阿部正俊の発言 (環境委員会)
⚠️ コピーしたテキストを転載する際は、転載元URL(kokkai-data.com)および原典URL(kokkai.ndl.go.jp)を必ず残してください。発言内容の改変・出典削除は禁止です。
詳細は利用規約をご確認ください。
○阿部正俊君 多分間違いないと思うんですが、それはごろ合わせみたいなもので特段の意味はないと言われればそれまでですが、私は、ある意味では、うん、なるほどなというふうに最近思うわけでございます。命をはぐくみ、かつまた、うっかりすると傷付きやすいものだなということを改めて認識するという意味で、女性形の名詞で表現されるというのは一つの考え方かなと思います。
昔、我が国にも地久節というのがありました。昔、中学校で英語を習ったときに、そうだ、日本にも地久節というのがあるな、それはもう皇后陛下のお誕生日のことを言っていたようですよね。天長節、地久節というのがありまして、地久節とありまして、そのときに思ったのは、私は、地久節というのはいわゆるアース、地球の字かと思っていたんです。そうしたら、後で少し大きくなって高校辺りになって調べたら、地久というのは、そうじゃなくて、丸い地球じゃなくて地が久しいと書いて地久節と、こう読むんだそうです。
今改めて、地久節というのはありませんけれども、丸い地球の地球節というふうな意味で考えてもいい時期に来ているのではないだろうかと、そんな思いで、あえてちょっと小島局長さん、申し訳ないけれどもお聞きした次第でございますし、含意みたいなことを申し上げますと、小島局長さんの任命権者は小池百合子大臣。たまたま、たまたまといいましょうか、これまた正に女性でございますし、かつ、そういう地球から見てどういうふうに、地球が感じている思いでもってあなたの仕事というのは成り立つんじゃないか。我々人間がどうするというようなことから組み立てた思いではなくて、地球の立場から、立場というか、そういう時点に立って今どうするかというようなことを、私は、是非そんな思いで語り、かつ行動してもらいたい。お役人として無難なことをそつなくこなすということではないんではないかと。
ある意味では私は、今回の温暖化、京都議定書を含む将来のCO2の削減及び温暖化防止というのは相当の人間にとっては痛みといいましょうか、今までの文明だけを追求してきたと言っても過言ではない急激なエネルギー消費の増加というものをどこかで平衡する形で持っていって、継続できる地球をどうつくるかという壮大な文明の転換なんではないかというふうに大げさですけれども思うわけでございまして、そうなると、我々の国際政治、国内政治の中での利害調整とかなんとかという観点から物を考えておったのでは私は駄目なんじゃないかと。
むしろ、だからあなたの任命権者は、形は、辞令は小池百合子大臣と書いていますけれども、本当の地球環境というふうなことで表現し、地球という物すごい使命を持った役職というのはあなたしかいないんですから、これは正に地球そのものが任命権者であり、百年、二百年先の地球、それが存続できる地球ということを念頭に置いて、そこから今を考えると。持っていただいた資料でも、何か私は従来からそういう発言を時々しているんですけれども、社会保障についても、将来が、今からこうだからこうするということじゃなくて、将来、五十年先、少子化なんて正にそうです、五十年先、百年先の状態を想定して、想定して今何をしなきゃいかぬかと考えるのが、できたらあってほしい政治の手法だと私は思います。
そういう意味で、この地球環境問題というのをそんなふうな、地球が今泣いています、もっと泣くかもしれませんし、うっかりするとその上にすむ生物という宿命から逃れ得ない人類の滅亡にもつながるかもしれないというようなことを想定しながら、か弱きとは言いませんけれども、地球という女性から思いを託されたあなたの行動というのを是非してもらいたいし、発言してもらいたい。
昔、私、厚生省の出身でございますが、児童家庭局というのがございました。児童は投票権ありません。したがって、いつも候補に挙がるのは、行政改革というと、一省一局削減とかいうと児童家庭局をつぶせという話がしょっちゅう出てくるんです。でも、我々大人は、逆に言うと、児童が投票権、意見が多いから、児童児童と言うから仕事をしているのじゃなくて、大人の責任として、児童というのは、日本では今二十歳ですけれども、それ以下の子供たちから投票権奪っているわけです。というのは、次の世代を責任持って私どもがやりますということが児童家庭局の存在の意義じゃないかと。だから、児童家庭局長は、大人の利害から離れて、五十年先、百年とは言いませんけれども、将来の世代の声を現在の大人に、責任を持ってあなたやってくれということを言うのがあなたの仕事じゃないかというようなことをよく言っていました。そういうのがこれからの日本の政治の本来の在り方なんではないか。少なくともこの温暖化対策というのは六%がどうのこうのとかいうことだけで済む話では決してない。六%というのは本当の取っ掛かりにしかすぎないというふうな、ちょっとオーバーな言い方ですけれども、私はそんな意識を持って臨んでいるつもりでございます。というふうなことで二、三前置きに、だからあなたはだれから任命されたとあえてお聞きしました。
さて、そういう視点から今回の法律改正の中身を拝見いたしますと、私も多少役人やっていましたので、法律等についても多少あれですけれども、ちょっと読んだだけで、何だこんな内容かと、正直。京都議定書というのは、あれは環境庁の時代にあった仕事です。よくやったと思います。そのときの熱意というのは余り伝わってこないんです、今、今回の法改正には。何か、要するに、CO2の削減量を一定企業は確認をして、申告をして、届出して、公表して、集計すると。当たり前ですよね、これ。CO2を削減しようというんですから、何がCO2で幾ら出ているかって確認しないでできるはずはない。当たり前な話です。これを今の時期になって、京都議定書、一九九七年と聞きましたけれども、その直後でも作ってもおかしくない法律を何でそれから七、八年も後になって出さざるを得ないような状況なんですか。これはどこが抵抗したんですか。あなた自身がやる気がなかったんですか、環境省が。というようなことを最初にお聞きします。