浅岡美恵の発言 (憲法調査会公聴会)
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○浅岡公述人 本日は、憲法問題につきまして意見を述べる機会をお与えいただきまして、ありがとうございます。
私は、弁護士といたしまして、環境や消費者に係る被害者救済にかかわり、また、近年、地球温暖化の抑止に取り組むNGOの活動に関与してまいりました。その限られた経験からではございますが、特に基本的人権に関する部分を中心といたしまして、その実現と発展を願いまして、意見を申し上げたいと思います。
申し上げるまでもなく、憲法制定以降六十年の経過の中におきまして、我が国及び世界の社会経済状況は大きく変化してまいりました。その過程で、かつては社会的に十分認識されてこなかった幾多の人権問題が浮上いたしまして、権利として確定されてまいりました。
例えば、消費者の権利について見ますと、被害が多発しております中で、今年、十六年に通常国会で、安全が確保され、自主的かつ合理的な選択の機会が確保され、情報及び教育の機会が提供され、意見が消費者政策に反映され、被害が適切かつ迅速に救済されることということが、消費者の権利といたしまして基本法に明記されました。
こうした消費者の権利と申しますものは、米国のケネディ教書によります権利宣言を受けまして、我が国におきましても六〇年代後半から提唱されてまいったものでございますが、今回の基本法改正におきまして一部導入され、消費者団体を権利主体として位置づけていないことなど、なお若干の不十分な点を残しております。立法府におかれましては、これらの権利の具体化をさらにお願いしたいと思っております。
女性問題につきましても、九五年に北京で開かれました世界女性会議のテーマは、女性問題は人権問題であるということでございました。女性であることを理由とする不合理な差別問題は、今も我が国の重要な問題でありますけれども、特に九〇年来、人としての尊厳あるいは自己決定という観点から女性の人権が議論されまして、セクシュアルハラスメントが違法として定着するなど、立法措置がなされてきております。
また、知る権利の具体化としての意思決定に不可欠であります情報への自由なアクセス権が国民の権利として情報公開法に盛り込まれました。今年、その見直し中であります。
他方で、プライバシー権が判例上も認められ、また、このプライバシー権は、私生活をみだりに公開されない権利というものから、自己に関する情報をコントロールする権利ととらえられてきております。今日、高度情報化社会における個人情報保護の効果的な仕組みが懸案となっておるところでございます。
私が弁護士として仕事をしてまいりました三十年余のこの歳月は、社会経済の変化を受けまして、こうした新しい権利が法的に裁判所で整理され、あわせて立法及び行政上の対応がなされてきた時期でございまして、社会や経済のありようと法との関係というものを法律実務を通しまして感銘深く見てまいったところでございます。
時代の変化は加速的でありまして、国際化の影響もより大きくなってまいります。今後とも新たな人権問題が認識されてくることと思います。こうして見ますと、消費者の権利とか環境権やプライバシー、知る権利等々は、憲法に明文がないという意味では新しい人権と言えますけれども、日本の社会においては既に定着した人権、あるいはその途上にあると言えるのではないかと思います。このような立法ないし行政措置が憲法違反であるというような主張は聞いたことがございません。
これら新しい人権とも申すべき権利の憲法上の根拠と申しますと、主として憲法十三条に見出されております。すべて国民は、個人として尊重される、生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利は、公共の福祉に反しない限り、立法その他国政の上で、最大の尊重を必要とするという十三条は、新しい時代に対応した人権を具体化、深化させていくことができる包括的規定でございまして、国民にとっても希望の星であり、頼もしい規定と言えます。
また、憲法二十五条も、今後の国民生活の向上を憲法の上で担保する規定となっております。情報を自由に取得する権利としての知る権利も、明文規定のございます表現の自由の反対形相として根拠づけられております。こうした新しい人権規定を憲法に加える改正をいたしますとしても、これらの条項をなくしたり弱めたりするということは考えられないところでございます。
基本的人権が人類の多年にわたる自由獲得の努力の成果であり、侵すことのできない永久の権利として信託されたものであることを明記いたしました九十七条は、近代憲法の人権規定に共通する性質を言い当てておりますけれども、どの国の人権規定も、憲法が制定されました当時の社会状況を反映していることはやむを得ないところであります。
しかしながら、我が国の憲法規定と今日の憲法改正議論を踏まえて考えましても、これまで申しましたように、現在の憲法は大変先見性があり、時代先行性を有しておりまして、例えば、今環境権を実現するために憲法改正を行う必要があるというようなことではございませんで、むしろ具体的に法律の中でその権利の具体化をしていただきたい。憲法に加えるといたしましても、具体的権利を欠いておりますと、憲法への規定ぶりによりましては、かえって立法府や行政府の裁量を拡大することになりかねないことにも留意していただきたいと思います。
特に御留意いただきたいことは、国民投票への付議に関してでございます。
独占禁止法は、いわゆる抱き合わせ販売を不公正な取引方法の一つに掲げてこれを禁止しておりますところは御案内のとおりでございます。抱き合わせ販売によって、買い手は抱き合わせられた商品の購入を強制され、選択の自由が妨げられることになるからでございます。憲法に関しましても、このようなことに留意する必要があるのではないかと思っております。
憲法に定めます平和主義は、我が国にとりましても国際社会にとりましても大変意義深い規定であると思っております。世論調査におきましても、九条の改正をすることに反対の意見が多いと承知しております。
仮に幾つもの改正項目について国会で三分の二の多数が得られるということがあるといたしまして、そこに何らかの政治的妥協を伴うことがあることが想定されるところです。国会におかれましては、そうした妥協が必要な場面もあるかもしれません。しかしながら、国の基本法である憲法は、そのような政治的妥協によってゆがめられてはならないものだと思います。
憲法改正には国民投票が必要であるというところでありますけれども、そうした観点から、例えばこれから環境権を追加するということと、これに真っ向から矛盾すると思います九条改正問題とを抱き合わせた形で、一括して国民投票に付すというようなことは避けていただきたいと思っております。これは国民の選択の自由が妨げられることになると考えるからであります。
次に、例えば環境権についてどのような権利規定の措置が必要と考えているかについて申し上げたいと思います。
七二年六月、ストックホルムで国連人間環境会議が開かれまして、環境は人間の福祉と基本的人権の享受のために必要不可欠なものであると宣言されました。日本弁護士連合会は、その前の七〇年に、公害問題を環境問題としてとらえまして、公害の未然防止を目的に、人間環境を保全するための環境権を提唱しました。こうした環境に関する従来の法制度や考え方に対して、新しい問題提起をいたしました。その後三十年を経て、私たちが良好な環境を享有する権利を有しているとの認識は広く国民に既に共有されており、争いのないところではないかと思います。
人の生命、健康を保持し、あわせて人間らしい生活を営むことを求めるのは人として基本的な要求でありますけれども、憲法十三条は個の尊重、人格権、幸福追求権をもってこれを認め、社会的な総則的規定でございます二十五条が環境権の社会権的側面を保障するものであるということも、例えば大阪空港訴訟判決等に示されているところであります。
このように、環境権の憲法上の根拠というものは既にございます。むしろ、環境権として包摂される内容は大変広範かつ多様であり、その実現のための方策は、客体や課題によって特徴があること、抽象的権利規定としての憲法の性格を考えますと、良好な環境の保全をいたしますには、法律において権利の具体化、権利の行使方法、権利侵害の判定方法などの緻密化などの立法をお願いしたいところでございます。
例えば環境基本法は、持続可能性を基本理念といたしまして、環境に関する具体的立法の基本的枠組みを示しておりますが、以下に述べる問題点を残していると考えております。
第一に、環境基本法に個人の環境権が明記されていないわけでございます。そうした追加が必要であります。
少し時間が足りませんのではしょらせていただきます。
また、環境基本計画には、環境を、自然環境のみならず、歴史的、社会的、文化的なものととらえまして、景観の継承などを含めて、生産と生活を一体的にとらえていくという視点が盛り込まれておりますけれども、例えば、そのためには、今年制定されました景観法に、地域的、歴史的、文化的景観を享受する権利ということを明記していただくことが必要かと思います。
第二に、環境保全におきます私人の役割、個人の役割を明らかにする具体的な権利といたしまして、差しどめの権利を明記していただきたいと思います。
我が国は、産業優先の負の遺産ともいうべき激甚な公害を経験してまいりました。先般、水俣病に関する最高裁判決がございましたが、公式発見から五十年近く経過しても過去の被害の清算がなされていないということにも驚くべきでございますが、因果関係や過失等の立証責任が被害者に課されているというこの現在の法律制度のもとでは、これらの立証が事実上非常に困難であることから、被害の拡大を容認してきたということを反省しなければなりません。
こうしたことに対しまして、現在の基本法は、国民の責務として、環境への負荷低減への努力や公共自治体、国の施策への協力義務を述べておりますけれども、保全のための権利は書かれておりません。人の生命、健康に被害をもたらす場合だけでなく、生態系や環境の保全等につきましても、これらは社会的共有財産というべきでありますし、一たん破壊されますと取り返しがつかないものでありまして、まさに差しどめの権利を確立することがその保全のかぎであります。
第三に、情報開示請求権を盛り込んでいただきたいと思います。
今日、環境問題ほど透明性の確保と市民参加の必要性が指摘されている領域はないと思います。国民の情報へのアクセスを権利として保障することは、環境保全の政策決定、その実施における市民参加の基盤をなすものでございますが、現在の環境基本法では、国にその努力義務を課しているにすぎません。
情報公開法による情報の開示請求権のみならず、環境基本法や個別法におきまして、国民や環境団体の情報開示請求の権利を盛り込んでいただきたいと思います。例えば、今、京都議定書の目標達成のための政策強化といたしまして、排出量の把握、報告、公表の制度化が焦点となっておるところでございますけれども、このように、知る権利につきましても、具体的権利規定を法律上拡充していくことが立法府の役割と思うところでございます。
第四に、こうした差しどめや情報開示請求権につきましては、環境団体にその権利を付与する立法措置が急務と思います。
消費者政策におきましては、不当な契約条項や不公正な広告につきまして、一定の要件の消費者団体に差しどめを求める訴訟上の権利を付与するための立法措置が、消費者契約法の制定以来懸案となっておりましたけれども、ようやく次の通常国会にも提出されるのではないかと期待しているところでございます。
環境保全につきましても、その利益も破壊の影響も、広範な地域、人々に及び、個人的な対応や行政監視にも限界があります。そうした直接利害関係を持ちます住民や消費者の個別的な授権なくして、違法行為の差しどめや行政に対する積極的作為を求める訴訟を提起する権利、あるいは環境保全政策に対して意見を申し述べ、異議を申し立てる等の権利を法律上保障していくということは、これからの環境保全における実効性を確保していく上で不可欠と思います。
このような権利は、欧米等諸外国では既に定着いたしまして、十全に機能し、大いなる成果を上げているところでございます。
地球環境問題は、近時、新たな地球規模での安全保障問題として位置づけられております。ブッシュ政権が京都議定書から離脱を宣言いたしました直後に、我が国の衆参両院で批准に向けた決議をいただきました。これはその後の日本の批准、議定書の発効に大変重要な役割を果たしたと感謝申し上げております。
温暖化の要因や対策につきましては、公害問題に共通する問題、国民生活、両面がございますけれども、きょうはその詳細は割愛させていただきます。
何よりも、今日の憲法改正の最大の論点は憲法九条についてであると承知しております。現行憲法の解釈上も自衛のための武力行使は否定されておりませんので、侵略行為を意図しない限り改憲を必要としないのではないかと思います。国際協力のための憲法九条改正といいますところは、裏を返せば、自衛以上の武力を行使する、あるいは、侵略と隣り合わせあるいは区別がつかない武力行使をするための憲法改正ではないのかと考えるのが理論的かつ自然ではないかと思うのです。このような改正は慎重にお願いしたいと思います。
環境権は、九条の改正により非常に大きな影響を受けます。戦争は最悪の環境破壊をもたらし、また、私たちの生活環境が、自然環境、人工的環境を問わず、戦争によって乱されるおそれは多大であるからであります。他の人権も同様でございまして、いずれにしましても、問題は九条にとどまらないわけでございます。
このような九条問題と人権規定につきましての問題等を抱き合わせいたしまして、一括して改正案を策定し、国民投票に付すことはすべきでないと考えますということを重ねて申し上げまして、本日の私の意見陳述にかえたいと思います。(拍手)