池坊保子の発言 (憲法調査会)

⚠️ コピーしたテキストを転載する際は、転載元URL(kokkai-data.com)および原典URL(kokkai.ndl.go.jp)を必ず残してください。発言内容の改変・出典削除は禁止です。 詳細は利用規約をご確認ください。

○池坊委員 公明党の池坊保子でございます。
 この場でもさまざまな議論がなされました生命倫理と憲法について、私はちょっと意見を述べたいと思います。
 憲法が制定されて六十年、最も変わったことの一つは、先端生命科学技術ではないかと思っております。
 言うまでもなく、二十一世紀は知の世紀と言われております。島国で地下資源のない日本がこれからよって立つところは、言うまでもなく科学技術創造立国としての存在だと思います。そのときに、憲法十三条の個人の尊重だけでいいのだろうか。また、二十三条には、学問の自由は保障されるとございます。学問の自由の保障は、学問の自由な研究の保障ではないかと思うわけです。そのときに、私はやはり、十三条に人間の尊厳、生命の尊厳というものを書くべきではないかというふうに考えております。
 なぜならば、それを書くということが、この国が人間の生命をどのように考えているかということでもあり、これから、ES細胞の使用、クローン胚、さまざまな再生医療が出てまいりますときの法令、指針の判断基準になるのだと私は思います。憲法というのはすべての判断基準であるのではないかと私は思っております。
 ドイツでは、言うまでもなく、人間の尊厳がドイツの基本法にはございます。これが私は、ある意味で科学技術の自由な研究に歯どめをかけ、他国におくれをとっているのではないか。フランスにも、やはり人間の尊厳ということは書かれておりませんけれども、これが大きな理念となっております。アメリカは、保守派の意見も反映はしておりますけれども、何でも世界一が好きな国ですから、これは、国民の後押しがあって自由な研究がされております。
 では、日本はどういうようなスタンスでいくかといいますと、私は、日本人の精神生活を支えているのは倫理観とバランス感覚だと思っております。でも、倫理観やバランス感覚というのは時代とともに変化してまいります。例えば、その時代の人の英知に再生医療等々科学技術の発展の規範を任せるべきだという意見もございます。ただ、私は、その時代の人の英知というのは時代時代によっても変わってくると思っておりますので、やはり、日本はどう考えているかという理念が必要であるのではないかと思っております。
 また一方では、人間の尊厳というのを書くと自由な研究を阻むのではないかという意見もございます。医学の発展は、苦しんでいる人、病んでいる人に光を与えます。ただ、人間の尊厳と書いたならば、それは、医学、人類の貢献に即しているというものに関しては、やはりこれは、尊厳の中に入るから何も自由な研究を阻むものではないというふうに考えております。
 それらのことを考えてまいりますときに、これから世界の再生医療は、思いもかけない、今私たちの想像の域をはるかに超えた領域に進んでいくと思っておりますから、このときに、きちんと日本の憲法の中にも、日本人の理念として、やはり私は、人間の尊厳、生命の尊厳というものを書くべきだというふうに考えております。
 先ほど枝野さんがおっしゃったように、憲法に書いてもそれが実行されなければ何の意味もございませんが、憲法は、すべての人間がさまざまな法令や指針や行動を起こしていくときの判断基準になる重要なものであることは言うまでもないと思っております。

発言情報

speech_id: 116204184X00220050210_016

発言者: 池坊保子

speaker_id: 15433

日付: 2005-02-10

院: 衆議院

会議名: 憲法調査会