高見勝利の発言 (憲法調査会二院制と参議院の在り方に関する小委員会)

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○参考人(高見勝利君) まず、一院制から二院制に移った国でありますけれども、これはかなりの国が移っておりますけれども、例えば戦後で申しますと、一九五〇年代にニュージーランドでありますとかデンマークが二院制から一院制に移行いたしました。それから、新興の独立国家につきましても、一院制を採用する国が相次ぎましたし、増加いたしました。そのことはさきにお渡ししました基礎資料の中にも示してあるかと思いますが。
 その理由でありますけれども、これは国によって様々でございます。例えば、スペインの場合ですけれども、これは一九二三年にリベラ将軍が権力を握ったときに上院制が消滅いたしまして、その後、フランコ政権の下でも二院制は設けられなかったわけですが、しかしながら一九七六年に民主国家になったときに地方への権限が相当移譲されまして、それとの関連で上院が再興されたということでございます。
 それから、そういったことがございまして、それからまた、資料には示しておきませんでしたけれども、フィリピンで申しますと、これは、マルコス政権が倒れたときに二院制に復帰したということでございます。
 それから、チェコでございますが、これは元々は上院制を持っていたわけですけれども、社会主義の時代になりまして一院制になりまして、しかしながらその後、連邦制になるに伴って二院制が再興されたという、こういうことになります。
 そういうことを考えてみますと、要するに独裁政治から民主政治へ移行した場合でありますとか、あるいは社会主義から転換した場合でありますとか、あるいは新しい国家をつくるときに連邦制を導入した場合でありますとか、こういうときに一院制から二院制へという、そういった動きというのがあろうかと思います。
 それから、二院制から一院制でありますけれども、これは幾つか戦後例がございますけれども、北欧の場合ですと、例えば一番典型的なのはスウェーデンでございますが、この場合には、元々二院制で開いておりましたけれども、合同会議という方式を取っておりまして、合同会議というのは一院と二院、両院の間の壁を破って委員会的にほとんど合同してやってしまうわけですね。その長年の慣行がございまして、結局のところは一院制の方に移行していったというふうな動きがございます。それからまた、一種のねじれ現象が生じたときに、やはり思い切ってそのときに一院制に移行する、そういった動機ないし経緯があろうかと思います。
 以上です。

発言情報

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発言者: 高見勝利

speaker_id: 20143

日付: 2004-03-12

院: 参議院

会議名: 憲法調査会二院制と参議院の在り方に関する小委員会