決算委員会
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会
会議録情報#0
平成十七年二月十五日(火曜日)
午前十時開会
─────────────
委員の異動
二月十日
辞任 補欠選任
浜田 昌良君 西田 実仁君
二月十四日
辞任 補欠選任
大塚 耕平君 高橋 千秋君
藤末 健三君 水岡 俊一君
遠山 清彦君 鰐淵 洋子君
─────────────
出席者は左のとおり。
委員長 鴻池 祥肇君
理 事
荒井 正吾君
田浦 直君
山内 俊夫君
神本美恵子君
松井 孝治君
山下 栄一君
委 員
小池 正勝君
坂本由紀子君
武見 敬三君
中原 爽君
中村 博彦君
西島 英利君
野村 哲郎君
森元 恒雄君
山下 英利君
尾立 源幸君
加藤 敏幸君
佐藤 雄平君
齋藤 勁君
高橋 千秋君
谷 博之君
林 久美子君
水岡 俊一君
峰崎 直樹君
西田 実仁君
鰐淵 洋子君
小林美恵子君
事務局側
常任委員会専門
員 和田 征君
政府参考人
財務省主計局次
長 松元 崇君
説明員
会計検査院事務
総局事務総長官
房総括審議官 真島 審一君
会計検査院事務
総局事務総長官
房法規課長 太田 雅都君
会計検査院事務
総局事務総長官
房上席研究調査
官 東 信男君
参考人
構想日本代表 加藤 秀樹君
明治大学政治経
済学部助教授 西川 伸一君
─────────────
本日の会議に付した案件
○平成十五年度一般会計歳入歳出決算、平成十五
年度特別会計歳入歳出決算、平成十五年度国税
収納金整理資金受払計算書、平成十五年度政府
関係機関決算書(第百六十一回国会内閣提出)
(継続案件)
○平成十五年度国有財産増減及び現在額総計算書
(第百六十一回国会内閣提出)(継続案件)
○平成十五年度国有財産無償貸付状況総計算書(
第百六十一回国会内閣提出)(継続案件)
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この発言だけを見る →午前十時開会
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委員の異動
二月十日
辞任 補欠選任
浜田 昌良君 西田 実仁君
二月十四日
辞任 補欠選任
大塚 耕平君 高橋 千秋君
藤末 健三君 水岡 俊一君
遠山 清彦君 鰐淵 洋子君
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出席者は左のとおり。
委員長 鴻池 祥肇君
理 事
荒井 正吾君
田浦 直君
山内 俊夫君
神本美恵子君
松井 孝治君
山下 栄一君
委 員
小池 正勝君
坂本由紀子君
武見 敬三君
中原 爽君
中村 博彦君
西島 英利君
野村 哲郎君
森元 恒雄君
山下 英利君
尾立 源幸君
加藤 敏幸君
佐藤 雄平君
齋藤 勁君
高橋 千秋君
谷 博之君
林 久美子君
水岡 俊一君
峰崎 直樹君
西田 実仁君
鰐淵 洋子君
小林美恵子君
事務局側
常任委員会専門
員 和田 征君
政府参考人
財務省主計局次
長 松元 崇君
説明員
会計検査院事務
総局事務総長官
房総括審議官 真島 審一君
会計検査院事務
総局事務総長官
房法規課長 太田 雅都君
会計検査院事務
総局事務総長官
房上席研究調査
官 東 信男君
参考人
構想日本代表 加藤 秀樹君
明治大学政治経
済学部助教授 西川 伸一君
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本日の会議に付した案件
○平成十五年度一般会計歳入歳出決算、平成十五
年度特別会計歳入歳出決算、平成十五年度国税
収納金整理資金受払計算書、平成十五年度政府
関係機関決算書(第百六十一回国会内閣提出)
(継続案件)
○平成十五年度国有財産増減及び現在額総計算書
(第百六十一回国会内閣提出)(継続案件)
○平成十五年度国有財産無償貸付状況総計算書(
第百六十一回国会内閣提出)(継続案件)
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鴻
鴻池祥肇#1
○委員長(鴻池祥肇君) ただいまから決算委員会を開会いたします。
委員の異動について御報告いたします。
本日までに、浜田昌良君、遠山清彦君及び藤末健三君が委員を辞任され、その補欠として西田実仁君、鰐淵洋子君及び水岡俊一君が選任されました。
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この発言だけを見る →委員の異動について御報告いたします。
本日までに、浜田昌良君、遠山清彦君及び藤末健三君が委員を辞任され、その補欠として西田実仁君、鰐淵洋子君及び水岡俊一君が選任されました。
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鴻
鴻池祥肇#2
○委員長(鴻池祥肇君) 平成十五年度決算外二件を議題といたします。
会計検査院の機能強化についてのうち、我が国の会計検査院について参考人から御意見を聴取した後、参考人、財務省及び会計検査院に対し質疑をすることといたします。
本日は、構想日本代表加藤秀樹君及び明治大学政治経済学部助教授西川伸一君に御出席をいただいております。
この際、御両人に一言ごあいさつを申し上げます。
本日は、御多用のところ、本委員会に御出席をいただきまして誠にありがとうございました。委員会を代表いたしまして厚く御礼を申し上げます。
参考人の皆さんから忌憚のない御意見を賜り、審査の参考にしたいと存じますので、よろしくお願いを申し上げます。
本日の議事の進め方でございますが、加藤参考人、西川参考人の順にお一人約三十分程度ずつ御意見をお述べいただきまして、その後、委員からの質疑にお答えをいただきたいと思います。
なお、質疑につきましては、あらかじめ質疑者を定めず、自由に質疑を行いたいと存じます。
また、御発言の際は、その都度、委員長の許可を得ることとなっております。
なお、参考人からの意見陳述、各委員からの質疑及びこれに対する答弁のいずれも着席のままで結構でございます。
それでは、まず加藤参考人からお願いいたします。加藤参考人。
この発言だけを見る →会計検査院の機能強化についてのうち、我が国の会計検査院について参考人から御意見を聴取した後、参考人、財務省及び会計検査院に対し質疑をすることといたします。
本日は、構想日本代表加藤秀樹君及び明治大学政治経済学部助教授西川伸一君に御出席をいただいております。
この際、御両人に一言ごあいさつを申し上げます。
本日は、御多用のところ、本委員会に御出席をいただきまして誠にありがとうございました。委員会を代表いたしまして厚く御礼を申し上げます。
参考人の皆さんから忌憚のない御意見を賜り、審査の参考にしたいと存じますので、よろしくお願いを申し上げます。
本日の議事の進め方でございますが、加藤参考人、西川参考人の順にお一人約三十分程度ずつ御意見をお述べいただきまして、その後、委員からの質疑にお答えをいただきたいと思います。
なお、質疑につきましては、あらかじめ質疑者を定めず、自由に質疑を行いたいと存じます。
また、御発言の際は、その都度、委員長の許可を得ることとなっております。
なお、参考人からの意見陳述、各委員からの質疑及びこれに対する答弁のいずれも着席のままで結構でございます。
それでは、まず加藤参考人からお願いいたします。加藤参考人。
加
加藤秀樹#3
○参考人(加藤秀樹君) 構想日本の加藤でございます。
今日は会計検査院の機能強化というテーマで三十分ほど時間をいただきました。
率直に申し上げまして、今、日本で行財政改革、いろんな面から改革が必要だと言われておりますけれども、この決算というところに光を当てて、それで何をどうやっていけばいいか、いろいろ議論は行われていますけれども、なかなか効果のある対策、手だてが打たれていないのが実態だと思います。
前回のこの参考人質疑、それから今日もう一人の西川参考人からいろいろ制度についての詳細な、精緻なお話というのはあると思いまして、私はむしろそうではなくて、どういうことを具体的にやればいいのか。
国会あるいは政府、国のレベルになってきますと、規模が大きい、あるいは組織が非常に固いだけになかなか物事は進みにくい。それに対して、市町村あるいは都道府県といったもっと現場に近いところは、これは例えば首長は日々実際の実務に直面して、毎年予算をつくり、その決算を締めていかないといけない。そういう実態に直面しているだけに、むしろ気の利いた首長がいるところではいろんな手を打っております。そういうことについて構想日本も今までいろいろお手伝いをしてきております。そういうことの具体的な例をお話しして、是非この決算委員会から具体的なこれをやろうというようなことが出る、そのための一助になればと思って伺いました。
前提として、今日は私は、検査院はこうあるべきではないか、あるいは決算委員会、国会というのがもっとこういう役割を果たすべきではないかということは余り申し上げませんが、前提として、せっかく先ほど、御自身も私は乱暴な司会しますからと委員長おっしゃっていただきましたし、大変パワフルな委員長を始め委員の方がいらっしゃるわけですから、私の前提として、残念ながら今の会計検査院あるいはこの国会の決算委員会が、細かいいわゆる法律にのっとった形での決算のチェックというものは、これは非常にちゃんとおやりになっておられるわけですけれども、改革、行政改革あるいは財政改革、財政の健全化というものを進めていく上で何か有効な手だて、有効なことをやっているかどうかと言われると、ほとんど無力に等しいと、そういう前提でお話をしたいと思います。
決算の機能強化、資料をお配りいたしました。お届けしております十数枚の資料です。ざっとこれに沿ってお話をしていきたいと思います。
最近、日本だけじゃなくて各国でこの決算というものをもっと機能を強化していこうという議論が行われております。日本でもそうだと思います。いろんなニュー・パブリック・マネジメント、あるいはその一環としての行政評価とか、予算をインプット型からアウトプット、アウトカム型に変えていこうとか、いろんな議論が行われております。そういう中の関連で決算というものが注目されているんだと思いますが、今、先ほども申し上げましたように、組織をどうするかこうするかの前に、どういう視点で決算の検査を行うか、要するに何をチェックするのかということがもう少し議論されていいんだと思います。
それで、何を議論するかというところで、資料の二ページ目の下半分に挙げておりますけれども、三つの視点があるんだと思います。
一つは、そもそも今、行政、国であれ地方であれ、行政で行っているその事業が、行政がやるべきなのか、要るのか要らないのか。もし、どこそこでこういう行政サービスを行っている、事業をやっているとすれば、それはそこの省がやっていることが適切なのか、あるいは自治体、ほかの官庁でやる方がいいんではないかという意味での行政のチェック、あるいはその主体のチェック。
それから、二番目が税金の使い方のチェックであります。これはこれまでも会計検査院が行ってきていることでもありますし、あるいは数年前から検査院が経済性、効率性の検査をやろうということを言ってあります。そういうことが含まれる。あることをやるのに、例えば一億円でやっている、その一億円で、本当に必要なのか、七千万円ぐらいでできるんじゃないかといったたぐいのことであります。
それから、三番目でありますけれども、これはほとんど議論されていないと思いますけれども、実はその二つの、その事業が必要かどうか、あるいはお金がちゃんと使われているかどうかの背後にある国のいろんなルール、規制、関与、決まり事。それは、計画とか法律、政令、要綱、通達、基準、いろんな言葉で網の目のように掛かっているそのルールですね、コントロール、それが果たして必要なものなのか、適切なものなのか、やめた方がいいんじゃないか。ここまでやはり及ばないといけない。この三番目が実は私は、改革というものを、制度を変えていくという上ではこの三番目が非常に大事だと思っております。
それで、今回のお題が検査院ということですけれども、検査院の強化ということですけれども、私は本来は、この会計検査院というものはこの三番目のことを、これは、例えば国会が中心になって議論していくに当たって、それの材料提供者、非常に強力な材料提供者であるべきであると、こんなふうに思っております。
具体的にちょっとお話をします。
三ページを見ていただきますと、四角い箱が真ん中にあります。これは縦と横と軸が、横の軸は何かといいますと、これは事業の範囲、先ほどの三つの視点の最初のところであります。
例えばこれは、今、ある行政官庁あるいは県でも市でもいいわけです、百個の仕事をしている、その百個の仕事が本当に必要なのか、そのうちの二十個は要らないんじゃないか、八十個でいいんじゃないかという、このグレーの部分は百個から八十個あるいは七十個でもいいんじゃないかというチェックをしましょうということです。
それから、縦ですね、現在の事務コスト。先ほどの二番目の視点であります。これは、百個を八十個にしました、じゃ残りの八十個、ある項目を取ると一億円今掛かっている、その一億円が本当に適切であるのか、それが実は七千万でできるんではないかというチェック、両面のチェックをしていかないといけないということです。
前回の参考人質疑での議事録も拝見いたしました。そこではバリュー・フォー・マネーという言葉が頻繁に出てきました。これも大事な視点でありますけれども、私はそのバリュー・フォー・マネーの前に、そもそも今やっていることが項目として必要かどうかということのチェックも必要なんだと思います。
それで、まず横軸ですね、百個のものが八十個でいいんじゃないかというものを二つの視点で具体的な例を挙げて見ていきたいと思います。
一つは、その事業の性格、性質による見直し、もう一つは、その事業の効率による見直し。性質というのは、そもそもそれが行政が、あるいは官がやる話なのかどうなのかという視点です。もう一つの効率というのは、官でも民でももしやれることであれば、じゃどっちがやるのが効率よくお金、金額でいうと安くやれるのかという、この二つであります。
まず、最初の性質による見直しについてですけれども、一枚めくっていただきまして、四ページです。構想日本、そこの下の箱の中に書いてありますが、今まで十二の自治体、八県四市で、どこでやったかといいますのは六ページの一番下の星印のところに書いてあります。八県四市で事業仕分というものをやってきました。そこで、例えばある都道府県を見ると、そもそも要らない、あるいは民間でやったらいい、県じゃなくて国でやったらいいんじゃないか、あるいは県じゃなくて市町村でやったらいいんじゃないか、こういう仕分をやっていきます。
どうやってやるかというのは細かくなりますので割愛いたしますけれども、要するに、そこの都道府県のそれぞれの予算書を持ってきて、それで、例えばここは教育の班だ、こっちは福祉の班だ、班ごとに分けて、それでその県の担当者に予算の項目の一項目ずつ説明をしていきます。
予算というのは、例えば国の予算でも同じですけれども、予算の項目というのは全部ほとんど漢字なんですね。漢字が七つ、十二、ざあっと並んで、それを見ても分からないわけです。ですから、例えば青少年育成対策何とか費とあっても、青少年を育成するための予算が一億円というともっともらしいんですが、実は、中身は何ですかというと、具体的にあった例ですけれども、どこかの公園に子供を連れていって小馬に乗せているというふうな話があるわけですね。それは本当にそんなものを市とか県がやる話なんでしょうかねという、その中身を聞かないとなかなか本当にそれが必要なことかどうか分からない。ところが、実際には、職員の話を聞いていると、ほとんど七文字熟語、十二文字熟語でしか考えていなくて、中身がほとんど議論されていないということが多いわけですね。それで、去年一億円付いているから今年は一億一千万付けましょうみたいな話でずっと来ている。ですから、中身を一つ一つチェックすると、実は職員自体も、いや、そうですね、よく考えるとこんなこと余り要らないかも分からないですね、あるいは県でやらなくてもこれは市町村の方がいいかも分からないですねというふうなことになってくるわけですね。そういうことを、我々が押し掛けていって、それで外から言わば挑み掛かって、ほとんどけんかを売り付けるような感じで要らないじゃないかというようなことを議論していく、それがこの事業仕分であります。
それをもう少し詳しく書きましたのが五ページの絵であります。今の事業が不要か必要か、必要であればそれは民間でもやれるんじゃないか、あるいは行政がやるべきなのか、そのチェックするときには、下に書いていますように、民業を圧迫していないのか、あるいは民間の方がより効率的にできないのか、あるいは採算、お金が掛かり過ぎるようであればやらなくても済むような事業なのか、それでもやっぱりやらないといけないのかというようなこと、さらに、行政がやるとすれば国でやるべきなのか地方でやるべきなのか、地方でやるときに県でやるべきなのか市町村でやるべきなのかということを一つずつチェックしていくわけです。
今まで八県四市でやりました平均が六ページにあります。市町村の場合には、引き続きやっぱり市町村でやった方がいいというのが七割、仕分をした結果、ほかの行政機関、要するに県あるいは国でやった方がいいというのが一六%、要らない、あるいはもう民間に任せた方がいいというのが一三%に上ります。それから、県、八県の平均でいきますと、引き続きやっぱり県でやった方が、やるべきなんではないかというのが六割、あとの四割は要らない若しくは、大部分が市町村なんですけれども、市町村に任せた方がいいということになってあります。平均すると十何%かになります。
雑な議論にはなりますけれども、もし地方財政計画、これが八十数兆円あるいは九十兆円弱ですから、これに当てはめますと、十兆円近くのお金が要らない、あるいは民間でやったらいいということになると、こういうことを今、大分減って二千数百の自治体ですけれども、当てはめていくとそういうことが言えると思います。
ちなみに、この作業は大体二泊三日ぐらいの合宿形式でやります。ですから、まあ二、三日やっただけで十兆円ぐらいの予算が切れる、しかもそれはその当該自治体の職員も納得ずくの上でこれぐらいのことができるんだということ。しかも、これは先ほど申し上げましたけれども、今百個のことをやっている、その百個が八十個でいいんじゃないかという作業だけなんですね。一個ずつが一億円が八千万でできるんじゃないかという議論はこの中に含まれていないわけです。ですから、それを更にやるともっと実は要らないなあということが縮まるんじゃないかということであります。
それをもう少し詳しく項目別に並べましたのが七ページであります。これは新潟の例です。
議会、総務、警察、県民生活・環境、土木、これは新潟県での予算のくくり方なんですけれども、この辺は最大項目が引き続き県ということです。それから、教育になりますと六割は市町村に移した方がいいということになりますし、産業労働になりますと七割はもう要らないんじゃないかということでありますし、地方労働ですと、これは一〇〇%国にやってもらった方がいいという結果に出ております。
以上が仕分の話であります。要するに、項目を切っていきましょうという作業です。
それから、八ページですけれども、これは最初の三ページの四角の中で項目を見直していく場合の事業の二番目の、事業の効率による見直しのところです。要するに、民間でできることであれば民間と、最近市場化テストというようなことも言われていますけれども、民間と行政がやるのとどっちがコストを効率よくできるのか、コストを安くできるのかというものを比較するに当たって、これは民間企業では財務諸表というのを作っています。いわゆるバランスシートとか損益計算書というものですけれども、それと同じような発生主義会計でもっていろんなコストを全部総合計していくとどうかということであります。
八ページの真ん中に横長の四角い絵が並んでおりますが、支出コスト、発生コスト、間接コスト、総コストがあって、さらに機会コストがあってフルコストと書いてあります。今の、現在の歳入歳出による予算で数字が出てくるのはこの支出コストのところだけなんですね。そこに対して減価償却、あるいはそこで働いている人の退職金をちょっとずつ積み立てていかないといけない。ですから、今すぐに払わなくてもいいけれども、既に実は発生してしまっているんですよというコストを上に乗せていく。それから、間接的な人件費などを乗せていきます。それが間接コストです。それを合計すると総コストというのが出てきます。更に考えるとすると、そこの建物を使って、その建物をもしほかの用に使ったらもっともっと有効なことができるんではないかといったような機会コスト、これを全部勘案するとフルコスト、ここまでやるかどうかという話があります。
具体的にそれを応用している自治体があります。九ページ、次のページを見ていただきますと、群馬県の太田市、これは構想日本でもう四、五年前からいろいろ一緒にこういうことをやっております。これは給食の例なんですけれども、そうやってそのフルコストを出していきますと、右の絵ですね、今の小学校の平均の給食一食当たりのコストで四百八十九円、これが民間委託した場合には三百九十一円、百円ぐらい減るということであります。もちろんこの給食の場合には単にコストを比較するだけじゃなくて、じゃ健康とか栄養などの面で本当にビジネスベースのものに任せていいのかという検討はもちろん別途必要であります。
これと同じ配慮というのは常に必要でして、私は常々思っていますのは、例えば国有地の売却というのがどんどん進んでおります。しかし、あれは本当に売って、そこに民間の大したことない建物を一杯、高層ビルを建てるのがいいのか、むしろそれは緑地として置いとく方がいいんではないかとか、あるいは、今それこそ文科省、会計検査院が今建物を取っ払って、あそこは民活でいろいろ建物を建てようということですけれども、私は本当に、そういう国有地に民活という名の下にビルを、高層ビルを建てるということが本当に長期的に見ていいのかどうかということには、実はかなり懐疑的でもあります。
そういう、例えば今官邸、余談になりますけれども、官邸はそのまま残すわけですけれども、旧人事院ビルにしても、歴史的価値というものはなかなか民間では考慮の中に入ってこない、そういうものは官の手の中でこそもっと考えるべきではないのか。
我々は、例えばロンドンとかパリ、アメリカでもそうですけれども、そういうところに行って相手省庁の役所に行く、そこのいろんな歴史があるわけですね。そういうものの中にやはりその国の民主主義の歴史というものも考えたりするわけですから、私は、そういう意味での日本の政治に対する、あるいは行政に対する外国の人の敬意というものも込みで本当は考えないといけない。
ですから、コストの話が大事だという話を申し上げている一方で、余談として逆のことを申し上げる、変なことを申し上げるようなことでありますけれども、そういうことも考えた上で、しかし一方でコストはコストとしてきっちり考えてやらないといけない、両建てで正に考えて御議論していただくのが国会の役割だと思っているものですから、余談ながら申し上げました。
そういうことを含めて、この群馬県の太田市では、この予算に反映して、現に次の予算を組むという作業に生かしていっております。
一ページめくっていただきますと、これは先ほどの三ページ目の元の話に戻りますと、今の事業のチェック、それから太田市のフルコストを出して民間と比較していく、これが事業の範囲を考えていく上での作業ですけれども、もう一つの、じゃ、ある行政サービス、事業が一億円でやっていることが七千万でできるんじゃないかという今度は金額のチェックの方の例であります。
十ページは、これは長野県の栄村という、割合最近マスコミにも登場して注目されている村ですけれども、小さい過疎地であります。過疎地では、小さい村の例ではあるんですけれども、しかしこれは特殊な例ということではなくて、こういうことは私は国のレベルでもできると思いますし、たしか私の記憶では、塩川財務大臣のときに、塩川さんがこの栄村の話をお聞きになって、担当主計官か主査に見てこいと言われて、財務省から見に来られましたということをこの村長さんがおっしゃっていました。その二つの例を挙げてあります。
道路建設で、通常の道路構造令あるいはその補助金をもらう補助基準に従って道路を造ると一メーター当たり大体十一万円余り掛かるであろうというところを、いろいろ工夫してやったところ、一・九万円でできたという話であります。これはもちろんその幅を少し狭くする、雪の多いところですから除雪車が通る必要はある、しかし、道路構造令で定められて、それに従えば補助金をくれるとはいうものの、そこまで、例えば幅が六メーターとか広い道路は要らないんではないか、もう少し生活道路だから簡単なものでいいということで工夫すると一・九万円でできたということであります。
さらに、実はこの長野県の今度は一番南の端に下條村というところがあります。ここの伊藤さんという村長もなかなかの人でありまして、ここもお金のない過疎地なものですから、ここは何ともっと過激なことをやりまして、砂利とかセメントとか材料だけは村が提供する、しかしその工事はもう、そういう小さいところでも土建屋さんは結構いるわけですから、その土建屋さんを含めて工事はもうやってくれということでやったところ、何と三千八百円でできたという数字があります。これは実際の数字であります。
ですから、この栄村でも六分の一近くになっているわけです。これほど過激じゃないにしても、こういう工夫というのは本当はいろんなところでできるということです。
右の例は、同じことを農地整備についてやったということです。
ちなみに、日本には道普請という言葉が今でもあります。これは下條村のように、要するに道を直したり造ったりというのは、もうそういうパブリックなことは今はすべて官、すなわちガバメントがやりますけれども、元々パブリックなことはパブリック、公共的なことは、もう一つのパブリックの意味であります大衆、民衆ですね、パブリックなことは、民衆という意味での、住民という意味でのパブリックがやるというのが道普請という言葉の私は語源だと思っております。
ですから、パブリックなことはすべて官、ガバメントがやるという必要はない。むしろ、そうじゃないことでいろいろ知恵を出すと安くできる。必ずしもビジネスとして民間に任せるという、よく経済学者が言うような単純な議論ではなくて、パブリックなことはパブリック自らがやるという原点に戻ってやるということ、これがここで出てきている数字の私はその基にあるんだと思います。
十一ページは、それと同じことなんですけれども、材料費あるいは機械代、舗装代ということに分けてやりました。
実はここで、最初の三ページの絵の、一番最初に申し上げました、個々のコストとか項目以上に何が大事かというと、その背後に実はいろんなルールがある。国から補助金をもらおうと思ったら、例えば十一万円掛かるうちの半分ぐらいは補助金が来るわけですけれども、それでも残りの半分、五、六万円は自分で出さないといけない。そこで、それもお金がないから工夫してやると一・九万円でできたというわけですね。
それで、なぜ十一万円掛かるのか。五万円もらおうと思ったら、国で決められています車道の幅とか路肩の幅とか歩道の幅だとか、あるいはカーブのきつさの上限、勾配の上限、そういうものが事細かく決まっているわけですね。それを全部否定するわけではないんですけれども、必ずしもそれは現場、現地にどうしても必要なものでもないわけですけれども、やはり日本全国一律一元的に決まるとそういうふうになってしまう。
そういう一律に決まっているルールの下でやることで掛かってしまうコストがいかに多いかということを少し詳しく書いたのがこの十一ページであります。
次の十二ページから十三ページについてでは、これは十二ページはちょっと分かりにくいんですが、「事業のシフトを阻む国の関与・規制」と書いてあります。これは何かといいますと、新潟県の例なんですが、新潟県で事業仕分をやったところ、本当は市町村でやった方がいいんだけれども、しかし市町村ではやれない、県でやることになっているから県でやっているというものです。
十三ページは、同様に「県が自主的に事業内容を決めることを阻む」と書いてあります。要するに、本当は県がもう少し、先ほどの長野県栄村のように、中身をもっと自分なりに工夫してやりたいけれども、しかしこの仕事をやるんならこういうやり方、こういう中身でやれということが非常に事細かく決まっている。だから、結果的に無駄なお金も掛かっているというものの例であります。
例えば、上から二番目の農地のところです。県営圃場整備工事費、これは百九十一億円掛かっております。これは、もう少しいろいろ県が自主的にその中身を考えると安くできるかも分からない。ところが、その根拠規定というのがずっと長く書いてあります。土地改良事業関係補助金交付要綱あるいは事業実施要綱とあります。こういう交付金の要綱でもって非常に事細かく決まっている。だから、この仕事をやろうと思ったらこういうやり方しかない。その結果が百九十一億円。もちろん、これを自由にやったらどれぐらい削れるかという作業をやっておりませんけれども、多分、先ほどの栄村の例のようにかなり削れる部分もあるんではないか。同じように、次の農業水利改良事業負担金百四十六億円。これは土地改良法九十条という根拠規定があるわけです。幾つか下に、土木の例を見てみますと、道路改築費二百四十四億円。それに対して、これも細かい規定がありまして、道路法あるいは道路局所管補助事業採択基準。
ここで分かりますように、法律であったり要綱であったり、何とか基準であったり政令であったり、いろんなレベルがあるわけですけれども、いろんなレベルでの国の非常に詳細な関与・規制があって、そのことが実はコストを高くしているという面がかなりあるということだと思います。
実はそういうことに対して特区のアイデアが出てきていろいろ議論が行われているわけですけれども、実は特区についても、ちょっとこれは本題から外れますけれども、十四ページに、少し、これは去年、一年前のまだ第四次の特区申請の結果までしか書いておりませんけれども、実は特区で認められたものが平均一五%。まだまだ低いわけで、そういうものに対する穴を空けようということで出てきた特区もなかなか進んでいないというのが実態だと思います。
最後の、十五ページですけれども、今、幾つか事業項目として必要ないんじゃないか、あるいは一つ一つの項目を見てもっと安くできるんではないか、そういうことを実は決算の数字からいろんな現場で工夫もやっていますし、それを予算の方に生かしている、あるいはその制度面の改革にも生かそうとしている自治体がいるということを実例でお話をしました。
そんなことを考えると、十五ページに、そこに書いていますけれども、会計検査院あるいは決算における参議院あるいは国会全体の機能強化の議論と並行して、まず、例えばこういう事業仕分なりを実施するということからスタートしてみてはどうでしょうかというのが今日の私からの御提案であります。
いろいろ制度論も考えないといけない。しかし、制度論で片付くわけではないわけですし、最初に申し上げましたように、検査院も大いにいろんな御努力はやっておられると思いますけれども、私も二十数年霞が関で働いておりまして、そのときの実感でも、今の検査院の機能、検査が現在のような非常に大きいレベルでの行政とか財政のチェックあるいは改革につながることになっているとはやはりどうしても思えません。
ですから、それは組織改革も必要ですけれども、こういう具体的な作業をまずやるというのも私は大事なんではないか。これを例えば決算委員会主導でやることから、私はその組織についても実はいろんなものが見えてくるのではないかなと思っております。そんなことを是非実現できたらと、大いに期待しております。
ちなみに、事業仕分については埼玉県の越谷市で、今月中ですけれども、今度は議会主導でこの事業仕分をやる予定になっております。このことなんかも参考になると思いますし、私は是非この委員の皆様方の何人かでも今度のこの越谷の仕分の作業をごらんになっていただきたいなと、こんなふうにも思います。
以上で終わります。ありがとうございました。
この発言だけを見る →今日は会計検査院の機能強化というテーマで三十分ほど時間をいただきました。
率直に申し上げまして、今、日本で行財政改革、いろんな面から改革が必要だと言われておりますけれども、この決算というところに光を当てて、それで何をどうやっていけばいいか、いろいろ議論は行われていますけれども、なかなか効果のある対策、手だてが打たれていないのが実態だと思います。
前回のこの参考人質疑、それから今日もう一人の西川参考人からいろいろ制度についての詳細な、精緻なお話というのはあると思いまして、私はむしろそうではなくて、どういうことを具体的にやればいいのか。
国会あるいは政府、国のレベルになってきますと、規模が大きい、あるいは組織が非常に固いだけになかなか物事は進みにくい。それに対して、市町村あるいは都道府県といったもっと現場に近いところは、これは例えば首長は日々実際の実務に直面して、毎年予算をつくり、その決算を締めていかないといけない。そういう実態に直面しているだけに、むしろ気の利いた首長がいるところではいろんな手を打っております。そういうことについて構想日本も今までいろいろお手伝いをしてきております。そういうことの具体的な例をお話しして、是非この決算委員会から具体的なこれをやろうというようなことが出る、そのための一助になればと思って伺いました。
前提として、今日は私は、検査院はこうあるべきではないか、あるいは決算委員会、国会というのがもっとこういう役割を果たすべきではないかということは余り申し上げませんが、前提として、せっかく先ほど、御自身も私は乱暴な司会しますからと委員長おっしゃっていただきましたし、大変パワフルな委員長を始め委員の方がいらっしゃるわけですから、私の前提として、残念ながら今の会計検査院あるいはこの国会の決算委員会が、細かいいわゆる法律にのっとった形での決算のチェックというものは、これは非常にちゃんとおやりになっておられるわけですけれども、改革、行政改革あるいは財政改革、財政の健全化というものを進めていく上で何か有効な手だて、有効なことをやっているかどうかと言われると、ほとんど無力に等しいと、そういう前提でお話をしたいと思います。
決算の機能強化、資料をお配りいたしました。お届けしております十数枚の資料です。ざっとこれに沿ってお話をしていきたいと思います。
最近、日本だけじゃなくて各国でこの決算というものをもっと機能を強化していこうという議論が行われております。日本でもそうだと思います。いろんなニュー・パブリック・マネジメント、あるいはその一環としての行政評価とか、予算をインプット型からアウトプット、アウトカム型に変えていこうとか、いろんな議論が行われております。そういう中の関連で決算というものが注目されているんだと思いますが、今、先ほども申し上げましたように、組織をどうするかこうするかの前に、どういう視点で決算の検査を行うか、要するに何をチェックするのかということがもう少し議論されていいんだと思います。
それで、何を議論するかというところで、資料の二ページ目の下半分に挙げておりますけれども、三つの視点があるんだと思います。
一つは、そもそも今、行政、国であれ地方であれ、行政で行っているその事業が、行政がやるべきなのか、要るのか要らないのか。もし、どこそこでこういう行政サービスを行っている、事業をやっているとすれば、それはそこの省がやっていることが適切なのか、あるいは自治体、ほかの官庁でやる方がいいんではないかという意味での行政のチェック、あるいはその主体のチェック。
それから、二番目が税金の使い方のチェックであります。これはこれまでも会計検査院が行ってきていることでもありますし、あるいは数年前から検査院が経済性、効率性の検査をやろうということを言ってあります。そういうことが含まれる。あることをやるのに、例えば一億円でやっている、その一億円で、本当に必要なのか、七千万円ぐらいでできるんじゃないかといったたぐいのことであります。
それから、三番目でありますけれども、これはほとんど議論されていないと思いますけれども、実はその二つの、その事業が必要かどうか、あるいはお金がちゃんと使われているかどうかの背後にある国のいろんなルール、規制、関与、決まり事。それは、計画とか法律、政令、要綱、通達、基準、いろんな言葉で網の目のように掛かっているそのルールですね、コントロール、それが果たして必要なものなのか、適切なものなのか、やめた方がいいんじゃないか。ここまでやはり及ばないといけない。この三番目が実は私は、改革というものを、制度を変えていくという上ではこの三番目が非常に大事だと思っております。
それで、今回のお題が検査院ということですけれども、検査院の強化ということですけれども、私は本来は、この会計検査院というものはこの三番目のことを、これは、例えば国会が中心になって議論していくに当たって、それの材料提供者、非常に強力な材料提供者であるべきであると、こんなふうに思っております。
具体的にちょっとお話をします。
三ページを見ていただきますと、四角い箱が真ん中にあります。これは縦と横と軸が、横の軸は何かといいますと、これは事業の範囲、先ほどの三つの視点の最初のところであります。
例えばこれは、今、ある行政官庁あるいは県でも市でもいいわけです、百個の仕事をしている、その百個の仕事が本当に必要なのか、そのうちの二十個は要らないんじゃないか、八十個でいいんじゃないかという、このグレーの部分は百個から八十個あるいは七十個でもいいんじゃないかというチェックをしましょうということです。
それから、縦ですね、現在の事務コスト。先ほどの二番目の視点であります。これは、百個を八十個にしました、じゃ残りの八十個、ある項目を取ると一億円今掛かっている、その一億円が本当に適切であるのか、それが実は七千万でできるんではないかというチェック、両面のチェックをしていかないといけないということです。
前回の参考人質疑での議事録も拝見いたしました。そこではバリュー・フォー・マネーという言葉が頻繁に出てきました。これも大事な視点でありますけれども、私はそのバリュー・フォー・マネーの前に、そもそも今やっていることが項目として必要かどうかということのチェックも必要なんだと思います。
それで、まず横軸ですね、百個のものが八十個でいいんじゃないかというものを二つの視点で具体的な例を挙げて見ていきたいと思います。
一つは、その事業の性格、性質による見直し、もう一つは、その事業の効率による見直し。性質というのは、そもそもそれが行政が、あるいは官がやる話なのかどうなのかという視点です。もう一つの効率というのは、官でも民でももしやれることであれば、じゃどっちがやるのが効率よくお金、金額でいうと安くやれるのかという、この二つであります。
まず、最初の性質による見直しについてですけれども、一枚めくっていただきまして、四ページです。構想日本、そこの下の箱の中に書いてありますが、今まで十二の自治体、八県四市で、どこでやったかといいますのは六ページの一番下の星印のところに書いてあります。八県四市で事業仕分というものをやってきました。そこで、例えばある都道府県を見ると、そもそも要らない、あるいは民間でやったらいい、県じゃなくて国でやったらいいんじゃないか、あるいは県じゃなくて市町村でやったらいいんじゃないか、こういう仕分をやっていきます。
どうやってやるかというのは細かくなりますので割愛いたしますけれども、要するに、そこの都道府県のそれぞれの予算書を持ってきて、それで、例えばここは教育の班だ、こっちは福祉の班だ、班ごとに分けて、それでその県の担当者に予算の項目の一項目ずつ説明をしていきます。
予算というのは、例えば国の予算でも同じですけれども、予算の項目というのは全部ほとんど漢字なんですね。漢字が七つ、十二、ざあっと並んで、それを見ても分からないわけです。ですから、例えば青少年育成対策何とか費とあっても、青少年を育成するための予算が一億円というともっともらしいんですが、実は、中身は何ですかというと、具体的にあった例ですけれども、どこかの公園に子供を連れていって小馬に乗せているというふうな話があるわけですね。それは本当にそんなものを市とか県がやる話なんでしょうかねという、その中身を聞かないとなかなか本当にそれが必要なことかどうか分からない。ところが、実際には、職員の話を聞いていると、ほとんど七文字熟語、十二文字熟語でしか考えていなくて、中身がほとんど議論されていないということが多いわけですね。それで、去年一億円付いているから今年は一億一千万付けましょうみたいな話でずっと来ている。ですから、中身を一つ一つチェックすると、実は職員自体も、いや、そうですね、よく考えるとこんなこと余り要らないかも分からないですね、あるいは県でやらなくてもこれは市町村の方がいいかも分からないですねというふうなことになってくるわけですね。そういうことを、我々が押し掛けていって、それで外から言わば挑み掛かって、ほとんどけんかを売り付けるような感じで要らないじゃないかというようなことを議論していく、それがこの事業仕分であります。
それをもう少し詳しく書きましたのが五ページの絵であります。今の事業が不要か必要か、必要であればそれは民間でもやれるんじゃないか、あるいは行政がやるべきなのか、そのチェックするときには、下に書いていますように、民業を圧迫していないのか、あるいは民間の方がより効率的にできないのか、あるいは採算、お金が掛かり過ぎるようであればやらなくても済むような事業なのか、それでもやっぱりやらないといけないのかというようなこと、さらに、行政がやるとすれば国でやるべきなのか地方でやるべきなのか、地方でやるときに県でやるべきなのか市町村でやるべきなのかということを一つずつチェックしていくわけです。
今まで八県四市でやりました平均が六ページにあります。市町村の場合には、引き続きやっぱり市町村でやった方がいいというのが七割、仕分をした結果、ほかの行政機関、要するに県あるいは国でやった方がいいというのが一六%、要らない、あるいはもう民間に任せた方がいいというのが一三%に上ります。それから、県、八県の平均でいきますと、引き続きやっぱり県でやった方が、やるべきなんではないかというのが六割、あとの四割は要らない若しくは、大部分が市町村なんですけれども、市町村に任せた方がいいということになってあります。平均すると十何%かになります。
雑な議論にはなりますけれども、もし地方財政計画、これが八十数兆円あるいは九十兆円弱ですから、これに当てはめますと、十兆円近くのお金が要らない、あるいは民間でやったらいいということになると、こういうことを今、大分減って二千数百の自治体ですけれども、当てはめていくとそういうことが言えると思います。
ちなみに、この作業は大体二泊三日ぐらいの合宿形式でやります。ですから、まあ二、三日やっただけで十兆円ぐらいの予算が切れる、しかもそれはその当該自治体の職員も納得ずくの上でこれぐらいのことができるんだということ。しかも、これは先ほど申し上げましたけれども、今百個のことをやっている、その百個が八十個でいいんじゃないかという作業だけなんですね。一個ずつが一億円が八千万でできるんじゃないかという議論はこの中に含まれていないわけです。ですから、それを更にやるともっと実は要らないなあということが縮まるんじゃないかということであります。
それをもう少し詳しく項目別に並べましたのが七ページであります。これは新潟の例です。
議会、総務、警察、県民生活・環境、土木、これは新潟県での予算のくくり方なんですけれども、この辺は最大項目が引き続き県ということです。それから、教育になりますと六割は市町村に移した方がいいということになりますし、産業労働になりますと七割はもう要らないんじゃないかということでありますし、地方労働ですと、これは一〇〇%国にやってもらった方がいいという結果に出ております。
以上が仕分の話であります。要するに、項目を切っていきましょうという作業です。
それから、八ページですけれども、これは最初の三ページの四角の中で項目を見直していく場合の事業の二番目の、事業の効率による見直しのところです。要するに、民間でできることであれば民間と、最近市場化テストというようなことも言われていますけれども、民間と行政がやるのとどっちがコストを効率よくできるのか、コストを安くできるのかというものを比較するに当たって、これは民間企業では財務諸表というのを作っています。いわゆるバランスシートとか損益計算書というものですけれども、それと同じような発生主義会計でもっていろんなコストを全部総合計していくとどうかということであります。
八ページの真ん中に横長の四角い絵が並んでおりますが、支出コスト、発生コスト、間接コスト、総コストがあって、さらに機会コストがあってフルコストと書いてあります。今の、現在の歳入歳出による予算で数字が出てくるのはこの支出コストのところだけなんですね。そこに対して減価償却、あるいはそこで働いている人の退職金をちょっとずつ積み立てていかないといけない。ですから、今すぐに払わなくてもいいけれども、既に実は発生してしまっているんですよというコストを上に乗せていく。それから、間接的な人件費などを乗せていきます。それが間接コストです。それを合計すると総コストというのが出てきます。更に考えるとすると、そこの建物を使って、その建物をもしほかの用に使ったらもっともっと有効なことができるんではないかといったような機会コスト、これを全部勘案するとフルコスト、ここまでやるかどうかという話があります。
具体的にそれを応用している自治体があります。九ページ、次のページを見ていただきますと、群馬県の太田市、これは構想日本でもう四、五年前からいろいろ一緒にこういうことをやっております。これは給食の例なんですけれども、そうやってそのフルコストを出していきますと、右の絵ですね、今の小学校の平均の給食一食当たりのコストで四百八十九円、これが民間委託した場合には三百九十一円、百円ぐらい減るということであります。もちろんこの給食の場合には単にコストを比較するだけじゃなくて、じゃ健康とか栄養などの面で本当にビジネスベースのものに任せていいのかという検討はもちろん別途必要であります。
これと同じ配慮というのは常に必要でして、私は常々思っていますのは、例えば国有地の売却というのがどんどん進んでおります。しかし、あれは本当に売って、そこに民間の大したことない建物を一杯、高層ビルを建てるのがいいのか、むしろそれは緑地として置いとく方がいいんではないかとか、あるいは、今それこそ文科省、会計検査院が今建物を取っ払って、あそこは民活でいろいろ建物を建てようということですけれども、私は本当に、そういう国有地に民活という名の下にビルを、高層ビルを建てるということが本当に長期的に見ていいのかどうかということには、実はかなり懐疑的でもあります。
そういう、例えば今官邸、余談になりますけれども、官邸はそのまま残すわけですけれども、旧人事院ビルにしても、歴史的価値というものはなかなか民間では考慮の中に入ってこない、そういうものは官の手の中でこそもっと考えるべきではないのか。
我々は、例えばロンドンとかパリ、アメリカでもそうですけれども、そういうところに行って相手省庁の役所に行く、そこのいろんな歴史があるわけですね。そういうものの中にやはりその国の民主主義の歴史というものも考えたりするわけですから、私は、そういう意味での日本の政治に対する、あるいは行政に対する外国の人の敬意というものも込みで本当は考えないといけない。
ですから、コストの話が大事だという話を申し上げている一方で、余談として逆のことを申し上げる、変なことを申し上げるようなことでありますけれども、そういうことも考えた上で、しかし一方でコストはコストとしてきっちり考えてやらないといけない、両建てで正に考えて御議論していただくのが国会の役割だと思っているものですから、余談ながら申し上げました。
そういうことを含めて、この群馬県の太田市では、この予算に反映して、現に次の予算を組むという作業に生かしていっております。
一ページめくっていただきますと、これは先ほどの三ページ目の元の話に戻りますと、今の事業のチェック、それから太田市のフルコストを出して民間と比較していく、これが事業の範囲を考えていく上での作業ですけれども、もう一つの、じゃ、ある行政サービス、事業が一億円でやっていることが七千万でできるんじゃないかという今度は金額のチェックの方の例であります。
十ページは、これは長野県の栄村という、割合最近マスコミにも登場して注目されている村ですけれども、小さい過疎地であります。過疎地では、小さい村の例ではあるんですけれども、しかしこれは特殊な例ということではなくて、こういうことは私は国のレベルでもできると思いますし、たしか私の記憶では、塩川財務大臣のときに、塩川さんがこの栄村の話をお聞きになって、担当主計官か主査に見てこいと言われて、財務省から見に来られましたということをこの村長さんがおっしゃっていました。その二つの例を挙げてあります。
道路建設で、通常の道路構造令あるいはその補助金をもらう補助基準に従って道路を造ると一メーター当たり大体十一万円余り掛かるであろうというところを、いろいろ工夫してやったところ、一・九万円でできたという話であります。これはもちろんその幅を少し狭くする、雪の多いところですから除雪車が通る必要はある、しかし、道路構造令で定められて、それに従えば補助金をくれるとはいうものの、そこまで、例えば幅が六メーターとか広い道路は要らないんではないか、もう少し生活道路だから簡単なものでいいということで工夫すると一・九万円でできたということであります。
さらに、実はこの長野県の今度は一番南の端に下條村というところがあります。ここの伊藤さんという村長もなかなかの人でありまして、ここもお金のない過疎地なものですから、ここは何ともっと過激なことをやりまして、砂利とかセメントとか材料だけは村が提供する、しかしその工事はもう、そういう小さいところでも土建屋さんは結構いるわけですから、その土建屋さんを含めて工事はもうやってくれということでやったところ、何と三千八百円でできたという数字があります。これは実際の数字であります。
ですから、この栄村でも六分の一近くになっているわけです。これほど過激じゃないにしても、こういう工夫というのは本当はいろんなところでできるということです。
右の例は、同じことを農地整備についてやったということです。
ちなみに、日本には道普請という言葉が今でもあります。これは下條村のように、要するに道を直したり造ったりというのは、もうそういうパブリックなことは今はすべて官、すなわちガバメントがやりますけれども、元々パブリックなことはパブリック、公共的なことは、もう一つのパブリックの意味であります大衆、民衆ですね、パブリックなことは、民衆という意味での、住民という意味でのパブリックがやるというのが道普請という言葉の私は語源だと思っております。
ですから、パブリックなことはすべて官、ガバメントがやるという必要はない。むしろ、そうじゃないことでいろいろ知恵を出すと安くできる。必ずしもビジネスとして民間に任せるという、よく経済学者が言うような単純な議論ではなくて、パブリックなことはパブリック自らがやるという原点に戻ってやるということ、これがここで出てきている数字の私はその基にあるんだと思います。
十一ページは、それと同じことなんですけれども、材料費あるいは機械代、舗装代ということに分けてやりました。
実はここで、最初の三ページの絵の、一番最初に申し上げました、個々のコストとか項目以上に何が大事かというと、その背後に実はいろんなルールがある。国から補助金をもらおうと思ったら、例えば十一万円掛かるうちの半分ぐらいは補助金が来るわけですけれども、それでも残りの半分、五、六万円は自分で出さないといけない。そこで、それもお金がないから工夫してやると一・九万円でできたというわけですね。
それで、なぜ十一万円掛かるのか。五万円もらおうと思ったら、国で決められています車道の幅とか路肩の幅とか歩道の幅だとか、あるいはカーブのきつさの上限、勾配の上限、そういうものが事細かく決まっているわけですね。それを全部否定するわけではないんですけれども、必ずしもそれは現場、現地にどうしても必要なものでもないわけですけれども、やはり日本全国一律一元的に決まるとそういうふうになってしまう。
そういう一律に決まっているルールの下でやることで掛かってしまうコストがいかに多いかということを少し詳しく書いたのがこの十一ページであります。
次の十二ページから十三ページについてでは、これは十二ページはちょっと分かりにくいんですが、「事業のシフトを阻む国の関与・規制」と書いてあります。これは何かといいますと、新潟県の例なんですが、新潟県で事業仕分をやったところ、本当は市町村でやった方がいいんだけれども、しかし市町村ではやれない、県でやることになっているから県でやっているというものです。
十三ページは、同様に「県が自主的に事業内容を決めることを阻む」と書いてあります。要するに、本当は県がもう少し、先ほどの長野県栄村のように、中身をもっと自分なりに工夫してやりたいけれども、しかしこの仕事をやるんならこういうやり方、こういう中身でやれということが非常に事細かく決まっている。だから、結果的に無駄なお金も掛かっているというものの例であります。
例えば、上から二番目の農地のところです。県営圃場整備工事費、これは百九十一億円掛かっております。これは、もう少しいろいろ県が自主的にその中身を考えると安くできるかも分からない。ところが、その根拠規定というのがずっと長く書いてあります。土地改良事業関係補助金交付要綱あるいは事業実施要綱とあります。こういう交付金の要綱でもって非常に事細かく決まっている。だから、この仕事をやろうと思ったらこういうやり方しかない。その結果が百九十一億円。もちろん、これを自由にやったらどれぐらい削れるかという作業をやっておりませんけれども、多分、先ほどの栄村の例のようにかなり削れる部分もあるんではないか。同じように、次の農業水利改良事業負担金百四十六億円。これは土地改良法九十条という根拠規定があるわけです。幾つか下に、土木の例を見てみますと、道路改築費二百四十四億円。それに対して、これも細かい規定がありまして、道路法あるいは道路局所管補助事業採択基準。
ここで分かりますように、法律であったり要綱であったり、何とか基準であったり政令であったり、いろんなレベルがあるわけですけれども、いろんなレベルでの国の非常に詳細な関与・規制があって、そのことが実はコストを高くしているという面がかなりあるということだと思います。
実はそういうことに対して特区のアイデアが出てきていろいろ議論が行われているわけですけれども、実は特区についても、ちょっとこれは本題から外れますけれども、十四ページに、少し、これは去年、一年前のまだ第四次の特区申請の結果までしか書いておりませんけれども、実は特区で認められたものが平均一五%。まだまだ低いわけで、そういうものに対する穴を空けようということで出てきた特区もなかなか進んでいないというのが実態だと思います。
最後の、十五ページですけれども、今、幾つか事業項目として必要ないんじゃないか、あるいは一つ一つの項目を見てもっと安くできるんではないか、そういうことを実は決算の数字からいろんな現場で工夫もやっていますし、それを予算の方に生かしている、あるいはその制度面の改革にも生かそうとしている自治体がいるということを実例でお話をしました。
そんなことを考えると、十五ページに、そこに書いていますけれども、会計検査院あるいは決算における参議院あるいは国会全体の機能強化の議論と並行して、まず、例えばこういう事業仕分なりを実施するということからスタートしてみてはどうでしょうかというのが今日の私からの御提案であります。
いろいろ制度論も考えないといけない。しかし、制度論で片付くわけではないわけですし、最初に申し上げましたように、検査院も大いにいろんな御努力はやっておられると思いますけれども、私も二十数年霞が関で働いておりまして、そのときの実感でも、今の検査院の機能、検査が現在のような非常に大きいレベルでの行政とか財政のチェックあるいは改革につながることになっているとはやはりどうしても思えません。
ですから、それは組織改革も必要ですけれども、こういう具体的な作業をまずやるというのも私は大事なんではないか。これを例えば決算委員会主導でやることから、私はその組織についても実はいろんなものが見えてくるのではないかなと思っております。そんなことを是非実現できたらと、大いに期待しております。
ちなみに、事業仕分については埼玉県の越谷市で、今月中ですけれども、今度は議会主導でこの事業仕分をやる予定になっております。このことなんかも参考になると思いますし、私は是非この委員の皆様方の何人かでも今度のこの越谷の仕分の作業をごらんになっていただきたいなと、こんなふうにも思います。
以上で終わります。ありがとうございました。
鴻
西
西川伸一#5
○参考人(西川伸一君) 明治大学の西川と申します。
本日は意見陳述の機会を与えていただき、誠にありがとうございます。大変光栄に存じます。
さて、我が国の会計検査院の機能強化について意見を述べよということでございます。これにつきまして、まず私の結論を先に申し述べます。
会計検査院の機能を強化するためにはその独立性がきちんと確保されなければならない、それが達成されれば行政統制に対する会計検査院の持つ潜在力が顕在化するというのが私の結論です。
では、会計検査院の独立性をいかにして強化するか。そのための私の試案、試みの案ですが、は次の三点です。
第一に検査官人事の在り方を考え直すこと、第二に調査官は特別職とし独自の職員採用試験を実施すること、そして第三に会計検査院からのいわゆる天下りをなくすこと、これら三点を中心に意見を述べたいと存じます。
配付いたしましたレジュメに沿ってお話しいたします。
一として、「「独立」に関する法律の規定」でございます。まず、法律上、会計検査院はどのように位置付けられているかを確認いたします。条文はすべて配付いたしましたレジュメの一ページに掲げてございます。
憲法九十条二項に「会計検査院の組織及び権限は、法律でこれを定める。」とうたっております。これに従って、会計検査院法一条は「会計検査院は、内閣に対し独立の地位を有する。」と定めています。この院法一条の規定が会計検査院を理解する上で極めて重要なものだと考えます。この条文によって会計検査院は国家行政組織法を根拠とする国の行政機関ではないことが明確にされているからです。
これに対して、各省の設置法はどうなっているかと申しますと、例えば総務省設置法一条は「この法律は、総務省の設置並びに任務及びこれを達成するため必要となる明確な範囲の所掌事務を定めるとともに、その所掌する行政事務を能率的に遂行するため必要な組織を定めることを目的とする。」とあり、続く二条では「国家行政組織法第三条第二項の規定に基づいて、総務省を設置する。」と設置の根拠規定が示されています。他の省庁の設置法も条文は全く同じでございまして、総務省という名称が法務省なり外務省なりに変わるにすぎません。
次に、各省の設置法で言及されているこの国家行政組織法三条二項の規定でございますけれども、「行政組織のため置かれる国の行政機関は、省、委員会及び庁とし、その設置及び廃止は、別に法律の定めるところによる。」となっています。さらに、国の行政機関とは何かにさかのぼりますと、国家行政組織法一条に「この法律は、内閣の統轄の下における行政機関で内閣府以外のもの(以下「国の行政機関」という。)の組織の基準を定め、もつて国の行政事務の能率的な遂行のために必要な国家行政組織を整えることを目的とする。」とあります。ということは、会計検査院は内閣の統括の下における行政機関ではないということになります。「内閣に対し独立の地位を有する。」という会計検査院法一条の規定はこのように読み替えることができます。
レジュメの二ページに行っていただきまして、二として、「検査官人事のあり方を改める」という項目でございます。そのaといたしまして、「検査官の出身母体」でございます。
会計検査院の組織で特徴的なことは、レジュメの二ページの組織図にもありますとおり、意思決定機関と検査実施機関を明確に分けている点です。慎重な意思決定と公正な判断を確保するというねらいから、このような体制を取っています。
意思決定機関として検査官会議が置かれており、それは三名の検査官から構成されています。三名の中から会計検査院長が互選されます。検査実施機関としては事務総局があり、事務総長、事務総局次長以下、事務総局官房と五つの局から成っています。千二百名を超える職員がここに所属しています。このうち、現場で検査実務に携わる調査官、調査官補は約八百五十名ほどでございます。
繰り返しになりますが、会計検査院の仕事は各省庁、団体に対する批判を旨とするため、十分な吟味を必要とします。そこで、会計検査院は慎重な意思決定と公正な判断を確保するため、最高意思決定機関として検査官会議という合議制の機関を置いています。これに出席するのは三名の検査官と事務総長です。
ここで注目したいのは、検査官の位置付けです。それは各省庁の大臣に近いものがあります。会計検査院法第四条第一項で、「検査官は、両議院の同意を経て、内閣がこれを任命する。」と定めてあり、同第四項で、「検査官の任免は、天皇がこれを認証する。」となっています。要するに、検査官は国会承認人事であり、かつ認証官と位置付けられています。
それでは、いかなる人物が検査官になるのか。検査官三名の出身母体は事実上ほぼ固定されています。一つは会計検査院プロパー枠、現在の森下伸昭院長はこれに当たります。もう一つは学識経験者枠、大塚宗春検査官は早稲田大学教授出身です。さらには官僚出身者枠、西村正紀検査官は元総務事務次官です。
代々、会計検査院出身者が検査官三ポストのうちの一つを必ず占めてきました。
学識経験者枠は比較的新しいもので、大塚検査官の前任の金子晃検査官、この方はその後、院長になりますけれども、から始まっています。国会内で民間有識者を検査官に起用しようという機運が高まり、実現したものです。それ以前は衆参の事務総長を退任した方がリレーして務めていました。まあ国会職員枠だったと言えます。
また、官僚出身者枠を見ますと、代々、旧大蔵省高級官僚が横滑りするポストでした。ところが、九六年にこの枠の退任者が出た際に、大蔵OBへのリレーについて国会内から異が唱えられました。例えば、当時の大蔵改革を論議する中で適正を欠くなどです。その結果、元総務庁事務次官の杉浦力氏が任命され、その後任には、先ほども申しました元総務事務次官の西村氏が任命されました。
レジュメの三ページに移ります。bといたしまして、「行政府出身検査官の問題性」というところです。
次に、会計検査院の独立性を確保する上で、検査官人事の在り方は適切と言えるのかという点を検討いたします。
以前のように、そのポストが旧大蔵省と国会職員OBの言わば植民地という事態はもちろん好ましくありません。今では改善が見られますが、霞が関の官僚OBが一ポストを握っていること自体は同じであります。もちろん官僚イコール悪というわけではございません。しかし、行政府を監視する組織の最高意思決定機関に行政府出身者がいるというのは、身内が身内を検査していると受け取られかねません。独立性を確保するための制度設計としては問題があるのじゃないかと考えます。外部からの行政統制という点に会計検査院の存在理由があると考えています。
関連して、事務総局にも財務省からの出向人事が行われていることを指摘しておきます。
昨年四月一日付けで辞職された事務総局次長は財務省からの出向者でした。そして、この方が例外というわけではなく、慣例のように財務省は代々キャリア官僚を会計検査院に送り込んできています。彼らは会計検査院の中で要職を歴任し、局長、さらには事務総局次長にまで上り詰めます。過去には事務総長まで務めた例もあります。昨年十二月の財務省人事で、財務省のキャリアが会計検査院官房審議官に異動になりました。恐らくこの方も局長、そして事務総局次長という出世コースを歩むと予想されます。
事務総長が名誉職的ニュアンスを持っているのに対して、事務総局次長は事務総局の実務を取り仕切るポストです。そのポストに行政府からの出向者を頂く、このことについても検査官に行政府出身者が就くのと同じ問題性が指摘できると思います。すなわち、身内同士の検査とみなされかねず、独立性の確保と両立しないと言えます。
確かに、出身が行動を決めるわけでありません。しかし、事務総局次長を財務省からの出向者が占めていては、いかに検査が公正に行われ厳正に決算検査報告が作成されたとしても、公正らしさに疑問を残すのではないかと考えます。
cといたしまして、「プロパー出身検査官の問題性」というところに進みます。
話を検査官人事の在り方に戻します。
もう一つ問いたいのは、会計検査院出身者が当然のように検査官の一ポストを占めていることは果たして問題がないのかという点です。
先ほど検査官は各省庁の大臣に近い存在だと申し上げました。各省庁の官僚がそのまま大臣ポストに座るということは考えられません。言うまでもなく官僚組織はプロフェッション(専門家)集団です。その頂点にアンプロフェッション、非専門家である大臣あるいは長官を頂くことで組織の健全さが保たれることになります。大臣をプロパーから起用しない理由は、あるいは意味はここにあります。
その反面教師が戦前の統帥権の独立です。プロフェッションにはその活動領域を超えないという禁欲が求められるのですが、プロフェッションの自覚に頼っていてはそれが困難であることを歴史は教えています。だからこそ、ミリタリープロフェッションに対するシビリアンコントロールが必要とされるのです。専門家の暴走を抑えるためには、言わば必要悪として非専門家によるチェックが欠かせません。
その観点からして、プロパー出身検査官という現状は妥当と言えるのか。具体的には、検査官会議と事務総局の緊張関係、チェック・アンド・バランスは機能しているのかということでございます。
例えば、プロパー出身の検査官と事務総局幹部の間で会計検査院の重要事項が事前に決定されてしまって検査官会議がないがしろにされることはないのだろうか。あるいは、検査官会議には事務総長も出ていますので、プロパー出身の検査官と事務総長で検査官会議を事実上主導していることはないのだろうか。まあそのようなことはないかと思いますけれども、少なくともそういう疑いを抱いてしまう検査官人事になっています。
では、どうすればいいのか。ここからは言わば大いなる暴論ですけれども、検査官には三名すべて、霞が関からも国会からも、さらには会計検査院からも無縁な人材を起用してはどうかと考えます。出身母体のしがらみのないノンプロフェッションを頂点に据えるのです。そのパイオニアで慶応大学教授から検査官となった金子晃氏は、決算検査報告の早期提出などの実績を残しました。学識経験者のみならず、民間企業の幹部やベテランの公認会計士などを起用してはどうかと思います。いずれにせよ、重要なのは会計検査院の独立性を疑わせるような検査官人事の在り方は改めるべきであるということです。
三といたしまして、「特別職とし独自の採用試験を」というところに進みます。
既に確認しましたとおり、会計検査院法では独立をうたっています。ところが、他の法律ではそれと矛盾して、会計検査院を事実上国の行政機関として扱っています。例えば、国家公務員法第二条第三項には特別職公務員に該当する職が列挙されていますが、検査官を除く会計検査院の職員はここに規定されていません。つまり、一般職の扱いで国家公務員法の下に置かれています。国の行政機関ではない会計検査院にとって、これはおかしいのではないかと考えます。一般職ということは、会計検査院の検査対象となる国の行政機関の言わば身内ということです。これでは政策の妥当性にまで踏み込んで評価するのは難しいのではないか。やり過ぎたら霞が関で孤立してしまうという声も聞かれます。
そこで、調査官には法律によって裁判官並みの独立性が保障されるべきではないかと考えます。つまり、国家公務員法第二条第三項に調査官を加え、さらに特別職としての調査官の権限を定めた法律をつくるべきではないかと考えます。
また、一般職であるために、職員の採用は国家公務員試験に基づきます。国の行政機関ではない会計検査院が国の行政機関の採用試験によって職員を採用しているという矛盾した事態があります。こうなると、国家公務員になりたい人が各省庁に面接に訪れる一環として会計検査院にも出向き、採用されるということも起こり得ます。彼らに果たして会計検査院は行政府から独立した機関であるという意識があるのでしょうか。他の省庁と同じ試験で入るのですから、会計検査院も国の行政機関の一つだと誤解する人もいるのじゃないでしょうか。入口の時点で独立の気概がそがれているように感じます。
ちなみに、衆議院法制局、参議院法制局の職員は国会職員法の下にありますが、そのⅠ種職員は国会職員採用試験とは別途に行われるそれぞれ独自の試験によって採用されます。衆参の法制局の定員はそれぞれ八十名に満たない程度です。千二百名以上の職員を擁する会計検査院が独自の試験を実施できないはずはないと思います。
四といたしまして、「「独立」をはばむ「天下り」」に進みます。
会計検査院の独立性を阻害している要因として、職員の再就職、すなわち天下りの問題も無視できません。会計検査院はもちろん利権とは無縁の官庁です。所管する外郭団体、監督下に置く業界はありません。
一方で、会計検査院には他の省庁と同様に幹部の早期退職勧奨の慣行があります。そこで、五十代半ばを過ぎると天下り先を探すことになります。しかし、自前の天下り先がないので、それを他の省庁の口利きに頼らざるを得ない。そのため、世話になる省庁に頭が上がらないと伝えられます。もしこれが事実だとすれば、独立性をうたった会計検査院法一条の規定は既に空文化しています。各省庁から天下り先を口利きしてもらっているとなれば、お返しに厳正であるべき検査に手心を加える、本来なら決算検査報告に載せるべき事項を不問に付すということはないのか。論理的には当然このような疑問が生じます。
公務員制度改革大綱の再就職状況全般に係る公表制度に基づき、会計検査院も毎年一回職員の再就職状況を公表しています。昨年の再就職状況はレジュメの三ページから四ページにお示ししたとおりです。中でも注目したいのは、独立行政法人に二名が再就職している点です。九番と十番の方です。
独立行政法人への天下りは、民間への天下りと同列に扱えない深刻な問題をはらんでいます。なぜなら、独立行政法人も会計検査院の検査対象機関であるからです。そこに会計検査院OBが天下っている、しかも監事になっている。監事とは会計監査を職務とするポストです。あくまで推測ですが、会計検査院OBを受け入れる独立行政法人としては、そのねらいは会計検査院の検査情報を得ることへの期待にあるのではないか。一方、調査官の立場としては、大先輩の職場、しかも将来自分が世話になるかもしれない職場に対してフェアな検査を行い得るのか。天下りを共通の利益として現役とOBとでかばい合い、検査をゆがめていることはないのか。
かつて、独立行政法人ではなく特殊法人への天下りを国会でただされた際、当時の矢崎新二会計検査院長は次のとおり答弁しました。レジュメの四ページに引いてございます。「本院は内閣から独立した機関でございまして、会計検査という職責を果たすべく厳格公正な立場を守らなければならないのは当然でありまして、OBが就職している機関といいましても、検査に手心を加えることは決してございませんし、従来からもいろいろな業務の改善に資するような指摘を実施をしているところでございます。」。もちろん、そうであることを信じたいのですが、私が指摘したいのは、こうした実態は、李下に冠を正さずといいますか、論理的に考えて公正らしさが疑われるという点です。
そもそも会計検査院の検査には強制力がないため、検査対象機関の協力が必要となります。あるいは、そことの信頼関係を損なうわけにはいきません。検査対象機関と良好な信頼関係を築きながら、一方でその機関の不正を摘発するというジレンマを会計検査院は常に抱えています。検査先には相当気を遣わなければなりません。検査対象機関にOBを送り出すのは信頼関係の維持のためと解釈することもできます。
先ほども紹介しましたが、会計検査院からは、やり過ぎたら霞が関で孤立してしまう、強引にやって行政実務に支障が出た場合、検査院として責任を負えないという声も漏れ聞こえてきます。こうしたことに気を遣わずに検査を行える権限を会計検査院に与えるべきではないのか。
しかし、それでは検査対象機関にとって会計検査院OBを受け入れるメリットはほとんどなくなります。各省庁の口利きもなくなるに違いありません。会計検査院に強い調査権限を与えることは職員にとっては再就職に困る事態になりかねません。
その対策として、独立した機関にふさわしい身分保障をすることが考えられます。
例えば、最高裁判事を除く判事の定年は六十五歳ですが、法曹資格を持っている彼らは、退職後、弁護士として活躍できます。国税庁の税務職員は、在職十年で、事実上無試験で税理士資格を取得できるといいます。そこで、一定期間在職した調査官には例えば公認会計士の資格を与えるなどして、退職後の身分保障をしてはどうかと思います。
あるいは、行政府から独立した機関としてふさわしい独自の組織風土といいますかカルチャーをはぐくむ、そして早期退職勧奨という人事の在り方をやめる、定年前に辞めなくてもいいように調査官を特別職にふさわしい専門職として明確に位置付ける。言い換えれば、昇格、昇給と管理職ポストへの就任は切り離して考えることはできないだろうかということです。
例えば大学教員の例で申しますと、私の勤務している大学には、専任助手から始まって、専任講師、助教授、教授という四つの職格が教員にあります。論文を書き、勤続年数を経て昇格していきます。給与も勤続年数に従って上がっていきます。一方で、大学には、学長、教務部長、学生部長、図書館長、学部長などなど、教員が就く様々な管理職ポストがあります。しかし、これらは任期制で、年数がたてばそのポストから外れて、また平の教授に戻ります。学長であっても、任期が来れば平社員にしかすぎません。在職中に限って手当が付きます。つまり、昇格、昇給と管理職ポストへの就任は連動していません。その結果、ほとんどすべての教員は定年まで勤務します。このような仕組みが会計検査院の人事の在り方のヒントにならないものでしょうか。
これまで申し上げましたことをまとめます。
会計検査院は、会計検査院法の規定とは裏腹に、官僚機構に深く組み込まれることで、その外部からの行政統制機能を十分発揮できずにいます。検査官人事にしろ、採用試験の在り方にしろ、天下り先の口利きにしろ、行政府とのつながりをいかに断ち切っていくかが大きな課題だと考えます。
その意味で国会も試されています。次の検査官の同意人事が国会に上がってきたときにいかなる態度を取るかです。具体的には、来年一月に現在の森下会計検査院長は六十五歳となり退官します。その後任の検査官には、慣例でいけば会計検査院出身者が推薦されるはずです。この人事に対して国会はどういう姿勢を取るかです。
最後に、五といたしまして「参院決算委員会に期待する」というところを申し述べます。国会に言及したのに関連して、最後に御委員会への期待と要望を申し上げて終わりにいたします。
決算の意義はもちろん、その年度の予算執行の問題点、改善すべき点を明らかにして、次の年度の予算編成にフィードバックすることにあります。その意味で、近年の参院決算委員会の取組、それを受けた財務省及び会計検査院の仕事ぶりは大いに評価できると思います。
御案内のとおり、平成十五年度決算検査報告は昨年十一月九日に内閣に送付されました。その結果、昨年十二月二日に参院決算委員会が開かれるという快挙が実現されました。なぜ快挙かといえば、新年度予算が通常国会で審議に入る前に前々年度の決算書と決算検査報告が決算委員会で吟味されたからです。前々年度の決算審査を新年度予算審議に反映させるという理想的な決算から予算へのフィードバック回路が確立されたことはとりわけ強調されてよいと考えます。これが制度として定着していくことを願うばかりです。
また、審査の中身も決算審査にふさわしいものだったように感じました。決算検査報告や会計検査院に言及した質疑もかなりありました。あるいは、決算を予算に反映させる意義や重要性を説く発言も幾つか見られました。
次の課題は、決算審査を予算編成と予算審議に実際にどう反映させるかにあります。財務省の予算編成が大詰めを迎えている十二月初めに必ず決算委員会が開かれ、前々年度の予算執行の問題点が指摘される、これを予算編成作業に反映させる具体的制度をいかにつくっていくかです。せっかくの決算審査を言いっ放しに終わらせないためにはどうしたらいいのかという問題です。
もう一つは、決算委員会の問題意識を予算委員会とどうやって共有するかということです。決算委員会での指摘を新年度予算が反映しているかどうかを予算審議でチェックすることが求められます。そこで、決算委員会と予算委員会の連携が必要になります。これをどう実現するかです。
ところで、決算検査報告の掲記事項の一つに、国会からの検査要請事項があります。九七年十二月の国会法及び会計検査院法の改正によって、国会は会計検査院に対して政策の実施状況などにつき会計検査報告を求めることができるようになり、一方、会計検査院は国会に検査の結果を報告することができるようになりました。
しかし、これは十分活用されていません。この制度ができた当初の平成九年度と平成十一年度の決算検査報告に一件ずつ掲記されているだけです。平成九年度は衆議院から、平成十一年度は参議院からの要請です。平成十二年度決算検査報告以降、全く掲記されていません。つまり、国会は会計検査院に対して何ら検査報告を求めていないのです。やや挑発的な言葉を用いれば、これは国会の怠慢ではないのか。国会と会計検査院が協力して政策の実施状況を点検するという仕組みをせっかく整えたのですから、それを大いに生かしてほしいと思います。
いずれにいたしましても、御委員会が今後も存在感を発揮され、良識の府にふさわしい問題提起をなさいますことを心より祈念申し上げます。
ありがとうございました。
以上です。
この発言だけを見る →本日は意見陳述の機会を与えていただき、誠にありがとうございます。大変光栄に存じます。
さて、我が国の会計検査院の機能強化について意見を述べよということでございます。これにつきまして、まず私の結論を先に申し述べます。
会計検査院の機能を強化するためにはその独立性がきちんと確保されなければならない、それが達成されれば行政統制に対する会計検査院の持つ潜在力が顕在化するというのが私の結論です。
では、会計検査院の独立性をいかにして強化するか。そのための私の試案、試みの案ですが、は次の三点です。
第一に検査官人事の在り方を考え直すこと、第二に調査官は特別職とし独自の職員採用試験を実施すること、そして第三に会計検査院からのいわゆる天下りをなくすこと、これら三点を中心に意見を述べたいと存じます。
配付いたしましたレジュメに沿ってお話しいたします。
一として、「「独立」に関する法律の規定」でございます。まず、法律上、会計検査院はどのように位置付けられているかを確認いたします。条文はすべて配付いたしましたレジュメの一ページに掲げてございます。
憲法九十条二項に「会計検査院の組織及び権限は、法律でこれを定める。」とうたっております。これに従って、会計検査院法一条は「会計検査院は、内閣に対し独立の地位を有する。」と定めています。この院法一条の規定が会計検査院を理解する上で極めて重要なものだと考えます。この条文によって会計検査院は国家行政組織法を根拠とする国の行政機関ではないことが明確にされているからです。
これに対して、各省の設置法はどうなっているかと申しますと、例えば総務省設置法一条は「この法律は、総務省の設置並びに任務及びこれを達成するため必要となる明確な範囲の所掌事務を定めるとともに、その所掌する行政事務を能率的に遂行するため必要な組織を定めることを目的とする。」とあり、続く二条では「国家行政組織法第三条第二項の規定に基づいて、総務省を設置する。」と設置の根拠規定が示されています。他の省庁の設置法も条文は全く同じでございまして、総務省という名称が法務省なり外務省なりに変わるにすぎません。
次に、各省の設置法で言及されているこの国家行政組織法三条二項の規定でございますけれども、「行政組織のため置かれる国の行政機関は、省、委員会及び庁とし、その設置及び廃止は、別に法律の定めるところによる。」となっています。さらに、国の行政機関とは何かにさかのぼりますと、国家行政組織法一条に「この法律は、内閣の統轄の下における行政機関で内閣府以外のもの(以下「国の行政機関」という。)の組織の基準を定め、もつて国の行政事務の能率的な遂行のために必要な国家行政組織を整えることを目的とする。」とあります。ということは、会計検査院は内閣の統括の下における行政機関ではないということになります。「内閣に対し独立の地位を有する。」という会計検査院法一条の規定はこのように読み替えることができます。
レジュメの二ページに行っていただきまして、二として、「検査官人事のあり方を改める」という項目でございます。そのaといたしまして、「検査官の出身母体」でございます。
会計検査院の組織で特徴的なことは、レジュメの二ページの組織図にもありますとおり、意思決定機関と検査実施機関を明確に分けている点です。慎重な意思決定と公正な判断を確保するというねらいから、このような体制を取っています。
意思決定機関として検査官会議が置かれており、それは三名の検査官から構成されています。三名の中から会計検査院長が互選されます。検査実施機関としては事務総局があり、事務総長、事務総局次長以下、事務総局官房と五つの局から成っています。千二百名を超える職員がここに所属しています。このうち、現場で検査実務に携わる調査官、調査官補は約八百五十名ほどでございます。
繰り返しになりますが、会計検査院の仕事は各省庁、団体に対する批判を旨とするため、十分な吟味を必要とします。そこで、会計検査院は慎重な意思決定と公正な判断を確保するため、最高意思決定機関として検査官会議という合議制の機関を置いています。これに出席するのは三名の検査官と事務総長です。
ここで注目したいのは、検査官の位置付けです。それは各省庁の大臣に近いものがあります。会計検査院法第四条第一項で、「検査官は、両議院の同意を経て、内閣がこれを任命する。」と定めてあり、同第四項で、「検査官の任免は、天皇がこれを認証する。」となっています。要するに、検査官は国会承認人事であり、かつ認証官と位置付けられています。
それでは、いかなる人物が検査官になるのか。検査官三名の出身母体は事実上ほぼ固定されています。一つは会計検査院プロパー枠、現在の森下伸昭院長はこれに当たります。もう一つは学識経験者枠、大塚宗春検査官は早稲田大学教授出身です。さらには官僚出身者枠、西村正紀検査官は元総務事務次官です。
代々、会計検査院出身者が検査官三ポストのうちの一つを必ず占めてきました。
学識経験者枠は比較的新しいもので、大塚検査官の前任の金子晃検査官、この方はその後、院長になりますけれども、から始まっています。国会内で民間有識者を検査官に起用しようという機運が高まり、実現したものです。それ以前は衆参の事務総長を退任した方がリレーして務めていました。まあ国会職員枠だったと言えます。
また、官僚出身者枠を見ますと、代々、旧大蔵省高級官僚が横滑りするポストでした。ところが、九六年にこの枠の退任者が出た際に、大蔵OBへのリレーについて国会内から異が唱えられました。例えば、当時の大蔵改革を論議する中で適正を欠くなどです。その結果、元総務庁事務次官の杉浦力氏が任命され、その後任には、先ほども申しました元総務事務次官の西村氏が任命されました。
レジュメの三ページに移ります。bといたしまして、「行政府出身検査官の問題性」というところです。
次に、会計検査院の独立性を確保する上で、検査官人事の在り方は適切と言えるのかという点を検討いたします。
以前のように、そのポストが旧大蔵省と国会職員OBの言わば植民地という事態はもちろん好ましくありません。今では改善が見られますが、霞が関の官僚OBが一ポストを握っていること自体は同じであります。もちろん官僚イコール悪というわけではございません。しかし、行政府を監視する組織の最高意思決定機関に行政府出身者がいるというのは、身内が身内を検査していると受け取られかねません。独立性を確保するための制度設計としては問題があるのじゃないかと考えます。外部からの行政統制という点に会計検査院の存在理由があると考えています。
関連して、事務総局にも財務省からの出向人事が行われていることを指摘しておきます。
昨年四月一日付けで辞職された事務総局次長は財務省からの出向者でした。そして、この方が例外というわけではなく、慣例のように財務省は代々キャリア官僚を会計検査院に送り込んできています。彼らは会計検査院の中で要職を歴任し、局長、さらには事務総局次長にまで上り詰めます。過去には事務総長まで務めた例もあります。昨年十二月の財務省人事で、財務省のキャリアが会計検査院官房審議官に異動になりました。恐らくこの方も局長、そして事務総局次長という出世コースを歩むと予想されます。
事務総長が名誉職的ニュアンスを持っているのに対して、事務総局次長は事務総局の実務を取り仕切るポストです。そのポストに行政府からの出向者を頂く、このことについても検査官に行政府出身者が就くのと同じ問題性が指摘できると思います。すなわち、身内同士の検査とみなされかねず、独立性の確保と両立しないと言えます。
確かに、出身が行動を決めるわけでありません。しかし、事務総局次長を財務省からの出向者が占めていては、いかに検査が公正に行われ厳正に決算検査報告が作成されたとしても、公正らしさに疑問を残すのではないかと考えます。
cといたしまして、「プロパー出身検査官の問題性」というところに進みます。
話を検査官人事の在り方に戻します。
もう一つ問いたいのは、会計検査院出身者が当然のように検査官の一ポストを占めていることは果たして問題がないのかという点です。
先ほど検査官は各省庁の大臣に近い存在だと申し上げました。各省庁の官僚がそのまま大臣ポストに座るということは考えられません。言うまでもなく官僚組織はプロフェッション(専門家)集団です。その頂点にアンプロフェッション、非専門家である大臣あるいは長官を頂くことで組織の健全さが保たれることになります。大臣をプロパーから起用しない理由は、あるいは意味はここにあります。
その反面教師が戦前の統帥権の独立です。プロフェッションにはその活動領域を超えないという禁欲が求められるのですが、プロフェッションの自覚に頼っていてはそれが困難であることを歴史は教えています。だからこそ、ミリタリープロフェッションに対するシビリアンコントロールが必要とされるのです。専門家の暴走を抑えるためには、言わば必要悪として非専門家によるチェックが欠かせません。
その観点からして、プロパー出身検査官という現状は妥当と言えるのか。具体的には、検査官会議と事務総局の緊張関係、チェック・アンド・バランスは機能しているのかということでございます。
例えば、プロパー出身の検査官と事務総局幹部の間で会計検査院の重要事項が事前に決定されてしまって検査官会議がないがしろにされることはないのだろうか。あるいは、検査官会議には事務総長も出ていますので、プロパー出身の検査官と事務総長で検査官会議を事実上主導していることはないのだろうか。まあそのようなことはないかと思いますけれども、少なくともそういう疑いを抱いてしまう検査官人事になっています。
では、どうすればいいのか。ここからは言わば大いなる暴論ですけれども、検査官には三名すべて、霞が関からも国会からも、さらには会計検査院からも無縁な人材を起用してはどうかと考えます。出身母体のしがらみのないノンプロフェッションを頂点に据えるのです。そのパイオニアで慶応大学教授から検査官となった金子晃氏は、決算検査報告の早期提出などの実績を残しました。学識経験者のみならず、民間企業の幹部やベテランの公認会計士などを起用してはどうかと思います。いずれにせよ、重要なのは会計検査院の独立性を疑わせるような検査官人事の在り方は改めるべきであるということです。
三といたしまして、「特別職とし独自の採用試験を」というところに進みます。
既に確認しましたとおり、会計検査院法では独立をうたっています。ところが、他の法律ではそれと矛盾して、会計検査院を事実上国の行政機関として扱っています。例えば、国家公務員法第二条第三項には特別職公務員に該当する職が列挙されていますが、検査官を除く会計検査院の職員はここに規定されていません。つまり、一般職の扱いで国家公務員法の下に置かれています。国の行政機関ではない会計検査院にとって、これはおかしいのではないかと考えます。一般職ということは、会計検査院の検査対象となる国の行政機関の言わば身内ということです。これでは政策の妥当性にまで踏み込んで評価するのは難しいのではないか。やり過ぎたら霞が関で孤立してしまうという声も聞かれます。
そこで、調査官には法律によって裁判官並みの独立性が保障されるべきではないかと考えます。つまり、国家公務員法第二条第三項に調査官を加え、さらに特別職としての調査官の権限を定めた法律をつくるべきではないかと考えます。
また、一般職であるために、職員の採用は国家公務員試験に基づきます。国の行政機関ではない会計検査院が国の行政機関の採用試験によって職員を採用しているという矛盾した事態があります。こうなると、国家公務員になりたい人が各省庁に面接に訪れる一環として会計検査院にも出向き、採用されるということも起こり得ます。彼らに果たして会計検査院は行政府から独立した機関であるという意識があるのでしょうか。他の省庁と同じ試験で入るのですから、会計検査院も国の行政機関の一つだと誤解する人もいるのじゃないでしょうか。入口の時点で独立の気概がそがれているように感じます。
ちなみに、衆議院法制局、参議院法制局の職員は国会職員法の下にありますが、そのⅠ種職員は国会職員採用試験とは別途に行われるそれぞれ独自の試験によって採用されます。衆参の法制局の定員はそれぞれ八十名に満たない程度です。千二百名以上の職員を擁する会計検査院が独自の試験を実施できないはずはないと思います。
四といたしまして、「「独立」をはばむ「天下り」」に進みます。
会計検査院の独立性を阻害している要因として、職員の再就職、すなわち天下りの問題も無視できません。会計検査院はもちろん利権とは無縁の官庁です。所管する外郭団体、監督下に置く業界はありません。
一方で、会計検査院には他の省庁と同様に幹部の早期退職勧奨の慣行があります。そこで、五十代半ばを過ぎると天下り先を探すことになります。しかし、自前の天下り先がないので、それを他の省庁の口利きに頼らざるを得ない。そのため、世話になる省庁に頭が上がらないと伝えられます。もしこれが事実だとすれば、独立性をうたった会計検査院法一条の規定は既に空文化しています。各省庁から天下り先を口利きしてもらっているとなれば、お返しに厳正であるべき検査に手心を加える、本来なら決算検査報告に載せるべき事項を不問に付すということはないのか。論理的には当然このような疑問が生じます。
公務員制度改革大綱の再就職状況全般に係る公表制度に基づき、会計検査院も毎年一回職員の再就職状況を公表しています。昨年の再就職状況はレジュメの三ページから四ページにお示ししたとおりです。中でも注目したいのは、独立行政法人に二名が再就職している点です。九番と十番の方です。
独立行政法人への天下りは、民間への天下りと同列に扱えない深刻な問題をはらんでいます。なぜなら、独立行政法人も会計検査院の検査対象機関であるからです。そこに会計検査院OBが天下っている、しかも監事になっている。監事とは会計監査を職務とするポストです。あくまで推測ですが、会計検査院OBを受け入れる独立行政法人としては、そのねらいは会計検査院の検査情報を得ることへの期待にあるのではないか。一方、調査官の立場としては、大先輩の職場、しかも将来自分が世話になるかもしれない職場に対してフェアな検査を行い得るのか。天下りを共通の利益として現役とOBとでかばい合い、検査をゆがめていることはないのか。
かつて、独立行政法人ではなく特殊法人への天下りを国会でただされた際、当時の矢崎新二会計検査院長は次のとおり答弁しました。レジュメの四ページに引いてございます。「本院は内閣から独立した機関でございまして、会計検査という職責を果たすべく厳格公正な立場を守らなければならないのは当然でありまして、OBが就職している機関といいましても、検査に手心を加えることは決してございませんし、従来からもいろいろな業務の改善に資するような指摘を実施をしているところでございます。」。もちろん、そうであることを信じたいのですが、私が指摘したいのは、こうした実態は、李下に冠を正さずといいますか、論理的に考えて公正らしさが疑われるという点です。
そもそも会計検査院の検査には強制力がないため、検査対象機関の協力が必要となります。あるいは、そことの信頼関係を損なうわけにはいきません。検査対象機関と良好な信頼関係を築きながら、一方でその機関の不正を摘発するというジレンマを会計検査院は常に抱えています。検査先には相当気を遣わなければなりません。検査対象機関にOBを送り出すのは信頼関係の維持のためと解釈することもできます。
先ほども紹介しましたが、会計検査院からは、やり過ぎたら霞が関で孤立してしまう、強引にやって行政実務に支障が出た場合、検査院として責任を負えないという声も漏れ聞こえてきます。こうしたことに気を遣わずに検査を行える権限を会計検査院に与えるべきではないのか。
しかし、それでは検査対象機関にとって会計検査院OBを受け入れるメリットはほとんどなくなります。各省庁の口利きもなくなるに違いありません。会計検査院に強い調査権限を与えることは職員にとっては再就職に困る事態になりかねません。
その対策として、独立した機関にふさわしい身分保障をすることが考えられます。
例えば、最高裁判事を除く判事の定年は六十五歳ですが、法曹資格を持っている彼らは、退職後、弁護士として活躍できます。国税庁の税務職員は、在職十年で、事実上無試験で税理士資格を取得できるといいます。そこで、一定期間在職した調査官には例えば公認会計士の資格を与えるなどして、退職後の身分保障をしてはどうかと思います。
あるいは、行政府から独立した機関としてふさわしい独自の組織風土といいますかカルチャーをはぐくむ、そして早期退職勧奨という人事の在り方をやめる、定年前に辞めなくてもいいように調査官を特別職にふさわしい専門職として明確に位置付ける。言い換えれば、昇格、昇給と管理職ポストへの就任は切り離して考えることはできないだろうかということです。
例えば大学教員の例で申しますと、私の勤務している大学には、専任助手から始まって、専任講師、助教授、教授という四つの職格が教員にあります。論文を書き、勤続年数を経て昇格していきます。給与も勤続年数に従って上がっていきます。一方で、大学には、学長、教務部長、学生部長、図書館長、学部長などなど、教員が就く様々な管理職ポストがあります。しかし、これらは任期制で、年数がたてばそのポストから外れて、また平の教授に戻ります。学長であっても、任期が来れば平社員にしかすぎません。在職中に限って手当が付きます。つまり、昇格、昇給と管理職ポストへの就任は連動していません。その結果、ほとんどすべての教員は定年まで勤務します。このような仕組みが会計検査院の人事の在り方のヒントにならないものでしょうか。
これまで申し上げましたことをまとめます。
会計検査院は、会計検査院法の規定とは裏腹に、官僚機構に深く組み込まれることで、その外部からの行政統制機能を十分発揮できずにいます。検査官人事にしろ、採用試験の在り方にしろ、天下り先の口利きにしろ、行政府とのつながりをいかに断ち切っていくかが大きな課題だと考えます。
その意味で国会も試されています。次の検査官の同意人事が国会に上がってきたときにいかなる態度を取るかです。具体的には、来年一月に現在の森下会計検査院長は六十五歳となり退官します。その後任の検査官には、慣例でいけば会計検査院出身者が推薦されるはずです。この人事に対して国会はどういう姿勢を取るかです。
最後に、五といたしまして「参院決算委員会に期待する」というところを申し述べます。国会に言及したのに関連して、最後に御委員会への期待と要望を申し上げて終わりにいたします。
決算の意義はもちろん、その年度の予算執行の問題点、改善すべき点を明らかにして、次の年度の予算編成にフィードバックすることにあります。その意味で、近年の参院決算委員会の取組、それを受けた財務省及び会計検査院の仕事ぶりは大いに評価できると思います。
御案内のとおり、平成十五年度決算検査報告は昨年十一月九日に内閣に送付されました。その結果、昨年十二月二日に参院決算委員会が開かれるという快挙が実現されました。なぜ快挙かといえば、新年度予算が通常国会で審議に入る前に前々年度の決算書と決算検査報告が決算委員会で吟味されたからです。前々年度の決算審査を新年度予算審議に反映させるという理想的な決算から予算へのフィードバック回路が確立されたことはとりわけ強調されてよいと考えます。これが制度として定着していくことを願うばかりです。
また、審査の中身も決算審査にふさわしいものだったように感じました。決算検査報告や会計検査院に言及した質疑もかなりありました。あるいは、決算を予算に反映させる意義や重要性を説く発言も幾つか見られました。
次の課題は、決算審査を予算編成と予算審議に実際にどう反映させるかにあります。財務省の予算編成が大詰めを迎えている十二月初めに必ず決算委員会が開かれ、前々年度の予算執行の問題点が指摘される、これを予算編成作業に反映させる具体的制度をいかにつくっていくかです。せっかくの決算審査を言いっ放しに終わらせないためにはどうしたらいいのかという問題です。
もう一つは、決算委員会の問題意識を予算委員会とどうやって共有するかということです。決算委員会での指摘を新年度予算が反映しているかどうかを予算審議でチェックすることが求められます。そこで、決算委員会と予算委員会の連携が必要になります。これをどう実現するかです。
ところで、決算検査報告の掲記事項の一つに、国会からの検査要請事項があります。九七年十二月の国会法及び会計検査院法の改正によって、国会は会計検査院に対して政策の実施状況などにつき会計検査報告を求めることができるようになり、一方、会計検査院は国会に検査の結果を報告することができるようになりました。
しかし、これは十分活用されていません。この制度ができた当初の平成九年度と平成十一年度の決算検査報告に一件ずつ掲記されているだけです。平成九年度は衆議院から、平成十一年度は参議院からの要請です。平成十二年度決算検査報告以降、全く掲記されていません。つまり、国会は会計検査院に対して何ら検査報告を求めていないのです。やや挑発的な言葉を用いれば、これは国会の怠慢ではないのか。国会と会計検査院が協力して政策の実施状況を点検するという仕組みをせっかく整えたのですから、それを大いに生かしてほしいと思います。
いずれにいたしましても、御委員会が今後も存在感を発揮され、良識の府にふさわしい問題提起をなさいますことを心より祈念申し上げます。
ありがとうございました。
以上です。
鴻
鴻池祥肇#6
○委員長(鴻池祥肇君) ありがとうございました。
以上で参考人の意見の陳述は終わりました。
これより、参考人並びに財務省及び会計検査院に対して自由質疑を行いたいと思います。
なお、多くの方々に質疑に御参加をいただきたいと思いますので、答弁を含めた時間、これは一回当たり五分程度ということにさせていただきますので、御質問される方、また答弁をされる皆様方にはよろしく御協力のほどお願いを申し上げたいと思います。
それでは、前回と同様、まず質疑のある方、挙手をちょうだいいたしまして、事務局からチェックをさせていただいて、順次委員長から指名をさせていただきたいと思います。一度挙手をしていただいて。──ちょっと済みません、ちょっとしばらくお願いします。
それで、前回はこちらからでしたから、今回はこちらからお願いすることにいたします。
まず、野村委員からお願いいたします。
この発言だけを見る →以上で参考人の意見の陳述は終わりました。
これより、参考人並びに財務省及び会計検査院に対して自由質疑を行いたいと思います。
なお、多くの方々に質疑に御参加をいただきたいと思いますので、答弁を含めた時間、これは一回当たり五分程度ということにさせていただきますので、御質問される方、また答弁をされる皆様方にはよろしく御協力のほどお願いを申し上げたいと思います。
それでは、前回と同様、まず質疑のある方、挙手をちょうだいいたしまして、事務局からチェックをさせていただいて、順次委員長から指名をさせていただきたいと思います。一度挙手をしていただいて。──ちょっと済みません、ちょっとしばらくお願いします。
それで、前回はこちらからでしたから、今回はこちらからお願いすることにいたします。
まず、野村委員からお願いいたします。
野
野村哲郎#7
○野村哲郎君 ありがとうございます。
まず、加藤参考人に御質問をさせていただきたいと思いますが、大変興味ある視点といいますか報告をいただきましたこと、心から御礼申し上げる次第であります。
ただ、ちょっと機能的なところで御質問させていただきたいと思うんですけれども、参考人がおっしゃいました特に事業の必要性等々の問題につきまして、例えば事業チェックというのは政策的に決める制度あるいは事業もあるわけで、例えば会計検査院の皆さん方がそのことにどれだけ口を出せるかといいますか、抑止できるかというところがあると思うんですね。いわゆる参議院の決算委員会と会計検査院の皆さん方のその機能のところがやっぱり分けていかなきゃいかぬのじゃないかと。
もう一つは、今度は逆に会計検査院の皆さん方が事業の必要性等についてのチェックをされる場合に、言わば主観が入ってしまう。客観的なやはり物差しというか基準がなければ、なかなか会計検査院の皆様であってもそのことについて触れるというか判断が非常に難しいのではないのかなと、こういう私は感じを持ったわけでございます。したがいまして、どうしてもその中で、参議院のこの決算委員会、院としての機能の問題とそれから会計検査院の機能の問題、ここを分けて考える必要があるのではないのかなというふうに思ったわけでありますが、その辺についてもう少し御示唆いただければ有り難いと思います。
この発言だけを見る →まず、加藤参考人に御質問をさせていただきたいと思いますが、大変興味ある視点といいますか報告をいただきましたこと、心から御礼申し上げる次第であります。
ただ、ちょっと機能的なところで御質問させていただきたいと思うんですけれども、参考人がおっしゃいました特に事業の必要性等々の問題につきまして、例えば事業チェックというのは政策的に決める制度あるいは事業もあるわけで、例えば会計検査院の皆さん方がそのことにどれだけ口を出せるかといいますか、抑止できるかというところがあると思うんですね。いわゆる参議院の決算委員会と会計検査院の皆さん方のその機能のところがやっぱり分けていかなきゃいかぬのじゃないかと。
もう一つは、今度は逆に会計検査院の皆さん方が事業の必要性等についてのチェックをされる場合に、言わば主観が入ってしまう。客観的なやはり物差しというか基準がなければ、なかなか会計検査院の皆様であってもそのことについて触れるというか判断が非常に難しいのではないのかなと、こういう私は感じを持ったわけでございます。したがいまして、どうしてもその中で、参議院のこの決算委員会、院としての機能の問題とそれから会計検査院の機能の問題、ここを分けて考える必要があるのではないのかなというふうに思ったわけでありますが、その辺についてもう少し御示唆いただければ有り難いと思います。
加
加藤秀樹#8
○参考人(加藤秀樹君) 野村議員のおっしゃるとおりだと思います。
私が先ほど申し上げましたのは、あくまでも自治体で今やっていることについてそれがどれぐらいちゃんと議論されているのか、どうも怪しいものだなという問題意識の下に我々は押し掛けていって、それで、本当にそれが必要なのかどうかということを議論したわけであります。ですから、それをそのまま、じゃ同じことを検査院がやるのかといったことにはならないんだと思いますが、ただ、こういう自治体で一つ一つその予算として付いたものについてのチェックをやったということの同じような作業が私は本来国のレベルについても行われて、どこかで行われていいんではないか。
ですから、私は、検査院の機能というのは、これは基本的には、日常の、毎年毎年の予算で付いた事柄が本当に適正に行われているのかということのチェック、それが基本的な検査院の機能だと思います。ですから、今まで行われてきたことを一遍、先ほどのような言わば外から押し掛けていって、本当にそれ必要あるのかという、ばあんと切るようなことというのは、それは毎年毎年のチェックとは少し趣が違うんだと思います。ただ、それを、例えばそれは本来は私は決算委員会を含めた国会の機能だと思いますから、国会で議論をやるに当たっての材料提供者、先ほども申し上げましたけれども、材料提供者としてはやはり検査院というのはいろんな膨大な資料を持っているわけですから、そういう機能は今後ちゃんと果たしていくべきではないのかという役割分担だと思っております。
ですから、先ほど、一度、組織の話、今、西川先生からもいろんなお話のあった組織の話あるいは人の話も大事、非常に大事で、それはそれでやらないといけないわけですけれども、一度、例えば決算委員会主導で今までのを一度全部総ざらえするような作業をやって、それと並行して検査院の機能強化をやって、どこかからスタートすると両方がうまくかみ合っていく、そういうことだと考えております。
この発言だけを見る →私が先ほど申し上げましたのは、あくまでも自治体で今やっていることについてそれがどれぐらいちゃんと議論されているのか、どうも怪しいものだなという問題意識の下に我々は押し掛けていって、それで、本当にそれが必要なのかどうかということを議論したわけであります。ですから、それをそのまま、じゃ同じことを検査院がやるのかといったことにはならないんだと思いますが、ただ、こういう自治体で一つ一つその予算として付いたものについてのチェックをやったということの同じような作業が私は本来国のレベルについても行われて、どこかで行われていいんではないか。
ですから、私は、検査院の機能というのは、これは基本的には、日常の、毎年毎年の予算で付いた事柄が本当に適正に行われているのかということのチェック、それが基本的な検査院の機能だと思います。ですから、今まで行われてきたことを一遍、先ほどのような言わば外から押し掛けていって、本当にそれ必要あるのかという、ばあんと切るようなことというのは、それは毎年毎年のチェックとは少し趣が違うんだと思います。ただ、それを、例えばそれは本来は私は決算委員会を含めた国会の機能だと思いますから、国会で議論をやるに当たっての材料提供者、先ほども申し上げましたけれども、材料提供者としてはやはり検査院というのはいろんな膨大な資料を持っているわけですから、そういう機能は今後ちゃんと果たしていくべきではないのかという役割分担だと思っております。
ですから、先ほど、一度、組織の話、今、西川先生からもいろんなお話のあった組織の話あるいは人の話も大事、非常に大事で、それはそれでやらないといけないわけですけれども、一度、例えば決算委員会主導で今までのを一度全部総ざらえするような作業をやって、それと並行して検査院の機能強化をやって、どこかからスタートすると両方がうまくかみ合っていく、そういうことだと考えております。
野
鴻
小
小林美恵子#11
○小林美恵子君 日本共産党の小林美恵子でございます。
今日は貴重な御意見いただきまして、本当にありがとうございます。
私は、それぞれの参考人の方にお聞きしたいと思いますけれども、まず加藤参考人にお聞きしたいと思います。
先ほど、事業評価について学校給食の問題をお出しになったときに、コストだけではいけないということで、栄養の問題とかも考えないといけないというふうにおっしゃられたと思うんですけれども、コストだけではなくてやっぱり質の面も考えるという点の御指摘は本当に大事だなというふうに思いまして、その点は学校給食に限らず、ほかの点での事業についてチェックする際も大事な視点ではないかなというふうに思いますけれども、その点はいかがかというのが一点です。
もう一つは、先ほどの質問にもあったと、関連するんですけれども、国と地方の仕事の分担といいますか、国のコントロールの解消ということを参考人は述べておられるかと思いますけれども、その点で、いわゆる国や都道府県、市町村の関係を主従から対等にしていくということは地方自治の本旨からいっては重要なことだというふうにも思いますけれども、今のお話とかかわって、会計検査院の役割との関係ではどういうふうになるのかなという点は私もちょっと改めてお聞きしたいという点です。
それが加藤参考人への質問でございます。
この発言だけを見る →今日は貴重な御意見いただきまして、本当にありがとうございます。
私は、それぞれの参考人の方にお聞きしたいと思いますけれども、まず加藤参考人にお聞きしたいと思います。
先ほど、事業評価について学校給食の問題をお出しになったときに、コストだけではいけないということで、栄養の問題とかも考えないといけないというふうにおっしゃられたと思うんですけれども、コストだけではなくてやっぱり質の面も考えるという点の御指摘は本当に大事だなというふうに思いまして、その点は学校給食に限らず、ほかの点での事業についてチェックする際も大事な視点ではないかなというふうに思いますけれども、その点はいかがかというのが一点です。
もう一つは、先ほどの質問にもあったと、関連するんですけれども、国と地方の仕事の分担といいますか、国のコントロールの解消ということを参考人は述べておられるかと思いますけれども、その点で、いわゆる国や都道府県、市町村の関係を主従から対等にしていくということは地方自治の本旨からいっては重要なことだというふうにも思いますけれども、今のお話とかかわって、会計検査院の役割との関係ではどういうふうになるのかなという点は私もちょっと改めてお聞きしたいという点です。
それが加藤参考人への質問でございます。
加
加藤秀樹#12
○参考人(加藤秀樹君) まず最初の点ですけれども、質のチェックについて。
これはもう先ほど申し上げたとおりであります。ですから、これは先ほどの野村委員の御質問と私は最終的に同じような趣旨になると思うわけですけれども、コストについて例えば検査院がそういうデータをきちんと出す、それでもってじゃどうか。ただし、そこから先は、これは例えばやはりこういう場所、決算委員会のような場所で、コストはこっちが百円、こっちは七十円かも分からない、その上で三十円高い方をやっぱり選ぶべきではないかとか、あるいはその百円が、やれば、もっとやれば八十円でできるかも分からない、それでも民間でやったら七十円、まだ民間の方が安いけれども、八十円にした上でやっぱりそれは行政がやるべきだというような議論というのは、やはりこういう国会の場所で議論すべき話であるんだと思います。
ですから、くどいようですけれども、会計検査院は最終的な価値判断以前のそこに対する材料提供ということだと思いますし、私は、それはどこの国も大体同じことなのではないか。ですから、最終的な政策判断の問題と、そこに至るまでの事業の評価、あるいはそれにかかわる財務的な材料提供という役割分担だと思います。
それから、二番目の御質問の国のコントロールでありますけれども、これについても、先ほどの栄村あるいは下條村の例でもお分かりになりますように、これは自治体ですから、小さいところですから、全部を行政の中でやっているわけですね。そこにある程度は地方議会も加わって議論しているわけですけれども、これについても、やはり実際にこれを国が言うとおりにやるとこうなんだと、それに対して自分たちでいろいろ工夫してやるとこれだけのコストでやれる。
そこの比較、数字の比較というのは、これは例えば国であれば、会計検査院がそのデータというのは整理して出せるんだと思いますけれども、その上でじゃどうするかという判断は、これは国であれば国会のレベルでやるわけでしょうし、国のコントロールがあるからこれだけのお金が掛かっている、だけど、もしそうじゃなければこれだけでやれるというデータ。現在はこうなんだ、しかしそれがなければもっと安くできるというものは、これはやはり検査院のその材料提供のレベルである程度やれると思いますけれども、じゃ国のコントロールをやめるべきだ、これはもっと自由にすべきであるんではないかというようなことは、これはやはり国会でやる話ですから、私は、そこはあくまでもその材料提供と、それを議論して判断するというところの役割分担であると思っております。
この発言だけを見る →これはもう先ほど申し上げたとおりであります。ですから、これは先ほどの野村委員の御質問と私は最終的に同じような趣旨になると思うわけですけれども、コストについて例えば検査院がそういうデータをきちんと出す、それでもってじゃどうか。ただし、そこから先は、これは例えばやはりこういう場所、決算委員会のような場所で、コストはこっちが百円、こっちは七十円かも分からない、その上で三十円高い方をやっぱり選ぶべきではないかとか、あるいはその百円が、やれば、もっとやれば八十円でできるかも分からない、それでも民間でやったら七十円、まだ民間の方が安いけれども、八十円にした上でやっぱりそれは行政がやるべきだというような議論というのは、やはりこういう国会の場所で議論すべき話であるんだと思います。
ですから、くどいようですけれども、会計検査院は最終的な価値判断以前のそこに対する材料提供ということだと思いますし、私は、それはどこの国も大体同じことなのではないか。ですから、最終的な政策判断の問題と、そこに至るまでの事業の評価、あるいはそれにかかわる財務的な材料提供という役割分担だと思います。
それから、二番目の御質問の国のコントロールでありますけれども、これについても、先ほどの栄村あるいは下條村の例でもお分かりになりますように、これは自治体ですから、小さいところですから、全部を行政の中でやっているわけですね。そこにある程度は地方議会も加わって議論しているわけですけれども、これについても、やはり実際にこれを国が言うとおりにやるとこうなんだと、それに対して自分たちでいろいろ工夫してやるとこれだけのコストでやれる。
そこの比較、数字の比較というのは、これは例えば国であれば、会計検査院がそのデータというのは整理して出せるんだと思いますけれども、その上でじゃどうするかという判断は、これは国であれば国会のレベルでやるわけでしょうし、国のコントロールがあるからこれだけのお金が掛かっている、だけど、もしそうじゃなければこれだけでやれるというデータ。現在はこうなんだ、しかしそれがなければもっと安くできるというものは、これはやはり検査院のその材料提供のレベルである程度やれると思いますけれども、じゃ国のコントロールをやめるべきだ、これはもっと自由にすべきであるんではないかというようなことは、これはやはり国会でやる話ですから、私は、そこはあくまでもその材料提供と、それを議論して判断するというところの役割分担であると思っております。
鴻
小
鴻
小
小池正勝#16
○小池正勝君 加藤参考人と会計検査院の方にお伺いします。
私、自由民主党の小池正勝です。
先ほど加藤参考人から、地方公共団体が行う必要な事業、不必要な事業というお話を承りまして、大変興味深く聞かしてもらいました。
具体的に御質問申し上げます。
まず、国から補助金を出している、地方公共団体に補助金を出している事業については当然会計検査院が検査をしているわけですけれども、交付税について検査しているのかどうか。これも当然国からの税金なわけですけれども、しかし一般財源で、何に使ってもいいわけですね。これについて検査しているのかどうかということをお伺いしたいのと、もししているんであれば、地方分権との関係でどういう説明ができるんだろうかということをお伺いしたいと思っております。
そこで、具体的な例を申し上げます、余り抽象的な議論を幾らしてもしようがないので。
昨年、三位一体の改革との関係で財務省が地方が無駄なことをやっているじゃないかというキャンペーンを張ったわけですが、その中の一例としてよく引用されたのが、地方公共団体の中にペットの避妊手術に助成をしているのは無駄遣いだと、こういうキャンペーンが張られました。これは皆さん方御案内のとおりです。それで、これについては当然、地方公共団体幾つかでやっておりまして補助制度出しているわけですけれども、やっているところの例を聞きますと、正に子供が野犬にかまれて亡くなったという不幸な事例があって、正に市議会が全会一致でその予算を計上してやったというのがそこの例でございました。
そういう地方分権という流れの中でやっているわけですが、これを無駄遣いという話になったわけですけれども、その形について会計検査院はどうお考えになるか。もちろん交付税も入っているんでしょうけれども、それについてはどうお考えになるのか。また、加藤参考人はどうお考えになるんでしょうか。その具体的なお話を、お考えをお聞きできれば有り難いと思っています。
以上です。
この発言だけを見る →私、自由民主党の小池正勝です。
先ほど加藤参考人から、地方公共団体が行う必要な事業、不必要な事業というお話を承りまして、大変興味深く聞かしてもらいました。
具体的に御質問申し上げます。
まず、国から補助金を出している、地方公共団体に補助金を出している事業については当然会計検査院が検査をしているわけですけれども、交付税について検査しているのかどうか。これも当然国からの税金なわけですけれども、しかし一般財源で、何に使ってもいいわけですね。これについて検査しているのかどうかということをお伺いしたいのと、もししているんであれば、地方分権との関係でどういう説明ができるんだろうかということをお伺いしたいと思っております。
そこで、具体的な例を申し上げます、余り抽象的な議論を幾らしてもしようがないので。
昨年、三位一体の改革との関係で財務省が地方が無駄なことをやっているじゃないかというキャンペーンを張ったわけですが、その中の一例としてよく引用されたのが、地方公共団体の中にペットの避妊手術に助成をしているのは無駄遣いだと、こういうキャンペーンが張られました。これは皆さん方御案内のとおりです。それで、これについては当然、地方公共団体幾つかでやっておりまして補助制度出しているわけですけれども、やっているところの例を聞きますと、正に子供が野犬にかまれて亡くなったという不幸な事例があって、正に市議会が全会一致でその予算を計上してやったというのがそこの例でございました。
そういう地方分権という流れの中でやっているわけですが、これを無駄遣いという話になったわけですけれども、その形について会計検査院はどうお考えになるか。もちろん交付税も入っているんでしょうけれども、それについてはどうお考えになるのか。また、加藤参考人はどうお考えになるんでしょうか。その具体的なお話を、お考えをお聞きできれば有り難いと思っています。
以上です。
真
真島審一#17
○説明員(真島審一君) 交付税といえども国の財政援助ということで、私どもの検査対象でございます。ただ、算定等については、一昨年もたしか指摘したことがあると思いますが、使途が制限が付いておりません。一般の補助金ですと、これこれに使うために交付申請が出てきて、こういうふうに使っておりますと。
じゃ、その交付申請どおりに使っているかとか、あるいはもっと安くできなかったかとか、そういうことは私ども指摘はしますが、地方交付税につきましては体系上一般財源と扱われておりますので、その使途について私どもがとやかく言うまでのことはないのではないかというのが今の私どもの検査姿勢として御説明できようかと思います。
この発言だけを見る →じゃ、その交付申請どおりに使っているかとか、あるいはもっと安くできなかったかとか、そういうことは私ども指摘はしますが、地方交付税につきましては体系上一般財源と扱われておりますので、その使途について私どもがとやかく言うまでのことはないのではないかというのが今の私どもの検査姿勢として御説明できようかと思います。
加
加藤秀樹#18
○参考人(加藤秀樹君) 今、検査院からの御説明、それが現在の仕組みなんだと思います。
私は、実際に、交付税は使途が自由であるとはいっても、本当のところを言えば、交付税が積み上げられてどこそこに幾らと渡される段階では、積み上げの段階ではそれは実質的にひも付きで、七割ぐらいはひも付きである、それはもう皆さん御承知のとおりであります。
ただ、それはそれとして、じゃ、そのそれぞれの、さっきのペットの避妊手術のように、それが適正であるかどうかというのは、これは私はその交付税が配られた先の自治体の判断であると思います。ですから、それはその議会で議論した上で、その自治体によっては、いや、どうしてもそれはペットの避妊手術はやった方がいい。それは優先順位付けですから、そのお金をどこに使うかということでありまして、それはそこの地元で議論。私は、大事なのは、国が一律に決めてペットの避妊手術には使うべきではない、あるいはペットの避妊手術に使うべきお金として配賦するということではなくて、そのお金をなるべくその現場に即して、その場所の住民の判断がそこに出てくるというのが大事なところだと考えております。
この発言だけを見る →私は、実際に、交付税は使途が自由であるとはいっても、本当のところを言えば、交付税が積み上げられてどこそこに幾らと渡される段階では、積み上げの段階ではそれは実質的にひも付きで、七割ぐらいはひも付きである、それはもう皆さん御承知のとおりであります。
ただ、それはそれとして、じゃ、そのそれぞれの、さっきのペットの避妊手術のように、それが適正であるかどうかというのは、これは私はその交付税が配られた先の自治体の判断であると思います。ですから、それはその議会で議論した上で、その自治体によっては、いや、どうしてもそれはペットの避妊手術はやった方がいい。それは優先順位付けですから、そのお金をどこに使うかということでありまして、それはそこの地元で議論。私は、大事なのは、国が一律に決めてペットの避妊手術には使うべきではない、あるいはペットの避妊手術に使うべきお金として配賦するということではなくて、そのお金をなるべくその現場に即して、その場所の住民の判断がそこに出てくるというのが大事なところだと考えております。
小
小池正勝#19
○小池正勝君 いいですか、一言だけ。
加藤参考人に更にお伺いしますが、そうすると、そのときに大蔵省が無駄遣いというキャンペーン張ったことについてどのようにお考えになりますか。
この発言だけを見る →加藤参考人に更にお伺いしますが、そうすると、そのときに大蔵省が無駄遣いというキャンペーン張ったことについてどのようにお考えになりますか。
加
加藤秀樹#20
○参考人(加藤秀樹君) これはどう使われていたか次第だと思いますね。
ですから、私は実際にペットの避妊手術にどういうふうに使われていたのか分かりませんから、これも私が一概にここに無駄だとか無駄でないということは言えませんけれども、先ほどのように、青少年育成という名目で公園に、馬に乗せ、ポニーに乗せるというのは、私は、これは私の感覚では非常に無駄だと思いますけれども、無駄じゃないという判断もあるわけですし、ペットも同様だと思いますけれども、しかし、まあ実際には無駄であることは、まあ無駄だと思われるものに使われているお金がかなり多いというのも現実だと思います。
この発言だけを見る →ですから、私は実際にペットの避妊手術にどういうふうに使われていたのか分かりませんから、これも私が一概にここに無駄だとか無駄でないということは言えませんけれども、先ほどのように、青少年育成という名目で公園に、馬に乗せ、ポニーに乗せるというのは、私は、これは私の感覚では非常に無駄だと思いますけれども、無駄じゃないという判断もあるわけですし、ペットも同様だと思いますけれども、しかし、まあ実際には無駄であることは、まあ無駄だと思われるものに使われているお金がかなり多いというのも現実だと思います。
鴻
西
西田実仁#22
○西田実仁君 公明党の西田実仁でございます。今日は、両参考人、大変にありがとうございました。
私の方から加藤参考人にお聞きしたいんですけれども、この事業仕分を実際に新潟県とかで作業されておりました。結果として、不要な、あるいは民間へ、行政が手を離すべき事業として一〇%程度があるという、そういう結果になったわけでありますけれども、その後これどういうふうになっているのかというのが、そういう結果が出て、その不要なものとかあるいは民間へ移すべきというような仕分された後に、どういう作業、あるいは今、現状どうなっているのかということを是非お聞かせ願いたいと思います。
その上で、民間へいろいろと移した方がいいという議論はあるわけですけれども、実際になかなかそれが進まないことも多いわけでありまして、不要にもかかわらずなかなか民間へ移すことができない、またそれを阻んでいる最大の要因は何かということについて御意見を賜りたいと思います。
この発言だけを見る →私の方から加藤参考人にお聞きしたいんですけれども、この事業仕分を実際に新潟県とかで作業されておりました。結果として、不要な、あるいは民間へ、行政が手を離すべき事業として一〇%程度があるという、そういう結果になったわけでありますけれども、その後これどういうふうになっているのかというのが、そういう結果が出て、その不要なものとかあるいは民間へ移すべきというような仕分された後に、どういう作業、あるいは今、現状どうなっているのかということを是非お聞かせ願いたいと思います。
その上で、民間へいろいろと移した方がいいという議論はあるわけですけれども、実際になかなかそれが進まないことも多いわけでありまして、不要にもかかわらずなかなか民間へ移すことができない、またそれを阻んでいる最大の要因は何かということについて御意見を賜りたいと思います。
加
加藤秀樹#23
○参考人(加藤秀樹君) この仕分なり、あるいは群馬県太田市の財務諸表を整備した上でのコスト比較の結果どうであるかということですけれども、これは必ずしもすべてが今の時点で次の予算編成に反映されているわけではないと思います。群馬県太田市の場合にはかなりの程度、これは市長主導でやっているものですから、次の年の予算にかなり反映されて民間に委託ということがある程度進んでいると聞いております。
ただ、その仕分については、これはその仕分をする段階では、すぐに次の年の予算で、そこで要らないと言われたものを切っていくということではないという前提で初めて県庁の職員も一生懸命になってやってくれるわけでして、最初からここでやめようということになったら、次の年から付かないとなるとやっぱり県庁の職員たちが議論してくれなくなりますので、そこは切り離してやっております。ただ、そこはすぐに次の年ということじゃなくても、ある程度中長期的にそれを反映していこうという意向で元々知事なり市長なりがやろうということでは合意しておりますし、そうじゃないと無駄になるわけですし。
さらには、一番最近やりましたのが横浜市であります。まだ、横浜市は大きいものですから、ごく一部しかやっていないんですけれども、横浜市の場合には市自体が必ずこれを何かの形で反映していきたいというふうに言っておられます。
この発言だけを見る →ただ、その仕分については、これはその仕分をする段階では、すぐに次の年の予算で、そこで要らないと言われたものを切っていくということではないという前提で初めて県庁の職員も一生懸命になってやってくれるわけでして、最初からここでやめようということになったら、次の年から付かないとなるとやっぱり県庁の職員たちが議論してくれなくなりますので、そこは切り離してやっております。ただ、そこはすぐに次の年ということじゃなくても、ある程度中長期的にそれを反映していこうという意向で元々知事なり市長なりがやろうということでは合意しておりますし、そうじゃないと無駄になるわけですし。
さらには、一番最近やりましたのが横浜市であります。まだ、横浜市は大きいものですから、ごく一部しかやっていないんですけれども、横浜市の場合には市自体が必ずこれを何かの形で反映していきたいというふうに言っておられます。
鴻
山
山下英利#25
○山下英利君 お二人の参考人の皆様方、大変興味深いお話をお聞かせいただきまして、ありがとうございます。
最初に、まず加藤参考人に御意見をお聞きしたいんですが、昨年来、三位一体の改革ということで大変な議論が行われたわけです。それで、今日いただいたこの仕分のお話の中で、補助金の改革とそれから税源移譲というようなことが大変議論されたわけですけれども、確かに国の基準でやると高くなってしまう、自治体の基準でやればもっと安くできるのにと。だから、それが即税源移譲という形で実際に地方が自由に使えるお金に持っていく、そういう考え方というものと、もう一つは、補助金の制度自体の中身についての議論というのをもっと深掘りしなきゃいけないんではないかというふうな考え方もあると思うんですけれども、そういったときに会計検査院というか会計の役割というのは、例えば最終的な判断はこれは決算委員会なり国会に任せるという形にしても、どこまでそれを深掘りしていくという必要があるのかというようなところのちょっと御意見をお聞きをしたいと、そう思います。
そして、二点目は西川参考人にお聞きしたいんですが、そういう形にした場合に、やはり地方におけるそういった検査というのは非常に意味を持ってくると。先ほどいただきました会計検査院の人事という問題に関していえば、じゃ地方におけるそういった検査の人事、これはどうあるべきなのかということで御意見をいただければ有り難いなと。今、現状、いわゆる都道府県でやっている検査、そういった実態を踏まえて、やはりそれも独立組織でやっていくべきなのかどうかというふうなことについてちょっと御意見をお聞かせいただきたいと思います。
この発言だけを見る →最初に、まず加藤参考人に御意見をお聞きしたいんですが、昨年来、三位一体の改革ということで大変な議論が行われたわけです。それで、今日いただいたこの仕分のお話の中で、補助金の改革とそれから税源移譲というようなことが大変議論されたわけですけれども、確かに国の基準でやると高くなってしまう、自治体の基準でやればもっと安くできるのにと。だから、それが即税源移譲という形で実際に地方が自由に使えるお金に持っていく、そういう考え方というものと、もう一つは、補助金の制度自体の中身についての議論というのをもっと深掘りしなきゃいけないんではないかというふうな考え方もあると思うんですけれども、そういったときに会計検査院というか会計の役割というのは、例えば最終的な判断はこれは決算委員会なり国会に任せるという形にしても、どこまでそれを深掘りしていくという必要があるのかというようなところのちょっと御意見をお聞きをしたいと、そう思います。
そして、二点目は西川参考人にお聞きしたいんですが、そういう形にした場合に、やはり地方におけるそういった検査というのは非常に意味を持ってくると。先ほどいただきました会計検査院の人事という問題に関していえば、じゃ地方におけるそういった検査の人事、これはどうあるべきなのかということで御意見をいただければ有り難いなと。今、現状、いわゆる都道府県でやっている検査、そういった実態を踏まえて、やはりそれも独立組織でやっていくべきなのかどうかというふうなことについてちょっと御意見をお聞かせいただきたいと思います。
加
加藤秀樹#26
○参考人(加藤秀樹君) 補助金の制度あるいは税源移譲とかかわったような形での検査院の役割というふうに私は理解、今の御質問について理解いたしました。
例えば、先ほどの検査院からのお答えにもありましたように、補助金あるいは交付税がどう有効に使われているかということについての現在の検査院の機能、役割ということで考えると、現時点では、今、先ほど私がお話ししましたような事業の仕分、あるいは太田市でやっているような意味でのそこまでのチェックというのは私はできないと思います。あくまでも補助金を一万円渡しました、その一万円が規則にのっとってちゃんと使われたかどうかということまでのチェックですから、これはできないと思います。であるからこそ、例えば財務諸表の整備も併せて必要である。その上で初めて太田市がやったようなチェックができるとか、併せて幾つかのことを整備していかないといけないんだと思います。
それで、その上で検査院の役割というものを、ここまでチェックしろという言わば検査院自体の機能強化を制度改革としてこの国会で定めてやっていくという全体像が必要なんだと思いますね。それが検査院との関係ですから、幾つかのほかの制度の整備と併せて検査院の強化というのが初めて実行できるんだと思います。
それから、税源移譲あるいは補助金の制度ということで一言付け加えますと、私は、三位一体改革の議論の中で一番欠けていたのが、先ほど申し上げましたような、背後にある国のコントロールをどうするかという議論だったと思います。
国から都道府県経由で市町村まで流れていく補助金あるいは交付税というのは、背後に必ず国の、先ほど幾つか新潟県の例をお示ししましたけれども、国のコントロールというものがあって、仕事、こういう仕事をしろ、こういう仕事をするならこういうやり方でやれというコントロールがあって、それとセットでお金が流れていくわけですね。ですから、お金のところだけを幾ら、金額で幾らということを議論しても始まらないのでありまして、結局、これは国の各省の権限なりルール、決まり、基準、そういうものをどれだけ地方に自由度を与えていくかということとセットでやらないといけない。
そのことと、自由度を与えたら与えた部分についての税源移譲をやっていくという、そのセットのコントロールの部分が議論が行われなかったというのが一番大きい問題だったでしょうし、そこのところをお金から解きほぐしていって是非コントロールのところまで例えば決算委員会でも議論をしていただきたいなと考えております。
この発言だけを見る →例えば、先ほどの検査院からのお答えにもありましたように、補助金あるいは交付税がどう有効に使われているかということについての現在の検査院の機能、役割ということで考えると、現時点では、今、先ほど私がお話ししましたような事業の仕分、あるいは太田市でやっているような意味でのそこまでのチェックというのは私はできないと思います。あくまでも補助金を一万円渡しました、その一万円が規則にのっとってちゃんと使われたかどうかということまでのチェックですから、これはできないと思います。であるからこそ、例えば財務諸表の整備も併せて必要である。その上で初めて太田市がやったようなチェックができるとか、併せて幾つかのことを整備していかないといけないんだと思います。
それで、その上で検査院の役割というものを、ここまでチェックしろという言わば検査院自体の機能強化を制度改革としてこの国会で定めてやっていくという全体像が必要なんだと思いますね。それが検査院との関係ですから、幾つかのほかの制度の整備と併せて検査院の強化というのが初めて実行できるんだと思います。
それから、税源移譲あるいは補助金の制度ということで一言付け加えますと、私は、三位一体改革の議論の中で一番欠けていたのが、先ほど申し上げましたような、背後にある国のコントロールをどうするかという議論だったと思います。
国から都道府県経由で市町村まで流れていく補助金あるいは交付税というのは、背後に必ず国の、先ほど幾つか新潟県の例をお示ししましたけれども、国のコントロールというものがあって、仕事、こういう仕事をしろ、こういう仕事をするならこういうやり方でやれというコントロールがあって、それとセットでお金が流れていくわけですね。ですから、お金のところだけを幾ら、金額で幾らということを議論しても始まらないのでありまして、結局、これは国の各省の権限なりルール、決まり、基準、そういうものをどれだけ地方に自由度を与えていくかということとセットでやらないといけない。
そのことと、自由度を与えたら与えた部分についての税源移譲をやっていくという、そのセットのコントロールの部分が議論が行われなかったというのが一番大きい問題だったでしょうし、そこのところをお金から解きほぐしていって是非コントロールのところまで例えば決算委員会でも議論をしていただきたいなと考えております。
西
西川伸一#27
○参考人(西川伸一君) 私が強調したかったことは、内部のチェックだけでは駄目である、どうしても甘えが出るんではないかと。ですから、外部からの行政統制の重要性を申し上げたわけですけれども。ですから、その論理をそのまま突き詰めていけば、地方の会計検査といいますか監査についても独立の機関があれば非常に好ましいというふうに思いますけれども、あとは、それぞれ自治体の財源やらその他の事情でそういう機関ができるかどうか、そういう問題かと思いますけれども、論理としてはそういうことだと考えております。
この発言だけを見る →山
鴻