梶山正三の発言 (環境委員会)
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○梶山参考人 ごみはたくさんある、しかし処理施設の能力は足りない、だから処理施設は必要だ、これが一般的にいう処理施設をつくる方の論理だと思います。これはもっともなようですが、実は私、その点にまず疑問を持っております。本当に足りないという解析をだれがどれだけまじめにやったのかということなんですね。
私自身は、長野、千葉、その他で、約八十の市町村について、現実に、ごみ処理の原単位、それから人口予測等について自分自身で解析してみたことがあります。例えば長野の事例で、広域連合の処理施設については、原単位についても、それから人口予測についても、明らかに従来の趨勢を上回る過大予測をしております。
これはごみ処理施設に限らず公共事業一般に言えることですが、それが本当に過大予測ではないのかどうかということについてやはり十分な吟味が必要であって、本当に必要なのかということについても、やはり基本的なところから洗い直していくべきであろう、こう思っております。
それからもう一つは、これは現在も言われていることですが、かつてのごみ処理は、例えば十五センチ以下に破砕してから埋めなさいという埋立基準はほとんど守られておりません。東京湾の埋立処分場なんかについても、このぐらいの机だとか長いすがそのままぼんぼん投げ込まれて、大変乱暴な埋め立てをしてきた。これは実際の埋立容量の恐らく半分も使っていないのではないかという処分場が全国各地にいっぱいあるわけでありまして、まず、環境改善もかねて、従来の処理施設というのはいかにその地域に負荷を与えてきたか、その負荷を減らしながら、新しい処分場をつくるというよりも、日本国内ではほとんどが水源地でありまして、そういう適地というのは基本的にないと考えた方がいいわけでありますから、従来の施設の見直しがまず必要であろう。
それからもう一つ申し上げますと、あと二年もすると日本全体で人口がピークを迎えて、それから八十年もすると日本の人口は半減する、何百年かすると日本人は絶滅危惧種になるということが、これは大まじめに考えなくてはいけない話でありまして、そういう趨勢を踏まえて、さらに右下がり経済が高齢化の中で避けられないものだとすると、それを織り込んだ本当の意味でのごみ予測をきちんとやるべきではないか。
さらに、それに加えて、例えばペットボトルのことを例に挙げますと、ヨーロッパでは二十回のリターナブル型が標準です。これは、ヨーロッパに行って、例えばスーパーに行っておしりを見ると、一回ごとに刻印が押してある。刻印の数を見ると、これは十五回目のリターナブルだということがわかる。それが日本ではワンウエー型が基本になっている。これは本当の意味でリユースを全くやる気がない、きちんとやる気がない。そういう意味でいうと、ごみを本当の意味で発生抑制する行政的な努力というものも極めて欠けている。
それらをすべて吟味した上で、本当に処理施設がどこまで必要なのかということを、きちんと将来予測を立てるべきだ。それがないと、私は、処理施設を足りないからつくれという議論にはすぐに乗れないということが基本にございます。
それから、もちろんそういうものの必要性を私は全く否定するわけじゃなくて、仮に必要であったとしたら、どうやってつくるべきかというのは私なりの提案を持っております。
それは、一つは、やはり環境に最も負荷を受ける地域住民を管理体制の中に必ず組み込むこと。それからもう一つは、大きい処分場はやはりどうしても環境負荷を……