渡辺秀央の発言 (経済産業委員会)
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○渡辺秀央君 ありがとうございました。
私どもは内閣を見ながらあるいはまた与党の動きを見ながら、自分の過去の経験と現状見ながらということで少し、何といいますか、いろんな評価の度合いあるいはまた私の独善的な面もあるかも分かりませんが、そんなに大きな認識の違いは私はそう余りないんじゃないかと思うんです。そこは、本当にこれはもう今の政治として解決していかないと大変なことになる。
ということは、開発途上国と言われた国々は、中国などという問題ではなくて、もうどんどんどんどんすぐ後ろに来ているという現状で、しかも、いつも話をしております我が国は資源のない、全くここで加工立国として、技術立国なんという言葉を僕らは当時使ったけれども、これは体裁のいい言葉であって、実際は加工して付加価値を高めて輸出するだけのことですからね、言うなら。そういう意味では、加工立国としてやっていくのに本当に真剣な、二十一世紀というものをとらえてやっていかないと、我々だけが裕福なあるいはまた満足いった、ある程度満足いった生活を終わって、子孫は大変なことになってしまうというような思いがいたしてならないので申し上げたわけであります。
さらに、もう大体この問題はこれに、よしとしなければなりませんが、私はやっぱりもう一言言わせてもらうと、アメリカ型の資本主義と日本型の資本主義、あるいはまた自由主義というものは私は基本的にやっぱり違うというふうに思うんです。
これは、経済産業省のかつての先輩たちが、アメリカからある程度、とことんとことん最後の最後まで頑張って自由化なりあるいは市場開放なりということを、これはもう本当に目に見えていますね、今でも、頑張ってきたこと。しかし、なぜ頑張ったかというと、閉鎖社会、国、島国根性というんじゃなくて、日本の国の経済をある程度のところまで、国民生活を平均的アメリカ並みのところまで持っていかなきゃいかぬということにおけるもう大変な努力をこれはやってきたわけですね、外交的にも、国内経済政策においても。私は悪口言って、官僚社会主義国家であるなんといって言ったことがありますけれども、ある意味ではそれだから成功したと、バランスのある国内の経済社会が形成できたというふうに思うんです。
よく雪の降る、今豪雪の、今物すごい被害を受けている、震災から豪雪で、本当にこれ以上あと何があると、あと大火事しかないなというぐらいに新潟はやられていますけれども、しかし、これは人的な努力である程度解決できることですよね。解決できない問題が出てくる。それは雪の降るところも降らないところも税金も同じというのはおかしいぞと、私、これもよく言っているんですけれども、これも仕方がない。平均化した税制、いわゆる社会主義税制をやってきたわけですから、戦後からずっと。もうどんなところでも同じなわけですから。東京都の所得税もあるいは沖縄の所得税も同じですから。
だから、そういう意味ではもうそろそろやっぱりそういういろんなことを、アメリカ式の構造改革を志向するんではなくて、日本式の構造改革というのを、実際にまじめに若い人たちが、これから政治を中心に担っていく人たちが考えていかないといかぬこと。特に役所の諸君たちは、今おいでの皆さんはみんなもう大幹部でいらっしゃるわけですけれども、役所に有能な若い人たちがいますよ。その人たちがやっぱり考えてもらうことだというふうに思うんです。
私はかつての与党のときには、いわゆる競争社会ということではなくて共存社会を目指して政治をやったつもりです、やってきたつもりです。だから、それが今言うある程度の社会主義性格的ないわゆるものを生んだ、また生まざるを得なかったということだろうと思うんですね。だから、いわゆるその競争社会ということを目指すというだけなら、自己責任でやっていくんだよと総理はよくそうおっしゃっておるようですが、それは政治がない話であるなと思いますよ、やっぱり。
やっぱり共存社会、共生社会。共生と共存は若干違う。私はその強者も弱者も大資本も零細規模も共存していく社会、これは正に今大臣がおっしゃった北海道ではもうあの拓殖銀行の倒産以来十分経験されて苦労されておられる。私どもも同じでした。だから、それにはどういう政治家としての心得を持ってやっていくかということが非常に今大事な場面に入っているので、くどいようでしたが、私はこれからも是非ひとつ、あの敗戦の中で日本が雄々しく立ち上がり、国民と一緒になって国家を再建しようとしてきたあの意欲と息吹がやっぱり共存社会、みんなで助け合おうという、それが根本であるということをもう一度私どもはお互いに反省しながら考えて各種の政策を行っていくべきであろうということを申し上げておきたいと思います。
もう一つ、国民の貯蓄率が、この景気動向でありますが、非常に減ってきている。私はそういう意味においては、今の経済問題というのは、先ほどこれは大臣がおっしゃったからもう触れませんけれども、踊り場ということの言葉で決して、執行者であり、あるいはまたこの経済産業、日本の経済政策の大黒柱である中川大臣が、大変恐縮ですが、評論家的なこの景気対策が今踊り場のところにあるなんという言葉は生身の真剣勝負をやっている政治家の発言ではないなというふうに思いますよ。そういう意味では、今の、先ほどの御答弁で私、次にちょっと用意したもう質問をやめますけれども、是非その御認識でこれからは厳しい経済政策、経済運営、景気対策に臨んでいただきたい、こういう期待を申し上げておきたいと思います。
そこで、続いて、その景気対策に続いてのことですが、先ほどの北海道のこともおっしゃいましたけれども、この地域間に格差がどんどん出てきていますね。これを何とか、もう時間がなくなってくるんでちょっと端的に言いますけれども、今はもう、例えば東京の所得と新潟の所得なんかを比べた数字も全部用意しました。しかし、もう時間がないですからやめます。要するに言いたいことは、相変わらず一極集中の政策が是正されていませんよと。これが何で与党の間で、何で政府の間でもっと真剣に議論され、少子化の問題と同時にこの一極集中の元凶をどうとらえてどう是正していくかという政策が行われなければならないときではないかなということを申し上げたい。
そういう意味において、この地域の経済ということ、今現在の、この政策は是非大臣、もう今回は予算も終わりますし、また今日における手厚いいろんなことを災害地はもちろん、地方においてもやっていただいておる。中小企業対策やっていただいていることも分かっていますが、しかし、まちづくり三法が制定されてから中心市街地に対するいろんな思いでこの政策立案がなされたことも分かっております。が、もう少し思い切った大胆な地方、地域の町づくり、あるいはまた地域の経済の活性化、もうちまちましたことではなくて、どんといく、この県には、この町はこういう伝統と文化と歴史があると。これはこういう形で守りたいと言ってきたことに、一部あるんですけれども、そういう今までの政策のような補助金だなんという、もっと思い切ったことで地域の経済あるいは町づくりというものを考えられたらいかがでしょうかと。
特に、今のままでいくと一極集中で、この今、我が参議院は、大臣ね、定数是正なんですよ、定数是正。このままでいきますと地方が、地方の県ごとに与えられた一議席、一選挙区二議席、一選挙区一人という、二議席がこれなくなる県も出てくるんですね、厳密にやると。これは一極集中の結果なんですね。東京とか横浜とか大阪とかは増えるんです。そういう現実を見ても、私は今の政治が成功しているとは言えない。だから、大変恐縮ですけれども、金丸先生という人はすごい人だったと思いますよ。私が一番最初、首都圏移転という話を、あの人が当時、各派閥の中で若い人だけ集めた。私は当選三回、そういうときに呼ばれて、あとほかのところから二、三人でした。それで首都圏移転をやると。その窓口に村田敬次郎大先輩が座っていまして、それで研究会始めたんです、あの首都圏移転というのは。
そういう、もう今、あのころ、二十五年前ですよ。そういう意味ではやっぱり今の政治はちょっと怠りが多過ぎるということを思いながら、この大店舗法が撤廃されてから町づくりということについて、これこそハゲタカ分野に入りつつあるということの現状を見て、もう少し思い切った大胆な措置を、財務省がとやかく言おうと、一回、経済産業省のいわゆる特定財源を使ってもやるぐらいの気持ちで取り組む、今から作業に取り組んでも三年か四年ぐらいたつでしょう。だから、どうぞ一回ちょっと検討してみるお気持ちになられませんか。いかがですか。