池坊保子の発言 (憲法調査会)

⚠️ コピーしたテキストを転載する際は、転載元URL(kokkai-data.com)および原典URL(kokkai.ndl.go.jp)を必ず残してください。発言内容の改変・出典削除は禁止です。 詳細は利用規約をご確認ください。

○池坊委員 公明党の池坊保子でございます。
 私は三点申し上げたいと思います。
 まず、象徴天皇です。
 象徴天皇か元首かというお話ですけれども、これは、現憲法制定下においても議論をし尽くされたのではないかと思います。
 当時の金森国務大臣は、元首という言葉は、常識的に国の主権者であるとか行政の長である。そういう意味を持たなければこれは意味がないのであって、そうでないのに元首とすることは、国民は、言葉の魔術というもので憲法自体を見ないで元首というイメージをつくってしまうことになる。そうなれば、国民は、憲法に書かれている天皇のイメージを必要以上に権力的に考えてしまう。そういうことを考えると、象徴という言葉にはそういう悪いイメージがない。
 私は、天皇の存在は国民の心のよりどころであり、安心、安定の中核をなしていくものではないかと思います。そういうことを考えますと、天皇は、力の対象ではなくて、国民の敬愛の対象でなくてはならないと思います。
 即位のときに天皇がおっしゃった、国民とともに国民の幸福を願い、憲法を遵守する。これは、長い歴史を見ますと、ある時期を除きましてずうっと天皇はこういう志を貫かれてこられたと思います。戦争の経験などを踏まえて、日本の国民にとって一番いい姿が私は象徴天皇であると思っておりますので、それを変えることはする必要はないと思っております。慈愛の心で公平に国民と接し、祭祀を行い、学問と教養を高められる。
 そして私は、国事行為については、憲法で定められております国事行為だけでなく、どこにも書かれておりませんが、皇室典範などに私は公的行為、私的行為もちゃんと明記すべきであると考えております。なぜならば、公的行為の災害等のお見舞いなどとともに、この日本の伝統文化を継承していらっしゃる歌会始あるいは新嘗祭等々、これが天皇の存在にとって国民の敬愛の対象でもあると私は思います。そして、天皇の存在の価値と意義がそこにもおありになるというふうに私は考えております。
 ですから、必ず、私的である皇室行為というものは、半ば私的ではありますけれども、継承されなければいけないと思います。一見大変むだに見えますけれども、本当は意義があるということを認識し、大きな役割があるということを国民もやはり受けとめていくべきと思っておりますので、これは何らかの形で皇室典範に書いたらどうかというふうに考えております。
 それから、女系で構わないと私は思っております。象徴天皇が女系であることに何ら支障を来すものはございません。また、不都合なことはないと思います。
 そして、長子が優先されるべきであって、男性が優先されるとするならば、女性は補完でしかあり得ないと思います。平安時代の通い婚にも見られるように、長い歴史の中で家を守ってきたのは女性だったのでありますから、これは何ら不都合がないというふうに考えております。
 ただ私は、三点目、宮家の創設については、これは必要ではありますけれども、慎重に議論する必要があると私は思っております。
 昭和二十二年、貴族制度の廃止が、皇室典範に基づいて開かれました皇族会議において行われました。私も元華族でございますし、私の親戚の中には旧皇族たちもたくさんございました。百八十度の、生活を変えることによる大きな辛酸をなめましたし、痛みを伴いましたけれども、これは、国民に負担をかけてはならない、それから、階級制度というものはいけないんだということによって決断されたのだと思います。そして、その決断は私は正しかったというふうに考えております。
 象徴天皇とその御兄弟だけを認めるというその承認が大変よかったというふうに私は考えておりますので、宮家の数をどうするか、宮家をどのようにしていくかということは、これからよほど慎重に、繊細に決めていただきたいというふうに私は考えております。

発言情報

speech_id: 116204184X00120050203_025

発言者: 池坊保子

speaker_id: 15433

日付: 2005-02-03

院: 衆議院

会議名: 憲法調査会