憲法調査会二院制と参議院の在り方に関する小委員会

2004-03-12 参議院 全104発言

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会議録情報#0
平成十六年三月十二日(金曜日)
   午後一時開会
    ─────────────
平成十六年二月十八日憲法調査会長において本小
委員を左のとおり指名した。
                岩井 國臣君
                武見 敬三君
                福島啓史郎君
                保坂 三蔵君
                舛添 要一君
                松村 龍二君
                山崎  力君
                川橋 幸子君
                鈴木  寛君
                平野 貞夫君
                松井 孝治君
                山本  保君
                吉川 春子君
                田  英夫君
                岩本 荘太君
同日憲法調査会長は左の者を小委員長に指名した

                保坂 三蔵君
    ─────────────
   小委員の異動
 三月十二日
    辞任         補欠選任
     松村 龍二君     藤野 公孝君
    ─────────────
  出席者は左のとおり。
    小委員長        保坂 三蔵君
    小委員
                岩井 國臣君
                武見 敬三君
                福島啓史郎君
                藤野 公孝君
                舛添 要一君
                山崎  力君
                川橋 幸子君
                鈴木  寛君
                平野 貞夫君
                松井 孝治君
                山本  保君
                吉川 春子君
                田  英夫君
                岩本 荘太君
    憲法調査会会長     上杉 光弘君
    憲法調査会会長代理   若林 秀樹君
   事務局側
       憲法調査会事務
       局長       桐山 正敏君
   参考人
       国立国会図書館
       調査及び立法考
       査局政治議会調
       査室主任
       北海道大学名誉
       教授       高見 勝利君
    ─────────────
  本日の会議に付した案件
○二院制と参議院の在り方に関する件
 (二院制と参議院の在り方をめぐる論点)
    ─────────────
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保坂三蔵#1
○小委員長(保坂三蔵君) ただいまから憲法調査会二院制と参議院の在り方に関する小委員会を開会いたします。
 この際、一言ごあいさつを申し上げます。
 このたび小委員長に選任されました保坂三蔵でございます。
 小委員会の運営に当たりましては、小委員の皆様方の御指導と御協力を賜り、公正かつ円満に進めてまいりたいと存じますので、よろしくお願い申し上げます。
    ─────────────
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保坂三蔵#2
○小委員長(保坂三蔵君) 二院制と参議院の在り方に関する件を議題といたします。
 本日は、二院制と参議院の在り方をめぐる論点について、国立国会図書館調査及び立法考査局政治議会調査室主任、北海道大学名誉教授高見勝利参考人から御意見をお伺いした後、質疑を行います。
 議事の進め方でございますが、まず高見参考人に四十分程度御意見をお述べいただきまして、その後、各小委員からの質疑にお答えいただきたいと存じます。
 なお、参考人、小委員ともに御発言は着席のままで結構でございます。
 なお、本日は親会の上杉会長にも御臨席を賜っております。
 それでは、高見参考人、お願いいたします。高見参考人。
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高見勝利#3
○参考人(高見勝利君) 本日は、意見を述べる機会をお与えいただきまして、ありがとうございます。お役に立つかどうか分かりませんけれども、どうかよろしくお願いいたします。
 それでは、早速、二院制と参議院の在り方をめぐる論点につきまして、その概要を述べることにいたします。
 ここで論点というのは、専ら憲法上の論点を考えております。そこで、この憲法上の論点を明確にする方法として、仮に憲法の二院制と参議院制度に手を加えるとして、その場合に生じ得るであろう憲法上の問題点を拾い上げる形で論点となるものを摘示してみることにいたします。
 しかし、それだけでは規範的な現実との接点がありませんので、その場合にも、現行憲法や外国の憲法制度をにらみながら、問題となり得る諸点にも触れることにいたします。また、その過程で、問題の背景を明らかにするために、現行憲法が二院制を採用し、参議院制度を設けた趣旨、目的等、憲法制定時の議論ないし発想に必要な限りで立ち戻ることにいたします。
 なお、第二院ないし参議院の意義、役割、その権限、組織は相互に密接に関連しておりますので、その相互関連性にも留意しながら、参議院の憲法上の権限及び組織の在り方に関する論点の指摘を試みることにいたします。
 以上のように話を限定いたしますと、ここで紹介できる論点は憲法にかかわる多くの問題点のうちの一部にとどまることになるわけでありますけれども、この点はお許しいただきたいと思います。
 これからお話しする内容は、大略次のようなものであります。
 最初に、現行の二院制から思い切って一院制に移行するといたしまして、その場合に憲法上考えておくべき基本的な論点を指摘することにいたします。
 次に、二院制を維持する場合でありますが、一九四六年二月ないし三月の時点にさかのぼって、二院制導入を決断した松本烝治の見解に即しながら、参議院の存在意義ないし役割について確認しておくことにいたします。
 以上のことを前提に、本日の私に課せられた本題ということになりますが、現行の参議院制度に対して理論的に考えられ得る幾つかの変更を加えた場合に浮上する論点、及び現行制度を前提とした場合の問題点ないし論点の指摘を試みることにいたします。
 すなわち、第一に、参議院の権限を現状よりも縮減するとして、その場合に権限の縮小と議院の民主的正当性ないし選出方法との関係をどう考えるかという問題であります。
 第二に、逆に、参議院の権限を現状より強化して衆議院と対等化した場合に浮上する問題についてであります。
 第三に、憲法で参議院の地域的な、地域代表的な性格を明確にした場合、投票価値の平等という憲法上の要請との調整をどうするかという問題であります。
 それから第四に、議員の選出ないし選挙の方法に関連して、本年一月十四日の大法廷判決で最高裁判所が憲法上の要請だというふうにいたしました投票価値の平等を、現行制度の枠内で果たして実現することが可能かどうかという問題でございます。
 第五に、現行の権限、組織の枠組みを基本的に維持した上で、参議院の独自性を高める方式として、実際の運用に期待すべきところが大変大きいのではないかという、そういった問題でございます。
 それから最後に、憲法上、参議院に対して衆議院にはない特別の権限を付与する場合の問題でございます。
 以上の諸点について、以下、それぞれの要点のみをお話しすることで進めてまいりたいと思います。
 まず、一院制の問題でありますけれども、一院制案については、現在、衆参両院を対等に統合し新しい一院制の国会を作るといった、二院制から一院制への移行の手順に関する提案はなされておりますけれども、しかし一院制それ自体の具体的な内容は、憲法で定める国会の組織はもとより、その統治の仕組みの全体にまで波及する大きな問題でもあるからでしょうか、今のところまだ十分には詰められていないようであります。
 そこで、ここでは、一院制の内容はともかくといたしまして、ただ単に二院制を一院制に切り替えるとして、その際、憲法上留意すべき点として次の三点に絞って指摘しておくことにいたします。
 まず第一に指摘しておきたいのは、一院制議会における少数派の権利をどう確保、保障するかという問題であります。
 一院制というと、直ちに少数派ないし少数者の権利あるいは利益ということを連想するのは、民主政治が多数派専制に陥ることの危険性を指摘しましたトックビルでありますとか、あるいは、人々のどのような集団であれ、ほかのだれの同意も求めず、一時的であっても彼らが意のままに支配することはあってはならないというふうに説きましたミルのような、そういった考え方に近いからかもしれませんけれども、そうでなくとも、一院制といえば少数者と連想するのは、一院制の国会審議において多数派がその数の力に任せて少数意見を無視し強引に突き進むという事態が比較的容易に想定し得るからでありましょう。一院制の国会では後に第二院が控えていないだけに、こうした事態は少数派とそれを支持する国民にとってより深刻であります。
 そこで、憲法で一院制を制度化しようとする場合には、多数決原則により運用される民主政治において、容易に傷付きやすい少数派の意見表明ないし審議権をどのように確保するかということは真剣に考えておくべき論点の一つであります。二院制の場合には、仮に第一院において与野党間の対立で混乱し審議ゼロといった事態が生じたとしても、第二院において傷付いた少数派の権利、利益が少なからず治癒ないし修復され得る保障はあるのでありますけれども、一院制の場合にはその可能性は皆無とも言えるからであります。
 なお、これに関連して、第二次世界大戦後、二院制から一院制に移行した北欧のある国において、少数派が議長に対して最終議決まで一定の期間を据え置くよう求める権限でありますとか、法律案が最終可決された場合でも少数派が議長に対して国民投票に付するよう要求する権限を憲法で保障している点が注目されます。また、一定数の議員が、議会から独立した公正な審査機関に対して、憲法上疑義があると考える法律の憲法適合性について申し立て、その審査機関が、国会の議決から審署、公布までのごく限られた期間でございますけれども、この期間に当該法律の憲法上の疑義について決着を付けるといった制度の採否も、多数派主導の一院制議会の立法に対する憲法的統制の手段として一つの論点になるのではないかと思うのであります。
 第二の問題は、解散権の濫用にわたる行使の可能性について、これをどう封じるかということでございます。
 現行の二院制の下でも、任期満了前に議員の資格を奪う解散権は衆議院議員にとって脅威であるわけですけれども、他方、この憲法上の権限を実際に保持する内閣総理大臣にとっては、国会を中心とした国政運営上の最強の武器、いわゆる伝家の宝刀であることは言うまでもないわけであります。一院制の国会では、もとよりその会議体を構成する全議員がもろにこの強力な武器と向かい合うことになるのであります。特に我が国の場合には、現行憲法の下で、一九五二年八月の第二回衆議院解散以来、憲法七条によって内閣に実質的な解散決定権が存するとの慣行が成立し、内閣を率いる総理大臣による自由な解散権行使が事実上容認された形になっております。したがって、一院制への移行を考えるに当たっては、この解散権が濫用にわたらないように憲法上何らかの工夫を施す必要がありはしないかということもまた重要な論点として浮上してくるのであります。
 申すまでもなく、解散制度は本来、解散に続く総選挙によって主権者たる国民の審判を仰ぐという、すぐれて民主的な機能を有する制度であります。それゆえ、解散権の行使につきましては、国民の最終判断を求めるにふさわしい理由、構図がなければならないものとされております。その典型例は、内閣と国会とが国政の在り方や法案等の取扱いをめぐってのっぴきならない状態、すなわちデッドロックに陥った場合に、国政の停滞を打開すべく、国会が内閣不信任を決議し、内閣が総辞職か解散かの選択を迫られる場合でありましょう。これは、現行憲法の六十九条が想定する事態でありまして、一院制を採用した場合でも、そこで議院内閣制の統治システムが前提とされている限り、憲法六十九条に相当するような規定は不可欠でありましょう。
 もちろん、それ以外にも、国民に対して最終判断を求める必要がある場合として、例えば内閣の重要法案や予算案が国会で否決された場合でありますとか、政界再編等で内閣の性格が基本的に変化した場合でありますとか、又は総選挙の争点とはならなかった重大な政治課題に新たに対処しなければならなくなった場合でありますとか、内閣がその基本政策を根本的に変更する場合などが考えられるでありましょう。
 そこで、このような解散の趣旨、目的からいたしまして、国民の判断を仰ぐ一定の合理性があると認められるものを憲法で限定列挙して、解散権行使が恣意にわたることを防ぐ方策を事前に講じておくべきかどうか、これも一つの論点になり得るものと思うのであります。
 なお、一院制の国会が解散され、総選挙となり、国会が存在しない間に緊急に国会の議決を必要とする事態が生じた場合に、現行の参議院の緊急集会制度のような国会全体の機能を代行する制度をどうすべきかということも解散制度との関連で一つの論点となり得るものと思われます。
 第三に、これが最後でございますけれども、現行憲法の下での一院制への移行は、憲法九十六条一項の改正、すなわち国会による憲法改正案の発議について、衆参各議院の総議員の云々、三分の二とありますけれども、云々から、それから一院たる国会議員の総議員の云々への手続変更を伴うことについての理論的な問題につきましても十分に考えておく必要があるということであります。これは、そもそも憲法改正規定の改正は可能かという、古くて新しい憲法上の基本問題に触れることになるからであります。
 学説は、これを可能とするものから不能とするものまで種々に分かれておりますが、有力説は、憲法改正規定の改正は憲法の同一性を損なうもの、言わば自殺行為であって、法的に不可能である、不能であるとするか、それとも、憲法改正の根拠となっている憲法制定権力そのものに重大な修正が加えられない範囲のものならば一定程度、許容され得るとするかのいずれかを取っております。
 そこで、仮に後者の説に立って、憲法改正規定である第九十六条の改正が一定の範囲で許容されるとした場合であっても、九十六条の発議要件の緩和はどこまで許されるのか、一院化に伴う発議要件の大幅な緩和は憲法の許容する範囲内のものかどうかといった点につきましても十分に詰めて考えておくべきものと思われるのであります。
 以上が、二院制から一院制に移行すべきものとした場合の憲法上検討を要する点であります。
 そこで、次に、現在の二院制を維持すべきだとした場合の論点についてでありますけれども、その場合でも、そもそも参議院の意義、役割をどう考えるべきかということが改めて問われることになると思うのであります。特に、国民主権原理、民主主義原則の下において、第二院の権限や組織はどうあるべきかということが問題となるわけであります。これは、我が国だけではなく、二院制議会を採用するすべての民主国が抱えている難問であります。もとより我が国の場合、総司令部案に示されていた一院制案を拒否し、日本政府が二院制の採用に踏み切ったときからこの難問を抱え込むことになったのであります。
 二院制採用の経緯につきましては、ここで改めて紹介する余裕はありませんけれども、日本側が、制度としては簡明なシンプルな一院制ではなくてあえて二院制を採用した理由につきましては、参議院の意義を、役割をどう考えるかというこの本題とも関連いたしますので、その要点を次に紹介しておくことにいたします。
 いわゆる三月二日案とも言われております最初の日本案は、三月四日、総司令部に提出されますけれども、それには松本烝治の書いた説明書が添えられておりました。そして、この説明書の中で松本は、総司令部案の一院制ではなくてあえて二院制としたのは、「世界多数国ノ例ニ倣フ」とか、貴族院の伝統を墨守するとかいった、そういった理由からではなくて、それは「不当ナル多数圧制」の「抑止」と「行過ギタル偏倚」の「制止」にあるというのであります。すなわち、議会政治は、「動モスレハ多数党ノ専制ヲ生シ多数党ノ政策ハ時ニハ一党ノ利害ニ専念スル弊アルハ従来幾多ノ実例ノ示ス所」であるといたしまして、そこで日本案のように二院制を採用すれば、衆議院多数派の「横暴ナル提案」は「或ル程度」参議院において、これを「抑制シ得ル」だけではなくて、こうした抑制機関の存在自体が多数党をしてもとよりその横暴を戒慎させる機能を生み出すことになるというのであります。なお、二院制採用の背景として、松本が「左右何レニ向テモ過激ニ偏倚」する国民性、「軽シク時ノ勢力ニ阿附スル事大性雷同性」を指摘している点もここでは留意しておきたいと思うのであります。
 そこで、松本の言う参議院の抑制機能はいかにあるべきかということが更に問題となります。フランス大革命のときに活躍したアベ・シェーエスの言葉として、第二院は何の役に立つのか、もしそれが第一院に一致するならば無用であり、もしそれが反対するならば有害だとの名言が伝えられております。
 このひそみに倣って申しますと、参議院の抑制機能が希薄であると参議院無用論が浮上するわけでありますし、逆にそれが過剰でありますと、有害論が登場するということになるわけであります。この無害、無用、有害論が的を射たものであるといたしますと、一体その中間にあってどの程度の抑制機能を働かせることが参議院に期待されているのかということが大変重要な問題となってまいります。
 この点につきまして、松本はさきの説明書の中で、現行憲法五十九条二項の前身に当たる規定において、三会期連続して衆議院で可決された法律案は、その最初の議事から二年を経過したとき、参議院の議決の有無にかかわらず、法律として成立するものとして参議院に対して遅延権しか認めていないというのは、それによって参議院が衆議院に対し反省を促すの機能を発揮せしむるにとどめようと考えたからだと論じております。これは、後の再考の府といった考え方に連なるものであろうかと思うのであります。
 しかし、今から考えると、抑制機能と反省機能との距離は相当大きいものがあります。それは距離というよりはむしろ乖離とも言えるものであって、その溝を埋めることは容易なことではありません。
 というのは、参議院の意義、役割が衆議院に対して反省を促すことにあるならば、当初の日本案のように、遅延権ないし停止的拒否権として規定するのが妥当であったはずだと考えられるからであります。しかし、総司令部との調整の結果、この規定は、衆議院が可決し、参議院で否決された法律案は、衆議院の出席議員の「三分ノ二以上ノ多数」による再議決によって成立させることができるものに変更されたわけであります。しかも、このとき同時に、参議院の構成につきましても、衆議院と同様、「国民ニ依リ選挙セラレ全国民ヲ代表スル議員ヲ以テ組織ス」とされたのであります。その結果、参議院は、当初考えられていた反省の府から、民主的で強力な抑制の府へと一挙にその地位を高めることになったのであります。
 このように、憲法制定当初から強い参議院として機能し得ることが憲法において実定化されていたのであります。そして、いわゆる五五年体制崩壊後、多党化の時代に入って以降、この国民の直接選挙に基礎を置く強い参議院の存在感が増大し、以前にも増して我が国における議院内閣制の運用の実際を大きく規定していることは改めて指摘するまでもないことであります。
 以上の点を確認した上で、参議院の権限を変動させた場合、その組織の在り方等に関して生じ得る論点について、以下、摘示してみることにいたします。
 参議院の権限の在り方が議論されるとき、まず何よりも、先ほどの憲法五十九条二項の再議決要件は厳格に過ぎるので、その要件を緩和すべきではないかということが問題視されます。すなわち、現行の三分の二以上の多数では、衆議院による再議決は実際問題としてはほぼ不可能であり、事実上、参議院に絶対的拒否権を認めたも同然であるので、この再議決要件を過半数に改め、参議院に対しては単なる停止的拒否権ないし遅延権を認めるにとどめるべきだとする主張であります。
 この主張に従って、憲法五十九条二項を改正し、参議院の立法に関与する権限を相当程度削減する方向に向かった場合には、その削減の程度に応じて、参議院議員の選出の方法、すなわち衆議院議員と同等の国民による直接選挙による選出法も見直す必要が生じてくるのではないかということであります。それは、権威ないし権限と正当性は表裏一体の関係にあって、参議院の権限の強さもまたその構成員の民主的正当性の強度に対応していると考えるからであります。したがって、権限削減論は選出法の見直しとセットで論じられるべきものであります。
 その場合、憲法四十三条の選挙は必ず国民による直接選挙でなければならないものかどうか、若干の含みを持った規定ではないのかといったことが差し当たり解釈上問題となるものと思われます。さらに、参議院の議決が衆議院で三分の二の特別多数によって覆される憲法上の根拠につきまして、それが六年任期、三年ごと半数改選制という、四年任期で解散もあり得る衆議院議員と比較した場合の身分的安定性にひとまず見合ったものだといたしますと、再議決要件の緩和は参議院議員の任期の延長といった問題に発展することにもなるでありましょう。そして、この議論をずっと先まで推し進め、参議院のもろもろの権限を限りなく縮減する方向に向かったならば、最後はその人的構成につきましても、任命制の終身議員といったところまで行き着くことになるでありましょう。
 もし、今ここでこのような任命・終身制の構成に帰着したといたしまして、そのとき参議院が保持しているであろう権限というのは、恐らく政治的にはほとんど意味のないものにまで縮減されているということになるでありましょう。そうだとしますと、この非政治化された参議院という機関について、そもそもそれが憲法で規定すべき事項であるかどうかということは疑わしいということになってしまうわけであります。言うまでもなく、憲法の目的は、国家統治にかかわるすぐれて政治的な権限につきまして、これを特定の国家機関に授権し、その授権を通じてその権限行使の在り方に制限を加えるということにあるからであります。
 次に、これとは反対に、参議院の権限を拡充強化し、衆議院と対等のものとした場合に浮上する論点について考えてみることにいたします。
 これは、さきの主張とは全く逆に、憲法五十九条だけではなく、議決の価値について衆議院の優越を定める他の条項、すなわち憲法六十条、六十一条、六十七条などについても、すべてこれを改め、衆参対等にすべきだという主張であります。衆議院と同様に参議院にも内閣不信任制度や解散制度を導入すべきだといった提言には、こうした衆参の間の優劣関係の対等化がその前提として含意されているものと思われます。この場合において、さらに民主的正当性や内閣の答責性ないし政治責任の観点から、議員の任期、定数なども衆参両院の間でそろえるべきだといった主張もなされることになるでありましょう。
 そして、こうした両院対等化の主張が憲法で具体化された場合、そこでは次のような論点が浮上するものと思われます。
 まず第一に、権限が全く対等の両院の間で意思の不一致が生じた場合、その調整をどうするのか。第二に、一院のみが内閣不信任を決議した場合でも、内閣は責任を取って総辞職すべきものとされるのか。第三に、内閣が総辞職をするとして、その場合、内閣と信頼関係を保持する他院の立場はどうなるのか。第四に、内閣が解散権を行使するとして、信任関係にある他院の同時解散もあり得るのか。第五に、同時解散があり得るとして、その理論的根拠は何か。第六に、信任関係を失った一院のみが解散された場合、新たに選挙で選ばれた議員の任期は前任議員の残任期間ということでよいのか。こういった衆参両院と内閣との三者関係において解決しなければならない様々な問題が続出するということになるでありましょう。
 ここで視点を変えまして、参議院の権限の在り方というよりも、むしろその構成の在り方、選出の仕方から参議院の性格、その果たすべき役割といったものを考えてみた場合に浮かび上がってくる論点を指摘してみることにいたします。
 これは、参議院について憲法で地域代表的な性格を明記した場合であります。最高裁判所は、定数不均衡訴訟における一連の判決の中で、現行の都道府県を単位とする参議院の選挙区選挙は地域代表的要素を有するものだとしております。
 ただ、それが憲法に根拠を有するかということになりますと、裁判官の間でも意見が分かれておりますが、本年一月十四日の大法廷判決について申しますと、そこでは、多数意見にくみした四人の裁判官と反対意見を述べた六人の裁判官の都合十人の裁判官が、都道府県代表制は立法政策上の考慮事項にとどまるものであって、投票価値の平等のように、憲法で直接保障されたものとは解されないとしております。これは、憲法起草過程で、三月二日案に、「衆議院ハ選挙セラレタル議員」、「参議院ハ地域別」「ニ依リ選挙セラレタル議員等」「ヲ以テ組織ス」とあったものが、総司令部折衝後の三月五日案では、衆参の区別なく、「国会ハ国民ニ依リ選挙セラレ国民全体ヲ代表スル議員ヲ以テ組織ス。」とされたことを踏まえたものであろうかと思われます。すなわち、「地域」という文言が憲法規定として明記されなかった結果、参議院が地域代表としての役割ないし性格を持つものとしても、それは憲法に直接根拠を置くものではなくて、単なる法律上の考慮事項にとどまるものとなったと解されるからであります。
 そこで、現時点で改めて参議院の意義、役割、そしてその組織、権能の在り方を根底から考えてみようといたしますと、今日の地方分権化の流れの中で、憲法上、参議院を地方を代表する議院、例えば地方院、道州院、連邦院とでも称するものとして位置付け、それに適した権能を付与し、その構成の仕方を工夫するといったことも考えられるでありましょう。そして、この場合、参議院の地域代表的構成と投票価値の平等とは、同じ憲法の平面で少なからずその調整が求められることになるのであります。そして、その限りで、投票価値の平等の要請は一定の譲歩を余儀なくされることになるのであります。そこでは、二つの憲法上の要請をどのような形で折り合わせるのかが新たな争点となるはずであります。
 さて、さきの一月十四日の最高裁大法廷判決との関連で、いま一つ、現行選挙制度の枠内において都道府県を単位とする参議院選挙制度を維持することが可能かどうかという点が問題となります。
 今度の大法廷判決の特徴として、十五人の裁判官のうち十一人もが異口同音に現行制度の抜本的な見直しを立法府に対して示唆している点を挙げることができようかと思います。すなわち、さきに述べた十人の裁判官は、現行の偶数配分制と現行の議員定数を維持することを前提として投票価値の平等を実現しようとするならば、都道府県を唯一の単位とする制度の在り方自体を変更しなければならなくなることは自明であると説いております。しかも、それに加えて、立法府の裁量権を広く認める従来の判例枠組みに従う五人の多数意見にくみした裁判官の一人もまた、制度の枠組み自体の改正をも視野に入れた抜本的な検討が必要だと指摘しているのであります。
 ただ、投票価値の平等が、違憲とされる判断基準につきましては、多数意見にくみした四裁判官は、参議院制度創設当初の選挙区間における議員一人当たりの選挙人数の格差、すなわち一対二・六二の数値から余りにも懸け離れた格差が生じている現行の定数配分は違憲の疑いがあるとするわけであります。しかし、違憲判断の基準となる明確な数値については、これは明示していないのであります。
 これに対して、違憲判断にくみした六裁判官は、投票価値の平等について、一対一ないし一対二未満を判断基準とすべきだと明示しております。これは、いかなる場合であれ、一人が実質的に二票分以上を行使する結果になるということは憲法の平等原則からして許容されるものではないとする考え方に基づくものでありまして、極めて合理的で、常識的にもよく理解し得る考え方であろうかと思います。
 また、多数意見中の五人意見にくみした裁判官の一人は、数値の上だけで一概に決めて掛かるべきではなく、要は、格差の在り方が全体として見て看過し得ないほど著しく不平等な状態になっていれば違憲だというふうに語っております。これは、考え方の点では多数意見中の四人意見と本質的な違いはありません。そういう意味では、四対五という言われ方はしているわけですけれども、四対四なのか四対五なのか分からないような、そういった判断枠組みになっているかと思います。
 このように、十一人の裁判官の間で、違憲判断の基準につきましてその考え方に若干の違いがあるわけでありますけれども、都道府県を唯一の単位とする選挙制度の在り方の見直しを示唆している点では共通しております。これは、現行制度を前提に、従来行われた幾つかの配分方式を用いて定数再配分を試みたといたしましても、一票の格差をほとんど縮小させることができないか、若しくは、仮に格差を三倍ないし二倍に抑えることができたとしても、その場合には二百近い、又は二百五十にも達する選挙区定数が必要となり、定数を大幅に増やすか、総定数のうち比例議席定数から相当数を補充するかしなければ、制度自体を維持することができないからであります。
 最高裁は、恐らくこうした理解、認識に基づいて、立法府に対して早急に現行制度の在り方の変更をも視野に入れた制度の見直しに着手するように示唆しているものと思われるのであります。
 次に、現行憲法の運用として参議院の理念を追求する場合に浮上する問題点であります。
 これは、現在の参議院の権限、組織の大枠を維持したまま、そのまま維持した上で、すなわち現行の、憲法規定は現行のままで抑制、補完、均衡といった参議院の果たすべき役割を追求するという、そういう選択を行った場合に、どのような憲法問題が浮かび上がってくるかということであります。
 言うまでもなく、衆参両院の間の関係や国会と内閣との間の関係は、本来、法的規制になじみにくい部分が多くて、憲法で一定の関係を定めたとしても、当該規定の下で長年にわたって形成される慣行にまつところが大きいのであります。しかも、こうした政治部門におけるもろもろの関係は、高度に政治的な性格を有する領域に属する問題でありまして、違憲審査権を有する裁判所も容易には踏み込み得ないところであります。したがって、そこでは当事者間で形成されるいわゆる憲法慣習あるいは憲法習律といったものの果たす役割が大変、果たす役割に期待されるところが極めて大きいわけであります。
 このような視点から、参議院の将来像を考える有識者懇談会の意見書に示された参議院の特色をより一層発揮するための改革のうちで、憲法規定の改正を要するとされた諸案につきまして、改めてこれを見てみますと、再議決要件の緩和につきましては憲法五十九条二項の改正、議事定足数の廃止につきましても憲法五十六条一項の「議事を開き」の文言の削除、さらにいわゆる地方院につきましても憲法で明文規定を置くことが必要であります。
 しかし、首相指名の不行使でありますとか、弾劾裁判所の構成の仕方でありますとか、特定議案の優先審議の問題でありますとか、さらに通年会期化でありますとか、あるいは会期不継続の原則の廃止などのこういったたぐいの提言というのは、明文憲法、明文改正に及ばなくとも、両院間における協議若しくはルールの形成、又は参議院独自の努力によって、実質的に所期の目的を達成することができる性質のものではないかと考えるわけであります。この領域では、憲法運用の妙にまつところが極めて大きいものと思うわけです。
 最後に、衆議院とは異なる役割や独自性を発揮させるために、参議院に対して何らかの特別の権限を付与すべきだとする提言につきまして一言述べておきたいと思います。
 この問題は、結局のところ、参議院の役割ないし独自性を何に求めるか、その役割ないし独自性を発揮するにふさわしい人材をどのようにして調達するかという問題、すなわち役割、権限と組織の在り方を相互にどう関係付けるかという最初の問題設定に立ち戻ることになるわけであります。そして、そこで新たに付与される権限に応じて、参議院の意義、役割が言わば再定義され、その新たな役割、権限を果たす上で適切な組織、選出の方法が考案されるべきであるということになるものと思われます。
 以上で私の陳述を終わります。
 御清聴ありがとうございました。
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保坂三蔵#4
○小委員長(保坂三蔵君) ありがとうございました。
 以上で参考人の意見陳述は終了いたしました。
 これより参考人に対する質疑に入ります。
 質疑のある方は順次御発言願います。
 また、時間が限られておりますので、質疑、答弁とも簡潔に願います。
 福島啓史郎君。
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福島啓史郎#5
○福島啓史郎君 参議院の福島啓史郎でございます。
 高見参考人にお伺いしたいわけでございますが、まず第一の質問は、二院制と選挙制度なり選挙母体との関連であります。
 現在の主要国の二院制を取っている国を見ますと、連邦制であるか、あるいはその二院、その第二院が間接選挙であるかと、そのどちらかの国が大多数であって、連邦制でもなく、また間接選挙ではなくて直接選挙を取っている国は、日本のほかはイタリア、スペインに限られているというふうに私は見るわけでございますが、この点についての現状認識についてはいかがお考えでしょうか。
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高見勝利#6
○参考人(高見勝利君) イタリア、スペイン、そうです。それから、オーストラリアなどもそうであるかと思いますが……
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福島啓史郎#7
○福島啓史郎君 オーストラリアは連邦制です。
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高見勝利#8
○参考人(高見勝利君) あっ、連邦制。失礼しました。連邦制除いてですね。
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福島啓史郎#9
○福島啓史郎君 もう一度繰り返しますと、連邦制でもなく、間接選挙でなくて直接選挙、連邦制でなく直接選挙を取っているのは、日本のほか、イタリア、スペインではないかと思うわけですが、その現状認識についてはいかがでしょうか。
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高見勝利#10
○参考人(高見勝利君) イタリア、スペインはそのとおりだと思います。
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福島啓史郎#11
○福島啓史郎君 ほかの国、連邦制ではなくて直接選挙を取っている国というのは、イタリア、スペインのほかにどこか、どういう国があるか御存じでしょうか。
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高見勝利#12
○参考人(高見勝利君) ちょっと手元に資料がございませんので、調べてみないと分かりません。
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福島啓史郎#13
○福島啓史郎君 それで、ということは、私は、この二院制と連邦制、ないしその選挙の仕組み、つまり直接選挙か間接選挙かというのはこれは密接な関連があるんじゃないかと思うわけでございます。
 それで、次にちょっと高見参考人にお伺いしたい点は、一院制から二院制に移っている国、逆に、先ほど説明にもありましたが、北欧のように二院制から一院制に移行した国、それぞれどういう理由で移っているか、主要な国について御見解をお持ちであればお聞かせいただきたいと思います。
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高見勝利#14
○参考人(高見勝利君) まず、一院制から二院制に移った国でありますけれども、これはかなりの国が移っておりますけれども、例えば戦後で申しますと、一九五〇年代にニュージーランドでありますとかデンマークが二院制から一院制に移行いたしました。それから、新興の独立国家につきましても、一院制を採用する国が相次ぎましたし、増加いたしました。そのことはさきにお渡ししました基礎資料の中にも示してあるかと思いますが。
 その理由でありますけれども、これは国によって様々でございます。例えば、スペインの場合ですけれども、これは一九二三年にリベラ将軍が権力を握ったときに上院制が消滅いたしまして、その後、フランコ政権の下でも二院制は設けられなかったわけですが、しかしながら一九七六年に民主国家になったときに地方への権限が相当移譲されまして、それとの関連で上院が再興されたということでございます。
 それから、そういったことがございまして、それからまた、資料には示しておきませんでしたけれども、フィリピンで申しますと、これは、マルコス政権が倒れたときに二院制に復帰したということでございます。
 それから、チェコでございますが、これは元々は上院制を持っていたわけですけれども、社会主義の時代になりまして一院制になりまして、しかしながらその後、連邦制になるに伴って二院制が再興されたという、こういうことになります。
 そういうことを考えてみますと、要するに独裁政治から民主政治へ移行した場合でありますとか、あるいは社会主義から転換した場合でありますとか、あるいは新しい国家をつくるときに連邦制を導入した場合でありますとか、こういうときに一院制から二院制へという、そういった動きというのがあろうかと思います。
 それから、二院制から一院制でありますけれども、これは幾つか戦後例がございますけれども、北欧の場合ですと、例えば一番典型的なのはスウェーデンでございますが、この場合には、元々二院制で開いておりましたけれども、合同会議という方式を取っておりまして、合同会議というのは一院と二院、両院の間の壁を破って委員会的にほとんど合同してやってしまうわけですね。その長年の慣行がございまして、結局のところは一院制の方に移行していったというふうな動きがございます。それからまた、一種のねじれ現象が生じたときに、やはり思い切ってそのときに一院制に移行する、そういった動機ないし経緯があろうかと思います。
 以上です。
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福島啓史郎#15
○福島啓史郎君 それで、最初に言われた二院制から一院制に移行する場合の憲法上の問題点、三点ばかり挙げておられるわけでございますけれども、私は、そのうちの第一点の少数派の権利をどう確保、保障するか、これは重要な問題だと思います。確かに、二院制が持っております反省、何といいますか、抑制、そういったチェック・アンド・バランスの機能というのは、正に少数派の権利をどう確保、保障するかとも密接な関連を持っていると思うわけでございます。
 ただ、第二点、第三点として言われました、第二点の解散権の濫用、それから第三点の憲法改正の問題につきましては、私は異なる意見を持っております。
 まず、解散権の制約につきましては、私、結局はこの解散権の制約の問題は、立法的な問題というよりも、やっぱりまず高度に政治的な、行政府におきます高度に行政判断に基づく、行政上の判断、政治上の判断に基づくものではないかと思うわけでございます。であるがゆえに、例えば英国などにおきましても、解散権を憲法、これは英国は成文憲法ありませんけれども、解散権が制約されているとは解されていないということもそういうことではないかと思うわけでございます。
 また、もう一つの憲法改正の限界といいますか、立法者の、憲法制定時の立法者の意思を超える改正はできないということにつきましては、仮にそういうふうに解釈すれば憲法改正そのものが私はできなくなる。いずれにしましても、憲法改正するときには改正手続によらざるを得ないものはないと思うわけでございまして、そういう意味では、そういうふうに狭く解する必要はないのであって、手続として憲法改正の手続を、手続規定に従うということによってのみ憲法改正がなされるとするならば、そうした立法者の云々の限界はないものというふうに私は考えるべきだと思うわけでございますが、この二つの点についての御見解はいかがでしょうか。
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高見勝利#16
○参考人(高見勝利君) まず、前者の方の解散権の濫用の問題でございますけれども、これはもちろん現行二院制を取っている場合でありましても問題の性質は同じでありまして、一院制になる場合の、しかしながら一つの考慮事項として考えておかれてはどうかということで、論点として出したわけです。
 確かに、委員のおっしゃいますように、私も解散権を法律というか憲法でルール化するということは相当に難しい問題であろうかと思います。したがいまして、基本的には、何と申しますか、憲法上の慣行と申しますか、一種やはりそれぞれ解散については理由というかコーズがなければいけないということを、そのコーズというものをはっきりさせていけば一つのルール的なものというのはできるのではないかということで、これまで憲法上の学説等で主張されていることを幾つか御紹介したという程度でございます。
 いずれにいたしましても、解散権の問題というのは、しかしながらやはり濫用に渡らないような、そういった仕組みということを一度やはりどこかで考えておかれた方がよろしいのではないかという趣旨でございます。
 それから、二番目の、九十六条の改正規定の改正という形を一院制に移行する場合にはどうしても取らざるを得ないことになりますので、その点をどう考えるかということでございますけれども、これはもちろん、だから解釈というか、九十六条の手続の改正というのは全くできないのかということでございますけれども、全く、論理的に全くできないという考え方というのも非常に有力にございますけれども、仮にできるといたしましても、しかしながらそれはどこまでできるのかということについてやはり考えていくべきであろうということであります。
 例えば、その中で幾つか提案がございますけれども、例えば両議院で三分の二以上の多数決があれば国民投票に付さなくていいというような形を取るといたしますと、この場合ですと、つまり、これは憲法改正が国民投票と申しますか、憲法改正権というのは国民が握っているわけであります。したがって、その場合には、手続的にやはり限界があるだろうということになるわけですね。
 その場合に、一院をじゃ二院、両院でその議決が三分の二がなければ議案が提出、発案できないということについてどう考えるかということでございますけれども、この場合かなり、どう考えるか、考え方としては分かれ得ると思います。
 つまり、そもそも国会の発議ということでありますから、それを国会の発議という、発議を、つまり一院であれ発議の形を取るわけですからそれで問題ないだろうと。つまり、国民の最終的な決定権まで奪っているわけではないから問題ないだろうという考え方もあるかと思いますが、しかしながら憲法は、つまり国会の発議についてやはり非常に慎重な手続を取らせているんだというのが、これが国民の意思だということ、つまり憲法九十六条の趣旨なんだというふうに考えますと、そう簡単にはいかないと、そういう議論でございます。
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福島啓史郎#17
○福島啓史郎君 学説上のお考え方としては分かるわけでございますが、私は、政治の現実としては、そうした考えはむしろ過去の意思決定、過去の憲法改正をしたときの意思が将来を拘束する、永久に拘束することになると思うんですね。改正規定を改正できないとすれば、永久的にそれを保持しなきゃならないということになりかねないわけでございまして、そのことは改正規定の改正も私は立法府にゆだねられているものだというふうに考えます。これは見解の相違でございますから、特に御答弁要りません。
 次にお伺いしたい点は、日本国憲法の制定時の議論でございます。
 GHQが一院制だと言っていたのに対しまして、日本側は二院制にこだわったわけでございます。私は、そのときには確かに抑制、補完、均衡ということを言っておりますが、やっぱり私は、その背景には、例えば貴族院のような上院を頭に置いていた、あるいはイギリスにおきます上院というものを頭に置いていたということではないかと。私は、明文のものはありませんけれども、多分そういうものが頭の中にあったんじゃないかと。
 また、そのことが選挙だということを言われたときに、地方の代表だということを主張し、しかしそれは否定をされて今のような規定、つまり衆議院、参議院、参議院も衆議院と同様に国民の選挙で選ぶということになったわけで、その点について言えば、当時の、何といいますか、日本側の立法者の意識としては、意識の、何といいますか、基礎としては、貴族院ないし上院のようなものが頭の中にあったんではないかと思われるわけでございますが、その点についてはどういうふうにお考えでしょうか。
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高見勝利#18
○参考人(高見勝利君) これは、だれに注目しながらその当時の人たちの考え方を見るかということでも変わってくるかと思いますが、もちろん、いろいろな考え方が、見方が当時渦巻いておりまして、貴族院というものを念頭に置きながら、これを第二院というか、として考えていくという立場もございますし、それから、もちろん日本の貴族院を考える場合にも、戦前からイギリスの貴族院というのが一つのモデルになっておりましたから、そういったものを念頭に置きながらということもあったかと思います。
 ただ、今回この準備のために、先ほど読み上げました松本烝治の書かれたこの説明書でございますけれども、これは、松本は、要するに一番大きなこれを書いた動機というのは、GHQの草案に一院制であったわけですよね。それは御承知のように二院制に切り替えたわけです。ですから、GHQ草案から日本案への一番の大きな変換が、転換がこの一院制から二院制にあったわけです。ですから、大変力を入れて、なぜ日本政府は今二院制を取るべきだというふうに考えているのかということについて非常に詳しい説明をしているわけです。
 その中では、いわゆる貴族院との連続性とか、あるいは連邦制を取っているかとかということは何も言っていないわけです。そうではなくて、つまり一院制を取った場合、先ほど申しましたようないろいろな問題があると。だから、第二院というものの存在が必要だと。これは、したがってその頭の中には、つまり民主主義の下で一院制をしいた場合の多数派の支配ということに対してどういう防御策というか、を憲法でセットしていかなきゃいけないかという、その議論であったんですね。それが非常に重要だということで御紹介申し上げたわけです。ですから、もちろん松本以外にいろんな議論があったということはおっしゃるとおりでございます。
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福島啓史郎#19
○福島啓史郎君 正に、私は二院制を、機能する二院制を、有効に機能する二院制というのを考えたとき、その二院がそれぞれ違った選挙母体なり選挙の仕組みを持つ、持たなければ、正にこの二院制が本来持っております抑制、補完、均衡といった機能は果たせない、逆のマイナスの面が出てくるんじゃないかと思うわけでございます。
 そうした考え方で、例えばこれは衆議院の選挙制度の見直しの際に議論の一つにもなりました梶山私案、これは衆議院は小選挙区のみ、参議院は比例代表のみということで、選挙制度と区分された形でもって二院制を考えた私案が出ているわけでございますが、そうした二院制のそれぞれが直接選挙ということであれば、違った選挙制度を持つべきだ、選挙母体を持つべきだと、その一つの例としての梶山私案を今申し上げたわけでございますが、そうした考え方についてはどういうふうにお考えでしょうか。
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高見勝利#20
○参考人(高見勝利君) 私も基本的に、選挙のやり方というのは衆議院と参議院で変えなければやはり違った構成というのはできないんだろうというふうに基本的に考えております。その点ではおっしゃるとおりでございます。
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福島啓史郎#21
○福島啓史郎君 例えば、梶山私案のような感じ、つまり衆議院は小選挙区制のみ、参議院は比例代表のみというような考え方についてはいかがでしょうか。
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高見勝利#22
○参考人(高見勝利君) 衆議院は小選挙区ということでもよろしいかと思うんですけれども、参議院を比例代表制ということにしていいのかどうかということについては、これはどういった比例代表制にするかということで決まってくるかと思います。やはり、参議院の場合には、できるだけ政党政治的なというか、政党が中心となって選挙を行って議員出してくるという形よりも、むしろ、やはりできるだけ、同じ比例で選挙するにしても人が選べるような、そういった、つまり個人というか個性が選べるような、そういった選挙制度の比例代表の仕組みということであるならば賛成というか、非常にいいんではないかなというふうに考えております。
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福島啓史郎#23
○福島啓史郎君 今、高見参考人言われましたように、私も参議院、その場合の参議院の比例代表といいますのは、全国比例代表ないし、そこでの個人を選ぶような選挙というものが考えられるんじゃないかと思います。
 それで、次の質問でございますが、二院制の持っているメリット、優れた点と、それから一院制の持っておりますスピード感あるいは意思決定を迅速に行い、かつ国民の意思をその時々において反映させていくという仕組みを、両方のメリットを持つものとして、例えばノルウェーで一・五院制、一・五院制というのがあるわけでございます。それについて、ノルウェーの制度についてどういうふうに評価しておられますか。
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高見勝利#24
○参考人(高見勝利君) ノルウェーの制度でございますけれども、これは一・五院制という意味、一カ二分の一というふうにも私の資料でも書きましたけれども、基本的には一院制というふうに考えてよろしいかと思います。
 ただ、御承知のように、要するに選挙は一本でございまして、選挙で選ばれてきた人たちについて、最初の議会で互選によって四分の一を上院議員に張り付けて、残り四分の三が下院議員として残ると。残るというか、選ばれるということでございます。
 これは動機はどういうことかと申しますと、要するに議会における慎重審議ということではあるわけなんですけれども、ただ、実際の中身の運営を見ておりますと、要するに一院制そのものでございまして、二つに院は分けておりますが、実際には常任委員会というのが中心、活動の中心になっております。この常任委員会というのは両院にまたがった形で、両院にまたがった形で組織されているわけです。でありますので、ほとんどというか、両院の間で意思の不一致ということはあり得ないわけですし、そういう意味では完全に一院制を二つに分けて機能させているという、そういう制度でございます。
 なぜ、じゃそういうことになっているのかということでございますが、これはなかなかその実情は私どももつかみにくいところがございまして、言えることは、やっぱり北欧諸国は一院制が中心でございますので、その辺の流れの中でこういうものができているのかという感じがいたしますけれども、じゃ、なぜ二部会制なのかということなんですが、やはり二院制を取るということの一つの大きな動機というのは、やはり立法権というのは、先ほどから申しておりますけれども、できるだけ動きを、何というかな、ある意味で迅速というのは一つのメリットであるんですけれども、そうでなくて、立法権というのは大変強力というか一番強力な権限でございます。したがって、これを何とか少しでもブレーキが掛けられるというか、つまり慎重な審議というのがその一つの表れであると思うんですけれども、そのためには一種権力を分離する考え方をそこの中に取り入れて、やはりその立法府を分かつということで少しでも権力のそういう動きというものを慎重にさせるという、そういった動機というのがやはりその中に読み取れるんではないかということでございます。
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福島啓史郎#25
○福島啓史郎君 時間が参りましたので終わりますが、今言いましたノルウェーの制度なんかも参考になるかと思います。
 以上で終わります。
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保坂三蔵#26
○小委員長(保坂三蔵君) どうもありがとうございました。
 平野貞夫君。
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平野貞夫#27
○平野貞夫君 高見参考人には御苦労さんでございます。肩書が二つございまして、この国会図書館の調立の、調査室の主任という肩書と北海道大学名誉教授という肩書でございますが、私はその北海道大学名誉教授という肩書に質問します。ですから、図書館にとらわれますと御自分の意見がちょっとブレーキ掛かりますので、率直にひとつ、個人の御意見を教えていただきたいと思います。
 まず第一は、一九七〇年代の前後、先生のお話のように、ヨーロッパで二院制を一院制に移行させる現象、あるいは二院制を残しても二院の権限を縮小して、二院制の一院的運用といいますか、そういう現象が起こりました。はやったという言い方をしてもいいと思いますんですが、日本側でも非常に注目しました。私どもは、貴族がなくなった社会、それから社会の複雑化に伴う国会審議の効率化が大きな背景であったんじゃないかというふうに理解しておりました。それから三十数年過ぎたんですが、最近の傾向というのは、先進国で一院制と二院制、あるいはその絡みの運営、運用の仕方、何か特徴的なものはあるでしょうか。
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高見勝利#28
○参考人(高見勝利君) 九〇年代以降というか半ば以降をちょっと取ってみますと、一院制から二院制へというもう一つの動きというか、少し出ているという感じがしなくもないんですね。この動機というのはちょっとよく分かりませんけれども、やはり効率一本ではうまくいかないというか、むしろやはり民主主義ということを考えますと、一院だけで代表できる民意ということと、やっぱりそれ以外の形で、何らかの形で民意を吸収して、それを国政、あるいはとりわけ立法等に反映させていくという、そういった考え方が他方であるのかなという印象は持つわけですけれども。
 それからもう一つは、二院制の中での動きということでございますが、これはやはり地方の権限、権力が非常に強く一般になっております、これは御承知のとおりだと思うんですけれども。そういう中で、やはり第二院の機能、役割というのが大変非常に強くなってきている、そういう傾向というのを最近非常に感じるわけです。
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平野貞夫#29
○平野貞夫君 ありがとうございます。
 日本でも一九七五年前後、昭和四十八年、四十年代の末期ごろから、この二院制の在り方というのが非常に大きな論議になりまして、私、当時、衆議院の事務局にいまして三十三年ぐらい勤務したんですが、当時、衆議院の前尾議長の秘書をやっておりまして、参議院では河野議長さんがいらっしゃって、この二人で一院がいいか二院がいいかというのを大論争をやったことを記憶しております。
 当時、やはり経済成長が限界に来て様々な成長政策の弊害を調整する時期でございまして、佐藤内閣の末期、田中、三木内閣というふうに続くわけでございますが、当時、例えば国鉄運賃法とか健康保険料を値上げする法案とか、それから防衛二法というような法案が物すごく参議院で停滞しまして、大体一つの法案を成立させるのに二年掛かったんです。非常に参議院の力が強うございました。別に参議院が与野党逆転しているわけじゃないんですが。そこで、政府側は大変政策の転換に苦慮したわけでございます。国鉄なんかが破綻した一つの理由に、やっぱり適切な運賃の値上げというのは社会状況に応じて必要なものですから。そういうことが一つの原因でした。
 そこで、前尾議長が、参議院が当時の自民党の会派を派閥化して政局作る、参議院の自民党を抑えた方が総理大臣になれるという時代でございまして、参議院議長さんが非常に強い、閣僚のポストを五つぐらい持っていた時代なんですが。参議院が国政の、政局作って国政の邪魔をするといって非常に前尾さんが公言しまして、河野さんが怒りまして、参議院は衆議院のコピーじゃないんだということで大げんかになったんです。
 そこで、前尾さんは与野党の国対委員長を連れてヨーロッパの二院制、一院制を調査に行きました。その結果、帰国後、一院制にしろとは言わぬけれども、やっぱり憲法制定時の参議院の本来の良識の姿に戻るべきだという論を張りまして、またこれ河野さんが怒りまして、河野さんは、憲法の基本は両院平等だと、例外的に予算とか法律とかそういったもので衆議院の優位を認めているんだと、こういう論になって、前尾議長は、違うと、憲法は根っこから不平等なんだと、衆議院有利にできているんだと。これがまた憲法論争で両院議長がやるものですから大変我々もいろいろ巻き込まれて困ったんですが。
 この日本国憲法の現在の参議院の基本的性格ですが、河野議長の論と前尾議長の論と、どう思われますか。
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