柳井俊二の発言 (外交防衛委員会)
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○参考人(柳井俊二君) ただいま御紹介にあずかりました柳井でございます。
それでは、着席のまま発言をさせていただきます。
今日は、お招きいただきまして大変光栄に存じます。私の方からは、アジア外交一般につきまして、いただきました二十分の範囲内で御報告をさせていただきたいと存じます。
昨日までちょっと多忙だったものですからレジュメを用意してございませんで、申し訳ございませんが、口頭で御報告させていただきます。
私の冒頭の報告は、四点について触れたいと思います。第一点は、アジア外交のうち政治、安全保障に関する点でございます。第二点は、経済それから途上国の開発の問題でございます。それから第三点は、文化、科学技術、教育等、その他の関係ということでございます。そして第四点は、若干視点を変えまして、アジアの各地域別の関係あるいは外交ということに触れさせていただきたいと存じます。
まず第一の政治、安全保障の側面でございますが、御承知のとおり、アジアの安全保障環境というのは非常に特殊であると思います。特に、北東アジアの安全保障環境というのは非常に難しい状況にあると存じます。
ベルリンの壁の崩壊に象徴される一連の事件によりまして冷戦構造というのがなくなったわけでございますが、もとよりこれはアジアにも大きな影響を及ぼしたとは存じます。ただ、アジア、特に北東アジアの場合には、いわゆる古典的な安全保障上の脅威と、また新しい脅威というものが二つともあるというところが欧州の場合と非常に状況が違うんではないかというふうに存じます。
古典的脅威と申しましたのは、特に朝鮮半島の分断の継続、そして中国と台湾の緊張関係ということでございまして、言い換えれば、冷戦の名残と申しますか、遺産というようなものがまだ残っているということでございます。また、別な見方をすれば、古典的という意味は、国家からの脅威、特に北朝鮮からの脅威というものは国家による安全保障上の脅威という問題でございます。
それに、新しい脅威といたしましては、核の拡散問題、そしてテロの問題というような新しい脅威でございまして、これはアジア、北東アジアに限ることなく、全世界的な問題であると思います。
北東アジアの場合には、こういう古典的な国家からの脅威という問題、あるいは国家間の緊張関係、あるいは国内の、中国の場合のように、大陸と台湾の緊張関係というような古典的な緊張に加えまして、新しい脅威が生じているというところが一つの特徴であろうと存じます。これに対しまして、日本の外交努力といたしましては、こういう脅威をできるだけ取り除くと、安全な環境をつくるということが第一の目的であると思います。
そのために、朝鮮半島につきましては、韓国との協力の下、北朝鮮の核問題の解決、これにはもちろん韓国のみならず米国、中国、ロシアとの協力もございますけれども、この北朝鮮の核の問題を何とか平和的に解決しようとしてきたわけでございますが、今のところまだはかばかしい成果が上がっていないという現状でございます。
また、中国との関係につきましても、一九七二年の国交正常化以来、中国との関係の強化というものに努めてきているわけでございますが、朝鮮半島につきましても中国につきましても、どうしても過去の問題というものが付きまとうわけでございまして、最近の一連の動きも正にそのようなものの表れだろうと思います。最近の動きにつきましてはまた後ほど触れる機会があると存じますし、また小島先生の方からも詳しいお話があると思います。
また、ロシアとの関係につきましても、政治、安全保障上の安定化という意味で、対ロ外交というものが非常に重要な役割を果たしていると思います。残念ながら、まだ領土問題は解決せず、したがって平和条約も締結されない状況にございますが、とにもかくにも領土問題については交渉が継続しているという状況は一つの安定要素ではあるかと思います。
こういう北東アジアの不安定な情勢、緊張の存続ということから考えまして、やはりアメリカとの安全保障条約、同盟関係というものが引き続き重要な役割を果たしているというふうに存じます。
また、その他の脅威につきましては、先ほど触れました核の拡散のおそれ、またテロというような非国家主体、国家以外の主体から来る脅威というものがアジアにもあるわけでございますが、その中には海賊行為のようなものも最近では頻繁に起こっております。
また、これはいわゆる安全保障の問題ではございませんけれども、津波のような大規模災害というものが人々の安寧に大きな脅威になっているということも事実でございます。他方、日本としては、こういう自然災害についてもアジア近隣諸国に対して貢献をするということが行われております。
近隣諸国との関係につきましては、やはり過去の問題の清算、和解というものが非常に大事であろうと思います。私は、日本の外交としては非常にこれについては努力をしてきたと思います。また、相手方でも努力があったと思いますが、しかしながら、残念ながら、まだこの問題が尾を引いているというのが最近の状況を見ても明らかでございます。
この問題に関しまして、一九九八年に金大中大統領がまずお見えになり、その直後に江沢民主席が来られたわけですが、そのときのお二方のアプローチにはかなりの差があったというふうに記憶しております。
金大中大統領はあのとき小渕総理と会われまして、過去の問題についてもう一回反省とおわびを言ってほしいと、その代わりこれを最後にするということを言われまして、同時に金大中大統領は、戦後の日本は戦前の日本とは違うんだと、戦後の日本は平和国家であり民主国家であり、また市場経済によって発展をしてきているということを明確に、また公に述べられた上で、未来志向の日韓関係を構築しようということを言われたわけでございます。これはもちろん日本側としても歓迎するところでございました。
江沢民主席の場合には、もちろん過去の反省を求められたというところは同じなんですが、しかし、戦後の日本が戦前の日本とは非常に違うというところの認識につきましては必ずしも十分に言われなかったというふうに記憶しております。むしろ、日本における軍国主義の復活というようなことを非常に強調されておりましたのがこの御両者のアプローチの大きな違いであったと思いますし、そういうところからも最近の問題が生じているというか、最近の問題に関係があるというような感じがいたします。
私は前にソウルにおりましたときに、八〇年代でございますが、教科書問題というのが大きく持ち上がりまして、これは韓国、中国と両方あったわけでございますが、確かに当時のいろいろな教科書の記述について、韓国側、中国側から見て非常に不適切だと、あるいは直してほしいというような御要望がありまして、まあそれには一部無理からぬ御要望であったという気がいたしますが、私は、それ以来、随分日本の教科書というのは改善されて、近隣諸国との関係についても随分配慮がなされてきているというふうに考えます。したがいまして、最近の中国での教科書問題の取り上げ方につきましては、率直に申しまして、納得のいかない点がございます。
それから、過去の反省につきましては、一九九五年の村山総理の談話によりまして非常に明確に反省とおわびということを公にされているわけでございまして、この点が必ずしも中国あるいは韓国の方々に十分認識されていない面があるんではないかという気がいたします。
以上が、第一の政治、安全保障の問題でございます。
第二の経済と開発の問題でございますが、この面につきましては、東アジア、特に韓国、中国の非常に目覚ましい経済発展というものがこの地域の特徴であろうかと思います。
それだけに、特に中国の場合には、急速な経済発展とともに社会的なひずみが生じている、また政治体制との違い、経済と政治の体制の違いという問題も生じているというふうに感じます。もとより、東南アジアにおきましても、経済発展はほかの途上地域に比べますと非常に良くいっているという感じがいたします。
このような発展につきまして、日本からの投資、それから政府開発援助、いわゆるODAが果たした役割というのは非常に大きかったと思いますし、また、一部地域では今後ともODAの役割というのは重要だろうと思います。この点に関しまして、まあ日本の財政事情ということもございますが、最近、G7諸国がODAを増やしている中で独り日本のODAだけが減ってきているということについては、率直に申し上げて、非常に残念に思います。やはり今後ともODAの役割というものは非常に大きいというふうに思う次第でございます。
そして、このODA、それから投資もある程度そうでございますが、そういう日本からの経済活動あるいは協力というものを通じて東アジア諸国が発展する、安定するということは、もちろんこの東アジア諸国に対する貢献ではございますが、しかし近隣諸国、この地域が安定するということは我が国の利益にもなるわけでございまして、正にこれは経済の問題にとどまらず、安全保障という観点からも必要であり、また好ましいことであろうと思います。
近年、この東アジア共同体ということがしきりに言われております。今年もそのための首脳会議が行われるようでございますが、その可能性と障害について考えてみたいと存じます。
よく東アジア共同体というようなことが言われておりまして、この共同体という言葉がかなり、何と申しますか、過剰な期待を抱かせるような言葉ではないかというふうに存じます。私は、非常に遠い将来には何らかの形の共同体ということを考える価値は十分あると思いますが、ただ、現実の問題として、中期的に考えて共同体と言えるほどの地域協力というのは相当現実性がないんじゃないかという気がいたします。
欧州の場合には、第二次大戦後、特に独仏の和解を通じて、またヨーロッパで、ヨーロッパの共同運命というようなことから、将来を見据えた、ヨーロッパの未来に関するいわゆるビジョンというものが示されまして、そのための協力がなされてきたわけでございます。私はたまたま、ちょうど一九六〇年代の初めにフランスにおりましたけれども、当時のドゴール大統領とアデナウアー首相との間で、独仏の和解を図る、そしてその上に新しい欧州を構築するという努力が、懸命な努力がなされたのを目の当たりにしております。やはりこういう地域協力を進める上では、こういう強力な指導者があり、将来のビジョンを示しながら過去の和解を進める、そのために大幅な交流を行うということが必要だというふうに感じた次第でございます。
アジア、特に北東アジアにおきましては、政治体制の違いということもございますし、またこれまでは経済発展段階も非常に違う、いろいろな背景の違いがヨーロッパに比べて大きいものですから、なかなかそう簡単にはいかないと思います。最近、地域協力のための努力がなされているということは歓迎すべきことではございますが、一足飛びに共同体というところまで考えるのは余り現実的ではないだろうと思います。私は、できるところから協力を進めていくと、またそのときに、繰り返しになりますけれども、過去の和解と同時に、将来どういう方向に向かっていくかという絵をかくと申しますか、ビジョンを示すということが非常に重要なことであろうと思います。
三番目の点でございますが、文化、科学技術あるいは教育等の面における交流の問題でございます。
私、アジア諸国に勤務し、あるいはアジア諸国の方々といろいろな交流、接触をする中で非常に常々感じておりましたのは、やはりまだ日本と近隣諸国との交流、特に若い世代、特にまたその中でも学生の交流というものが従来不十分であったという気がいたします。度々引用して申し訳ございませんが、一九五〇年、六〇年のころの戦後のヨーロッパの状況を見ますと、当時の非常に大々的な学生の交流、留学というものに比べますと、まだ東アジア、特に北東アジアにおけるそういう交流は不十分であるという気がしてなりません。ある程度、最近、私、今大学の方に奉職しておりますが、アジアの学生たちも来ておりますし、日本からも留学生は行っておりますが、まだまだヨーロッパ諸国間、あるいは日米間、あるいは米欧間というところに比べますとこういう若い人たちの交流というものが不十分であるという気がいたします。
それから、日韓間ではある程度進んでおりますが、どうしてもこの歴史認識に関する問題の解決というものが重要であるわけですけれども、そのための共同の歴史研究というものがもっと必要ではないかという気がいたします。
先般、町村外務大臣が中国に行かれて李肇星外交部長とお話をされたときに、町村外務大臣の方から歴史研究を進めようという御提案をされて、それに先方から賛意が表明されたというふうに聞いておりますが、こういうことは非常に重要なことであり、大いにやるべきことであると思います。それぞれの国の歴史認識が完全に一致するということはあり得ない話でございますが、しかしながら、いろいろな事実誤認に基づく誤解であるとか、あるいは相手方の見方に、ああこういう違いがあるのかということを知るだけでも、こういう歴史の共同研究というものが非常に重要であるというふうに思います。
最後に、残りました時間でアジアの中の地域別の外交についてちょっと触れさしていただきたいと存じます。
北東アジアにつきましては冒頭のところでかなり触れさしていただいたわけでございますが、正に一番、北東アジアの韓国、北朝鮮、中国、あるいはさらにロシアとの関係というものが重要であり、かつそれだけに難しい状況でございますが、ほかの地域につきましては、東南アジアにつきましては、特に経済協力、経済関係を通じまして非常に友好的な関係が構築されてきたんではないかと思います。
たまたま私がインドネシアに在勤いたしましたのが一九七四年の初めからでございましたが、その直前に田中角栄当時の総理がジャカルタに行かれてジャカルタ暴動と、当時、反日暴動というふうに報道されましたが、言ってみますとこれは必ずしも反日という単純な話ではなくて、インドネシアの政権内部の権力闘争であるとか、あるいはインドネシア人と華僑とのあつれきとか、そういう複雑な要素が絡まっておりました。しかし、いろいろなことがございましたが、東南アジアとの関係につきましてはおおむね良好に推移してきているのではないかと思います。
一九九〇年代の終わりに東南アジアの金融危機がございました。また、インドネシアでも非常に不安定な状況が生じて暴動のようなこともございましたが、そのとき痛感したんでございますが、日本に対する、日本人に対する信頼関係あるいは友好的な関係というものが非常に強固なものであるということを感じた次第でございます。あれだけ暴動がございましたけれども、日本人に対する危害はほとんどなかったと、また、日本の企業も決して逃げ出すことなく踏みとどまったということは現在でも高く評価されているところでございます。一月にインドネシアに行ってまいりましたけれども、そういうような評価がいまだに聞かれる次第でございます。
以上の二つの地域に比較いたしまして、南西アジア、すなわちインド、パキスタンあるいはその他の諸国との関係につきましては、率直に申しまして今までは余り十分な密接な関係がなかったんではないかという気がいたします。
この地域、特にインドにつきましては、私は外交努力をもっと強化すべきだと、インドとの関係あるいはパキスタンとの関係というものをより密接にするための努力を倍増すべきであるというふうに感じます。
特に、インドはあれだけの人口を持った国であり、また最近は非常にITを中心に発展をしております。また、インドは議会制民主主義ということでは非常に安定した政治体制を持っているわけでございまして、我が国としてはインドに対してもっと注意を払うべきであるというふうに存じます。インドの戦略的な重要性ということにもっと着目すべきであろうと思います。また、北東アジアの場合と違いまして、インドあるいはインド亜大陸諸国との間には歴史的なしがらみと申しますか、難しい問題はございません。そういう意味で非常に我が国に対して友好的でございます。御存じの方も多いと思いますが、東京裁判、極東軍事裁判のときに、一人インドから来ておりましたパル判事のみが日本のいわゆる戦争犯罪人を裁くことは不当であるということを堂々と述べられたことはいまだに記憶に新しいところでございます。
それから、伝統的にはアジアというふうに必ずしもみなされておりませんが、最近では随分アジアに入ってきている、あるいは入ろうとしている豪州、ニュージーランドという非常に安定した、また民主的な諸国との関係というものもこれからますます重要な要素になっていくのではないかと思います。豪州、ニュージーランドとの関係につきましては、非常にこれまでも密接にいろいろな面で協力しておりますが、これからも協力する余地があり、また非常に良い結果がもたらされる可能性の多い地域であるというふうに存じます。
大体時間になりましたので、締めくくらしていただきます。ありがとうございました。