日野原重明の発言 (憲法調査会公聴会)
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○日野原公述人 日野原でございます。
私は、昭和十二年に京都大学の医学部を卒業して、六十七年間医者をやっております。医者は、地球上の人間というのはみんな同じ血液からできているということを一番よく知っております。ヒポクラテスが、医師は何をするかということを、最初に誓いを医師にさせたその言葉は何かというと、人の命を助けるということではなくして、医師の第一にすべきことは毒を与えるなということ。ところが今は、科学が非常に進歩している医学の中に、やはり毒を与えることのためにいろいろな医療事故さえも起こっている、科学の進歩のためにそういう犠牲もあるというふうな変なことが起こっているわけであります。
私は、そういう意味で、命の大切さをシュバイツァーに学んで、アリ一匹殺すことを非常に心を痛めたというその精神をやはり他の動物と一緒に住んでいる私たちは考えながら、他の動物と共生するということを考えなくてはならない。したがって、私たちは、他の国と、他の民族と共生しなくちゃならないということになったわけであります。
終戦直後にできましたこの憲法は、もしも日本が広島、長崎に原爆を受けなければ、私は、ベトナムが、十六年もあの小さな国が強いアメリカに対して手を上げなかったように、日本も、そこまででなくても、もっともっと頑張って、もっともっと多くの人が死んだと思います。しかし、そういうふうなときにはきっとどこかが助ける手が起こる、あるいは、アメリカの国内に、今のアメリカに既に起こっているような声が起こるのは当然でありますから、日本が滅ぶことはなかったと思います。日本は余りに原爆に恐れて手を上げたために、この日本は非常に依存的になってしまった。
そして、日本が戦後、非常に早く復活したのは日本の勤勉のせいだとかそういうふうなことを言っているんですが、そうではなくて、聖路加病院が接収された、病院にはすぐに始まったあの朝鮮事変の傷兵が入院して、そしてケアをされていた。その後、ベトナム戦争が起こった。そのための兵器はどこでつくられたか。その兵器をつくることに日本の産業が参与したために日本の復興は非常に早かったということを私たちは考えなくてはならないわけであります。
この憲法を読んでみますと、「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、」というんですよ。ですから、世界の国の諸国民が平和を愛する諸国民という仮定が入っております。そうして、その仮定のもとに、「われらの安全と生存を保持しよう」とした。その次に、「われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めてゐる国際社会」。今の国際社会がこのような国際社会でしょうか。全く反対である。
しかし、これには、そういう国際社会というふうなものをつくろうとしていることに、日本は「名誉ある地位」というのは、主導性をとらなくてはならないということ。日本はそのような、あるいは幻のような世界かもわからないけれども、その主導性をとってきたかどうかということ。そうして、「全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から」、六十四億のうちの五分の一が食物がないんです、そういう「欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有する」。このために、日本はあれだけの多くの経済力を持ちながら、お金はある程度行ったかもわかりませんが、人間がそこに出て行ったかどうか。
日本の今日の医療のほとんどは、外国のミッションの人が来て、そして日本の医療を始めたり、私学を始めている。外国の人は、人間がそこに行って、そこで人間が死ぬまでいる。シュバイツァーも半世紀アフリカにいた。そういう、お金だけでなしに、人間をそこに投資するというふうなことを日本はやってこなかったわけです。
ですから、これはただアメリカのマッカーサーのままにつくった憲法というだけではなしに、日本人が認めたからにはこれを実践する義務があるけれども、日本はそれを実践してこなかった。そういうことを国民が本当に意識して、それでは憲法をどうすればよいのか。この幻の文章をそのまま続けて、今までは幻だけであったか、その実現ゆえに何をするかという具体的な政策を出すかどうかをやはり国民に問うべきだと私は思います。
そういう意味で、私は医師の立場からいろいろな意見を言うんですが、今は、テロが起こって、あの九・一一が起こった。それは、アメリカには恨みがあるから起こっているんです。そうして、アメリカは九・一一でさらに恨みましたから、恨みは恨みを追って、これはずうっと連鎖反応。どこかが許しをやらない限りは、この連鎖反応はとまらない。
私は、これは、強い方が許すということをすればすべてが解決する。愛というものは犠牲を伴う。ですから、死ぬようなこと、友のために命を捨てるということが愛であって、そうして、アメリカが戦争をしたときに、目には目を耳には耳をという反撃の正当性を言いましたが、これはユダヤ教の旧約聖書の中にある古い教えで、クリスト教の教えはそうではなくて、敵を愛しろ、敵の罪を許せよと言っているのです。こういうものがない限りは平和は来ない。許しがなければ平和は来ない。
だれが許すか、だれがイニシアチブをとるかというと、やはり、私たちはここに日本がイニシアチブをとるというふうに明言しているのに何にもそれをやらなかったということで、私は、日本全体が非常に反省しなくてはならない。そういう意味で、外国に対して謝るというだけではなしに、我々自身が反省をして、それでは償いに何をするかということを考えなくてはならない。
そういう意味で、私は、今度の憲法というふうなものを安易にただ変えて、そうして今のアメリカ中心主義にするのでなくて、今まで受けた恩恵は、我々は何らかの意味で十分に返さなくちゃならないですね。返しながらも、私たちは、どこかで戦争の連鎖反応を切らなくちゃならない。その連鎖反応を切るのに、私たちの憲法を誤って変えた場合には連鎖反応を切る反対に行くという意味において、私は、ここが大切な、どっちへ行くかという決意を要する。その場合、少なくとも戦争に直接関与しないということを言ったからには、危ないところに自衛隊の人を起こすということはどうしてもやめていただきたいというところで、とにかくストップをかけながら、日本の行き方をもっと基本的に考えなくてはならない。
そういう意味において、すぐ、急いでどうこうするというふうなことをするのには、余りに国民がそれを自覚していないですね。政治から国民は離れてしまっていますね。そうでなくて、自分たちがこの日本をつくるんだ、そして政治家がそれを代表して言っているんだなというふうなことで考え直さなくちゃならない。
今、私は、小学校で最近も子供にいろいろ話をするんですが、どういうことかというと、戦争をどう思うかと言うと、戦争は続くだろうと子供が言っているんです。だから、大人の時代には戦争はいつまでも続くでしょう、僕たちが殴られたら、今度から殴り返さないように僕たちはしましょう、そして、国同士がそうしましょうという子供の作文が私に来たんですよ。
私は、本当の平和は、今の子供、私からいえばひ孫のようなその人に実現するために、子供に平和を教えるようなところが私たちで、今の大人にはそれはできない。今の子供に、議会で争って暴力を出したり、そして牛歩とかといって時間を食ったりするようなことを子供が見てどう思いますか。
私は、そういうふうな政治家の態度を、ここであれを見ながら、もっと平和に、暴力を使わないでするということを政治家が小学生に見せなければ、もう政治家になろうという人はいないわけですね。今の子供は何になりたいかというと、それはイチローのようになりたいとかあるいはお菓子屋さんになりたいとか、そういうふうなことがあって、昔のように、いい看護婦さんになりたいとかいいお医者さんになりたいということを言う子供はいないんですよ、今は。
そういうふうな物質的なものに子供はなっている一方、子供にはやはり純粋なものがあります。そして、平和は孫の時代に、そして私たちはそのステップをつくるんだということで、急ぐ必要は全然ないと思います。
そして、今ある憲法の中で、とにかく、私たちがどのようにすれば平和が守られるかということです。とにかく、意思決定は、アメリカに対して言うことは、こうした方が平和が守られるだろうから私たちはそうしたということのはっきりした宣明をすることが、日米の関係もよくすることに参与するんじゃないかと私は思います。
それから、自衛隊をつくった、それを今度は自衛軍というふうな、セルフディフェンスフォースですから、これは軍隊のことですね。それで、ドイツはどうなったでしょう。日本と同じように、あるいは、ドイツ人はユダヤ人を数百万人殺したんですよ。そのドイツに軍隊はあります。徴兵制度はあります。イタリーにもあります。韓国にもあります。中立国のスイスにもスウェーデンにもあります。それは、国を守るためにあるということで、攻めるためでない。日本も同じことです、そういう意味においては。
しかし、ドイツその他は、強制的に兵役があって、そして、宗教上の関係、信念の関係で軍隊に行かないというふうな人はそれ以上の、半年か二年の間、老人の養護をするということに決められて、ドイツの老人の介護は、この徴兵を忌避して、そしてそういうことの方がよいと思う人によってもっているわけですから、徴兵制度がなかったらドイツの養護運動は非常に危機になる。
私は、今、日本で、志願して自衛隊というんですが、もう少し、大学を卒業した人は、就職の試験を受けた後に半年でもいいから、南アフリカに行ったりいろいろなところに行って、難民の世話をする、土地をつくるのに川の洪水をとめるようなことをするとか、農業を教えるとか、医療をするとかというふうに、半年か一年実際に行ってみて、それから自分の専門に入れば、私は本当の人間ができると思いますが、今はそれがないわけです。
アメリカでは、ハーバード大学の医学部に行っている半分は東南アジア、半分は白人です。東南アジアでは台湾と中国とベトナム、それからシンガポールが医学生の半分で、日本人は非常に少ないです。試験に落ちるんですから。あとは白人ですが、白人の大部分は、カレッジを四年で出てどこかで働いている。先生になったりあるいは何かの仕事をやったり、そうしてから医学部に入る人が多いので、日本よりも平均年齢は三、四歳高いです、入学する人が。そして、世間を知っている人がやはり医療をやりたいからやる。日本のように偏差値がいいから行くんじゃないんですね。そういうふうに医学校が今なっているわけですが、日本は、医者になるのは、ただ社会的に安定して格好がいいからなるというだけで、本当に、国立大学のいいところに入っている人の大部分は医者に向かない人です。もっと社会の中に入って、医者になりたいという人に学費を出してやるというふうなことをしなくちゃならない。
私が言いたいことは、徴兵制度が日本にないというかわりに、何かもっと、商社でも役所でもが、就職が約束されて半年、一年は完全に国家の責任で出て、帰ったらその仕事をするというふうなことをすれば私はいいと思います。
そういうようなことをすると学問の研究が遅くなるというふうに言うのですが、今、日本は、ノーベル医学賞ができて百三年になります、エリートの医学部を出た人が百三年の間に一人もノーベル医学、化学賞を持っていないのですよ。どこが悪いかというと、遺伝子や才能ではなしに、畑が悪い。若い人を本当に研究させる畑がないからみんな外国に行ってしまう。一人だけ利根川さんがいましたが、彼は医者じゃないです。傍系の人です。そして、日本にいるとだめだからアメリカに行ったら、医者でなくてもノーベル医学賞をとったということですね。
私は、いろいろ教育の中でも非常に大きな変革がされないといけないと思っておりますけれども、そういうふうなことで、若い人の教育にも触れながら、そして、この憲法に書いてあるのは日本が指導性をやるというのに、では、もう指導性の言葉を取ってしまうかということですね。では、日本は何で貢献するかということです。資源もない国が何で貢献するかということです。
そうすると、日本は、人間で私たちは世界に貢献をする。そのためには、もっともっと、あの食物もないような不幸なアフリカその他に、外国人の多くが日本に来てそうやったように、私たち日本人はもっともっと発展途上国の間に行くことをしないと、私がWHOのマーラー事務局長に会ったときに、なるほど日本はかなりお金を日本財団を通してくれているけれども、しかし、日本はテーク・アンド・ギブだ、ギブ・アンド・テークじゃない、マーケットを得たらお金を出すんだ、まずギブをしないのが日本だということをはっきり言われました。
私の話は少しずれてきましたが、私が言いたい精神は、きょう、おわかりになっておると思いますので、ほぼ時間になりましたから、これで私の意見は終わりたいと思います。ありがとうございました。(拍手)