若林正丈の発言 (国際問題に関する調査会)
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○参考人(若林正丈君) ありがとうございます。
私は、台湾近現代史あるいは台湾政治を研究しておりますので、私も本日どのように、どのような話をしていいか大分迷ったんですけれども、お手元お配りいただいているレジュメのようなことで台湾政治の現状認識について三つのポイントを中心に述べさせていただきまして、最後に触れるという形で、私は研究の過程で台湾の学界の人を始め政界の方ともお付き合いがございますけれども、そういう付き合いの経験の中から考えて、台湾に向き合うときの姿勢、政策というよりは姿勢としてこんなスタンスがよろしいんではないかということについて簡単に触れさせていただくと、そういうお話にさせていただければというふうに思います。
最初の現状認識というところでございますけれども、最初のポイントですが、一、二、三とポイントがありますが、いずれも見てみれば当たり前のような話なんでございますけれども、やはり台湾は一九九〇年代後半に民主化、政治制度の民主化が完成いたしましたけれども、その民主制度は確かに民主化して機能しているんだという認識、それでさらに、民主化が始まってからやはり市民社会が、非常に活発な市民社会ができ上がってきているという、そういう社会になっているという認識をやはりきちっと持ち続けるということは大事ではないかというふうに思います。
次に申し上げますけれども、二のところでも触れますけれども、にもかかわらず、民主化が一応できてから、台湾の政治、まだいろいろ落ち着かず動いて、政治制度もそうですし、政党ができたり、新しい政党ができたりとか、イデオロギー的にもちょっと少し動いたり、動きがございます。
御案内のように、陳水扁政権というのは、二〇〇〇年にできて以来、数年間にわたって、やはり国会の中あるいは国会の外で、特に選挙キャンペーンのときですけれども、一種の対決型政治というものが数年にわたって続くということもございまして、台湾の政治、不安定じゃないか、大丈夫なのかというような心配が外の世界からも抱かれているわけですけれども、レジュメ第一行にも書きましたけれども、昨年末の選挙の結果、やはり有権者の方から見ても、このような対決型政治はもうやめてくれという声が選挙の結果という形で上がっているというふうに理解できると思うんですね。そういう意味で、幾多の欠陥はあるけれども、民主主義は台湾では機能し続けているんだということをまず見ておいた方がよろしいんではないかなというふうに思います。
それから、市民社会という話でございますけれども、振り返りますと、八〇年代後半の時期に、一九四九年から施行されっ放しであった長期戒厳令というのが解除されまして、政治的な自由というものが台湾に戻ってまいりました。非常に政治的な不自由な時期が続きまして、政治犯もたくさんいまして、台湾という島は監獄島である、監獄の島であるというような言い方も出てきていたわけですけれども、そういう監獄の島であるというようなことは九〇年代初めには解消しています。自由になって、その前に、その前の段階に既にかなりの経済発展がございましたし、教育の普及もございまして、自由になりますと、ある意味では市民社会の爆発といいますか、様々な環境問題、それから自然保護、あるいは消費者運動、あるいはもっと末端の村づくり、町おこしといったようなことで、たくさんの市民団体が出て活発に活動を続けているということになっておりまして、自由化したと、政治的な自由化がされたということの果実というものを台湾の社会はちゃんと摘み取っているというふうに理解したいというふうに、私はそういうふうに思います。
というわけですので、日本と台湾の間、もちろん国交がないということでございますけれども、社会と社会は非常に無理のない形で、つまり共通の政治的、社会的価値観を有する社会同士になったということで、無理のない多様な交流というのはやはりもう非常に発展してきているというふうに、私はかなり広い面を見ているわけではございませんけれども、自分が目にする学術・文化交流といった面から見ましてもそういうことができるような社会になっているし、それが行われているというふうに思います。
村おこし、町づくりですか、については日本が先輩でございますけれども、台湾でもやはり高度成長、経済の余りの高度成長によって地方社会がやや荒廃するというようなこともありまして、日本の村おこし、町づくりに触発されて、非常に基層の村や町でも実際に日本との、そういう成果を上げているところと交流を行って自分たちもやっていくということ、最近はあちこちで目に見えて成果が上がってきているということがありまして、余り気付かれないけれども、ここに、何といいますか、隠れた日台交流、盛んな日台交流があるというふうに私は理解しております。
二番目ですけれども、これが厄介な問題でございますが、台湾では民主化がいわゆる台湾化を促進してしまうという、そういう力学になってございます。
御案内のように、台湾の政府は今も中華民国政府というふうに自称しているわけですが、その昔はそれが全中国を代表する政府であるということを言っておりまして、それに基づいて国家の機構であるとか政治制度であるとか教育の理念であるとか、それから国家を象徴する様々なシンボルとか、そういうものが、甚だしくは道の名前まですべて設計されてきているということになっておりますけれども、民主化をすると、台湾にある、存在しているという実情に合わせる方向に政治制度、国家の制度がだんだんだんだんと変わってこざるを得ない。
さらに、そのイデオロギーとしては、台湾自身で、台湾の住民自身が一つの国民であり、主権独立の国家を持つべきであると、あるいは既にそうなっているんだと、そういう意味の台湾ナショナリズムが台頭してくると、そういうことがございまして、台湾が台湾化するというのはおかしな話なんですけれども、その戦後の成り行きから民主化というものがそういうものを促してしまうと、そういうことになっていると思います。
それが、やはり台湾海峡の安定を保ってきた一種の国際レジームですね、上海コミュニケ、ニクソンが一九七二年に中国を訪問したときにできた枠組みですから、七二年体制とかそういう言葉で私は呼んでいるんですけれども、そういうものの前提をもこういう変化というものは揺るがしつつあるというふうに思います。先ほども述べましたように、二〇〇〇年の大統領選挙では、その台湾ナショナリズムを背景とする勢力が、というのは、つまりそれは、それまではずっと政治体制のアウトサイダーだったわけですが、アウトサイダーが政権を握るという事態がついに今発生したということになると思います。
そこに、アステリックで米中共同声明、一九七二年の上海コミュニケの一節を引かせていただいてありますけれども、アメリカ側が、台湾海峡のすべての中国人が皆中国はただ一つであり云々と、こういうふうに考えていると、認識しているというんですけれども、これは台湾の中ではそうではないということが余りに明白に既になってしまっているというふうに言えると思います。
先ほど高原先生からもちょっと、若干触れられましたが、中国の軍事力の増強とともに台湾に対する軍事的圧力も強まっておりますし、それから、今度は逆に、次に述べますけれども、経済交流というのが盛んになっておりますので、実は冷戦期には存在しなかった経済的なあるいは社会的なつながりができて相互利益が発生しているということもありまして、非常に複雑な形でこれまでやってきて、これまで存在しております台湾海峡レジームの前提が揺らいでいるということが見て取れるのではないかというふうに思います。ただし、前提が揺らいでいると言っているだけで、体制そのものが揺らいでいるというふうに言っているわけではないんですけれども、注意すべき状況になってきているというふうに思うわけでございます。
その下に、では、じゃどうするかということですが、今、米中台ともに現状は維持するんだと言っているんですが、これは現状、それぞれが定義する現状が違うということでございまして、その下にアステリックで書いておりますが、アメリカにとってみれば、その後に引きました、ブッシュ大統領が、これ、大変失礼いたしました、ブッシュ大統領の発言の年度が違っておりまして、〇四年十二月になっていますが、〇三年十二月の誤りでございます。大変申し訳ありませんが、御訂正いただきます。
この温家宝首相、訪米した温家宝首相と会ったときに、我々は中国又は台湾が現状を変更するいかなる一方的な決定をすることにも反対であると、こういうことで、とにかくどちらも相手に対して武力行使をしないという状況を維持することが現状であるということに米国にとってはなりますけれども、中国側からすれば、中国は既に統一されているという法理というものが既に存在しているんであって、それが、中国が統一されているということが現状であると。
これは、現在、報道によりますれば、中国の全人代、全国人民代表大会で反国家分裂法というものが審議されているということなんですが、この反国家分裂法というそのネーミング自体が国家は既に統一されているという前提でございますので、中国にとってみては法理の上において統一されているというのが現状で、それを破壊してはいけないというふうに、破壊しようとしているのは台湾の陳水扁政権だと、こういう立場になっているというふうに思われますが、台湾側は、既に実際に分断され、分治されて、分治、それぞれ別個に統治されているというのが現状であり、それを維持するんだと。台湾独立勢力から見れば、それを法理上もそのようにしてしまいたいということが目標であると、そういうことになっているというふうに思います。
当然ながら、日本としては、現在、台湾海峡の平和を維持しているその前提は揺らいできているんですけれども、これを、平和を維持している現状維持レジームというものを壊していく、積極的に壊していく理由というのは何もないという状況でございますので、やはり日米安保を通じて米国の現状維持政策を助けていくという基本的なスタンスというのは変化させる必要はないというふうに私も思います。
民主化が台湾化を促進してしまうということで台湾政治動いてしまっているわけで、そのことによって台湾の、小さな台湾ですが、台湾の国政選挙、選挙の結果が国際情勢に跳ね返ってしまうという事態が二〇〇〇年以来続いてきているわけなんですけれども、陳水扁政権が、台湾独立の方向での言説を陳水扁氏が盛んにするようになるのは大体選挙と関係がございまして、やはり彼は二〇〇〇年は新しい中道路線ということでスタートしたんですが、それがなかなか内政改革の面で、議会は野党が優勢なものですから成果が上げられないと。しかし、次に選挙を勝つためにはどうするかというと、やはり台湾ナショナリズムのキャンペーンを強めるという形で次の選挙にも勝ってきて、それで昨年度の選挙、昨年末に行われた選挙はそれでいこうと思ったんですが、うまくいかなかったと、そういう結果になっているわけです。
ですから、台湾海峡の安定という面から見ますと、民生、内政の改革あるいは民生の政策の面で成果が上げられる、台湾の中での定義における中道政権というものが確立されていくということが望ましいというふうな状況に今あるというふうに思われます。
台湾では選挙の後、新しい内閣が今できようとしておりまして、謝長廷さんという高雄の市長、南部の高雄の市の市長さんが新しい首相に任命されました。先ほど、最初に申し上げましたように、対決型政治というものを終息させてほしいというのが前回の選挙の重要な有権者のメッセージだったというふうに思われるんですけれども、それをやはり実現するには何らかの形の政党間の協力というスタイルを何とか樹立しなければいけないんですが、まだ台湾ではそれがうまくいった事例がないわけですね。ですから、今それが何らかの形の議会の多数を、現在の与党が一定の政策の範囲内で協定してコアリッションを作れるのかどうかというのが非常に今問われている、今非常に重要な時期に来ているというふうに思います。
先ほど申しましたように、民主化が台湾化を促進してしまっていますので、台湾の国政選挙あるいは台湾の議会のコアリッションがどう組まれるかということが台湾ナショナリズムの動向に関係してくるということで、それが翻って国際情勢にも響くという状況になっておりまして、台湾の中の政治バランスというものにも注目していかなければいけないかなというふうに思う次第です。
三番目の中国の存在感と圧力が強まっているということでございますが、これは改めて言うまでもなく、皆さん御案内のとおりでございます。
八〇年代後半に、台湾の住民で大陸に親戚のある者は親戚訪問をしていいという形で始まりました中台間の民間交流というのはどんどん発展をいたしまして、今非常に太い経済交流が行われているということは既に御存じのとおりでございます。経済の交流が発展して、そして継続していきますと、物、財が動くだけではなくて人も動くようになりまして、やはり社会的なつながりもできてきたというふうに見ていいんではないかと思います。
現在、数ははっきりしないんですけれども、百万ぐらいの台湾ビジネスマンが恒常的に中国に住んでいるということが言われております。住んできますと、子弟を大陸の学校で教育しなければならないと、そういうことも出てきますし、大陸の人と結婚する人も出てきますし、逆に、中国大陸の方から台湾の、お嫁さんが余り来れない農村にお嫁さんが来るということも増えております。そういう形で、あと宗教的な交流もございますけれども、社会的なつながりもできてきているということでございますが、先ほど申しましたような台湾化という傾向がございますので、民主化と台湾化ですね、この二つの要素によって政治は全く近づくことができないと、あるいは逆に言えば離れていっているということではないか、そういう矛盾した力学に置かれているというふうに思います。
そこのレジュメのところで括弧、引用しましたのは、アメリカで米中台関係をずっとウオッチしているナンシー・タッカーという学者の言葉を引きました。「中台を引き離しつつ同時に抗しがたく結びつける根本的な衝動」に今台湾は見舞われている、そういう状況なんだという複雑な情勢ですね、だというふうに思います。
次に、もちろん、次のことは言うまでもないことですけれども、台湾が自分の存在を国際社会に強めようとすると中国はすぐたたくと、こういう外交ゲームがどんどん続いていますし、中国の外交力の増強とともになかなか厳しい状況になりつつあるというふうに思います。軍事的圧力については、ミサイル、七百発と言われていますが、台湾に向けて照準を向けたミサイルが配備されているということでございます。
だんだん時間がなくなってまいりましたけれども、そういう状況の中で台湾の住民の意識というもの、台湾ナショナリズムが高まっているんですが、どういうふうに見たらいいかということでございまして、十分な説明ができない、する時間がないかもしれませんが、ちょっとだけレジュメ二ページ目の図をごらんいただきたいというふうに思います。
これは、私は、台湾住民のナショナルアイデンティティーといいますか、そういう関係の意識というのは非常に複雑であるというふうに考えておりますけれども、やはり大事、一番今日申し上げたいポイントというのは、いわゆる台湾意識が高まっていると言うんですけれども、その内容でございまして、私が一番大事なのは、台湾の住民が、その台湾意識に対する民主化の影響ですね、つまり台湾が将来にどういう形で中国大陸と政治的関係を持つかと、独立なのか統一なのかということについてはどういう最終的決着を付けるかについては、その態度としてはオープンだけれども決定というものは自分で決定したい、自己決定したいと。言わば自決あるいは民主的な意識ですね、こういうものは非常に広範に持たれて、こういう意味での台湾意識というのはかなりある意味では確立しているという状況にもうなっているんではないかというふうに思います。既に三回の民主的な大統領選挙というものをやっているわけでございまして、これはそういう民主的な政治プロセスへの民衆の参加と、そういう制度が壊されない限り続いていくものだというふうに考えておりまして、台湾意識が高まっていると言われるんですけれども、その内容は今申し上げたようなところで、図で言いますとT3としてあるものなんですが、これが一番大事なんではないかというふうに考えておる次第でございます。
さはさりながら、やはり中国の存在感、外交的、軍事的な圧力と経済的吸引力と、現在は社会的吸引力まで付いてきているというふうに思うんですが、そういうものを前にして、自分自身の経済発展と民主化による自信というものとその中国からの圧力からの孤立感、焦燥感というもの両方が今ない合わさっている状況が台湾の有権者の心理なんではないかというふうに考えている次第でございます。
そうなりますと、やはり台湾海峡の安定にとってみれば、そういうその台湾住民の一方での自信、一方での孤立感、焦燥感というものを踏まえて、過度な孤立感というものを抱かせないような対応というものが、隣国の、あるいは周囲の国家の公共的な場で活動する人々にとってはそういう配慮が必要なんじゃないかなというふうに思いまして、一、二、三、四と余り論理的にはつながりませんが挙げておきました。
一つは、日中共同声明の枠内で我々は民間関係を台湾と持つということになっているんですが、これを、国家間関係という枠組みがないという状況なんですけれども、この関係をしっかり運営するという心構えを常に持つということが大事かなというふうに思います。
二番目と三番目は先ほど触れた現状認識と関係あるんですけれども、やはり公共的な立場にある方が台湾の方と何らかの形で接触して何かの意見を表明するという場合には、やはり台湾の民主体制や成熟しつつある市民社会への敬意というものを背景に発言をする、そういう態度が必要なんじゃないかというふうに思います。
それから、先ほど言いましたような台湾意識ですね。それから、自立願望とよく新聞には出ますけれども、そういうものにはそれなりの歴史的根拠があるし、十九世紀末に日本の植民地、清朝から日本に割譲され、日本の敗戦とともにまた別の身分になった、中華民国の一部ということになり、今また中華人民共和国の一部になるように圧力が掛かっているわけですよね。ですから、そういう歴史を考えれば、そういうふうに歴史に翻弄されてきたという経緯を踏まえれば、今度は自分の運命は自分で決めたいと、そういうふうに、発展した経済を持ち、充実した教育を持ち、成熟しつつある市民社会を持つ、そういう人たちが考えるのは当たり前のことであるというふうに私としては思います。
つまり、そういう自立、いわゆる自立願望には歴史的正当性はやはりあるんだろうというふうに思います。ですから、それに対してやはりしかるべき敬意というものが、表明する姿勢というのがあっていいんじゃないかなというふうに思います。そういう面では、日本政府及び国民の、李登輝、いわゆる李登輝訪日問題に対する対応というのは良かったんじゃないかなという、そういう意味での適切な配慮、ものが表明できたいい対応であったんじゃないかなというふうに私は喜んでおります。
もう一つは、よく台湾人は親日的だというふうに言われるんですけれども、それは過去の歴史的つながりからそういうふうに言われているんですが、大分もう世代も交代しておりまして、当たり前に日本語で日本人に話し掛けてくれるという世代はだんだんだんだん消えていこうとしているわけでございまして、若い世代の意識が違いますので、やはり台湾人のいわゆる親日というのを当たり前に受け取るという時代はもう終わりつつあるということなんで、そこに対して適切な配慮は必要なんじゃないかなというふうに思います。
四番目のは余りはっきりしない物の言い方なんですけれども、ごくごく長期的に見て、いわゆる台湾問題の解決というものは中台双方がナショナリズムを言い立てるという状況の中では解決というのはあり得ないだろうというふうに私としては思います。だから、基本的には、この問題の解決というのは中国大陸と台湾がそれぞれ共存共栄できる政治的枠組みを求めるという方向でしかあり得ないという、そういう判断を持ちながら台湾海峡の情勢というものを見ていく必要があるんではないかなというふうに考えている次第でございます。
以上、まとまらないお話で恐縮でございましたが、私の意見表明とさせていただきます。
ありがとうございました。