憲法調査会
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会
会議録情報#0
平成十六年三月十七日(水曜日)
午後一時一分開会
─────────────
委員の異動
三月十七日
辞任 補欠選任
舛添 要一君 田村 公平君
─────────────
出席者は左のとおり。
会 長 上杉 光弘君
幹 事
武見 敬三君
保坂 三蔵君
吉田 博美君
若林 正俊君
鈴木 寛君
若林 秀樹君
魚住裕一郎君
小泉 親司君
委 員
阿南 一成君
岩井 國臣君
亀井 郁夫君
桜井 新君
椎名 一保君
田村 公平君
常田 享詳君
福島啓史郎君
藤野 公孝君
松田 岩夫君
松村 龍二君
松山 政司君
森田 次夫君
山崎 力君
江田 五月君
大渕 絹子君
川橋 幸子君
小林 元君
角田 義一君
平野 貞夫君
堀 利和君
松井 孝治君
白浜 一良君
山口那津男君
山本 保君
井上 哲士君
吉岡 吉典君
吉川 春子君
田 英夫君
岩本 荘太君
事務局側
憲法調査会事務
局長 桐山 正敏君
参考人
東京大学東洋文
化研究所教授 猪口 孝君
独立行政法人日
本貿易振興機構
アジア経済研究
所地域研究セン
ター参事 酒井 啓子君
成蹊大学名誉教
授
NPO法人平和
構築・民主化支
援委員会理事長 廣野 良吉君
─────────────
本日の会議に付した案件
○日本国憲法に関する調査
(平和主義と安全保障
—憲法と国際平和活動、国際協力)
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この発言だけを見る →午後一時一分開会
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委員の異動
三月十七日
辞任 補欠選任
舛添 要一君 田村 公平君
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出席者は左のとおり。
会 長 上杉 光弘君
幹 事
武見 敬三君
保坂 三蔵君
吉田 博美君
若林 正俊君
鈴木 寛君
若林 秀樹君
魚住裕一郎君
小泉 親司君
委 員
阿南 一成君
岩井 國臣君
亀井 郁夫君
桜井 新君
椎名 一保君
田村 公平君
常田 享詳君
福島啓史郎君
藤野 公孝君
松田 岩夫君
松村 龍二君
松山 政司君
森田 次夫君
山崎 力君
江田 五月君
大渕 絹子君
川橋 幸子君
小林 元君
角田 義一君
平野 貞夫君
堀 利和君
松井 孝治君
白浜 一良君
山口那津男君
山本 保君
井上 哲士君
吉岡 吉典君
吉川 春子君
田 英夫君
岩本 荘太君
事務局側
憲法調査会事務
局長 桐山 正敏君
参考人
東京大学東洋文
化研究所教授 猪口 孝君
独立行政法人日
本貿易振興機構
アジア経済研究
所地域研究セン
ター参事 酒井 啓子君
成蹊大学名誉教
授
NPO法人平和
構築・民主化支
援委員会理事長 廣野 良吉君
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本日の会議に付した案件
○日本国憲法に関する調査
(平和主義と安全保障
—憲法と国際平和活動、国際協力)
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上
上杉光弘#1
○会長(上杉光弘君) ただいまから憲法調査会を開会いたします。
日本国憲法に関する調査を議題といたします。
本日は、「平和主義と安全保障」のうち、「憲法と国際平和活動、国際協力」について、東京大学東洋文化研究所教授の猪口孝参考人、独立行政法人日本貿易振興機構アジア経済研究所地域研究センター参事の酒井啓子参考人及び成蹊大学名誉教授、NPO法人平和構築・民主化支援委員会理事長の廣野良吉参考人から御意見をお伺いした後、質疑を行います。
この際、参考人の方々に一言ごあいさつを申し上げます。
本日は、御多忙のところ本調査会に御出席をいただきまして、誠にありがとうございます。調査会を代表いたしまして厚く御礼を申し上げます。
忌憚のない御意見を承り、今後の調査に生かしてまいりたいと存じますので、よろしくお願いいたします。
議事の進め方でございますが、猪口参考人、酒井参考人、廣野参考人の順にお一人二十分程度御意見をお述べいただきまして、その後、各委員からの質疑にお答えいただきたいと存じます。
なお、参考人、委員ともに御発言は着席のままで結構でございます。
それでは、まず猪口参考人にお願いいたします。猪口参考人。
この発言だけを見る →日本国憲法に関する調査を議題といたします。
本日は、「平和主義と安全保障」のうち、「憲法と国際平和活動、国際協力」について、東京大学東洋文化研究所教授の猪口孝参考人、独立行政法人日本貿易振興機構アジア経済研究所地域研究センター参事の酒井啓子参考人及び成蹊大学名誉教授、NPO法人平和構築・民主化支援委員会理事長の廣野良吉参考人から御意見をお伺いした後、質疑を行います。
この際、参考人の方々に一言ごあいさつを申し上げます。
本日は、御多忙のところ本調査会に御出席をいただきまして、誠にありがとうございます。調査会を代表いたしまして厚く御礼を申し上げます。
忌憚のない御意見を承り、今後の調査に生かしてまいりたいと存じますので、よろしくお願いいたします。
議事の進め方でございますが、猪口参考人、酒井参考人、廣野参考人の順にお一人二十分程度御意見をお述べいただきまして、その後、各委員からの質疑にお答えいただきたいと存じます。
なお、参考人、委員ともに御発言は着席のままで結構でございます。
それでは、まず猪口参考人にお願いいたします。猪口参考人。
猪
猪口孝#2
○参考人(猪口孝君) ありがとうございました。
私は、日本の憲法、国際平和活動、国際協力と何かいうことなんですが、私の考えていることは先の話でありまして、それから法律とか慣行とか過去とは余り関係ないことをお話しするかと思いますが、御勘弁願いたいと思います。
私は、日本外交は非常に大きく変わっていると。今回だけじゃなくて、ほとんど各十五年ごとに結構大きく変わってきたんですけれども、日本のいろいろなところでは吉田ドクトリン万歳とか、いろんなのんきな話が多いんですが、ちゃんと変わってきていると、物すごい勢いで変わってきている。それはしっかりと認識した方がいいというので、それを五分ばかりしゃべって、その次に、どういうふうに、どうしてそういうことが起こっているかというのを、この地球的な規模での、なんかの変化を、これも五分ぐらいしゃべって、そして、これからどういうふうな、何というか変化を期待したらいいかということについて、モデルというか、どれから学んだらいいかというようなことを、ちょっとまた五分ぐらいしゃべって、最後、どんなふうにこの大きな問題について考えているかをお話しできたらと思います。
日本の外交路線は、とにかく十五年ごとに変わっているというのが、もう本当みたいなんですが、もう本当なんです。吉田茂首相がいたときに、吉田ドクトリンなんといって、要するに安保はアメリカ任せ、あとは経済一生懸命やりましょうというのですが、大体一九六〇年ぐらいまでは、別に定着したんじゃなくて、親米勢力と反米勢力は対立したまま好きなことをやって、ついにそこまで来たと。六〇年から安保改定とかいろんなことがあって、所得倍増計画というので、何となくトーンが急に変わっていくというのが、六〇年から石油危機、七五年ぐらいまでなんですけれども、これは、今度これで、後からはただ乗りと言われてしまうんですが、そのときはまあすばらしい時代だったわけですが、それは唯一に吉田ドクトリンの時代だったと言うことができると思うんですが、中東戦争でも石油危機でも、いろんなことでも、ただ乗りはいけないということになって、アメリカが率いる国際経済体制を支持すると、支えると。縁の下の力持ちみたいな一人ということで、大体、冷戦の終えん、一九七五年から九〇年までいくということになって、これはまた全然話が違うんですね。それは、安保があるからなんというんで、全部安保あるんだけれども、中身は大きく変わっているということを認識したらいいんかなといつも思っているんです。
冷戦が終わりますと、今度は核兵器で対峙するような大きな戦争が起こりにくくなったというので、むしろ軍事主義ではない、平和を志向する日本とかドイツにとっては正に絶好の時代が来たというのがこの地球文民国家といいますか、シビリアンパワーみたいな時代だということであったんですが、それはもう二、三年もしないうちにがたがたがたがたしていくわけですが、いずれにしろ、現在はこの三番目と四番目の、大体この両方のプリンシプルで日本自身の外交もある程度の展開をしているわけです。
それで、今度九・一一のようなことがまた起こって、いろいろそこらじゅうに面倒くさいことがまた別の種類にも起こると、まあ普通の国というか、地球的な規模でもうちょっと何かできるようにしたらいいんかなというのが出てきているわけでありまして、これは与野党もある程度言っているんだけれども、どのぐらいの普通にするのかというのは、全世界に百九十も、それ以上もあるんですから、どれを見て、どんなぐらいの普通国家にしようかということについて、これからというか、今、これからやっていることでありまして、それが本格化するのは、来年とか再来年ぐらいに本格化するんだと思いますが、それで十五年ぐらい掛けてやるんじゃないかなと理解しております。
キッシンジャーは、全然関係ないんですが、日本人はやたらとコンセンサスを何か気にするから十五年掛かると。ばかなちっちゃなことでも十五年掛けておると。ペリーが来たとき、すぐやればよかったものを十五年掛けている。まあ、何かそれはちょっと偏見もあるような気もするんだけれども、とにかくいろいろ考えて十五年掛けて、六八年は十五年掛かっている。すぐじゃないんですよね、十五年。もう義務教育なんか一遍に終わるぐらい長くやっていますし、それから、日本は戦争に負けても反米、親米と延々とやって、十五年掛けてわあわあやっていて、今でもやっている面もあるけれども、またちょっと変わっていて、十五年ぐらいやってようやく、やっぱり自分が専念すべきものは金もうけであるというふうに専念して、分かりが遅いとわめいておるんです、彼は。
本当かどうかは知らぬ、アメリカの方がもっと分かりが悪いとも思わぬでもないところもあるんですが。一番最近はバブルの崩壊、一九九一年から十五年たっても怪しい、うまくいかないんじゃないか、今回はというふうなことが書いてあるんですが、十五年というのは、確かに今見ましたように、親米、反米、対立、ただ乗り国家、支持者国家、地球文民国家、地球普通国家みたいな、確かに十五年というのは、結構やっていることは何というか似たようなものが多いんですけれども、ルーチンが多いですから、大きく原則というか、どういう原則に照らして何をやるかということが変わっていると。
それで、これからの話ですけれども、地球上の変化で一番大きなのは、やはり所得水準が着実に上がっているんです。それは、とにかく信じられないぐらいどんどんどんどん上がっているんです。それは金持ちの国は大して上がりませんけれども、そうじゃない国の所得水準の上昇というのは全体で見れば上がっている。もちろん、所得格差、その国の所得格差、それから国ごとの所得格差、これはもう激しくどんどん開いていくわけです。これはどうするかということについては、どういうふうに見るか、そしてそれがどういうふうな日本の外交を要求するようになるかということは考えなきゃならない。
第二は、主要国家間の戦争というのは減少しているんです。すぐに、普通の主要国家間というのは、日露戦争みたいな戦争とか、何でも、イラン・イラク戦争とか、ああいう国を挙げて延々と何か分からないことをやっているみたいなのは本当に少ないんです。一九七五年から九〇年を見ますと、あるのは何ですか。一九七九年、中国がベトナムに侵入、侵入というか介入というか、ちょっとやって、二か月ばかりやって、中国軍は二十五万人死んでいるわけですけれども、いずれにしろ、ある程度主要国家間の戦争、それからイギリスとアルゼンチンの戦争、それからイラン・イラク戦争ですけれども、あとどうやっても考えにくい。それじゃ、アメリカのイラク戦争はどう。あれは戦争という、主要国家間の戦争じゃなくて、あれは瞬時の軍事介入みたいなもので、それで占領しているわけですから、そんなに何というか、戦争というような感じではないことは、今までの感じではないんですね。非常に、ちょっと行ってちょっとやっつけるみたいな介入はかなり増えていますけれども、余り大きな戦争はない。それから核戦争は起こっていない。それから、これは不思議なんですけれども、内戦とか内紛とか大きな、カンボジアの三派がもう何百万人も殺しながらやっていくというような戦争は、意外と内戦も低下というか、余り大きくそこらじゅうに起こらない方に少しずつ進んでいる。
ただ、非常に激増しているのは、破綻国家、破産経済、それから無法国家とかいろんな、言葉は好きなようにお使いくださればいいんですが、どうしようもないというか、何があるのか分からないという国というか社会というか、そういったものは結構増えておりましてね。国単位で何とかというよりも、この国でもあの国でもそういうポケットみたいのがあってどうしようもない無法状態みたいなのが増えているわけですね。それは、市場の自由化とかというのをグローバルに展開していますからそういう面も出てくるところは多いんですけれども、これが現在の二番目の重要な点です。
戦争は激減というか漸減しております。核戦争は起きていません。まあ小型核兵器については使っているというあれも、定義もあって、どうするかという問題ですけれども、でも、ばかんという何十万死んでどうするかというのはまだ起こっていないし、多分起こりにくいんじゃないかと思うんですが。それから内戦も意外と減っている。しかし、何だか分かんないけれども、どうしようもなくなっている。何といいますかね、動きが取れないどころか、動きをどうやっていいかも、何かもう神経機能がなくなったみたいな社会が結構増えている。その後はどうしていいか分からないと。
三番目は、しばらくは軍事研究開発、お金を投資するわけですが、この世界全体のトータル、世界全体の費用の八五%はアメリカでありまして、これを継続的にもう五年、十年やっていますから、恐らくこれから二十五年から三十五年ぐらいはアメリカが圧倒的な第一の軍事大国であって、第二は、ずっともうグラウンドを十周ぐらい後れてくる人が第二であって、このことは恐らくこれから二十五年余り変わらない。
こういった現実を照らして、これからどういうふうに考えたらいいのかということに移りたいと思います。
もちろん、アメリカはやっぱり軍事的にナンバーワンであっても、いろんな形で、余り唯我独尊であったり人のことを考えなかったりすれば必ずや落ち目は早まるわけですけれども、いずれにしろ、軍事的にはもう圧倒的、どうしようもない、もう何ともしようがない格差が付いている。ヨーロッパはぼうっとしておりますし、日本はちょっと頑張っているみたいだけれども、本当に何だか、プライオリティーが付けにくいし、いろんな点で、それがいいかどうかはまた話が違うんですが。
まあとにかくこの三つの件。所得水準は上がっている、だけれどもその国の中でも国の間でも所得格差は物すごい勢いで増大している。しかし、何というか、戦争はとにかく減りつつある、普通の戦争という感じはまずない。よほど間違ったことを考えている指導者がいる国じゃなきゃ、まずやらない。しかし、どうしようもなく神経もずたずた、借金だらけ、何もない、そういう国が増えている、場所が増えている。それから三番目には、そのアメリカの、何といいますか、ユニポラー、一極制といいますか、それはしばらくは続くことは確実であります。
このような中、地球普通国家群の一角を、一群に参入しようと日本は多分しているんだと思うんですが、それは第一与党である自民党でも第二与党の公明党でも第一野党の民主党でも余り変わらないと思うんですが、どういうふうに、じゃ普通の国家にするかというのは非常に大きく違いがあるわけで、そのときに学ぶべきは、やはり基本的なものでは、自由民主主義、人権、市場経済と、こういったものを基盤とした普通の国家になるということは確実だと思うんですね。それから二番目には、何としても軍事的なもので事を決するという風潮をできるだけ抑えようとすると、こういうふうに、平和主義というか非軍事主義といった、そういった基調をほかの国にも広げるといった感じのものがある方が多分いいんじゃないかと私は思っている。
それで、そのときに、どういうのをモデルに考えたらいいかというのが、まあヨーロッパの普通の大国としてはイギリス、ドイツ、フランスを考えてみたらいいと思うんですね。イギリスは、御存じのようにアメリカとの特殊な関係を豪語しておりまして、イラク戦争ではちょっと、何といいますか、間違いとかいろいろもう失敗が目立つんでありますが、日本もやっぱり特殊な関係というのを非常に大事なものとしておりまして、マイク・マンスフィールド駐日大使はもう十何年、十年以上も前ですけれども、世界じゅうで一番重要な二国間関係と、こう定義して、日本政府は非常に有り難く感じて、今でもそう思っている節がありますが、まあそれはそれとして、それがあります。
それで、ドイツは、一番あれはやっぱりヨーロッパ、西ヨーロッパの中で、そして中央ヨーロッパ、東ヨーロッパも含めて、地域的に非常に根差しているといいますか、根を張っているわけですね。それは、まずいろんな制度、地域的な制度といいますか、中に非常に優等生、ちゃんと言う、決めたことは守る、まあ赤字でちょっと守らないところもありますけれども守る。それから、余りわがままを言わない、経済的には、西、中央、東ともにドイツの経済的な力というのは物すごく根強く強い、こういったような地域に根差した形が最も強い特徴であると思います、日本から見るとき。
それから、三番目はフランスですけれども、これはやっぱり何といいますか、「「NO」と言える日本」でしたっけ、だれかが書いた本、それじゃなくて、それをもじって言えば、フランスというのはイエスと言えるフランスになったらいいなと思う人がアメリカにはたくさんいるというぐらいなところでは自立性が強い、自己主張が強いというのが特徴だと思うんですね。どちらもみんなアメリカの同盟国ですけれども、それがある。
それで、日本が見ていくときちょっと引っ掛かるのは、結局、イギリスにまずいきますと、やっぱり激しい軍事国家なわけですね。さっささっさ、とにかく決めるときも早いし、出ていくのも早いし、とにかく軍事というか、軍事的なのでいこう、得意科目は体育みたいなもので、非常にこれ、日本はなかなかそういうわけにいかない。すぐ行くといったって、まず査察団が百回ぐらい行ったんじゃないんですか。もっと少ないですか。十回ぐらいですか、イラクに例えば。ゆっくりゆっくりやって何をやっているのかよく分からないけれども、慎重に慎重に重ねていくというんだから、まずイギリスのまねはすぐできない。足が速い、口も上手というので、なかなかまねしにくいところがある。
ドイツというのは、地域的に根を張っているわけですけれども、日本の場合は地域的信用というのがまあいろんな理由でいま一つという面があって、これをどうするかということを何とかしないとなかなかまねしにくいところがあると思うんですね。まあいろいろ、二国間の自由貿易協定とかいろんなことで、もう少しアジアに根を張りたいというか、アジアに愛されたいというような欲望は強いんですが、まあちょっと面倒くさいところがある。
フランスはまあまねしたい面もあって、やっぱり何というか、執拗さといいますか、とりわけ政府レベルで執拗さとか攻撃性とかエロクエンスみたいなところはやっぱりちょっと、フランスなんかに比べるとちょっと、もうちょっと頑張ったらいいんじゃないかなと思うんですね。頑張りますね。言っても、同じことを言っても、しれっとして、何回でも頑張っていつの間にかやるという面もあって、そもそもフランスというのは大体大きな戦争、全部負けているんだけれども、いつも勝利側にくっ付いて、何か領土取ったりいろんなのを取っているわけで、何だという感じはしますけれども、これをモデルというのもなかなかこれ大変だなというか、リーダーズというような、資質なんと言っちゃ悪いんですけれども、そういうタイプの人が余りいないし、どうしたものかなといつも思うわけであります。
それで、最後の方でありますが、国際軍事活動ではイギリスは得意、ドイツは既に連邦共和国の軍は国際平和協力といいますか、平和活動みたいなところにかなり集中するものを大きくそれに充てる中で、軍の中でそれを充てるようにしましたし、それから非常に強い、小さいけれども激しい介入をやる介入軍みたいなものを作ろうとしていますが、こういう形にどのぐらい日本は考えているのかというのが一つの、何といいますか、ポイントになると思いますね。
フランスは、まあ言う割には余り、活動はほかのところでは最近は余りやっていない。フランス語圏ではかなりのさばりますけれども、余り激しいことはない。
二番目の国際協力では、いずれも財政的な問題があって、とにかく日本だけがどんどんどんどん、幾ら削減させても絶対的順序ではどんどんどんどん上がっている感じというか比重が強まっているんですね。これをどういうふうに生かすか、どういうふうにしたらいいのかというのが非常に大きなポイントになると思います。
中国だって、もう三年か四年で物すごく減ったというぐらい目に見えて現れるんですけれども、全体からすると、そしてアメリカとかドイツとかフランスとかイギリスとかに比べますと、日本というのは物すごい相対的な比重というのは高まっているんです。国際協力といいますか援助といいますか、イラクの復興基金なんかでも一番はアメリカだ。もちろんそれは自分がやったんだから自業自得というか、まあ、いいでしょうと。だけれども、二番目は世界銀行とか国際連合の開発計画とか、そういうのが来て、それだって日本は一杯出している。それから四番目に、日本では、こんな長くいられたら金がもうなくなるんじゃないかと思うぐらい何か要りそうな感じだし、大変じゃないかと思うけれども、でも、もうここで頑張るんだという感じでいくなら、そういう感じにせざるを得ないというかして、物すごくいいところを頑張るしかないかなという気は私自身はしております。
憲法ですけれども、これはまあ変わる方向になるんじゃないんでしょうかと僕は思いますね。余りにも現行解釈だけでは無理だし、内閣法制局自身が帝国議会から発布したような法律も全部、それの整合性を見ながらやっていますからもたもたもたもたして、もう完全にオーバーロードで何にもできないなんというと内閣法制局に怒られるでしょうけれども、オーバーロードでなかなか速く進めない。でも、今の立法というのはもう速さが勝負でありまして、それはみんなで集まって、わあわあ言って国際条約を作って、はいよという、しっかりしたものを作るというんじゃなくて、みんな、これ大体こういう形で決議すると、それに賛成するのは自分でそれぞれに国内立法やってくれという形で物事が進むようになっていますから、早くやらないとばかみたいなことになる。
一九九九年にテロリズムに対する反対決議、国連がやっているんですが、日本自身はなんといって悪いんですが、二〇〇一年の九月十一日になってもまだやっていない。二〇〇二年の何か春ごろやっているんですね。まあのんきな話で、何が悪いのか知りませんけれども、何かつっかえるところがあるんだと思うんですが、何かしてほしいなと思います。
核兵器は、これはまた近くの問題で、面倒くさいですけれども、非常に面倒くさいのが、まず台湾海峡でアメリカはエイジス、ミサイルを監視して、もしかしたら撃ち落とすみたいなのを売るのをやめたので、中国がミサイルを四百発から六百発に増やすというのをどのぐらいやめるか、それが今物すごいですし、それでも伸ばすとしたらやっぱりアメリカの大統領はやっぱりエイジス配置というふうに、台湾に売却というふうにいくかもしれない。
それから、六者協議ですけれども、六か国協議ですが、これもどういう形で北朝鮮を核開発のすべてを廃棄するというようなことに持っていけるかということに物すごく、日本がミサイル防衛とか、あるいは二〇二〇年にあるかもしれない核武装なんということになれば、非常にすぐ近くの問題としては台湾海峡、朝鮮半島の問題、その扱い方は非常に、何といいますか、しっかりとした先を見て、しかし軍事緊張が高まらないような形で進めていくと、考えていくということが、日本のシステムを作ることがまたすべてあちらにも確実に反映していくわけでありまして、とにかく一番初めの、何といいますか、自分、日本が生き残られるだけじゃなくて、誇りを持って人類の大義を実現できるような体制をどこまで、どのように作れるかということが非常に重要になっていると思います。
どうもありがとうございました。
この発言だけを見る →私は、日本の憲法、国際平和活動、国際協力と何かいうことなんですが、私の考えていることは先の話でありまして、それから法律とか慣行とか過去とは余り関係ないことをお話しするかと思いますが、御勘弁願いたいと思います。
私は、日本外交は非常に大きく変わっていると。今回だけじゃなくて、ほとんど各十五年ごとに結構大きく変わってきたんですけれども、日本のいろいろなところでは吉田ドクトリン万歳とか、いろんなのんきな話が多いんですが、ちゃんと変わってきていると、物すごい勢いで変わってきている。それはしっかりと認識した方がいいというので、それを五分ばかりしゃべって、その次に、どういうふうに、どうしてそういうことが起こっているかというのを、この地球的な規模での、なんかの変化を、これも五分ぐらいしゃべって、そして、これからどういうふうな、何というか変化を期待したらいいかということについて、モデルというか、どれから学んだらいいかというようなことを、ちょっとまた五分ぐらいしゃべって、最後、どんなふうにこの大きな問題について考えているかをお話しできたらと思います。
日本の外交路線は、とにかく十五年ごとに変わっているというのが、もう本当みたいなんですが、もう本当なんです。吉田茂首相がいたときに、吉田ドクトリンなんといって、要するに安保はアメリカ任せ、あとは経済一生懸命やりましょうというのですが、大体一九六〇年ぐらいまでは、別に定着したんじゃなくて、親米勢力と反米勢力は対立したまま好きなことをやって、ついにそこまで来たと。六〇年から安保改定とかいろんなことがあって、所得倍増計画というので、何となくトーンが急に変わっていくというのが、六〇年から石油危機、七五年ぐらいまでなんですけれども、これは、今度これで、後からはただ乗りと言われてしまうんですが、そのときはまあすばらしい時代だったわけですが、それは唯一に吉田ドクトリンの時代だったと言うことができると思うんですが、中東戦争でも石油危機でも、いろんなことでも、ただ乗りはいけないということになって、アメリカが率いる国際経済体制を支持すると、支えると。縁の下の力持ちみたいな一人ということで、大体、冷戦の終えん、一九七五年から九〇年までいくということになって、これはまた全然話が違うんですね。それは、安保があるからなんというんで、全部安保あるんだけれども、中身は大きく変わっているということを認識したらいいんかなといつも思っているんです。
冷戦が終わりますと、今度は核兵器で対峙するような大きな戦争が起こりにくくなったというので、むしろ軍事主義ではない、平和を志向する日本とかドイツにとっては正に絶好の時代が来たというのがこの地球文民国家といいますか、シビリアンパワーみたいな時代だということであったんですが、それはもう二、三年もしないうちにがたがたがたがたしていくわけですが、いずれにしろ、現在はこの三番目と四番目の、大体この両方のプリンシプルで日本自身の外交もある程度の展開をしているわけです。
それで、今度九・一一のようなことがまた起こって、いろいろそこらじゅうに面倒くさいことがまた別の種類にも起こると、まあ普通の国というか、地球的な規模でもうちょっと何かできるようにしたらいいんかなというのが出てきているわけでありまして、これは与野党もある程度言っているんだけれども、どのぐらいの普通にするのかというのは、全世界に百九十も、それ以上もあるんですから、どれを見て、どんなぐらいの普通国家にしようかということについて、これからというか、今、これからやっていることでありまして、それが本格化するのは、来年とか再来年ぐらいに本格化するんだと思いますが、それで十五年ぐらい掛けてやるんじゃないかなと理解しております。
キッシンジャーは、全然関係ないんですが、日本人はやたらとコンセンサスを何か気にするから十五年掛かると。ばかなちっちゃなことでも十五年掛けておると。ペリーが来たとき、すぐやればよかったものを十五年掛けている。まあ、何かそれはちょっと偏見もあるような気もするんだけれども、とにかくいろいろ考えて十五年掛けて、六八年は十五年掛かっている。すぐじゃないんですよね、十五年。もう義務教育なんか一遍に終わるぐらい長くやっていますし、それから、日本は戦争に負けても反米、親米と延々とやって、十五年掛けてわあわあやっていて、今でもやっている面もあるけれども、またちょっと変わっていて、十五年ぐらいやってようやく、やっぱり自分が専念すべきものは金もうけであるというふうに専念して、分かりが遅いとわめいておるんです、彼は。
本当かどうかは知らぬ、アメリカの方がもっと分かりが悪いとも思わぬでもないところもあるんですが。一番最近はバブルの崩壊、一九九一年から十五年たっても怪しい、うまくいかないんじゃないか、今回はというふうなことが書いてあるんですが、十五年というのは、確かに今見ましたように、親米、反米、対立、ただ乗り国家、支持者国家、地球文民国家、地球普通国家みたいな、確かに十五年というのは、結構やっていることは何というか似たようなものが多いんですけれども、ルーチンが多いですから、大きく原則というか、どういう原則に照らして何をやるかということが変わっていると。
それで、これからの話ですけれども、地球上の変化で一番大きなのは、やはり所得水準が着実に上がっているんです。それは、とにかく信じられないぐらいどんどんどんどん上がっているんです。それは金持ちの国は大して上がりませんけれども、そうじゃない国の所得水準の上昇というのは全体で見れば上がっている。もちろん、所得格差、その国の所得格差、それから国ごとの所得格差、これはもう激しくどんどん開いていくわけです。これはどうするかということについては、どういうふうに見るか、そしてそれがどういうふうな日本の外交を要求するようになるかということは考えなきゃならない。
第二は、主要国家間の戦争というのは減少しているんです。すぐに、普通の主要国家間というのは、日露戦争みたいな戦争とか、何でも、イラン・イラク戦争とか、ああいう国を挙げて延々と何か分からないことをやっているみたいなのは本当に少ないんです。一九七五年から九〇年を見ますと、あるのは何ですか。一九七九年、中国がベトナムに侵入、侵入というか介入というか、ちょっとやって、二か月ばかりやって、中国軍は二十五万人死んでいるわけですけれども、いずれにしろ、ある程度主要国家間の戦争、それからイギリスとアルゼンチンの戦争、それからイラン・イラク戦争ですけれども、あとどうやっても考えにくい。それじゃ、アメリカのイラク戦争はどう。あれは戦争という、主要国家間の戦争じゃなくて、あれは瞬時の軍事介入みたいなもので、それで占領しているわけですから、そんなに何というか、戦争というような感じではないことは、今までの感じではないんですね。非常に、ちょっと行ってちょっとやっつけるみたいな介入はかなり増えていますけれども、余り大きな戦争はない。それから核戦争は起こっていない。それから、これは不思議なんですけれども、内戦とか内紛とか大きな、カンボジアの三派がもう何百万人も殺しながらやっていくというような戦争は、意外と内戦も低下というか、余り大きくそこらじゅうに起こらない方に少しずつ進んでいる。
ただ、非常に激増しているのは、破綻国家、破産経済、それから無法国家とかいろんな、言葉は好きなようにお使いくださればいいんですが、どうしようもないというか、何があるのか分からないという国というか社会というか、そういったものは結構増えておりましてね。国単位で何とかというよりも、この国でもあの国でもそういうポケットみたいのがあってどうしようもない無法状態みたいなのが増えているわけですね。それは、市場の自由化とかというのをグローバルに展開していますからそういう面も出てくるところは多いんですけれども、これが現在の二番目の重要な点です。
戦争は激減というか漸減しております。核戦争は起きていません。まあ小型核兵器については使っているというあれも、定義もあって、どうするかという問題ですけれども、でも、ばかんという何十万死んでどうするかというのはまだ起こっていないし、多分起こりにくいんじゃないかと思うんですが。それから内戦も意外と減っている。しかし、何だか分かんないけれども、どうしようもなくなっている。何といいますかね、動きが取れないどころか、動きをどうやっていいかも、何かもう神経機能がなくなったみたいな社会が結構増えている。その後はどうしていいか分からないと。
三番目は、しばらくは軍事研究開発、お金を投資するわけですが、この世界全体のトータル、世界全体の費用の八五%はアメリカでありまして、これを継続的にもう五年、十年やっていますから、恐らくこれから二十五年から三十五年ぐらいはアメリカが圧倒的な第一の軍事大国であって、第二は、ずっともうグラウンドを十周ぐらい後れてくる人が第二であって、このことは恐らくこれから二十五年余り変わらない。
こういった現実を照らして、これからどういうふうに考えたらいいのかということに移りたいと思います。
もちろん、アメリカはやっぱり軍事的にナンバーワンであっても、いろんな形で、余り唯我独尊であったり人のことを考えなかったりすれば必ずや落ち目は早まるわけですけれども、いずれにしろ、軍事的にはもう圧倒的、どうしようもない、もう何ともしようがない格差が付いている。ヨーロッパはぼうっとしておりますし、日本はちょっと頑張っているみたいだけれども、本当に何だか、プライオリティーが付けにくいし、いろんな点で、それがいいかどうかはまた話が違うんですが。
まあとにかくこの三つの件。所得水準は上がっている、だけれどもその国の中でも国の間でも所得格差は物すごい勢いで増大している。しかし、何というか、戦争はとにかく減りつつある、普通の戦争という感じはまずない。よほど間違ったことを考えている指導者がいる国じゃなきゃ、まずやらない。しかし、どうしようもなく神経もずたずた、借金だらけ、何もない、そういう国が増えている、場所が増えている。それから三番目には、そのアメリカの、何といいますか、ユニポラー、一極制といいますか、それはしばらくは続くことは確実であります。
このような中、地球普通国家群の一角を、一群に参入しようと日本は多分しているんだと思うんですが、それは第一与党である自民党でも第二与党の公明党でも第一野党の民主党でも余り変わらないと思うんですが、どういうふうに、じゃ普通の国家にするかというのは非常に大きく違いがあるわけで、そのときに学ぶべきは、やはり基本的なものでは、自由民主主義、人権、市場経済と、こういったものを基盤とした普通の国家になるということは確実だと思うんですね。それから二番目には、何としても軍事的なもので事を決するという風潮をできるだけ抑えようとすると、こういうふうに、平和主義というか非軍事主義といった、そういった基調をほかの国にも広げるといった感じのものがある方が多分いいんじゃないかと私は思っている。
それで、そのときに、どういうのをモデルに考えたらいいかというのが、まあヨーロッパの普通の大国としてはイギリス、ドイツ、フランスを考えてみたらいいと思うんですね。イギリスは、御存じのようにアメリカとの特殊な関係を豪語しておりまして、イラク戦争ではちょっと、何といいますか、間違いとかいろいろもう失敗が目立つんでありますが、日本もやっぱり特殊な関係というのを非常に大事なものとしておりまして、マイク・マンスフィールド駐日大使はもう十何年、十年以上も前ですけれども、世界じゅうで一番重要な二国間関係と、こう定義して、日本政府は非常に有り難く感じて、今でもそう思っている節がありますが、まあそれはそれとして、それがあります。
それで、ドイツは、一番あれはやっぱりヨーロッパ、西ヨーロッパの中で、そして中央ヨーロッパ、東ヨーロッパも含めて、地域的に非常に根差しているといいますか、根を張っているわけですね。それは、まずいろんな制度、地域的な制度といいますか、中に非常に優等生、ちゃんと言う、決めたことは守る、まあ赤字でちょっと守らないところもありますけれども守る。それから、余りわがままを言わない、経済的には、西、中央、東ともにドイツの経済的な力というのは物すごく根強く強い、こういったような地域に根差した形が最も強い特徴であると思います、日本から見るとき。
それから、三番目はフランスですけれども、これはやっぱり何といいますか、「「NO」と言える日本」でしたっけ、だれかが書いた本、それじゃなくて、それをもじって言えば、フランスというのはイエスと言えるフランスになったらいいなと思う人がアメリカにはたくさんいるというぐらいなところでは自立性が強い、自己主張が強いというのが特徴だと思うんですね。どちらもみんなアメリカの同盟国ですけれども、それがある。
それで、日本が見ていくときちょっと引っ掛かるのは、結局、イギリスにまずいきますと、やっぱり激しい軍事国家なわけですね。さっささっさ、とにかく決めるときも早いし、出ていくのも早いし、とにかく軍事というか、軍事的なのでいこう、得意科目は体育みたいなもので、非常にこれ、日本はなかなかそういうわけにいかない。すぐ行くといったって、まず査察団が百回ぐらい行ったんじゃないんですか。もっと少ないですか。十回ぐらいですか、イラクに例えば。ゆっくりゆっくりやって何をやっているのかよく分からないけれども、慎重に慎重に重ねていくというんだから、まずイギリスのまねはすぐできない。足が速い、口も上手というので、なかなかまねしにくいところがある。
ドイツというのは、地域的に根を張っているわけですけれども、日本の場合は地域的信用というのがまあいろんな理由でいま一つという面があって、これをどうするかということを何とかしないとなかなかまねしにくいところがあると思うんですね。まあいろいろ、二国間の自由貿易協定とかいろんなことで、もう少しアジアに根を張りたいというか、アジアに愛されたいというような欲望は強いんですが、まあちょっと面倒くさいところがある。
フランスはまあまねしたい面もあって、やっぱり何というか、執拗さといいますか、とりわけ政府レベルで執拗さとか攻撃性とかエロクエンスみたいなところはやっぱりちょっと、フランスなんかに比べるとちょっと、もうちょっと頑張ったらいいんじゃないかなと思うんですね。頑張りますね。言っても、同じことを言っても、しれっとして、何回でも頑張っていつの間にかやるという面もあって、そもそもフランスというのは大体大きな戦争、全部負けているんだけれども、いつも勝利側にくっ付いて、何か領土取ったりいろんなのを取っているわけで、何だという感じはしますけれども、これをモデルというのもなかなかこれ大変だなというか、リーダーズというような、資質なんと言っちゃ悪いんですけれども、そういうタイプの人が余りいないし、どうしたものかなといつも思うわけであります。
それで、最後の方でありますが、国際軍事活動ではイギリスは得意、ドイツは既に連邦共和国の軍は国際平和協力といいますか、平和活動みたいなところにかなり集中するものを大きくそれに充てる中で、軍の中でそれを充てるようにしましたし、それから非常に強い、小さいけれども激しい介入をやる介入軍みたいなものを作ろうとしていますが、こういう形にどのぐらい日本は考えているのかというのが一つの、何といいますか、ポイントになると思いますね。
フランスは、まあ言う割には余り、活動はほかのところでは最近は余りやっていない。フランス語圏ではかなりのさばりますけれども、余り激しいことはない。
二番目の国際協力では、いずれも財政的な問題があって、とにかく日本だけがどんどんどんどん、幾ら削減させても絶対的順序ではどんどんどんどん上がっている感じというか比重が強まっているんですね。これをどういうふうに生かすか、どういうふうにしたらいいのかというのが非常に大きなポイントになると思います。
中国だって、もう三年か四年で物すごく減ったというぐらい目に見えて現れるんですけれども、全体からすると、そしてアメリカとかドイツとかフランスとかイギリスとかに比べますと、日本というのは物すごい相対的な比重というのは高まっているんです。国際協力といいますか援助といいますか、イラクの復興基金なんかでも一番はアメリカだ。もちろんそれは自分がやったんだから自業自得というか、まあ、いいでしょうと。だけれども、二番目は世界銀行とか国際連合の開発計画とか、そういうのが来て、それだって日本は一杯出している。それから四番目に、日本では、こんな長くいられたら金がもうなくなるんじゃないかと思うぐらい何か要りそうな感じだし、大変じゃないかと思うけれども、でも、もうここで頑張るんだという感じでいくなら、そういう感じにせざるを得ないというかして、物すごくいいところを頑張るしかないかなという気は私自身はしております。
憲法ですけれども、これはまあ変わる方向になるんじゃないんでしょうかと僕は思いますね。余りにも現行解釈だけでは無理だし、内閣法制局自身が帝国議会から発布したような法律も全部、それの整合性を見ながらやっていますからもたもたもたもたして、もう完全にオーバーロードで何にもできないなんというと内閣法制局に怒られるでしょうけれども、オーバーロードでなかなか速く進めない。でも、今の立法というのはもう速さが勝負でありまして、それはみんなで集まって、わあわあ言って国際条約を作って、はいよという、しっかりしたものを作るというんじゃなくて、みんな、これ大体こういう形で決議すると、それに賛成するのは自分でそれぞれに国内立法やってくれという形で物事が進むようになっていますから、早くやらないとばかみたいなことになる。
一九九九年にテロリズムに対する反対決議、国連がやっているんですが、日本自身はなんといって悪いんですが、二〇〇一年の九月十一日になってもまだやっていない。二〇〇二年の何か春ごろやっているんですね。まあのんきな話で、何が悪いのか知りませんけれども、何かつっかえるところがあるんだと思うんですが、何かしてほしいなと思います。
核兵器は、これはまた近くの問題で、面倒くさいですけれども、非常に面倒くさいのが、まず台湾海峡でアメリカはエイジス、ミサイルを監視して、もしかしたら撃ち落とすみたいなのを売るのをやめたので、中国がミサイルを四百発から六百発に増やすというのをどのぐらいやめるか、それが今物すごいですし、それでも伸ばすとしたらやっぱりアメリカの大統領はやっぱりエイジス配置というふうに、台湾に売却というふうにいくかもしれない。
それから、六者協議ですけれども、六か国協議ですが、これもどういう形で北朝鮮を核開発のすべてを廃棄するというようなことに持っていけるかということに物すごく、日本がミサイル防衛とか、あるいは二〇二〇年にあるかもしれない核武装なんということになれば、非常にすぐ近くの問題としては台湾海峡、朝鮮半島の問題、その扱い方は非常に、何といいますか、しっかりとした先を見て、しかし軍事緊張が高まらないような形で進めていくと、考えていくということが、日本のシステムを作ることがまたすべてあちらにも確実に反映していくわけでありまして、とにかく一番初めの、何といいますか、自分、日本が生き残られるだけじゃなくて、誇りを持って人類の大義を実現できるような体制をどこまで、どのように作れるかということが非常に重要になっていると思います。
どうもありがとうございました。
上
酒
酒井啓子#4
○参考人(酒井啓子君) アジア経済研究所の酒井でございます。
私はイラクの政治情勢を中心に見ておりますので、本日の御報告は、イラクに対する日本の貢献を一つの日本の国際貢献の例として取り上げて御報告を申し上げたいかと存じます。
現在、イラクは、イラク戦争が終わりまして一年近くたつ中で、まだまだ完全にその復興が進んでいないというような状況の中で、現在、自衛隊がイラクに派遣されるというような例でも見られますように、まだ軍を中心とした国際貢献、国際協力の方向でしかイラク復興がなし得ないというような認識が日本を始めとして多くの国々で主流であろうかと思います。
私は、まずこうした見方に対して疑義を投げ掛けたいというふうに存じます。すなわち、今の現在のイラクの情勢を解決していく、イラクの抱えている様々な問題を解決していくために、いわゆる軍事力を中心とした復興の路線が望ましいというのではなくて、逆にそうした軍を中心とした占領体制こそが現在の復興を阻害しているというような側面があるのではないか。むしろ、そうした点に目を向けて、より軍ではない部分、文民の部分での国際貢献に力を入れるべきではないかというふうに考えている次第でございます。
レジュメに沿いまして御説明申し上げたいと思います。
今申し上げましたように、イラクにおいて現在いわゆる戦勝国、英米を中心といたしました連合国、連合軍を中心としたイラクに対する占領体制がしかれておりまして、それがいわゆるCPA、連合国暫定当局と言われる組織によって主導されて進められているわけですが、こうしたCPAが中心となった占領体制の必要性という背景には、ここに太字で書いてございますけれども、まずは治安が悪いと。そして、経済復興も十分進んでいない。経済復興といいますか復旧でございますね、戦後の復旧作業も十分に進んでいない。そして、ほうっておけばイラクは国内が分裂してしまうというような認識があって、言わば自然発生的に、ほっておけば自然発生的にイラク国内が宗派あるいは民族によってばらばらになってしまうので、外国が支えていかなければ、しかも軍を中心とした力によって支えていかなければ、分裂ひいては内戦が発生するというような認識がある。それが現在の占領体制の根幹を支えるものであろうと思われます。
しかし、それに、実際のところ、そうした治安にしても、経済復興の遅れあるいはイラク国内の分裂というような様々な要因が実際に、一体どうした、どういった要素から生まれてきているかということを細かく見てみますと、実はここにバッテンを付けておりますけれども、必ずしも自然発生的にこうした問題が起こっているわけではない。あるいは、必ずしも外国が支えなければこうした問題は解決できないということではない。逆に、今の占領体制が抱える問題点、欠陥によって、こうした治安にしても、経済復興の遅れにしても、分裂の危機といったようなものにしても生まれてきているという部分がございます。
例えば、治安に関しても、これはよく言われますけれども、現在の占領体制、CPAが、戦争が終わって早々にイラクの旧体制の軍及び治安警察といったものをかなり無配慮な形で解体してしまった。それが一種バックファイアするような形で現在の治安の悪化を引き起こしている。言い換えれば、占領統治においてもう少し慎重な、軍あるいは旧体制のエリートに対する対処が行われていれば、こうした治安の悪化は防げたはずであるというような側面があろうかと思います。
あるいは、そういった治安の回復のために、現在、イラク軍あるいはイラク警察といったものを新しく作り上げるというような方法を取っているわけですけれども、これに対しても必ずしも今の占領軍、英米軍がイラク軍やイラク警察を全幅の信頼を置いているかというと、そこも十分ではない。そういう意味では、全面的にイラク人にお任せするというようなやり方が中途半端な形で進んでいると、そうしたことがやはり治安の回復を遅らせている原因にもなっているわけです。
さらに、戦後復興、これはイラク戦争後、ベーシックな生活インフラを改善する必要がCPAを中心とした連合国には国連決議で責務として認定されているわけですけれども、こうした英米軍、英米を中心に認められた、認められたといいますか与えられた責務としての戦後復興、これがどこまで進んでいるかということも大変おぼつかない部分がある。現在、電力あるいは水の供給あるいは失業問題といった様々な問題がまだ未解決の状態で、これもまた先ほどの話ではございませんけれども、治安の悪化に拍車を掛けるような一端にもなっているということがございます。
さらに、これは今後の問題になるかと思いますけれども、現在、実はそうした経済状況の悪化にもかかわらず石油の産出能力だけは着実に伸びているという状況がございます。現在、大ざっぱなところでは二百万バーレル、日量二百万バーレルをちょっと切るぐらいの石油産出能力までは獲得しているという状況がございます。
という今申し上げましたこの二百万バーレル、日量二百万バーレルという数字は、実は八〇年代の半ばごろに得ていたぐらいの産出量だというふうにお考えいただければよい。すなわち、既に湾岸戦争直後の経済制裁を受けていた非常に厳しい経済情勢から比べればかなり良い状況、かなり多くの石油産出を獲得しているという数字でございます。ちなみに、イラクの石油産出量のフル回転した場合の産出量は大体三百五十万バーレルぐらい、あるいは四百万近くと言われておりますので、少なくとも最大能力の半分以上には回復しているという事実がございます。
なぜこの点について強調するかと申し上げますと、このように八〇年代半ば程度までには石油産出能力が上がっているにもかかわらず現在経済復興がなかなか進んでいないというのは何事かというようなイラク国民の意識、認識を生むような環境に今あるということは重要かと存じます。すなわち、問題は石油産出能力がないというような自己能力の問題ではなくて、産出能力はあるにもかかわらず、それが順当な形で国民の生活水準の向上に使われていない、使う側の問題、つまりガバナンスの問題、統治の問題でありまして、すなわちアメリカ、イギリスを中心としたCPAがちゃんとした石油収入の分配を行っていないのではないかというような、事実関係は別にいたしましても、そういった疑義を生むような環境に今あるというようなことが問題かと思います。
三つ目の、イラク国内の分裂状況ということでございますが、先日来、シーア派の聖地に自爆テロが、爆発事件が発生したり、あるいはクルド勢力に対して自爆テロが仕掛けられたりというような事件が発生しておりますので、一種、すわ内戦、すわ宗派間、民族間の対立状況に至るかというようなことが危惧されておりますけれども、実は、こうした民族、宗派間の対立というようなものも、これはある意味ではイラク戦争以前にはイラク国内で余り見られなかった環境である。逆に、現在、CPAを補佐する形で設立されております統治評議会、イラク人による統治評議会というものがございますけれども、この統治評議会がイラク人になじまない形で、宗派や民族の配分ばかりを強調した形の構成に仕立てられていると。こうした、ある意味ではアメリカの対イラク認識のある一種の先入観、宗派的、民族的に分裂しているはずだというような先入観に基づいた政治形態の作り上げ方というものが、逆にイラク国内社会にそうした内部分裂の芽を生むというようなことになっているかと思います。
長々と申し上げてまいりましたけれども、以上をまとめれば、一連のイラク国内が抱えております問題、解決すべき問題というのは、これは外国が特にその軍を中心にしてこぞって支えていかなければいけない問題ではなくて、繰り返しになりますけれども、そうした軍を中心とした占領体制、現在の占領体制を見直して、別の形のイラク社会の再編というようなやり方に切り替えていかない限り、こうした問題はむしろ深刻化するというようなことになろうかと思います。
ここで申し上げたいのは、この国際貢献ということを考えたときに、とりわけ日本がこれまでイラクに対して何を貢献してきたかということを振り返って考えれば、あるいはイラク人の意識の中に日本がイラクに対してこれまでどういう貢献をしてきたかということを認識しているかといえば、これは七〇年代、八〇年代にむしろ民間企業が中心になってイラクの国家建設を支えてきたというような事実、これが恐らくそのイラク人の対日期待の根幹を占める部分ではなかろうかというふうに思います。すなわち、同じ国際貢献といっても、いわゆる援助に依存して、援助がなければやっていけないというような体制がイラクにあるわけではなく、むしろイラク人にとっては、イラクの石油を正当な形で売り、その収入によって正当な形で先進国、日本などのような先進国から良いものを輸入する、そしてそれを国内の高度成長に役立てていくというような一種の民間を中心とした対等な関係によって築かれてきた関係、これを現在のイラクは一番望んでいるといいますか、それを日本に期待しているという点が大変大きいのかというふうに存じます。ある意味では、日本に一番望まれている対イラク貢献は、そうした過去の民間を中心とした対等な関係をいかに回復するかというようなことこそが一番の貢献策というふうにみなされているのではなかろうかというふうに思います。
このような形で見てまいりますと、それでは次に、政治的な枠組みを見直して戦後体制を再編するべきというふうに申し上げましたけれども、具体的にそうしたことを進めていくために何が今必要とされているかという点に移りたいと思います。
その点は、下に、政治過程を正常化するための二つの方向性ということで二点挙げさせていただいておりますけれども、第一は経済復興、特に経済復興分野においていかにイラク人を登用していくかという点でございます。
これは、先ほどちょっと申し上げましたけれども、例えば現在CPAを補佐する役割をしている統治評議会、こうした統治評議会が亡命イラク人を中心にして成り立っている、あるいは現在成り立っている閣僚、イラクの閣僚なども亡命イラク人が主導権を取っているというような状況でございますから、これをいかに国内のイラクの行政機関、行政母体に戻してやるかということが近々の重要性を持ってくるというようなことになろうかと思います。
さらには、こうした経済的な側面だけではなく、政治過程においていかにイラク人が政治参入していけるかということが重要になってまいります。
昨日発表されました、NHKやBBCなどの欧米諸国が合同で行いましたイラクに対する世論調査の結果を見る限りでは、現在イラク人が求めている政治体制、一番望ましい政治体制は何かという問いに対して、半数の人々が民主主義国家であるというふうに答えている。あるいは、民主主義に対して支持すると答えた人々は何と八六%に上るわけです。
このように、現在のイラクでは民主主義の導入に対して大変強い期待が存在する。そして、じゃその民主主義の中身とは何かというふうに見た場合に、その民主主義の中身は自由と選挙である、選挙というのは言い換えれば政治参加であるという回答が返ってきております。
このように、今イラク国内で最も望まれていることは、いかに個人の政治活動、政治的な意思表現の自由が認められるか、そしてそれに基づいた政治参加がいかに実現できるかというようなことになっているわけです。しかしながら、現在のアメリカの占領政策を見ている限りでは必ずしも、こうした形での民主主義の実現という方向にその状況が進められているかというと、そうではないというふうに言わざるを得ない。
例えば、先日来問題になっておりましたけれども、イラク国内、特に、ここに挙げておりますけれども、イスラム勢力、イラク国内で一番住民の支持、信頼を得ていると言われているイスラム勢力の主張は、イラクに早急に直接選挙を導入するべきであるというような議論がございました。これに対して、国連などを含めて、現在のところは直接選挙をするには時期尚早であるというような判断が下されたわけですけれども、しかしながら、いまだにイラク国内での選挙、直接選挙に対する要求は非常に高いポジションにあるということであります。
こうした、ある意味ではイラク国内の政治過程の正常化に対する要求に対して現在のアメリカの政策が必ずしも合致したやり方になっていないという状況の中で、日本がどのような形でそのイラクの要求あるいは期待にこたえていけるかということになるかと思いますが、先ほどの、引用いたしましたイラク国内での世論調査の結果としてもう一つ大変興味深い点がございます。
といいますのは、現在イラクが外国の協力を得て復興を進めていく上でその外国、期待すべき外国としてどこに期待ができるかという設問がございますけれども、この期待すべき外国あるいは戦後復興にリーダーシップを発揮すべきなのはどこの国かという問いに対して、アメリカが一番多いということがございます。これは、いろいろアンビバレントな感情はございますけれども、今アメリカの占領下にある以上アメリカの主導を得ざるを得ない、あるいはもうちょっと悪い言い方をすれば、戦争でここまで破壊された以上責任取って直すものは直していってくれというような部分もあろうかと思いますが、いずれにしても、アメリカに対する期待があるわけです。
それと同時に、同じぐらいの比率で実は日本に大変期待するという回答が高い。どちらも同じぐらいの数字で、アメリカあるいは日本に復興のリーダーシップを取っていってほしいという数字が上がっております。
これはどのように解釈すべきかというのは大変難しい問題ですが、アメリカが期待すべき国として挙げられている一方で、逆にリーダーシップを取るべきではないという国の問いに対しても大変多く挙げられているということ、あるいはアメリカがイラク国内で必ずしも信頼を得られていないということを考えると、ある意味で、この日本への期待の高さというのは、アメリカに依存せざるを得ないんだけれども、なかなかアメリカには全幅の信頼を置けないと、特に力で占領されているというような環境を考えれば、必ずしもアメリカに全面的に依存するというのは気持ちの良いものではないという認識がどうもイラクの国内にはある。
これは恐らく、イラクだけではなく中東全体に言える問題であろうかと思います。例えばイスラエルとの関係、あるいは様々なこれまでのアメリカの対中東政策の欠点ということを考えれば、アメリカに依存せざるを得ないような経済状況にあるけれども、政治的にはアメリカには全面的に依存し切れないというような状況の中で、ある意味でアメリカの代替としての日本というような、そういう認識が高まっているのではないかというふうに思います。これはある意味で、米ソ冷戦構造が崩壊して以降こうした志向は強くなっているのではないか。ある意味で、中東のような国々においては、米ソ二国対立があった時代には、アメリカに依存できないとなればソ連に依存する、あるいはスーパーパワー間の、二国間の対立状況を利用しながら中東が生き延びていこうとするという、そういう環境があった。
恐らく、今は冷戦後の環境の中で、アメリカにチャレンジできる国がいないという中で、どうも日本に、そうしたチャレンジとまでは言わないにしても、アメリカとはちょっと違う形の国際貢献が日本であればしてくれるのではないかというような期待がこうした日本に対する期待の高さになって表れているのではなかろうかと思います。
その意味では、今、日本に突き付けられている課題といいますのは、こうした期待、ある意味では若干その日本の置かれている現状とは違った形で期待されているという側面もあろうかと思いますけれども、アメリカの代替あるいはアメリカと違う形での日本の役割というものに対する期待に対してこたえていく方向で国際貢献を行うのか、それとも、そうした期待ではないよというようなことを、期待を否定した上で別の形の国際貢献をオファーしていくのか、そういう意味では二つの大きな選択肢の前に立たされているという状況ではなかろうかというふうに考えております。
以上で私の報告は終わらせていただきたいと思います。
御清聴ありがとうございました。
この発言だけを見る →私はイラクの政治情勢を中心に見ておりますので、本日の御報告は、イラクに対する日本の貢献を一つの日本の国際貢献の例として取り上げて御報告を申し上げたいかと存じます。
現在、イラクは、イラク戦争が終わりまして一年近くたつ中で、まだまだ完全にその復興が進んでいないというような状況の中で、現在、自衛隊がイラクに派遣されるというような例でも見られますように、まだ軍を中心とした国際貢献、国際協力の方向でしかイラク復興がなし得ないというような認識が日本を始めとして多くの国々で主流であろうかと思います。
私は、まずこうした見方に対して疑義を投げ掛けたいというふうに存じます。すなわち、今の現在のイラクの情勢を解決していく、イラクの抱えている様々な問題を解決していくために、いわゆる軍事力を中心とした復興の路線が望ましいというのではなくて、逆にそうした軍を中心とした占領体制こそが現在の復興を阻害しているというような側面があるのではないか。むしろ、そうした点に目を向けて、より軍ではない部分、文民の部分での国際貢献に力を入れるべきではないかというふうに考えている次第でございます。
レジュメに沿いまして御説明申し上げたいと思います。
今申し上げましたように、イラクにおいて現在いわゆる戦勝国、英米を中心といたしました連合国、連合軍を中心としたイラクに対する占領体制がしかれておりまして、それがいわゆるCPA、連合国暫定当局と言われる組織によって主導されて進められているわけですが、こうしたCPAが中心となった占領体制の必要性という背景には、ここに太字で書いてございますけれども、まずは治安が悪いと。そして、経済復興も十分進んでいない。経済復興といいますか復旧でございますね、戦後の復旧作業も十分に進んでいない。そして、ほうっておけばイラクは国内が分裂してしまうというような認識があって、言わば自然発生的に、ほっておけば自然発生的にイラク国内が宗派あるいは民族によってばらばらになってしまうので、外国が支えていかなければ、しかも軍を中心とした力によって支えていかなければ、分裂ひいては内戦が発生するというような認識がある。それが現在の占領体制の根幹を支えるものであろうと思われます。
しかし、それに、実際のところ、そうした治安にしても、経済復興の遅れあるいはイラク国内の分裂というような様々な要因が実際に、一体どうした、どういった要素から生まれてきているかということを細かく見てみますと、実はここにバッテンを付けておりますけれども、必ずしも自然発生的にこうした問題が起こっているわけではない。あるいは、必ずしも外国が支えなければこうした問題は解決できないということではない。逆に、今の占領体制が抱える問題点、欠陥によって、こうした治安にしても、経済復興の遅れにしても、分裂の危機といったようなものにしても生まれてきているという部分がございます。
例えば、治安に関しても、これはよく言われますけれども、現在の占領体制、CPAが、戦争が終わって早々にイラクの旧体制の軍及び治安警察といったものをかなり無配慮な形で解体してしまった。それが一種バックファイアするような形で現在の治安の悪化を引き起こしている。言い換えれば、占領統治においてもう少し慎重な、軍あるいは旧体制のエリートに対する対処が行われていれば、こうした治安の悪化は防げたはずであるというような側面があろうかと思います。
あるいは、そういった治安の回復のために、現在、イラク軍あるいはイラク警察といったものを新しく作り上げるというような方法を取っているわけですけれども、これに対しても必ずしも今の占領軍、英米軍がイラク軍やイラク警察を全幅の信頼を置いているかというと、そこも十分ではない。そういう意味では、全面的にイラク人にお任せするというようなやり方が中途半端な形で進んでいると、そうしたことがやはり治安の回復を遅らせている原因にもなっているわけです。
さらに、戦後復興、これはイラク戦争後、ベーシックな生活インフラを改善する必要がCPAを中心とした連合国には国連決議で責務として認定されているわけですけれども、こうした英米軍、英米を中心に認められた、認められたといいますか与えられた責務としての戦後復興、これがどこまで進んでいるかということも大変おぼつかない部分がある。現在、電力あるいは水の供給あるいは失業問題といった様々な問題がまだ未解決の状態で、これもまた先ほどの話ではございませんけれども、治安の悪化に拍車を掛けるような一端にもなっているということがございます。
さらに、これは今後の問題になるかと思いますけれども、現在、実はそうした経済状況の悪化にもかかわらず石油の産出能力だけは着実に伸びているという状況がございます。現在、大ざっぱなところでは二百万バーレル、日量二百万バーレルをちょっと切るぐらいの石油産出能力までは獲得しているという状況がございます。
という今申し上げましたこの二百万バーレル、日量二百万バーレルという数字は、実は八〇年代の半ばごろに得ていたぐらいの産出量だというふうにお考えいただければよい。すなわち、既に湾岸戦争直後の経済制裁を受けていた非常に厳しい経済情勢から比べればかなり良い状況、かなり多くの石油産出を獲得しているという数字でございます。ちなみに、イラクの石油産出量のフル回転した場合の産出量は大体三百五十万バーレルぐらい、あるいは四百万近くと言われておりますので、少なくとも最大能力の半分以上には回復しているという事実がございます。
なぜこの点について強調するかと申し上げますと、このように八〇年代半ば程度までには石油産出能力が上がっているにもかかわらず現在経済復興がなかなか進んでいないというのは何事かというようなイラク国民の意識、認識を生むような環境に今あるということは重要かと存じます。すなわち、問題は石油産出能力がないというような自己能力の問題ではなくて、産出能力はあるにもかかわらず、それが順当な形で国民の生活水準の向上に使われていない、使う側の問題、つまりガバナンスの問題、統治の問題でありまして、すなわちアメリカ、イギリスを中心としたCPAがちゃんとした石油収入の分配を行っていないのではないかというような、事実関係は別にいたしましても、そういった疑義を生むような環境に今あるというようなことが問題かと思います。
三つ目の、イラク国内の分裂状況ということでございますが、先日来、シーア派の聖地に自爆テロが、爆発事件が発生したり、あるいはクルド勢力に対して自爆テロが仕掛けられたりというような事件が発生しておりますので、一種、すわ内戦、すわ宗派間、民族間の対立状況に至るかというようなことが危惧されておりますけれども、実は、こうした民族、宗派間の対立というようなものも、これはある意味ではイラク戦争以前にはイラク国内で余り見られなかった環境である。逆に、現在、CPAを補佐する形で設立されております統治評議会、イラク人による統治評議会というものがございますけれども、この統治評議会がイラク人になじまない形で、宗派や民族の配分ばかりを強調した形の構成に仕立てられていると。こうした、ある意味ではアメリカの対イラク認識のある一種の先入観、宗派的、民族的に分裂しているはずだというような先入観に基づいた政治形態の作り上げ方というものが、逆にイラク国内社会にそうした内部分裂の芽を生むというようなことになっているかと思います。
長々と申し上げてまいりましたけれども、以上をまとめれば、一連のイラク国内が抱えております問題、解決すべき問題というのは、これは外国が特にその軍を中心にしてこぞって支えていかなければいけない問題ではなくて、繰り返しになりますけれども、そうした軍を中心とした占領体制、現在の占領体制を見直して、別の形のイラク社会の再編というようなやり方に切り替えていかない限り、こうした問題はむしろ深刻化するというようなことになろうかと思います。
ここで申し上げたいのは、この国際貢献ということを考えたときに、とりわけ日本がこれまでイラクに対して何を貢献してきたかということを振り返って考えれば、あるいはイラク人の意識の中に日本がイラクに対してこれまでどういう貢献をしてきたかということを認識しているかといえば、これは七〇年代、八〇年代にむしろ民間企業が中心になってイラクの国家建設を支えてきたというような事実、これが恐らくそのイラク人の対日期待の根幹を占める部分ではなかろうかというふうに思います。すなわち、同じ国際貢献といっても、いわゆる援助に依存して、援助がなければやっていけないというような体制がイラクにあるわけではなく、むしろイラク人にとっては、イラクの石油を正当な形で売り、その収入によって正当な形で先進国、日本などのような先進国から良いものを輸入する、そしてそれを国内の高度成長に役立てていくというような一種の民間を中心とした対等な関係によって築かれてきた関係、これを現在のイラクは一番望んでいるといいますか、それを日本に期待しているという点が大変大きいのかというふうに存じます。ある意味では、日本に一番望まれている対イラク貢献は、そうした過去の民間を中心とした対等な関係をいかに回復するかというようなことこそが一番の貢献策というふうにみなされているのではなかろうかというふうに思います。
このような形で見てまいりますと、それでは次に、政治的な枠組みを見直して戦後体制を再編するべきというふうに申し上げましたけれども、具体的にそうしたことを進めていくために何が今必要とされているかという点に移りたいと思います。
その点は、下に、政治過程を正常化するための二つの方向性ということで二点挙げさせていただいておりますけれども、第一は経済復興、特に経済復興分野においていかにイラク人を登用していくかという点でございます。
これは、先ほどちょっと申し上げましたけれども、例えば現在CPAを補佐する役割をしている統治評議会、こうした統治評議会が亡命イラク人を中心にして成り立っている、あるいは現在成り立っている閣僚、イラクの閣僚なども亡命イラク人が主導権を取っているというような状況でございますから、これをいかに国内のイラクの行政機関、行政母体に戻してやるかということが近々の重要性を持ってくるというようなことになろうかと思います。
さらには、こうした経済的な側面だけではなく、政治過程においていかにイラク人が政治参入していけるかということが重要になってまいります。
昨日発表されました、NHKやBBCなどの欧米諸国が合同で行いましたイラクに対する世論調査の結果を見る限りでは、現在イラク人が求めている政治体制、一番望ましい政治体制は何かという問いに対して、半数の人々が民主主義国家であるというふうに答えている。あるいは、民主主義に対して支持すると答えた人々は何と八六%に上るわけです。
このように、現在のイラクでは民主主義の導入に対して大変強い期待が存在する。そして、じゃその民主主義の中身とは何かというふうに見た場合に、その民主主義の中身は自由と選挙である、選挙というのは言い換えれば政治参加であるという回答が返ってきております。
このように、今イラク国内で最も望まれていることは、いかに個人の政治活動、政治的な意思表現の自由が認められるか、そしてそれに基づいた政治参加がいかに実現できるかというようなことになっているわけです。しかしながら、現在のアメリカの占領政策を見ている限りでは必ずしも、こうした形での民主主義の実現という方向にその状況が進められているかというと、そうではないというふうに言わざるを得ない。
例えば、先日来問題になっておりましたけれども、イラク国内、特に、ここに挙げておりますけれども、イスラム勢力、イラク国内で一番住民の支持、信頼を得ていると言われているイスラム勢力の主張は、イラクに早急に直接選挙を導入するべきであるというような議論がございました。これに対して、国連などを含めて、現在のところは直接選挙をするには時期尚早であるというような判断が下されたわけですけれども、しかしながら、いまだにイラク国内での選挙、直接選挙に対する要求は非常に高いポジションにあるということであります。
こうした、ある意味ではイラク国内の政治過程の正常化に対する要求に対して現在のアメリカの政策が必ずしも合致したやり方になっていないという状況の中で、日本がどのような形でそのイラクの要求あるいは期待にこたえていけるかということになるかと思いますが、先ほどの、引用いたしましたイラク国内での世論調査の結果としてもう一つ大変興味深い点がございます。
といいますのは、現在イラクが外国の協力を得て復興を進めていく上でその外国、期待すべき外国としてどこに期待ができるかという設問がございますけれども、この期待すべき外国あるいは戦後復興にリーダーシップを発揮すべきなのはどこの国かという問いに対して、アメリカが一番多いということがございます。これは、いろいろアンビバレントな感情はございますけれども、今アメリカの占領下にある以上アメリカの主導を得ざるを得ない、あるいはもうちょっと悪い言い方をすれば、戦争でここまで破壊された以上責任取って直すものは直していってくれというような部分もあろうかと思いますが、いずれにしても、アメリカに対する期待があるわけです。
それと同時に、同じぐらいの比率で実は日本に大変期待するという回答が高い。どちらも同じぐらいの数字で、アメリカあるいは日本に復興のリーダーシップを取っていってほしいという数字が上がっております。
これはどのように解釈すべきかというのは大変難しい問題ですが、アメリカが期待すべき国として挙げられている一方で、逆にリーダーシップを取るべきではないという国の問いに対しても大変多く挙げられているということ、あるいはアメリカがイラク国内で必ずしも信頼を得られていないということを考えると、ある意味で、この日本への期待の高さというのは、アメリカに依存せざるを得ないんだけれども、なかなかアメリカには全幅の信頼を置けないと、特に力で占領されているというような環境を考えれば、必ずしもアメリカに全面的に依存するというのは気持ちの良いものではないという認識がどうもイラクの国内にはある。
これは恐らく、イラクだけではなく中東全体に言える問題であろうかと思います。例えばイスラエルとの関係、あるいは様々なこれまでのアメリカの対中東政策の欠点ということを考えれば、アメリカに依存せざるを得ないような経済状況にあるけれども、政治的にはアメリカには全面的に依存し切れないというような状況の中で、ある意味でアメリカの代替としての日本というような、そういう認識が高まっているのではないかというふうに思います。これはある意味で、米ソ冷戦構造が崩壊して以降こうした志向は強くなっているのではないか。ある意味で、中東のような国々においては、米ソ二国対立があった時代には、アメリカに依存できないとなればソ連に依存する、あるいはスーパーパワー間の、二国間の対立状況を利用しながら中東が生き延びていこうとするという、そういう環境があった。
恐らく、今は冷戦後の環境の中で、アメリカにチャレンジできる国がいないという中で、どうも日本に、そうしたチャレンジとまでは言わないにしても、アメリカとはちょっと違う形の国際貢献が日本であればしてくれるのではないかというような期待がこうした日本に対する期待の高さになって表れているのではなかろうかと思います。
その意味では、今、日本に突き付けられている課題といいますのは、こうした期待、ある意味では若干その日本の置かれている現状とは違った形で期待されているという側面もあろうかと思いますけれども、アメリカの代替あるいはアメリカと違う形での日本の役割というものに対する期待に対してこたえていく方向で国際貢献を行うのか、それとも、そうした期待ではないよというようなことを、期待を否定した上で別の形の国際貢献をオファーしていくのか、そういう意味では二つの大きな選択肢の前に立たされているという状況ではなかろうかというふうに考えております。
以上で私の報告は終わらせていただきたいと思います。
御清聴ありがとうございました。
上
廣
廣野良吉#6
○参考人(廣野良吉君) ありがとうございます。
今日は、こういう機会を与えていただきまして、私自身のいろんな意見を述べることができますこと、大変どうもありがとうございます。
今日の私の議論は二つに分かれます。一つは、まず何といっても我が国が第二次世界大戦後たどってきた道というものを国際環境の変化の中で見ないと困るなと。というのは、やっぱり私自身たまたま約二十年間海外で生活してまいりまして、海外の大学あるいは国際機関で長く働いてまいりました。そういう立場から、どうしても日本というものを海外から見るということをやってきたものですから、そういうのを見るとやっぱりどうも我々は二つの点で必要だなと。もっと必要だと。
一つは、やっぱり我が国自身の将来を考えるとき、あるいは現在、将来を考えるときには、どうしても歴史的な視点ですね、どういう歴史を持ってきたかということ、これをしっかりと持つことが重要であるという点です。それから第二番目には、国際的な視点というものを持つことが重要。この二つが最も重要で、正にこれから日本がどうしたらいいか、この憲法改正の問題を含めてどうしたらいいかということを考えれば、この歴史的な視点と国際的な視点が最も重要ではないかと考えております。
そこで、皆さん方のお手元に、二番目として「戦後の変貌する国際環境の中で日本の地位・立場の変化」というふうに書いておきました。これを長く読んでいますと非常に時間が掛かりますので、この点についてはごく簡単に、次のように私としては要約しておきたいと思います。
何といってもやはり一九四五年から五〇年というのは、これはたまたま私も当時中学生、大学生でしたけれども、そういう中で国連とか国際通貨基金あるいは世界銀行、ガット体制、そういうものの成立に見たように、世界全体が理想主義というものが主流であったと、そういう中で我が国の憲法が作られたということですね。世界の理想主義の中で我が国の憲法が作られている、これは非常に重要な歴史的な視点だと思っております。また同時に国際的な視点だと思います。
それから第二番目に、一九五一年から七〇年ですが、この時代は正に基本的には円安の為替レートというものとガット体制、こういうものの二つに支えられて五〇年代、六〇年代の日本の高度成長があったと、高度経済成長があった。同時に、しかし残念ながら、これは私、残念ながらと言うんですが、日本の安全というものを単に日米安全保障条約あるいは安保体制に依存したと。そして経済発展だけに専念してきた。やはり我が国の安全を考えた場合には、我が国自身のやはり安全ということをもっとしっかり考えるべきではなかったか。それをアメリカというものに依存するという体制を取ってしまったということであるわけです。これもまた同時に重要な歴史的な国際的な視点です。
それから三番目には、七一年から八〇年ですが、この時代は六〇年代後半から七〇年代にかけて、実は日米で物すごい大きな経済摩擦がありました。御存じのように、繊維、それから自動車、鉄鋼、産業機械、あらゆる分野でこういうような経済摩擦があったわけですが、またその経済摩擦を解決するために何を日本がやったかというと、単に経済外交というものだけでやっていこうとしたと、こういうことがあります。
私は、この経済摩擦の中に実は背後には政治の問題があったと、こうとらえておりますので、特に私、当時アメリカに住んでおりまして、やはり日本に対するアメリカの非常に大きな批判というのは、ここまで大きくなった日本が、GNPから見て世界第二位にこのときなっているんですが、その国が何ら国際社会において経済以外の分野で何かしようとしないという、これに対する非常に大きな彼らの、言ってみれば彼らから見る不満というものがあったわけです。
他方、今度はアジアを中心としたところのそういう対途上国貿易、あるいはODAの拡大、あるいはまた、そういうものによって何とかして対米、対欧州摩擦を乗り切ろうといった、こういう、私から見ると、またこの点もやはり、実はこの時代というのは、私はやはりアジアのいろいろな大学でも教えていたわけですけれども、やっぱりこのアジアの大学で教えていて私いつも強調したことは、例えば第二次世界大戦というのはどういう意味を持ったかということを学生といろいろ議論したときに、学生とはこれアジアの学生からです、日本人じゃない。アジアの学生から出てきた言葉は、先生いつまで第二次世界大戦のことを言っているんですかと、我々はもはや、もう高度成長時代に入ったと、だから我々としては何とかしてこれから世界をどう作っていくかということについて日本がどういうイメージを持っているか知りたいということであって、いつまでもいつまでも第二次世界大戦のことだけを言うなと。それよりも、そのことを学んで、そのことから教訓を学んで次の行くべき道を日本は考えるべきだということが、当時の学生からしょっちゅう私は言われました。当時の学生の中には、現在総理大臣になっている方もいます。途上国ですので、やはりそうなんです。
それから、八一年から九〇年ですが、この時代は対米、対欧州、対アジア関係において実は何を日本がやってきたかというと、これも私はもう本当に端的に申しまして、ダブルTLと、政策と言っております。このダブルTLというのはどういうことかというと、TLTLと書くからダブルと言うんですね。TLTLというのは、実はツーリトル・ツーレート、ツーリトル・ツーレート。何事も遅過ぎると、それから小出しにするという、何事も小出しに、また遅過ぎにする。大胆な政治的な決定をしない、何事もその次に回してしまうという、次に次に回してしまうという、こういう日本のやり方。こういうことに対するところの大きな批判が、当時やはり、私自身この当時はニューヨークに住んでおりましたけれども、アメリカでもいろいろな批判ありましたし、またヨーロッパからも批判もありましたし、アジアからもそういう批判がありました。
それから、同時に、こういうような中で、日本を取り巻く世界の経済、政治、社会、こういうものが、いわゆるグローバリゼーションというものが非常に進行していたわけであって、そのグローバリゼーションの中でやっぱり日本は目を閉じていたと。グローバリゼーションがどんどん進んでくるにもかかわらず日本は目を閉じて、やたらといわゆる経済外交だけに専念してきたと。
それで、もっと端的に申しますと、資金供与型の、資金供与依存型の国際協力をしていた。お金だけ出せばいいんだという、こういう考え方。人を出さない、あるいは知恵を出さない、単にお金だけを出すという、こういうような日本のやり方というものが、やっぱり私も国際機関に当時働いておりましたし、そういう中でかなり日本に対する批判がいつも出てまいりました。私、もちろん日本人ですから日本の若干の弁護をするんですが、しかし、自分自身もやはりそういうふうに考えているものですから、必ずしも私の弁護はいわゆる正しい弁護じゃなかったと思いますが、いずれにしましても、そういうことでこの大きな問題がありました。
それから、九一年から二〇〇〇年ですが、この時代はよく失われた十年ということを言われております。実は私はいろんなところで書いておりますが、失われた二十年と言っているんですね、失われた十年ではなくて。というのは、ちょうどバブルの崩壊が確かに九一年から始まりましたけれども、実はそのバブルの崩壊を起こした大きな理由は八〇年代にあったわけであって、特に八五年のいわゆるプラザ合意というものがそういうことにあったわけですが、いずれにしましても、こういうので、九〇年代というのはバブルの崩壊と日本の経済停滞、これはもう皆さん方がよく御存じのとおりです。
それが一つの大きな課題であったんですが、もう一つ私は大きな課題がありました。これを私は、実は今後の日本を考える場合に非常に重要な課題と思っております。それは何かというと、当時九〇年代において国内外からの内政干渉というものの批判ですね、批判を恐れる、それから軍国主義復活という批判を恐れる、こういうことを恐れるために、日本は、世界第二の経済大国になったにもかかわらず、もう決して自分たちとしては政治の分野、あるいはまた政治以外の分野において積極的に外交を取ろうとしなかったということ、これがやっぱり私は非常に大きな日本のマイナスの点だったと思います。
これは、特にいろんな、世界のいろいろな国から見ていると、私自身、外にいて見ていると、いつもこのことを感じました。やっぱり日本というのは、自分の経済力に見合った何らかのもっと積極的な外交をすべき、基本的には主体的な外交をすべきだったと思います。
そういう意味で、我々は余りにも戦後のいろんな後遺症を負い過ぎていたと。私たちは早くその後遺症を我々としては打ち捨てて、やはり過去の歴史的な経験あるいは国際的ないろいろな視点から学びながら、我が国の基本的な主体的なものをやらなくちゃいけないかと思います。
というわけで、実は二〇〇〇年代に入って、現在、これからの日本の国際協力、特に、私は今日、国際と平和協力、平和活動ということに対する日本の国際協力について話すということで考えておりますので、その点についてお話をしたいと思います。
皆さん方のお手元に、この二ページのところに、そういうわけで、二〇〇一年から二〇〇四年という、現在について私、書いておきましたけれども、少なくとも、これも簡単に申しますと、やはり国内問題はさておいて、対外的に申しますとこういうことなんですね。ナイン・イレブンという九月十一日の米国での同時多発テロの発生、それからアフガニスタンでのアルカイダ掃討作戦、イラク戦争・占領、グローバル競争下での勝者と敗者の出現、世界的協調体制の崩壊、欧州連合の東方への拡大、米州自由貿易協定の締結、これは実は来年ですね、アメリカは、北米、中米、南米全部を合わせた米州自由貿易協定を作るということを宣言しております。
そういうわけで、欧州自身も、御存じのように、EUは十五か国から二十五か国にもう既になる、この五月になるわけですけれども、そういう格好で世界がどんどん動いております。
そういう中で中国が台頭してまいりまして、中国はASEANとの包括経済連携協定、枠組み協定を結びました。これは御存じのように、もう一昨年の十一月のプノンペンの会議でもって中国がそれを結ぶということをしたわけです。そういう意味で、また同時に上海経済協力機構ですね、これは特に中央アジアとの関係で中国が結んだ経済協力機構ですが、中国がこういう格好でどんどん出ているわけですね。ところで、日本は何をしたんだと。何もしていなかったと、こういうことです。
私は、過去二十数年以来、東アジア共同体を作れということをずっと我が国の政府に申し入れてきた人間ですので、そういう意味で、この東アジア経済共同体あるいは東アジア共同体について若干でも進歩が確かにありました。
特に、御存じのように、我が国のかつて総理でありました橋本総理がそのときに決断を下しまして、ASEANプラス3というのに初めて参加してくださいましたけれども、その後の小渕総理並びに森総理、それから現在の総理ですね、小泉総理もすべてこれに参加しておりますが、ただ、そういうことに参加しているということは私、非常に高く評価するんですが、どの程度真剣かということになると若干の疑問があるということで、やはり私たちは、こういう大きな、アメリカにおける大きな変化、北米、中米、南米を含めた大きな変化、それからまた欧州におけるところの二十五か国体制、それからその二十五か国がやがて三十か国になりますけれども、そういうEUの大きな、エネルギッシュなダイナミックなそういう変化に対して、一体日本が何をしてきたんだということですね。
そういう意味で、私は、ここにも書いておきましたけれども、対外的には狭義の国益の追求に執着してきた日本の対外戦略を根本的に見直して、やっぱり貿易とか投資とか援助とか環境とか文化とか政治、安全保障、こういうものをすべて有機的に結び付けた、包括的安全保障という言葉を使っていますけれども、そういうものを目指した新しい長期ビジョンの対外戦略、それからまたそういうための原則、それからロードマップ、こういうものを我が国は早く作らなくちゃいけない。そのためには、どうしても私は、我が国の場合には、非常にいろいろ今課題になっておりますけれども、憲法第九条の第二項、これを改正しなくてはならないというふうに私自身は考えております。
そういう意味で、具体的な目標として、もう既に皆さん方国会議員あるいは日本の行政府とは別に、セカンドトラックという格好で学者の間で特に議論されている点でございますけれども、私たちはもう既に、北東アジア環境協力機構であるとか、あるいは日本・ASEAN包括的経済連携協定、あるいはまた日本・ASEAN安全保障協定、あるいはまた貿易、投資、援助、環境、文化その他を含めた包括的な安全保障を基本とした東アジア共同体の構築の模索をもう既に我々、セカンドトラックでもってやっております。
そこで、こういうようなことをやっていく上において何がやはり我々は将来考えていくべきかということについて次に入りたいと思います。
まず、長期的なビジョンとその原則でございますが、そこに書いてありますとおり、私たちは、グローバル化した二十一世紀ということをまず頭に置かなくちゃいけない。何しろこの経済は、この世界はグローバル化しているんだということですね。このグローバル化ということを、やっぱり私たちはこういう視点、これは一九四五年とは非常に違います。そういう意味で、このグローバル化したところの世界という中で我々がどうしていくかということになると、そこでは、やっぱり私たちが一九四五年に掲げた理想というものをやっぱり追い続けることも一方で重要であると、他方では現実にもっと目を向けなくちゃいけないという、この二つがあると思います。
そういう意味で、この長期的なビジョンとしては、そこに、もうこれは当たり前のことですけれども、書いておきましたように、個人の尊厳と公正な市民参加に立脚した地域社会の構築、国民の安全と福祉を保持し、国際社会においては一国平和主義を排して、地球益を包含した広義の国益に立脚した国際連帯意識というものを持たなくちゃいけない。そういう中で、地域協力と国際協力、この二つを柱として、世界平和の維持・構築、民主化の進展、今、先ほどイラクの話がありましたけれども、そういう民主化の進展、それから地球環境保全と両立する世界経済の発展・安定というものと南北格差、南南格差の縮小を図り、もって現在言われているところのMDG、新世紀開発目標の達成に努めると。これが私は我々のこれからの長期ビジョン、例えば憲法を改正するならば、その憲法改正の中にしっかりと前文に入れるような考え方ではないかと思います。
それから第二番目には、こういうような長期ビジョンを達成するためにはやっぱり原理原則が必要です。特に、私、欧米諸国のいろいろな大学で教えてきていつも言われたことは、日本というのはどうもその原理原則がはっきりしていないと。私、日本人としてはやっぱり割合とはっきりしていると思うんですが、どうもやっぱり彼らから見ると必ずしもはっきりしていないと。どうも日本人というのは感情で動くと。これは日本のある大学で教えている先生もそういうことを言っておられましたけれども、やっぱりもうちょっとそこに原理原則をはっきりすべきだなということは感じます。
特に、この政治のグローバリゼーションが行われている現代、特に民主主義というものをお互いに共有しているこの社会においては、世界においては、やはりそういう原理原則というのははっきりさせる必要がある。これもやっぱりちゃんと憲法の中に、もちろん新しい憲法の中には書かなくちゃいけない。そこでは、国民主権、それから個人の尊厳と思想・信仰・言論・集会の自由を根幹とした基本的人権の尊重、それから自立の促進、それから自主的な参加、機会の平等の確保、多様性の尊重、公正の実現、国内・国際連帯意識の高揚、情報の公開、透明性の確保、それから受託責任あるいは負託責任。
日本では、最近ずっとこのところ使われている言葉はこのいわゆる説明責任という言葉ですが、英語で言うアカウンタビリティーを説明責任という、だれが訳したか知りませんが、これは間違いです。この間違いを私はもう何回も行政に対し指摘し、また日本のプレス、新聞にも、マスコミにも直すように申し上げましたけれども、御存じのように日本のマスコミはツーリトル・ツーレート、いつもいわゆるやらない考え方ですね。何事も後へ回すというやはり考え方で、実はこのアカウンタビリティーという言葉は、基本的には受託責任あるいは負託責任であって、決して説明責任じゃありません。単に説明すれば済むという問題ではないということ。
そういう意味で、国家の基本理念とか国の政治構造、国民の基本的な権利義務を定める憲法というのは、これらの長期ビジョンとか原則をはっきりと明記するということが重要ではないかと思います。
そこで、今日の課題である国際平和維持活動あるいはこの構築、平和構築活動推進のためにどういうことを我々として考えなくちゃいけないかと。私は、実は昨年、皆さん方の一部の中では御存じだと思いますが、ADP委員会というのを立ち上げました。このADP委員会というのは、皆さん方のお手元にありますように、平和構築・民主化支援の委員会でございますが、幸いにも、この委員会を立ち上げるにおきましては、自民党、それから公明党、それから民主党、それから社民党、それから共産党とすべての政党から非常に歓迎されました。そして、そういうわけでこのNGOを今私は理事長として始めましたけれども、この考え方の根本にありますのは何かというと、今申しましたように、やっぱり我が国の場合には、長期ビジョン・原則をしっかりと達成するために対外的にはっきり自分たちが何をやるかということを考えなくちゃいけないということ。そこに三つの選択できる道を書きましたけれども、当然、この三つは選択できるけれども、そのうちの二つは選択すべき道でないということで書いておきました。
これはここに書いてありますので、特にここで時間がありませんので申し上げませんが、私から見ると、第三の選択、すなわち第三の選択というのは、国連平和維持・構築活動や国連安全保障理事会の決議に基づく国際平和活動を、国連憲章に基づいて推進することは現行憲法第九条二項の違反となるので、現行憲法を保持するために国連を脱退するというような、こういう、済みません、これはちょっと、私は間違いがあります。
いずれにしましても、こういうことで、私としては、こういう第三の選択は駄目だ、それから第二の選択も駄目だと。それから、そういう意味で、この第一の選択こそ、最後のところは、これ第三ではなくて第一の選択です、ごめんなさい、四のところは第一の選択でございますが、この第一の選択こそ日本がやるべきである。
それは何かといいますと、やはりこれは、国連平和維持活動、構築活動や国連安全保障理事会の決議に基づく国際平和活動を国連憲章に基づいて推進することは現行憲法の第九条二項の違反となるので現行憲法を改正すべきであるというのがこの点でございますが、いずれにしましても、こういうことで、国連憲章に基づいて我が国は、我が国の憲法改正というのを考えることが最も現代社会において、グローバル社会において重要なことではないかと思います。
そこで、私自身の非常に強調したい点というのは、こういうことをやる上において、大変残念ながら我が国の国内でまだ十分な議論が起こっておりません。幸いにも、国会におきましてこういうような憲法についての調査会ができまして、そこでもって大いに国民的な議論を展開しようということでございます。これは大歓迎であって、是非そういうようなことをやっていただいて、日本の国民に真剣に我が国自身のいわゆる国際的な役割の在り方、そういうものをしっかり考えてもらいたいと。そのときに、同時に憲法についても考えてほしいということで、こういうような憲法調査会ができたということは、私、非常にうれしく思っております。
そこにありますように一種の待ったなしの状況でございますので、何とかして、我々、この時期をうまく使って、我が国の国民がやはりこの憲法改正についてやっぱり国民投票を通じてしっかりとやれるような、そういう案を国会でもって大いに議論していただいて皆さん方に提供してほしい。やっぱり国民は、こういう問題について十分な議論がないとなかなか分からない。だから、これは正に国会が議論すべきことであって、国会で大いに議論していただいて、それを、したがって、最終的には国民が判断するということが重要ではないかと思います。
その場合に、ここに書いてありますとおり、何とかして私たちは原理原則というものをはっきりさせた上で、そしてその中で長期ビジョンというものをしっかり持って、我が国の置かれた立場、国際社会における立場、これは、もちろんこれは時代によって変わってくるわけでございますけれども、こういうものをしっかりと世界に訴えていくと、もっともっと積極的な外交政策に日本が入ることが重要ではないかと思います。
以上でございます。
どうもありがとうございました。
この発言だけを見る →今日は、こういう機会を与えていただきまして、私自身のいろんな意見を述べることができますこと、大変どうもありがとうございます。
今日の私の議論は二つに分かれます。一つは、まず何といっても我が国が第二次世界大戦後たどってきた道というものを国際環境の変化の中で見ないと困るなと。というのは、やっぱり私自身たまたま約二十年間海外で生活してまいりまして、海外の大学あるいは国際機関で長く働いてまいりました。そういう立場から、どうしても日本というものを海外から見るということをやってきたものですから、そういうのを見るとやっぱりどうも我々は二つの点で必要だなと。もっと必要だと。
一つは、やっぱり我が国自身の将来を考えるとき、あるいは現在、将来を考えるときには、どうしても歴史的な視点ですね、どういう歴史を持ってきたかということ、これをしっかりと持つことが重要であるという点です。それから第二番目には、国際的な視点というものを持つことが重要。この二つが最も重要で、正にこれから日本がどうしたらいいか、この憲法改正の問題を含めてどうしたらいいかということを考えれば、この歴史的な視点と国際的な視点が最も重要ではないかと考えております。
そこで、皆さん方のお手元に、二番目として「戦後の変貌する国際環境の中で日本の地位・立場の変化」というふうに書いておきました。これを長く読んでいますと非常に時間が掛かりますので、この点についてはごく簡単に、次のように私としては要約しておきたいと思います。
何といってもやはり一九四五年から五〇年というのは、これはたまたま私も当時中学生、大学生でしたけれども、そういう中で国連とか国際通貨基金あるいは世界銀行、ガット体制、そういうものの成立に見たように、世界全体が理想主義というものが主流であったと、そういう中で我が国の憲法が作られたということですね。世界の理想主義の中で我が国の憲法が作られている、これは非常に重要な歴史的な視点だと思っております。また同時に国際的な視点だと思います。
それから第二番目に、一九五一年から七〇年ですが、この時代は正に基本的には円安の為替レートというものとガット体制、こういうものの二つに支えられて五〇年代、六〇年代の日本の高度成長があったと、高度経済成長があった。同時に、しかし残念ながら、これは私、残念ながらと言うんですが、日本の安全というものを単に日米安全保障条約あるいは安保体制に依存したと。そして経済発展だけに専念してきた。やはり我が国の安全を考えた場合には、我が国自身のやはり安全ということをもっとしっかり考えるべきではなかったか。それをアメリカというものに依存するという体制を取ってしまったということであるわけです。これもまた同時に重要な歴史的な国際的な視点です。
それから三番目には、七一年から八〇年ですが、この時代は六〇年代後半から七〇年代にかけて、実は日米で物すごい大きな経済摩擦がありました。御存じのように、繊維、それから自動車、鉄鋼、産業機械、あらゆる分野でこういうような経済摩擦があったわけですが、またその経済摩擦を解決するために何を日本がやったかというと、単に経済外交というものだけでやっていこうとしたと、こういうことがあります。
私は、この経済摩擦の中に実は背後には政治の問題があったと、こうとらえておりますので、特に私、当時アメリカに住んでおりまして、やはり日本に対するアメリカの非常に大きな批判というのは、ここまで大きくなった日本が、GNPから見て世界第二位にこのときなっているんですが、その国が何ら国際社会において経済以外の分野で何かしようとしないという、これに対する非常に大きな彼らの、言ってみれば彼らから見る不満というものがあったわけです。
他方、今度はアジアを中心としたところのそういう対途上国貿易、あるいはODAの拡大、あるいはまた、そういうものによって何とかして対米、対欧州摩擦を乗り切ろうといった、こういう、私から見ると、またこの点もやはり、実はこの時代というのは、私はやはりアジアのいろいろな大学でも教えていたわけですけれども、やっぱりこのアジアの大学で教えていて私いつも強調したことは、例えば第二次世界大戦というのはどういう意味を持ったかということを学生といろいろ議論したときに、学生とはこれアジアの学生からです、日本人じゃない。アジアの学生から出てきた言葉は、先生いつまで第二次世界大戦のことを言っているんですかと、我々はもはや、もう高度成長時代に入ったと、だから我々としては何とかしてこれから世界をどう作っていくかということについて日本がどういうイメージを持っているか知りたいということであって、いつまでもいつまでも第二次世界大戦のことだけを言うなと。それよりも、そのことを学んで、そのことから教訓を学んで次の行くべき道を日本は考えるべきだということが、当時の学生からしょっちゅう私は言われました。当時の学生の中には、現在総理大臣になっている方もいます。途上国ですので、やはりそうなんです。
それから、八一年から九〇年ですが、この時代は対米、対欧州、対アジア関係において実は何を日本がやってきたかというと、これも私はもう本当に端的に申しまして、ダブルTLと、政策と言っております。このダブルTLというのはどういうことかというと、TLTLと書くからダブルと言うんですね。TLTLというのは、実はツーリトル・ツーレート、ツーリトル・ツーレート。何事も遅過ぎると、それから小出しにするという、何事も小出しに、また遅過ぎにする。大胆な政治的な決定をしない、何事もその次に回してしまうという、次に次に回してしまうという、こういう日本のやり方。こういうことに対するところの大きな批判が、当時やはり、私自身この当時はニューヨークに住んでおりましたけれども、アメリカでもいろいろな批判ありましたし、またヨーロッパからも批判もありましたし、アジアからもそういう批判がありました。
それから、同時に、こういうような中で、日本を取り巻く世界の経済、政治、社会、こういうものが、いわゆるグローバリゼーションというものが非常に進行していたわけであって、そのグローバリゼーションの中でやっぱり日本は目を閉じていたと。グローバリゼーションがどんどん進んでくるにもかかわらず日本は目を閉じて、やたらといわゆる経済外交だけに専念してきたと。
それで、もっと端的に申しますと、資金供与型の、資金供与依存型の国際協力をしていた。お金だけ出せばいいんだという、こういう考え方。人を出さない、あるいは知恵を出さない、単にお金だけを出すという、こういうような日本のやり方というものが、やっぱり私も国際機関に当時働いておりましたし、そういう中でかなり日本に対する批判がいつも出てまいりました。私、もちろん日本人ですから日本の若干の弁護をするんですが、しかし、自分自身もやはりそういうふうに考えているものですから、必ずしも私の弁護はいわゆる正しい弁護じゃなかったと思いますが、いずれにしましても、そういうことでこの大きな問題がありました。
それから、九一年から二〇〇〇年ですが、この時代はよく失われた十年ということを言われております。実は私はいろんなところで書いておりますが、失われた二十年と言っているんですね、失われた十年ではなくて。というのは、ちょうどバブルの崩壊が確かに九一年から始まりましたけれども、実はそのバブルの崩壊を起こした大きな理由は八〇年代にあったわけであって、特に八五年のいわゆるプラザ合意というものがそういうことにあったわけですが、いずれにしましても、こういうので、九〇年代というのはバブルの崩壊と日本の経済停滞、これはもう皆さん方がよく御存じのとおりです。
それが一つの大きな課題であったんですが、もう一つ私は大きな課題がありました。これを私は、実は今後の日本を考える場合に非常に重要な課題と思っております。それは何かというと、当時九〇年代において国内外からの内政干渉というものの批判ですね、批判を恐れる、それから軍国主義復活という批判を恐れる、こういうことを恐れるために、日本は、世界第二の経済大国になったにもかかわらず、もう決して自分たちとしては政治の分野、あるいはまた政治以外の分野において積極的に外交を取ろうとしなかったということ、これがやっぱり私は非常に大きな日本のマイナスの点だったと思います。
これは、特にいろんな、世界のいろいろな国から見ていると、私自身、外にいて見ていると、いつもこのことを感じました。やっぱり日本というのは、自分の経済力に見合った何らかのもっと積極的な外交をすべき、基本的には主体的な外交をすべきだったと思います。
そういう意味で、我々は余りにも戦後のいろんな後遺症を負い過ぎていたと。私たちは早くその後遺症を我々としては打ち捨てて、やはり過去の歴史的な経験あるいは国際的ないろいろな視点から学びながら、我が国の基本的な主体的なものをやらなくちゃいけないかと思います。
というわけで、実は二〇〇〇年代に入って、現在、これからの日本の国際協力、特に、私は今日、国際と平和協力、平和活動ということに対する日本の国際協力について話すということで考えておりますので、その点についてお話をしたいと思います。
皆さん方のお手元に、この二ページのところに、そういうわけで、二〇〇一年から二〇〇四年という、現在について私、書いておきましたけれども、少なくとも、これも簡単に申しますと、やはり国内問題はさておいて、対外的に申しますとこういうことなんですね。ナイン・イレブンという九月十一日の米国での同時多発テロの発生、それからアフガニスタンでのアルカイダ掃討作戦、イラク戦争・占領、グローバル競争下での勝者と敗者の出現、世界的協調体制の崩壊、欧州連合の東方への拡大、米州自由貿易協定の締結、これは実は来年ですね、アメリカは、北米、中米、南米全部を合わせた米州自由貿易協定を作るということを宣言しております。
そういうわけで、欧州自身も、御存じのように、EUは十五か国から二十五か国にもう既になる、この五月になるわけですけれども、そういう格好で世界がどんどん動いております。
そういう中で中国が台頭してまいりまして、中国はASEANとの包括経済連携協定、枠組み協定を結びました。これは御存じのように、もう一昨年の十一月のプノンペンの会議でもって中国がそれを結ぶということをしたわけです。そういう意味で、また同時に上海経済協力機構ですね、これは特に中央アジアとの関係で中国が結んだ経済協力機構ですが、中国がこういう格好でどんどん出ているわけですね。ところで、日本は何をしたんだと。何もしていなかったと、こういうことです。
私は、過去二十数年以来、東アジア共同体を作れということをずっと我が国の政府に申し入れてきた人間ですので、そういう意味で、この東アジア経済共同体あるいは東アジア共同体について若干でも進歩が確かにありました。
特に、御存じのように、我が国のかつて総理でありました橋本総理がそのときに決断を下しまして、ASEANプラス3というのに初めて参加してくださいましたけれども、その後の小渕総理並びに森総理、それから現在の総理ですね、小泉総理もすべてこれに参加しておりますが、ただ、そういうことに参加しているということは私、非常に高く評価するんですが、どの程度真剣かということになると若干の疑問があるということで、やはり私たちは、こういう大きな、アメリカにおける大きな変化、北米、中米、南米を含めた大きな変化、それからまた欧州におけるところの二十五か国体制、それからその二十五か国がやがて三十か国になりますけれども、そういうEUの大きな、エネルギッシュなダイナミックなそういう変化に対して、一体日本が何をしてきたんだということですね。
そういう意味で、私は、ここにも書いておきましたけれども、対外的には狭義の国益の追求に執着してきた日本の対外戦略を根本的に見直して、やっぱり貿易とか投資とか援助とか環境とか文化とか政治、安全保障、こういうものをすべて有機的に結び付けた、包括的安全保障という言葉を使っていますけれども、そういうものを目指した新しい長期ビジョンの対外戦略、それからまたそういうための原則、それからロードマップ、こういうものを我が国は早く作らなくちゃいけない。そのためには、どうしても私は、我が国の場合には、非常にいろいろ今課題になっておりますけれども、憲法第九条の第二項、これを改正しなくてはならないというふうに私自身は考えております。
そういう意味で、具体的な目標として、もう既に皆さん方国会議員あるいは日本の行政府とは別に、セカンドトラックという格好で学者の間で特に議論されている点でございますけれども、私たちはもう既に、北東アジア環境協力機構であるとか、あるいは日本・ASEAN包括的経済連携協定、あるいはまた日本・ASEAN安全保障協定、あるいはまた貿易、投資、援助、環境、文化その他を含めた包括的な安全保障を基本とした東アジア共同体の構築の模索をもう既に我々、セカンドトラックでもってやっております。
そこで、こういうようなことをやっていく上において何がやはり我々は将来考えていくべきかということについて次に入りたいと思います。
まず、長期的なビジョンとその原則でございますが、そこに書いてありますとおり、私たちは、グローバル化した二十一世紀ということをまず頭に置かなくちゃいけない。何しろこの経済は、この世界はグローバル化しているんだということですね。このグローバル化ということを、やっぱり私たちはこういう視点、これは一九四五年とは非常に違います。そういう意味で、このグローバル化したところの世界という中で我々がどうしていくかということになると、そこでは、やっぱり私たちが一九四五年に掲げた理想というものをやっぱり追い続けることも一方で重要であると、他方では現実にもっと目を向けなくちゃいけないという、この二つがあると思います。
そういう意味で、この長期的なビジョンとしては、そこに、もうこれは当たり前のことですけれども、書いておきましたように、個人の尊厳と公正な市民参加に立脚した地域社会の構築、国民の安全と福祉を保持し、国際社会においては一国平和主義を排して、地球益を包含した広義の国益に立脚した国際連帯意識というものを持たなくちゃいけない。そういう中で、地域協力と国際協力、この二つを柱として、世界平和の維持・構築、民主化の進展、今、先ほどイラクの話がありましたけれども、そういう民主化の進展、それから地球環境保全と両立する世界経済の発展・安定というものと南北格差、南南格差の縮小を図り、もって現在言われているところのMDG、新世紀開発目標の達成に努めると。これが私は我々のこれからの長期ビジョン、例えば憲法を改正するならば、その憲法改正の中にしっかりと前文に入れるような考え方ではないかと思います。
それから第二番目には、こういうような長期ビジョンを達成するためにはやっぱり原理原則が必要です。特に、私、欧米諸国のいろいろな大学で教えてきていつも言われたことは、日本というのはどうもその原理原則がはっきりしていないと。私、日本人としてはやっぱり割合とはっきりしていると思うんですが、どうもやっぱり彼らから見ると必ずしもはっきりしていないと。どうも日本人というのは感情で動くと。これは日本のある大学で教えている先生もそういうことを言っておられましたけれども、やっぱりもうちょっとそこに原理原則をはっきりすべきだなということは感じます。
特に、この政治のグローバリゼーションが行われている現代、特に民主主義というものをお互いに共有しているこの社会においては、世界においては、やはりそういう原理原則というのははっきりさせる必要がある。これもやっぱりちゃんと憲法の中に、もちろん新しい憲法の中には書かなくちゃいけない。そこでは、国民主権、それから個人の尊厳と思想・信仰・言論・集会の自由を根幹とした基本的人権の尊重、それから自立の促進、それから自主的な参加、機会の平等の確保、多様性の尊重、公正の実現、国内・国際連帯意識の高揚、情報の公開、透明性の確保、それから受託責任あるいは負託責任。
日本では、最近ずっとこのところ使われている言葉はこのいわゆる説明責任という言葉ですが、英語で言うアカウンタビリティーを説明責任という、だれが訳したか知りませんが、これは間違いです。この間違いを私はもう何回も行政に対し指摘し、また日本のプレス、新聞にも、マスコミにも直すように申し上げましたけれども、御存じのように日本のマスコミはツーリトル・ツーレート、いつもいわゆるやらない考え方ですね。何事も後へ回すというやはり考え方で、実はこのアカウンタビリティーという言葉は、基本的には受託責任あるいは負託責任であって、決して説明責任じゃありません。単に説明すれば済むという問題ではないということ。
そういう意味で、国家の基本理念とか国の政治構造、国民の基本的な権利義務を定める憲法というのは、これらの長期ビジョンとか原則をはっきりと明記するということが重要ではないかと思います。
そこで、今日の課題である国際平和維持活動あるいはこの構築、平和構築活動推進のためにどういうことを我々として考えなくちゃいけないかと。私は、実は昨年、皆さん方の一部の中では御存じだと思いますが、ADP委員会というのを立ち上げました。このADP委員会というのは、皆さん方のお手元にありますように、平和構築・民主化支援の委員会でございますが、幸いにも、この委員会を立ち上げるにおきましては、自民党、それから公明党、それから民主党、それから社民党、それから共産党とすべての政党から非常に歓迎されました。そして、そういうわけでこのNGOを今私は理事長として始めましたけれども、この考え方の根本にありますのは何かというと、今申しましたように、やっぱり我が国の場合には、長期ビジョン・原則をしっかりと達成するために対外的にはっきり自分たちが何をやるかということを考えなくちゃいけないということ。そこに三つの選択できる道を書きましたけれども、当然、この三つは選択できるけれども、そのうちの二つは選択すべき道でないということで書いておきました。
これはここに書いてありますので、特にここで時間がありませんので申し上げませんが、私から見ると、第三の選択、すなわち第三の選択というのは、国連平和維持・構築活動や国連安全保障理事会の決議に基づく国際平和活動を、国連憲章に基づいて推進することは現行憲法第九条二項の違反となるので、現行憲法を保持するために国連を脱退するというような、こういう、済みません、これはちょっと、私は間違いがあります。
いずれにしましても、こういうことで、私としては、こういう第三の選択は駄目だ、それから第二の選択も駄目だと。それから、そういう意味で、この第一の選択こそ、最後のところは、これ第三ではなくて第一の選択です、ごめんなさい、四のところは第一の選択でございますが、この第一の選択こそ日本がやるべきである。
それは何かといいますと、やはりこれは、国連平和維持活動、構築活動や国連安全保障理事会の決議に基づく国際平和活動を国連憲章に基づいて推進することは現行憲法の第九条二項の違反となるので現行憲法を改正すべきであるというのがこの点でございますが、いずれにしましても、こういうことで、国連憲章に基づいて我が国は、我が国の憲法改正というのを考えることが最も現代社会において、グローバル社会において重要なことではないかと思います。
そこで、私自身の非常に強調したい点というのは、こういうことをやる上において、大変残念ながら我が国の国内でまだ十分な議論が起こっておりません。幸いにも、国会におきましてこういうような憲法についての調査会ができまして、そこでもって大いに国民的な議論を展開しようということでございます。これは大歓迎であって、是非そういうようなことをやっていただいて、日本の国民に真剣に我が国自身のいわゆる国際的な役割の在り方、そういうものをしっかり考えてもらいたいと。そのときに、同時に憲法についても考えてほしいということで、こういうような憲法調査会ができたということは、私、非常にうれしく思っております。
そこにありますように一種の待ったなしの状況でございますので、何とかして、我々、この時期をうまく使って、我が国の国民がやはりこの憲法改正についてやっぱり国民投票を通じてしっかりとやれるような、そういう案を国会でもって大いに議論していただいて皆さん方に提供してほしい。やっぱり国民は、こういう問題について十分な議論がないとなかなか分からない。だから、これは正に国会が議論すべきことであって、国会で大いに議論していただいて、それを、したがって、最終的には国民が判断するということが重要ではないかと思います。
その場合に、ここに書いてありますとおり、何とかして私たちは原理原則というものをはっきりさせた上で、そしてその中で長期ビジョンというものをしっかり持って、我が国の置かれた立場、国際社会における立場、これは、もちろんこれは時代によって変わってくるわけでございますけれども、こういうものをしっかりと世界に訴えていくと、もっともっと積極的な外交政策に日本が入ることが重要ではないかと思います。
以上でございます。
どうもありがとうございました。
上
上杉光弘#7
○会長(上杉光弘君) ありがとうございました。
以上で参考人の意見陳述は終了いたしました。
これより参考人に対する質疑に入ります。
質疑のある方は順次御発言願います。
なお、質疑の際は、最初にどなたに対する質問かお述べください。また、時間が限られておりますので、質疑、答弁とも簡潔に願います。
松村龍二君。
この発言だけを見る →以上で参考人の意見陳述は終了いたしました。
これより参考人に対する質疑に入ります。
質疑のある方は順次御発言願います。
なお、質疑の際は、最初にどなたに対する質問かお述べください。また、時間が限られておりますので、質疑、答弁とも簡潔に願います。
松村龍二君。
松
松村龍二#8
○松村龍二君 自民党の松村龍二でございます。
本日は、憲法調査会「憲法と国際平和活動、国際協力」というテーマで、猪口先生、酒井先生、廣野先生から、それぞれ長い経験に基づく非常に貴重な御示唆、御意見をいただきまして大変参考になったわけでございます。まずもってお礼申し上げるわけですが、正直申しまして、この最後、廣野先生からは憲法改正を提言するようなお話にもなったわけですけれども、現在の憲法下で戦後のいろいろな自衛隊の在り方、日本の海外協力が進んできたわけでございますので、直ちに憲法とこれらの国際平和活動、国際協力がどういうふうに関係しているのかと、憲法調査会という立場からどういうふうに改正していかぬといかぬかということがちょっと話題にしにくいような感じで、私もちょっと質問に困っているわけですけれども、正直そういうことを申し上げまして、お三方に対して幾つかの質問をさせていただきます。
まず、酒井先生は、いつもテレビ等でイラク問題について大変知識の、現場のことに精通したお話がありまして、今日御説明ありましたように、イラクに日本が入っていくということについて、あるいはアメリカの現在のイラク統治の在り方について批判的な見方をされるわけです。
昨年、国会でイラク人道支援法が成立いたしまして、それに基づいて自衛隊が現在行っているわけですけれども、あの法律では、あくまでも戦闘が行われていない地域で活動するということを法律は決めたのに、しかも防衛庁長官の説明は繰り返し繰り返し、これは地域的な概念ではないんだ、憲法九条に違反しないということを法文上、法律上言っただけの話であって、どこの地域が安全だ、安全でないということではないんだという御説明であるにかかわらず、サマワは安全な地帯であるというふうなことで行っているような感じもするわけで、法律を真っ向から無視して動く政府でないかと、こういう批判も出そうなことを恐れるわけですけれども。
ところで、現在サマワへ行っておりますことは、非常にイラクの中で不思議と安全を保っておると。これは、先日NHKの奥参事官を扱った番組を見ておりましたら、奥さんの珍しい発言といたしまして、自分はイラクへ行って連合軍の中へ入ったときにもうすぐ感じたことは、アメリカというのはイラクの石油をねらってすべて組み立てているということが分かったというふうな番組がありまして驚いたんですけれども、そういう中で、現在サマワが選ばれたというのも、フセインにいじめられた地区である、したがってフセイン派の人たちが活動しにくい場所である、それでなおかつサマワの住民が日本に期待するという点で、奥さんが非常な炯眼であの地区を選んだために非常に安全なのかなというふうな気もするわけですけれども、ただ、これ陸続きのイラクの国内でいつどんなことが起きるか分からないということも心配しないといけない。
それから、日本政府の判断といたしまして、アメリカは民主主義を敷衍するため、独裁政治を排除するために必要だったんだというふうな開き直りの発言もあるわけですが、日本もそれに近いことを外務大臣が答弁することもあるわけですけれども、しかし民主主義を広めるということはアメリカ人ほど日本人は使命感がない。イラクはイラクでイラク人がイラクを支配していれば構わぬのじゃないかといったふうな気持ちの方が強く働くというふうな国柄かなというふうに思っておるわけです。
そういう点で、今回、まず酒井先生に御質問は、今度のイラク情勢から、今の私のコメントに対する御感想と、憲法上日本が今後こういう活動をする上において何か変化を作る必要があるのかどうか、その辺についてお聞かせいただきたいと思います。
この発言だけを見る →本日は、憲法調査会「憲法と国際平和活動、国際協力」というテーマで、猪口先生、酒井先生、廣野先生から、それぞれ長い経験に基づく非常に貴重な御示唆、御意見をいただきまして大変参考になったわけでございます。まずもってお礼申し上げるわけですが、正直申しまして、この最後、廣野先生からは憲法改正を提言するようなお話にもなったわけですけれども、現在の憲法下で戦後のいろいろな自衛隊の在り方、日本の海外協力が進んできたわけでございますので、直ちに憲法とこれらの国際平和活動、国際協力がどういうふうに関係しているのかと、憲法調査会という立場からどういうふうに改正していかぬといかぬかということがちょっと話題にしにくいような感じで、私もちょっと質問に困っているわけですけれども、正直そういうことを申し上げまして、お三方に対して幾つかの質問をさせていただきます。
まず、酒井先生は、いつもテレビ等でイラク問題について大変知識の、現場のことに精通したお話がありまして、今日御説明ありましたように、イラクに日本が入っていくということについて、あるいはアメリカの現在のイラク統治の在り方について批判的な見方をされるわけです。
昨年、国会でイラク人道支援法が成立いたしまして、それに基づいて自衛隊が現在行っているわけですけれども、あの法律では、あくまでも戦闘が行われていない地域で活動するということを法律は決めたのに、しかも防衛庁長官の説明は繰り返し繰り返し、これは地域的な概念ではないんだ、憲法九条に違反しないということを法文上、法律上言っただけの話であって、どこの地域が安全だ、安全でないということではないんだという御説明であるにかかわらず、サマワは安全な地帯であるというふうなことで行っているような感じもするわけで、法律を真っ向から無視して動く政府でないかと、こういう批判も出そうなことを恐れるわけですけれども。
ところで、現在サマワへ行っておりますことは、非常にイラクの中で不思議と安全を保っておると。これは、先日NHKの奥参事官を扱った番組を見ておりましたら、奥さんの珍しい発言といたしまして、自分はイラクへ行って連合軍の中へ入ったときにもうすぐ感じたことは、アメリカというのはイラクの石油をねらってすべて組み立てているということが分かったというふうな番組がありまして驚いたんですけれども、そういう中で、現在サマワが選ばれたというのも、フセインにいじめられた地区である、したがってフセイン派の人たちが活動しにくい場所である、それでなおかつサマワの住民が日本に期待するという点で、奥さんが非常な炯眼であの地区を選んだために非常に安全なのかなというふうな気もするわけですけれども、ただ、これ陸続きのイラクの国内でいつどんなことが起きるか分からないということも心配しないといけない。
それから、日本政府の判断といたしまして、アメリカは民主主義を敷衍するため、独裁政治を排除するために必要だったんだというふうな開き直りの発言もあるわけですが、日本もそれに近いことを外務大臣が答弁することもあるわけですけれども、しかし民主主義を広めるということはアメリカ人ほど日本人は使命感がない。イラクはイラクでイラク人がイラクを支配していれば構わぬのじゃないかといったふうな気持ちの方が強く働くというふうな国柄かなというふうに思っておるわけです。
そういう点で、今回、まず酒井先生に御質問は、今度のイラク情勢から、今の私のコメントに対する御感想と、憲法上日本が今後こういう活動をする上において何か変化を作る必要があるのかどうか、その辺についてお聞かせいただきたいと思います。
酒
酒井啓子#9
○参考人(酒井啓子君) 御指摘ありがとうございます。
今の御指摘については、サマワが安全な地域であるというふうなことで選ばれたということについての、それが本当に恒久的に続くのだろうかどうなのだろうかというような点に御関心がおありかと伺いました。あるいは、民主主義の導入というようなアメリカの意向に対して、日本が若干違う、そこまで使命感に燃えていないのではないか、燃えるような立場にあるわけではないのではないかという御指摘かと思います。そして三点目、憲法上、果たしてどのような措置が必要なのかという点でございます。
まず、サマワの安全状況でございますけれども、これは確かにおっしゃるとおり、現在までほかの地域に比べれば比較的安全でございますが、特に大きな政治抗争が起こっている地域ではございません。これはひとえにサマワが、サマワという町あるいはサマワを含めたムサンナ県という県がイラクの国内でも大変人口密度の低い、絶対人口としても下から二番目というような、言ってみれば非常に過疎地に当たる地域でありまして、経済的にも政治的にも主要な中心地、地帯というものではないという、そういう側面がかなりあろうかと思います。
といいますのも、同じようにフセイン政権にいじめられた、フセイン政権に抑圧された地域であっても、例えば南部のナーシリヤでありますとか、あるいは北部に、若干北の方にあるシーア派の聖地であるナジャフとかカルバラなどといったような地域は、経済的に中心地域になっているとか、あるいは政治的な重要性を持っているというようなことで、既にいろいろな、これはフセイン派、反フセイン派というような対立だけではなくて、同じ反フセイン派の中でも様々な派閥抗争がございまして、そうした派閥抗争に巻き込まれる形でいろいろな都市、地域が政治的に流動化しているというような現状がございます。
サマワの場合はそうした、ある意味では経済的にも政治的にも、それぞれの政治派閥がねらうほど大きな資源がなかったというようなことだろうかと思いますので、そういう意味で、これまで余り各派閥ともにサマワを拠点にして、あるいは地盤にして何かやろうというような、そういう発想とは無縁な地域であったかと思います。
ただ、これが今後恒常的に続くかどうかということにつきましては、とりわけ今後、いずれにしても今年の終わりあるいは来年の初めには直接選挙、しかも県別、地方別の、いわゆるその地方から議員を選出していって中央政権を組み、確立していくというような形での選挙が導入されることになりますので、これまで政治的、経済的に重要性がなかったと言われて、ある意味では各政治勢力からは余り注目を浴びてこなかったサマワでも、一つの選挙区は選挙区と、地盤は地盤という形で、いずれにしてもいろいろな政治勢力が触手を伸ばしてくる可能性というのは十分あるわけでありまして、既に一定の水面下のそうした駆け引きといいますか、抗争はあるということも、報道もございます。こうした政治的な抗争がただ単に政治的な選挙をめぐる駆け引きにとどまらず、武力による衝突というような形に転化していくことになると、これは必ずしもサマワが安全を維持できるというわけではなかろうかというふうに今考えております。
二番目の民主主義の点でございますけれども、先ほど御指摘させていただきましたように、今のイラク人の大半が内容はともあれ民主主義というものに対して非常に大きな期待を抱いている。しかし、その内容を見る限りでは、例えばこの民主主義に相反するものは何かという問いに対して、独裁とか不正義、正義ではないという、あるいは搾取といった項目が民主主義とは相入れない項目なんだというふうにイラク人は認識している部分がございます。
その意味では、これはアメリカ型の民主主義あるいはヨーロッパ起源の民主主義云々というよりも、ある意味で自由と政治参加を求め、他方、不正と搾取、独裁を嫌うという、ある意味では人類普遍の価値基準をイラク人も求めているにすぎないというようなことがあろうかと思いますので、その意味では私は、三番目の論点にもつながりますけれども、日本の持っているいわゆる民主憲法というものは十分、イラク人の今後の憲法制定あるいは民主政権の設立に対して十分モデルになり得るのではないかという、特に軍事独裁という、軍に依存した独裁体制というものに対するアレルギーといいますか、そういったものに辟易してきたというイラク人の今の心情から考えれば、日本の経験、戦後の経験というのは十分共感を得るような内容ではなかろうかと思います。
最後の憲法上の問題につきましては、私はイラクの問題に限って申し上げました。基本的には、自衛隊が戦後、イラクの戦後復興に果たせる役割はそれほど大きくないのではないか、むしろ別の形での貢献の方が効果的ではないかというような視点でお話しさせていただきましたので、その意味では、取り立てて憲法を、このイラク、対イラク貢献に関して憲法を何らかの形で変えなければいけないというような必要性は取りあえず今のところ私は感じておりません。よろしゅうございますでしょうか。
この発言だけを見る →今の御指摘については、サマワが安全な地域であるというふうなことで選ばれたということについての、それが本当に恒久的に続くのだろうかどうなのだろうかというような点に御関心がおありかと伺いました。あるいは、民主主義の導入というようなアメリカの意向に対して、日本が若干違う、そこまで使命感に燃えていないのではないか、燃えるような立場にあるわけではないのではないかという御指摘かと思います。そして三点目、憲法上、果たしてどのような措置が必要なのかという点でございます。
まず、サマワの安全状況でございますけれども、これは確かにおっしゃるとおり、現在までほかの地域に比べれば比較的安全でございますが、特に大きな政治抗争が起こっている地域ではございません。これはひとえにサマワが、サマワという町あるいはサマワを含めたムサンナ県という県がイラクの国内でも大変人口密度の低い、絶対人口としても下から二番目というような、言ってみれば非常に過疎地に当たる地域でありまして、経済的にも政治的にも主要な中心地、地帯というものではないという、そういう側面がかなりあろうかと思います。
といいますのも、同じようにフセイン政権にいじめられた、フセイン政権に抑圧された地域であっても、例えば南部のナーシリヤでありますとか、あるいは北部に、若干北の方にあるシーア派の聖地であるナジャフとかカルバラなどといったような地域は、経済的に中心地域になっているとか、あるいは政治的な重要性を持っているというようなことで、既にいろいろな、これはフセイン派、反フセイン派というような対立だけではなくて、同じ反フセイン派の中でも様々な派閥抗争がございまして、そうした派閥抗争に巻き込まれる形でいろいろな都市、地域が政治的に流動化しているというような現状がございます。
サマワの場合はそうした、ある意味では経済的にも政治的にも、それぞれの政治派閥がねらうほど大きな資源がなかったというようなことだろうかと思いますので、そういう意味で、これまで余り各派閥ともにサマワを拠点にして、あるいは地盤にして何かやろうというような、そういう発想とは無縁な地域であったかと思います。
ただ、これが今後恒常的に続くかどうかということにつきましては、とりわけ今後、いずれにしても今年の終わりあるいは来年の初めには直接選挙、しかも県別、地方別の、いわゆるその地方から議員を選出していって中央政権を組み、確立していくというような形での選挙が導入されることになりますので、これまで政治的、経済的に重要性がなかったと言われて、ある意味では各政治勢力からは余り注目を浴びてこなかったサマワでも、一つの選挙区は選挙区と、地盤は地盤という形で、いずれにしてもいろいろな政治勢力が触手を伸ばしてくる可能性というのは十分あるわけでありまして、既に一定の水面下のそうした駆け引きといいますか、抗争はあるということも、報道もございます。こうした政治的な抗争がただ単に政治的な選挙をめぐる駆け引きにとどまらず、武力による衝突というような形に転化していくことになると、これは必ずしもサマワが安全を維持できるというわけではなかろうかというふうに今考えております。
二番目の民主主義の点でございますけれども、先ほど御指摘させていただきましたように、今のイラク人の大半が内容はともあれ民主主義というものに対して非常に大きな期待を抱いている。しかし、その内容を見る限りでは、例えばこの民主主義に相反するものは何かという問いに対して、独裁とか不正義、正義ではないという、あるいは搾取といった項目が民主主義とは相入れない項目なんだというふうにイラク人は認識している部分がございます。
その意味では、これはアメリカ型の民主主義あるいはヨーロッパ起源の民主主義云々というよりも、ある意味で自由と政治参加を求め、他方、不正と搾取、独裁を嫌うという、ある意味では人類普遍の価値基準をイラク人も求めているにすぎないというようなことがあろうかと思いますので、その意味では私は、三番目の論点にもつながりますけれども、日本の持っているいわゆる民主憲法というものは十分、イラク人の今後の憲法制定あるいは民主政権の設立に対して十分モデルになり得るのではないかという、特に軍事独裁という、軍に依存した独裁体制というものに対するアレルギーといいますか、そういったものに辟易してきたというイラク人の今の心情から考えれば、日本の経験、戦後の経験というのは十分共感を得るような内容ではなかろうかと思います。
最後の憲法上の問題につきましては、私はイラクの問題に限って申し上げました。基本的には、自衛隊が戦後、イラクの戦後復興に果たせる役割はそれほど大きくないのではないか、むしろ別の形での貢献の方が効果的ではないかというような視点でお話しさせていただきましたので、その意味では、取り立てて憲法を、このイラク、対イラク貢献に関して憲法を何らかの形で変えなければいけないというような必要性は取りあえず今のところ私は感じておりません。よろしゅうございますでしょうか。
松
松村龍二#10
○松村龍二君 どうもありがとうございました。
次に、廣野先生にお伺いしたいと思いますが、廣野先生は非常に明快な、戦後の経済、国際平和の構築問題、経済状況の在り方から日本がどうあるべきかと、また憲法上もどういうふうな改正が必要かと、現在のようなあいまいな形でなくて、国連軍ができればそれに参加できるようなふうに持っていった方がいいというような御主張であったかと思います。
非常に明快な御説明で、ただ、これは長く外国におられたので、やっぱりこちらも明快な議論が、立場が、理論がないといけないと。ちょうど明治維新に、日本が西洋文明と接したときに、日本にしっかりしたものがないといかぬというので、天皇の、明治体制、明治憲法、明治天皇体制が作られたような意味で、何か、日本もどうしてもしっかりした議論は作らざるを得ないというような面もちょっと私なりに感じたわけですけれども。
そういう中で、非常に日本がダイナミックな外交を展開していく上で、先生の言われるような問題が、今、日本の小泉総理が、アメリカとはいいんですが、中国あるいは韓国に対して、国自体は決して軽視していないわけですが、総理自身が何か軽視しているような感じを受けるわけですが。しかし、これは中国という国が共産主義体制の国で、日本に対して、戦争は日本の帝国主義、軍国主義がやったことだから、その軍国主義の人だけに責任をなすり付けて、日本人民は悪くないんだと、日本国民と中国人と仲良くするために靖国が悪いと、それに守るから絶対許さぬと。あえて小泉さんはそれに挑戦しているようにも受け取れるわけなんですが。
しかし、はっきり日本の総理が、中国と仲良くいかないということは、ダイナミックなアジアの構築ができないというふうにも感じますけれども、これについて、廣野先生、どのようにお考えでしょうか。
この発言だけを見る →次に、廣野先生にお伺いしたいと思いますが、廣野先生は非常に明快な、戦後の経済、国際平和の構築問題、経済状況の在り方から日本がどうあるべきかと、また憲法上もどういうふうな改正が必要かと、現在のようなあいまいな形でなくて、国連軍ができればそれに参加できるようなふうに持っていった方がいいというような御主張であったかと思います。
非常に明快な御説明で、ただ、これは長く外国におられたので、やっぱりこちらも明快な議論が、立場が、理論がないといけないと。ちょうど明治維新に、日本が西洋文明と接したときに、日本にしっかりしたものがないといかぬというので、天皇の、明治体制、明治憲法、明治天皇体制が作られたような意味で、何か、日本もどうしてもしっかりした議論は作らざるを得ないというような面もちょっと私なりに感じたわけですけれども。
そういう中で、非常に日本がダイナミックな外交を展開していく上で、先生の言われるような問題が、今、日本の小泉総理が、アメリカとはいいんですが、中国あるいは韓国に対して、国自体は決して軽視していないわけですが、総理自身が何か軽視しているような感じを受けるわけですが。しかし、これは中国という国が共産主義体制の国で、日本に対して、戦争は日本の帝国主義、軍国主義がやったことだから、その軍国主義の人だけに責任をなすり付けて、日本人民は悪くないんだと、日本国民と中国人と仲良くするために靖国が悪いと、それに守るから絶対許さぬと。あえて小泉さんはそれに挑戦しているようにも受け取れるわけなんですが。
しかし、はっきり日本の総理が、中国と仲良くいかないということは、ダイナミックなアジアの構築ができないというふうにも感じますけれども、これについて、廣野先生、どのようにお考えでしょうか。
廣
廣野良吉#11
○参考人(廣野良吉君) 私は、一九七四年、ちょうど中国が文化大革命で荒れているときですが、そのときに周恩来総理の御招待で参りました。それで、参りましたけれども、それはあくまでも、私は一日本人として行ったんじゃなくて、たまたま国連の職員であったというところ、中国が国連に加盟したばかりだったものですから、何とかして、国連というものはどういうものであるか、あるいはまた国連の主体となっているアメリカあるいはヨーロッパあるいは日本の経済というのはどういうものであるか、市場経済体制というのはどういうものであるかということに講義に行きました。
そういうわけで、これはちょうど文化大革命のさなかですから、道路の上では毛沢東、毛沢東ということばっかり聞いていましたけれども、社会科学院でこの議論をしたときには、やはり中国自身は、やがてこれからは開かれた中国にならなくちゃいけないなということを言った学者がその中におりました。その学者は、後にもちろん、中国では今非常に尊重されております。
こういうことで、中国自身はやはり非常に大きな変化を一九六〇年代、七〇年代、八〇年代の中で、特に七八年のトウ小平のあの新しい政策の下で新しい動きを中国はしたわけです。
ただ、問題は、中国の場合にはこういう格好で経済的に開かれていくということをやったわけですが、御存じのように、経済改革はどんどん今進めておりますけれども、国有企業の民営化その他を含めてやっておりますが、政治改革はなかなか中国は進まないわけですね。これはやっぱり、中国の共産党という一つの一党独裁政治がありますので、それを早急に変えるということはなかなか難しい。ただ、変えているのは、やっぱり共産党員の中にも資本家をこれから入れるというのは、明らかにこれは大きな変化ですので、そういう中で中国自身はこれから変わっていくということを私は考えております。
変わっていく中国と日本がどうやっていくかということが重要ですので、日本は日本として、やっぱり日本人が信ずるところのことをしっかりと中国に伝えていくということが重要かと思います。そうしないと、また逆に向こうから信頼されないと、しょっちゅう変わるようじゃ困るということだと思います。
この発言だけを見る →そういうわけで、これはちょうど文化大革命のさなかですから、道路の上では毛沢東、毛沢東ということばっかり聞いていましたけれども、社会科学院でこの議論をしたときには、やはり中国自身は、やがてこれからは開かれた中国にならなくちゃいけないなということを言った学者がその中におりました。その学者は、後にもちろん、中国では今非常に尊重されております。
こういうことで、中国自身はやはり非常に大きな変化を一九六〇年代、七〇年代、八〇年代の中で、特に七八年のトウ小平のあの新しい政策の下で新しい動きを中国はしたわけです。
ただ、問題は、中国の場合にはこういう格好で経済的に開かれていくということをやったわけですが、御存じのように、経済改革はどんどん今進めておりますけれども、国有企業の民営化その他を含めてやっておりますが、政治改革はなかなか中国は進まないわけですね。これはやっぱり、中国の共産党という一つの一党独裁政治がありますので、それを早急に変えるということはなかなか難しい。ただ、変えているのは、やっぱり共産党員の中にも資本家をこれから入れるというのは、明らかにこれは大きな変化ですので、そういう中で中国自身はこれから変わっていくということを私は考えております。
変わっていく中国と日本がどうやっていくかということが重要ですので、日本は日本として、やっぱり日本人が信ずるところのことをしっかりと中国に伝えていくということが重要かと思います。そうしないと、また逆に向こうから信頼されないと、しょっちゅう変わるようじゃ困るということだと思います。
松
松村龍二#12
○松村龍二君 最後に猪口先生にお伺いしますが、御説明の中ではなかったようですが、国際連合平和維持活動待機軍、アジア平和維持活動待機軍というものを作ったらという御提案を主張しておられるようですが、現在の自衛隊が目的に応じて編成されて行く方が、事の性質が違うと、部隊のローテーションとかあるいは装備とか、固定的な待機軍というものを作ると、かえって今の自衛隊が状況に応じて編成されて行く方が能率的ではないかというような意見もあるかと思うんですが、先生、どのようにお考えでしょう。
この発言だけを見る →猪
猪口孝#13
○参考人(猪口孝君) ありがとうございます。
まあこれからどういうふうに考えるかですけれども、ドイツみたいに、連邦共和国の中の連邦共和国軍の軍隊の中でいろんな役割をある程度区切っていくというふうにするのも一つかと思いますし、全く自衛隊と別に何か作るというのもあるんですけれども、今は日本はそんな大きなの考えているわけじゃないですから、現行のままでこのミッションを新たなものとしてしっかりと作っていくというのが重要かと思いますが、ただ、地域的とかあるいは地球的な広がりとしてそれと一緒にやるというふうなことを考え始めた方が、日本にとっては、何といいますか、少なくとも現行憲法下では、この何といいますか、それが正当化しやすいという面があるので、やっぱり国連の決議に従って何かやると、それで日本もそれに基づいて、のっとってやるというような形があった方が、常に日本にとっては、一人だけで何かするというのはちょっとこう非常に難しいところが、新しくなった憲法でも恐らく残り続けると思うんで、そこら辺は考え始めた方がいいと思いますよ。
自衛隊の運用として、大きな中でいてローテーションするとか、装備だとか訓練だとか、いろいろあると思うんですけれども、何というか、もうちょっと地域的、国際的な広がり、それから行動、軍事行動になるわけですから、それをどういうふうに、レジティマシーといいますかね、正当性を付与するだけの大きな大義名分の下でできるかということを考えないと、なかなか自衛隊だけで何とかすると言っても、それは、軍事的に行動としては同じだと言っても、大義名分がくっ付いているか何かでは大違いで、逆効果になる面も多いわけですから、そこら辺を考えてこれから大いに議論が進めばそれでいいんじゃないかなとは思いますけれども、いろんなやり方があって、何とも今の段階ではああともこうとも言いにくいところはございます。
この発言だけを見る →まあこれからどういうふうに考えるかですけれども、ドイツみたいに、連邦共和国の中の連邦共和国軍の軍隊の中でいろんな役割をある程度区切っていくというふうにするのも一つかと思いますし、全く自衛隊と別に何か作るというのもあるんですけれども、今は日本はそんな大きなの考えているわけじゃないですから、現行のままでこのミッションを新たなものとしてしっかりと作っていくというのが重要かと思いますが、ただ、地域的とかあるいは地球的な広がりとしてそれと一緒にやるというふうなことを考え始めた方が、日本にとっては、何といいますか、少なくとも現行憲法下では、この何といいますか、それが正当化しやすいという面があるので、やっぱり国連の決議に従って何かやると、それで日本もそれに基づいて、のっとってやるというような形があった方が、常に日本にとっては、一人だけで何かするというのはちょっとこう非常に難しいところが、新しくなった憲法でも恐らく残り続けると思うんで、そこら辺は考え始めた方がいいと思いますよ。
自衛隊の運用として、大きな中でいてローテーションするとか、装備だとか訓練だとか、いろいろあると思うんですけれども、何というか、もうちょっと地域的、国際的な広がり、それから行動、軍事行動になるわけですから、それをどういうふうに、レジティマシーといいますかね、正当性を付与するだけの大きな大義名分の下でできるかということを考えないと、なかなか自衛隊だけで何とかすると言っても、それは、軍事的に行動としては同じだと言っても、大義名分がくっ付いているか何かでは大違いで、逆効果になる面も多いわけですから、そこら辺を考えてこれから大いに議論が進めばそれでいいんじゃないかなとは思いますけれども、いろんなやり方があって、何とも今の段階ではああともこうとも言いにくいところはございます。
松
上
川
川橋幸子#16
○川橋幸子君 民主党・新緑風会の川橋幸子と申します。今日は三人の参考人の先生方、貴重な話をありがとうございます。
最初に、大変、自分のことを言い訳させていただくという無礼をお許しいただきたいと思います。今日は私は、自分で希望してこのテーマについての質問をさせていただきたいと理事の方に申し出て、そのように実現しているわけですけれども、私最初に、今日のテーマの中で、自分勝手にきっと取ったのでしょう、国際協力という言葉がこのところの参考人質疑の中では今日初めて出てきた言葉だったものですから、むしろ政府開発援助の在り方とか、あるいは国連を通じての様々なマルチの援助の在り方とか、そういうお話になるのかなということで、こちらの問題意識がずれていて、先生方の御説明、よく理解できないところもあるかと思います。何か質問に先立ちまして言い訳がましくて申し訳ございませんが、そういう人間ですが質問をさせていただきたいと思います。
まず、猪口先生に、今日は大変長期的な物の見方を伺ったのだと思いますけれども、その中で、私の受け止め方の中では、普通の国ということを非常に強調されたような感じがいたしました。それぞれ国によって国民性なり文化なりによって国の在り方というのは違うんだろうけれども、普通の国というのは多分人権が大事にされて、民主主義国家であると。もう一点は軍事的な手段、行動はできるだけ避ける、これが普通の国だと。いともあっさり常識的な説明をされますと、何となくこのところ、普通の国だとか、いや、日本としての平和主義を守るための、日本のアイデンティティーを守るとしての国の在り方と、何かかんかんがくがくやってきたのがちょっとトーンを外されたというんでしょうか、そんな感じがしたわけでございます。
それで、改めてその普通の国、小沢一郎さんが最初に使った言葉かも分かりませんが、あのころは、やっぱり独立主権国家なら自国民の生命、財産を守るためにやはり軍事的な組織、何がしかの力を持つのが普通の国だという、こういう発想が当時は普通だったのではないかと思いますが、今先生がおっしゃったような普通の国ってどういう文脈、コンテクストでこの普通の国と私どもは理解すればよいのかも、いま一度お話しいただきたいと思います。
この発言だけを見る →最初に、大変、自分のことを言い訳させていただくという無礼をお許しいただきたいと思います。今日は私は、自分で希望してこのテーマについての質問をさせていただきたいと理事の方に申し出て、そのように実現しているわけですけれども、私最初に、今日のテーマの中で、自分勝手にきっと取ったのでしょう、国際協力という言葉がこのところの参考人質疑の中では今日初めて出てきた言葉だったものですから、むしろ政府開発援助の在り方とか、あるいは国連を通じての様々なマルチの援助の在り方とか、そういうお話になるのかなということで、こちらの問題意識がずれていて、先生方の御説明、よく理解できないところもあるかと思います。何か質問に先立ちまして言い訳がましくて申し訳ございませんが、そういう人間ですが質問をさせていただきたいと思います。
まず、猪口先生に、今日は大変長期的な物の見方を伺ったのだと思いますけれども、その中で、私の受け止め方の中では、普通の国ということを非常に強調されたような感じがいたしました。それぞれ国によって国民性なり文化なりによって国の在り方というのは違うんだろうけれども、普通の国というのは多分人権が大事にされて、民主主義国家であると。もう一点は軍事的な手段、行動はできるだけ避ける、これが普通の国だと。いともあっさり常識的な説明をされますと、何となくこのところ、普通の国だとか、いや、日本としての平和主義を守るための、日本のアイデンティティーを守るとしての国の在り方と、何かかんかんがくがくやってきたのがちょっとトーンを外されたというんでしょうか、そんな感じがしたわけでございます。
それで、改めてその普通の国、小沢一郎さんが最初に使った言葉かも分かりませんが、あのころは、やっぱり独立主権国家なら自国民の生命、財産を守るためにやはり軍事的な組織、何がしかの力を持つのが普通の国だという、こういう発想が当時は普通だったのではないかと思いますが、今先生がおっしゃったような普通の国ってどういう文脈、コンテクストでこの普通の国と私どもは理解すればよいのかも、いま一度お話しいただきたいと思います。
猪
猪口孝#17
○参考人(猪口孝君) ありがとうございました。
言葉というのは使う人によって大きく違いまして、ローグステーツ、無法国家なんてブッシュ大統領が言えばそういう意味になりますし、それから、日米摩擦のころ活躍したやはりアメリカ政府の役人だっただれかさんの本によれば、ローグステーツと書いてあって、ユナイテッドステーツと書いてあって、アメリカが無法国家だというような本を書いている人がいるぐらいですから、そのぐらいの差はもういつでもありまして、小沢一郎議員の普通国家と私の普通国家は激しく違っているという気もしますし、そう違ってもないような気がしますし、余り難しいことじゃなくて、やはりこの二十一世紀に入ったところでは、とにかくちゃんとした民主主義ができない国が普通であるわけがないと。普通でないへんてこな国であっては、世界の大義名分を一角を担って実現するということは恐れ、恐れ多いというかずうずうしいと、そういうことですね。
それから、人権、要するに国単位で活躍するという、何というか、行動するというのは、一方ではありますけれども、もう一人一人の人間を何とか大事にしようと、大変な目に遭っている人は何とか助けを差し伸べたいと、こういう意識も非常に強くなっているわけでありまして……
この発言だけを見る →言葉というのは使う人によって大きく違いまして、ローグステーツ、無法国家なんてブッシュ大統領が言えばそういう意味になりますし、それから、日米摩擦のころ活躍したやはりアメリカ政府の役人だっただれかさんの本によれば、ローグステーツと書いてあって、ユナイテッドステーツと書いてあって、アメリカが無法国家だというような本を書いている人がいるぐらいですから、そのぐらいの差はもういつでもありまして、小沢一郎議員の普通国家と私の普通国家は激しく違っているという気もしますし、そう違ってもないような気がしますし、余り難しいことじゃなくて、やはりこの二十一世紀に入ったところでは、とにかくちゃんとした民主主義ができない国が普通であるわけがないと。普通でないへんてこな国であっては、世界の大義名分を一角を担って実現するということは恐れ、恐れ多いというかずうずうしいと、そういうことですね。
それから、人権、要するに国単位で活躍するという、何というか、行動するというのは、一方ではありますけれども、もう一人一人の人間を何とか大事にしようと、大変な目に遭っている人は何とか助けを差し伸べたいと、こういう意識も非常に強くなっているわけでありまして……
川
猪
猪口孝#19
○参考人(猪口孝君) はい、はい。──いいんですか。
それで、三番目は、やっぱりとにかく経済は市場経済、自由市場経済ということで、大変なこともあるけれども、何とかみんなで助け合おうというところが出てこないと普通の国になり得ない。
ただ、そういっても、とにかく破綻国家とかいろいろ難しい国家も、国家といいますか、社会がありますから、軍事力というものがある程度出てこなければ駄目な局面も幾らでもあると。こういうときに、何もただ茫然として涙流しているというんじゃ駄目なんで、これが駄目だと言っているのでありまして、それも大義名分のために力を使うことはやむを得ない局面もあるだろうと。
日本は、ましてや得意じゃない。何かやわやわやわやわした人ばっかりでどうも駄目だというんだったら、それはそれである程度はいいと。ただ、ちょっとそういうみんなの指導的な立場になっている政府の中では、日本には必ずしも最も激しい、海兵隊に要求するような激しい面倒くさいことをアサインしても何もうまくいかないに決まっているからやめようとか、そういう形で、得意得意で分担していくというような感じで考えていけばいいんだろうと思って、とてつもないことを日本に頼まれても、あるいは自分で課しても、そんな無理なことを、嫌、嫌なことは嫌なわけですから、いくと。
ただ、地球全体の人類としては、そういう局面もあるだろう、そういう仕事もあるだろうというぐらいに考えていないと、国単位で、私はそういうところにはかかわりたくないというだけでは何とも、だんだん一体化しているわけですから、うまくいかぬのです。
そして、経済の仕組み自身が、その国は駄目だから、国民性がちょっと変わっているからへんてこになっているというんじゃなくて、大きな経済の仕組みの中で何か、何というか、まずいカードを引いちゃったなというか、そういう立場に追いやられているなという国がわっと何十もあるわけですね。それに対して、ある程度やっぱりこっちはよく考え、親身になって手を助ける、できることで助けるという、そういう精神がないと普通の国ということは言えないと思うんですね。そういう意味で私は普通の国を考えています。
この発言だけを見る →それで、三番目は、やっぱりとにかく経済は市場経済、自由市場経済ということで、大変なこともあるけれども、何とかみんなで助け合おうというところが出てこないと普通の国になり得ない。
ただ、そういっても、とにかく破綻国家とかいろいろ難しい国家も、国家といいますか、社会がありますから、軍事力というものがある程度出てこなければ駄目な局面も幾らでもあると。こういうときに、何もただ茫然として涙流しているというんじゃ駄目なんで、これが駄目だと言っているのでありまして、それも大義名分のために力を使うことはやむを得ない局面もあるだろうと。
日本は、ましてや得意じゃない。何かやわやわやわやわした人ばっかりでどうも駄目だというんだったら、それはそれである程度はいいと。ただ、ちょっとそういうみんなの指導的な立場になっている政府の中では、日本には必ずしも最も激しい、海兵隊に要求するような激しい面倒くさいことをアサインしても何もうまくいかないに決まっているからやめようとか、そういう形で、得意得意で分担していくというような感じで考えていけばいいんだろうと思って、とてつもないことを日本に頼まれても、あるいは自分で課しても、そんな無理なことを、嫌、嫌なことは嫌なわけですから、いくと。
ただ、地球全体の人類としては、そういう局面もあるだろう、そういう仕事もあるだろうというぐらいに考えていないと、国単位で、私はそういうところにはかかわりたくないというだけでは何とも、だんだん一体化しているわけですから、うまくいかぬのです。
そして、経済の仕組み自身が、その国は駄目だから、国民性がちょっと変わっているからへんてこになっているというんじゃなくて、大きな経済の仕組みの中で何か、何というか、まずいカードを引いちゃったなというか、そういう立場に追いやられているなという国がわっと何十もあるわけですね。それに対して、ある程度やっぱりこっちはよく考え、親身になって手を助ける、できることで助けるという、そういう精神がないと普通の国ということは言えないと思うんですね。そういう意味で私は普通の国を考えています。
川
川橋幸子#20
○川橋幸子君 私の聞き方が悪かったんだと思い、また私、先生にだまされたような感じで、丸め込まれたような気がいたします。
じゃ、ちょっと聞き方を変えまして、憲法は改正されるでしょうということで、御自身の主張というよりも、そういう事態になるでしょうという、そういう御表現の仕方をなさったことが私、頭に残っておりますのと、それから国際協力については、まあ日本は大変よくやっているし、やり過ぎというような、そこまではおっしゃいませんでしたが、非常に断トツにやっているけれども、まあそういうところで頑張るのもいいのでしょうねという感じで受け止めたのですが、この二点について、もう少し分かりやすく短い言葉で御説明ください。
この発言だけを見る →じゃ、ちょっと聞き方を変えまして、憲法は改正されるでしょうということで、御自身の主張というよりも、そういう事態になるでしょうという、そういう御表現の仕方をなさったことが私、頭に残っておりますのと、それから国際協力については、まあ日本は大変よくやっているし、やり過ぎというような、そこまではおっしゃいませんでしたが、非常に断トツにやっているけれども、まあそういうところで頑張るのもいいのでしょうねという感じで受け止めたのですが、この二点について、もう少し分かりやすく短い言葉で御説明ください。
猪
猪口孝#21
○参考人(猪口孝君) ありがとうございました。
私の今申し上げたような普通の国というような形をもっとより良く実現できるような憲法を作るということであれば非常にいいことだと思うし、そうでなければまあ一定の留保があるだろうということであります。
国際協力についてですけれども、これはやはりもうちょっとよく考えないと駄目だという気はしますね。どんどんやるのは非常に大賛成で、それでいろいろもうちょっと頭を、それからもうちょっと現場といいますか、それぞれの苦しみ、悲しみがあるところに何をしたら一番うれしいのか。それで、必ずしも歓迎されなくても、多分この時期ではやったらいいというようなことはどういうものなのか。それをやるためには、どういうふうなスキームを使ってやったらいいのか。国連を通じてなのか、世界銀行を通じてなのか、あるいは日本独自でやるのか、あるいはいろんな形で、もう少しコンソーシアムみたいのを作っていくのかとか、いろいろもうちょっと頭のある国際協力と言っちゃ申し訳ないんですが、何かないみたいで悪いんですが、まあもうちょっと、これだけ財政的な問題が多くなったときはもうちょっと頭を使う分が、しっかりした方が実効的なものになるんじゃないかなという気もします。
それは、もちろんもらう方、もらうといいますか、現場に行く、いろんな声を聞かなきゃ駄目だし、いろんな複雑な文化的、歴史的、いろんな部分の事情がありますから、それをもうちょっとやらないで、こう何といいますか、見ていると、まあとにかく数字が何パーセント、見ただけで何となくげっそりするみたいなのばっかりというのは何とかならないかといつも思っているんですけれども、とりわけ、とにかくアメリカが必ずしも軍事的にはすごいですけれども、その他の面ではまあどういうふうに気分が変わるものやらよく分かりにくい二十五年がこれから来ると思うんですね。そうして、ヨーロッパといいますか、西ヨーロッパ自身が嫌気が差しているみたいな、アメリカと一緒にやるところはちょっと半分ぐらい嫌気があるわけですから、これどうすると。
これは何かもう日本が急に矢面に立たされて、また金ばっかり出してもう大変なんじゃないかという心配もないわけではなくて、とりわけイラクがすごく長くなって、もう金は切りなくなんていうことになったら、いや、いやちょっと嫌だなという気もするし、プラザ合意みたいに一九八五年なんか、ドルを助けるというか、アメリカの経済回復を助けるというような形で物すごいお金が流れていったんですが、その挙げ句が激しいバブルの崩壊であり、形成であり崩壊であり、すごい後遺症が長かったんですけれども、このマドリッド合意というのは、これはまたこの激しいバブルを今度は形成するような形になるんじゃないかとちょっと心配で、日本銀行が大量にこのドル買いして、ミスター・ドルは出てきておるんだそうですけれども、激しくやり過ぎると、どんなにこの時点でインフレを阻止するためのチェックが、工夫がすごく上手になっていますけれども、いろんな形で市場というのはそれをアウトマニピュレートというか、アウトマヌーバーするみたいなのを市場の力というのは必ず働きますから、そういったときにどういうふうにできるのか。そんなときにまたイラクで、うわっとすごい出費が重なるんじゃないかなと、いろいろ心配しておりまして、国際協力についてはもうちょっと頭を働かしてほしい。
それから、ある時点でうまくいくだろうと考えたものをミクロで考えたときはうまくいくことが多いんですけれども、中期的に五年とか十年になると一気に局面が市場の力で変わっている場合が非常に多いんですね。それがチェックしないでずっと同じことをやっているというのが、この日本の、何ていいますか、政治といいますか、行政の一つの悪いところでありまして、駄目になって、もう地獄の奈落に落ちてからしまったみたいなのんきな話で、何か僕はそこのところ、国際協力の在り方自体もそうですけれども、その国際的な出費ということについて、もうちょっと、何ていうか、局面、局面にチェックする機能があったらいいかなといつも思っております。
この発言だけを見る →私の今申し上げたような普通の国というような形をもっとより良く実現できるような憲法を作るということであれば非常にいいことだと思うし、そうでなければまあ一定の留保があるだろうということであります。
国際協力についてですけれども、これはやはりもうちょっとよく考えないと駄目だという気はしますね。どんどんやるのは非常に大賛成で、それでいろいろもうちょっと頭を、それからもうちょっと現場といいますか、それぞれの苦しみ、悲しみがあるところに何をしたら一番うれしいのか。それで、必ずしも歓迎されなくても、多分この時期ではやったらいいというようなことはどういうものなのか。それをやるためには、どういうふうなスキームを使ってやったらいいのか。国連を通じてなのか、世界銀行を通じてなのか、あるいは日本独自でやるのか、あるいはいろんな形で、もう少しコンソーシアムみたいのを作っていくのかとか、いろいろもうちょっと頭のある国際協力と言っちゃ申し訳ないんですが、何かないみたいで悪いんですが、まあもうちょっと、これだけ財政的な問題が多くなったときはもうちょっと頭を使う分が、しっかりした方が実効的なものになるんじゃないかなという気もします。
それは、もちろんもらう方、もらうといいますか、現場に行く、いろんな声を聞かなきゃ駄目だし、いろんな複雑な文化的、歴史的、いろんな部分の事情がありますから、それをもうちょっとやらないで、こう何といいますか、見ていると、まあとにかく数字が何パーセント、見ただけで何となくげっそりするみたいなのばっかりというのは何とかならないかといつも思っているんですけれども、とりわけ、とにかくアメリカが必ずしも軍事的にはすごいですけれども、その他の面ではまあどういうふうに気分が変わるものやらよく分かりにくい二十五年がこれから来ると思うんですね。そうして、ヨーロッパといいますか、西ヨーロッパ自身が嫌気が差しているみたいな、アメリカと一緒にやるところはちょっと半分ぐらい嫌気があるわけですから、これどうすると。
これは何かもう日本が急に矢面に立たされて、また金ばっかり出してもう大変なんじゃないかという心配もないわけではなくて、とりわけイラクがすごく長くなって、もう金は切りなくなんていうことになったら、いや、いやちょっと嫌だなという気もするし、プラザ合意みたいに一九八五年なんか、ドルを助けるというか、アメリカの経済回復を助けるというような形で物すごいお金が流れていったんですが、その挙げ句が激しいバブルの崩壊であり、形成であり崩壊であり、すごい後遺症が長かったんですけれども、このマドリッド合意というのは、これはまたこの激しいバブルを今度は形成するような形になるんじゃないかとちょっと心配で、日本銀行が大量にこのドル買いして、ミスター・ドルは出てきておるんだそうですけれども、激しくやり過ぎると、どんなにこの時点でインフレを阻止するためのチェックが、工夫がすごく上手になっていますけれども、いろんな形で市場というのはそれをアウトマニピュレートというか、アウトマヌーバーするみたいなのを市場の力というのは必ず働きますから、そういったときにどういうふうにできるのか。そんなときにまたイラクで、うわっとすごい出費が重なるんじゃないかなと、いろいろ心配しておりまして、国際協力についてはもうちょっと頭を働かしてほしい。
それから、ある時点でうまくいくだろうと考えたものをミクロで考えたときはうまくいくことが多いんですけれども、中期的に五年とか十年になると一気に局面が市場の力で変わっている場合が非常に多いんですね。それがチェックしないでずっと同じことをやっているというのが、この日本の、何ていいますか、政治といいますか、行政の一つの悪いところでありまして、駄目になって、もう地獄の奈落に落ちてからしまったみたいなのんきな話で、何か僕はそこのところ、国際協力の在り方自体もそうですけれども、その国際的な出費ということについて、もうちょっと、何ていうか、局面、局面にチェックする機能があったらいいかなといつも思っております。
川
川橋幸子#22
○川橋幸子君 ありがとうございました。
それでは、酒井先生にお伺いしたいと思います。
アメリカのイラク攻撃が始まってちょうど一年たったところで、今メディアの中ではこの一年を総括するような番組がたくさん出ております。アメリカの戦略は失敗だったのではないかという、こういう見方が強いのではないかと思います。それから、復興支援の在り方につきましても、やっぱりアメリカの先入観が強過ぎるというんでしょうか、イラク社会の理解が足りない、だからイラクになじまない格好で復興支援をやって、これも失敗というんでしょうか、攻撃面においても、攻撃面においてもというのはちょっと変な言い方でございますけれども、それから復興においても、その両面においてアメリカの先入観が余りにも強過ぎて失敗であったという、このように私は理解させていただきましたけれども、それでよいのかどうか。
二点目といたしましては、さてそうはいきましても、日本は自衛隊を出し、あるいは様々な支援費、多額にわたる支援費を出してやっているわけでございますけれども、日本への期待というものが、どうやら日本人自身がちゃんと理解していないのではないかと。多分、アメリカができないことを日本にむしろイラクの人は期待しているようではございますけれども、逆に言えば、日本は何のためにあれだけの戦費を出し、それから自衛隊を派遣したかといえば、有志同盟の要請にこたえたというその部分が強かったがために、日本自身もイラクを余り理解していないような危険があるように私は思うのです。
さて、今私の感想を述べさせていただきましたけれども、一番肝心なことは、それじゃ日本は何ができるのか、何をやらなければいけないのか、日本としての名誉ある復興支援をやらなければいけないとすると、もう少し具体的にこういうところを気を付けなければいけない、こうした方がいいというようなサジェスチョンがありましたら、お教えいただきたいと思います。
この発言だけを見る →それでは、酒井先生にお伺いしたいと思います。
アメリカのイラク攻撃が始まってちょうど一年たったところで、今メディアの中ではこの一年を総括するような番組がたくさん出ております。アメリカの戦略は失敗だったのではないかという、こういう見方が強いのではないかと思います。それから、復興支援の在り方につきましても、やっぱりアメリカの先入観が強過ぎるというんでしょうか、イラク社会の理解が足りない、だからイラクになじまない格好で復興支援をやって、これも失敗というんでしょうか、攻撃面においても、攻撃面においてもというのはちょっと変な言い方でございますけれども、それから復興においても、その両面においてアメリカの先入観が余りにも強過ぎて失敗であったという、このように私は理解させていただきましたけれども、それでよいのかどうか。
二点目といたしましては、さてそうはいきましても、日本は自衛隊を出し、あるいは様々な支援費、多額にわたる支援費を出してやっているわけでございますけれども、日本への期待というものが、どうやら日本人自身がちゃんと理解していないのではないかと。多分、アメリカができないことを日本にむしろイラクの人は期待しているようではございますけれども、逆に言えば、日本は何のためにあれだけの戦費を出し、それから自衛隊を派遣したかといえば、有志同盟の要請にこたえたというその部分が強かったがために、日本自身もイラクを余り理解していないような危険があるように私は思うのです。
さて、今私の感想を述べさせていただきましたけれども、一番肝心なことは、それじゃ日本は何ができるのか、何をやらなければいけないのか、日本としての名誉ある復興支援をやらなければいけないとすると、もう少し具体的にこういうところを気を付けなければいけない、こうした方がいいというようなサジェスチョンがありましたら、お教えいただきたいと思います。
酒
酒井啓子#23
○参考人(酒井啓子君) 御質問ありがとうございました。
アメリカの占領政策が失敗しているのではないか、あるいは今の復興支援、アメリカの復興支援といいますか復興政策でございますね、支援といいますか、彼らが主導的にやっておりますから、サポートしているわけではございませんので。アメリカの復興政策が先入観に基づいて行われているのではないかという御指摘でございますけれども、これは正にそのとおりでございます。
ある意味では、戦争が昨年始まります段階においても、ある意味ではその戦争が圧倒的な英米軍の勝利で終わるということは目に見えていた話でありまして、あるいはそれによってフセイン政権が崩壊するであろうということもある程度予測が付いた。にもかかわらず、多くの国が戦争に反対したということの背景には、その後の占領統治は非常に難しいものになって、今のアメリカの体制、あるいはどのように準備したところで極めて大きな混乱をあの地域にもたらすことにしかならない、であればこの戦争は失敗に終わるであろうということで反対の声が非常に強かったんだというふうに理解できるかと思います。
そういう意味では、このアメリカの戦後統治をいかに失敗させないように持っていくかということが近々の必要なことであったわけでありまして、ある意味ではイギリスのブレア政権はそういうことをある点で期待して、すなわちアメリカが単独で占領するということになると失敗がより大きくなってしまうので、少しでもその失敗の幅を小さくするためにはイギリスは付いていかなければいけないんだというような論理をイギリス国内では展開していたのではないかと思います。残念ながら、そうした歯止めとしてのイギリスという役割も、それも機能していないという、そういう結果であろうかと思います。
そうした失敗の背景にあるのは、御指摘のとおり、正にアメリカのイラク社会に対する認識の違いといいますか、正確にイラクを認識していないという状況であります。
これに関しては、ただナイーブにイラクを理解していないということでとらえていいのか、それとも、あれだけのアメリカは超大国であり、かつ情報収集能力を持つアメリカがここまで単純な先入観にとらわれているということはあり得ないのではないか。もっと悪意を持つ人たちは、あえてイラクの国情を分かっていながら、あえて誤解しているようなふりをして、アメリカの望んだような形で社会を変革していくために、あえて誤解しているようなふりをして復興を進めているんではないかというふうにまで勘ぐる人々も出てきているという状況であろうかと思います。
そうした戦後政策をどういうふうに改善していくかということが私の報告、近々必要だということが私の報告の趣旨であったわけですが、具体的に、じゃ日本が何ができるかということになりますが、先ほどの報告の途中で申し上げましたけれども、やはりイラクが日本に対して抱いているポジティブな像というのは、これは民間企業主導の対等な関係、石油を売っていい物を買うという、そういう対等な関係というものが一番イラクが日本に対して期待していることであろうかと思います。
先ほど、先生の方で御指摘がありました、正にその国際協力というテーマでこの会が開かれる以上、国際援助という話が出るのではないかと期待されたという御指摘がございましたけれども、私はイラクに関しては、援助ということも確かに重要、金銭的にも物理的にも援助、支援をしていく、援助をしていくということは十分必要ではありますけれども、それはただ単に物を上げる、金を上げるということが今、それだけで済む問題かということではないということを今日は御報告したかったということでございます。
すなわち、物や金といったようなもので援助する以上に、それがどのような形でイラクの社会を立て直すのに有効であるかどうかという政治的な枠組み、政治的な体制そのものに対して日本が、援助というよりは正に協力、貢献という意味では、政治力、外交力を発揮することによってなし得る貢献というものがあるのではないか。正に、今のイラクの戦後体制の見直しという意味では、そちらの方面での貢献が必要なのではないかという意味で申し上げさせていただきました。
この発言だけを見る →アメリカの占領政策が失敗しているのではないか、あるいは今の復興支援、アメリカの復興支援といいますか復興政策でございますね、支援といいますか、彼らが主導的にやっておりますから、サポートしているわけではございませんので。アメリカの復興政策が先入観に基づいて行われているのではないかという御指摘でございますけれども、これは正にそのとおりでございます。
ある意味では、戦争が昨年始まります段階においても、ある意味ではその戦争が圧倒的な英米軍の勝利で終わるということは目に見えていた話でありまして、あるいはそれによってフセイン政権が崩壊するであろうということもある程度予測が付いた。にもかかわらず、多くの国が戦争に反対したということの背景には、その後の占領統治は非常に難しいものになって、今のアメリカの体制、あるいはどのように準備したところで極めて大きな混乱をあの地域にもたらすことにしかならない、であればこの戦争は失敗に終わるであろうということで反対の声が非常に強かったんだというふうに理解できるかと思います。
そういう意味では、このアメリカの戦後統治をいかに失敗させないように持っていくかということが近々の必要なことであったわけでありまして、ある意味ではイギリスのブレア政権はそういうことをある点で期待して、すなわちアメリカが単独で占領するということになると失敗がより大きくなってしまうので、少しでもその失敗の幅を小さくするためにはイギリスは付いていかなければいけないんだというような論理をイギリス国内では展開していたのではないかと思います。残念ながら、そうした歯止めとしてのイギリスという役割も、それも機能していないという、そういう結果であろうかと思います。
そうした失敗の背景にあるのは、御指摘のとおり、正にアメリカのイラク社会に対する認識の違いといいますか、正確にイラクを認識していないという状況であります。
これに関しては、ただナイーブにイラクを理解していないということでとらえていいのか、それとも、あれだけのアメリカは超大国であり、かつ情報収集能力を持つアメリカがここまで単純な先入観にとらわれているということはあり得ないのではないか。もっと悪意を持つ人たちは、あえてイラクの国情を分かっていながら、あえて誤解しているようなふりをして、アメリカの望んだような形で社会を変革していくために、あえて誤解しているようなふりをして復興を進めているんではないかというふうにまで勘ぐる人々も出てきているという状況であろうかと思います。
そうした戦後政策をどういうふうに改善していくかということが私の報告、近々必要だということが私の報告の趣旨であったわけですが、具体的に、じゃ日本が何ができるかということになりますが、先ほどの報告の途中で申し上げましたけれども、やはりイラクが日本に対して抱いているポジティブな像というのは、これは民間企業主導の対等な関係、石油を売っていい物を買うという、そういう対等な関係というものが一番イラクが日本に対して期待していることであろうかと思います。
先ほど、先生の方で御指摘がありました、正にその国際協力というテーマでこの会が開かれる以上、国際援助という話が出るのではないかと期待されたという御指摘がございましたけれども、私はイラクに関しては、援助ということも確かに重要、金銭的にも物理的にも援助、支援をしていく、援助をしていくということは十分必要ではありますけれども、それはただ単に物を上げる、金を上げるということが今、それだけで済む問題かということではないということを今日は御報告したかったということでございます。
すなわち、物や金といったようなもので援助する以上に、それがどのような形でイラクの社会を立て直すのに有効であるかどうかという政治的な枠組み、政治的な体制そのものに対して日本が、援助というよりは正に協力、貢献という意味では、政治力、外交力を発揮することによってなし得る貢献というものがあるのではないか。正に、今のイラクの戦後体制の見直しという意味では、そちらの方面での貢献が必要なのではないかという意味で申し上げさせていただきました。
上
川
川橋幸子#25
○川橋幸子君 ありがとうございました。
時間の使い方が悪くて、廣野先生の方にもお伺いしたいことがあったのです。特にミレニアム開発目標などについてお伺いしたいことがあったのですが、私の持ち時間が参ったようでございますので、これで質問を終わります。ありがとうございました。
この発言だけを見る →時間の使い方が悪くて、廣野先生の方にもお伺いしたいことがあったのです。特にミレニアム開発目標などについてお伺いしたいことがあったのですが、私の持ち時間が参ったようでございますので、これで質問を終わります。ありがとうございました。
上
山
山口那津男#27
○山口那津男君 公明党の山口那津男でございます。
三人の参考人の先生には、貴重な御意見を賜りましてありがとうございます。順次お伺いしたいと思います。
初めに猪口先生に伺いますが、近年三つの大きな変化があって、その上で先生のペーパーにございますような御主張や御趣旨が述べられているのかと、こう思います。そうした趣旨、御主張を実現するためには、現行の憲法、あるいはそれを解釈をしてきた内閣法制局の在り方については否定的な御意見をお持ちのように受け止めておりますけれども、それではこの現行憲法をどのように、御主張、御趣旨を実現するためにはどこをどのように変えていくべきかと思われるでしょうか。お考えがあればお聞かせいただきたいと思います。
この発言だけを見る →三人の参考人の先生には、貴重な御意見を賜りましてありがとうございます。順次お伺いしたいと思います。
初めに猪口先生に伺いますが、近年三つの大きな変化があって、その上で先生のペーパーにございますような御主張や御趣旨が述べられているのかと、こう思います。そうした趣旨、御主張を実現するためには、現行の憲法、あるいはそれを解釈をしてきた内閣法制局の在り方については否定的な御意見をお持ちのように受け止めておりますけれども、それではこの現行憲法をどのように、御主張、御趣旨を実現するためにはどこをどのように変えていくべきかと思われるでしょうか。お考えがあればお聞かせいただきたいと思います。
猪
猪口孝#28
○参考人(猪口孝君) 憲法解釈に否定的というわけではないんですけれども、私は余り無理なことをやってもよくないし、それから帝国議会によって作られた法律を全部整合的にやろうなんというとてつもないことを考えていることは、要するに非常に超保守的な行政を生むことになって、日本社会が非常に何といいますか、生き生きとした、いろんな新しい問題に対する取組を非常に何というか難しくしている面があるんで、何かもうそれからある程度解放されるような仕組みを作る必要があると、僕は憲法改正とか法律改正とかというものとはちょっと違って考えております。考えておるとかと言って、ただ言っているだけでありまして、何とも、何もしていないんですが。
余り激しく現行法律を全部整合的にしようなんというのは無理がある、何で必要かと。それは、確かにそれは法律学者とか弁護士とか、いろいろそのような方にとっては誠に結構なことだと思うんですね。ああこれは駄目です、ああごちゃごちゃしています、いいと思うんですが、ちょっとやり過ぎだと思いますね。とりわけ、戦後の新憲法の中でできた法律でも、どうしようもないくらいアウト・オブ・デートのようなものが一杯ありますから、もうちょっと何か法律について運用にするとか立法するとか考え方を変えるべきだと思います。ただ、どうすればというのはまだ、それこそここの立法府の皆様方がやることであると。
それから、どういうふうな憲法にするかというのは、これはとにかく、先ほど言いましたように、自由民主主義を守る、人権をしっかり擁護できる、それから市場経済というものを健やかに育て、ほかのところでもできるようにするということがまず根本になきゃならない。それから、日本の経験からいっても、軍事手段を多用して何とかする風潮をできるだけ抑えると、自分にいわゆるそういうものをしっかりと持っておくと、こういうことでやるということは明快に解釈しておりまして、ただ、これからおやりになるのは立法府ですから、私はそういう声を出すというだけなんです。
具体的な考えなんでしょうか、よく分からなかったんですけれども。
この発言だけを見る →余り激しく現行法律を全部整合的にしようなんというのは無理がある、何で必要かと。それは、確かにそれは法律学者とか弁護士とか、いろいろそのような方にとっては誠に結構なことだと思うんですね。ああこれは駄目です、ああごちゃごちゃしています、いいと思うんですが、ちょっとやり過ぎだと思いますね。とりわけ、戦後の新憲法の中でできた法律でも、どうしようもないくらいアウト・オブ・デートのようなものが一杯ありますから、もうちょっと何か法律について運用にするとか立法するとか考え方を変えるべきだと思います。ただ、どうすればというのはまだ、それこそここの立法府の皆様方がやることであると。
それから、どういうふうな憲法にするかというのは、これはとにかく、先ほど言いましたように、自由民主主義を守る、人権をしっかり擁護できる、それから市場経済というものを健やかに育て、ほかのところでもできるようにするということがまず根本になきゃならない。それから、日本の経験からいっても、軍事手段を多用して何とかする風潮をできるだけ抑えると、自分にいわゆるそういうものをしっかりと持っておくと、こういうことでやるということは明快に解釈しておりまして、ただ、これからおやりになるのは立法府ですから、私はそういう声を出すというだけなんです。
具体的な考えなんでしょうか、よく分からなかったんですけれども。
山
山口那津男#29
○山口那津男君 御趣旨は承りました。
じゃ次に、酒井参考人に伺いますけれども、イラクが日本に対する期待、これはアメリカの代替としての期待というものもあろうというお話でありました。それにこたえるべきか否か、あるいは異なる方法でこたえるべきか否か、この選択が大事であると、こういう御主張であろうかと思います。
その期待というものは、イラクのみならず中東一般にも言えることかもしれないと、こういうお考えだろうと思いますが、じゃそれで、いずれの道を選択すべきであるかということについて、もう既にお触れになっていることかと思いますが、再確認の意味でお聞かせいただきたいと思います。
この発言だけを見る →じゃ次に、酒井参考人に伺いますけれども、イラクが日本に対する期待、これはアメリカの代替としての期待というものもあろうというお話でありました。それにこたえるべきか否か、あるいは異なる方法でこたえるべきか否か、この選択が大事であると、こういう御主張であろうかと思います。
その期待というものは、イラクのみならず中東一般にも言えることかもしれないと、こういうお考えだろうと思いますが、じゃそれで、いずれの道を選択すべきであるかということについて、もう既にお触れになっていることかと思いますが、再確認の意味でお聞かせいただきたいと思います。