているんです。
ですから、もうそういうものすらできないということで、三位一体で我々考えていたのは、いわゆる一般の補助金が減らされて、その分が自由に使える交付税に近いものがあるであろうと。先ほど三田参考人から御意見がありましたけれども、我々は、国が余り規制、関与しますと、一〇〇でいい仕事をやらなきゃいけないのに、一二〇も一三〇もやらなくていいこともやらないと国のメニューに載っかれないという、こういう実態がございますから、結局は無駄なことを随分やって、さっきの施設のお話もございました、確かにそのとおりだと考えております。
ですから、もっと効率的にいいものをサービスしようと思っても、前向きな仕事をもうできないんです、今の状況では。ですから、この三位一体で削るところが違うんじゃないかと私は申し上げたいんです。
以上です。
この発言だけを見る →そうしますと、今、例えば私どもは少子化対策で何が一番大事かというと、一時保育なんです。保育所は田舎ですからある程度できていますし、充足をいたしております。ところが、それを、一時保育しようと思うと、これまた非常に金が掛かる。これは民間の力をかりてやろうと思っていますけれども、それでも相当の金が掛かるということで、結局新たなものに何にも取り組めないんです。
たまたま、三月一日から精神障害者の通所授産施設とか中間施設もオープンするんです、伊達市には。福祉に絡んでないものはないぐらいすべてそろっておるんです。皆さんのお手元の資料に「ふみだす」という資料もお届けしたんですが、これも、中身を言いますと、これを開設するまでに市のお金が、実は表には出てこないが相当入っているんです。
ですから、もうそういうものすらできないということで、三位一体で我々考えていたのは、いわゆる一般の補助金が減らされて、その分が自由に使える交付税に近いものがあるであろうと。先ほど三田参考人から御意見がありましたけれども、我々は、国が余り規制、関与しますと、一〇〇でいい仕事をやらなきゃいけないのに、一二〇も一三〇もやらなくていいこともやらないと国のメニューに載っかれないという、こういう実態がございますから、結局は無駄なことを随分やって、さっきの施設のお話もございました、確かにそのとおりだと考えております。
ですから、もっと効率的にいいものをサービスしようと思っても、前向きな仕事をもうできないんです、今の状況では。ですから、この三位一体で削るところが違うんじゃないかと私は申し上げたいんです。
以上です。
岡
岡崎トミ子#12
○岡崎トミ子君 本日はありがとうございました。
私どもの宮城県、私は宮城県選出の議員なんですが、宮城県の浅野知事がつい先日、脱施設、施設解体宣言を行いました。そして、県内にはいろんな意見が広がっておりまして、まあ賛否両論あるわけです。実際、家族の方が大変御苦労されて、そして障害を持つ人が施設に入って、ここの中でまた家族に戻ってくるのかということでの動揺、戸惑い、不安、そういうものがどちらにもあるということを、一週間もたっておりませんのでそういう状況にあるというふうに思っています。
先ほど三田参考人にお話を伺いましたときには、ノルウェー、スウェーデン、デンマーク、ノーマライゼーションの精神を掲げて四十年の歴史があって今日まで来ているわけなんですけれども、もう施設はゼロだというふうにおっしゃっておりましたので、私ども宮城県の進む道も、施設を解体して地域の中で受け入れるということをきちんと作っていくことがいかに大事なのかということを私自身も感じておりますけれども、まず家族にも動揺が広がり、本人も何かあったときにはもう一回施設に戻ることができるのかという不安の状態になっているだろうと思いますが、一気に、地域の中で受入れ体制がない場合には一休みしてもう一回施設に戻るという、こういうことを繰り返しながらやってきたのかどうかということが、現実問題として私は是非アドバイスをしていただきたいなというふうに思っております。
日本における施設信仰というのはどういう背景の中でこうなってきたのか。先ほどお話、あらかたお話を伺いましたけれども、改めて宮城県の知事にも、あるいは私ども宮城県に住んでいる県民に対してもアドバイスがありましたら、皆さん、それぞれ少しずつ教えていただきたいというふうに思っております。
この発言だけを見る →私どもの宮城県、私は宮城県選出の議員なんですが、宮城県の浅野知事がつい先日、脱施設、施設解体宣言を行いました。そして、県内にはいろんな意見が広がっておりまして、まあ賛否両論あるわけです。実際、家族の方が大変御苦労されて、そして障害を持つ人が施設に入って、ここの中でまた家族に戻ってくるのかということでの動揺、戸惑い、不安、そういうものがどちらにもあるということを、一週間もたっておりませんのでそういう状況にあるというふうに思っています。
先ほど三田参考人にお話を伺いましたときには、ノルウェー、スウェーデン、デンマーク、ノーマライゼーションの精神を掲げて四十年の歴史があって今日まで来ているわけなんですけれども、もう施設はゼロだというふうにおっしゃっておりましたので、私ども宮城県の進む道も、施設を解体して地域の中で受け入れるということをきちんと作っていくことがいかに大事なのかということを私自身も感じておりますけれども、まず家族にも動揺が広がり、本人も何かあったときにはもう一回施設に戻ることができるのかという不安の状態になっているだろうと思いますが、一気に、地域の中で受入れ体制がない場合には一休みしてもう一回施設に戻るという、こういうことを繰り返しながらやってきたのかどうかということが、現実問題として私は是非アドバイスをしていただきたいなというふうに思っております。
日本における施設信仰というのはどういう背景の中でこうなってきたのか。先ほどお話、あらかたお話を伺いましたけれども、改めて宮城県の知事にも、あるいは私ども宮城県に住んでいる県民に対してもアドバイスがありましたら、皆さん、それぞれ少しずつ教えていただきたいというふうに思っております。
狩
岡
狩
岡
三
三田優子#17
○参考人(三田優子君) 宮城のあの記事がやはりかなり話題にはなっているようなんですけれども、ようやく県全域でということが出てまいりまして、少しずつなると思っています。
例えば、ほかの国々で施設がゼロになった際に入所施設に戻れる仕組みがあったのかということに関しては、入所施設に戻るという仕組みが多分余り話題にはなっていないようで、その代わり、地域で援助をするというような人たちが施設にしばらく通い続けたりしまして、その施設の彼らが安心できるような場所で援助者とのコミュニケーションを取るというようなことをやったようです。地域に一度出た人が、何かあったときに施設に帰りたいとはどの国でも言わなかったそうです。施設に戻してくれるのかと言ったのは家族だったそうで、その差が大きいんですけれども、本人はつらいことがあっても、大変なことがあっても、何かあったとしてもここにおりたいということを言っていたようで、そのような流れに来たようです。
日本で例えば、実は私は長野県のコロニーの改築検討委員会の委員をずっとやっているんですけれども、長野のコロニー、西駒郷というところですが、今すごい勢いで外に出し始めました。一応、余りマスコミには出ていないんですけれども、多分日本の中で一番着実に進んでいるだろうというところがあって、今年度二六%増の福祉予算で、ほとんどはその西駒郷のコロニーの人を外に出すということでした。
そのときに、家族の方、四百人の方と私たちも話合いをしたときに、今までは国や県の方から入れてくれないかと頭を下げてきたのに、入れてしばらくたったら引き取ってくれないかと言うのかということをおっしゃられることが多かったので、検討委員会の報告書としては、障害を持つ方は家族が面倒を見るということではないと、障害を持っている方は社会的な存在として地域社会で必要な援助を受ける者であるので、何かあった場合は県が責任を持ちますという部分を長野県は入れました。家族は静かになりました。反対派の人たちが今はこぞって、グループホームに入りたい、出してくれと言うようになって、もう追い付かない状況になっております。
私は、家族の方がよく反対するから外に出さないと言いますけれども、家族に責任を押し付けてきたというやっぱり責任があると思います。ただし、今まだこの御時世でも扶養義務の規定はありますので、何かあったら家族だろうと家族の人が言うものですから、まだまだ整備しないところはあると思いますけれども、一つはやはり県が責任を取る、あるいは国が責任を取るというような、ちょっと言葉がこれでいいのかどうか分からないですけれども、そういう姿勢を取った上で宮城県の改革も進んでいくものだというふうに思っております。でも、スタートし始めたら、一番それを応援するのも家族だというのはほかの国々でも同じようなことになっています。
本人の不安は当たり前です。出してもらえなかった状態でいきなり外に行きなさいと言われたら、見捨てられるような気がしたと外に出てきた方は言われましたけれども、その後、半年、一年と調査をしますと、やっぱり出てよかったと、もう一度も戻りたくないということをやっぱりおっしゃっているということありますと、ううん、どんな場所だったのかなというふうに思っています。
話があっちこっちに行って申し訳ないんですけれども、やはり、いずれにしても、例えば宮城県のあの記事が、あの発言がすごく今話題になっているということを考えると、もっと国の段階で、国のレベルでもう入所偏重型の福祉は終わりだということを言い切れないと、そういう障害者プラン、新障害者プラン、じゃ新々辺りで言うかなとかという話になっているんですけれども、そんなレベルではなく、ほかの国が四十年掛かったんだとしたら同じように四十年掛かるというのは学習能力がないことになりますので、それはもうできるという方針をまず出すということが日本の全体ではないんじゃないかというふうに思っています。
だから、私は長野も宮城もすごく期待しているんですけれども、そのときに、やはり今までのように家族にすべてを押し付けるというやり方はやっぱり無理じゃないかというふうに思っています。
長くなって済みません。
この発言だけを見る →例えば、ほかの国々で施設がゼロになった際に入所施設に戻れる仕組みがあったのかということに関しては、入所施設に戻るという仕組みが多分余り話題にはなっていないようで、その代わり、地域で援助をするというような人たちが施設にしばらく通い続けたりしまして、その施設の彼らが安心できるような場所で援助者とのコミュニケーションを取るというようなことをやったようです。地域に一度出た人が、何かあったときに施設に帰りたいとはどの国でも言わなかったそうです。施設に戻してくれるのかと言ったのは家族だったそうで、その差が大きいんですけれども、本人はつらいことがあっても、大変なことがあっても、何かあったとしてもここにおりたいということを言っていたようで、そのような流れに来たようです。
日本で例えば、実は私は長野県のコロニーの改築検討委員会の委員をずっとやっているんですけれども、長野のコロニー、西駒郷というところですが、今すごい勢いで外に出し始めました。一応、余りマスコミには出ていないんですけれども、多分日本の中で一番着実に進んでいるだろうというところがあって、今年度二六%増の福祉予算で、ほとんどはその西駒郷のコロニーの人を外に出すということでした。
そのときに、家族の方、四百人の方と私たちも話合いをしたときに、今までは国や県の方から入れてくれないかと頭を下げてきたのに、入れてしばらくたったら引き取ってくれないかと言うのかということをおっしゃられることが多かったので、検討委員会の報告書としては、障害を持つ方は家族が面倒を見るということではないと、障害を持っている方は社会的な存在として地域社会で必要な援助を受ける者であるので、何かあった場合は県が責任を持ちますという部分を長野県は入れました。家族は静かになりました。反対派の人たちが今はこぞって、グループホームに入りたい、出してくれと言うようになって、もう追い付かない状況になっております。
私は、家族の方がよく反対するから外に出さないと言いますけれども、家族に責任を押し付けてきたというやっぱり責任があると思います。ただし、今まだこの御時世でも扶養義務の規定はありますので、何かあったら家族だろうと家族の人が言うものですから、まだまだ整備しないところはあると思いますけれども、一つはやはり県が責任を取る、あるいは国が責任を取るというような、ちょっと言葉がこれでいいのかどうか分からないですけれども、そういう姿勢を取った上で宮城県の改革も進んでいくものだというふうに思っております。でも、スタートし始めたら、一番それを応援するのも家族だというのはほかの国々でも同じようなことになっています。
本人の不安は当たり前です。出してもらえなかった状態でいきなり外に行きなさいと言われたら、見捨てられるような気がしたと外に出てきた方は言われましたけれども、その後、半年、一年と調査をしますと、やっぱり出てよかったと、もう一度も戻りたくないということをやっぱりおっしゃっているということありますと、ううん、どんな場所だったのかなというふうに思っています。
話があっちこっちに行って申し訳ないんですけれども、やはり、いずれにしても、例えば宮城県のあの記事が、あの発言がすごく今話題になっているということを考えると、もっと国の段階で、国のレベルでもう入所偏重型の福祉は終わりだということを言い切れないと、そういう障害者プラン、新障害者プラン、じゃ新々辺りで言うかなとかという話になっているんですけれども、そんなレベルではなく、ほかの国が四十年掛かったんだとしたら同じように四十年掛かるというのは学習能力がないことになりますので、それはもうできるという方針をまず出すということが日本の全体ではないんじゃないかというふうに思っています。
だから、私は長野も宮城もすごく期待しているんですけれども、そのときに、やはり今までのように家族にすべてを押し付けるというやり方はやっぱり無理じゃないかというふうに思っています。
長くなって済みません。
岡
菊
菊谷秀吉#19
○参考人(菊谷秀吉君) 浅野知事は、たまたま厚生省におられたときに北海道に出向しまして課長をやっていまして、それで太陽の園と随分関係が深くて、私もお会いしたときにいろいろ言われた経験がございます。
先ほど私の説明で申し上げましたように、町で暮らすといったときに随分家族の反対があって、それはやっぱり偏見とか差別とか現にありますし、市民が理解、当時私も高校生ぐらいでしたけれども、理解していないんですね、障害者というのは、特に知的障害者どういう方かというのは。日常の中にいますと、理解するよりももう生活の普通の風景になっちゃうと、そういうの全くないですね。だから、問題なのは、そこまで行くという過程が非常に大事なんで、ですから、やはりこれは出ないことには次に進まないだろうと。そして、やっぱり慣れるというために、伊達市で取り組んだ通勤寮、その中間施設を置いていくという手順もまた大事なのかなという感じをしております。
施設偏重主義とさっき三田さんおっしゃったけれども、全くそのとおりですね。これはもう高齢者福祉なんかもその最たるものです。私言いたいのは、今の介護保険制度の中での施設偏重主義、それから例えばホームヘルパーの問題、いわゆる何というんですか、それを含めて、なぜ地方自治体の声を聞いてくれないのか。うちなんかも、さっき言いましたように一八・一なんていうとんでもない数字出ているわけですね。これはもうこの制度そのものの持っている欠陥以外何物もないと。自立しない方がいいわけですからね。それは、事業者自体も自立しないように願っているわけですよ。だから、これがやっぱり基本的に違うかなと。ですから、是非宮城県の取組には期待したいなと思っています。
この発言だけを見る →先ほど私の説明で申し上げましたように、町で暮らすといったときに随分家族の反対があって、それはやっぱり偏見とか差別とか現にありますし、市民が理解、当時私も高校生ぐらいでしたけれども、理解していないんですね、障害者というのは、特に知的障害者どういう方かというのは。日常の中にいますと、理解するよりももう生活の普通の風景になっちゃうと、そういうの全くないですね。だから、問題なのは、そこまで行くという過程が非常に大事なんで、ですから、やはりこれは出ないことには次に進まないだろうと。そして、やっぱり慣れるというために、伊達市で取り組んだ通勤寮、その中間施設を置いていくという手順もまた大事なのかなという感じをしております。
施設偏重主義とさっき三田さんおっしゃったけれども、全くそのとおりですね。これはもう高齢者福祉なんかもその最たるものです。私言いたいのは、今の介護保険制度の中での施設偏重主義、それから例えばホームヘルパーの問題、いわゆる何というんですか、それを含めて、なぜ地方自治体の声を聞いてくれないのか。うちなんかも、さっき言いましたように一八・一なんていうとんでもない数字出ているわけですね。これはもうこの制度そのものの持っている欠陥以外何物もないと。自立しない方がいいわけですからね。それは、事業者自体も自立しないように願っているわけですよ。だから、これがやっぱり基本的に違うかなと。ですから、是非宮城県の取組には期待したいなと思っています。
岡
武
武田牧子#21
○参考人(武田牧子君) 今、お二方の参考人のお話を聞いていて一部うらやましいなと思いましたのは、市町村が絡んでいるから施設偏重主義というのが言えます。でも、精神病になった人たち、確かに率では知的障害より入所率は低いです。でも、三十三万人の方が今現在も入院していらっしゃいます。
国の方は七万二千人の社会的入院者の退院ということを言っておりますが、でも、このことを、数とかそういうことだけが上滑りして、じゃ、ここにどれだけの経費が掛かっているのか。本当に必要な医療は、もちろん先ほども言いましたように、いい医療を望んでおります。貧しい医療で三十三万人が入院させられたままで、治療効果も出ない形でこのままでいいのか。まず、その社会的、本当に知的障害、先ほどの三田さんの報告と精神も同じです。言いたいことは本当に同じこと。ただ、背景が違うな。
要は、市町村も騒がないで済んでいるんですよね。騒がないで済んでいるというか、財政負担が市町村にない。だから、医療保険になっておりますので、あと、何とか適正な精神医療、ほかと同等の精神医療にして、さらに。三十三万人、どこの国が入院していますか。アメリカもほとんど現在、まあアメリカの例はちょっと違いますが、イタリアでも精神病院解体して、そして地域で暮らす、そのことを進めております。
資源がないからじゃありません。資源は地域の人たちと一緒になれば作っていけますし、また私が今望んでいるのは、何とか介護保険、この今悪い部分を改正していって、精神障害者が地域で暮らすためにこの制度に乗れないか、そのことによって市町村が本気になってくれるんじゃないかということを願っております。
それと、精神障害者も二度と入院したくないと願っております。先般も、うちの利用者が、夫婦で町の中で町営住宅で生活していますが、一人調子を崩しました。彼女は入院したくない。私たち病院へ一緒に行って、そして薬の治療をしていただきまして、御主人が支えました。一週間、ちょっとしんどい場面ありましたが、訪問をし、そしてみんなでいろいろ助け合いながら地域で暮らせます。訪問診療だったり訪問看護、あるいは私たち支援センターのスタッフが、あるいは地域の方が支援してくだされば、地域で十分もう当たり前に暮らせます。
ですから、是非ほかの障害と同じように、あるいは高齢者だってだれが施設に入りたいと思います。家族にすべての責任を負わせているからこういうことになるんです。一人の大人です。ですから、それを一人の国民として地域で暮らせるように、家族が責任を負わない仕組みを是非作っていただきたいなと願います。
この発言だけを見る →国の方は七万二千人の社会的入院者の退院ということを言っておりますが、でも、このことを、数とかそういうことだけが上滑りして、じゃ、ここにどれだけの経費が掛かっているのか。本当に必要な医療は、もちろん先ほども言いましたように、いい医療を望んでおります。貧しい医療で三十三万人が入院させられたままで、治療効果も出ない形でこのままでいいのか。まず、その社会的、本当に知的障害、先ほどの三田さんの報告と精神も同じです。言いたいことは本当に同じこと。ただ、背景が違うな。
要は、市町村も騒がないで済んでいるんですよね。騒がないで済んでいるというか、財政負担が市町村にない。だから、医療保険になっておりますので、あと、何とか適正な精神医療、ほかと同等の精神医療にして、さらに。三十三万人、どこの国が入院していますか。アメリカもほとんど現在、まあアメリカの例はちょっと違いますが、イタリアでも精神病院解体して、そして地域で暮らす、そのことを進めております。
資源がないからじゃありません。資源は地域の人たちと一緒になれば作っていけますし、また私が今望んでいるのは、何とか介護保険、この今悪い部分を改正していって、精神障害者が地域で暮らすためにこの制度に乗れないか、そのことによって市町村が本気になってくれるんじゃないかということを願っております。
それと、精神障害者も二度と入院したくないと願っております。先般も、うちの利用者が、夫婦で町の中で町営住宅で生活していますが、一人調子を崩しました。彼女は入院したくない。私たち病院へ一緒に行って、そして薬の治療をしていただきまして、御主人が支えました。一週間、ちょっとしんどい場面ありましたが、訪問をし、そしてみんなでいろいろ助け合いながら地域で暮らせます。訪問診療だったり訪問看護、あるいは私たち支援センターのスタッフが、あるいは地域の方が支援してくだされば、地域で十分もう当たり前に暮らせます。
ですから、是非ほかの障害と同じように、あるいは高齢者だってだれが施設に入りたいと思います。家族にすべての責任を負わせているからこういうことになるんです。一人の大人です。ですから、それを一人の国民として地域で暮らせるように、家族が責任を負わない仕組みを是非作っていただきたいなと願います。
岡
森
森ゆうこ#23
○森ゆうこ君 今日は三人の参考人の先生方、大変ありがとうございます。
まず、三田参考人にお聞きしたいんですけれども、昨年、支援費制度が発足しまして、障害者の皆さん、御家族の皆さんとも大変期待が大きかったと思うんですけれども、残念ながら予算の方が追い付かないということで、今年も今ちょうど予算が衆議院で審議されておりまして、来月になりますと参議院でやりますので、また問題、更に深まると思うんですけれども、それはともかく、支援費制度に移行したことについて、そのことについての評価を伺いたいと思います。
それから、菊谷参考人には、今、介護保険と障害者福祉、障害者も介護保険に入れるということで、その統合の動きが出てきておりますが、その点について参考人の御意見をいただければと思います。
武田参考人には、今ほど精神障害者についても介護保険に乗せたいという御発言がありましたけれども、どのような問題をクリアすればいいと思われるか、もしございましたらアドバイスをいただきたいと思います。
この発言だけを見る →まず、三田参考人にお聞きしたいんですけれども、昨年、支援費制度が発足しまして、障害者の皆さん、御家族の皆さんとも大変期待が大きかったと思うんですけれども、残念ながら予算の方が追い付かないということで、今年も今ちょうど予算が衆議院で審議されておりまして、来月になりますと参議院でやりますので、また問題、更に深まると思うんですけれども、それはともかく、支援費制度に移行したことについて、そのことについての評価を伺いたいと思います。
それから、菊谷参考人には、今、介護保険と障害者福祉、障害者も介護保険に入れるということで、その統合の動きが出てきておりますが、その点について参考人の御意見をいただければと思います。
武田参考人には、今ほど精神障害者についても介護保険に乗せたいという御発言がありましたけれども、どのような問題をクリアすればいいと思われるか、もしございましたらアドバイスをいただきたいと思います。
三
三田優子#24
○参考人(三田優子君) 支援費制度の評価について、私の全体的なざっとしたものですけれども、お金のことは言い出すと止まらないので言わないにして、知的な障害を持っている方、身体障害を持っている方、支援費制度始まってどうかというアンケートなども行っておりますが、知的障害者の方はほとんどが知らないです、何が始まったか。利用者主体といいながら、何か保険証が二枚目のが送られてきたという人がいて、それが支援費制度の利用者証というやつだということを説明してくれる人もいないらしく、聞き取りをした上で同意書にサインをして制度を使うわけですけれども、判こを押したような記憶はあるけれども、おしゃべりしたような記憶はあるけれども、あれは何だったんだと。
私は、支援費制度の大きなやっぱり問題点は権利侵害をきちんと食い止めるような仕組みがないことだと思っています。重要事項説明書だとか、本人が契約者になるといったときに必ず、説明したけれども、あるいは自分で判こを押しておいたのに忘れてしまう、説明したのに分からない障害者の能力が悪いというふうに言われるんですね、もう本当にいつもそうなんですけれども。結局、でも契約に当たっては本人が納得しないで判こをもらうというのは絶対にいいことではないと思っているんですけれども、どうもその辺で目に見えない権利侵害の積み重ねのうちに支援費制度今まで来ているような気がしています。本人が知らないで始まっている制度というのは何なんだろうと。
介護保険に関することにもつながると思うんですけれども、私は支援費制度の欠点のもう一つは、これから介護保険に障害者が参入というか一緒になるというかという話も出ているようですが、決定的に障害分野が問題になると思うのはやはり高齢の分野で、もういろいろ問題はありますけれども、ある程度やはり形になってきたケアマネジメントという仕組みが障害者の場合ないです。だれもケアマネジメントしないで今契約を交わされ、そしてサービスが調整されて、こういうサービスをこの方にということをだれがどこでやっているのかというのが非常に不思議です。
そのときに、ケアマネジメントをやる係が例えば行政の市町村の窓口の方であったり施設の職員であったりという場合に、先ほどの入所施設の調査と同じで、幾ら説明しても本人が答えられないから家族に聞きますというと、結局家族が選ぶと入所施設になっちゃったりするんですね。でも、本人にきちんと伝えられる能力がなければケアマネジメントを幾らやったって無理だと思うんですけれども、その仕組みがありません。
余談ですけれども、今各地にある在宅介護支援センター、高齢者のケアマネジメントをやってくださっている方たちが非常に恐怖感を感じているのは、障害のケアマネもやれと言われたらどうしようと言われています。何か障害者は魔物のように言われているんですけれども。でも、それをどういうふうにやったらいいんだと専門的な人たちに聞いたら、何の答えも得られないというのがもっとショックだったと。それが障害者の福祉の今までの、やっぱり本人がいなかったために起こってきた、本人と話ができない専門家というのはどうなんだろうというふうに思ったりしておりますので、ケアマネジメントの仕組みとともに、やっぱり専門職の技術というものを、いろんな訓練をするのも結構なんですけれども、分かりやすく説明する、本人の権利侵害をきちんと、きちんと中心に据えた援助者であるかどうかということをきちんとしないといけないんじゃないかというふうに思っています。大きな罰則を作ってもいいんじゃないかと思うくらいで、さっきどこかでも質問があったんですけれども、そのときに本人への説明の仕方が下手と、本人がオンブズマンになって、このケアマネさんは減点五とかですね、そんな形になったらいいなと実は本当に思っています。
以上です。
この発言だけを見る →私は、支援費制度の大きなやっぱり問題点は権利侵害をきちんと食い止めるような仕組みがないことだと思っています。重要事項説明書だとか、本人が契約者になるといったときに必ず、説明したけれども、あるいは自分で判こを押しておいたのに忘れてしまう、説明したのに分からない障害者の能力が悪いというふうに言われるんですね、もう本当にいつもそうなんですけれども。結局、でも契約に当たっては本人が納得しないで判こをもらうというのは絶対にいいことではないと思っているんですけれども、どうもその辺で目に見えない権利侵害の積み重ねのうちに支援費制度今まで来ているような気がしています。本人が知らないで始まっている制度というのは何なんだろうと。
介護保険に関することにもつながると思うんですけれども、私は支援費制度の欠点のもう一つは、これから介護保険に障害者が参入というか一緒になるというかという話も出ているようですが、決定的に障害分野が問題になると思うのはやはり高齢の分野で、もういろいろ問題はありますけれども、ある程度やはり形になってきたケアマネジメントという仕組みが障害者の場合ないです。だれもケアマネジメントしないで今契約を交わされ、そしてサービスが調整されて、こういうサービスをこの方にということをだれがどこでやっているのかというのが非常に不思議です。
そのときに、ケアマネジメントをやる係が例えば行政の市町村の窓口の方であったり施設の職員であったりという場合に、先ほどの入所施設の調査と同じで、幾ら説明しても本人が答えられないから家族に聞きますというと、結局家族が選ぶと入所施設になっちゃったりするんですね。でも、本人にきちんと伝えられる能力がなければケアマネジメントを幾らやったって無理だと思うんですけれども、その仕組みがありません。
余談ですけれども、今各地にある在宅介護支援センター、高齢者のケアマネジメントをやってくださっている方たちが非常に恐怖感を感じているのは、障害のケアマネもやれと言われたらどうしようと言われています。何か障害者は魔物のように言われているんですけれども。でも、それをどういうふうにやったらいいんだと専門的な人たちに聞いたら、何の答えも得られないというのがもっとショックだったと。それが障害者の福祉の今までの、やっぱり本人がいなかったために起こってきた、本人と話ができない専門家というのはどうなんだろうというふうに思ったりしておりますので、ケアマネジメントの仕組みとともに、やっぱり専門職の技術というものを、いろんな訓練をするのも結構なんですけれども、分かりやすく説明する、本人の権利侵害をきちんと、きちんと中心に据えた援助者であるかどうかということをきちんとしないといけないんじゃないかというふうに思っています。大きな罰則を作ってもいいんじゃないかと思うくらいで、さっきどこかでも質問があったんですけれども、そのときに本人への説明の仕方が下手と、本人がオンブズマンになって、このケアマネさんは減点五とかですね、そんな形になったらいいなと実は本当に思っています。
以上です。
菊
菊谷秀吉#25
○参考人(菊谷秀吉君) 介護保険との統合についてということでございますけれども、そもそも制度を変えた方がいいんじゃないかと思っているのは、さっき申し上げましたように、自立できる人がたくさんいるんです、実を言いますと。なぜ、したら、介護保険の認定を受けていくかというのは二つの問題があるんです。
一つは、事業者が、私どもの地域は施設からもうあり過ぎるぐらいにあるんですね。民間ですから、お客さんは一番いいのが要支援とか要介護一なんです。手掛からないんですね。私も何回かいろんな施設見ていますけれども、一番助かるんです。こうすると、寂しいから実は行くんです。独り暮らしが多いんです。
たまたま、資料を今日はお持ちしませんでしたけれども、伊達市というのは、姉妹都市の亘理町という、宮城県の亘理町と姉妹都市なんですが、人口ほぼ同じなんです。何が違うかといったら、世帯数が私ども一万約六千世帯、亘理町は約一万一千世帯。つまり、独居とか老人世帯が圧倒的に多いんです。特に独居ですね。寂しいから行くんです。要介護認定を受けるんです。自立できるのにしないんです。これを今の仕組みで、介護保険制度がこのまま続けるとなると、もう公費を使ってどんどん垂れ流しするというような状況になってくる。
一方、支援費制度ですね。今お話がございましたように、全く同じ話を私も地元で聞いてございます。たまたま、私、来るときに買った本で障害者は弱いのかという、ちょっと最後のこの、ありますけれども、決して障害者は弱者ではないということも我々理解しなきゃいけない。すぐ弱者の視点で議論をしてしまいます。ですから、そこら辺も十分議論して中身をやらないと、単に介護保険制度をこのまま続けて統合するということだけでは問題解決にならないと思います。これは非常に難しい問題なので、もうちょっと議論が必要なのではないかなと、こう思っております。
この発言だけを見る →一つは、事業者が、私どもの地域は施設からもうあり過ぎるぐらいにあるんですね。民間ですから、お客さんは一番いいのが要支援とか要介護一なんです。手掛からないんですね。私も何回かいろんな施設見ていますけれども、一番助かるんです。こうすると、寂しいから実は行くんです。独り暮らしが多いんです。
たまたま、資料を今日はお持ちしませんでしたけれども、伊達市というのは、姉妹都市の亘理町という、宮城県の亘理町と姉妹都市なんですが、人口ほぼ同じなんです。何が違うかといったら、世帯数が私ども一万約六千世帯、亘理町は約一万一千世帯。つまり、独居とか老人世帯が圧倒的に多いんです。特に独居ですね。寂しいから行くんです。要介護認定を受けるんです。自立できるのにしないんです。これを今の仕組みで、介護保険制度がこのまま続けるとなると、もう公費を使ってどんどん垂れ流しするというような状況になってくる。
一方、支援費制度ですね。今お話がございましたように、全く同じ話を私も地元で聞いてございます。たまたま、私、来るときに買った本で障害者は弱いのかという、ちょっと最後のこの、ありますけれども、決して障害者は弱者ではないということも我々理解しなきゃいけない。すぐ弱者の視点で議論をしてしまいます。ですから、そこら辺も十分議論して中身をやらないと、単に介護保険制度をこのまま続けて統合するということだけでは問題解決にならないと思います。これは非常に難しい問題なので、もうちょっと議論が必要なのではないかなと、こう思っております。
武
武田牧子#26
○参考人(武田牧子君) 介護保険のことについて、十一ページの資料を今日お配りした中で、私は実は三位一体改革、四兆円補助金削減、これ精神障害者もろに受けております。今年度は精神障害者の社会復帰施設採択率五割を切っておりますし、人勧と同じに補助金もうちでも百五十万ぐらいカットされております。ただでさえ少ない補助金ですが、すべて横並びで、精神の一人当たりの、例えば通所授産でも、ほかの障害者と比べて半分にしかなりません。それでもカットされてしまうんです。このままでは本当に必要な支援がやっていけないという危機感を感じて、一体精神障害者を地域で支えるための仕組みは何であればいいかいろいろ考えました。
まさか障害者だけの保険などできるはずもないし、今更支援費に入れてもらえないだろう、支援費は財政パンクしている。介護保険しか残っていなかったんです。
でも、介護保険、決して今おっしゃったように満足なものではありません。そこで研究を始めることになりまして、そこに車の絵をかいているんですが、まず共通事項を探し出して、その共通事項はやっていこうと。でも、今の介護保険だって欠陥だらけだと。じゃ、欠陥だらけのところに障害者が入っていって逆に介護保険の仕組みがもっと良くなる、先ほど言われましたように介護保険を使って余計自立度が下がっていくということを私も聞いております。しかし、私のおば、八十八歳ですが、介護保険ができて元気になりました。要は、ケアマネジャーの質あるいは家族の在り方、そういった様々な要因が、元々仕組みは良かったかもしれないけれども、使う側の問題、あるいは第三者評価とか、そういうものがどうなっているのかといういろんな問題が絡んでいるんじゃないかなということに、この一年、介護保険のことを勉強してちょっとだけ、全くよく把握しないで発言していますが、そこは御了解いただきたいんですが。
それともう一つ、ケアマネジメントは元々精神障害から始まったものです、イギリスとアメリカから。ですから、ケアマネジメントのことが精神に導入されると、本当に地域、三十三万人の七万二千人なんて言わないで、本当に収容の必要なごくごく一部の重篤な方を除いては全員出れるんじゃないかなと思っております。
そのときに何が違うのかというところなんですが、今の介護保険は介護、介助というところが基本になっております。そうではなくて、見守りであるとか寄り添いであるとか、そういったところをもっと大きくしたり、あるいはホームヘルプでも、現在のホームヘルプサービスというのは料理を作るですよね。精神障害の場合は、これが今のように週二回とかではなくて、最初は、最初の三か月は毎日かもしれないけれども、一緒に作るということをすれば、徐々に週三回になり週一回になり、最終的には本人が作れるようになるんです。少しそこら辺が、高齢者と同じホームヘルパーという、ホームヘルプという一つの単語なんですけれども、中身が違う。
最初は、えっ、週六日も七日も入れるのと思っちゃうかもしれないんですが、精神障害はロングタームケアですから、それを三年なり五年なりのスパンで見たときには、結果的に非常に少ない財源で本人がエンパワーメント、力を付けてきて、自分で自分のことができるようになる。何もできない人が、包丁も持ったことのない人が最初からできるわけないですから。それを病院の中やうちのような援護寮の中でやったって訓練じゃありません。その人が暮らす家で、ヘルパーさんが来て、一緒にそこにある道具でホームヘルプをしていくことが本人が力を付けていくことになりますし、そういったサービスがあればいいなということと、もう一つ、住宅、グループホーム制度も、ほかと全く違って精神は三百万しかありません、年間。その数すら、ほとんど増が見込めない状況です。
先ほど負担を市町村がなさっていると聞いてすごくうらやましかったんですが、今、うちはグループホームというのは制度名で使えないので共同住居としていますが、すべて負担はうちの法人です。うちの法人がもうぶっ倒れちゃいます。もっともっと住宅のところの仕組みを作っていかないと七万二千人というのが机上の空論になっちゃいます。十年待っていれば、この七万二千人、病院の中で死んじゃいます。早急にこの住宅施策を考えていただきたいということ。
それと、精神障害者は、先ほどもピアという言葉を言いましたが、当事者が当事者を支える力を持っています。非常に高い能力を持っています。ここら辺の仕組みも作っていけば、今大阪で取組が始まっているんですけれども、私たちは、是非大阪の取組を全国の制度にしていただければ、本当に同じ痛みを分かち合って、そして育ち合えるすばらしい仕組みができるんじゃないかなと思います。
長くなって申し訳ありません。
この発言だけを見る →まさか障害者だけの保険などできるはずもないし、今更支援費に入れてもらえないだろう、支援費は財政パンクしている。介護保険しか残っていなかったんです。
でも、介護保険、決して今おっしゃったように満足なものではありません。そこで研究を始めることになりまして、そこに車の絵をかいているんですが、まず共通事項を探し出して、その共通事項はやっていこうと。でも、今の介護保険だって欠陥だらけだと。じゃ、欠陥だらけのところに障害者が入っていって逆に介護保険の仕組みがもっと良くなる、先ほど言われましたように介護保険を使って余計自立度が下がっていくということを私も聞いております。しかし、私のおば、八十八歳ですが、介護保険ができて元気になりました。要は、ケアマネジャーの質あるいは家族の在り方、そういった様々な要因が、元々仕組みは良かったかもしれないけれども、使う側の問題、あるいは第三者評価とか、そういうものがどうなっているのかといういろんな問題が絡んでいるんじゃないかなということに、この一年、介護保険のことを勉強してちょっとだけ、全くよく把握しないで発言していますが、そこは御了解いただきたいんですが。
それともう一つ、ケアマネジメントは元々精神障害から始まったものです、イギリスとアメリカから。ですから、ケアマネジメントのことが精神に導入されると、本当に地域、三十三万人の七万二千人なんて言わないで、本当に収容の必要なごくごく一部の重篤な方を除いては全員出れるんじゃないかなと思っております。
そのときに何が違うのかというところなんですが、今の介護保険は介護、介助というところが基本になっております。そうではなくて、見守りであるとか寄り添いであるとか、そういったところをもっと大きくしたり、あるいはホームヘルプでも、現在のホームヘルプサービスというのは料理を作るですよね。精神障害の場合は、これが今のように週二回とかではなくて、最初は、最初の三か月は毎日かもしれないけれども、一緒に作るということをすれば、徐々に週三回になり週一回になり、最終的には本人が作れるようになるんです。少しそこら辺が、高齢者と同じホームヘルパーという、ホームヘルプという一つの単語なんですけれども、中身が違う。
最初は、えっ、週六日も七日も入れるのと思っちゃうかもしれないんですが、精神障害はロングタームケアですから、それを三年なり五年なりのスパンで見たときには、結果的に非常に少ない財源で本人がエンパワーメント、力を付けてきて、自分で自分のことができるようになる。何もできない人が、包丁も持ったことのない人が最初からできるわけないですから。それを病院の中やうちのような援護寮の中でやったって訓練じゃありません。その人が暮らす家で、ヘルパーさんが来て、一緒にそこにある道具でホームヘルプをしていくことが本人が力を付けていくことになりますし、そういったサービスがあればいいなということと、もう一つ、住宅、グループホーム制度も、ほかと全く違って精神は三百万しかありません、年間。その数すら、ほとんど増が見込めない状況です。
先ほど負担を市町村がなさっていると聞いてすごくうらやましかったんですが、今、うちはグループホームというのは制度名で使えないので共同住居としていますが、すべて負担はうちの法人です。うちの法人がもうぶっ倒れちゃいます。もっともっと住宅のところの仕組みを作っていかないと七万二千人というのが机上の空論になっちゃいます。十年待っていれば、この七万二千人、病院の中で死んじゃいます。早急にこの住宅施策を考えていただきたいということ。
それと、精神障害者は、先ほどもピアという言葉を言いましたが、当事者が当事者を支える力を持っています。非常に高い能力を持っています。ここら辺の仕組みも作っていけば、今大阪で取組が始まっているんですけれども、私たちは、是非大阪の取組を全国の制度にしていただければ、本当に同じ痛みを分かち合って、そして育ち合えるすばらしい仕組みができるんじゃないかなと思います。
長くなって申し訳ありません。
高
高橋紀世子#27
○高橋紀世子君 やはり障害者の方たちが職に就けるということが大変なことだと思うんですけれども、障害者を受け入れてくださる職場が十分あるかどうかということと、それから、やっぱり職に就くためにいろんな技術を障害者も学ばなきゃいけないと思うんですけれども、そういうことを学べる学校が十分にあるかどうか。どなたにでも伺いたいと思います。
この発言だけを見る →武
武田牧子#28
○参考人(武田牧子君) 技術を学ぶ学校というと、ちょっと私反応してしまって申し上げたいんですけれども、学校の中で幾ら勉強してもそれは技術ではありません。職場の中で、現場の中でしていくことがその人の力、例えば生活の力を付けていくのも住宅の中、もし就労するとすれば職場の中で、そこの支える制度が、おかげで現在そこら辺の制度は随分充足したように思いますが、就業・生活支援センター、これが実は今年度はお金がないということで箇所増が認められませんでした。来年度予算では三十三か所増になっております。でも、これが一県一か所でどうなるんでしょうか。せめて十五万人に一か所、望むべくは中学校あるいは高校区に一か所ぐらいないと、この就労支援ということがしていけないんです。
力は持っている、知的も精神も力は持っている人が多いんです。身体障害の就労支援については随分進んできています。でも、知的と精神については、本当にこういったバックアップ体制があること、現場で訓練ができるという体制がないことには事業主も受け入れません。ジョブコーチ制度もまだなかなか、制度はありますので本当に有り難いと思います。でも、いかんせん数が少ない。うちも二人ジョブコーチがおりますが、毎日のように使いたくても予算がなくて使えないんです。スタッフは二人いますが、二人がフルに動けないんです。
来年度、職能、高等職業訓練校を通じて精神障害者も、三障害とも訓練できるようになりました。でも、あれをもっともっと、民間、私たち社会福祉法人であるとかNPOが使えるような仕組みにしてくださいましたので、何とか活用したいと思っています。もっともっとフレキシブルに、必要なときに使えるものがあっていればいいなということ。
それと、事業主の理解というところは、私自身が、雇用率に算定すること云々が、在職精神障害者の問題もありますので、これがいいのかどうかという判断は付かないんですけれども、一つの意識の改革としては、雇用率に精神障害者だけはカウントされていないんですが、これがカウントされれば雇用主の意識は変わっていくのかなと。あるいは、それ以前に、もっと小学校、中学校のところから知的、精神のところの学習があればこういった問題も、これは長期的な展望ですから難しいと思いますが、でもやっぱりここからも始めなきゃいけないんじゃないかなと思います。
以上です。
この発言だけを見る →力は持っている、知的も精神も力は持っている人が多いんです。身体障害の就労支援については随分進んできています。でも、知的と精神については、本当にこういったバックアップ体制があること、現場で訓練ができるという体制がないことには事業主も受け入れません。ジョブコーチ制度もまだなかなか、制度はありますので本当に有り難いと思います。でも、いかんせん数が少ない。うちも二人ジョブコーチがおりますが、毎日のように使いたくても予算がなくて使えないんです。スタッフは二人いますが、二人がフルに動けないんです。
来年度、職能、高等職業訓練校を通じて精神障害者も、三障害とも訓練できるようになりました。でも、あれをもっともっと、民間、私たち社会福祉法人であるとかNPOが使えるような仕組みにしてくださいましたので、何とか活用したいと思っています。もっともっとフレキシブルに、必要なときに使えるものがあっていればいいなということ。
それと、事業主の理解というところは、私自身が、雇用率に算定すること云々が、在職精神障害者の問題もありますので、これがいいのかどうかという判断は付かないんですけれども、一つの意識の改革としては、雇用率に精神障害者だけはカウントされていないんですが、これがカウントされれば雇用主の意識は変わっていくのかなと。あるいは、それ以前に、もっと小学校、中学校のところから知的、精神のところの学習があればこういった問題も、これは長期的な展望ですから難しいと思いますが、でもやっぱりここからも始めなきゃいけないんじゃないかなと思います。
以上です。
高