山口富男の発言 (憲法調査会)

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○山口(富)委員 日本共産党の山口富男です。
 初めに、日本国憲法前文の特徴について述べたいと思います。
 憲法の前文は、おのずから各国ごとの特徴があるものですが、一般には、憲法制定の由来と目的、基本的な理念と憲法制定者の意思などを示すことによって憲法典の意義と精神を内外に表明するものと言われます。
 日本国憲法の前文では、憲法制定の歴史的経緯だけでなく、全体にわたって平和への念願と達成の決意、いわば日本の進路が述べられています。そして、これらを通じて、国民主権と民主主義、平和主義と国際協調主義など、日本国憲法のよって立つ基本原則が詳しく明らかにされています。
 具体的に見れば、第一段では、憲法制定の趣旨が、諸国民との協和による成果と、自由のもたらす恵沢を確保し、政府の行為によって再び戦争の惨禍が起こることのないようにするという平和の達成にあること、さらに、国政が国民の厳粛な信託に基づき、国民がその福利を享受するという人類普遍の原理、国民主権と平和主義を憲法の基本原則にすることを明らかにしています。
 第二段は、恒久平和への念願を表明して、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、我らの安全と生存を保持しようと決意したこと、さらに、全世界の国民の権利としての平和のうちに生存する権利を確認しています。
 続いて第三段は、国際協調主義を旨とすることは各国の責務であると述べ、第四段で、以上に挙げた理想と目的の達成を目指す国民の決意を示しています。
 このように憲法前文は、憲法制定者としての国民の意思と憲法の基本原則を明確に表明することで法規範としての性格を持つものとなりました。日本国憲法前文の重要な特徴がここにあります。
 次に、憲法前文のもう一つの特徴として、前文が表明した憲法原則の普遍的な意義を取り上げたいと思いますが、今回は、問題を日本と世界の歴史及び現状の中で考えたいと思います。
 詳しく述べるまでもなく、日本国憲法は、日本と世界の歴史上、未曾有の惨禍となった二十世紀前半の侵略戦争と専制政治を再び許さないという強い決意に根差して制定されたものです。ここに日本国憲法が示す日本の歴史の一番のかなめがあり、文章表現上も前文で繰り返し力説されているところです。しかも、日本国憲法のこの立場は孤立したものではありません。平和の実現を求める世界的な流れの中で生まれ、今日に至ったものです。その点で、自虐的などという特徴づけはとてもできるものではありません。
 日本軍国主義の侵略戦争と植民地支配、ナチスなどの戦争犯罪を含め、人類は二十世紀の二つの世界戦争の惨禍を決してあいまいにしませんでした。この歴史から、戦争を違法化し恒久平和を探求すること、そのためにも、各国における人権と民主主義の充実に不断に努めることを大きな教訓として学び取りました。この教訓は、国連憲章と国際人権諸条約、各国の憲法に組み込まれることになりました。そして、二十一世紀を迎えた今日も、探求し実現すべき課題として新鮮な意義を持っています。
 こうした歴史の流れを踏まえた上で、日本国憲法の前文が表明した憲法原則の普遍的な意義について二つの点を取り上げておきたいと思います。
 まず、人権と民主主義の問題ですが、憲法前文は、「日本国民は、」で始まり「日本国民は、」で終わるように、国民主権原理をはっきりと宣言しています。明治憲法下では、主権は天皇にあり、国民は天皇に仕える臣民として人権を厳しく制限されました。その結果、天皇制政府が起こした侵略戦争に駆り出され、国の内外で多くのとうとい人命が失われました。天皇主権から国民主権への主権原理の転換は、こうした歴史の反省の上に立って、国民主権という世界の民主主義の成果を積極的に取り入れたことによって実現したものです。そして、国民主権原理は、基本的人権の保障、恒久平和主義、統治に関する条項を初め、憲法諸条項の実行や解釈に当たっての指針となっています。
 この点で、草案段階での「国民の総意が至高なものである」とのあいまいな表現が、憲法制定議会での審議と内外の批判の中で、第一条の修正とあわせ、「主権が国民に存すること」と明記されたことは極めて重要な歴史的出来事でした。
 次に、恒久平和主義をめぐる問題です。
 前文の第一段は、政府の行為による戦争の惨禍を二度と起こさせないと、国民が政府と国家機関に縛りをかけました。これを受けた第二段は、日本国民は、恒久平和を念願し、人類の崇高な理想を自覚することによって、「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。」と宣言しています。憲法九条では、この立場が戦争放棄、戦力不保持と交戦権の否認として示されています。
 前文は、こうした徹底した平和主義を貫くことによって、「国際社会において、名誉ある地位を占めたい」としています。世界に対する平和の発信は極めて明瞭です。
 私は、当調査会でも、イラク戦争反対の世界の世論と運動の広がりや、国連憲章の平和のルールを守るという国際政治での大きな主張、また、憲法九条への国際的な高い評価についてたびたび紹介してまいりました。これらは、日本国憲法の平和主義が二十一世紀の日本と世界の平和の指針たり得ることを今日的に示したものだと考えます。
 続いて、前文第二段は、全世界の国民が「平和のうちに生存する権利を有する」としています。これは、平和の確立を国民の権利として、すなわち人権の問題としてとらえたものです。平和的生存権とも呼ばれるように、戦争が人命、自由に対する最大の脅威であり、平和の確立を人々の人権と生存が維持され保障されるための条件としたものです。憲法前文が定めた平和的生存権は、憲法九条に反する現実を変えるために国民の運動のよりどころともなってきたもので、長沼ナイキ訴訟の一審判決では、裁判規範として基本的人権であることが認められています。
 平和のうちに生存する権利の規定の源泉が、一九四一年のルーズベルトの四つの自由宣言、それを踏まえた大西洋憲章であることはよく知られていますが、平和と人権の密接不可分性の認識は、国連憲章、世界人権宣言などにも受け継がれ、平和のうちに生存する権利の考え方は、国連総会の決議にも採用されるようになっています。例えば、一九七八年十二月十五日の平和に生きる社会の準備に関する宣言、一九八四年十一月十二日の人民の平和への権利についての宣言などでは、平和に生きる固有の権利を普遍的な性格を持つ権利として認めるようになっています。
 このように、日本国憲法の平和的生存権保障は、現代世界の要請である平和による人権保障を憲法典レベルで初めて具体的に実現したものとして、二十一世紀に生きる普遍的な意義を持つものとなっています。
 なお、イラクへの自衛隊派兵の理屈づけに、前文第三段の「自国のことのみに専念して他国を無視してはならない」という言葉が使われたことがあります。しかし、この言葉は、戦前の日本軍国主義などに示された国家主義を排するということを意味しており、今日で言えば、国連憲章も国際法も無視して、単独行動主義に基づきイラク戦争を起こした米国への批判ともなり得るものです。憲法があいまいなのではなく、この規定を全く正反対に引用したのが小泉首相であって、みずからの憲法違反の行為をこの前文から正当化することはできません。
 以上、二つの問題に絞って述べてきましたが、憲法前文の持つ普遍的な値打ちは私たちの誇るべき内容というべきものであり、日本がアジアの中で生きていく上でも、また世界との関係においても、二十一世紀の今日、実現すべき法規範としての大きな意義を持つものと考えます。

発言情報

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発言者: 山口富男

speaker_id: 25006

日付: 2005-02-24

院: 衆議院

会議名: 憲法調査会