憲法調査会

2005-02-03 衆議院 全82発言

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会議録情報#0
本国会召集日(平成十七年一月二十一日)(金曜日)(午前零時現在)における本委員は、次のとおりである。
   会長 中山 太郎君
   幹事 近藤 基彦君 幹事 福田 康夫君
   幹事 船田  元君 幹事 古屋 圭司君
   幹事 保岡 興治君 幹事 枝野 幸男君
   幹事 中川 正春君 幹事 山花 郁夫君
   幹事 赤松 正雄君
      伊藤 公介君    大村 秀章君
      加藤 勝信君    河野 太郎君
      左藤  章君    坂本 剛二君
      柴山 昌彦君    渡海紀三朗君
      中谷  元君    永岡 洋治君
      野田  毅君    葉梨 康弘君
      平井 卓也君    平沼 赳夫君
      二田 孝治君    松野 博一君
      松宮  勲君    三原 朝彦君
      森山 眞弓君    渡辺 博道君
      青木  愛君    稲見 哲男君
      大出  彰君    鹿野 道彦君
      鈴木 克昌君    園田 康博君
      田中眞紀子君    辻   惠君
      中根 康浩君    計屋 圭宏君
      古川 元久君    馬淵 澄夫君
      笠  浩史君    和田 隆志君
      渡部 恒三君    太田 昭宏君
      高木 陽介君    福島  豊君
      山口 富男君    土井たか子君
平成十七年二月三日(木曜日)
    午前九時七分開議
 出席委員
   会長 中山 太郎君
   幹事 近藤 基彦君 幹事 福田 康夫君
   幹事 船田  元君 幹事 古屋 圭司君
   幹事 保岡 興治君 幹事 枝野 幸男君
   幹事 中川 正春君 幹事 山花 郁夫君
   幹事 赤松 正雄君
      大村 秀章君    加藤 勝信君
      城内  実君    柴山 昌彦君
      谷川 弥一君    中谷  元君
      永岡 洋治君    野田  毅君
      葉梨 康弘君    早川 忠孝君
      平井 卓也君    松野 博一君
      松宮  勲君    三原 朝彦君
      森山 眞弓君    渡辺 博道君
      市村浩一郎君    稲見 哲男君
      内山  晃君    大出  彰君
      岡本 充功君    鹿野 道彦君
      神風 英男君    園田 康博君
      田中眞紀子君    田村 謙治君
      高山 智司君    中根 康浩君
      計屋 圭宏君    橋本 清仁君
      古川 元久君    馬淵 澄夫君
      松木 謙公君    松野 信夫君
      吉田  泉君    笠  浩史君
      和田 隆志君    若泉 征三君
      渡部 恒三君    池坊 保子君
      太田 昭宏君    斉藤 鉄夫君
      高木 陽介君    福島  豊君
      山口 富男君    土井たか子君
    …………………………………
   衆議院憲法調査会事務局長 内田 正文君
    —————————————
委員の異動
一月二十八日
 辞任         補欠選任
  左藤  章君     早川 忠孝君
二月三日
 辞任         補欠選任
  坂本 剛二君     城内  実君
  青木  愛君     松木 謙公君
  鈴木 克昌君     岡本 充功君
  辻   惠君     神風 英男君
  馬淵 澄夫君     内山  晃君
  笠  浩史君     市村浩一郎君
  太田 昭宏君     斉藤 鉄夫君
  福島  豊君     池坊 保子君
同日
 辞任         補欠選任
  城内  実君     谷川 弥一君
  市村浩一郎君     笠  浩史君
  内山  晃君     田村 謙治君
  岡本 充功君     橋本 清仁君
  神風 英男君     高山 智司君
  松木 謙公君     青木  愛君
  池坊 保子君     福島  豊君
  斉藤 鉄夫君     太田 昭宏君
同日
 辞任         補欠選任
  谷川 弥一君     坂本 剛二君
  田村 謙治君     馬淵 澄夫君
  高山 智司君     辻   惠君
  橋本 清仁君     吉田  泉君
同日
 辞任         補欠選任
  吉田  泉君     松野 信夫君
同日
 辞任         補欠選任
  松野 信夫君     若泉 征三君
同日
 辞任         補欠選任
  若泉 征三君     鈴木 克昌君
    —————————————
本日の会議に付した案件
 日本国憲法に関する件
     ————◇—————
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中山太郎#1
○中山会長 これより会議を開きます。
 調査に先立ち、発言を許します。船田元君。
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船田元#2
○船田委員 本日の議題は天皇制ということでありますが、その前に、ちょっと皆様方にお聞きをいただきたいことがございました。それを少しお話をし、会長の御判断をいただきたいと思っております。
 それは、けさの読売新聞の朝刊の一面に出た記事でございますが、ちょっと読み上げます。「衆院憲法調査会は二日、今国会中にまとめる最終報告で、焦点の憲法九条について、「改正すべきだとする意見が多数だった」と明記する方向となった。自民、民主、公明の三党が、報告書は論点整理にとどめず、多数意見と少数意見を区別して盛り込むことで大筋合意したためだ。」というくだりの記事がございました。
 一々の記事について取り上げるということについては必ずしも是といたしませんけれども、しかしながら、現在、この憲法調査会におきましても大変な議論がございまして、また、これから最終報告に向けての大変重要な討論が行われるということでございます。
 そういう中で、この記事における、自民、民主、公明の三党でこの取りまとめの方法について合意をした、あるいはその内容について大筋合意をしたという事実は全くございません。したがいまして、この記事につきましては、事実ではないということで私は処理をしていただきたいというふうに考えております。
 憲法調査会といたしましても、今後このようなことがないように、ぜひ、会長からしかるべき対応をとっていただきたいとお願いを申し上げたいと思います。
 以上でございます。
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中山太郎#3
○中山会長 枝野幸男君。
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枝野幸男#4
○枝野委員 私からも、ただいま船田筆頭からお話ありました件について一言申し上げさせていただきたいと思います。
 もちろん、報道には報道の自由がございますから、いろいろな御意見を書いていただくことは結構でありますけれども、事実関係にきちっと基づいて書いていただきませんと、この調査会の運営自体、ここまで、いろいろな御意見ありますけれども、各党円満に物事を進めてきている、会長の御努力によっていただいているというふうに認識をしております。
 そうした中で、例えば、会長と会長代理という立場の中で、取りまとめの仕方についていろいろな、皆さんに御提起をするための準備は進めておりますが、具体的な各論点についてどういう方向で取りまとめるとか、そういった議論自体を全くしておりません。
 にもかかわらず、この新聞記事を見れば、そうしたことについて、与野党間で、各党間で協議をし、なおかつ合意がされているかというふうに受け取るのが当然としか読めない記事になっておりまして、こういう事実と異なる報道が出されてそれが放置をされますと、せっかく信頼関係の上で成り立って、いい議論がなされている憲法調査会の議論にも悪い影響を与えかねないというふうに危惧するところでございまして、ぜひ会長から、調査会を代表して、この読売新聞の記事については、訂正とそして抗議をしていただきたいと、よろしくお願い申し上げます。
 以上です。
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中山太郎#5
○中山会長 ただいま、船田、枝野両幹事から御発言がございました。御発言の趣旨を踏まえて、当調査会の会長として公式に、読売新聞に対してこの記事の訂正及び今後に対する注意を申し伝えたい、このように思っております。それで御了承願いたいと思います。
     ————◇—————
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中山太郎#6
○中山会長 日本国憲法に関する件について調査を進めます。
 本日の午前は、天皇について自由討議を行います。
 議事の進め方でありますが、まず、各会派を代表して一名ずつ大会派順に十分以内で御発言していただき、その後、順序を定めず自由討議を行いたいと存じます。
 発言時間の経過については、終了時間一分前にブザーを、また終了時にもブザーを鳴らしてお知らせいたします。
 それでは、まず、船田元君。
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船田元#7
○船田委員 私たちが現在議論をしております衆議院憲法調査会も、平成十二年の一月の設置以来、五年間の真摯な議論を重ねてまいりました。かねて衆議院の議運委員会で申し合わされました、おおむね五年程度を目途に最終報告書をまとめるということでありますが、いよいよその重要な時期に差しかかっていると思います。我々は、これまでの議論を振り返りながら、あるべき憲法の姿を模索する役割を大変強く認識しています。
 今後、きょうを含めまして四回の自由討議によりまして、五年間の立法府における、特に衆議院における憲法議論を締めくくり、次のステージへの足がかりをしっかりと築いていきたいと考えております。
 今回のテーマの天皇制でございますが、さまざまな議論がこれまでもございました。幾つか論点の整理を私なりにしてみたいと思います。
 まず、天皇が元首であるかどうかということであります。
 これにつきましては、なお我が党の中でも議論が残っていることでございます。確かに、国際的には元首であると事実上認知をされている状況ですが、やはり元首という言葉は、一般的に言って、統治権の全部あるいは一部を所有している存在である、このように解されるのが一般的であります。したがって、国政に関する一切の権能を有しない、日本国憲法四条一項に規定されておりますが、そういう現在の天皇のお立場、地位からすると、私は、元首と規定することには慎重を期したいと考えておる次第でございます。
 次に、象徴天皇制であります。
 象徴天皇のあり方について大方の異論はないと思っておりますが、ただ、私は、象徴について現行憲法の記述はやや簡単過ぎるのではないかと考えております。象徴の中身をもう少し具体的に記述しておくべきではないか。例えば、日本国の象徴あるいは日本国民統合の象徴に加えまして、日本の歴史、伝統、文化など日本の国柄を代表する存在とか、我が国の平和と繁栄、国民の幸福を願う存在というような記述をつけ加えることが望ましいと考えています。
 次に、女性天皇についてであります。
 皇位の継承順位や宮家の創設などは皇室典範に規定すべき問題でありますが、これだけ国民世論が盛り上がっている現状でありまして、かつ、総理大臣の諮問機関である皇室典範に関する有識者会議が先般スタートしたことでもあり、憲法論議とあわせて議論しておくべきであると思っております。
 まず、皇室の将来にわたっての継承の安定性を確保するという観点、そして、男女共同参画社会の進展を反映し、さらに発展させるべきである、このような観点から、女性皇族の皇位継承は認める方向で議論するべきであると思っています。過去にも女性天皇容認論は、明治初期に宮内庁が立案した皇室制規や、戦後の、吉田内閣に設置された臨時法制調査会で提案された実績もございます。
 その際、皇位継承を男系に限って万世一系を守り、女性天皇は一代限りとして、その後は男系に戻る、そういう方法も考えられますけれども、また、過去にもそういうことを行いましたけれども、この方法は、将来の皇位継承の安定性を確保することはできず、根本的な解決にはならないと考えております。現行憲法に規定する世襲を幅広く解釈すれば、この際、女系による世襲も認めるべきであると思っております。
 また、女性天皇に配偶者が来ないのではないか、このような懸念は現代社会においては無用であると思っております。配偶者の立場は、例えばイギリスのエディンバラ公など、欧州の王室の例に倣うことでよろしいのではないかと考えています。
 継承順位は長子優先で、男子優先より早くお世継ぎが決められて安定性もあると思っております。男子優先ということでは、何のために女性天皇を容認するのか、理由がよくわからなくなると思っております。
 なお、この制度を採用すると、女性皇族に皇位継承の可能性が生じ、宮家を創設する必要が出てまいります。このことが皇室財政を圧迫するのではないか、このような意見もありますが、何らかの一定の基準を設けて宮家の数の制限をするということも方法としては考えられると思います。
 最後の項目でございますが、天皇の公的行為についてであります。
 従来から、天皇の国事行為と私的行為以外、天皇の行為は何も規定しておりません。また、何もできないという解釈もあります。しかし、私は、天皇の象徴としての地位をより強固なものにするために、内閣の助言と承認に基づき、また、その責任は内閣が負う、行うという条件のもとで公的行為を新たに設けるのがよろしいのではないかと思っております。
 その際、公的行為には二つの種類があると考えております。
 一つは、天皇の象徴としての行為であります。例えば、国会開会式でのおことば、認証官の任命式への御臨席、国民体育大会や全国植樹祭など国民的行事への御臨席、また、外国訪問、さらには災害お見舞いなどがその例であると思っております。このことで、先ほども申し上げましたような天皇の象徴の役割をさらに強化することができると思っております。
 もう一つが、皇室行為とも言えるものであります。これは、皇室内部の諸行事の実施あるいは宮中祭祀などでありまして、天皇制という伝統を支える役割を持つものと考えております。
 国事行為、公的行為、そして私的行為、この三つのカテゴリーによりまして天皇の地位をさらに明確なものとし、国民統合の象徴である天皇の立場がさらに明らかになっていくのではないか、このように理解をしております。
 最後になりますけれども、我が国独自のこの象徴天皇制ということについて、国民の間で基本的には定着をしているわけでありますが、さらに、先ほど申し上げましたように、象徴の意義と役割を明らかにするために、また、今大変大きな話題となり問題となっております女性天皇についても、はっきりした道筋をつけるために、この衆議院憲法調査会でも今後大いに議論をし、そして国民に広く問う必要があると思っております。
 以上でございます。
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中山太郎#8
○中山会長 次に、大出彰君。
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大出彰#9
○大出委員 民主党の大出彰でございます。
 きょうは、天皇制ということで、天皇制をめぐる問題について、一部でございますが発言をいたします。
 初めに、「第一章 天皇」についてでございます。
 日本国憲法は、「第一章 天皇」と書いてあります。そして第一条は、「天皇は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であつて、この地位は、主権の存する日本国民の総意に基く。」と規定し、その主体は天皇であって、主権者である国民は「主権の存する日本国民」という表現で間接的に書かれております。しかし、主権概念が必要であり、また、国民が主権者であるならば、ここは、「第一章 国民」、第一条の出だしは「日本国民」であるべきだと考えております。
 もっとも、この点について、主権概念は必要ないという考えもありますが、賛成できません。なぜなら、過去にヨーロッパにおいて、絶対君主制を正当化するためにジャン・ボーダンたちが主権論争を行い、それに対抗する形で国民主権概念が提起された経緯を考えた場合、現憲法でも、過去に主権者であられた天皇が象徴天皇として存在する状況ですので、国民が主人公なのだということを強調するためには、主権概念が重要だからでございます。
 書き方に問題はありますが、日本国憲法は、第一条で国民主権を採用し、天皇制は象徴天皇制をとることをあらわしたと解釈できます。当然、立憲主義でございますので、象徴天皇制を大切にすることは言うまでもないことです。ただ、この象徴天皇制を創設されたものと考えるか、そうでないかということによってそのほかの今後の解釈に影響があるか、あるかといいますか、重点が変わるということは当然あると思います。
 二番目に、明治憲法と現行憲法とのつながりの話でございますが、現憲法の象徴天皇制との関係で、憲法第二条の世襲を根拠に過去との連続性を強調する考えがありますが、賛成できません。日本国憲法は、明治憲法の天皇主権国家をやめて国民主権国家をつくったと解釈されるからです。明治憲法と法的に断絶していると考えます。
 三番目に、象徴天皇制と日本国憲法の基本原則との関係でございます。
 象徴天皇制と日本国憲法の基本原則、特に、国民主権主義、基本的人権尊重主義との関係がどういう関係にあるかという考察が、天皇制をめぐる解釈を行う上で重要性を持ちます。
 国民主権主義との関係では、確かに、天皇は主権者ではなく、また国政に関する権能を持ちませんから、直ちに矛盾してはおりません。しかし、世襲の天皇制度の存在が国民の主権意識を希薄化する機能を有するという点は指摘されるところでございます。一方、基本的人権尊重主義との関係では、世襲による象徴天皇制は生まれによる差別に当たり、法のもとの平等にぶつかります。したがって、解釈する際には、以上のような点に留意しながら、基本原則に則して解釈することが重要だと考えております。
 四番目に、天皇は元首であるかという議論でございます。
 天皇は元首かという問題がございます。いかに定義するかという側面があるかと思いますが、元首は、内においては行政権の長であり、外に対しては、国を代表する、具体的には条約締結権を持つ者をいいます。この定義からいたしますと、日本国の元首は内閣ないし内閣総理大臣ということになると解されるのではないかと思っております。
 五番目に、この国が君主国であるのか共和国であるのかという論点がございます。
 日本は君主国と解するのか、あるいは共和国と解するのかという問題点でございますけれども、ここも実は定義が問題となりますが、君主とは、第一に世襲制であること、第二に統治権を持つこと、第三に対外的に国を代表することと言われております。そのような定義で考えますと、天皇は、世襲という要件は満たしますが、統治権、代表という要件は満たしませんから、君主ではないということになります。しかし、世襲の象徴天皇制を持っているので純粋な共和国というわけにもいきません。したがいまして、両概念で分類できない制度だというのが正確ではないかと考えております。
 六番目に、女性天皇についてです。
 女性天皇については、これを認めるべきだと考えております。一月二十九日、三十日に朝日新聞が実施した全国世論調査では、女性も天皇になれるようにした方がよいと思う人が八六%に達していると報じられています。この点から見れば、既に国民的合意が図られていると言えると思います。
 憲法第二条は、「皇位は、世襲のものであつて、」とのみ規定し、日常用語的には、世襲とは代々受け継ぐことを意味し、特段男女の区別はありません。この点、皇男子孫による世襲を意味していると解する見解がありますが、過去に女性天皇も存在したのであり、世襲をこのように狭く解釈することには合理的理由はないと考えます。したがって、女性天皇を認めるために憲法改正は必要ないと考えます。
 しかし、皇室典範では、一条、皇位は皇統に属する男系の男子が継承すると規定し、皇位継承を皇族男子に限定しているため、女性天皇を認めるためには、皇室典範の改正は必要です。
 もっとも、このように皇位継承を皇族男子に限定している皇室典範第一条が、男女平等原則、憲法十四条に違反していないかが問題となりますが、この点は、天皇制自体が、法のもとの平等、十四条の例外であり、合憲と考えております。しかし、原則に対する例外は最小限度でなければなりませんから、できる限り原則に基づいて立法、解釈を行うべきだと考えております。
 さて、女性天皇を認めた場合の解決すべき問題を検討します。
 まず、皇族女子が天皇及び皇族以外の者と結婚した場合に皇族の身分を離れる規定、皇室典範第十二条は削除すべきです。皇位継承の可能性が男子と同じになるからです。つまり、結婚後も皇室に残って宮家を設立できるようにしなければなりません。しかし、無制限に宮家設立を認めると、多過ぎ、皇室費が増大しますので、内親王の皇位継承範囲が問題となります。
 この点については、皇太子家と秋篠宮家だけの子孫を皇族とする、いわゆる直宮家永世皇族案、あるいは二番目に、血縁の遠近で一定の線を引く案、三番目に、長子だけに宮家設立を認める長子限定案、四つ目に、昭和天皇陛下系に認める案などが考えられますが、これからの議論にしたいと思って、今ここでは結論を出しません。
 次に、女性天皇後の皇位継承順位が問題になります。
 この点については、欧州の王室で見られるような、兄弟姉妹の中で男子を優先している英国型、二番目には、男女にかかわらず長子を優先しているスウェーデン型があります。私は、男女平等原則にのっとり、第一子、つまり長子を優先するスウェーデン型がよいと考えます。
 ここで、女性天皇を認めるとしても、それはつなぎにすぎず、例外的で、しかも男系女子の天皇しか認めないという考え方がありまして、それに立つとどのようになるか考えます。
 この場合、つなぎである男系女子の天皇にまず結婚を認めないか、あるいは皇族男子と結婚させるか、さらにその子供に皇位継承権を認めないか、いずれかになります。しかし、結婚を認めないはとり得ませんし、また、皇族男子との結婚は近親結婚になりますし、さらに、その子供に皇位継承権を認めないと、皇族男子不存在の場合にはここで皇位継承が絶えることを意味しますので、得策ではなく、やはり女性天皇を認めるべきだと考えております。
 さらに、女性天皇の配偶者をどういう立場にするかという問題もあります。
 この点については、イギリスのエリザベス女王にはエディンバラ公がおられ、プリンスコンソート、日本語で訳すと皇配殿下と呼ばれていますが、その例に倣えばよいと考えます。
 以上です。
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中山太郎#10
○中山会長 次に、斉藤鉄夫君。
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斉藤鉄夫#11
○斉藤(鉄)委員 公明党の斉藤鉄夫でございます。
 公明党として、党内に憲法調査会を設置し、現憲法に対する議論を重ねてまいりました。昨年六月に、今後のさらなる議論における参考とするために、党内の憲法調査会における意見や論点整理を行いました。その後、半年を経過しておりますが、党内の論議に基本的に大きな変化はありませんので、本日はまず、この論点整理の中における天皇制についてどのように述べているか、まず紹介をしたいと思います。
 これを読みますと、「象徴天皇とは、権力なき権威としての存在を示し、象徴天皇制は定着しているし、的確であり、維持していくべきだ。」「あくまで象徴天皇であるとしたうえで、それを表現として「元首」と呼んでもいいという意見もあるが、国政に関する権能を与えるなどの強いものにしない方がいいという意見が強い。象徴天皇における国事行為については現行に異論はほとんどない。」「象徴天皇制と国民主権をよりクリアにした方がよいとの意見もあり、今後の検討課題といえる。」「女性天皇については、皇室典範の改正論議に委ねるが、方向性としては認める方向で検討したい。」こういう文章になっております。
 我が党は、憲法改正の方法として加憲方式を提案しておりますが、この天皇の条項について言えば、先ほど申し上げました論点整理にありますように、現行憲法に特に加えるものはない、現行のままでいいというのが現段階での結論であると言ってもいいかと思います。
 このように考える論拠についてですが、四点申し述べます。
 まず、象徴天皇制についてですが、衆議院の憲法調査会における参考人質疑の中で横田耕一参考人が、天皇は、それ自体によって、またその行動によって国民を統合するという社会的機能を果たしており、その意味では高度に政治的な機能を果たしてきたと言い得ると述べておりますように、現行の象徴天皇制については、広く国民に浸透し定着しているものであると考えます。日本国の象徴であり日本国民統合の象徴という憲法の規定に現状は的確であり、今後も、主権者たる国民の総意に基づく象徴天皇制を維持していくべきである、このように考えます。
 次に、元首という呼び方についてですが、昭和六十三年十一月の参議院内閣委員会における、当時の大出内閣法制局第一部長の答弁によれば、天皇が元首であるかどうかは「元首の定義いかんに帰する問題」とし、「元首とは内治、外交のすべてを通じて国を代表し行政権を掌握をしている、そういう存在であるという定義によりますならば、現行憲法のもとにおきましては天皇は元首ではないということになろう」と思うとの見解を示し、一方、「さらにごく一部ではございますが外交関係において国を代表する面を持っておられるわけでありますから、現行憲法のもとにおきましてもそういうような考え方をもとにして元首であるというふうに言っても差し支えない」というふうに考えると答弁しております。
 要は、元首をどのように定義するかによるわけでありますが、さまざまな見解がある中、私どもも、今の天皇の地位に元首という側面があることは否定はいたしません。しかし、元首という呼称に執着する余り、象徴天皇制から一歩踏み込んだ、元首の名にふさわしい権能を新たに規定するなどの措置は慎まなければならないと考えます。
 その上で、国事行為については、内閣の助言と承認に基づいて行われている以上、受動的、儀礼的なものであると考えますので、現行制度を維持していくことが妥当ではないかと考えます。
 次に、象徴天皇制と国民主権との関係ですが、この点については、より深い議論と明確さが必要とされるのではないかと思います。
 かつて、横田耕一参考人が、象徴天皇制は国民主権の原則と直ちに矛盾するものとは考えないが、国民の主権者意識を希薄にする働きを有しているとの指摘がある一方、小林武参考人は、象徴天皇制は、近代憲法の普遍的原理としての国民主権と調和させる形で現行憲法に残されたものであるとの見解もございます。
 象徴天皇制と国民主権の関係性においては、あいまいさが残り、一つの明確な見解を導き出すにはさらなる精査と議論を積み重ねていくべきと考え、我が党としても今後の検討課題としているところでございます。
 最後に、女性天皇制ですが、この問題は、ある意味、天皇制そのものの存続を決定づける議論であろうかと思います。皇位継承は男系男子の伝統を重視すべきとの意見もありますが、その伝統継承は天皇制の消滅という事態に耐えられるのであろうかと横田耕一参考人も指摘しているように、否めない事態であろうと思います。
 歴史的に見て十代八人の女性天皇が存在していましたが、いずれも寡婦か独身の女性で、男系の天皇でありました。しかしながら、今は、女性天皇の可否とともに、女系女子、女系男子に対しての皇位継承をも検討していかなければなりません。皇室典範の改正論議をしっかりと行っていく必要がありますが、二十一世紀を迎え、伝統の尊重とともに、新しい視点、柔軟な対応が求められてくるのではないかと思います。
 その意味でも、我が党としては、女性天皇を認める方向性を持ってさらに検討を重ねていきたいと考えております。
 以上でございます。
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中山太郎#12
○中山会長 次に、山口富男君。
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山口富男#13
○山口(富)委員 日本共産党の山口富男です。
 初めにきょうは新聞報道をめぐる発言がありましたので、私は冒頭に、今国会での調査について述べておきたいと思います。
 憲法調査会は、調査会規程で定められているように、「憲法について広範かつ総合的に調査を行う」という調査会であって、憲法改定に向けた検討とかそのための論点整理などをやるところではありません。しかし、先日の幹事懇談会に提案されました最終報告書作成へ向けての調査(案)、これは、事実上、憲法改定に向けた論点整理になっているものです。この点については、幹事懇談会の席上でも私は指摘をいたしました。
 例えば、天皇につきましては、象徴天皇制に関する規定を見直す必要があるか。九条にかかわっては、国際協力についての規定のあり方。国民の権利及び義務、三章にかかわっては、さらに新設すべきものあるいは削除するものはないか。こういう形で提議されました。これは字句上の直しで、この部分については、国際協力についての規定のあり方は残っておりますが、字句上の直しが行われました。
 同時に、あくまで論点の例示だという話もあったわけですけれども、これは、実際には調査会規程からの逸脱にほかならない。これについては、先日の幹事懇談会でも指摘した点です。
 もう一点は、最終報告書の問題なんですけれども、調査会規程は、「調査を終えたときは、調査の経過及び結果を記載した報告書を作成し、」「議長に提出する」としております。このように、調査の経過及び結果の記載だけであって、議案提出権がない本調査会が改憲の方向性とか結論めいたものをここに記載できないことは自明のことです。本調査会の設置の趣旨や調査会規程に反するような検討は許されないことをはっきり指摘しておきたいと思います。
 さて、天皇ですが、現行憲法のもとでの天皇は、法規範上、天皇主権を定めた明治憲法下の天皇とは全く異なるものです。この点から言っても、憲法と天皇については、問題を歴史的に見ていくことが重要になります。
 先ほど、民主党の大出委員からこの点での発言がありました。明治憲法は、「大日本帝国ハ万世一系ノ天皇之ヲ統治ス」とし、「天皇ハ神聖ニシテ侵スヘカラス」とうたいました。神の子孫としての天皇が主権者として統治権を総攬するという、ここに神権的天皇制と言われるゆえんがありました。天皇は、立法、行政、司法の全体にわたって国を統治する権限を持ち、軍隊への指揮と命令、宣戦、講和の権限を握りました。特に戦争と軍隊の問題は、天皇の固有の権利、天皇の大権とされました。
 一方、国民は、臣民という名前で天皇の家来とされ、軍人勅諭や教育勅語で天皇絶対の教えを強制されました。信教の自由、言論、集会、結社の自由などの権利は法律の範囲内という制限つきで認めましたが、女性には人格権はなく、政治の実態としては、国民の人権は著しく抑圧されました。これらが、専制的とか絶対主義的とか呼ばれたものです。この体制のもとで日本が二十世紀に起こした侵略戦争は、アジアで二千万人、国内でも、少なく見ても三百十万人のおびただしい犠牲をもたらしました。
 一九四五年八月、日本が受け入れたポツダム宣言は、日本国民を欺瞞し、これをして世界征服の挙に出るの過誤を犯さしめたる者の権力と勢力を取り除くこと、日本軍の武装解除と家庭への復帰、戦争犯罪人の処罰、民主主義の復活強化を阻むすべての障害の除去、言論、宗教、思想の自由と基本的人権の確立、再軍備を可能とする産業の制限など、軍国主義の一掃と平和的、民主的な日本の建設を要求しました。そして、その実現は日本の国際公約となりました。
 こうして、第二次世界大戦後の日本が国際社会の中で再出発することは、明治憲法と天皇絶対の体制を否定し、国民主権と戦争放棄、平和の国づくりの道を打ち立てることと一体のものとなったわけです。だからこそ、日本国憲法は、「政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起ることのないやうにすること」、「主権が国民に存すること」を宣言して、これに反する憲法、法令、詔勅を排除したわけです。
 さて、現行憲法と天皇ですが、現行憲法の規定は、こうした歴史の経過を踏まえて生まれたものにほかなりません。
 憲法第一条は、「天皇は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であつて、この地位は、主権の存する日本国民の総意に基く。」と定めています。これは国民主権の原理を確認したものですけれども、これによって天皇は、主権在民下の国民の意思に基づいて設けられた機関だという位置づけを与えられました。
 さらに第三条は、「天皇の国事に関するすべての行為には、内閣の助言と承認を必要」とすると定め、第四条で天皇は、「憲法の定める国事に関する行為のみを行ひ、国政に関する権能を有しない。」とされました。このように天皇は、憲法上、四条二項、六条、七条に定める十三の国事行為のみを行いますが、これは内閣の助言と承認を必要とする形式的、儀礼的なものとされ、憲法は、国政に実質的な影響を与えるような権限、機能は一切天皇に認めておりません。
 このように、現行憲法の定める天皇は、主権在民下に置かれ、国事行為には内閣の助言と承認が必要であり、かつ、国政に関する権能を有しないという厳しい制限規定を受けております。これらの規定の法規範としての意味とこれが生まれた歴史を明確にとらえて、厳格に運用していかなければなりません。
 天皇の制度をめぐりましては、天皇を元首と見立てたり、その明記を求める意見があります。一般に元首とは、行政上の長であり、対外的には国家を代表する者です。憲法には明文の規定はありませんが、日本では内閣総理大臣が事実上これに当たります。これとは別に、天皇を元首と見立てたりその方向を明記することは、国民主権原理との矛盾を広げ、憲法が天皇の制度を法規範上に位置づけた歴史にも反するものになります。こうした試みには反対であります。
 さて、国民主権の原則の首尾一貫した展開を展望したときに、一人の個人が世襲で国民統合の象徴になることは、本来的には、民主主義、人間の平等の原則と両立するものではありません。この制度の存廃は将来の国民の選択の問題ですけれども、これも、憲法の規定に則して、国民の総意によって歴史の中で解決されていくものと考えております。
 以上です。
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中山太郎#14
○中山会長 次に、土井たか子君。
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土井たか子#15
○土井委員 きょうは、当調査会が始まります冒頭に会長の方からの御発言もございました。したがって、けさの読売新聞の記事に対しての対応というのは会長にお預けするという形にただいまなっているんですけれども、実は、この問題をめぐりまして、きょうここで憲法調査会が行われるということも大いに記事の上では意識されたいきさつがあったんじゃないかということが憶測されます。ただしかし、これが初めてではございませんで、今までにも、当調査会の報告書というのがどういうことに相なるかという記事というのはちらほらちらほら出ておりました。したがって、そういうことからいたしますと、私は、本題に入ります前に、冒頭、一言それに対して申し上げさせていただきたいと思うんです。
 この憲法調査会が設置されまして、五年余りに及んだ議論の内容について最終報告書を取りまとめるということが既に予定されております。憲法調査会は、第百四十五回通常国会での国会法の改正によって設置が決められたわけですが、この調査会については、憲法調査会が改憲を目的にした機関になることには強い危惧を持つという私どもの意見に対して、それを踏まえた形で、国会法の改正に先立ちまして、衆議院では議院運営委員会の理事会で、憲法調査会は議案提出権がないということを確認するということが申し合わせとしてなされて、そして、憲法調査会が事実上憲法改憲の発議権も法案提出権も持たないということを確認された上でのこの調査会でございます。
 また、付言すれば、国会法の改正では、憲法調査会の設置目的を「日本国憲法について広範かつ総合的に調査を行う」ということに限定をされておりまして、このことが、ただいまの憲法調査会規程の第一条にはっきりと定められているところです。
 ところが、どうも最近、報道によりますと、与党の中から、この憲法調査会が最終報告書を提出した後も憲法調査会を存続させて、国会法を改正して調査会に法案提案権を付与して、実際に憲法改正手続を定めた国民投票法について審議するということが取りざたされ始めているんですね。これが本当に事実ならば、この憲法調査会設置時の趣旨に合致しないばかりか、政治が主導する形で改憲の機運だけをいたずらにあおるということになりかねないと私は危惧するんです。
 言うまでもなく憲法は、国の最高規範として戦後日本社会の平和と民主主義の礎となってきたことは言うまでもございませんが、憲法尊重擁護義務を最も強く負わなければならないはずの首相みずからが、昨日の予算委員会の場所における御答弁を承っていても、どうも、この改憲に対しての意思表示をなさるということでありまして、まさにこれは憲法の危機だと私は思います、そういう点を勘案すれば。
 したがいまして、今申し上げたことは、けさの、抗議をしていただくということに相なりました読売の記事オンリーではございませんで、いろいろ最近報道を通じて流されておりますこういう問題に対しても、どうか会長、誤解のないように、また、危惧が本当だと当たらないように、この憲法調査会の今非常に大事な時期だと思います。大変大事な時期であるがゆえに、こういうことに対して毅然たるやはり対応というのをぜひともお願いしたいと思いますが、よろしゅうございますか。
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中山太郎#16
○中山会長 土井委員から私に確認の御発言がございました。
 私は、当憲法調査会は、五年にわたって各党の御意見を十分踏まえながら公正に運営してきたものと信じておりますし、憲法調査会設置の目的を掲げながら今日までやってまいりました。今後とも、そのような方向で私はこの調査会の最終まで努力をいたしたいと考えております。
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土井たか子#17
○土井委員 それでは、天皇制についてということに触れたいと思いますが、象徴天皇制と元首の問題、そして、皇位継承の中に女性をという問題についてここで申し述べさせていただきたいと思います。
 憲法は、第一条で国民主権制を定めております。それによって天皇象徴制を定めております。つまり、まず前段で、天皇は日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であるべきだと定めております。つまりそれは、後段の規定に基づいて天皇象徴制を創設した憲法である、そして、帝国憲法が決めておりました天皇制を明らかに変更したものだ、このことははっきり認識できると存じます。つまり、国民の主権的総意に基づいて天皇象徴制を新しく定めたものであるということを理解できると思うんですが、ゆえにそれは、天皇制に内在している象徴性を取り上げて問題にしているという問題ではないということをはっきり認識することが大変に私は大事だと思うんです。この点は、第一条を見れば特に認識を必要とするところなんではないんでしょうか。
 天皇制は、旧帝国憲法のように、天皇を国の主権者とする一種の君主主権制なんです、本来は。もちろん、天皇制においても、主権者である天皇は、そのゆえに国家と国民の象徴であるべきだと言われてまいっておりましたけれども、しかし、旧帝国憲法の規定する天皇制の天皇は主権者である、または国権者である、または統治者である、またあるいは統治権の総攬者である、これが中心的な問題として認識をされていたわけでございまして、当然にしたがって、国家と国民の象徴であるという意味もあったというふうに考えねばならないと思うんです。
 したがって、主権者たる点に旧憲法の場合には天皇に対してはその本質があったわけで、とりたてて象徴と呼ぶことはいたしません。それは、主権者であり総攬者である、君主である天皇に対して、したがって象徴という性格もあったということだと思うんですね。
 したがって、今の象徴天皇制と言われております、日本国憲法の第一章で問題にされている象徴天皇は、まるで大日本帝国憲法に言う天皇とは違うということをしっかり認識する必要があると思うのでございます。
 日本国憲法の第一条が今申し上げたように決めておりますように、国民を主権者と、主権者であるのは国民だということをはっきりいたしておりまして、主権者ではない、また、主権の総攬者でもない天皇を国家と国民統合の象徴であるというふうに決めておりますのは、一種のこれは共和制だというふうに考えることもできると思います。天皇象徴制というこの天皇は、それゆえに主権者ではないわけです。また、主権の総攬者でもないわけです。そういう意味では、象徴天皇は元首ではないわけです。
 今、天皇を元首に位置づけるべきだという主張も、そう多い意見とは私は思いませんけれども、世上ございます。しかし私たちは、天皇に対して、今申し上げておりますとおり、統治権の総攬者でもない、したがってその意味の元首ではあり得ない、君主ではない、その意味での元首ではあり得ない、その天皇を元首とすることは国民主権の原理に反するものであって、これは認めるわけにはいかない。したがって、現行の象徴天皇制というのを堅持するべきであるというふうに私は考えております。
 さて、その皇位継承の問題について申し上げさせていただきます。
 第二条は、皇位継承について世襲制を定めております。そして、世襲制の中、それすなわち血統制でございますけれども、その中で、この皇位継承に対して定めるべきは皇室典範だということを定めているわけですが、しかし、旧帝国憲法の第二条の規定とは全くこれは異なりまして、皇位継承の資格を男系の男子に限定をいたしておりません。女子天皇及び女系の男子の継承資格を否定いたしておりません。したがって、これを皇室典範の定めるところにゆだねているわけですから、皇室典範で明記すれば、女性天皇を認めるということにしたがってなるわけでございます。
 天皇制についてこの問題を取り上げて、十四条の法のもとの平等とか、それから貴族制度を否定しているという点であるとか、その点を考えたら主権在民に反するのではないかという指摘もなされておりますけれども、第一章の天皇に関する規定は、現行の象徴天皇制は、近代憲法の普遍的な原理としての国民主権と調和させる形で現行憲法に残されたものであって、そして、あらゆる権限が集中した戦前の絶対君主天皇を復活させない、それはあくまでも国民主権制ということをしっかりと憲法の中心に据えているという点において、この第一章の点は国民の間に随分浸透していると思うんです。約八割の皆さんが今のままでいいということを調査の結果では答えられているというのも、そのことを物語っているというふうに思います。
 ありがとうございました。
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中山太郎#18
○中山会長 これにて各会派一名ずつの発言は終わりました。
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中山太郎#19
○中山会長 次に、委員各位からの発言に入ります。
 一回の御発言は、五分以内におまとめいただくこととし、会長の指名に基づいて、所属会派及び氏名をあらかじめお述べいただいてからお願いいたします。
 御発言を希望される方は、お手元のネームプレートをお立てください。御発言が終わりましたら、戻していただくようお願いいたします。
 それでは、ただいまから御発言を願いたいと存じます。御発言を希望される方は、お手元のネームプレートをお立てください。
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赤松正雄#20
○赤松(正)委員 公明党の赤松正雄でございます。
 まず冒頭に、けさの一部新聞報道につきまして各党からコメントというか抗議の御発言がございましたので、公明党につきましても、見出しに「自公民合意」、こういうふうな形になっておりました。そういうことに至るような事実は全くないということを申し上げさせていただいておきます。どうしてそういうふうな報道になったのか、極めて疑問に思うところでございます。
 それから、先ほど来各党から表明のありました天皇制の問題につきまして、若干二点ほど申し上げさせていただきたいと思います。
 まず、基本的な物の考え方は先ほど私どもの同僚委員が述べたとおりでございまして、憲法の明文上の規定におけるこの天皇制にかかわる部分について私も、新たにつけ加えるあるいは変えるというふうなところはない、こんなふうに考えておるところでございますけれども、その基本に立った上で、二点ほど感じるところがあります。
 一つは、先ほど船田幹事から御指摘があったこととも関連をするわけですけれども、象徴天皇という存在についての意義と役割ということについて若干感じていることがございます。
 例えば、一九九九年ですから、今の平成天皇が即位をされて十年たった時点で非常に印象に残る記者会見をなさっております。その中にこうあります。これは皇后陛下の御発言です。
  この十年間、陛下は常に御自身のお立場の象徴性に留意をなさりつつ、その上で、人々の喜びや悲しみを少しでも身近で分け持とうと、お心を砕いていらっしゃいました。社会に生きる人々には、それぞれの立場に応じて役割が求められており、皇室の私どもには、行政に求められるものに比べ、より精神的な支援としての献身が求められているように感じます。役割は常に制約を伴い、私どもの社会との接触も、どうしても限られたものにはなりますが、その制約の中で、少しでも社会の諸問題への理解を深め、大切なことを継続的に見守り、心を寄せ続けていかなければならないのではないかと考えております。
こういう発言があるわけですけれども、この文面の中から、皇后陛下の、現在の象徴天皇制というものに対する、極めて制約の多い状況に対する何か言いしれぬ、おっしゃりたい発言の真意というものが感じられるように思います。いま少し、具体的なありようとしての象徴の意義、役割というものについて、どこかの場面で何らかの検討がなされていいんじゃないか、そんなふうな感じが一点いたします。
 もう一点は、皇位継承の問題につきまして、現在、皇室典範をめぐる、学識者を中心とする議論が進められておりますけれども、皇室典範の改正を求める声が多いということは私もそのとおりだろうと思います。
 第一義的には、女性天皇は認められていいと考えます。それが常識であると思います。しかし同時に、その前にとるべき措置があるのではないかとの指摘、つまり、「天皇及び皇族は、養子をすることができない。」との現行の皇室典範第九条の規定を改めることが、最も伝統にかなった、皇室断絶回避の手法をとることだということを考えよとの主張にも耳を傾ける必要があるのではないかと考えます。
 ともあれ、この問題に拙速は禁物で、あらゆる角度から議論、検討が加えられていいテーマであろう、こんなふうに思う次第でございます。
 以上です。
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早川忠孝#21
○早川委員 自由民主党の早川忠孝であります。
 今国会において憲法調査会のこれまでの議論の総括をするに当たって、これは、昭和三十九年にまとめられた内閣に置かれた憲法調査会と、衆議院、参議院に置かれたそれぞれの憲法調査会の役割が大きく異なるということを一応強調しておきたいと思います。国会というのは、国民の代表者としてさまざまな憲法調査を行うということでありますので、私は、その調査の過程であらわれたさまざまな国民の意見、議論というのはやはりしっかりと踏まえなければならないだろうと思います。
 私自身、弁護士として三十年に及ぶ法律専門家としての立場で憲法問題に当たっておりましたけれども、現実には憲法問題に触れることがタブーでありました。一つは天皇制の問題であり、二つ目が戦争放棄の問題であります。
 結果的には、天皇制についての議論をしないということで現実に現在まで至っておりました。憲法九条の問題については、自衛隊の存在について、憲法の明文等の規定について、いわゆる統治行為論を採用することによってこれは判断を回避するということでやってまいりました。そういう意味では、これまでの憲法論議というのが非常にあいまいなまま今日に至ったということを認めざるを得ないと思います。
 それで、平成十二年に開会をされましたこの憲法調査会の議論によって、ようやく国民の間に憲法が抱えるさまざまな問題について広く議論が展開をされた、そういう意味では画期的なことであると私は評価しています。
 その上で、改めて憲法を考える視点は二つあると思います。
 一つは、これまでの憲法をいわゆる読み解くというこの観点から、もう一つの観点は、憲法を新しく書いてみる、つくるという観点から。現在、私どもは、憲法を新しくつくるという観点でどういうふうに憲法が読めるだろうか、こういうふうな検討をしてまいりました。
 結果的には、これまでの憲法の制定の過程についての検証作業を経ることによって問題点が幾つかわかりました。というのは、白紙には全く新しい憲法はつくれない、何らかの歴史、伝統、そういったものを踏まえなければ、国家像が明らかにならなければ国の基本原理を明らかにする憲法というのはつくれない、そういう観点から改めて憲法の制定過程を検証いたしますと、実は、現在の憲法の象徴天皇制、国民主権制というのが極めて重要な基本原理であり、これは何としても維持をしなければならない、私はそのように思っております。
 それはどういうことかといいますと、例えば、アフガニスタンやイラクのような圧制の国家が民主化に行く過程を考えた場合に、新しい憲法をつくるという作業をどうしてもしなければなりません。日本の場合は、天皇が存在をし、天皇がポツダム宣言を受諾し、あるいは、天皇が帝国憲法の改正についてこれを勅令によって命令し、あるいは、天皇が枢密顧問の諮詢及び帝国議会の議決を経た帝国憲法の改正を裁可し公布した、こういう法形式をとることによって円滑に新しい戦後の政治体制を構築することになった、こういう経過を考えた場合に、結果的には、憲法上の天皇の存在についての決断というのが非常に大きかったわけであります。
 そういう意味では、象徴天皇制が現在の日本の最も重要な原理であると私は考えております。
 以上です。
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葉梨康弘#22
○葉梨委員 自民党の葉梨康弘です。
 本日は、天皇について、従来の調査経過等を踏まえ、概括的に意見を申し上げたいと思います。
 第一は、天皇の元首としての地位です。
 私は、現行憲法の制定経緯や条文の立て方から、天皇が、少なくとも我が国を代表する存在、国家及び国民のオーソリティーの中心という意味での元首の地位を有することは明らかだと考えています。
 まず、制定経緯について。
 米国、すなわちGHQ側の考え方を見ても、マッカーサー・ノートにおいてエンペラー・アット・ヘッド・オブ・ステートとされていたことなどからも、対外的に我が国の代表者と見ていたことは明らかだと思います。
 また、日本側の考え方も、終戦から憲法制定にかけて指導者の間に認識されていた護持すべき国体とは、天皇に実質的統治権限を持たせるということではなく、天皇を中心として統合される日本という国柄であったと考えられます。
 確かに、日本側担当者は、内閣の助言と承認でなく輔弼にこだわった部分もありますが、これは、天皇から指示を仰ぐことを想定したものでなく、内閣のコンセントということが、恐れ多いという意識が強かったものと思います。
 このように、制定経緯の上から、日本、米国双方とも、天皇に国の代表として元首的地位を与えていたように思われます。
 次に、現行憲法の立て方です。確かに現行憲法は、明治憲法のように天皇を元首と明定しておりません。しかし、第一条の冒頭に天皇という国家の機関を規定する憲法は、諸外国と比べて極めて異例です。諸外国の憲法では、主権は国民に存すること、民主主義あるいは国家の不可分といった原則が第一条において規定されているのが通例です。その意味で、我が国の憲法の立て方の天皇重視が極めてうかがわれます。
 さらに、国民主権についても、前文に主語を国民とした一般的宣言はあるものの、法学的には、具体的規範の方はそれぞれの条項に求められます。その意味で、国民主権が規定されているのは、天皇の地位は「主権の存する日本国民の総意に基く。」と規定する第一条のみです。天皇の地位の確定という行為を介して国民に主権が存することを宣言する書きぶりは、天皇が国家及び国民の代表者であることを明らかにしていると思います。
 ちなみに、王権が強いと言われるタイ王国ですら、国王が元首であること及び主権は国民に存することを併記しています。我が国の定めぶりは、その併記を第一条の中に溶け込ませているというふうに思われます。
 このように現行憲法は、国家権力ということでなく、国を代表し国民統合の中心となる天皇の元首的性格を色濃くにじませています。その意味で、憲法の改正を論ずる場合、天皇を元首と明記することに私は異を唱えるものではありませんが、これはあくまで確認的な意味であると思います。
 ただし、もしも現行第一章の立て方を変えて、例えば今のような条立てでなく、国民が主権を有することについて新条項を起こし、これを第一条とする、そういうような立て方をする場合は、天皇に関する規定が第二条以降ということになります。この場合、天皇の権威としての元首性を明記しなければならないだろう、そのように思われます。
 次に、国事行為でございます。
 国事行為の一つは、大喪の礼のときも問題となった、天皇家の一定の祭祀を準国事行為として認めるべきではないかという議論です。
 私は、これについては、第七条の問題でなく、第二十条の問題と考えます。もとより、原則として国は特定の宗教に肩入れすべきではありません。しかし、その一事をもって我が国固有の習俗、文化を壊すことも考え物です。二十条の議論が適正になされれば、国事行為としての儀式で読み得る範囲もおのずから広がってくるものと思われます。
 ちなみに、もしも天皇家の私的な祭祀が、準国事行為的なものとしてはしの上げ下げまでも内閣の助言と承認に係らしめることは、ちょっと間尺に合わないんじゃないか、そういうような考えを持っています。
 二つは、ただ、国事行為の範囲が今のままでよいとは私は考えておりません。
 さきに、現行憲法でも天皇が対外的に国を代表する存在であることは申し上げました。いわゆる皇室外交が国事行為のらち外に置かれるのは極めて不自然です。今、現実に内閣が最も慎重な配意を必要としているのは、外国訪問時あるいは国賓接遇時のおことばです。私は、天皇が国民統合の象徴であることはもちろん、対外的に我が国と国民を代表する存在であることを明記する上からも、天皇の行為について具体的な内閣のコントロールを行う上からも、例えば、外交儀礼として国賓を接遇することぐらいは憲法上国事行為として明定すべきものではないか、そのように思っております。
 第三点は、女性天皇について。
 これは皇室典範の議論と思われますが、いわゆる一般家庭においても、先祖のお墓を守るという行為は男系、緊急避難的に女系というような家も多いかと思われます。一般家庭においてすらこのような行為が行われているのが通例でございます。ですから、女帝を認めた場合も、男女全く同じということではなくてもよろしいんじゃないかというふうに私は考えております。
 以上です。
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柴山昌彦#23
○柴山委員 本日議題となっております天皇制についてですけれども、私は、今、国民と皇室の関係というものは大変親密な関係である、そして、皇室を、権威の対象としてよりは、むしろ親しみの対象として考える関係になっているということを大変喜ばしく思っております。
 そして、先ほど早川委員からお話があったとおり、オープンに皇室の問題について議論をするということはとてもよいことだと思っておりますし、あわせて、ともすると権威の陰に隠れてなかなか改革の対象になっていない宮内庁のあり方というものについても、真剣に議論を進めていくことが必要ではないかと思っております。
 以下、各論点について申し上げます。
 まず、元首論についてでございます。
 私は、天皇を象徴と規定している、正確には象徴にすぎないと規定している現在と、あるいは元首としての性格を併有すると明定する場合に、現実の運用面としてどの程度の違いが出てくるのかということについては、若干疑問を持っております。先ほど葉梨委員からお話のあったとおり、対外的、また歴史的、また現行憲法の条文立てに照らして、天皇を元首と定めることに格段の障害があるとは思えません。
 ただ、元首とすることによりまして、イメージ的に、天皇の政治に対する関与を否定しているというところに抵触するのではないかというあらぬ混乱、そうしたイメージの問題というものが出てくるのではないかなというように思っておりますので、この点については慎重に考えていくべきではないかなというように思っております。
 さて次に、皇位継承の問題について大変最近議論になっております。
 私は、女帝を認めることには賛成でございます。しかし、先ほど来、これを全くの長子の承継ということに改めてよいのかということについては、若干議論の必要があるのではないかなというように思っております。
 よく男女平等論がその背景として言われるわけですけれども、先ほど大出委員から御指摘があったとおり、現行の天皇制自体、世襲制を導入し、また長子を優先としているという、現行憲法の平等原則上看過できない例外的な存在であることは言うまでもありません。葉梨委員からもありましたとおり、皇室の存在自体、憲法二十条からはなかなか説明の難しいような部分もありまして、私は、現行の天皇制というものは、むしろ憲法原理とは異なって、日本の伝統あるいは文化を体現したそういう存在であるものだというように考えております。
 そのような観点からは、やはり皇位の継承ということを考えるに当たっては、一足飛びの改革というものはもう少し議論が必要ではないか。また、先ほど大出議員の方からあったように、女性の宮家を創設した場合の財政の影響、これを最小限にするためにさまざまな複雑な議論が必要になってくる。また、女帝の配偶者の問題もあります。長女を皇太子とする場合、摂政を、女帝の配偶者である御主人とするのか、あるいは女帝の皇太子である長女とするのか。長子承継とした場合には、こういった難しい問題が生じてくることもしっかりと考えていかなければならないと思っております。
 また、先ほど御指摘のありました、養子を認めるべきではないかというところについてもきちんと議論を進めていかなければなりません。
 いずれにしましても、男系の女子に例外的に認めるのか、あるいは長系相続とするのかということは世論の動向をしっかりと見きわめて考えていくべき問題であり、そういう意味からすれば、この問題は、憲法事項というよりは、やはり皇室典範の改正によって対応するのが望ましい事柄ではないかなというように思っております。
 最後に、時間がなくなりましたが、天皇の国事行為について若干触れさせていただきます。
 私は、国事行為は現行憲法のものよりもふやす必要はないと思っておりますが、必ずしも私的行為と違うものがある。先ほど、植樹祭ですとか被災地の見舞いですとか、あるいは国会の開会式のおことば等がありましたが、このようなものについて、やはり私は、公的行為として、しっかりと内閣の助言と承認を得た上で認めていくべきではないかと思っております。ただ、これを儀礼的行為として正面から憲法上認めていくということについては、さらに検討が必要かと思います。
 以上です。
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保岡興治#24
○保岡委員 冒頭に我が党の船田幹事から、数点、憲法の中での天皇の問題点が指摘されまして、また、それに関して各委員からも、特に我が党の若い先生方から御発言もございました。
 私は、その中でおおむね船田委員の考え方と同じような考え方を持っておりますが、ただ一つ、元首の問題については、私はやはり、今度の憲法改正で天皇の元首性を明らかにしておいた方がいいと思っております。
 それは、山口委員から、天皇の地位というものは将来の国民の総意に基づいて定めていけばいいというお話もございましたが、私も、天皇の地位というのは、国民全体の長い歴史の中でつくられてきた権威というものを基本に、この国がどういう国の形であるかということのやはり一番基本にかかわるところではないかと。やはり、国民がみんなで仲よく力を合わせて発展していく、そういうための何か中心的存在、権威というものが、もしそれが平和や国民の幸せにつながる意義を歴史的に果たしてきたという事実が重くあれば、それをやはり国の基本として憲法に明確にすることが必要だと考えるからでございます。
 先ほど早川委員から御指摘もございましたけれども、終戦のときに、天皇の玉音放送によって軍部が混乱せずに終戦を整えた、そしてまた、イラクのようなテロも起こらず、混乱せず、新しい時代の日本の繁栄を築くことに国民が一致して努力した。そのことは、何も明治憲法で与えられたいわゆる統治権の総攬者としての権力、あるいは神聖天皇というようなものでそういう事態が起こったのではない。やはり、長い歴史の民族としての積み重ねの経緯の中に国民が自然にそれを受け入れたものであるというようなことではないか、私自身はそう思うのでございます。
 したがって、国の形として、私自身は、むしろ第一章とか第一条とかいうことの形式は別として、まず最初に国の形として天皇の地位というものはやはり明確にすべきであって、我が国が天皇を象徴とする自由で民主的な国家なんだということ、その主権は国民に存し、すべての国家権力は国民に由来することを確認すること、そういった意味で、天皇は日本国の元首であり、日本国の歴史、伝統、文化及び日本国民統合の象徴として我が国の平和と繁栄及び国民の幸せを願う存在であって、その地位は、主権の存する国民、日本国民の総意に基づくものを確認するというしっかりした国の形を明確にする必要があると。
 そういった意味で、既にこの憲法でも認められている元首性というものがあるわけでございますから、特に外国から見て、権威としての日本の天皇が元首として外交上扱われる、遇されるということは、極めて日本の将来にとって、日本国にとって有用なことだ。また、それは現に行われていることでありますから、やはりこの憲法にある元首性をむしろ明確にした方が、私はすぐれた憲法の規定になるのではないかと思います。
 そういった意味で、明治憲法が男系男子に限ったこと、あるいは神格性を付与したこと、いわゆる統治権の総攬者にしてしまったこと、やはり長い歴史からいえば例外的なことだということなどを、それのトラウマだけじゃなくて、私はやはり、長い歴史の中にある天皇制というものをはっきりさせてこれを国民のものにしっかり位置づけるということが、今度の憲法の改正に、将来の国民にとっても国家にとっても基本的な大事なことではないだろうか、そういうふうに考えております。
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池坊保子#25
○池坊委員 公明党の池坊保子でございます。
 私は三点申し上げたいと思います。
 まず、象徴天皇です。
 象徴天皇か元首かというお話ですけれども、これは、現憲法制定下においても議論をし尽くされたのではないかと思います。
 当時の金森国務大臣は、元首という言葉は、常識的に国の主権者であるとか行政の長である。そういう意味を持たなければこれは意味がないのであって、そうでないのに元首とすることは、国民は、言葉の魔術というもので憲法自体を見ないで元首というイメージをつくってしまうことになる。そうなれば、国民は、憲法に書かれている天皇のイメージを必要以上に権力的に考えてしまう。そういうことを考えると、象徴という言葉にはそういう悪いイメージがない。
 私は、天皇の存在は国民の心のよりどころであり、安心、安定の中核をなしていくものではないかと思います。そういうことを考えますと、天皇は、力の対象ではなくて、国民の敬愛の対象でなくてはならないと思います。
 即位のときに天皇がおっしゃった、国民とともに国民の幸福を願い、憲法を遵守する。これは、長い歴史を見ますと、ある時期を除きましてずうっと天皇はこういう志を貫かれてこられたと思います。戦争の経験などを踏まえて、日本の国民にとって一番いい姿が私は象徴天皇であると思っておりますので、それを変えることはする必要はないと思っております。慈愛の心で公平に国民と接し、祭祀を行い、学問と教養を高められる。
 そして私は、国事行為については、憲法で定められております国事行為だけでなく、どこにも書かれておりませんが、皇室典範などに私は公的行為、私的行為もちゃんと明記すべきであると考えております。なぜならば、公的行為の災害等のお見舞いなどとともに、この日本の伝統文化を継承していらっしゃる歌会始あるいは新嘗祭等々、これが天皇の存在にとって国民の敬愛の対象でもあると私は思います。そして、天皇の存在の価値と意義がそこにもおありになるというふうに私は考えております。
 ですから、必ず、私的である皇室行為というものは、半ば私的ではありますけれども、継承されなければいけないと思います。一見大変むだに見えますけれども、本当は意義があるということを認識し、大きな役割があるということを国民もやはり受けとめていくべきと思っておりますので、これは何らかの形で皇室典範に書いたらどうかというふうに考えております。
 それから、女系で構わないと私は思っております。象徴天皇が女系であることに何ら支障を来すものはございません。また、不都合なことはないと思います。
 そして、長子が優先されるべきであって、男性が優先されるとするならば、女性は補完でしかあり得ないと思います。平安時代の通い婚にも見られるように、長い歴史の中で家を守ってきたのは女性だったのでありますから、これは何ら不都合がないというふうに考えております。
 ただ私は、三点目、宮家の創設については、これは必要ではありますけれども、慎重に議論する必要があると私は思っております。
 昭和二十二年、貴族制度の廃止が、皇室典範に基づいて開かれました皇族会議において行われました。私も元華族でございますし、私の親戚の中には旧皇族たちもたくさんございました。百八十度の、生活を変えることによる大きな辛酸をなめましたし、痛みを伴いましたけれども、これは、国民に負担をかけてはならない、それから、階級制度というものはいけないんだということによって決断されたのだと思います。そして、その決断は私は正しかったというふうに考えております。
 象徴天皇とその御兄弟だけを認めるというその承認が大変よかったというふうに私は考えておりますので、宮家の数をどうするか、宮家をどのようにしていくかということは、これからよほど慎重に、繊細に決めていただきたいというふうに私は考えております。
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古屋圭司#26
○古屋(圭)委員 自民党の古屋圭司でございます。
 私は、皇位継承、すなわち女性天皇の是非について意見を述べさせていただきたいと思います。
 かつては、国民の中に堂々と女性天皇の容認を主張しづらい雰囲気というのがあったのは否定できないと思います。やはりそれは憲法議論とも同じでございまして、憲法議論を堂々と正面から向いて改正も含めた議論をするということはタブー視されていたということ。しかし、最近は大きく情勢が変わってきました。この憲法調査会がことしで五年を迎えて、こういった広範な議論をしている、そしてそれがメディアに乗っているということも、国民世論の形成にも大きな影響があったと私は思います。
 そういう中で、最近の世論調査で、例えば女性天皇を認めるべきかというアンケートでは、朝日が八六%、読売七九%、これはことしですね。それから、昨年には毎日が八六%ということでありまして、いわば権威という意識ではなくて、まさしく象徴天皇、国民の象徴としての天皇という意識が名実ともに国民に定着をしているという証左だと思います。
 一方、現実問題として、これはかつてのこの委員会で、委員からの発言でも、お世継ぎ問題で早急に結論を出すことが精神的な重圧から解放されることになるのではないかという趣旨の発言もございました。私は、大変この発言は勇気のある発言だったというふうに評価しておるわけでございます。そういう環境の中にあって、内閣の中に皇室典範有識者会議が設立をされたということは、私は評価をしたいと思います。
 船田委員の方から発言がございましたように、確かに、女性天皇を認めるということになると、財政負担、女性による宮家の設立に伴う皇室財政への影響、これはやはり、皇室そのものを財政論で議論していいのかという問題もございますけれども、確かに一定の歯どめは私は必要だと思います。
 そういう中にあって、船田委員から、長子を優先すべきという発言については、私は一つの考え方として評価をいたしたいというふうに思っております。
 ただ、やはり、女性の天皇の配偶者の取り扱いをどうすべきかという問題もございまして、これはぜひ、この皇室典範の改正に向けての有識者会議の中でしっかり議論をしていただいて、一つの歯どめをつくっていくべきだ、こう思います。
 以上であります。
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枝野幸男#27
○枝野委員 民主党の枝野でございます。
 まず、天皇の元首論についてお話ししたいと思いますが、これは、元首という言葉をどう定義するのかということで、法律的な意味というのは人によって多種多様であるということで、まず法律論としてははっきりしていることだと思います。その上で、元首というような言葉を天皇制のあらわし方として憲法に書くことがいいのかどうかということですが、私は、ちょっと違った視点からこのことについて論じたいと思っております。
 というのは、いずれにしても元首という言葉は、横並び、つまり国際的な横並びの言葉だと思います。他国の代表者、例えば大統領とか国王とかを元首と呼ぶのか呼ばないのかという意味では、外国との横並びだと思います。
 日本の天皇制が各国のいわゆる王室などと比較して圧倒的に長期にわたって継続をしていることの意味は、あるいは根拠はどこにあるのかといえば、やはり違うものだ。つまり、ヨーロッパの王制であったり、あるいは中国の皇帝であったり、あるいは朝鮮半島において幾つかあった王制であったりというものと明らかに違う天皇という存在で日本は位置づけてきたということが、たくさんの王室、王族が各国において変わっていった中で日本の天皇制だけは継続をしてきたということなのではないだろうかと思います。
 そうした中で、各国のトップと横並びに天皇の意味づけをしてしまう表現の仕方をするということは、私は、かえって天皇制の安定あるいは天皇制の特殊性というものをふさいでしまうことにならないかということを危惧いたします。
 実は、象徴という言葉がよかったのかどうかわかりませんけれども、日本の天皇はヨーロッパの王制や中国の皇帝とは違うんだということで別の言葉で日本国憲法に書いたということは、私は、結果的に非常によかったし、そのことは国民的にも定着をしているんだというふうに思いますので、あえて、天皇の地位を他国の大統領や他国の国王と横並びに扱うような元首という言葉を使うべきではない、そういうふうに思います。
 それからもう一点、国事行為についてお話をしたいと思います。
 ちょっと全く別の視点なんですが、実は、七条の国事行為を見ていったときに、異色の号があります。それは三号と九号と十号です。ほかの国事行為については根拠となる憲法上の規定あるいは法律上の規定がありますが、衆議院の解散はいつどういうときにできるのかということは全く何も書いてありませんし、九号の大使、公使の接受は、ぎりぎり国際法上の根拠があるというか、国際法上の法的効果があるという意味はあるかもしれませんが、儀式を行うことについては全く法的効果を生じない項目であります。
 そこで、そこから二つのことを申し上げたいと思いますが、私は、今の憲法あるいは憲法に基づく法体系の中で、七条三号の具体化が法の欠缺だと思います。つまり、天皇の国事行為として衆議院の解散というものがある以上、それをどういう要件でできるのかということについては、本来、国会法なり内閣法なりで書く必要があった。解釈であいまいにやってきた。今さら、これだけ憲法慣習として定着をしている解散という制度を現行憲法上変えるというのは困難だというふうに思いますが、もし国事行為について整理をするというようなことがあるのであれば、衆議院の解散の要件はきちっと書く必要がある。
 その際には、私は前にもここで述べたことがあるかと思いますが、いわゆる従来の七条解散、内閣が自分勝手に解散できるという仕組みは私は余り望ましいものではないのではないかというふうに思っています。
 それから、もう一つの視点は、法的効果を持たない国事行為である九号、十号の問題というのは、先ほど来お話のあった皇室外交などの話とあわせて、ちょっと国事行為とは別に位置づけた方が整理としてはわかりやすいのではないだろうかというふうに思っております。
 以上が私からの意見であります。
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永岡洋治#28
○永岡委員 自由民主党の永岡洋治でございます。
 私は、天皇制に関しまして、特に皇位継承の問題について意見を述べたいと思います。
 現在、今までも幾つか意見が出されましたが、皇位の継承につきましては、憲法が第二条で世襲と定め、これを受けて制定されている皇室典範におきましては、「男系の男子が、これを継承する。」と規定しております。この男系の男子による皇位継承は、古来より例外なく受け継がれてきた伝統であり、旧憲法及び皇室典範においてもそのように規定されていたところであります。
 私は、従来、この男系の男子による皇位の継承という伝統は可能な限りこれを守っていくべきであり、たとえ女性に皇位継承権を認めるとしても、推古天皇など過去十代八人事例がありますが、そうであったように、それは一代限りの例外とすべきであると考えてまいりましたが、しかしながら、今日私は、皇位の継承を将来にわたって安定させていくためには、男系の男子という伝統に固執することなく、男系の女子はもちろん、女系の男子や女系の女子に対しても皇位継承権を認め、かつ皇位の継承順序も、男女の別なく長子優先とするよう皇室典範を改正すべきと考えます。
 かつて、旧皇室典範は、統治の大権を有していた天皇の発意により、議会の議決を経ることなくその改正は可能でありました。しかし、現行の皇室典範は、憲法の附属法規として国会の議決を要することとなっており、天皇による改正の発案も認められておりません。それは、言うまでもなく、天皇の現在の存在が、主権者である我々国民の総意を基礎に成り立っているからにほかなりません。そしてこのことは、国民の総意が天皇制の廃止を望むのでない限り、皇室典範について改正の権限を有する国会には天皇制の安定を図る責務があるということでもあります。
 最近の新聞社による世論調査におきましても、先ほどもありましたが、八割近くの賛成があったことが報じられております。女性の皇位継承を認めるということについて、世論はおおむねこの方向に来ているのではないかと考えるところであります。
 したがいまして、私は、皇室典範については、女系の女子による皇位継承までをも視野に入れた改正によって皇位の安定的な将来の継承を図る必要があると考えます。
 もちろん、このような大幅なルール改正を行えば、配偶者の処遇や女性による宮家の設立など、これまでとは異なる新たな課題が浮上してくるものと思われますけれども、先ほど来ありますが、こうした点につきましては、天皇制の長い歴史を踏まえつつ、現に女性による王位継承を認めている諸外国の事例などにも学びながら、将来を展望した骨太の議論を展開していくことによって解決を図っていくべきと考えます。
 以上、私からの皇位継承問題に関する意見表明とさせていただきます。
 ありがとうございました。
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山花郁夫#29
○山花委員 民主党・無所属クラブの山花郁夫でございます。
 きょうは、メーンの論点が天皇ということですので、ちょっと、今から申し上げることはその派生論点のような話になってしまうかもしれませんけれども、女性天皇制ということがいろいろ御発言出ておりますので、意見を申し上げておきたいと思います。
 先ほど、皇室典範というのは国法形式の上では法律ということになるのだからというような御発言もありましたけれども、講学上、世襲という概念は男系男子を意味するということで、女性天皇を認めるということになると憲法改正が必要だという学説もあるようでありますけれども、おおむね、そういう見解の方は極めて少数なのかなと思っております。
 その上で、ただ、皇室典範ということであれば、必ずしも憲法上の議論ということではなくて、例えば内閣委員会などで法律的な議論をしていればよいということなのかもしれません。ただ、憲法に附属する法律で、実質的意味の、憲法を構成するような国会法、内閣法、裁判所法と並ぶ皇室典範という法律、法形式でありますので、例えば宮家をどうするとかいう、技術的と言うとおしかりを受けるかもしれませんけれども、そういった事柄はともかくといたしまして、およそ女帝を認めるか認めないかということについては、憲法に準じるものとして、私は、個人的には、例えば国民投票のような形で国民に意見を問うということがあってもいいのではないか、このように思っております。
 かつて、当調査会でも、国民の直接参加の方式ということで、例えば法律であるとかについての国民投票ができるのかできないのか、あるいは住民投票の意義、もっと言えば、レファレンダムであるとかリコールであるとかイニシアチブであるとか、そういった形についても、今後、直接参加の形態としてどういうものがあるか考えていこうではないかというような議論もなされたところでありますけれども、現行の憲法を前提とする限り、「日本国民は、正当に選挙された国会における代表者を通じて行動し、」と始まります憲法の前文でも、「その権力は国民の代表者がこれを行使し、」とうたって、「この憲法は、かかる原理に基くものである。」と宣言をした上で、例えば憲法の四十一条では、国会が「唯一の立法機関である。」つまりは、直接国民がこういったことにかかわり合うのは、国民審査あるいは憲法改正の国民投票、そして地方特別法の三種に限定されているのであって、法律案について国民投票を行うというのは憲法違反であるというのが通説的な理解ではなかろうかと認識をいたしております。
 まさに、でも、そういった既存の憲法解釈ということではなくて、当調査会では、あるべき姿ということを論じる場でございますので、こういったテーマについても、例えば国民投票に付して広く国民の意見を聞いた上で、あるべき皇室の姿というものを提起するということもあってもよいのではないか、このように考えているところでございます。
 以上です。
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