西川伸一の発言 (決算委員会)

⚠️ コピーしたテキストを転載する際は、転載元URL(kokkai-data.com)および原典URL(kokkai.ndl.go.jp)を必ず残してください。発言内容の改変・出典削除は禁止です。 詳細は利用規約をご確認ください。

○参考人(西川伸一君) 明治大学の西川と申します。
 本日は意見陳述の機会を与えていただき、誠にありがとうございます。大変光栄に存じます。
 さて、我が国の会計検査院の機能強化について意見を述べよということでございます。これにつきまして、まず私の結論を先に申し述べます。
 会計検査院の機能を強化するためにはその独立性がきちんと確保されなければならない、それが達成されれば行政統制に対する会計検査院の持つ潜在力が顕在化するというのが私の結論です。
 では、会計検査院の独立性をいかにして強化するか。そのための私の試案、試みの案ですが、は次の三点です。
 第一に検査官人事の在り方を考え直すこと、第二に調査官は特別職とし独自の職員採用試験を実施すること、そして第三に会計検査院からのいわゆる天下りをなくすこと、これら三点を中心に意見を述べたいと存じます。
 配付いたしましたレジュメに沿ってお話しいたします。
 一として、「「独立」に関する法律の規定」でございます。まず、法律上、会計検査院はどのように位置付けられているかを確認いたします。条文はすべて配付いたしましたレジュメの一ページに掲げてございます。
 憲法九十条二項に「会計検査院の組織及び権限は、法律でこれを定める。」とうたっております。これに従って、会計検査院法一条は「会計検査院は、内閣に対し独立の地位を有する。」と定めています。この院法一条の規定が会計検査院を理解する上で極めて重要なものだと考えます。この条文によって会計検査院は国家行政組織法を根拠とする国の行政機関ではないことが明確にされているからです。
 これに対して、各省の設置法はどうなっているかと申しますと、例えば総務省設置法一条は「この法律は、総務省の設置並びに任務及びこれを達成するため必要となる明確な範囲の所掌事務を定めるとともに、その所掌する行政事務を能率的に遂行するため必要な組織を定めることを目的とする。」とあり、続く二条では「国家行政組織法第三条第二項の規定に基づいて、総務省を設置する。」と設置の根拠規定が示されています。他の省庁の設置法も条文は全く同じでございまして、総務省という名称が法務省なり外務省なりに変わるにすぎません。
 次に、各省の設置法で言及されているこの国家行政組織法三条二項の規定でございますけれども、「行政組織のため置かれる国の行政機関は、省、委員会及び庁とし、その設置及び廃止は、別に法律の定めるところによる。」となっています。さらに、国の行政機関とは何かにさかのぼりますと、国家行政組織法一条に「この法律は、内閣の統轄の下における行政機関で内閣府以外のもの(以下「国の行政機関」という。)の組織の基準を定め、もつて国の行政事務の能率的な遂行のために必要な国家行政組織を整えることを目的とする。」とあります。ということは、会計検査院は内閣の統括の下における行政機関ではないということになります。「内閣に対し独立の地位を有する。」という会計検査院法一条の規定はこのように読み替えることができます。
 レジュメの二ページに行っていただきまして、二として、「検査官人事のあり方を改める」という項目でございます。そのaといたしまして、「検査官の出身母体」でございます。
 会計検査院の組織で特徴的なことは、レジュメの二ページの組織図にもありますとおり、意思決定機関と検査実施機関を明確に分けている点です。慎重な意思決定と公正な判断を確保するというねらいから、このような体制を取っています。
 意思決定機関として検査官会議が置かれており、それは三名の検査官から構成されています。三名の中から会計検査院長が互選されます。検査実施機関としては事務総局があり、事務総長、事務総局次長以下、事務総局官房と五つの局から成っています。千二百名を超える職員がここに所属しています。このうち、現場で検査実務に携わる調査官、調査官補は約八百五十名ほどでございます。
 繰り返しになりますが、会計検査院の仕事は各省庁、団体に対する批判を旨とするため、十分な吟味を必要とします。そこで、会計検査院は慎重な意思決定と公正な判断を確保するため、最高意思決定機関として検査官会議という合議制の機関を置いています。これに出席するのは三名の検査官と事務総長です。
 ここで注目したいのは、検査官の位置付けです。それは各省庁の大臣に近いものがあります。会計検査院法第四条第一項で、「検査官は、両議院の同意を経て、内閣がこれを任命する。」と定めてあり、同第四項で、「検査官の任免は、天皇がこれを認証する。」となっています。要するに、検査官は国会承認人事であり、かつ認証官と位置付けられています。
 それでは、いかなる人物が検査官になるのか。検査官三名の出身母体は事実上ほぼ固定されています。一つは会計検査院プロパー枠、現在の森下伸昭院長はこれに当たります。もう一つは学識経験者枠、大塚宗春検査官は早稲田大学教授出身です。さらには官僚出身者枠、西村正紀検査官は元総務事務次官です。
 代々、会計検査院出身者が検査官三ポストのうちの一つを必ず占めてきました。
 学識経験者枠は比較的新しいもので、大塚検査官の前任の金子晃検査官、この方はその後、院長になりますけれども、から始まっています。国会内で民間有識者を検査官に起用しようという機運が高まり、実現したものです。それ以前は衆参の事務総長を退任した方がリレーして務めていました。まあ国会職員枠だったと言えます。
 また、官僚出身者枠を見ますと、代々、旧大蔵省高級官僚が横滑りするポストでした。ところが、九六年にこの枠の退任者が出た際に、大蔵OBへのリレーについて国会内から異が唱えられました。例えば、当時の大蔵改革を論議する中で適正を欠くなどです。その結果、元総務庁事務次官の杉浦力氏が任命され、その後任には、先ほども申しました元総務事務次官の西村氏が任命されました。
 レジュメの三ページに移ります。bといたしまして、「行政府出身検査官の問題性」というところです。
 次に、会計検査院の独立性を確保する上で、検査官人事の在り方は適切と言えるのかという点を検討いたします。
 以前のように、そのポストが旧大蔵省と国会職員OBの言わば植民地という事態はもちろん好ましくありません。今では改善が見られますが、霞が関の官僚OBが一ポストを握っていること自体は同じであります。もちろん官僚イコール悪というわけではございません。しかし、行政府を監視する組織の最高意思決定機関に行政府出身者がいるというのは、身内が身内を検査していると受け取られかねません。独立性を確保するための制度設計としては問題があるのじゃないかと考えます。外部からの行政統制という点に会計検査院の存在理由があると考えています。
 関連して、事務総局にも財務省からの出向人事が行われていることを指摘しておきます。
 昨年四月一日付けで辞職された事務総局次長は財務省からの出向者でした。そして、この方が例外というわけではなく、慣例のように財務省は代々キャリア官僚を会計検査院に送り込んできています。彼らは会計検査院の中で要職を歴任し、局長、さらには事務総局次長にまで上り詰めます。過去には事務総長まで務めた例もあります。昨年十二月の財務省人事で、財務省のキャリアが会計検査院官房審議官に異動になりました。恐らくこの方も局長、そして事務総局次長という出世コースを歩むと予想されます。
 事務総長が名誉職的ニュアンスを持っているのに対して、事務総局次長は事務総局の実務を取り仕切るポストです。そのポストに行政府からの出向者を頂く、このことについても検査官に行政府出身者が就くのと同じ問題性が指摘できると思います。すなわち、身内同士の検査とみなされかねず、独立性の確保と両立しないと言えます。
 確かに、出身が行動を決めるわけでありません。しかし、事務総局次長を財務省からの出向者が占めていては、いかに検査が公正に行われ厳正に決算検査報告が作成されたとしても、公正らしさに疑問を残すのではないかと考えます。
 cといたしまして、「プロパー出身検査官の問題性」というところに進みます。
 話を検査官人事の在り方に戻します。
 もう一つ問いたいのは、会計検査院出身者が当然のように検査官の一ポストを占めていることは果たして問題がないのかという点です。
 先ほど検査官は各省庁の大臣に近い存在だと申し上げました。各省庁の官僚がそのまま大臣ポストに座るということは考えられません。言うまでもなく官僚組織はプロフェッション(専門家)集団です。その頂点にアンプロフェッション、非専門家である大臣あるいは長官を頂くことで組織の健全さが保たれることになります。大臣をプロパーから起用しない理由は、あるいは意味はここにあります。
 その反面教師が戦前の統帥権の独立です。プロフェッションにはその活動領域を超えないという禁欲が求められるのですが、プロフェッションの自覚に頼っていてはそれが困難であることを歴史は教えています。だからこそ、ミリタリープロフェッションに対するシビリアンコントロールが必要とされるのです。専門家の暴走を抑えるためには、言わば必要悪として非専門家によるチェックが欠かせません。
 その観点からして、プロパー出身検査官という現状は妥当と言えるのか。具体的には、検査官会議と事務総局の緊張関係、チェック・アンド・バランスは機能しているのかということでございます。
 例えば、プロパー出身の検査官と事務総局幹部の間で会計検査院の重要事項が事前に決定されてしまって検査官会議がないがしろにされることはないのだろうか。あるいは、検査官会議には事務総長も出ていますので、プロパー出身の検査官と事務総長で検査官会議を事実上主導していることはないのだろうか。まあそのようなことはないかと思いますけれども、少なくともそういう疑いを抱いてしまう検査官人事になっています。
 では、どうすればいいのか。ここからは言わば大いなる暴論ですけれども、検査官には三名すべて、霞が関からも国会からも、さらには会計検査院からも無縁な人材を起用してはどうかと考えます。出身母体のしがらみのないノンプロフェッションを頂点に据えるのです。そのパイオニアで慶応大学教授から検査官となった金子晃氏は、決算検査報告の早期提出などの実績を残しました。学識経験者のみならず、民間企業の幹部やベテランの公認会計士などを起用してはどうかと思います。いずれにせよ、重要なのは会計検査院の独立性を疑わせるような検査官人事の在り方は改めるべきであるということです。
 三といたしまして、「特別職とし独自の採用試験を」というところに進みます。
 既に確認しましたとおり、会計検査院法では独立をうたっています。ところが、他の法律ではそれと矛盾して、会計検査院を事実上国の行政機関として扱っています。例えば、国家公務員法第二条第三項には特別職公務員に該当する職が列挙されていますが、検査官を除く会計検査院の職員はここに規定されていません。つまり、一般職の扱いで国家公務員法の下に置かれています。国の行政機関ではない会計検査院にとって、これはおかしいのではないかと考えます。一般職ということは、会計検査院の検査対象となる国の行政機関の言わば身内ということです。これでは政策の妥当性にまで踏み込んで評価するのは難しいのではないか。やり過ぎたら霞が関で孤立してしまうという声も聞かれます。
 そこで、調査官には法律によって裁判官並みの独立性が保障されるべきではないかと考えます。つまり、国家公務員法第二条第三項に調査官を加え、さらに特別職としての調査官の権限を定めた法律をつくるべきではないかと考えます。
 また、一般職であるために、職員の採用は国家公務員試験に基づきます。国の行政機関ではない会計検査院が国の行政機関の採用試験によって職員を採用しているという矛盾した事態があります。こうなると、国家公務員になりたい人が各省庁に面接に訪れる一環として会計検査院にも出向き、採用されるということも起こり得ます。彼らに果たして会計検査院は行政府から独立した機関であるという意識があるのでしょうか。他の省庁と同じ試験で入るのですから、会計検査院も国の行政機関の一つだと誤解する人もいるのじゃないでしょうか。入口の時点で独立の気概がそがれているように感じます。
 ちなみに、衆議院法制局、参議院法制局の職員は国会職員法の下にありますが、そのⅠ種職員は国会職員採用試験とは別途に行われるそれぞれ独自の試験によって採用されます。衆参の法制局の定員はそれぞれ八十名に満たない程度です。千二百名以上の職員を擁する会計検査院が独自の試験を実施できないはずはないと思います。
 四といたしまして、「「独立」をはばむ「天下り」」に進みます。
 会計検査院の独立性を阻害している要因として、職員の再就職、すなわち天下りの問題も無視できません。会計検査院はもちろん利権とは無縁の官庁です。所管する外郭団体、監督下に置く業界はありません。
 一方で、会計検査院には他の省庁と同様に幹部の早期退職勧奨の慣行があります。そこで、五十代半ばを過ぎると天下り先を探すことになります。しかし、自前の天下り先がないので、それを他の省庁の口利きに頼らざるを得ない。そのため、世話になる省庁に頭が上がらないと伝えられます。もしこれが事実だとすれば、独立性をうたった会計検査院法一条の規定は既に空文化しています。各省庁から天下り先を口利きしてもらっているとなれば、お返しに厳正であるべき検査に手心を加える、本来なら決算検査報告に載せるべき事項を不問に付すということはないのか。論理的には当然このような疑問が生じます。
 公務員制度改革大綱の再就職状況全般に係る公表制度に基づき、会計検査院も毎年一回職員の再就職状況を公表しています。昨年の再就職状況はレジュメの三ページから四ページにお示ししたとおりです。中でも注目したいのは、独立行政法人に二名が再就職している点です。九番と十番の方です。
 独立行政法人への天下りは、民間への天下りと同列に扱えない深刻な問題をはらんでいます。なぜなら、独立行政法人も会計検査院の検査対象機関であるからです。そこに会計検査院OBが天下っている、しかも監事になっている。監事とは会計監査を職務とするポストです。あくまで推測ですが、会計検査院OBを受け入れる独立行政法人としては、そのねらいは会計検査院の検査情報を得ることへの期待にあるのではないか。一方、調査官の立場としては、大先輩の職場、しかも将来自分が世話になるかもしれない職場に対してフェアな検査を行い得るのか。天下りを共通の利益として現役とOBとでかばい合い、検査をゆがめていることはないのか。
 かつて、独立行政法人ではなく特殊法人への天下りを国会でただされた際、当時の矢崎新二会計検査院長は次のとおり答弁しました。レジュメの四ページに引いてございます。「本院は内閣から独立した機関でございまして、会計検査という職責を果たすべく厳格公正な立場を守らなければならないのは当然でありまして、OBが就職している機関といいましても、検査に手心を加えることは決してございませんし、従来からもいろいろな業務の改善に資するような指摘を実施をしているところでございます。」。もちろん、そうであることを信じたいのですが、私が指摘したいのは、こうした実態は、李下に冠を正さずといいますか、論理的に考えて公正らしさが疑われるという点です。
 そもそも会計検査院の検査には強制力がないため、検査対象機関の協力が必要となります。あるいは、そことの信頼関係を損なうわけにはいきません。検査対象機関と良好な信頼関係を築きながら、一方でその機関の不正を摘発するというジレンマを会計検査院は常に抱えています。検査先には相当気を遣わなければなりません。検査対象機関にOBを送り出すのは信頼関係の維持のためと解釈することもできます。
 先ほども紹介しましたが、会計検査院からは、やり過ぎたら霞が関で孤立してしまう、強引にやって行政実務に支障が出た場合、検査院として責任を負えないという声も漏れ聞こえてきます。こうしたことに気を遣わずに検査を行える権限を会計検査院に与えるべきではないのか。
 しかし、それでは検査対象機関にとって会計検査院OBを受け入れるメリットはほとんどなくなります。各省庁の口利きもなくなるに違いありません。会計検査院に強い調査権限を与えることは職員にとっては再就職に困る事態になりかねません。
 その対策として、独立した機関にふさわしい身分保障をすることが考えられます。
 例えば、最高裁判事を除く判事の定年は六十五歳ですが、法曹資格を持っている彼らは、退職後、弁護士として活躍できます。国税庁の税務職員は、在職十年で、事実上無試験で税理士資格を取得できるといいます。そこで、一定期間在職した調査官には例えば公認会計士の資格を与えるなどして、退職後の身分保障をしてはどうかと思います。
 あるいは、行政府から独立した機関としてふさわしい独自の組織風土といいますかカルチャーをはぐくむ、そして早期退職勧奨という人事の在り方をやめる、定年前に辞めなくてもいいように調査官を特別職にふさわしい専門職として明確に位置付ける。言い換えれば、昇格、昇給と管理職ポストへの就任は切り離して考えることはできないだろうかということです。
 例えば大学教員の例で申しますと、私の勤務している大学には、専任助手から始まって、専任講師、助教授、教授という四つの職格が教員にあります。論文を書き、勤続年数を経て昇格していきます。給与も勤続年数に従って上がっていきます。一方で、大学には、学長、教務部長、学生部長、図書館長、学部長などなど、教員が就く様々な管理職ポストがあります。しかし、これらは任期制で、年数がたてばそのポストから外れて、また平の教授に戻ります。学長であっても、任期が来れば平社員にしかすぎません。在職中に限って手当が付きます。つまり、昇格、昇給と管理職ポストへの就任は連動していません。その結果、ほとんどすべての教員は定年まで勤務します。このような仕組みが会計検査院の人事の在り方のヒントにならないものでしょうか。
 これまで申し上げましたことをまとめます。
 会計検査院は、会計検査院法の規定とは裏腹に、官僚機構に深く組み込まれることで、その外部からの行政統制機能を十分発揮できずにいます。検査官人事にしろ、採用試験の在り方にしろ、天下り先の口利きにしろ、行政府とのつながりをいかに断ち切っていくかが大きな課題だと考えます。
 その意味で国会も試されています。次の検査官の同意人事が国会に上がってきたときにいかなる態度を取るかです。具体的には、来年一月に現在の森下会計検査院長は六十五歳となり退官します。その後任の検査官には、慣例でいけば会計検査院出身者が推薦されるはずです。この人事に対して国会はどういう姿勢を取るかです。
 最後に、五といたしまして「参院決算委員会に期待する」というところを申し述べます。国会に言及したのに関連して、最後に御委員会への期待と要望を申し上げて終わりにいたします。
 決算の意義はもちろん、その年度の予算執行の問題点、改善すべき点を明らかにして、次の年度の予算編成にフィードバックすることにあります。その意味で、近年の参院決算委員会の取組、それを受けた財務省及び会計検査院の仕事ぶりは大いに評価できると思います。
 御案内のとおり、平成十五年度決算検査報告は昨年十一月九日に内閣に送付されました。その結果、昨年十二月二日に参院決算委員会が開かれるという快挙が実現されました。なぜ快挙かといえば、新年度予算が通常国会で審議に入る前に前々年度の決算書と決算検査報告が決算委員会で吟味されたからです。前々年度の決算審査を新年度予算審議に反映させるという理想的な決算から予算へのフィードバック回路が確立されたことはとりわけ強調されてよいと考えます。これが制度として定着していくことを願うばかりです。
 また、審査の中身も決算審査にふさわしいものだったように感じました。決算検査報告や会計検査院に言及した質疑もかなりありました。あるいは、決算を予算に反映させる意義や重要性を説く発言も幾つか見られました。
 次の課題は、決算審査を予算編成と予算審議に実際にどう反映させるかにあります。財務省の予算編成が大詰めを迎えている十二月初めに必ず決算委員会が開かれ、前々年度の予算執行の問題点が指摘される、これを予算編成作業に反映させる具体的制度をいかにつくっていくかです。せっかくの決算審査を言いっ放しに終わらせないためにはどうしたらいいのかという問題です。
 もう一つは、決算委員会の問題意識を予算委員会とどうやって共有するかということです。決算委員会での指摘を新年度予算が反映しているかどうかを予算審議でチェックすることが求められます。そこで、決算委員会と予算委員会の連携が必要になります。これをどう実現するかです。
 ところで、決算検査報告の掲記事項の一つに、国会からの検査要請事項があります。九七年十二月の国会法及び会計検査院法の改正によって、国会は会計検査院に対して政策の実施状況などにつき会計検査報告を求めることができるようになり、一方、会計検査院は国会に検査の結果を報告することができるようになりました。
 しかし、これは十分活用されていません。この制度ができた当初の平成九年度と平成十一年度の決算検査報告に一件ずつ掲記されているだけです。平成九年度は衆議院から、平成十一年度は参議院からの要請です。平成十二年度決算検査報告以降、全く掲記されていません。つまり、国会は会計検査院に対して何ら検査報告を求めていないのです。やや挑発的な言葉を用いれば、これは国会の怠慢ではないのか。国会と会計検査院が協力して政策の実施状況を点検するという仕組みをせっかく整えたのですから、それを大いに生かしてほしいと思います。
 いずれにいたしましても、御委員会が今後も存在感を発揮され、良識の府にふさわしい問題提起をなさいますことを心より祈念申し上げます。
 ありがとうございました。
 以上です。

発言情報

speech_id: 116214103X00220050215_005

発言者: 西川伸一

speaker_id: 7183

日付: 2005-02-15

院: 参議院

会議名: 決算委員会