山花郁夫の発言 (憲法調査会)
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○山花委員 民主党・無所属クラブの山花郁夫でございます。
地方自治のことについて発言をさせていただきたいと思います。
先ほど来、補完性の原理などということについても論じられておりますが、ここのところ、多くの国で、中央集権的な国だった国は地方分権の方に、また、連邦型とか分権型の国が割と、もうちょっと集権的でいいんじゃないかというような議論がなされているように感じております。
ところで、我が国の場合は非常に中央集権的であるという指摘もあり、またそのとおりだと思いますけれども、中国、アメリカが賛成をしておりませんので条約化はされておりませんが、ヨーロッパ自治憲章であるとかEU憲法などにうたわれておりますような、家族でできないことはコミュニティーで、コミュニティーでできないことを自治体で、自治体でできなければ広域自治体で、それでもできないことを国でという、こういった補完性の原理というものについては、我が国のこの地方自治の条項の中にも取り入れられる価値があるのではないかと思っております。
先ほど、葉梨委員から、余りそういうことをやり過ぎると国の力が弱まってしまうのではないかという趣旨の懸念の表明があったように感じましたけれども、国の持っている、つまりは、外交戦略として国の力が余り弱まるのがいいかどうかという議論はあり得るんだと思いますけれども、ただ、そういったことではなくて、今、本当にはしの上げ下げまで自治体に指導をしたりとか、誤解を恐れずに言えば、本当にこんなのを国がやらなければいけないのというようなことまで中央の役人が、地方の、まあ面倒を見ているという言い方がいいのか、口出しをしているという話なのか。もっとそういうことは地方にできることはやってもらう、そういう中で、本当に国がやらなければいけない、例えば外交だとか安全保障だとか、そういったことにもっと国としての力を集約していく、そういったことが必要なのではないかと思います。
また、そのように補完性の原理という観点からいきますと、先ほど鈴木委員からも御指摘がございましたように、現行の憲法の書きぶりですと、法律の範囲内で、範囲内でというような形になっております。
条例と法律との関係ということで申しますと、国法秩序の体系というものもございますので、合衆国であっても、州法と連邦法との関係で、連邦法の方が禁止をしているケースですと州法が下の方になるということですから、条例の方を上位にという話にもなりづらいのかもしれません。ただ、あくまでも補完性の原理にのっとって考えるということであるとすると、法律の授権がなくても、つまりは法律が禁止さえしていなければ、基本的には条例で、その枠内で自由に定め得るという発想で、つまりは、法律と条例との関係でいうと、授権規範というよりも禁止規範という関係で考えるのが適切ではないかと思っております。
ただ、そうした場合に、基礎自治体と広域自治体との条例間の関係というものも考えなければなりません。また、現行憲法上は法律の範囲内で条例が定められるとなっておりますけれども、地方自治法で、その条例の実効性を担保する罰則につきましては法令の範囲内でとなっておりまして、条例は政省令よりも下位の規範と位置づけられております。私は、これは、本来は政省令と同格、あるいは条例の方が上であっても構わないのではないかと考えております。
その上で、ただ、罰則につきましては、罪刑法定主義との関係もあるということでございますので、現行憲法は、非常に刑事手続上の人権については詳細に定めている割には、犯罪なければ刑罰なし、法律なければ刑罰なしという原則については明示的には規定をしておりません。法律または条例なければ刑罰なしというような形での罪刑法定主義の条項も入れることによって条例の実効性を担保するというやり方も一つではないかと考えております。
以上です。