五十嵐敬喜の発言 (憲法調査会公聴会)

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○公述人(五十嵐敬喜君) 直截な回答になるかどうか分かりませんけれども、憲法を考えるときに何を考えたかということをずっと見ますと、明治の用語で言いますと、国家の基軸とは何かということをずっと考えるんです。昭和の場合は、ちょっと忙しかったんですけれども、やっぱり民主主義、当時は国家の基軸とは何かについてやっぱり天皇というのが考えだったんだということですね。戦後、昭和憲法でやっぱり国家の基軸の一つとして国民主権とか民主主義とかということを考えたということだと思うんです。
 今の質問でいきますと、これが実質化したかどうかということですが、いろんな言い方があると思いますけれども、やはり率直に大学で授業などをしながら含めて言いますと、必ずしもアメリカのような、国民一人一人が全部人権とか統治の構造を分かっていて、ある種の選択をし、生きていくということとはちょっと遠いなというふうに思うんですね。しかし、今後五十年、百年間は、これが絶えず問われる。やっぱり国家の力量、もし国家というものがあるとすれば、国家の力量は一人一人の国民の人々の総体だと思うんですね。
 なぜ、その国民主権が現実化しなかったこの大きな原因として、やっぱり、ちょっと先ほど言いましたけれども、全部官僚さんにゆだねておくと、少なくともここまでは余り大きな過ちはなかったということで、ややお任せ民主主義といいますか、だれかにゆだねた民主主義をずっとやってきたんだ、それで平和が保てたんだと思うんです。
 しかし、今後はそうならなくなりまして、いよいよ自分たちで自己決定しなきゃいけない、非常に大きな概念、自己決定しなきゃいけないと思うんです。自己決定が問われる。地域的に問われるし、世界的に問われる。そうなったときに日本国民は十分にちゃんとした回答をしていくだろうというふうに、ただその手続がない。その手続は憲法がやや閉じ込めているので、その手続を開放してくださいというのが私の二十一世紀の国民主権論のその憲法論なんです。

発言情報

speech_id: 116214187X00120050221_026

発言者: 五十嵐敬喜

speaker_id: 7735

日付: 2005-02-21

院: 参議院

会議名: 憲法調査会公聴会