酒井啓子の発言 (憲法調査会)
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○参考人(酒井啓子君) アジア経済研究所の酒井でございます。
私はイラクの政治情勢を中心に見ておりますので、本日の御報告は、イラクに対する日本の貢献を一つの日本の国際貢献の例として取り上げて御報告を申し上げたいかと存じます。
現在、イラクは、イラク戦争が終わりまして一年近くたつ中で、まだまだ完全にその復興が進んでいないというような状況の中で、現在、自衛隊がイラクに派遣されるというような例でも見られますように、まだ軍を中心とした国際貢献、国際協力の方向でしかイラク復興がなし得ないというような認識が日本を始めとして多くの国々で主流であろうかと思います。
私は、まずこうした見方に対して疑義を投げ掛けたいというふうに存じます。すなわち、今の現在のイラクの情勢を解決していく、イラクの抱えている様々な問題を解決していくために、いわゆる軍事力を中心とした復興の路線が望ましいというのではなくて、逆にそうした軍を中心とした占領体制こそが現在の復興を阻害しているというような側面があるのではないか。むしろ、そうした点に目を向けて、より軍ではない部分、文民の部分での国際貢献に力を入れるべきではないかというふうに考えている次第でございます。
レジュメに沿いまして御説明申し上げたいと思います。
今申し上げましたように、イラクにおいて現在いわゆる戦勝国、英米を中心といたしました連合国、連合軍を中心としたイラクに対する占領体制がしかれておりまして、それがいわゆるCPA、連合国暫定当局と言われる組織によって主導されて進められているわけですが、こうしたCPAが中心となった占領体制の必要性という背景には、ここに太字で書いてございますけれども、まずは治安が悪いと。そして、経済復興も十分進んでいない。経済復興といいますか復旧でございますね、戦後の復旧作業も十分に進んでいない。そして、ほうっておけばイラクは国内が分裂してしまうというような認識があって、言わば自然発生的に、ほっておけば自然発生的にイラク国内が宗派あるいは民族によってばらばらになってしまうので、外国が支えていかなければ、しかも軍を中心とした力によって支えていかなければ、分裂ひいては内戦が発生するというような認識がある。それが現在の占領体制の根幹を支えるものであろうと思われます。
しかし、それに、実際のところ、そうした治安にしても、経済復興の遅れあるいはイラク国内の分裂というような様々な要因が実際に、一体どうした、どういった要素から生まれてきているかということを細かく見てみますと、実はここにバッテンを付けておりますけれども、必ずしも自然発生的にこうした問題が起こっているわけではない。あるいは、必ずしも外国が支えなければこうした問題は解決できないということではない。逆に、今の占領体制が抱える問題点、欠陥によって、こうした治安にしても、経済復興の遅れにしても、分裂の危機といったようなものにしても生まれてきているという部分がございます。
例えば、治安に関しても、これはよく言われますけれども、現在の占領体制、CPAが、戦争が終わって早々にイラクの旧体制の軍及び治安警察といったものをかなり無配慮な形で解体してしまった。それが一種バックファイアするような形で現在の治安の悪化を引き起こしている。言い換えれば、占領統治においてもう少し慎重な、軍あるいは旧体制のエリートに対する対処が行われていれば、こうした治安の悪化は防げたはずであるというような側面があろうかと思います。
あるいは、そういった治安の回復のために、現在、イラク軍あるいはイラク警察といったものを新しく作り上げるというような方法を取っているわけですけれども、これに対しても必ずしも今の占領軍、英米軍がイラク軍やイラク警察を全幅の信頼を置いているかというと、そこも十分ではない。そういう意味では、全面的にイラク人にお任せするというようなやり方が中途半端な形で進んでいると、そうしたことがやはり治安の回復を遅らせている原因にもなっているわけです。
さらに、戦後復興、これはイラク戦争後、ベーシックな生活インフラを改善する必要がCPAを中心とした連合国には国連決議で責務として認定されているわけですけれども、こうした英米軍、英米を中心に認められた、認められたといいますか与えられた責務としての戦後復興、これがどこまで進んでいるかということも大変おぼつかない部分がある。現在、電力あるいは水の供給あるいは失業問題といった様々な問題がまだ未解決の状態で、これもまた先ほどの話ではございませんけれども、治安の悪化に拍車を掛けるような一端にもなっているということがございます。
さらに、これは今後の問題になるかと思いますけれども、現在、実はそうした経済状況の悪化にもかかわらず石油の産出能力だけは着実に伸びているという状況がございます。現在、大ざっぱなところでは二百万バーレル、日量二百万バーレルをちょっと切るぐらいの石油産出能力までは獲得しているという状況がございます。
という今申し上げましたこの二百万バーレル、日量二百万バーレルという数字は、実は八〇年代の半ばごろに得ていたぐらいの産出量だというふうにお考えいただければよい。すなわち、既に湾岸戦争直後の経済制裁を受けていた非常に厳しい経済情勢から比べればかなり良い状況、かなり多くの石油産出を獲得しているという数字でございます。ちなみに、イラクの石油産出量のフル回転した場合の産出量は大体三百五十万バーレルぐらい、あるいは四百万近くと言われておりますので、少なくとも最大能力の半分以上には回復しているという事実がございます。
なぜこの点について強調するかと申し上げますと、このように八〇年代半ば程度までには石油産出能力が上がっているにもかかわらず現在経済復興がなかなか進んでいないというのは何事かというようなイラク国民の意識、認識を生むような環境に今あるということは重要かと存じます。すなわち、問題は石油産出能力がないというような自己能力の問題ではなくて、産出能力はあるにもかかわらず、それが順当な形で国民の生活水準の向上に使われていない、使う側の問題、つまりガバナンスの問題、統治の問題でありまして、すなわちアメリカ、イギリスを中心としたCPAがちゃんとした石油収入の分配を行っていないのではないかというような、事実関係は別にいたしましても、そういった疑義を生むような環境に今あるというようなことが問題かと思います。
三つ目の、イラク国内の分裂状況ということでございますが、先日来、シーア派の聖地に自爆テロが、爆発事件が発生したり、あるいはクルド勢力に対して自爆テロが仕掛けられたりというような事件が発生しておりますので、一種、すわ内戦、すわ宗派間、民族間の対立状況に至るかというようなことが危惧されておりますけれども、実は、こうした民族、宗派間の対立というようなものも、これはある意味ではイラク戦争以前にはイラク国内で余り見られなかった環境である。逆に、現在、CPAを補佐する形で設立されております統治評議会、イラク人による統治評議会というものがございますけれども、この統治評議会がイラク人になじまない形で、宗派や民族の配分ばかりを強調した形の構成に仕立てられていると。こうした、ある意味ではアメリカの対イラク認識のある一種の先入観、宗派的、民族的に分裂しているはずだというような先入観に基づいた政治形態の作り上げ方というものが、逆にイラク国内社会にそうした内部分裂の芽を生むというようなことになっているかと思います。
長々と申し上げてまいりましたけれども、以上をまとめれば、一連のイラク国内が抱えております問題、解決すべき問題というのは、これは外国が特にその軍を中心にしてこぞって支えていかなければいけない問題ではなくて、繰り返しになりますけれども、そうした軍を中心とした占領体制、現在の占領体制を見直して、別の形のイラク社会の再編というようなやり方に切り替えていかない限り、こうした問題はむしろ深刻化するというようなことになろうかと思います。
ここで申し上げたいのは、この国際貢献ということを考えたときに、とりわけ日本がこれまでイラクに対して何を貢献してきたかということを振り返って考えれば、あるいはイラク人の意識の中に日本がイラクに対してこれまでどういう貢献をしてきたかということを認識しているかといえば、これは七〇年代、八〇年代にむしろ民間企業が中心になってイラクの国家建設を支えてきたというような事実、これが恐らくそのイラク人の対日期待の根幹を占める部分ではなかろうかというふうに思います。すなわち、同じ国際貢献といっても、いわゆる援助に依存して、援助がなければやっていけないというような体制がイラクにあるわけではなく、むしろイラク人にとっては、イラクの石油を正当な形で売り、その収入によって正当な形で先進国、日本などのような先進国から良いものを輸入する、そしてそれを国内の高度成長に役立てていくというような一種の民間を中心とした対等な関係によって築かれてきた関係、これを現在のイラクは一番望んでいるといいますか、それを日本に期待しているという点が大変大きいのかというふうに存じます。ある意味では、日本に一番望まれている対イラク貢献は、そうした過去の民間を中心とした対等な関係をいかに回復するかというようなことこそが一番の貢献策というふうにみなされているのではなかろうかというふうに思います。
このような形で見てまいりますと、それでは次に、政治的な枠組みを見直して戦後体制を再編するべきというふうに申し上げましたけれども、具体的にそうしたことを進めていくために何が今必要とされているかという点に移りたいと思います。
その点は、下に、政治過程を正常化するための二つの方向性ということで二点挙げさせていただいておりますけれども、第一は経済復興、特に経済復興分野においていかにイラク人を登用していくかという点でございます。
これは、先ほどちょっと申し上げましたけれども、例えば現在CPAを補佐する役割をしている統治評議会、こうした統治評議会が亡命イラク人を中心にして成り立っている、あるいは現在成り立っている閣僚、イラクの閣僚なども亡命イラク人が主導権を取っているというような状況でございますから、これをいかに国内のイラクの行政機関、行政母体に戻してやるかということが近々の重要性を持ってくるというようなことになろうかと思います。
さらには、こうした経済的な側面だけではなく、政治過程においていかにイラク人が政治参入していけるかということが重要になってまいります。
昨日発表されました、NHKやBBCなどの欧米諸国が合同で行いましたイラクに対する世論調査の結果を見る限りでは、現在イラク人が求めている政治体制、一番望ましい政治体制は何かという問いに対して、半数の人々が民主主義国家であるというふうに答えている。あるいは、民主主義に対して支持すると答えた人々は何と八六%に上るわけです。
このように、現在のイラクでは民主主義の導入に対して大変強い期待が存在する。そして、じゃその民主主義の中身とは何かというふうに見た場合に、その民主主義の中身は自由と選挙である、選挙というのは言い換えれば政治参加であるという回答が返ってきております。
このように、今イラク国内で最も望まれていることは、いかに個人の政治活動、政治的な意思表現の自由が認められるか、そしてそれに基づいた政治参加がいかに実現できるかというようなことになっているわけです。しかしながら、現在のアメリカの占領政策を見ている限りでは必ずしも、こうした形での民主主義の実現という方向にその状況が進められているかというと、そうではないというふうに言わざるを得ない。
例えば、先日来問題になっておりましたけれども、イラク国内、特に、ここに挙げておりますけれども、イスラム勢力、イラク国内で一番住民の支持、信頼を得ていると言われているイスラム勢力の主張は、イラクに早急に直接選挙を導入するべきであるというような議論がございました。これに対して、国連などを含めて、現在のところは直接選挙をするには時期尚早であるというような判断が下されたわけですけれども、しかしながら、いまだにイラク国内での選挙、直接選挙に対する要求は非常に高いポジションにあるということであります。
こうした、ある意味ではイラク国内の政治過程の正常化に対する要求に対して現在のアメリカの政策が必ずしも合致したやり方になっていないという状況の中で、日本がどのような形でそのイラクの要求あるいは期待にこたえていけるかということになるかと思いますが、先ほどの、引用いたしましたイラク国内での世論調査の結果としてもう一つ大変興味深い点がございます。
といいますのは、現在イラクが外国の協力を得て復興を進めていく上でその外国、期待すべき外国としてどこに期待ができるかという設問がございますけれども、この期待すべき外国あるいは戦後復興にリーダーシップを発揮すべきなのはどこの国かという問いに対して、アメリカが一番多いということがございます。これは、いろいろアンビバレントな感情はございますけれども、今アメリカの占領下にある以上アメリカの主導を得ざるを得ない、あるいはもうちょっと悪い言い方をすれば、戦争でここまで破壊された以上責任取って直すものは直していってくれというような部分もあろうかと思いますが、いずれにしても、アメリカに対する期待があるわけです。
それと同時に、同じぐらいの比率で実は日本に大変期待するという回答が高い。どちらも同じぐらいの数字で、アメリカあるいは日本に復興のリーダーシップを取っていってほしいという数字が上がっております。
これはどのように解釈すべきかというのは大変難しい問題ですが、アメリカが期待すべき国として挙げられている一方で、逆にリーダーシップを取るべきではないという国の問いに対しても大変多く挙げられているということ、あるいはアメリカがイラク国内で必ずしも信頼を得られていないということを考えると、ある意味で、この日本への期待の高さというのは、アメリカに依存せざるを得ないんだけれども、なかなかアメリカには全幅の信頼を置けないと、特に力で占領されているというような環境を考えれば、必ずしもアメリカに全面的に依存するというのは気持ちの良いものではないという認識がどうもイラクの国内にはある。
これは恐らく、イラクだけではなく中東全体に言える問題であろうかと思います。例えばイスラエルとの関係、あるいは様々なこれまでのアメリカの対中東政策の欠点ということを考えれば、アメリカに依存せざるを得ないような経済状況にあるけれども、政治的にはアメリカには全面的に依存し切れないというような状況の中で、ある意味でアメリカの代替としての日本というような、そういう認識が高まっているのではないかというふうに思います。これはある意味で、米ソ冷戦構造が崩壊して以降こうした志向は強くなっているのではないか。ある意味で、中東のような国々においては、米ソ二国対立があった時代には、アメリカに依存できないとなればソ連に依存する、あるいはスーパーパワー間の、二国間の対立状況を利用しながら中東が生き延びていこうとするという、そういう環境があった。
恐らく、今は冷戦後の環境の中で、アメリカにチャレンジできる国がいないという中で、どうも日本に、そうしたチャレンジとまでは言わないにしても、アメリカとはちょっと違う形の国際貢献が日本であればしてくれるのではないかというような期待がこうした日本に対する期待の高さになって表れているのではなかろうかと思います。
その意味では、今、日本に突き付けられている課題といいますのは、こうした期待、ある意味では若干その日本の置かれている現状とは違った形で期待されているという側面もあろうかと思いますけれども、アメリカの代替あるいはアメリカと違う形での日本の役割というものに対する期待に対してこたえていく方向で国際貢献を行うのか、それとも、そうした期待ではないよというようなことを、期待を否定した上で別の形の国際貢献をオファーしていくのか、そういう意味では二つの大きな選択肢の前に立たされているという状況ではなかろうかというふうに考えております。
以上で私の報告は終わらせていただきたいと思います。
御清聴ありがとうございました。