国際問題に関する調査会
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会
会議録情報#0
平成十七年二月十六日(水曜日)
午後一時開会
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委員の異動
二月十五日
辞任 補欠選任
藤末 健三君 尾立 源幸君
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出席者は左のとおり。
会 長 松田 岩夫君
理 事
山東 昭子君
世耕 弘成君
直嶋 正行君
山根 隆治君
加藤 修一君
委 員
岸 信夫君
小林 温君
末松 信介君
中川 雅治君
二之湯 智君
長谷川憲正君
尾立 源幸君
大石 正光君
大久保 勉君
工藤堅太郎君
佐藤 雄平君
田村 秀昭君
前田 武志君
澤 雄二君
大門実紀史君
事務局側
第一特別調査室
長 三田 廣行君
参考人
立教大学法学部
教授 高原 明生君
東京大学大学院
総合文化研究科
教授 若林 正丈君
─────────────
本日の会議に付した案件
○国際問題に関する調査
(「多極化時代における新たな日本外交」のう
ち、日本のアジア外交(日中外交の回顧と今後
の課題)について)
─────────────
この発言だけを見る →午後一時開会
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委員の異動
二月十五日
辞任 補欠選任
藤末 健三君 尾立 源幸君
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出席者は左のとおり。
会 長 松田 岩夫君
理 事
山東 昭子君
世耕 弘成君
直嶋 正行君
山根 隆治君
加藤 修一君
委 員
岸 信夫君
小林 温君
末松 信介君
中川 雅治君
二之湯 智君
長谷川憲正君
尾立 源幸君
大石 正光君
大久保 勉君
工藤堅太郎君
佐藤 雄平君
田村 秀昭君
前田 武志君
澤 雄二君
大門実紀史君
事務局側
第一特別調査室
長 三田 廣行君
参考人
立教大学法学部
教授 高原 明生君
東京大学大学院
総合文化研究科
教授 若林 正丈君
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本日の会議に付した案件
○国際問題に関する調査
(「多極化時代における新たな日本外交」のう
ち、日本のアジア外交(日中外交の回顧と今後
の課題)について)
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松
松田岩夫#1
○会長(松田岩夫君) ただいまから国際問題に関する調査会を開会いたします。
委員の異動について御報告いたします。
昨日、藤末健三君が委員を辞任され、その補欠として尾立源幸君が選任されました。
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この発言だけを見る →委員の異動について御報告いたします。
昨日、藤末健三君が委員を辞任され、その補欠として尾立源幸君が選任されました。
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松
松田岩夫#2
○会長(松田岩夫君) 国際問題に関する調査を議題といたします。
本日は、本調査会の調査テーマである「多極化時代における新たな日本外交」のうち、日本のアジア外交に関し、日中外交の回顧と今後の課題について参考人から御意見をお伺いした後、質疑を行います。
本日は、立教大学法学部教授高原明生参考人及び東京大学大学院総合文化研究科教授若林正丈参考人に御出席いただいております。
この際、一言ごあいさつを申し上げます。
両参考人におかれましては、御多忙のところ本調査会に御出席いただきまして、誠にありがとうございます。
本調査会では、日本のアジア外交について重点的かつ多角的な調査を進めておりますが、本日は、日中外交の回顧と今後の課題についてお二方から忌憚のない御意見を賜りまして、今後の調査の参考にいたしたいと存じますので、何とぞよろしくお願いを申し上げます。
本日の議事の進め方でございますが、まず高原参考人、若林参考人の順でお一人三十分程度で御意見をお述べいただいた後、午後四時ごろまでを目途に質疑を行いますので、御協力をよろしくおお願いいたします。
なお、御発言は着席のままで結構でございます。
それでは、高原参考人から御意見をお述べいただきます。高原参考人。
この発言だけを見る →本日は、本調査会の調査テーマである「多極化時代における新たな日本外交」のうち、日本のアジア外交に関し、日中外交の回顧と今後の課題について参考人から御意見をお伺いした後、質疑を行います。
本日は、立教大学法学部教授高原明生参考人及び東京大学大学院総合文化研究科教授若林正丈参考人に御出席いただいております。
この際、一言ごあいさつを申し上げます。
両参考人におかれましては、御多忙のところ本調査会に御出席いただきまして、誠にありがとうございます。
本調査会では、日本のアジア外交について重点的かつ多角的な調査を進めておりますが、本日は、日中外交の回顧と今後の課題についてお二方から忌憚のない御意見を賜りまして、今後の調査の参考にいたしたいと存じますので、何とぞよろしくお願いを申し上げます。
本日の議事の進め方でございますが、まず高原参考人、若林参考人の順でお一人三十分程度で御意見をお述べいただいた後、午後四時ごろまでを目途に質疑を行いますので、御協力をよろしくおお願いいたします。
なお、御発言は着席のままで結構でございます。
それでは、高原参考人から御意見をお述べいただきます。高原参考人。
高
高原明生#3
○参考人(高原明生君) 御紹介いただきましてありがとうございます。ちょっと風邪を引いておりまして、お聞き苦しい点があるかと思いますが、何とぞ御容赦くださいませ。
それでは、時間に限りがございますので、早速ではありますが、御報告申し上げたいと思います。
何についてお話し申し上げようか迷いましたが、日本のアジア外交、特に対中外交ということをお話し申し上げますが、それをする上でも、やはり等身大の中国、中国が今どういう姿にあるのかということを知らないと的確な外交政策も打ち出せないということは自明のことでございますので、中国、主には政治経済の問題ではありますが、今どういう状況にあるのかということを簡単にまず御説明申し上げた上で、私なりに日本がどのように対中外交を進めていったらいいのか、何を考えているかということをお話し申し上げようと思います。
大体レジュメの順番に沿ってお話し申し上げてまいりますけれども、まずは、これは皆様もよく御承知の点だとは思いますけれども、中国のマクロ経済というのは非常な速度で成長しつつあります。経済成長率は、そのレジュメに六年ほど前から数字を出しておりますけれども、特に去年、その前の年、九%以上の高成長ということで、ただ、これは後で申しますけれども、中国当局がこのように速い速度で成長したいと必ずしも思っているわけではなくて、どちらかといえば経済の過熱が心配事でございまして、マクロコントロールがうまく利かなかった結果としてこういう速度になっている面もあるということをまず押さえておきたいと思います。
しかし、高い成長率であることはいずれにせよ間違いのないことであって、中国社会、経済社会が非常な速さで変わりつつあると、変化が非常に速いということは、私たち、大事な点として理解すべきだろうと思います。
同時に、中国というのは広い国でありますから、多様性に富んだ社会であって、私もこれから中国の現状はこうだというお話をするわけですけれども、実は中国というのは一言では語れないと。中国はかくかくしかじかでありますという人の話は皆さんは是非信じないでくださいといいますか、まゆにつばを付けて聞いてもらうという方が私はよろしいのではないかと思って、ちょっと最初に、あらかじめ変な話でありますがお断り申し上げておこうと思います。
そういう変化の大きい中国の中でもやはり基本的な心配事というのは人口のことでありまして、そこの点から触れたいんですけれども、今、大体一千万人、毎年一千万人ずつぐらいのオーダーで中国の人口は増えているわけですね。様々な予測があってばらばらですけれども、それ、いつ止まるのかと。一説では二〇三〇年代に十五億弱で止まるんじゃないかと、あるいは二〇四〇年代に十六億弱で止まるんじゃないかとか、様々な予測がありますが、この人口の重荷というのが中国社会に今のし掛かっていることは間違いない、これが多くの問題の基本にあるわけですね。
御存じのように、一九八〇年からもう既に二十五年の長きにわたって一人っ子政策というのを実施してまいりましたけれども、しかし、その次に申し述べますように、少子化・高齢化社会というもう一つの大問題が迫っておりますので、実は九〇年代の後半から徐々に一人っ子政策の緩和というのが始まっております。九〇年代の後半から多くの地方におきまして一人っ子同士が結婚した場合には二人目も産んでよろしいという、そういう政策を取っている地方が実は多いです。ただ、これまではそれにも制限がありました。条件がありました。例えば、女性は二十八歳以上でなければならないとか、あるいは間隔を四年以上空けなければならないとか、そういう制限を設けている地方が多かったんですけれども、そういう制限を取り払うところが最近増えているというのがここ一、二年の現状であります。
ただし、中国社会、やっぱり大きく変わっているなと私なんかも感じますが、伝統的な中国のその家族観からしますと、家族はもちろん多ければ多い方がいいと、そういう考え方でありましたが、最近はそうではないんですね。特に、都市におきましてはもう子供は要らないよと。本当に変わったなと思います、中国社会。子供を欲しがるのは高学歴者、高所得者。所得が足らない者は、やっぱり教育費にすごくお金が掛かるものですから、子供は要らないと。今いる子供も邪魔だと、そこまで言う人もいるくらいであって、一般庶民の暮らしは実は大変厳しいものがあるという、そういう話でもあります。
その高齢化の状況ですが、3.のところで一応リストにしておいたんですけれども、じわじわっと、徐々に六十五歳以上の年齢の割合、六十五歳以上の方の割合が増え、そして十四歳以下の子供が減っておりまして、多くの町で保育園や幼稚園が老人ホームに替わっています。それは非常に普通に見られる状況となっております。
問題は、もちろん年金ということがその最大の問題なんですけれども、例えば経済的な先進地域である上海の例を取りますと、既に六十五歳以上年齢が二割近くなっているのでありまして、年金の資金が足らないと、もう四年前の数字で大赤字だという、そういうことであって、大問題ですね、やっぱり。
それから、そうした庶民の暮らしということで申しますと、お金持ちが増えていることは間違いないんですね。よく最近では日本でもテレビ放映されますが、ニューリッチとか中産階級とか、後でちょっと御説明しますけれども、私たち、私なんかよりはずっといい暮らしをしている人が非常に多くなっているのですが、しかし問題は格差です。
いろいろなレベルの格差があるんですけれども、特に大きな問題は、やっぱり政治的な問題を考えますと大きな問題は、都市、農村間格差であって、収入の統計で見ますと、マクロ的に総合すると三・二対一という、そういう二年前の数字がありますが、しかし、農民の場合はその収入の中から肥料を買ったり種を買ったり、生産コストがまた出ていってしまいますので、あるいは税金も払わなきゃならないというようなことがこれまでありましたので、大体五倍から六倍の格差があるのではないかというふうに中国当局も認めているところであります。これはならした数字ですから、もちろん都市のリッチなところとそれから農村の貧しいところというのは、もう何十倍もの開きがあるというわけであります。
ただ、よくある議論は、底上げさえされていれば社会が不安定になることはないんじゃないかということですね。九・何%も成長があるのに社会がぐらぐらすることがあろうかというふうによく言われますけれども、実は絶対的な所得水準を落としている、そういう人も多いんですね。これも中国の公式な統計でありますが、二〇〇〇年から二〇〇二年まで、農家の間で絶対的な所得水準を落としている農家が四割以上あるという、そういう統計が実はあるので、これはゆゆしきことだということなんですね。
で、どうするのか。農家の収入を上げるというのは日本でもどこでも大変なんですけれども、一つの対策は農民を減らせばいいじゃないかということなんですね。農民を減らせば農民の収入は増えるはずだということで、これまでの厳格な戸籍制度、つまり都市住民と農民とを厳格に分けて農民を都市に入れないという、そういうやり方を改めて、もっと都市への農民の移住を認めようという、そういうことになってきているのが現状なんですけれども、しかし、その制度がやはり問題、壁にぶち当たっていまして、何かというと、都市住民と農民の大きな違いは社会保障を得ることができるかどうかという、そういう違いがあったんですね。要するに、都市住民として認定されれば社会保障を受けることができると。
ところが、都市の政府にそんな財政的なゆとりはないものですから、つまり農民が都市にどんどん入ってきて、その人たちにもこれまでの都市住民に対するのと同じような社会保障を手当てできませんので、表面的にはもう都市の住民と農民の区別はやめましたと言いながらも、実は区別を続けている、実態としては続けている、続けざるを得ないというそういう状況で、社会保障制度の整備というのは大問題なんですけれども、やっぱり財政的なゆとりが中国政府にありませんので思うようには進んでいないという基本的な状況があって、これはやっぱりセーフティーネットの欠如ということで社会の大きな不安定材料になっているわけですね。
じゃ、市場化は他方進んでいるわけで、経済成長もできて明るい面もあるわけなんですけれども、ただ、そのときに社会主義の倫理体系に代わる新しい市場の倫理というものができていない、治安も悪い、どうするんだということで、最近は孔子様の復活なんということが見られます。その完全復活といいますか、全面的に認めているわけではもちろんなくて、封建的な部分は除いたいい面だけをまた取り入れていこうというような考え方があります。
他方、生活、明日の生活に対する不安とかいうことが昔とは格段に大きくなっていますので、宗教を信仰し始める人も最近は非常に多いです。医療保険が整備されておりませんので、今病気になると大変なんですね。病院もかなり拝金主義になっていまして治療費も高いですので、なるべく病気にならないようにしなければならない。じゃ、太極拳や気功をやるかということで太極拳や気功をやる人増えているんですよね。ところが、そういう流派の中には準宗教的なといいますか、いろいろな、悪く言えばカルト的な教えも混じったようなものもありますので、共産党はそういうものとして法輪功なる一派を邪教と認定して数年前から弾圧しているといったような状況もありますが、しかし、今申しましたような基本的な社会状況というのは変わらないわけで、私はどれだけ弾圧されてもいろいろな宗教の流派が社会の間に広まっていくことは避けられないのではないかというふうに思っています。
その宗教が絡みますけれども、新疆やチベットではいわゆる独立問題があって、中国はもう何十年も前からいわゆるテロ、中国当局から見るとテロですね、独立の側から見れば正当な独立運動ということになりますけれども、その対応にも今後も悩まされ続けていくだろうというふうに思われます。
それからもう一つ、成長の影ということで見落とせないのは環境の問題であって、エネルギーについてはよく日本の新聞にも出ておりますけれども、あるいはレジュメの二ページ目に参りまして、深刻なのは水不足の問題ですね。中国の北部、本当に水がないですね。もう冗談じゃないんですよ。よく聞く話は、北京のゴルフ場のウオーターハザードはみんな水がなくなってしまって、全然ウオーターハザードではなくなってしまったとか、あるいは北京オリンピックが二〇〇八年にあるので、今一生懸命周りから水をかき集めて北京市の緑化をやっています。一見するとスプリンクラーで非常にふんだんに水をまいて、何といいましょうか、大変北京市内は緑になったんですけれども、北京の数百キロ西側に大同という石炭や雲崗石窟で有名な町がありますが、そこの六階のアパートに住んでいる住人の話では、もう夜中三十分しか水が出ないそうです。そういったような状況があります。
北京オリンピックのオリンピック村の人工の池があるらしいんですが、その池の大きさも、設計図上の池の大きさがどんどん小さくなっているらしいですね。これだけ水があるはずだと思っていたのが、やっぱりないということで、何遍もかき直して今はかなり小さくなってしまったというふうな話もあります。
北京の場合ですと、三分の二の水を地下からくみ上げているということがもう五年前にあって、そうすると、地下水には再生される部分と再生されない部分とあって、もう陥没事故が起き始めているという、そういう深刻な状況のようです。
あと、汚染でいいますと、水もそうですし、大気もそうですし、それからCO2の排出ということで申しますと、今もう世界二位の排出国であって、中国もポスト京都議定書の話合いでは相当厳しい局面に立たされるのではないかというふうに思っております。
こうした状況に対しまして、共産党はもちろん無為無策でいるわけではなく、さっき申しましたように、戸籍制度の改革であるとかいうような具体策もありますし、基本的にこういうバランスの取れた発展をしていかないとやっぱり持続的に発展していけないんじゃないかという、そういう認識はかなり深くもう根付いたと言っていいと思います。特に、胡錦濤、温家宝政権になってから、いわゆる科学的発展観という言い方の下に、バランスの取れた発展をしていこうということを大々的に宣伝しているわけですね。
例えば、都市と農村の間のバランスであるとか、地域の間のバランスであるとか、あるいは経済開発と社会開発の間のバランスですね。つまり、おととしにはSARS騒ぎもあったわけで、衛生であるとか教育であるとか、そういった経済成長とは直接関係のないといいますか、いわゆる私たちの言う社会開発的な分野も大切ではないかとか、あるいは環境ですね、環境、生態系とそれから経済成長とのバランスを取っていかなければならないとか、そうしたことをスローガンとして強調はしているんですけれども、ただ、なかなか地方の指導者にしますと、人事考課の中にそういうバランスの取れた発展ということがまだきちんとした項目になっていないんですね。やっぱり成長第一の人事考課制度になっていまして、ここを変えないとやっぱりなかなか実際は変わっていかないんだろうというふうに思います。
それから、最初に申しましたマクロコントロールがうまく利いてないから期待以上の成長率になってしまったという話なんですが、もちろん共産党中央としましては末端まで指示を出して、それこそバランスの取れた発展をちゃんとしなさいよと、成長第一じゃ駄目ですよと、いろんなセクターが過熱していますよと。物価は、去年は都市部はまだ三%台ですが、農村の消費者物価はもう五%近い数字になっていますので、インフレが大変怖いわけですね。
ところが、昔と違いまして、党中央の威令が末端にまでなかなか届かないという、そういう現状があります。これは非常に深刻な問題だと思います、中国及び共産党にとってみると。これを何とかしようということで、去年の秋開かれました中央委員会の第四回総会、第四回中央委員会全体会議ということで四中全会と言っておりますけれども、党のその統治能力、彼らの言葉で言うと執政能力、これをどう強化するのか。
一つは、その党の中のコントロールをどう利かせるのか、規律をどうするのか。規律を正すということですね。その規律の中には、重要なポイントとして、汚職、腐敗を取り締まるということも当然あります。汚職、腐敗は相変わらずしょうけつを極めていると言っていいと思いますね。これは本当に党中央にすれば何とか止めたいと思っているでしょうけれども、もう地方の幹部は好き放題をやっていると言うとやや大げさに聞こえるかもしれませんが、そう言って言い過ぎでないようなところもあるので、これもまた政治にとっては大問題であります。
一つの対策としましては、もちろん法治の強化ですね、法治の強化ということを、これも二十何年間中国共産党はスローガンに掲げて推し進めようとしていますけれども、なかなか人々の意識も変わらないというのが実態だろうと思います。
それから、ちょっと時間がないので飛ばしてまいりますけれども、七番、Ⅱの7.のところに「調和的な社会」と書いて、これは最近になって執政目標として立てられた項目なんですけれども、共産党の一党支配の下でどうやって人々の利害調整をしていくのかという、そういう大問題があるわけですね。その問題に中国共産党も気付いていないわけではなくて、このように明確に対応しなければならない課題として挙げるところまでは来ていますけれども、しかし、やはり大胆に、例えば多党制を認めるとかいうようなところにはまだ遠いという段階であります。それから、社会公正であるとかその道徳の問題であるとか、そういったようなことも問題としてはちゃんと認識はされていますよということがここに書いたことです。
そして、最後の十一というところが外交問題にかかわるわけで、最後の十分間はそういうお話をしたいんですが、その前に今までのところをまとめてみますと、やっぱり中国、表面的には非常に景気がいいんですけれども、実は大変深刻な大きな問題を内部に多く抱えている。共産党はそういった問題の存在については分かっているんですけれども、なかなかうまく対応できないままでいると。国民の方は意識も多様化しますし、利益も多元化するし、外国の情報も一杯もちろん入ってきますし、そうするといろいろ文句はやっぱり募るわけですね。今、ですけれども、胡錦濤政権がやっていることというのは言論統制です。言うな、黙っていろ、そのうち何とかするからという、そんなのが基本的な態度で、政治改革が進むんじゃないかと期待した向きもあったんですけれども、やっぱり問題そのものが難しいですからね、簡単に解決できないということもあって政治改革の方にも手を付けかねているという、それが現状だと思います。
じゃ、こうした中国に対して日本あるいは日中関係どうすればいいのかというお話なんですけれども、多分前回、国分先生からいろんなお話もあったと思うんですが、まず簡単に、日中関係今本当にどういう状況にあるのかということなんですけれども、政冷経熱という言い方が中国から始まって、面白いといいますか分かりやすい、ある意味では分かりやすいのでメディアでもよく使われますけれども、もちろん冷たい部分もあれば協力している部分もたくさんあるということもあると思いますし、それから今中国側が売り出そうとしているラインは、政冷経熱、気を付けないと政冷経冷になっちゃうよということですよね。
例えばどういう数字を中国側が挙げてくるかというと、貿易に関して言えば、これまで日本はずっと中国の第一位の貿易相手国だったんですが、去年はEUとアメリカに抜かれて第三位になっちゃったじゃないのと。日本の占める割合というのがどんどん下がっていきますよということを言うんですけれども、しかし、そうはいってももう数十%の伸び率を日中間の貿易は示しているわけで、それは物すごく熱いか、もうあちちちちかあちちの違いであって、日中間の経済関係が熱いことはこれは間違いのないことだと思います。今グローバル化の時代で、中国はもう世界じゅうと自由に貿易をするわけですから、世界の経済に占める日本経済の割合くらいの割合を日本は当然中国の貿易相手の中で占めるわけですよね。ですから、別に三位になろうと何位になろうとそのことでがたがたする必要はないんじゃないかと私なんかは考えます。
それから、もう一つよく言われることは、相手に対する国民感情が両国で悪化の一途をたどっていると、そういう言い方がよくされます。これはメディアでもされますし、会議なんかに出ましてもこういう言い方をする人が多いんですが、それは本当だろうかということなんですね。
確かに、内閣府の毎年やっております世論調査で日本国民の対中感情というのを測ってみますと、去年は一〇ポイント以上落ちたことは間違いないんですね。何が落ちたかというと、中国に対して親近感を感ずるという人の割合が一〇ポイント以上減ったんですね。じゃ、その前はどうなのかといいますと、二〇〇三年までの状況はどうだったのかというと、どこから測るかというか、どこから見るかという問題があって、例えば一九九六年という年を取ってみますと、九六年より悪くなった年はないんですね、実は。一九九六年に中国に対する親近感を感ずる人の割合が一番低かったんです。あるいは、中国に対して親近感を感じない人の割合が一番高かったのが一九九六年であって、それから対中感情が良くなったり悪くなったり良くなったり悪くなったり、そういうアップス・アンド・ダウンズを繰り返して二〇〇三年まで来たんですね。ですから、九六年から二〇〇三年までを取ってみると、日本人の対中感情が悪くなったということはその調査からは言えません。ところが、二〇〇四年になって、アジアカップのサッカーの影響が大きかったと思いますけれども、だあんと一〇ポイント下がった。それは間違いのないことなんですが、しかし、だからといって悪化の一途をたどっているという言い方をするのは正確ではないんじゃないか。
じゃ、中国側はどうなのかと。中国側で反日感情が高まっているように見えますね。実際高まっている部分があると思います。じゃ、どういう調査でそういうことが裏付けられるかというと、新聞、中国側の新聞社がやったり中国側の研究所がやった世論調査なるものがあるのですが、それらは決して社会学的に非常に確かな調査方法に基づいて行われたのではありません。実はもう一つ別な調査結果があって、それによりますと、数年前と比べると、去年ですね、二〇〇四年の中国人の対中感情は一〇ポイント以上改善されているというそういう統計も実はあるのです。調査結果もあるんです。
だから、なかなか本当のところが分からない。ただ、印象論をいえば、良くなっている面もあるし、悪くなっている面もあると。中国という国は大きいですから何か矛盾していることが同時に進行するということはよくあることであって、一部では対日感情が悪くなっている、あるいはいよいよ悪化しているということは言えると思いますし、しかし、他方においては親日感情は広まっている部分もあると。それが現状に近いのではないかと、実際の状況に近い言い方なのではないかというふうに感じているんですが、いずれにせよ、その中国の当局は、よく言うことなんですけれども、最近はもう国民感情を無視して私たちも外交政策考えられないんだと、日本と似てきましたよということを言うんですけれども、じゃ、中国当局は何を見て自分の国の国民感情を測っているのか、これはよく分かりません。そのインターネットを指導者がよく見ているという話はあるんですけれども、じゃ、インターネットが正しく国民、中国人の国民感情を映し出しているかというと、決してそんなことはないのであって、この辺やや心配を覚えるところであります。
それが一のところで言いたかったことですが、最後にもうあと五分しかありませんけれども、どういうふうにじゃこれからするべきかということで何点か時間のある限り申し上げたいと思うんですけれども、一つは、基本的なポイントとして、好むと好まざるとにかかわらず、やはり東アジア共同体に向けて今後二十年とか三十年とか世の中が動いていくことは私は間違いないと思います。そのときに、日本人の立場からすれば、でき得れば日本がイニシアチブを取ってその共同体のデザイン作りを引っ張っていくと、日本にとって日本がいいと思うような共同体を作っていくといいましょうか、そういうことが大切なんではないかと思っているんですけれども、そうしたその基本的な認識の下に対アジア外交、対中外交ということを考えた場合に、どうしてもクリアしなければならない問題がいろいろあって、一つはやっぱり安全保障の問題だと思いますね。
安全保障につきましては、中国は非常にはっきりとした軍事力強化の政策を持っておりますし、それから東シナ海、南シナ海において自分たちの支配を確立したいという、そういうことも非常にはっきりとした政策になっているわけですから、もし今の調子で中国の経済成長、それに伴う中国の軍事力の強化拡充ということが行われてまいりますと、どうしてもその日米安全保障協力とぶつかる面があると思います。なので、それをどう折り合いを付けるのか、あるいはどのようにそのクライシスを避けるのかということですね。これが大変重要な課題だと思います。短期、長期のいろいろな危機を避けるために、もう様々なレベルで軍人も含めてですね、安全保障協議を盛んにしていかなければならない。頻度を高め、あるいはチャンネルを増やしていかなければならないと、そういうふうに私自身は考えていますし、やがては中国を含めた新しいその東北アジアの信頼醸成のメカニズムを作らなければならない、そういうふうに考えています。
それから、直近の問題としては朝鮮半島問題とともにこの台湾海峡の問題があって、その点については若林先生からもちろん詳しいお話があるわけですけれども、東アジア共同体という観点からはやっぱり台湾にも東アジア共同体に入ってもらった方が日本にとってもいいですし、台湾にとってもいいですし、それから中国にとってももちろんいいわけであって、じゃ、それをどうするのか、どうやって引っ張り込んでいくのかというときの第一歩として、香港・マカオと台湾の間のFTAはどうだろうかというのが私自身の提案です。
それから、ODAに関しましては、私は、もちろんいずれは卒業の時が来るでしょう。もうマクロ経済的には中国は援助を必要としない国であるはずなんですが、しかし分配がうまくできないんですよね。分配がうまくできないというのはやっぱり途上国だからなんですね。まだそのレベルの国だということだと思います。ですので、私は、当面は対中ODAは維持する、なぜならば、その開発協力の必要がそこにあるからというのが基本的な考え方です。
それからもう一つは、中国の安定、発展ということが日本の国益にもなるということで、しかしやがて卒業することは間違いないんで、日本だけじゃなくていろんな国がエクシットのための道を考え始めているわけですね、口にはしませんけれども。だけれども、僕は、日本はやっぱりエクシットするときも最後にエクシットする国になるという宣言をするのはどうかというふうに思っています。最後はもうシンボリックな額になるかもしれません。だけれども、日本はやはり中国の隣にある大国として中国の安定、発展に対して最後まで面倒を見る国になりたいというような宣言をするのがいいのではないかと思っております。
あと一分ほどあるでしょうか。申し訳ございません、時間がなくなりました。
エネルギー協力、これは大消費国同士協力せざるべからずという話です。
それから、歴史教育につきましては、私は、日本の子供にもっと教えるべきだと思いますし、戦争のことを、それから中国の子供にもっと戦後の日本のことを教えるべきだという考え方をしております。
それから、メディアに非常に多くの誤りが出るんですね。誤りは困りますので、これは日本のメディアも中国のメディアも同様なんですけれども、メディアが自発的にオンブズマン制度を作れないかと。何か偏向報道何とかといったって、何が偏向かそうじゃないか、非常に基準は難しいですから、とにかく事実の誤りがあるかないかということをメディア自身がチェックするようなオンブズマン制度を作ったらどうかというのが私の提案でございます。
それから、インターネット等で中国語情報を日本からも増やし、中国の側からは日本語情報は増やしてもらいたいし、結局、相互理解が大切なんですけれども、それとともに、相互尊重するということがプライド高き両国民にとっては大変重要なことではないかと考えている次第でございます。
済みません、最後ちょっとはしょりましたけれども、以上で私の報告を終わらせていただきます。
この発言だけを見る →それでは、時間に限りがございますので、早速ではありますが、御報告申し上げたいと思います。
何についてお話し申し上げようか迷いましたが、日本のアジア外交、特に対中外交ということをお話し申し上げますが、それをする上でも、やはり等身大の中国、中国が今どういう姿にあるのかということを知らないと的確な外交政策も打ち出せないということは自明のことでございますので、中国、主には政治経済の問題ではありますが、今どういう状況にあるのかということを簡単にまず御説明申し上げた上で、私なりに日本がどのように対中外交を進めていったらいいのか、何を考えているかということをお話し申し上げようと思います。
大体レジュメの順番に沿ってお話し申し上げてまいりますけれども、まずは、これは皆様もよく御承知の点だとは思いますけれども、中国のマクロ経済というのは非常な速度で成長しつつあります。経済成長率は、そのレジュメに六年ほど前から数字を出しておりますけれども、特に去年、その前の年、九%以上の高成長ということで、ただ、これは後で申しますけれども、中国当局がこのように速い速度で成長したいと必ずしも思っているわけではなくて、どちらかといえば経済の過熱が心配事でございまして、マクロコントロールがうまく利かなかった結果としてこういう速度になっている面もあるということをまず押さえておきたいと思います。
しかし、高い成長率であることはいずれにせよ間違いのないことであって、中国社会、経済社会が非常な速さで変わりつつあると、変化が非常に速いということは、私たち、大事な点として理解すべきだろうと思います。
同時に、中国というのは広い国でありますから、多様性に富んだ社会であって、私もこれから中国の現状はこうだというお話をするわけですけれども、実は中国というのは一言では語れないと。中国はかくかくしかじかでありますという人の話は皆さんは是非信じないでくださいといいますか、まゆにつばを付けて聞いてもらうという方が私はよろしいのではないかと思って、ちょっと最初に、あらかじめ変な話でありますがお断り申し上げておこうと思います。
そういう変化の大きい中国の中でもやはり基本的な心配事というのは人口のことでありまして、そこの点から触れたいんですけれども、今、大体一千万人、毎年一千万人ずつぐらいのオーダーで中国の人口は増えているわけですね。様々な予測があってばらばらですけれども、それ、いつ止まるのかと。一説では二〇三〇年代に十五億弱で止まるんじゃないかと、あるいは二〇四〇年代に十六億弱で止まるんじゃないかとか、様々な予測がありますが、この人口の重荷というのが中国社会に今のし掛かっていることは間違いない、これが多くの問題の基本にあるわけですね。
御存じのように、一九八〇年からもう既に二十五年の長きにわたって一人っ子政策というのを実施してまいりましたけれども、しかし、その次に申し述べますように、少子化・高齢化社会というもう一つの大問題が迫っておりますので、実は九〇年代の後半から徐々に一人っ子政策の緩和というのが始まっております。九〇年代の後半から多くの地方におきまして一人っ子同士が結婚した場合には二人目も産んでよろしいという、そういう政策を取っている地方が実は多いです。ただ、これまではそれにも制限がありました。条件がありました。例えば、女性は二十八歳以上でなければならないとか、あるいは間隔を四年以上空けなければならないとか、そういう制限を設けている地方が多かったんですけれども、そういう制限を取り払うところが最近増えているというのがここ一、二年の現状であります。
ただし、中国社会、やっぱり大きく変わっているなと私なんかも感じますが、伝統的な中国のその家族観からしますと、家族はもちろん多ければ多い方がいいと、そういう考え方でありましたが、最近はそうではないんですね。特に、都市におきましてはもう子供は要らないよと。本当に変わったなと思います、中国社会。子供を欲しがるのは高学歴者、高所得者。所得が足らない者は、やっぱり教育費にすごくお金が掛かるものですから、子供は要らないと。今いる子供も邪魔だと、そこまで言う人もいるくらいであって、一般庶民の暮らしは実は大変厳しいものがあるという、そういう話でもあります。
その高齢化の状況ですが、3.のところで一応リストにしておいたんですけれども、じわじわっと、徐々に六十五歳以上の年齢の割合、六十五歳以上の方の割合が増え、そして十四歳以下の子供が減っておりまして、多くの町で保育園や幼稚園が老人ホームに替わっています。それは非常に普通に見られる状況となっております。
問題は、もちろん年金ということがその最大の問題なんですけれども、例えば経済的な先進地域である上海の例を取りますと、既に六十五歳以上年齢が二割近くなっているのでありまして、年金の資金が足らないと、もう四年前の数字で大赤字だという、そういうことであって、大問題ですね、やっぱり。
それから、そうした庶民の暮らしということで申しますと、お金持ちが増えていることは間違いないんですね。よく最近では日本でもテレビ放映されますが、ニューリッチとか中産階級とか、後でちょっと御説明しますけれども、私たち、私なんかよりはずっといい暮らしをしている人が非常に多くなっているのですが、しかし問題は格差です。
いろいろなレベルの格差があるんですけれども、特に大きな問題は、やっぱり政治的な問題を考えますと大きな問題は、都市、農村間格差であって、収入の統計で見ますと、マクロ的に総合すると三・二対一という、そういう二年前の数字がありますが、しかし、農民の場合はその収入の中から肥料を買ったり種を買ったり、生産コストがまた出ていってしまいますので、あるいは税金も払わなきゃならないというようなことがこれまでありましたので、大体五倍から六倍の格差があるのではないかというふうに中国当局も認めているところであります。これはならした数字ですから、もちろん都市のリッチなところとそれから農村の貧しいところというのは、もう何十倍もの開きがあるというわけであります。
ただ、よくある議論は、底上げさえされていれば社会が不安定になることはないんじゃないかということですね。九・何%も成長があるのに社会がぐらぐらすることがあろうかというふうによく言われますけれども、実は絶対的な所得水準を落としている、そういう人も多いんですね。これも中国の公式な統計でありますが、二〇〇〇年から二〇〇二年まで、農家の間で絶対的な所得水準を落としている農家が四割以上あるという、そういう統計が実はあるので、これはゆゆしきことだということなんですね。
で、どうするのか。農家の収入を上げるというのは日本でもどこでも大変なんですけれども、一つの対策は農民を減らせばいいじゃないかということなんですね。農民を減らせば農民の収入は増えるはずだということで、これまでの厳格な戸籍制度、つまり都市住民と農民とを厳格に分けて農民を都市に入れないという、そういうやり方を改めて、もっと都市への農民の移住を認めようという、そういうことになってきているのが現状なんですけれども、しかし、その制度がやはり問題、壁にぶち当たっていまして、何かというと、都市住民と農民の大きな違いは社会保障を得ることができるかどうかという、そういう違いがあったんですね。要するに、都市住民として認定されれば社会保障を受けることができると。
ところが、都市の政府にそんな財政的なゆとりはないものですから、つまり農民が都市にどんどん入ってきて、その人たちにもこれまでの都市住民に対するのと同じような社会保障を手当てできませんので、表面的にはもう都市の住民と農民の区別はやめましたと言いながらも、実は区別を続けている、実態としては続けている、続けざるを得ないというそういう状況で、社会保障制度の整備というのは大問題なんですけれども、やっぱり財政的なゆとりが中国政府にありませんので思うようには進んでいないという基本的な状況があって、これはやっぱりセーフティーネットの欠如ということで社会の大きな不安定材料になっているわけですね。
じゃ、市場化は他方進んでいるわけで、経済成長もできて明るい面もあるわけなんですけれども、ただ、そのときに社会主義の倫理体系に代わる新しい市場の倫理というものができていない、治安も悪い、どうするんだということで、最近は孔子様の復活なんということが見られます。その完全復活といいますか、全面的に認めているわけではもちろんなくて、封建的な部分は除いたいい面だけをまた取り入れていこうというような考え方があります。
他方、生活、明日の生活に対する不安とかいうことが昔とは格段に大きくなっていますので、宗教を信仰し始める人も最近は非常に多いです。医療保険が整備されておりませんので、今病気になると大変なんですね。病院もかなり拝金主義になっていまして治療費も高いですので、なるべく病気にならないようにしなければならない。じゃ、太極拳や気功をやるかということで太極拳や気功をやる人増えているんですよね。ところが、そういう流派の中には準宗教的なといいますか、いろいろな、悪く言えばカルト的な教えも混じったようなものもありますので、共産党はそういうものとして法輪功なる一派を邪教と認定して数年前から弾圧しているといったような状況もありますが、しかし、今申しましたような基本的な社会状況というのは変わらないわけで、私はどれだけ弾圧されてもいろいろな宗教の流派が社会の間に広まっていくことは避けられないのではないかというふうに思っています。
その宗教が絡みますけれども、新疆やチベットではいわゆる独立問題があって、中国はもう何十年も前からいわゆるテロ、中国当局から見るとテロですね、独立の側から見れば正当な独立運動ということになりますけれども、その対応にも今後も悩まされ続けていくだろうというふうに思われます。
それからもう一つ、成長の影ということで見落とせないのは環境の問題であって、エネルギーについてはよく日本の新聞にも出ておりますけれども、あるいはレジュメの二ページ目に参りまして、深刻なのは水不足の問題ですね。中国の北部、本当に水がないですね。もう冗談じゃないんですよ。よく聞く話は、北京のゴルフ場のウオーターハザードはみんな水がなくなってしまって、全然ウオーターハザードではなくなってしまったとか、あるいは北京オリンピックが二〇〇八年にあるので、今一生懸命周りから水をかき集めて北京市の緑化をやっています。一見するとスプリンクラーで非常にふんだんに水をまいて、何といいましょうか、大変北京市内は緑になったんですけれども、北京の数百キロ西側に大同という石炭や雲崗石窟で有名な町がありますが、そこの六階のアパートに住んでいる住人の話では、もう夜中三十分しか水が出ないそうです。そういったような状況があります。
北京オリンピックのオリンピック村の人工の池があるらしいんですが、その池の大きさも、設計図上の池の大きさがどんどん小さくなっているらしいですね。これだけ水があるはずだと思っていたのが、やっぱりないということで、何遍もかき直して今はかなり小さくなってしまったというふうな話もあります。
北京の場合ですと、三分の二の水を地下からくみ上げているということがもう五年前にあって、そうすると、地下水には再生される部分と再生されない部分とあって、もう陥没事故が起き始めているという、そういう深刻な状況のようです。
あと、汚染でいいますと、水もそうですし、大気もそうですし、それからCO2の排出ということで申しますと、今もう世界二位の排出国であって、中国もポスト京都議定書の話合いでは相当厳しい局面に立たされるのではないかというふうに思っております。
こうした状況に対しまして、共産党はもちろん無為無策でいるわけではなく、さっき申しましたように、戸籍制度の改革であるとかいうような具体策もありますし、基本的にこういうバランスの取れた発展をしていかないとやっぱり持続的に発展していけないんじゃないかという、そういう認識はかなり深くもう根付いたと言っていいと思います。特に、胡錦濤、温家宝政権になってから、いわゆる科学的発展観という言い方の下に、バランスの取れた発展をしていこうということを大々的に宣伝しているわけですね。
例えば、都市と農村の間のバランスであるとか、地域の間のバランスであるとか、あるいは経済開発と社会開発の間のバランスですね。つまり、おととしにはSARS騒ぎもあったわけで、衛生であるとか教育であるとか、そういった経済成長とは直接関係のないといいますか、いわゆる私たちの言う社会開発的な分野も大切ではないかとか、あるいは環境ですね、環境、生態系とそれから経済成長とのバランスを取っていかなければならないとか、そうしたことをスローガンとして強調はしているんですけれども、ただ、なかなか地方の指導者にしますと、人事考課の中にそういうバランスの取れた発展ということがまだきちんとした項目になっていないんですね。やっぱり成長第一の人事考課制度になっていまして、ここを変えないとやっぱりなかなか実際は変わっていかないんだろうというふうに思います。
それから、最初に申しましたマクロコントロールがうまく利いてないから期待以上の成長率になってしまったという話なんですが、もちろん共産党中央としましては末端まで指示を出して、それこそバランスの取れた発展をちゃんとしなさいよと、成長第一じゃ駄目ですよと、いろんなセクターが過熱していますよと。物価は、去年は都市部はまだ三%台ですが、農村の消費者物価はもう五%近い数字になっていますので、インフレが大変怖いわけですね。
ところが、昔と違いまして、党中央の威令が末端にまでなかなか届かないという、そういう現状があります。これは非常に深刻な問題だと思います、中国及び共産党にとってみると。これを何とかしようということで、去年の秋開かれました中央委員会の第四回総会、第四回中央委員会全体会議ということで四中全会と言っておりますけれども、党のその統治能力、彼らの言葉で言うと執政能力、これをどう強化するのか。
一つは、その党の中のコントロールをどう利かせるのか、規律をどうするのか。規律を正すということですね。その規律の中には、重要なポイントとして、汚職、腐敗を取り締まるということも当然あります。汚職、腐敗は相変わらずしょうけつを極めていると言っていいと思いますね。これは本当に党中央にすれば何とか止めたいと思っているでしょうけれども、もう地方の幹部は好き放題をやっていると言うとやや大げさに聞こえるかもしれませんが、そう言って言い過ぎでないようなところもあるので、これもまた政治にとっては大問題であります。
一つの対策としましては、もちろん法治の強化ですね、法治の強化ということを、これも二十何年間中国共産党はスローガンに掲げて推し進めようとしていますけれども、なかなか人々の意識も変わらないというのが実態だろうと思います。
それから、ちょっと時間がないので飛ばしてまいりますけれども、七番、Ⅱの7.のところに「調和的な社会」と書いて、これは最近になって執政目標として立てられた項目なんですけれども、共産党の一党支配の下でどうやって人々の利害調整をしていくのかという、そういう大問題があるわけですね。その問題に中国共産党も気付いていないわけではなくて、このように明確に対応しなければならない課題として挙げるところまでは来ていますけれども、しかし、やはり大胆に、例えば多党制を認めるとかいうようなところにはまだ遠いという段階であります。それから、社会公正であるとかその道徳の問題であるとか、そういったようなことも問題としてはちゃんと認識はされていますよということがここに書いたことです。
そして、最後の十一というところが外交問題にかかわるわけで、最後の十分間はそういうお話をしたいんですが、その前に今までのところをまとめてみますと、やっぱり中国、表面的には非常に景気がいいんですけれども、実は大変深刻な大きな問題を内部に多く抱えている。共産党はそういった問題の存在については分かっているんですけれども、なかなかうまく対応できないままでいると。国民の方は意識も多様化しますし、利益も多元化するし、外国の情報も一杯もちろん入ってきますし、そうするといろいろ文句はやっぱり募るわけですね。今、ですけれども、胡錦濤政権がやっていることというのは言論統制です。言うな、黙っていろ、そのうち何とかするからという、そんなのが基本的な態度で、政治改革が進むんじゃないかと期待した向きもあったんですけれども、やっぱり問題そのものが難しいですからね、簡単に解決できないということもあって政治改革の方にも手を付けかねているという、それが現状だと思います。
じゃ、こうした中国に対して日本あるいは日中関係どうすればいいのかというお話なんですけれども、多分前回、国分先生からいろんなお話もあったと思うんですが、まず簡単に、日中関係今本当にどういう状況にあるのかということなんですけれども、政冷経熱という言い方が中国から始まって、面白いといいますか分かりやすい、ある意味では分かりやすいのでメディアでもよく使われますけれども、もちろん冷たい部分もあれば協力している部分もたくさんあるということもあると思いますし、それから今中国側が売り出そうとしているラインは、政冷経熱、気を付けないと政冷経冷になっちゃうよということですよね。
例えばどういう数字を中国側が挙げてくるかというと、貿易に関して言えば、これまで日本はずっと中国の第一位の貿易相手国だったんですが、去年はEUとアメリカに抜かれて第三位になっちゃったじゃないのと。日本の占める割合というのがどんどん下がっていきますよということを言うんですけれども、しかし、そうはいってももう数十%の伸び率を日中間の貿易は示しているわけで、それは物すごく熱いか、もうあちちちちかあちちの違いであって、日中間の経済関係が熱いことはこれは間違いのないことだと思います。今グローバル化の時代で、中国はもう世界じゅうと自由に貿易をするわけですから、世界の経済に占める日本経済の割合くらいの割合を日本は当然中国の貿易相手の中で占めるわけですよね。ですから、別に三位になろうと何位になろうとそのことでがたがたする必要はないんじゃないかと私なんかは考えます。
それから、もう一つよく言われることは、相手に対する国民感情が両国で悪化の一途をたどっていると、そういう言い方がよくされます。これはメディアでもされますし、会議なんかに出ましてもこういう言い方をする人が多いんですが、それは本当だろうかということなんですね。
確かに、内閣府の毎年やっております世論調査で日本国民の対中感情というのを測ってみますと、去年は一〇ポイント以上落ちたことは間違いないんですね。何が落ちたかというと、中国に対して親近感を感ずるという人の割合が一〇ポイント以上減ったんですね。じゃ、その前はどうなのかといいますと、二〇〇三年までの状況はどうだったのかというと、どこから測るかというか、どこから見るかという問題があって、例えば一九九六年という年を取ってみますと、九六年より悪くなった年はないんですね、実は。一九九六年に中国に対する親近感を感ずる人の割合が一番低かったんです。あるいは、中国に対して親近感を感じない人の割合が一番高かったのが一九九六年であって、それから対中感情が良くなったり悪くなったり良くなったり悪くなったり、そういうアップス・アンド・ダウンズを繰り返して二〇〇三年まで来たんですね。ですから、九六年から二〇〇三年までを取ってみると、日本人の対中感情が悪くなったということはその調査からは言えません。ところが、二〇〇四年になって、アジアカップのサッカーの影響が大きかったと思いますけれども、だあんと一〇ポイント下がった。それは間違いのないことなんですが、しかし、だからといって悪化の一途をたどっているという言い方をするのは正確ではないんじゃないか。
じゃ、中国側はどうなのかと。中国側で反日感情が高まっているように見えますね。実際高まっている部分があると思います。じゃ、どういう調査でそういうことが裏付けられるかというと、新聞、中国側の新聞社がやったり中国側の研究所がやった世論調査なるものがあるのですが、それらは決して社会学的に非常に確かな調査方法に基づいて行われたのではありません。実はもう一つ別な調査結果があって、それによりますと、数年前と比べると、去年ですね、二〇〇四年の中国人の対中感情は一〇ポイント以上改善されているというそういう統計も実はあるのです。調査結果もあるんです。
だから、なかなか本当のところが分からない。ただ、印象論をいえば、良くなっている面もあるし、悪くなっている面もあると。中国という国は大きいですから何か矛盾していることが同時に進行するということはよくあることであって、一部では対日感情が悪くなっている、あるいはいよいよ悪化しているということは言えると思いますし、しかし、他方においては親日感情は広まっている部分もあると。それが現状に近いのではないかと、実際の状況に近い言い方なのではないかというふうに感じているんですが、いずれにせよ、その中国の当局は、よく言うことなんですけれども、最近はもう国民感情を無視して私たちも外交政策考えられないんだと、日本と似てきましたよということを言うんですけれども、じゃ、中国当局は何を見て自分の国の国民感情を測っているのか、これはよく分かりません。そのインターネットを指導者がよく見ているという話はあるんですけれども、じゃ、インターネットが正しく国民、中国人の国民感情を映し出しているかというと、決してそんなことはないのであって、この辺やや心配を覚えるところであります。
それが一のところで言いたかったことですが、最後にもうあと五分しかありませんけれども、どういうふうにじゃこれからするべきかということで何点か時間のある限り申し上げたいと思うんですけれども、一つは、基本的なポイントとして、好むと好まざるとにかかわらず、やはり東アジア共同体に向けて今後二十年とか三十年とか世の中が動いていくことは私は間違いないと思います。そのときに、日本人の立場からすれば、でき得れば日本がイニシアチブを取ってその共同体のデザイン作りを引っ張っていくと、日本にとって日本がいいと思うような共同体を作っていくといいましょうか、そういうことが大切なんではないかと思っているんですけれども、そうしたその基本的な認識の下に対アジア外交、対中外交ということを考えた場合に、どうしてもクリアしなければならない問題がいろいろあって、一つはやっぱり安全保障の問題だと思いますね。
安全保障につきましては、中国は非常にはっきりとした軍事力強化の政策を持っておりますし、それから東シナ海、南シナ海において自分たちの支配を確立したいという、そういうことも非常にはっきりとした政策になっているわけですから、もし今の調子で中国の経済成長、それに伴う中国の軍事力の強化拡充ということが行われてまいりますと、どうしてもその日米安全保障協力とぶつかる面があると思います。なので、それをどう折り合いを付けるのか、あるいはどのようにそのクライシスを避けるのかということですね。これが大変重要な課題だと思います。短期、長期のいろいろな危機を避けるために、もう様々なレベルで軍人も含めてですね、安全保障協議を盛んにしていかなければならない。頻度を高め、あるいはチャンネルを増やしていかなければならないと、そういうふうに私自身は考えていますし、やがては中国を含めた新しいその東北アジアの信頼醸成のメカニズムを作らなければならない、そういうふうに考えています。
それから、直近の問題としては朝鮮半島問題とともにこの台湾海峡の問題があって、その点については若林先生からもちろん詳しいお話があるわけですけれども、東アジア共同体という観点からはやっぱり台湾にも東アジア共同体に入ってもらった方が日本にとってもいいですし、台湾にとってもいいですし、それから中国にとってももちろんいいわけであって、じゃ、それをどうするのか、どうやって引っ張り込んでいくのかというときの第一歩として、香港・マカオと台湾の間のFTAはどうだろうかというのが私自身の提案です。
それから、ODAに関しましては、私は、もちろんいずれは卒業の時が来るでしょう。もうマクロ経済的には中国は援助を必要としない国であるはずなんですが、しかし分配がうまくできないんですよね。分配がうまくできないというのはやっぱり途上国だからなんですね。まだそのレベルの国だということだと思います。ですので、私は、当面は対中ODAは維持する、なぜならば、その開発協力の必要がそこにあるからというのが基本的な考え方です。
それからもう一つは、中国の安定、発展ということが日本の国益にもなるということで、しかしやがて卒業することは間違いないんで、日本だけじゃなくていろんな国がエクシットのための道を考え始めているわけですね、口にはしませんけれども。だけれども、僕は、日本はやっぱりエクシットするときも最後にエクシットする国になるという宣言をするのはどうかというふうに思っています。最後はもうシンボリックな額になるかもしれません。だけれども、日本はやはり中国の隣にある大国として中国の安定、発展に対して最後まで面倒を見る国になりたいというような宣言をするのがいいのではないかと思っております。
あと一分ほどあるでしょうか。申し訳ございません、時間がなくなりました。
エネルギー協力、これは大消費国同士協力せざるべからずという話です。
それから、歴史教育につきましては、私は、日本の子供にもっと教えるべきだと思いますし、戦争のことを、それから中国の子供にもっと戦後の日本のことを教えるべきだという考え方をしております。
それから、メディアに非常に多くの誤りが出るんですね。誤りは困りますので、これは日本のメディアも中国のメディアも同様なんですけれども、メディアが自発的にオンブズマン制度を作れないかと。何か偏向報道何とかといったって、何が偏向かそうじゃないか、非常に基準は難しいですから、とにかく事実の誤りがあるかないかということをメディア自身がチェックするようなオンブズマン制度を作ったらどうかというのが私の提案でございます。
それから、インターネット等で中国語情報を日本からも増やし、中国の側からは日本語情報は増やしてもらいたいし、結局、相互理解が大切なんですけれども、それとともに、相互尊重するということがプライド高き両国民にとっては大変重要なことではないかと考えている次第でございます。
済みません、最後ちょっとはしょりましたけれども、以上で私の報告を終わらせていただきます。
松
若
若林正丈#5
○参考人(若林正丈君) ありがとうございます。
私は、台湾近現代史あるいは台湾政治を研究しておりますので、私も本日どのように、どのような話をしていいか大分迷ったんですけれども、お手元お配りいただいているレジュメのようなことで台湾政治の現状認識について三つのポイントを中心に述べさせていただきまして、最後に触れるという形で、私は研究の過程で台湾の学界の人を始め政界の方ともお付き合いがございますけれども、そういう付き合いの経験の中から考えて、台湾に向き合うときの姿勢、政策というよりは姿勢としてこんなスタンスがよろしいんではないかということについて簡単に触れさせていただくと、そういうお話にさせていただければというふうに思います。
最初の現状認識というところでございますけれども、最初のポイントですが、一、二、三とポイントがありますが、いずれも見てみれば当たり前のような話なんでございますけれども、やはり台湾は一九九〇年代後半に民主化、政治制度の民主化が完成いたしましたけれども、その民主制度は確かに民主化して機能しているんだという認識、それでさらに、民主化が始まってからやはり市民社会が、非常に活発な市民社会ができ上がってきているという、そういう社会になっているという認識をやはりきちっと持ち続けるということは大事ではないかというふうに思います。
次に申し上げますけれども、二のところでも触れますけれども、にもかかわらず、民主化が一応できてから、台湾の政治、まだいろいろ落ち着かず動いて、政治制度もそうですし、政党ができたり、新しい政党ができたりとか、イデオロギー的にもちょっと少し動いたり、動きがございます。
御案内のように、陳水扁政権というのは、二〇〇〇年にできて以来、数年間にわたって、やはり国会の中あるいは国会の外で、特に選挙キャンペーンのときですけれども、一種の対決型政治というものが数年にわたって続くということもございまして、台湾の政治、不安定じゃないか、大丈夫なのかというような心配が外の世界からも抱かれているわけですけれども、レジュメ第一行にも書きましたけれども、昨年末の選挙の結果、やはり有権者の方から見ても、このような対決型政治はもうやめてくれという声が選挙の結果という形で上がっているというふうに理解できると思うんですね。そういう意味で、幾多の欠陥はあるけれども、民主主義は台湾では機能し続けているんだということをまず見ておいた方がよろしいんではないかなというふうに思います。
それから、市民社会という話でございますけれども、振り返りますと、八〇年代後半の時期に、一九四九年から施行されっ放しであった長期戒厳令というのが解除されまして、政治的な自由というものが台湾に戻ってまいりました。非常に政治的な不自由な時期が続きまして、政治犯もたくさんいまして、台湾という島は監獄島である、監獄の島であるというような言い方も出てきていたわけですけれども、そういう監獄の島であるというようなことは九〇年代初めには解消しています。自由になって、その前に、その前の段階に既にかなりの経済発展がございましたし、教育の普及もございまして、自由になりますと、ある意味では市民社会の爆発といいますか、様々な環境問題、それから自然保護、あるいは消費者運動、あるいはもっと末端の村づくり、町おこしといったようなことで、たくさんの市民団体が出て活発に活動を続けているということになっておりまして、自由化したと、政治的な自由化がされたということの果実というものを台湾の社会はちゃんと摘み取っているというふうに理解したいというふうに、私はそういうふうに思います。
というわけですので、日本と台湾の間、もちろん国交がないということでございますけれども、社会と社会は非常に無理のない形で、つまり共通の政治的、社会的価値観を有する社会同士になったということで、無理のない多様な交流というのはやはりもう非常に発展してきているというふうに、私はかなり広い面を見ているわけではございませんけれども、自分が目にする学術・文化交流といった面から見ましてもそういうことができるような社会になっているし、それが行われているというふうに思います。
村おこし、町づくりですか、については日本が先輩でございますけれども、台湾でもやはり高度成長、経済の余りの高度成長によって地方社会がやや荒廃するというようなこともありまして、日本の村おこし、町づくりに触発されて、非常に基層の村や町でも実際に日本との、そういう成果を上げているところと交流を行って自分たちもやっていくということ、最近はあちこちで目に見えて成果が上がってきているということがありまして、余り気付かれないけれども、ここに、何といいますか、隠れた日台交流、盛んな日台交流があるというふうに私は理解しております。
二番目ですけれども、これが厄介な問題でございますが、台湾では民主化がいわゆる台湾化を促進してしまうという、そういう力学になってございます。
御案内のように、台湾の政府は今も中華民国政府というふうに自称しているわけですが、その昔はそれが全中国を代表する政府であるということを言っておりまして、それに基づいて国家の機構であるとか政治制度であるとか教育の理念であるとか、それから国家を象徴する様々なシンボルとか、そういうものが、甚だしくは道の名前まですべて設計されてきているということになっておりますけれども、民主化をすると、台湾にある、存在しているという実情に合わせる方向に政治制度、国家の制度がだんだんだんだんと変わってこざるを得ない。
さらに、そのイデオロギーとしては、台湾自身で、台湾の住民自身が一つの国民であり、主権独立の国家を持つべきであると、あるいは既にそうなっているんだと、そういう意味の台湾ナショナリズムが台頭してくると、そういうことがございまして、台湾が台湾化するというのはおかしな話なんですけれども、その戦後の成り行きから民主化というものがそういうものを促してしまうと、そういうことになっていると思います。
それが、やはり台湾海峡の安定を保ってきた一種の国際レジームですね、上海コミュニケ、ニクソンが一九七二年に中国を訪問したときにできた枠組みですから、七二年体制とかそういう言葉で私は呼んでいるんですけれども、そういうものの前提をもこういう変化というものは揺るがしつつあるというふうに思います。先ほども述べましたように、二〇〇〇年の大統領選挙では、その台湾ナショナリズムを背景とする勢力が、というのは、つまりそれは、それまではずっと政治体制のアウトサイダーだったわけですが、アウトサイダーが政権を握るという事態がついに今発生したということになると思います。
そこに、アステリックで米中共同声明、一九七二年の上海コミュニケの一節を引かせていただいてありますけれども、アメリカ側が、台湾海峡のすべての中国人が皆中国はただ一つであり云々と、こういうふうに考えていると、認識しているというんですけれども、これは台湾の中ではそうではないということが余りに明白に既になってしまっているというふうに言えると思います。
先ほど高原先生からもちょっと、若干触れられましたが、中国の軍事力の増強とともに台湾に対する軍事的圧力も強まっておりますし、それから、今度は逆に、次に述べますけれども、経済交流というのが盛んになっておりますので、実は冷戦期には存在しなかった経済的なあるいは社会的なつながりができて相互利益が発生しているということもありまして、非常に複雑な形でこれまでやってきて、これまで存在しております台湾海峡レジームの前提が揺らいでいるということが見て取れるのではないかというふうに思います。ただし、前提が揺らいでいると言っているだけで、体制そのものが揺らいでいるというふうに言っているわけではないんですけれども、注意すべき状況になってきているというふうに思うわけでございます。
その下に、では、じゃどうするかということですが、今、米中台ともに現状は維持するんだと言っているんですが、これは現状、それぞれが定義する現状が違うということでございまして、その下にアステリックで書いておりますが、アメリカにとってみれば、その後に引きました、ブッシュ大統領が、これ、大変失礼いたしました、ブッシュ大統領の発言の年度が違っておりまして、〇四年十二月になっていますが、〇三年十二月の誤りでございます。大変申し訳ありませんが、御訂正いただきます。
この温家宝首相、訪米した温家宝首相と会ったときに、我々は中国又は台湾が現状を変更するいかなる一方的な決定をすることにも反対であると、こういうことで、とにかくどちらも相手に対して武力行使をしないという状況を維持することが現状であるということに米国にとってはなりますけれども、中国側からすれば、中国は既に統一されているという法理というものが既に存在しているんであって、それが、中国が統一されているということが現状であると。
これは、現在、報道によりますれば、中国の全人代、全国人民代表大会で反国家分裂法というものが審議されているということなんですが、この反国家分裂法というそのネーミング自体が国家は既に統一されているという前提でございますので、中国にとってみては法理の上において統一されているというのが現状で、それを破壊してはいけないというふうに、破壊しようとしているのは台湾の陳水扁政権だと、こういう立場になっているというふうに思われますが、台湾側は、既に実際に分断され、分治されて、分治、それぞれ別個に統治されているというのが現状であり、それを維持するんだと。台湾独立勢力から見れば、それを法理上もそのようにしてしまいたいということが目標であると、そういうことになっているというふうに思います。
当然ながら、日本としては、現在、台湾海峡の平和を維持しているその前提は揺らいできているんですけれども、これを、平和を維持している現状維持レジームというものを壊していく、積極的に壊していく理由というのは何もないという状況でございますので、やはり日米安保を通じて米国の現状維持政策を助けていくという基本的なスタンスというのは変化させる必要はないというふうに私も思います。
民主化が台湾化を促進してしまうということで台湾政治動いてしまっているわけで、そのことによって台湾の、小さな台湾ですが、台湾の国政選挙、選挙の結果が国際情勢に跳ね返ってしまうという事態が二〇〇〇年以来続いてきているわけなんですけれども、陳水扁政権が、台湾独立の方向での言説を陳水扁氏が盛んにするようになるのは大体選挙と関係がございまして、やはり彼は二〇〇〇年は新しい中道路線ということでスタートしたんですが、それがなかなか内政改革の面で、議会は野党が優勢なものですから成果が上げられないと。しかし、次に選挙を勝つためにはどうするかというと、やはり台湾ナショナリズムのキャンペーンを強めるという形で次の選挙にも勝ってきて、それで昨年度の選挙、昨年末に行われた選挙はそれでいこうと思ったんですが、うまくいかなかったと、そういう結果になっているわけです。
ですから、台湾海峡の安定という面から見ますと、民生、内政の改革あるいは民生の政策の面で成果が上げられる、台湾の中での定義における中道政権というものが確立されていくということが望ましいというふうな状況に今あるというふうに思われます。
台湾では選挙の後、新しい内閣が今できようとしておりまして、謝長廷さんという高雄の市長、南部の高雄の市の市長さんが新しい首相に任命されました。先ほど、最初に申し上げましたように、対決型政治というものを終息させてほしいというのが前回の選挙の重要な有権者のメッセージだったというふうに思われるんですけれども、それをやはり実現するには何らかの形の政党間の協力というスタイルを何とか樹立しなければいけないんですが、まだ台湾ではそれがうまくいった事例がないわけですね。ですから、今それが何らかの形の議会の多数を、現在の与党が一定の政策の範囲内で協定してコアリッションを作れるのかどうかというのが非常に今問われている、今非常に重要な時期に来ているというふうに思います。
先ほど申しましたように、民主化が台湾化を促進してしまっていますので、台湾の国政選挙あるいは台湾の議会のコアリッションがどう組まれるかということが台湾ナショナリズムの動向に関係してくるということで、それが翻って国際情勢にも響くという状況になっておりまして、台湾の中の政治バランスというものにも注目していかなければいけないかなというふうに思う次第です。
三番目の中国の存在感と圧力が強まっているということでございますが、これは改めて言うまでもなく、皆さん御案内のとおりでございます。
八〇年代後半に、台湾の住民で大陸に親戚のある者は親戚訪問をしていいという形で始まりました中台間の民間交流というのはどんどん発展をいたしまして、今非常に太い経済交流が行われているということは既に御存じのとおりでございます。経済の交流が発展して、そして継続していきますと、物、財が動くだけではなくて人も動くようになりまして、やはり社会的なつながりもできてきたというふうに見ていいんではないかと思います。
現在、数ははっきりしないんですけれども、百万ぐらいの台湾ビジネスマンが恒常的に中国に住んでいるということが言われております。住んできますと、子弟を大陸の学校で教育しなければならないと、そういうことも出てきますし、大陸の人と結婚する人も出てきますし、逆に、中国大陸の方から台湾の、お嫁さんが余り来れない農村にお嫁さんが来るということも増えております。そういう形で、あと宗教的な交流もございますけれども、社会的なつながりもできてきているということでございますが、先ほど申しましたような台湾化という傾向がございますので、民主化と台湾化ですね、この二つの要素によって政治は全く近づくことができないと、あるいは逆に言えば離れていっているということではないか、そういう矛盾した力学に置かれているというふうに思います。
そこのレジュメのところで括弧、引用しましたのは、アメリカで米中台関係をずっとウオッチしているナンシー・タッカーという学者の言葉を引きました。「中台を引き離しつつ同時に抗しがたく結びつける根本的な衝動」に今台湾は見舞われている、そういう状況なんだという複雑な情勢ですね、だというふうに思います。
次に、もちろん、次のことは言うまでもないことですけれども、台湾が自分の存在を国際社会に強めようとすると中国はすぐたたくと、こういう外交ゲームがどんどん続いていますし、中国の外交力の増強とともになかなか厳しい状況になりつつあるというふうに思います。軍事的圧力については、ミサイル、七百発と言われていますが、台湾に向けて照準を向けたミサイルが配備されているということでございます。
だんだん時間がなくなってまいりましたけれども、そういう状況の中で台湾の住民の意識というもの、台湾ナショナリズムが高まっているんですが、どういうふうに見たらいいかということでございまして、十分な説明ができない、する時間がないかもしれませんが、ちょっとだけレジュメ二ページ目の図をごらんいただきたいというふうに思います。
これは、私は、台湾住民のナショナルアイデンティティーといいますか、そういう関係の意識というのは非常に複雑であるというふうに考えておりますけれども、やはり大事、一番今日申し上げたいポイントというのは、いわゆる台湾意識が高まっていると言うんですけれども、その内容でございまして、私が一番大事なのは、台湾の住民が、その台湾意識に対する民主化の影響ですね、つまり台湾が将来にどういう形で中国大陸と政治的関係を持つかと、独立なのか統一なのかということについてはどういう最終的決着を付けるかについては、その態度としてはオープンだけれども決定というものは自分で決定したい、自己決定したいと。言わば自決あるいは民主的な意識ですね、こういうものは非常に広範に持たれて、こういう意味での台湾意識というのはかなりある意味では確立しているという状況にもうなっているんではないかというふうに思います。既に三回の民主的な大統領選挙というものをやっているわけでございまして、これはそういう民主的な政治プロセスへの民衆の参加と、そういう制度が壊されない限り続いていくものだというふうに考えておりまして、台湾意識が高まっていると言われるんですけれども、その内容は今申し上げたようなところで、図で言いますとT3としてあるものなんですが、これが一番大事なんではないかというふうに考えておる次第でございます。
さはさりながら、やはり中国の存在感、外交的、軍事的な圧力と経済的吸引力と、現在は社会的吸引力まで付いてきているというふうに思うんですが、そういうものを前にして、自分自身の経済発展と民主化による自信というものとその中国からの圧力からの孤立感、焦燥感というもの両方が今ない合わさっている状況が台湾の有権者の心理なんではないかというふうに考えている次第でございます。
そうなりますと、やはり台湾海峡の安定にとってみれば、そういうその台湾住民の一方での自信、一方での孤立感、焦燥感というものを踏まえて、過度な孤立感というものを抱かせないような対応というものが、隣国の、あるいは周囲の国家の公共的な場で活動する人々にとってはそういう配慮が必要なんじゃないかなというふうに思いまして、一、二、三、四と余り論理的にはつながりませんが挙げておきました。
一つは、日中共同声明の枠内で我々は民間関係を台湾と持つということになっているんですが、これを、国家間関係という枠組みがないという状況なんですけれども、この関係をしっかり運営するという心構えを常に持つということが大事かなというふうに思います。
二番目と三番目は先ほど触れた現状認識と関係あるんですけれども、やはり公共的な立場にある方が台湾の方と何らかの形で接触して何かの意見を表明するという場合には、やはり台湾の民主体制や成熟しつつある市民社会への敬意というものを背景に発言をする、そういう態度が必要なんじゃないかというふうに思います。
それから、先ほど言いましたような台湾意識ですね。それから、自立願望とよく新聞には出ますけれども、そういうものにはそれなりの歴史的根拠があるし、十九世紀末に日本の植民地、清朝から日本に割譲され、日本の敗戦とともにまた別の身分になった、中華民国の一部ということになり、今また中華人民共和国の一部になるように圧力が掛かっているわけですよね。ですから、そういう歴史を考えれば、そういうふうに歴史に翻弄されてきたという経緯を踏まえれば、今度は自分の運命は自分で決めたいと、そういうふうに、発展した経済を持ち、充実した教育を持ち、成熟しつつある市民社会を持つ、そういう人たちが考えるのは当たり前のことであるというふうに私としては思います。
つまり、そういう自立、いわゆる自立願望には歴史的正当性はやはりあるんだろうというふうに思います。ですから、それに対してやはりしかるべき敬意というものが、表明する姿勢というのがあっていいんじゃないかなというふうに思います。そういう面では、日本政府及び国民の、李登輝、いわゆる李登輝訪日問題に対する対応というのは良かったんじゃないかなという、そういう意味での適切な配慮、ものが表明できたいい対応であったんじゃないかなというふうに私は喜んでおります。
もう一つは、よく台湾人は親日的だというふうに言われるんですけれども、それは過去の歴史的つながりからそういうふうに言われているんですが、大分もう世代も交代しておりまして、当たり前に日本語で日本人に話し掛けてくれるという世代はだんだんだんだん消えていこうとしているわけでございまして、若い世代の意識が違いますので、やはり台湾人のいわゆる親日というのを当たり前に受け取るという時代はもう終わりつつあるということなんで、そこに対して適切な配慮は必要なんじゃないかなというふうに思います。
四番目のは余りはっきりしない物の言い方なんですけれども、ごくごく長期的に見て、いわゆる台湾問題の解決というものは中台双方がナショナリズムを言い立てるという状況の中では解決というのはあり得ないだろうというふうに私としては思います。だから、基本的には、この問題の解決というのは中国大陸と台湾がそれぞれ共存共栄できる政治的枠組みを求めるという方向でしかあり得ないという、そういう判断を持ちながら台湾海峡の情勢というものを見ていく必要があるんではないかなというふうに考えている次第でございます。
以上、まとまらないお話で恐縮でございましたが、私の意見表明とさせていただきます。
ありがとうございました。
この発言だけを見る →私は、台湾近現代史あるいは台湾政治を研究しておりますので、私も本日どのように、どのような話をしていいか大分迷ったんですけれども、お手元お配りいただいているレジュメのようなことで台湾政治の現状認識について三つのポイントを中心に述べさせていただきまして、最後に触れるという形で、私は研究の過程で台湾の学界の人を始め政界の方ともお付き合いがございますけれども、そういう付き合いの経験の中から考えて、台湾に向き合うときの姿勢、政策というよりは姿勢としてこんなスタンスがよろしいんではないかということについて簡単に触れさせていただくと、そういうお話にさせていただければというふうに思います。
最初の現状認識というところでございますけれども、最初のポイントですが、一、二、三とポイントがありますが、いずれも見てみれば当たり前のような話なんでございますけれども、やはり台湾は一九九〇年代後半に民主化、政治制度の民主化が完成いたしましたけれども、その民主制度は確かに民主化して機能しているんだという認識、それでさらに、民主化が始まってからやはり市民社会が、非常に活発な市民社会ができ上がってきているという、そういう社会になっているという認識をやはりきちっと持ち続けるということは大事ではないかというふうに思います。
次に申し上げますけれども、二のところでも触れますけれども、にもかかわらず、民主化が一応できてから、台湾の政治、まだいろいろ落ち着かず動いて、政治制度もそうですし、政党ができたり、新しい政党ができたりとか、イデオロギー的にもちょっと少し動いたり、動きがございます。
御案内のように、陳水扁政権というのは、二〇〇〇年にできて以来、数年間にわたって、やはり国会の中あるいは国会の外で、特に選挙キャンペーンのときですけれども、一種の対決型政治というものが数年にわたって続くということもございまして、台湾の政治、不安定じゃないか、大丈夫なのかというような心配が外の世界からも抱かれているわけですけれども、レジュメ第一行にも書きましたけれども、昨年末の選挙の結果、やはり有権者の方から見ても、このような対決型政治はもうやめてくれという声が選挙の結果という形で上がっているというふうに理解できると思うんですね。そういう意味で、幾多の欠陥はあるけれども、民主主義は台湾では機能し続けているんだということをまず見ておいた方がよろしいんではないかなというふうに思います。
それから、市民社会という話でございますけれども、振り返りますと、八〇年代後半の時期に、一九四九年から施行されっ放しであった長期戒厳令というのが解除されまして、政治的な自由というものが台湾に戻ってまいりました。非常に政治的な不自由な時期が続きまして、政治犯もたくさんいまして、台湾という島は監獄島である、監獄の島であるというような言い方も出てきていたわけですけれども、そういう監獄の島であるというようなことは九〇年代初めには解消しています。自由になって、その前に、その前の段階に既にかなりの経済発展がございましたし、教育の普及もございまして、自由になりますと、ある意味では市民社会の爆発といいますか、様々な環境問題、それから自然保護、あるいは消費者運動、あるいはもっと末端の村づくり、町おこしといったようなことで、たくさんの市民団体が出て活発に活動を続けているということになっておりまして、自由化したと、政治的な自由化がされたということの果実というものを台湾の社会はちゃんと摘み取っているというふうに理解したいというふうに、私はそういうふうに思います。
というわけですので、日本と台湾の間、もちろん国交がないということでございますけれども、社会と社会は非常に無理のない形で、つまり共通の政治的、社会的価値観を有する社会同士になったということで、無理のない多様な交流というのはやはりもう非常に発展してきているというふうに、私はかなり広い面を見ているわけではございませんけれども、自分が目にする学術・文化交流といった面から見ましてもそういうことができるような社会になっているし、それが行われているというふうに思います。
村おこし、町づくりですか、については日本が先輩でございますけれども、台湾でもやはり高度成長、経済の余りの高度成長によって地方社会がやや荒廃するというようなこともありまして、日本の村おこし、町づくりに触発されて、非常に基層の村や町でも実際に日本との、そういう成果を上げているところと交流を行って自分たちもやっていくということ、最近はあちこちで目に見えて成果が上がってきているということがありまして、余り気付かれないけれども、ここに、何といいますか、隠れた日台交流、盛んな日台交流があるというふうに私は理解しております。
二番目ですけれども、これが厄介な問題でございますが、台湾では民主化がいわゆる台湾化を促進してしまうという、そういう力学になってございます。
御案内のように、台湾の政府は今も中華民国政府というふうに自称しているわけですが、その昔はそれが全中国を代表する政府であるということを言っておりまして、それに基づいて国家の機構であるとか政治制度であるとか教育の理念であるとか、それから国家を象徴する様々なシンボルとか、そういうものが、甚だしくは道の名前まですべて設計されてきているということになっておりますけれども、民主化をすると、台湾にある、存在しているという実情に合わせる方向に政治制度、国家の制度がだんだんだんだんと変わってこざるを得ない。
さらに、そのイデオロギーとしては、台湾自身で、台湾の住民自身が一つの国民であり、主権独立の国家を持つべきであると、あるいは既にそうなっているんだと、そういう意味の台湾ナショナリズムが台頭してくると、そういうことがございまして、台湾が台湾化するというのはおかしな話なんですけれども、その戦後の成り行きから民主化というものがそういうものを促してしまうと、そういうことになっていると思います。
それが、やはり台湾海峡の安定を保ってきた一種の国際レジームですね、上海コミュニケ、ニクソンが一九七二年に中国を訪問したときにできた枠組みですから、七二年体制とかそういう言葉で私は呼んでいるんですけれども、そういうものの前提をもこういう変化というものは揺るがしつつあるというふうに思います。先ほども述べましたように、二〇〇〇年の大統領選挙では、その台湾ナショナリズムを背景とする勢力が、というのは、つまりそれは、それまではずっと政治体制のアウトサイダーだったわけですが、アウトサイダーが政権を握るという事態がついに今発生したということになると思います。
そこに、アステリックで米中共同声明、一九七二年の上海コミュニケの一節を引かせていただいてありますけれども、アメリカ側が、台湾海峡のすべての中国人が皆中国はただ一つであり云々と、こういうふうに考えていると、認識しているというんですけれども、これは台湾の中ではそうではないということが余りに明白に既になってしまっているというふうに言えると思います。
先ほど高原先生からもちょっと、若干触れられましたが、中国の軍事力の増強とともに台湾に対する軍事的圧力も強まっておりますし、それから、今度は逆に、次に述べますけれども、経済交流というのが盛んになっておりますので、実は冷戦期には存在しなかった経済的なあるいは社会的なつながりができて相互利益が発生しているということもありまして、非常に複雑な形でこれまでやってきて、これまで存在しております台湾海峡レジームの前提が揺らいでいるということが見て取れるのではないかというふうに思います。ただし、前提が揺らいでいると言っているだけで、体制そのものが揺らいでいるというふうに言っているわけではないんですけれども、注意すべき状況になってきているというふうに思うわけでございます。
その下に、では、じゃどうするかということですが、今、米中台ともに現状は維持するんだと言っているんですが、これは現状、それぞれが定義する現状が違うということでございまして、その下にアステリックで書いておりますが、アメリカにとってみれば、その後に引きました、ブッシュ大統領が、これ、大変失礼いたしました、ブッシュ大統領の発言の年度が違っておりまして、〇四年十二月になっていますが、〇三年十二月の誤りでございます。大変申し訳ありませんが、御訂正いただきます。
この温家宝首相、訪米した温家宝首相と会ったときに、我々は中国又は台湾が現状を変更するいかなる一方的な決定をすることにも反対であると、こういうことで、とにかくどちらも相手に対して武力行使をしないという状況を維持することが現状であるということに米国にとってはなりますけれども、中国側からすれば、中国は既に統一されているという法理というものが既に存在しているんであって、それが、中国が統一されているということが現状であると。
これは、現在、報道によりますれば、中国の全人代、全国人民代表大会で反国家分裂法というものが審議されているということなんですが、この反国家分裂法というそのネーミング自体が国家は既に統一されているという前提でございますので、中国にとってみては法理の上において統一されているというのが現状で、それを破壊してはいけないというふうに、破壊しようとしているのは台湾の陳水扁政権だと、こういう立場になっているというふうに思われますが、台湾側は、既に実際に分断され、分治されて、分治、それぞれ別個に統治されているというのが現状であり、それを維持するんだと。台湾独立勢力から見れば、それを法理上もそのようにしてしまいたいということが目標であると、そういうことになっているというふうに思います。
当然ながら、日本としては、現在、台湾海峡の平和を維持しているその前提は揺らいできているんですけれども、これを、平和を維持している現状維持レジームというものを壊していく、積極的に壊していく理由というのは何もないという状況でございますので、やはり日米安保を通じて米国の現状維持政策を助けていくという基本的なスタンスというのは変化させる必要はないというふうに私も思います。
民主化が台湾化を促進してしまうということで台湾政治動いてしまっているわけで、そのことによって台湾の、小さな台湾ですが、台湾の国政選挙、選挙の結果が国際情勢に跳ね返ってしまうという事態が二〇〇〇年以来続いてきているわけなんですけれども、陳水扁政権が、台湾独立の方向での言説を陳水扁氏が盛んにするようになるのは大体選挙と関係がございまして、やはり彼は二〇〇〇年は新しい中道路線ということでスタートしたんですが、それがなかなか内政改革の面で、議会は野党が優勢なものですから成果が上げられないと。しかし、次に選挙を勝つためにはどうするかというと、やはり台湾ナショナリズムのキャンペーンを強めるという形で次の選挙にも勝ってきて、それで昨年度の選挙、昨年末に行われた選挙はそれでいこうと思ったんですが、うまくいかなかったと、そういう結果になっているわけです。
ですから、台湾海峡の安定という面から見ますと、民生、内政の改革あるいは民生の政策の面で成果が上げられる、台湾の中での定義における中道政権というものが確立されていくということが望ましいというふうな状況に今あるというふうに思われます。
台湾では選挙の後、新しい内閣が今できようとしておりまして、謝長廷さんという高雄の市長、南部の高雄の市の市長さんが新しい首相に任命されました。先ほど、最初に申し上げましたように、対決型政治というものを終息させてほしいというのが前回の選挙の重要な有権者のメッセージだったというふうに思われるんですけれども、それをやはり実現するには何らかの形の政党間の協力というスタイルを何とか樹立しなければいけないんですが、まだ台湾ではそれがうまくいった事例がないわけですね。ですから、今それが何らかの形の議会の多数を、現在の与党が一定の政策の範囲内で協定してコアリッションを作れるのかどうかというのが非常に今問われている、今非常に重要な時期に来ているというふうに思います。
先ほど申しましたように、民主化が台湾化を促進してしまっていますので、台湾の国政選挙あるいは台湾の議会のコアリッションがどう組まれるかということが台湾ナショナリズムの動向に関係してくるということで、それが翻って国際情勢にも響くという状況になっておりまして、台湾の中の政治バランスというものにも注目していかなければいけないかなというふうに思う次第です。
三番目の中国の存在感と圧力が強まっているということでございますが、これは改めて言うまでもなく、皆さん御案内のとおりでございます。
八〇年代後半に、台湾の住民で大陸に親戚のある者は親戚訪問をしていいという形で始まりました中台間の民間交流というのはどんどん発展をいたしまして、今非常に太い経済交流が行われているということは既に御存じのとおりでございます。経済の交流が発展して、そして継続していきますと、物、財が動くだけではなくて人も動くようになりまして、やはり社会的なつながりもできてきたというふうに見ていいんではないかと思います。
現在、数ははっきりしないんですけれども、百万ぐらいの台湾ビジネスマンが恒常的に中国に住んでいるということが言われております。住んできますと、子弟を大陸の学校で教育しなければならないと、そういうことも出てきますし、大陸の人と結婚する人も出てきますし、逆に、中国大陸の方から台湾の、お嫁さんが余り来れない農村にお嫁さんが来るということも増えております。そういう形で、あと宗教的な交流もございますけれども、社会的なつながりもできてきているということでございますが、先ほど申しましたような台湾化という傾向がございますので、民主化と台湾化ですね、この二つの要素によって政治は全く近づくことができないと、あるいは逆に言えば離れていっているということではないか、そういう矛盾した力学に置かれているというふうに思います。
そこのレジュメのところで括弧、引用しましたのは、アメリカで米中台関係をずっとウオッチしているナンシー・タッカーという学者の言葉を引きました。「中台を引き離しつつ同時に抗しがたく結びつける根本的な衝動」に今台湾は見舞われている、そういう状況なんだという複雑な情勢ですね、だというふうに思います。
次に、もちろん、次のことは言うまでもないことですけれども、台湾が自分の存在を国際社会に強めようとすると中国はすぐたたくと、こういう外交ゲームがどんどん続いていますし、中国の外交力の増強とともになかなか厳しい状況になりつつあるというふうに思います。軍事的圧力については、ミサイル、七百発と言われていますが、台湾に向けて照準を向けたミサイルが配備されているということでございます。
だんだん時間がなくなってまいりましたけれども、そういう状況の中で台湾の住民の意識というもの、台湾ナショナリズムが高まっているんですが、どういうふうに見たらいいかということでございまして、十分な説明ができない、する時間がないかもしれませんが、ちょっとだけレジュメ二ページ目の図をごらんいただきたいというふうに思います。
これは、私は、台湾住民のナショナルアイデンティティーといいますか、そういう関係の意識というのは非常に複雑であるというふうに考えておりますけれども、やはり大事、一番今日申し上げたいポイントというのは、いわゆる台湾意識が高まっていると言うんですけれども、その内容でございまして、私が一番大事なのは、台湾の住民が、その台湾意識に対する民主化の影響ですね、つまり台湾が将来にどういう形で中国大陸と政治的関係を持つかと、独立なのか統一なのかということについてはどういう最終的決着を付けるかについては、その態度としてはオープンだけれども決定というものは自分で決定したい、自己決定したいと。言わば自決あるいは民主的な意識ですね、こういうものは非常に広範に持たれて、こういう意味での台湾意識というのはかなりある意味では確立しているという状況にもうなっているんではないかというふうに思います。既に三回の民主的な大統領選挙というものをやっているわけでございまして、これはそういう民主的な政治プロセスへの民衆の参加と、そういう制度が壊されない限り続いていくものだというふうに考えておりまして、台湾意識が高まっていると言われるんですけれども、その内容は今申し上げたようなところで、図で言いますとT3としてあるものなんですが、これが一番大事なんではないかというふうに考えておる次第でございます。
さはさりながら、やはり中国の存在感、外交的、軍事的な圧力と経済的吸引力と、現在は社会的吸引力まで付いてきているというふうに思うんですが、そういうものを前にして、自分自身の経済発展と民主化による自信というものとその中国からの圧力からの孤立感、焦燥感というもの両方が今ない合わさっている状況が台湾の有権者の心理なんではないかというふうに考えている次第でございます。
そうなりますと、やはり台湾海峡の安定にとってみれば、そういうその台湾住民の一方での自信、一方での孤立感、焦燥感というものを踏まえて、過度な孤立感というものを抱かせないような対応というものが、隣国の、あるいは周囲の国家の公共的な場で活動する人々にとってはそういう配慮が必要なんじゃないかなというふうに思いまして、一、二、三、四と余り論理的にはつながりませんが挙げておきました。
一つは、日中共同声明の枠内で我々は民間関係を台湾と持つということになっているんですが、これを、国家間関係という枠組みがないという状況なんですけれども、この関係をしっかり運営するという心構えを常に持つということが大事かなというふうに思います。
二番目と三番目は先ほど触れた現状認識と関係あるんですけれども、やはり公共的な立場にある方が台湾の方と何らかの形で接触して何かの意見を表明するという場合には、やはり台湾の民主体制や成熟しつつある市民社会への敬意というものを背景に発言をする、そういう態度が必要なんじゃないかというふうに思います。
それから、先ほど言いましたような台湾意識ですね。それから、自立願望とよく新聞には出ますけれども、そういうものにはそれなりの歴史的根拠があるし、十九世紀末に日本の植民地、清朝から日本に割譲され、日本の敗戦とともにまた別の身分になった、中華民国の一部ということになり、今また中華人民共和国の一部になるように圧力が掛かっているわけですよね。ですから、そういう歴史を考えれば、そういうふうに歴史に翻弄されてきたという経緯を踏まえれば、今度は自分の運命は自分で決めたいと、そういうふうに、発展した経済を持ち、充実した教育を持ち、成熟しつつある市民社会を持つ、そういう人たちが考えるのは当たり前のことであるというふうに私としては思います。
つまり、そういう自立、いわゆる自立願望には歴史的正当性はやはりあるんだろうというふうに思います。ですから、それに対してやはりしかるべき敬意というものが、表明する姿勢というのがあっていいんじゃないかなというふうに思います。そういう面では、日本政府及び国民の、李登輝、いわゆる李登輝訪日問題に対する対応というのは良かったんじゃないかなという、そういう意味での適切な配慮、ものが表明できたいい対応であったんじゃないかなというふうに私は喜んでおります。
もう一つは、よく台湾人は親日的だというふうに言われるんですけれども、それは過去の歴史的つながりからそういうふうに言われているんですが、大分もう世代も交代しておりまして、当たり前に日本語で日本人に話し掛けてくれるという世代はだんだんだんだん消えていこうとしているわけでございまして、若い世代の意識が違いますので、やはり台湾人のいわゆる親日というのを当たり前に受け取るという時代はもう終わりつつあるということなんで、そこに対して適切な配慮は必要なんじゃないかなというふうに思います。
四番目のは余りはっきりしない物の言い方なんですけれども、ごくごく長期的に見て、いわゆる台湾問題の解決というものは中台双方がナショナリズムを言い立てるという状況の中では解決というのはあり得ないだろうというふうに私としては思います。だから、基本的には、この問題の解決というのは中国大陸と台湾がそれぞれ共存共栄できる政治的枠組みを求めるという方向でしかあり得ないという、そういう判断を持ちながら台湾海峡の情勢というものを見ていく必要があるんではないかなというふうに考えている次第でございます。
以上、まとまらないお話で恐縮でございましたが、私の意見表明とさせていただきます。
ありがとうございました。
松
松田岩夫#6
○会長(松田岩夫君) ありがとうございました。
これより質疑を行います。
本日も、あらかじめ質疑者を定めず、質疑応答を行います。
質疑を希望される方は、挙手の上、私の指名を待って質疑を行っていただきたいと存じます。
できるだけ多くの委員の方々が質疑を行うことができますよう、委員の一回の発言時間は五分程度でお願いいたします。
また、質疑及び答弁とも御発言は着席のままで結構でございます。
なお、理事会協議の結果ではございますが、まず大会派順に各会派一人一巡するよう指名いたしたいと存じますので、よろしくお願いいたします。
小林温君。
この発言だけを見る →これより質疑を行います。
本日も、あらかじめ質疑者を定めず、質疑応答を行います。
質疑を希望される方は、挙手の上、私の指名を待って質疑を行っていただきたいと存じます。
できるだけ多くの委員の方々が質疑を行うことができますよう、委員の一回の発言時間は五分程度でお願いいたします。
また、質疑及び答弁とも御発言は着席のままで結構でございます。
なお、理事会協議の結果ではございますが、まず大会派順に各会派一人一巡するよう指名いたしたいと存じますので、よろしくお願いいたします。
小林温君。
小
小林温#7
○小林温君 自民党の小林温でございます。
今日はお二方の参考人から大変貴重なお話をいただきました。台湾、そして日中関係ということでございますが、私、お話を聞いておりまして、日中の関係もあるいは中台の関係も、経済関係が深化をしていく中で政治の関係というのがなかなかそれに結び付かないという同じ環境の中にもあるのかなということを感じたわけでございます。
そういう中で、まず高原先生にお伺いをしたいのは、一つには、先生の御提言の中で香港・マカオと台湾のFTAということがございました。もう既に中国は香港とマカオと、ある意味でいうと一国二制度なのか三制度なのか、現実的にはそういう形があるわけです。ここに仮に台湾が加わるとなると、一国多制度あるいは将来的には連邦制というものも視野に入ってくるような経済関係というものが見えてくるのかなというふうに思います。こういうことが、一つお伺いしたいのは、例えば中国の中ではどういった議論をされているのかということ、それから台湾側から考えた場合、今先生の御提案されているFTAというのはどういうふうに映っているのかということをお聞きをしたいと思います。
それからもう一つ、これは簡単にで結構でございますが、安全保障分野における東アジアの信頼醸成メカニズムということでございますが、この中で中国側は日米安保条約というものをどういうふうにとらえ、この信頼醸成に向かって仮に進むとした中でその日米安保というものをどういうふうに位置付けていくのかと、先生の御見解を教えていただければというふうに思います。
次に、若林先生でございます。
なかなか日本人にとって台湾海峡のリスクというのは目に見えないものでございまして、例えばアメリカの研究者と話をすると、朝鮮半島の軍事的なリスクと台湾海峡のリスクというのはある意味でいうとパラレルに語られるわけですが、そのアメリカ自身のあいまい政策もあって、日本人にはなぜ中台間にそういう軍事的なリスクがあるのかというのが認識できないところがあるんじゃないかというふうに思います。
そこで、先生もお述べになられていますが、その中台の間でも経済的な結び付きというのはかなり深化をしている。私もかつてビジネスの世界におりまして、中国とビジネスをするときに、台湾と中国がまずある分野で合弁なり提携関係を持っているところを、台湾の方、企業なり個人を水先案内人にして中国に入っていくべきだというような話をよく聞いたわけでございますが、こういう、例えば経済関係あるいはその社会、大衆消費文化が緊密化していく中で、下部構造がその上部構造を規定するように、政治関係にこの経済関係の深化が影響を及ぼすということは、現在の時点ではそういうことがあるのかと。それから、これから将来的にそういうことが具体的にどのように考えられるのかということ。
それからもう一つ、これも簡単にで結構でございますが、李登輝訪日の処理は適切だったと先生の御分析ございましたが、あのときも中国側はかなり外交ルートで、あるいはインターネットの書き込みなんかを見ても、日本政府の対応を批判したわけでございますが、こういうことは気にしなくてもいいのかということについてお聞きをできればと思います。
この発言だけを見る →今日はお二方の参考人から大変貴重なお話をいただきました。台湾、そして日中関係ということでございますが、私、お話を聞いておりまして、日中の関係もあるいは中台の関係も、経済関係が深化をしていく中で政治の関係というのがなかなかそれに結び付かないという同じ環境の中にもあるのかなということを感じたわけでございます。
そういう中で、まず高原先生にお伺いをしたいのは、一つには、先生の御提言の中で香港・マカオと台湾のFTAということがございました。もう既に中国は香港とマカオと、ある意味でいうと一国二制度なのか三制度なのか、現実的にはそういう形があるわけです。ここに仮に台湾が加わるとなると、一国多制度あるいは将来的には連邦制というものも視野に入ってくるような経済関係というものが見えてくるのかなというふうに思います。こういうことが、一つお伺いしたいのは、例えば中国の中ではどういった議論をされているのかということ、それから台湾側から考えた場合、今先生の御提案されているFTAというのはどういうふうに映っているのかということをお聞きをしたいと思います。
それからもう一つ、これは簡単にで結構でございますが、安全保障分野における東アジアの信頼醸成メカニズムということでございますが、この中で中国側は日米安保条約というものをどういうふうにとらえ、この信頼醸成に向かって仮に進むとした中でその日米安保というものをどういうふうに位置付けていくのかと、先生の御見解を教えていただければというふうに思います。
次に、若林先生でございます。
なかなか日本人にとって台湾海峡のリスクというのは目に見えないものでございまして、例えばアメリカの研究者と話をすると、朝鮮半島の軍事的なリスクと台湾海峡のリスクというのはある意味でいうとパラレルに語られるわけですが、そのアメリカ自身のあいまい政策もあって、日本人にはなぜ中台間にそういう軍事的なリスクがあるのかというのが認識できないところがあるんじゃないかというふうに思います。
そこで、先生もお述べになられていますが、その中台の間でも経済的な結び付きというのはかなり深化をしている。私もかつてビジネスの世界におりまして、中国とビジネスをするときに、台湾と中国がまずある分野で合弁なり提携関係を持っているところを、台湾の方、企業なり個人を水先案内人にして中国に入っていくべきだというような話をよく聞いたわけでございますが、こういう、例えば経済関係あるいはその社会、大衆消費文化が緊密化していく中で、下部構造がその上部構造を規定するように、政治関係にこの経済関係の深化が影響を及ぼすということは、現在の時点ではそういうことがあるのかと。それから、これから将来的にそういうことが具体的にどのように考えられるのかということ。
それからもう一つ、これも簡単にで結構でございますが、李登輝訪日の処理は適切だったと先生の御分析ございましたが、あのときも中国側はかなり外交ルートで、あるいはインターネットの書き込みなんかを見ても、日本政府の対応を批判したわけでございますが、こういうことは気にしなくてもいいのかということについてお聞きをできればと思います。
松
高
高原明生#9
○参考人(高原明生君) 御質問どうもありがとうございます。
最初から順番にお答えを申し上げていきたいんですけれども、実は、そもそも中華人民共和国ができる直前、国民党と内戦を戦っているときに、毛沢東は中国も連邦制の国にしようというふうに最初は言っていたんですね。これはソ連が民族ごとの連邦という形でもうできておりましたので。ところが、もう内戦に勝利することは間違いないということが分かった段階でやめたと言って、やっぱり単一制の国家にするといって今日まで来ているわけであります。けれども、御指摘のとおり、一国家二制度、一国二制度というものが元々は台湾を対象に考えられた政策なんですけれども、実施は御存じのとおり香港それからマカオという地域を対象に行われておりまして、その内容を見ますと、もうほとんど連邦制と同じような内容の仕組みが実はできているというふうに言っていいんじゃないかと思います。それは、もし台湾も一国家二制度という枠組みの下で問題が解決されるという形になれば台湾もそこに加わると。
じゃ、ほかのチベットとか新疆はどうなるんだということで、このまま変わらないのかどうなのか。そういうことにつきましては、一つ注目されますのはやっぱりチベットの動向なんですね。そのチベットのダライ・ラマの側とそれから中国共産党との間の話合いというのが実は進められているプロセスの今最中でありまして、ダライ・ラマはもうかなり高齢になってまいりましたし、チベットについてどういった話合いが付くのかということが長期的に中国の国の在り方ということを考える上では一つの焦点になるんだろうというふうには考えております。
実は一九八九年のいわゆる天安門事件、六・四事件の前には、漢民族が主に住んでいる地域を対象としても、やっぱり連邦制にした方が国家運営の仕方としてやりやすいんじゃないかという、そういう議論はあったんですね。しかし、六・四事件以降、そういう言い方は少なくとも表ではしないようになっています。
なぜかというと、やはり国がばらばらになっていくことに対する本能的な恐怖感といいましょうか、列強によってじゅうりんされ、半植民地化され、国がばらばらになりそうになったという歴史的な記憶というのが染み付いている面がありますので、連邦制を語るということはすなわち中国を弱くしようとするという外国の陰謀に乗ってしまうようなことじゃないかという、それが今のところまだ公式ラインであって、表面的にはそういった議論はできないんですけれども、しかし、実態としてはほかの連邦制の国よりも強い権限を香港やマカオは持っているというのが実際です。しかし、それは植民地だったわけですから、かなり特別なケースだということも言えます。ですから、ポイントはチベットがどうなるかということだというふうに思うんですね。
それから次は、香港・マカオと台湾とのFTAが台湾側から見るとどう映るのかということなんですが、実は意見が割れて、私自身がこれまで聞いた範囲では二つの意見がありますね。
一つは、余り賛成したくないと。それはなぜかというと、香港・マカオとFTAを結ぶことによって、やっぱり大陸に対する経済的な依存が一層深まってしまうということに対する恐怖を抱く指導者たちがいますね。しかし、ビジネス界はそうではなくて、規制をなくしたいという立場でありますので積極的ですし、それから、もしその香港・マカオとのFTAが、例えば日本との間のFTAの交渉に弾みを付けるような、そういう作用を果たすのであるならばいいんじゃないでしょうかというような見方もあるので、それは両方考え方があるというのが今の台湾の状況ではないかと思います。
それから次に、安全保障の問題ですけれども、中国は日本と国交を正常化してから日米安保そのものを批判したことはないと思います。これもよく誤解があるんですけれども、例えば、九〇年代の日米安全保障協力の範囲の拡大とか機能の拡大とか、それに対して批判したことはあるんですけれども、日米安全保障協力体制そのものを批判したことはないと思うんですね。
今の多くの指導者は大変現実主義的に物事を考えられる人たちであって、アメリカのこの地域における軍事的な機能を正しく評価しようと、その安定をもたらす力としてのアメリカのプレゼンスですね、これはこれとして評価すべきだというのが今は主流の考え方だと思います。だからこそ、今年の一月の末だったですけれども、中国とアメリカの間で戦略対話が行われまして、それはバイの戦略対話であったわけですけれども、日米との間でもやりたいというふうに中国側の中には言っている人がいるわけですね。大変現実主義的に考えて、もちろん、さっき私の話の中で申しましたように、ぶつかる面もあるんですけれども、ぶつかる面もあるんだけれども、だけれども話合いでその辺の折り合いは付けていこうという非常にプラグマティックな考え方を今の主流の人たちはしているということだろうと思います。
以上です。
この発言だけを見る →最初から順番にお答えを申し上げていきたいんですけれども、実は、そもそも中華人民共和国ができる直前、国民党と内戦を戦っているときに、毛沢東は中国も連邦制の国にしようというふうに最初は言っていたんですね。これはソ連が民族ごとの連邦という形でもうできておりましたので。ところが、もう内戦に勝利することは間違いないということが分かった段階でやめたと言って、やっぱり単一制の国家にするといって今日まで来ているわけであります。けれども、御指摘のとおり、一国家二制度、一国二制度というものが元々は台湾を対象に考えられた政策なんですけれども、実施は御存じのとおり香港それからマカオという地域を対象に行われておりまして、その内容を見ますと、もうほとんど連邦制と同じような内容の仕組みが実はできているというふうに言っていいんじゃないかと思います。それは、もし台湾も一国家二制度という枠組みの下で問題が解決されるという形になれば台湾もそこに加わると。
じゃ、ほかのチベットとか新疆はどうなるんだということで、このまま変わらないのかどうなのか。そういうことにつきましては、一つ注目されますのはやっぱりチベットの動向なんですね。そのチベットのダライ・ラマの側とそれから中国共産党との間の話合いというのが実は進められているプロセスの今最中でありまして、ダライ・ラマはもうかなり高齢になってまいりましたし、チベットについてどういった話合いが付くのかということが長期的に中国の国の在り方ということを考える上では一つの焦点になるんだろうというふうには考えております。
実は一九八九年のいわゆる天安門事件、六・四事件の前には、漢民族が主に住んでいる地域を対象としても、やっぱり連邦制にした方が国家運営の仕方としてやりやすいんじゃないかという、そういう議論はあったんですね。しかし、六・四事件以降、そういう言い方は少なくとも表ではしないようになっています。
なぜかというと、やはり国がばらばらになっていくことに対する本能的な恐怖感といいましょうか、列強によってじゅうりんされ、半植民地化され、国がばらばらになりそうになったという歴史的な記憶というのが染み付いている面がありますので、連邦制を語るということはすなわち中国を弱くしようとするという外国の陰謀に乗ってしまうようなことじゃないかという、それが今のところまだ公式ラインであって、表面的にはそういった議論はできないんですけれども、しかし、実態としてはほかの連邦制の国よりも強い権限を香港やマカオは持っているというのが実際です。しかし、それは植民地だったわけですから、かなり特別なケースだということも言えます。ですから、ポイントはチベットがどうなるかということだというふうに思うんですね。
それから次は、香港・マカオと台湾とのFTAが台湾側から見るとどう映るのかということなんですが、実は意見が割れて、私自身がこれまで聞いた範囲では二つの意見がありますね。
一つは、余り賛成したくないと。それはなぜかというと、香港・マカオとFTAを結ぶことによって、やっぱり大陸に対する経済的な依存が一層深まってしまうということに対する恐怖を抱く指導者たちがいますね。しかし、ビジネス界はそうではなくて、規制をなくしたいという立場でありますので積極的ですし、それから、もしその香港・マカオとのFTAが、例えば日本との間のFTAの交渉に弾みを付けるような、そういう作用を果たすのであるならばいいんじゃないでしょうかというような見方もあるので、それは両方考え方があるというのが今の台湾の状況ではないかと思います。
それから次に、安全保障の問題ですけれども、中国は日本と国交を正常化してから日米安保そのものを批判したことはないと思います。これもよく誤解があるんですけれども、例えば、九〇年代の日米安全保障協力の範囲の拡大とか機能の拡大とか、それに対して批判したことはあるんですけれども、日米安全保障協力体制そのものを批判したことはないと思うんですね。
今の多くの指導者は大変現実主義的に物事を考えられる人たちであって、アメリカのこの地域における軍事的な機能を正しく評価しようと、その安定をもたらす力としてのアメリカのプレゼンスですね、これはこれとして評価すべきだというのが今は主流の考え方だと思います。だからこそ、今年の一月の末だったですけれども、中国とアメリカの間で戦略対話が行われまして、それはバイの戦略対話であったわけですけれども、日米との間でもやりたいというふうに中国側の中には言っている人がいるわけですね。大変現実主義的に考えて、もちろん、さっき私の話の中で申しましたように、ぶつかる面もあるんですけれども、ぶつかる面もあるんだけれども、だけれども話合いでその辺の折り合いは付けていこうという非常にプラグマティックな考え方を今の主流の人たちはしているということだろうと思います。
以上です。
若
若林正丈#10
○参考人(若林正丈君) 御質問ありがとうございます。
最初の、中国との経済関係が一種の下部構造にあって上部構造の政治にどう影響するかというお話でございますけれども、大統領選挙の際に、双方、特に野党なんですけれども、野党の方が中国大陸に行っているビジネスマンに候補の後援会を組織するというような行動というものが、昨年度の、〇四年ですね、の選挙には〇〇年よりは大分目立って行われました。また、旧正月等で帰ってくるビジネスマンを集めて、一種の、何ですか、懇親会のようなものを政治家が催すというようなことも、これは与野党両方やったりしております。ただ、そういう選挙目当ての行動がどれだけ選挙の票の導引に結び付いているかということはよく分からないという感じで、まだそれほど効いてはいないという感じであります。お互いに、与野党ともそういう行動を非難し合っているという状況であります。
それから、陳水扁政権と民進党は中国とのオフィシャルな交流というのは非常にうまくいかない状況に、中国がストップしていますので、いっていません。ですから、野党系の政治家やそのシンクタンクの人たちとこれは頻繁に、前からそうですけれども、中国へ行っております。ただ、それが具体的な政治の面でどのように効いているかというのはちょっとなかなかうかがい知ることはできない。余りやり過ぎますと、内部でやはり一方で台湾意識というのは強まっておりますので、批判を受けるとちょっとまずいことにもなるということで、かなりこれは政治家にとってはバランスを取る必要のある事柄になっているという状況でございます。
それからもう一つは、李登輝氏の訪日について中国ではもちろん強い批判があると。これを顧慮しなくていいのかということでございます。これは気にする必要があるというふうに私は思います。
実際に、このたびの訪日につきましても、最初オファーされた時期は断っているわけですね。それからさらに、政治的発言を一切しないという、それから記者会見のようなものもしないということで、強い制限を付けていると。これは十分中国側の反発を顧慮して、我が国として、いわゆる日台の民間関係というものはどういうふうに持つか、行うかという判断とともに一つのバランスの中で行われた決定と、実際の訪日という行動であったというふうに思われますので、やはり中国側の懸念というものにも配慮を示した形でバランスの中で行っていくと。しかし、それは私の評価では、前回の李登輝氏の訪日をああいう形で受け入れた、制限はかなり付けたわけですけれども、受け入れたということは、私の言うその台湾の歴史と民主化に対する敬意の表明という意味ではいい事例だったのではないかというふうに考える次第です。
この発言だけを見る →最初の、中国との経済関係が一種の下部構造にあって上部構造の政治にどう影響するかというお話でございますけれども、大統領選挙の際に、双方、特に野党なんですけれども、野党の方が中国大陸に行っているビジネスマンに候補の後援会を組織するというような行動というものが、昨年度の、〇四年ですね、の選挙には〇〇年よりは大分目立って行われました。また、旧正月等で帰ってくるビジネスマンを集めて、一種の、何ですか、懇親会のようなものを政治家が催すというようなことも、これは与野党両方やったりしております。ただ、そういう選挙目当ての行動がどれだけ選挙の票の導引に結び付いているかということはよく分からないという感じで、まだそれほど効いてはいないという感じであります。お互いに、与野党ともそういう行動を非難し合っているという状況であります。
それから、陳水扁政権と民進党は中国とのオフィシャルな交流というのは非常にうまくいかない状況に、中国がストップしていますので、いっていません。ですから、野党系の政治家やそのシンクタンクの人たちとこれは頻繁に、前からそうですけれども、中国へ行っております。ただ、それが具体的な政治の面でどのように効いているかというのはちょっとなかなかうかがい知ることはできない。余りやり過ぎますと、内部でやはり一方で台湾意識というのは強まっておりますので、批判を受けるとちょっとまずいことにもなるということで、かなりこれは政治家にとってはバランスを取る必要のある事柄になっているという状況でございます。
それからもう一つは、李登輝氏の訪日について中国ではもちろん強い批判があると。これを顧慮しなくていいのかということでございます。これは気にする必要があるというふうに私は思います。
実際に、このたびの訪日につきましても、最初オファーされた時期は断っているわけですね。それからさらに、政治的発言を一切しないという、それから記者会見のようなものもしないということで、強い制限を付けていると。これは十分中国側の反発を顧慮して、我が国として、いわゆる日台の民間関係というものはどういうふうに持つか、行うかという判断とともに一つのバランスの中で行われた決定と、実際の訪日という行動であったというふうに思われますので、やはり中国側の懸念というものにも配慮を示した形でバランスの中で行っていくと。しかし、それは私の評価では、前回の李登輝氏の訪日をああいう形で受け入れた、制限はかなり付けたわけですけれども、受け入れたということは、私の言うその台湾の歴史と民主化に対する敬意の表明という意味ではいい事例だったのではないかというふうに考える次第です。
松
大
大久保勉#12
○大久保勉君 民主党・新緑風会の大久保勉です。
本日は、二名の先生に、非常に分かりやすく、また示唆に富む指摘、ありがとうございました。
これをベースに、まずは高原先生に対して御質問いたします。
中国経済を見ましたら、最大の特徴が高度成長、それも長期にわたる成長であるということだと思います。もし成長路線が今後持続可能であるか、こういう問題と、もし持続可能じゃなかった場合に、その場合、社会的な影響。もう少し詳しく言いますと、まず成長が可能であるか、三つの点から質問いたします。
一つは、いわゆる為替の問題です。中国人民元の切上げ。これは日本もそうだったんですけれども、多大な貿易黒字、いわゆる輸出によりまして、どうしても、相手国、輸入国にとりましては為替を調整したいと、こういったニーズが出てくると思うんです。具体的にはアメリカの方が、現在、レンミンビー、中国人民元はドルに連動しておりますけれども、この連動を切り離していくと、さらには切上げ、こういった圧力が掛かっております。このことに関して、中国政府はどう考えているのか。さらには、資本の自由化の問題です。やはり資本の自由化と為替の調整というのはパッケージだと思っております。これは、同じことは、日本はニクソン・ショックで為替が自由化し、さらにはプラザ合意で急激な円高、そういった過程で日本が高度成長から中成長、低成長に変わっております。このことが中国にも果たして起こるのか。これが第一点です。
また、第二点としましては、中国の国内問題。いわゆる一人っ子政策、このことに対して、今中国の出生率はどのくらいであるかと。もし出生率が一に近いということでありましたら、それでも毎年一千万人の人口が増えているということでしたら、急激な少子高齢化が進んでいるんじゃないかと。これが二十五年以上進んでいるということでしたら、かなり経済成長に影響があるんじゃないかと思われます。最近、はやっておりますけれども、人口経済学ということで、いわゆる出産調整をした場合には、日本でもそうですけれども、短期的には高度成長要因になると。つまり、子供に対する教育を減らして労働人口が増えると。ところが、そういった状況が数十年続いてきましたら、いわゆる労働力が減っていきますから、経済を冷やしていくと。こういった現象が中国に起こらないかと。
三番としましては、これは既に指摘されておりますけれども、今みたいに一〇%近い成長を今後十年続けていった場合には、資源エネルギー及び環境問題の点で対応できるのか。また、そのことが世界経済に相当影響があると思いますから、この辺り、もう少し詳しくお願いします。
じゃ、仮説としまして、成長路線というのがもう堅持できないと、いつかはソフトランディングをしないといけないと。この場合に、社会的影響です。
一つは、共産党の方がそういった統治能力があるのかと。特に、経済が成長しておりますから、いろんな社会的な矛盾が縮小しておりますけれども、いろんな賃金格差の問題若しくは社会格差の問題が出まして大きな問題になっていく、若しくは共産党一党主義というのが壊れてくる、こういったことではないのかが次の論点です。逆に、共産党一党支配だから統治力があるのか。この辺りも説明をお願いします。
続きまして、台湾問題に関しまして若林先生にお尋ねします。
基本的には、質問の内容に関しましては前の質問で重複しておりますので、いわゆる経済はいい、社会的な面では非常につながっていますけれども、政治的な面では対立があると。短期的な影響若しくは現状認識に関しましては教えてもらいましたけれども、恐らくは百万人以上の台湾のビジネスマンが中国に生活していると。これはかなり密接な経済交流と思います。これが長期的な観点で政治に影響しまして中国、台湾が劇的な改善をするという可能性はないのか、その場合に日本が取り残されてしまう可能性はないか。この辺りに関して、もし考えございましたら教えてください。
以上です。
この発言だけを見る →本日は、二名の先生に、非常に分かりやすく、また示唆に富む指摘、ありがとうございました。
これをベースに、まずは高原先生に対して御質問いたします。
中国経済を見ましたら、最大の特徴が高度成長、それも長期にわたる成長であるということだと思います。もし成長路線が今後持続可能であるか、こういう問題と、もし持続可能じゃなかった場合に、その場合、社会的な影響。もう少し詳しく言いますと、まず成長が可能であるか、三つの点から質問いたします。
一つは、いわゆる為替の問題です。中国人民元の切上げ。これは日本もそうだったんですけれども、多大な貿易黒字、いわゆる輸出によりまして、どうしても、相手国、輸入国にとりましては為替を調整したいと、こういったニーズが出てくると思うんです。具体的にはアメリカの方が、現在、レンミンビー、中国人民元はドルに連動しておりますけれども、この連動を切り離していくと、さらには切上げ、こういった圧力が掛かっております。このことに関して、中国政府はどう考えているのか。さらには、資本の自由化の問題です。やはり資本の自由化と為替の調整というのはパッケージだと思っております。これは、同じことは、日本はニクソン・ショックで為替が自由化し、さらにはプラザ合意で急激な円高、そういった過程で日本が高度成長から中成長、低成長に変わっております。このことが中国にも果たして起こるのか。これが第一点です。
また、第二点としましては、中国の国内問題。いわゆる一人っ子政策、このことに対して、今中国の出生率はどのくらいであるかと。もし出生率が一に近いということでありましたら、それでも毎年一千万人の人口が増えているということでしたら、急激な少子高齢化が進んでいるんじゃないかと。これが二十五年以上進んでいるということでしたら、かなり経済成長に影響があるんじゃないかと思われます。最近、はやっておりますけれども、人口経済学ということで、いわゆる出産調整をした場合には、日本でもそうですけれども、短期的には高度成長要因になると。つまり、子供に対する教育を減らして労働人口が増えると。ところが、そういった状況が数十年続いてきましたら、いわゆる労働力が減っていきますから、経済を冷やしていくと。こういった現象が中国に起こらないかと。
三番としましては、これは既に指摘されておりますけれども、今みたいに一〇%近い成長を今後十年続けていった場合には、資源エネルギー及び環境問題の点で対応できるのか。また、そのことが世界経済に相当影響があると思いますから、この辺り、もう少し詳しくお願いします。
じゃ、仮説としまして、成長路線というのがもう堅持できないと、いつかはソフトランディングをしないといけないと。この場合に、社会的影響です。
一つは、共産党の方がそういった統治能力があるのかと。特に、経済が成長しておりますから、いろんな社会的な矛盾が縮小しておりますけれども、いろんな賃金格差の問題若しくは社会格差の問題が出まして大きな問題になっていく、若しくは共産党一党主義というのが壊れてくる、こういったことではないのかが次の論点です。逆に、共産党一党支配だから統治力があるのか。この辺りも説明をお願いします。
続きまして、台湾問題に関しまして若林先生にお尋ねします。
基本的には、質問の内容に関しましては前の質問で重複しておりますので、いわゆる経済はいい、社会的な面では非常につながっていますけれども、政治的な面では対立があると。短期的な影響若しくは現状認識に関しましては教えてもらいましたけれども、恐らくは百万人以上の台湾のビジネスマンが中国に生活していると。これはかなり密接な経済交流と思います。これが長期的な観点で政治に影響しまして中国、台湾が劇的な改善をするという可能性はないのか、その場合に日本が取り残されてしまう可能性はないか。この辺りに関して、もし考えございましたら教えてください。
以上です。
松
高
高原明生#14
○参考人(高原明生君) まず、成長に関するいろいろな御質問がありまして、答えられないのもありますけれども、一つ、最初に挙げられたのは為替の問題だったと思いますが、中国政府としましては、できるだけスムーズにほかの国がしてきたような規制を緩和していき、自由化を徐々に進めていく方向へかじを切っていきたいと思っていることは間違いないと思うんですけれども、しかし、御指摘のようにその成長率にどう影響するのかということは一番気になる点であって、後でお答えしますように、やはり成長率が下がると、御指摘のとおりだと思いますが、社会的なインパクトというのはかなり大きいだろうというのが今の当局の認識でもありますから、急速に、何と申しましょう、逆に言うとよっぽど慎重に為替の問題は取り扱うだろうと。ですから、いろいろな予測があって私も何が正しいかよく分からないんですけれども、輸出にかなり依存している状況がありますから、私はその切上げについてはよっぽど慎重にするだろうということは分かるんですけれども、それ以上のことはちょっと言い難いというのが実際のところであります。
長期的なシナリオとしては、中国とはいえ今の高度成長がいつまでも続くわけではありませんでしょうから、成長率が徐々に下がっていくと。いろいろな要因で下がっていくと思うんですけれども、ただ、もし今の政治的な安定が維持できれば、後背地は非常に大きい中国、まあ懐の深い中国においてかなりの高度成長が例えば五年とか十年のオーダーではどうも続きそうだという方のエコノミストたちの言うことを、私はどっちかというと今のところはそうかなというふうに聞いているという状況です。
しかし、こんなことを言うと、あした何が起きるか分からないのが中国の常なので、将来を予測すると易者になってしまいますので、学者としましては、本当のところを言うと分かりません。正直なところを言うと、例えば北京オリンピックが終わってから、あるいは上海の万博が終わってから中国の成長率七%以上あるでしょうかと言われて、あるともないとも言えないというのが本当のところであります。
例えば、出生率についても、私、ちょっと今数字を持っておりませんので何とも申しませんけれども、あるいは資源とかエネルギーとか環境とか、当然そういった要因が足かせになっていくのはこれは間違いのないことですよね。じゃ、それがどれほどの足かせなのか。もう中国を飛べないようにするような重いおもしなのかどうなのかという、そういう問題になってきますよね。
これについても、厳密にこういうファクターをこういうふうに計算してこうなんですよということはとても申せないんですけれども、過去二十数年の中国の経済成長の経験からいえば、これまでもいろいろなボトルネックがあると言われながら、何だかんだ言われながらこのように高い成長率を保ち続けているという実績がありますね。その実績というのは、私は中でも割と確かな方の考慮すべき要因ではないかというふうに思いますし、じゃ、それを可能にしてきた要因というのが今中国になくなっているかというと、必ずしもそうは思わないので、恐らくは今の七%以上の成長率というのが、まあ予見し得る将来にわたって、例えば、そうですね、今が二〇〇五年ですからあと五年くらいは続くのじゃないかという印象を今日の段階では私自身は持っているということで、今日の発言とさせてもらいたいと思います。
それから、さっきのそのソフトランディングの社会的な影響と、ソフトランディングと申しますか、経済成長率が下がった場合にどうなるだろうかということですね。
これは、最も直接的に影響が出るのはやっぱり雇用であって、雇用に相当なインパクトがあるだろうというのが今の当局の判断であり、だからこそ七%は死守しなければならないというのが当局の立場ですね。それがしかし、じゃ五%になり四%になりしてしまった場合にどうなるだろうか。これも本当のところは分からないわけですけれども、もし中国の今調子がいいような沿海の大都市においても失業者が今以上に町にあふれるということになって、今はまだ政府なんかの前に、門の前に押し掛けていくのは老人が多いんですよね。どっちかというと老人は失うものがないんで、怖いものがないので、年金ちゃんと払えと、給料もらってないぞというふうに行くんですけれども、若い人はまだ余り行かないんですね。一時期ちょっと行ったときもありますけれども、行ってもしようがないということになって行くのをやめているわけですね。そういった人たちが町に出るようになったら、これは大変だと思います。しかし、今のところはそういう気配はないわけであって、そうなったときにどうなるかというのは何とも言えませんけれどもね。
一つは、財政、要するに、赤字国債をもっと今以上に出して、ともかく財政的な補てんで対応しようとするでしょう、まずは。それと同時に、何か秘密結社みたいな、あるいは地下組織みたいのができてこないように必死になって取締りをするでしょう。そういうあめとむちの両方を駆使して、何とか安定を保っていこうと努力するだろうということは明らかだと思います。
この発言だけを見る →長期的なシナリオとしては、中国とはいえ今の高度成長がいつまでも続くわけではありませんでしょうから、成長率が徐々に下がっていくと。いろいろな要因で下がっていくと思うんですけれども、ただ、もし今の政治的な安定が維持できれば、後背地は非常に大きい中国、まあ懐の深い中国においてかなりの高度成長が例えば五年とか十年のオーダーではどうも続きそうだという方のエコノミストたちの言うことを、私はどっちかというと今のところはそうかなというふうに聞いているという状況です。
しかし、こんなことを言うと、あした何が起きるか分からないのが中国の常なので、将来を予測すると易者になってしまいますので、学者としましては、本当のところを言うと分かりません。正直なところを言うと、例えば北京オリンピックが終わってから、あるいは上海の万博が終わってから中国の成長率七%以上あるでしょうかと言われて、あるともないとも言えないというのが本当のところであります。
例えば、出生率についても、私、ちょっと今数字を持っておりませんので何とも申しませんけれども、あるいは資源とかエネルギーとか環境とか、当然そういった要因が足かせになっていくのはこれは間違いのないことですよね。じゃ、それがどれほどの足かせなのか。もう中国を飛べないようにするような重いおもしなのかどうなのかという、そういう問題になってきますよね。
これについても、厳密にこういうファクターをこういうふうに計算してこうなんですよということはとても申せないんですけれども、過去二十数年の中国の経済成長の経験からいえば、これまでもいろいろなボトルネックがあると言われながら、何だかんだ言われながらこのように高い成長率を保ち続けているという実績がありますね。その実績というのは、私は中でも割と確かな方の考慮すべき要因ではないかというふうに思いますし、じゃ、それを可能にしてきた要因というのが今中国になくなっているかというと、必ずしもそうは思わないので、恐らくは今の七%以上の成長率というのが、まあ予見し得る将来にわたって、例えば、そうですね、今が二〇〇五年ですからあと五年くらいは続くのじゃないかという印象を今日の段階では私自身は持っているということで、今日の発言とさせてもらいたいと思います。
それから、さっきのそのソフトランディングの社会的な影響と、ソフトランディングと申しますか、経済成長率が下がった場合にどうなるだろうかということですね。
これは、最も直接的に影響が出るのはやっぱり雇用であって、雇用に相当なインパクトがあるだろうというのが今の当局の判断であり、だからこそ七%は死守しなければならないというのが当局の立場ですね。それがしかし、じゃ五%になり四%になりしてしまった場合にどうなるだろうか。これも本当のところは分からないわけですけれども、もし中国の今調子がいいような沿海の大都市においても失業者が今以上に町にあふれるということになって、今はまだ政府なんかの前に、門の前に押し掛けていくのは老人が多いんですよね。どっちかというと老人は失うものがないんで、怖いものがないので、年金ちゃんと払えと、給料もらってないぞというふうに行くんですけれども、若い人はまだ余り行かないんですね。一時期ちょっと行ったときもありますけれども、行ってもしようがないということになって行くのをやめているわけですね。そういった人たちが町に出るようになったら、これは大変だと思います。しかし、今のところはそういう気配はないわけであって、そうなったときにどうなるかというのは何とも言えませんけれどもね。
一つは、財政、要するに、赤字国債をもっと今以上に出して、ともかく財政的な補てんで対応しようとするでしょう、まずは。それと同時に、何か秘密結社みたいな、あるいは地下組織みたいのができてこないように必死になって取締りをするでしょう。そういうあめとむちの両方を駆使して、何とか安定を保っていこうと努力するだろうということは明らかだと思います。
若
若林正丈#15
○参考人(若林正丈君) 御質問ありがとうございます。
その台湾問題の平和的解決というのを考えた場合に、二通りあるように思います。
一つは、ハッピーエンドといいますか、先ほど来御指摘のような経済的な結合が、及びその相互利益というのが強まって、台湾の中の民主政治の枠内においてそれが議論され、選挙あるいは議会、政治の枠内で何らかの形の中国との統一のプログラムが承認されて中台が統一するという、そういうハッピーエンドの話と、それから、中国が圧倒的な軍事力を持って、それは米国の介入をもはね返し得るという状況にも、そこまで来ればもう降参するしかない。ですから、つまり中国が戦わずして勝つという形ですね。平和的な城下の盟という形になると思いますが、そういう形で、確かに戦争はしなかったと、けれどもそういう軍事力を背景とした平和的解決という、その両方のパターンがあるのではないかなというふうに思われます。
ただ、その前者にしても、やはりどういう条件ならば台湾のその民主政治の手続の中で民意がそれをオーケーと、ゴーとするかという問題があるのではないかというふうに思います。そう考えますと、先ほど来私が述べておりますその台湾意識の在り方ということから考えますと、これはかなり高度な自治というものが、ほとんど国家に近いような自治という形のものでなければ、そういう形、民主主義の枠内で人々が賛成して統一へ向かうというのは難しいような気がいたします。
さらに、これは私は明確に述べるだけの知識と見識はないんですけれども、やはり安全保障の問題があると思います。統一するということになって、では、今まで持っていた台湾の軍事力というものの性格はどうなるのかということですね。これは、その軍事力の持たれ方によっては台湾を統一したことが新たな東アジアにおいて脅威になるということもあり得るわけでありまして、そこら辺のことはよく研究していかなければいけない問題なのではないかなというふうに思います。
したがいまして、十分な根拠を持ってはいませんけれども、中台経済協力が、経済関係が深まっていって社会関係も深まっていくという中で、ただ、その周囲の国家がつんぼ桟敷にといいますか、余りよく理解できないうちにずるずるずるずるとあっという間にその平和的統一が進んでいってしまうという、政治的な面でですね、そういうことは余り考えられないというふうに私は思います。
この発言だけを見る →その台湾問題の平和的解決というのを考えた場合に、二通りあるように思います。
一つは、ハッピーエンドといいますか、先ほど来御指摘のような経済的な結合が、及びその相互利益というのが強まって、台湾の中の民主政治の枠内においてそれが議論され、選挙あるいは議会、政治の枠内で何らかの形の中国との統一のプログラムが承認されて中台が統一するという、そういうハッピーエンドの話と、それから、中国が圧倒的な軍事力を持って、それは米国の介入をもはね返し得るという状況にも、そこまで来ればもう降参するしかない。ですから、つまり中国が戦わずして勝つという形ですね。平和的な城下の盟という形になると思いますが、そういう形で、確かに戦争はしなかったと、けれどもそういう軍事力を背景とした平和的解決という、その両方のパターンがあるのではないかなというふうに思われます。
ただ、その前者にしても、やはりどういう条件ならば台湾のその民主政治の手続の中で民意がそれをオーケーと、ゴーとするかという問題があるのではないかというふうに思います。そう考えますと、先ほど来私が述べておりますその台湾意識の在り方ということから考えますと、これはかなり高度な自治というものが、ほとんど国家に近いような自治という形のものでなければ、そういう形、民主主義の枠内で人々が賛成して統一へ向かうというのは難しいような気がいたします。
さらに、これは私は明確に述べるだけの知識と見識はないんですけれども、やはり安全保障の問題があると思います。統一するということになって、では、今まで持っていた台湾の軍事力というものの性格はどうなるのかということですね。これは、その軍事力の持たれ方によっては台湾を統一したことが新たな東アジアにおいて脅威になるということもあり得るわけでありまして、そこら辺のことはよく研究していかなければいけない問題なのではないかなというふうに思います。
したがいまして、十分な根拠を持ってはいませんけれども、中台経済協力が、経済関係が深まっていって社会関係も深まっていくという中で、ただ、その周囲の国家がつんぼ桟敷にといいますか、余りよく理解できないうちにずるずるずるずるとあっという間にその平和的統一が進んでいってしまうという、政治的な面でですね、そういうことは余り考えられないというふうに私は思います。
松
加
加藤修一#17
○加藤修一君 公明党の加藤修一でございます。
今日は、高原参考人、若林参考人、非常に有益な話をしていただきまして、心から感謝申し上げる次第でございます。
今日は、私にとりましても特別な日でございまして、今二時半を過ぎた段階ですけれども、午後二時に京都議定書が発効したという記念すべき時間帯なわけで、これに関しましては後ほど質問をさせていただきたいと思います。
まず若林参考人にお聞きしたいんですけれども、先ほど高原参考人から東アジア共同体へ向かうことは間違いないと、まあそういう話がありました。そしてその中で、日本がイニシアチブを取ってデザインをするということが大事だという趣旨の話がありまして、まあそういった意味では日本の役割、責任というのは極めて大きいなと思います。そういった文脈の中で、中台問題に対してはどう作用するのか、あるいは中台問題がどういうふうにこういう共同体に対して影響を与えるのか、その両方向性についてお尋ねをしたいと思います。
それでは、高原参考人に次に質問なんですけれども、準宗教的な教え、それを求める民衆が存在すると、社会の中に広がってくるのは避けられないという話がありまして、当局は極めて悩ましい問題であるというふうにとらえていると。私は、それは市民社会化における極めて重要な局面を持っている問題ではないかなというふうに認識をさせていただきました。
それと、冒頭に高原参考人は様々な中国観があるということで、それは十分注意して慎重な判断と評価をすべきでありますよという、そういうサジェスチョンもあったわけでありますけれども、この調査会が第一回目のときに、中国に対する見方は三つあると。それは、十九世紀的な中国、二十世紀的、二十一世紀的と、そういう見方があるという指摘もございました。私は、二十一世紀という中にありましてWTOに中国が加入した、あるいは国際協調路線を取るという、そういう段階に入っている。その中でアメリカと全的にうまくやっていればそれだけで十分だという考え方、その後には日本がおのずと付いてくるであろうという考え方が一時あったとは思いますけれども、そうではなくて、最近は日本を含めてアジア諸国との関係性が重要であるという、そういう認識を中国はしているというふうに聞いております。
そういった意味では、別の角度からは地域主義ということに関心を持ち始めているというのが中国ではないかなと、そんなふうに思いますけれども、言うまでもない話なんですけれども、国際社会では主権国家の上に権力機構が存在しているわけではありませんし、国際社会を国内社会のように垂直的な構造を持つ社会と考えることは現段階においては不可能であると。しかし、個々の国家間の利害関係の調整の度合いがやはり今日のように緊密化してまいりますと、個々の国家の個別的な利害関係の次元を超えた、いわゆる国際社会全体の立場から求められる共通の利益というのはあると思うんですね。その共通の利益の実現をやはり緊急の問題とされることが極めて重要であると、まあこれは言うまでもない話だと思うんですけれども。
それで、高原参考人の論文の中には、非伝統的な脅威ということで出てまいりました。これは中国の新安全保障観の第二の側面として、テロや麻薬、海賊の関係、大量破壊兵器拡散などのいわゆる非伝統的な脅威、さらに経済、エネルギー、環境など、などという中には災害に対してどう対応するかという問題も入ってくるように思いますけれども、そういう国際社会における共通利益の中でも最も重要なものが今のようなものだと、私自身はそういうふうにとらえているわけなんですけれども、こういうことを国際社会の中で一つの枠組みを作っていくということが中国の行動を規制するということにも当然なってくると思うんですね。
そこで質問なんですけれども、こういう非伝統的な脅威などに対していわゆる共通利益が拡大することになるというふうに私は考えておりますけれども、この辺に対する御見解はどうでしょうかというのが一点目の質問です。
二点目は、中国はそういった動きに対して中長期的にはどのように対応しようとしているのか。これは日本のイニシアチブにも当然影響を受けるわけでありますけれども、それに対してどういうふうにお考えかということでございます。
それから、先ほど京都議定書の話いたしましたけれども、三点目の質問は、現在発効したのは京都議定書でありまして、ポスト京都の関係が当然あると思うんですね。ポスト京都の関係については新しい枠組みをこれから作っていかなければいけないということで、発展途上国の排出権の削減という応分の責任も当然取らなければいけない。それは中国は非常にそういった意味では責務が課されると、そういう話になると私は思っておりますけれども、そういう新しい枠組みを作っていく中で、これは中国がより一層国際社会に入ってくるという、あるいは巻き込むと、引き込むと、そういう意味でいいチャンスではないかなと、そんなふうに考えておりますけれども、これに対してのお考えはどうかなと思います。
それから、論文の中で、戦略的な問題としてということと、もう一つは情念をいかに克服するかと、日中間の情念のあれですけれども、そういった点については、私は京都議定書が発効したことによりまして京都メカニズムもこれ使えるようになると。そのうち排出量の取引市場が形成されるとかあるいはCDMですね、そういったメカニズムを積極的に利用できるような状態になってくるわけでありますから、これは日本と中国の間で二国間の話かもしれませんが、そういうものを通しながら、正に情念をいかに克服する中で、NGO等の緑化の事業なんかについても参考人は紹介していただいているわけでありますけれども、こういうその京都メカニズムをどう利用するかということも非常に私は大切な視点ではないかなと、こんなふうにとらえているわけですけれども、その点を含めて、よろしくお願いいたします。
以上です。
この発言だけを見る →今日は、高原参考人、若林参考人、非常に有益な話をしていただきまして、心から感謝申し上げる次第でございます。
今日は、私にとりましても特別な日でございまして、今二時半を過ぎた段階ですけれども、午後二時に京都議定書が発効したという記念すべき時間帯なわけで、これに関しましては後ほど質問をさせていただきたいと思います。
まず若林参考人にお聞きしたいんですけれども、先ほど高原参考人から東アジア共同体へ向かうことは間違いないと、まあそういう話がありました。そしてその中で、日本がイニシアチブを取ってデザインをするということが大事だという趣旨の話がありまして、まあそういった意味では日本の役割、責任というのは極めて大きいなと思います。そういった文脈の中で、中台問題に対してはどう作用するのか、あるいは中台問題がどういうふうにこういう共同体に対して影響を与えるのか、その両方向性についてお尋ねをしたいと思います。
それでは、高原参考人に次に質問なんですけれども、準宗教的な教え、それを求める民衆が存在すると、社会の中に広がってくるのは避けられないという話がありまして、当局は極めて悩ましい問題であるというふうにとらえていると。私は、それは市民社会化における極めて重要な局面を持っている問題ではないかなというふうに認識をさせていただきました。
それと、冒頭に高原参考人は様々な中国観があるということで、それは十分注意して慎重な判断と評価をすべきでありますよという、そういうサジェスチョンもあったわけでありますけれども、この調査会が第一回目のときに、中国に対する見方は三つあると。それは、十九世紀的な中国、二十世紀的、二十一世紀的と、そういう見方があるという指摘もございました。私は、二十一世紀という中にありましてWTOに中国が加入した、あるいは国際協調路線を取るという、そういう段階に入っている。その中でアメリカと全的にうまくやっていればそれだけで十分だという考え方、その後には日本がおのずと付いてくるであろうという考え方が一時あったとは思いますけれども、そうではなくて、最近は日本を含めてアジア諸国との関係性が重要であるという、そういう認識を中国はしているというふうに聞いております。
そういった意味では、別の角度からは地域主義ということに関心を持ち始めているというのが中国ではないかなと、そんなふうに思いますけれども、言うまでもない話なんですけれども、国際社会では主権国家の上に権力機構が存在しているわけではありませんし、国際社会を国内社会のように垂直的な構造を持つ社会と考えることは現段階においては不可能であると。しかし、個々の国家間の利害関係の調整の度合いがやはり今日のように緊密化してまいりますと、個々の国家の個別的な利害関係の次元を超えた、いわゆる国際社会全体の立場から求められる共通の利益というのはあると思うんですね。その共通の利益の実現をやはり緊急の問題とされることが極めて重要であると、まあこれは言うまでもない話だと思うんですけれども。
それで、高原参考人の論文の中には、非伝統的な脅威ということで出てまいりました。これは中国の新安全保障観の第二の側面として、テロや麻薬、海賊の関係、大量破壊兵器拡散などのいわゆる非伝統的な脅威、さらに経済、エネルギー、環境など、などという中には災害に対してどう対応するかという問題も入ってくるように思いますけれども、そういう国際社会における共通利益の中でも最も重要なものが今のようなものだと、私自身はそういうふうにとらえているわけなんですけれども、こういうことを国際社会の中で一つの枠組みを作っていくということが中国の行動を規制するということにも当然なってくると思うんですね。
そこで質問なんですけれども、こういう非伝統的な脅威などに対していわゆる共通利益が拡大することになるというふうに私は考えておりますけれども、この辺に対する御見解はどうでしょうかというのが一点目の質問です。
二点目は、中国はそういった動きに対して中長期的にはどのように対応しようとしているのか。これは日本のイニシアチブにも当然影響を受けるわけでありますけれども、それに対してどういうふうにお考えかということでございます。
それから、先ほど京都議定書の話いたしましたけれども、三点目の質問は、現在発効したのは京都議定書でありまして、ポスト京都の関係が当然あると思うんですね。ポスト京都の関係については新しい枠組みをこれから作っていかなければいけないということで、発展途上国の排出権の削減という応分の責任も当然取らなければいけない。それは中国は非常にそういった意味では責務が課されると、そういう話になると私は思っておりますけれども、そういう新しい枠組みを作っていく中で、これは中国がより一層国際社会に入ってくるという、あるいは巻き込むと、引き込むと、そういう意味でいいチャンスではないかなと、そんなふうに考えておりますけれども、これに対してのお考えはどうかなと思います。
それから、論文の中で、戦略的な問題としてということと、もう一つは情念をいかに克服するかと、日中間の情念のあれですけれども、そういった点については、私は京都議定書が発効したことによりまして京都メカニズムもこれ使えるようになると。そのうち排出量の取引市場が形成されるとかあるいはCDMですね、そういったメカニズムを積極的に利用できるような状態になってくるわけでありますから、これは日本と中国の間で二国間の話かもしれませんが、そういうものを通しながら、正に情念をいかに克服する中で、NGO等の緑化の事業なんかについても参考人は紹介していただいているわけでありますけれども、こういうその京都メカニズムをどう利用するかということも非常に私は大切な視点ではないかなと、こんなふうにとらえているわけですけれども、その点を含めて、よろしくお願いいたします。
以上です。
松
若
若林正丈#19
○参考人(若林正丈君) これはなかなか満足のいくお答えができないかというふうに思うんですけれども、東アジア共同体というふうなコンセプトというのは、要するに中国大陸に生じている経済ダイナミックスに周辺の経済がどのように調和的にかかわっていくのが一番いいのかという、そういう問題であろうかというふうに思います。
ただ問題になるのはやはり台湾問題でありまして、そういう中国大陸に生じているダイナミックスの中では、もう台湾の経済、台湾の資本あるいは台湾の経済力というものが重要な一部にもう既になっているという、既にもう事実としてはそういうものが存在しているというところで、また新たな共同体ということを考える場合に、やはり台湾のステータスということと安全保障の問題というものがそこに生じてきてしまうという難しい問題があるのではないかというふうに思われます。
ですから、台湾の方では東アジア共同体の議論が進むんだけれども、そこから、議論のプロセスから除外されてしまうんではないかというおそれと、その一方で、先ほど高原先生が御紹介されたように、その一歩としての香港・マカオ、中国大陸のFTAというふうなことを考えると巻き込まれてしまうんじゃないかというおそれと、両方が存在しているという状況なのではないかなというふうに思っております。
余り十分なお答えにならないんですけれども、今のようなことでお願いいたします。
この発言だけを見る →ただ問題になるのはやはり台湾問題でありまして、そういう中国大陸に生じているダイナミックスの中では、もう台湾の経済、台湾の資本あるいは台湾の経済力というものが重要な一部にもう既になっているという、既にもう事実としてはそういうものが存在しているというところで、また新たな共同体ということを考える場合に、やはり台湾のステータスということと安全保障の問題というものがそこに生じてきてしまうという難しい問題があるのではないかというふうに思われます。
ですから、台湾の方では東アジア共同体の議論が進むんだけれども、そこから、議論のプロセスから除外されてしまうんではないかというおそれと、その一方で、先ほど高原先生が御紹介されたように、その一歩としての香港・マカオ、中国大陸のFTAというふうなことを考えると巻き込まれてしまうんじゃないかというおそれと、両方が存在しているという状況なのではないかなというふうに思っております。
余り十分なお答えにならないんですけれども、今のようなことでお願いいたします。
高
高原明生#20
○参考人(高原明生君) 市民社会化ということが中国共産党にとって大問題なんですね。といいますのは、準宗教組織だけではなくていろいろな結社が中国社会に現れていまして、それは同好会、趣味を同じくするような人々の集まりのようなものもあれば、あるいは環境NGOのようなものもあれば、いろいろな結社ができているんですね。中国共産党にすれば、これは一面においては実は慫慂するべきことであって、社会主義にも社会主義民主という概念があって、やっぱり社会主義民主を発展させていくということはこれは圧倒的なプラスの価値があることでもありますし、ただ、もちろんそうした自発的な、自立的な組織の出現というのが彼らの、中国共産党の社会に対するコントロールを弱めるという可能性も当然あるわけですから、どのようにこうした市民社会化に向けてのダイナミックスを制御していくのかということが一党支配体制を維持する上では大変深刻な問題で、いまだにいい答えは出ていない。
しかし、現状を見ると、もうみんな、やっぱり一党支配体制にはいろんな問題があって、やっぱり耐用年数というのはあるんだよねという、そういう意識というのが中国のインテリあるいは共産党員自身の間にも次第に広がっているというのが実情ではないかという気がしております。
それから、続いて国際問題ですけれども、確かにアメリカと一緒に、アメリカとさえ仲良くしていればいいと考えていた時期があったと思います。しかし、それが、そうした幻想が打ち砕かれたのが一九九九年。一九九九年にいろんな出来事がありまして、一つはNATOがコソボ紛争に介入して、あのときにブレア首相は人権は国権の上位にあると言って域外の紛争に介入していったわけですね。中国はこれに大変びっくりして、怒って、自分のところにも人権問題あるわけですから、そんなことを言われて介入されたらたまらぬと。特に台湾、民主化した台湾と対峙しているわけでありますので、これは大変なことだと。
それから、当時WTOの加盟交渉をアメリカと盛んにやっておりまして、朱鎔基さんがワシントンに大幅譲歩案をかばんに詰めて持っていったら、それをけっ飛ばされただけじゃなくてインターネット上で暴露されて、朱鎔基さんは中国へ帰って大変な目に遭ったというようなこともありましたし、それから、決定打は何といっても五月の在ユーゴ中国大使館のいわゆる誤爆事件ですけれども、中国人の多くはあれは誤爆だったとは思っていないわけで、台頭する中国を牽制するためにやられたことだという、そういう解釈をして、ここで完全に幻想が切れて、幻想が打ち砕かれて、アメリカとの関係というのはいいときもあれば悪いときもある、悪いときに、自分たちの活動空間として自分の周囲に仲間、グループを作っておかなければならないということを非常に深く理解したというのが一つあると思います。
それからもう一つは、アジア金融危機、アジア通貨危機ですか、あの経験から、やっぱりグローバル化にはリスクが伴うものであって、ヨーロッパやアメリカで地域統合が進んでいるのはなるほど理由のあることなんだと、グローバル化のリスクに対抗するために地域というヘッジを、地域統合というヘッジを作っておいた方が、近隣諸国の仲間の間で協力し合うことが大切なんだという、この二つを大きな要因として中国が九〇年代後半に大きく外交政策を変えたと言っていいと思うんですね。
大体、そのときの彼らの外交政策の変更を正当化する理屈が新安全保障観なるものであって、そこでは包括的安全保障とそれから協調的安全保障という、対話でもって安全を確保するという協調的安全保障の考え方と、それから、安全保障にはいわゆる伝統的な国防だけではなくて経済安全保障もあればエネルギー安全保障もあればという、そういう理屈でもってその政策転換を正当化し、今一生懸命になって東アジア共同体構想を推進しようとしている。それが中国の基本的な立場だというふうに思います。そのときに、そういうその多国間の、あるいは多角的な枠組みというのは、おっしゃるとおり主権を規制することになるわけで、だからこそ中国は昔嫌がっていたわけですよね。
そういう嫌がっていたのをまあよろしいじゃないかということに変わった大きな要因、今二つ申しましたけれども、それに加えてもう一つは、やっぱり中国、自信が付いたんですね。中国は非常に高度成長を遂げて地域の大国として自信を付けて、なおかつアジア通貨危機のときには自分は直接影響がなかったんですけれども、大見えを切ってよその周りの国のためには自己犠牲を払うと言って、そのときは元の切下げが問題だったんですけれども、切り下げなかった。それに対してもうみんな拍手喝采して、中国ありがとうというふうに言ったということが大変な自信となって、今、今日の中国があるということですから、そういう地域の責任ある大国として、あんたはちゃんとCO2の排出の削減しなきゃ駄目じゃないのというのが今の段階だと思いますし、中国もそれはもう責任は避けられないと思っていると思いますね。
ただ、やっぱり途上国の代表というような顔、一面もやっぱりこの地球温暖化問題ではあると思いますので、何と申しましょう、途上国の立場からはもっとやっぱり先進国にできるだけ責任をかぶってもらってというようなこともあるか、そういう振る舞いも当然あるかとは思うんですけれども、最終的には正におっしゃったとおりに、こういう地域の枠組みに中国を引き込む形で、あなたもちゃんとやってくださいねと、あるいはCDMについて我々はこういうアイデアがあって、特に地域のCDMを重視してくださいねという、そういう言い方は私たちとしては十分できるし、向こうはそれを拒否する理由は何もないですね。拒否したら、こっちはわあわあ騒ぐというような作戦がいいんじゃないかなというふうに個人的には考えています。
この発言だけを見る →しかし、現状を見ると、もうみんな、やっぱり一党支配体制にはいろんな問題があって、やっぱり耐用年数というのはあるんだよねという、そういう意識というのが中国のインテリあるいは共産党員自身の間にも次第に広がっているというのが実情ではないかという気がしております。
それから、続いて国際問題ですけれども、確かにアメリカと一緒に、アメリカとさえ仲良くしていればいいと考えていた時期があったと思います。しかし、それが、そうした幻想が打ち砕かれたのが一九九九年。一九九九年にいろんな出来事がありまして、一つはNATOがコソボ紛争に介入して、あのときにブレア首相は人権は国権の上位にあると言って域外の紛争に介入していったわけですね。中国はこれに大変びっくりして、怒って、自分のところにも人権問題あるわけですから、そんなことを言われて介入されたらたまらぬと。特に台湾、民主化した台湾と対峙しているわけでありますので、これは大変なことだと。
それから、当時WTOの加盟交渉をアメリカと盛んにやっておりまして、朱鎔基さんがワシントンに大幅譲歩案をかばんに詰めて持っていったら、それをけっ飛ばされただけじゃなくてインターネット上で暴露されて、朱鎔基さんは中国へ帰って大変な目に遭ったというようなこともありましたし、それから、決定打は何といっても五月の在ユーゴ中国大使館のいわゆる誤爆事件ですけれども、中国人の多くはあれは誤爆だったとは思っていないわけで、台頭する中国を牽制するためにやられたことだという、そういう解釈をして、ここで完全に幻想が切れて、幻想が打ち砕かれて、アメリカとの関係というのはいいときもあれば悪いときもある、悪いときに、自分たちの活動空間として自分の周囲に仲間、グループを作っておかなければならないということを非常に深く理解したというのが一つあると思います。
それからもう一つは、アジア金融危機、アジア通貨危機ですか、あの経験から、やっぱりグローバル化にはリスクが伴うものであって、ヨーロッパやアメリカで地域統合が進んでいるのはなるほど理由のあることなんだと、グローバル化のリスクに対抗するために地域というヘッジを、地域統合というヘッジを作っておいた方が、近隣諸国の仲間の間で協力し合うことが大切なんだという、この二つを大きな要因として中国が九〇年代後半に大きく外交政策を変えたと言っていいと思うんですね。
大体、そのときの彼らの外交政策の変更を正当化する理屈が新安全保障観なるものであって、そこでは包括的安全保障とそれから協調的安全保障という、対話でもって安全を確保するという協調的安全保障の考え方と、それから、安全保障にはいわゆる伝統的な国防だけではなくて経済安全保障もあればエネルギー安全保障もあればという、そういう理屈でもってその政策転換を正当化し、今一生懸命になって東アジア共同体構想を推進しようとしている。それが中国の基本的な立場だというふうに思います。そのときに、そういうその多国間の、あるいは多角的な枠組みというのは、おっしゃるとおり主権を規制することになるわけで、だからこそ中国は昔嫌がっていたわけですよね。
そういう嫌がっていたのをまあよろしいじゃないかということに変わった大きな要因、今二つ申しましたけれども、それに加えてもう一つは、やっぱり中国、自信が付いたんですね。中国は非常に高度成長を遂げて地域の大国として自信を付けて、なおかつアジア通貨危機のときには自分は直接影響がなかったんですけれども、大見えを切ってよその周りの国のためには自己犠牲を払うと言って、そのときは元の切下げが問題だったんですけれども、切り下げなかった。それに対してもうみんな拍手喝采して、中国ありがとうというふうに言ったということが大変な自信となって、今、今日の中国があるということですから、そういう地域の責任ある大国として、あんたはちゃんとCO2の排出の削減しなきゃ駄目じゃないのというのが今の段階だと思いますし、中国もそれはもう責任は避けられないと思っていると思いますね。
ただ、やっぱり途上国の代表というような顔、一面もやっぱりこの地球温暖化問題ではあると思いますので、何と申しましょう、途上国の立場からはもっとやっぱり先進国にできるだけ責任をかぶってもらってというようなこともあるか、そういう振る舞いも当然あるかとは思うんですけれども、最終的には正におっしゃったとおりに、こういう地域の枠組みに中国を引き込む形で、あなたもちゃんとやってくださいねと、あるいはCDMについて我々はこういうアイデアがあって、特に地域のCDMを重視してくださいねという、そういう言い方は私たちとしては十分できるし、向こうはそれを拒否する理由は何もないですね。拒否したら、こっちはわあわあ騒ぐというような作戦がいいんじゃないかなというふうに個人的には考えています。
松
大
大門実紀史#22
○大門実紀史君 今日はありがとうございます。日本共産党の大門でございます。
既にもういろいろありましたので、簡潔に二つばかりお聞きしたいと思いますが、東アジア共同体構想との関係でお二人に伺いたいと思います。
〔会長退席、理事山東昭子君着席〕
東アジア共同体構想は、日中が、日中の連携がかぎだというふうに言われておりますけれども、日本の対応については、私前回少し指摘をさしてもらったんですが、とにかくアメリカの顔色をうかがいながら、中国にイニシア取られないように後手後手に回ってきているんではないかという、ちょっと情けないなと思っているんですが、中国も、この東アジア共同体構想における日中の連携という点ではどうなのかなと思っている点がございます。
アジアのASEAN等々とはいろいろ持っていますが、日本との共同というところでは中国も本当にやる気があるのかなというふうなことをちょっと感じているんですけれども、先ほどありました九〇年代半ば以降、いわゆる新安全観への方向転換があって、アジア共同体を重視すると、日本とも共同していくというような姿勢は示されているんですけれども、具体的なところがほとんど日中間では進展しない。
これには中国もかなり責任があるんじゃないかなと思うのは、例えば、日中がやっぱり一緒に考えることというのは、通貨とか金融とか、これは先ほどありました人民元、ドル、円との関係で非常に重要だと思いますし、私なんか、農業なんかも、農業の分業とか協力体制、中国の食料問題というのは必ず大きくなってまいりますんで、そういうことの連携を日中が相談をし始めるとか、あるいはエネルギー問題もそうだというふうに思うわけですけれども、例えばエネルギー問題でも、東シナ海のガス油田の問題で本来もっとアジアのエネルギーについて日中でいろいろ相談しなきゃいけないのにかかわらず、非常にナショナリズム的に双方ともクローズアップすると。
特に、やっぱりここは中国の責任も大きいんではないかなというふうに思いますけれども、お聞きしたいのは、中国が中国のアジア外交、中国の東アジア共同体に向けた思考の中で、日本というのは、何といいますか、ちゃんと視野に本当に入っているのかどうか、日本との共同する気があるのかどうか。その辺を中国が今何考えているか、分かる範囲で教えてもらえればというふうに思います。
それは両先生にお伺いしたいと思いますが、若林先生には、先ほどの質問ともダブるかも分かりませんけれども、この東アジア共同体構想の中で台湾の位置付けというのは非常に難しいと思いますし、台湾は中国本土に企業、企業の輸出としては六、七割、中国本土に進出しているとか、かなり経済関係が中国大陸と深いわけですよね。FTAなんかもASEANとか日本とあるいはアメリカとやりたいと言っても、中国との関係でみんな冷たくあしらわれるようなところがございますよね。そういう中で、非常に東アジア共同体と言われても台湾は難しいところにあると思うんですが、先ほどの質問とダブるかも分かりませんが、今現在、台湾はこの東アジア共同体構想について何か言及していることがあれば教えていただきたいと思います。
以上です。
この発言だけを見る →既にもういろいろありましたので、簡潔に二つばかりお聞きしたいと思いますが、東アジア共同体構想との関係でお二人に伺いたいと思います。
〔会長退席、理事山東昭子君着席〕
東アジア共同体構想は、日中が、日中の連携がかぎだというふうに言われておりますけれども、日本の対応については、私前回少し指摘をさしてもらったんですが、とにかくアメリカの顔色をうかがいながら、中国にイニシア取られないように後手後手に回ってきているんではないかという、ちょっと情けないなと思っているんですが、中国も、この東アジア共同体構想における日中の連携という点ではどうなのかなと思っている点がございます。
アジアのASEAN等々とはいろいろ持っていますが、日本との共同というところでは中国も本当にやる気があるのかなというふうなことをちょっと感じているんですけれども、先ほどありました九〇年代半ば以降、いわゆる新安全観への方向転換があって、アジア共同体を重視すると、日本とも共同していくというような姿勢は示されているんですけれども、具体的なところがほとんど日中間では進展しない。
これには中国もかなり責任があるんじゃないかなと思うのは、例えば、日中がやっぱり一緒に考えることというのは、通貨とか金融とか、これは先ほどありました人民元、ドル、円との関係で非常に重要だと思いますし、私なんか、農業なんかも、農業の分業とか協力体制、中国の食料問題というのは必ず大きくなってまいりますんで、そういうことの連携を日中が相談をし始めるとか、あるいはエネルギー問題もそうだというふうに思うわけですけれども、例えばエネルギー問題でも、東シナ海のガス油田の問題で本来もっとアジアのエネルギーについて日中でいろいろ相談しなきゃいけないのにかかわらず、非常にナショナリズム的に双方ともクローズアップすると。
特に、やっぱりここは中国の責任も大きいんではないかなというふうに思いますけれども、お聞きしたいのは、中国が中国のアジア外交、中国の東アジア共同体に向けた思考の中で、日本というのは、何といいますか、ちゃんと視野に本当に入っているのかどうか、日本との共同する気があるのかどうか。その辺を中国が今何考えているか、分かる範囲で教えてもらえればというふうに思います。
それは両先生にお伺いしたいと思いますが、若林先生には、先ほどの質問ともダブるかも分かりませんけれども、この東アジア共同体構想の中で台湾の位置付けというのは非常に難しいと思いますし、台湾は中国本土に企業、企業の輸出としては六、七割、中国本土に進出しているとか、かなり経済関係が中国大陸と深いわけですよね。FTAなんかもASEANとか日本とあるいはアメリカとやりたいと言っても、中国との関係でみんな冷たくあしらわれるようなところがございますよね。そういう中で、非常に東アジア共同体と言われても台湾は難しいところにあると思うんですが、先ほどの質問とダブるかも分かりませんが、今現在、台湾はこの東アジア共同体構想について何か言及していることがあれば教えていただきたいと思います。
以上です。
山
高
高原明生#24
○参考人(高原明生君) 日本は元々、世界の中の日中関係じゃないかとか地域の中の日中関係じゃないかとか言っていたんですけれども、いつの間にかそれを忘れてしまって、一九九〇年代の末になって中国が東アジア協力とかに積極的になると慌ててしまったという、そういう面が確かにあったと思います。
〔理事山東昭子君退席、会長着席〕
何で日本がそういうことになっちゃったかというと、やっぱり九〇年代の経済的な停滞といいますか低迷というのが非常に大きな心理的なインパクトを私たちに及ぼしたんだなというふうに思っているんですけれども、中国はしかし、東アジア共同体、東アジア共同体という言葉を彼らが使い始めたのはほんの最近なんです。東アジアの地域協力を推進しようというときに、日本は最初からやっぱり非常に意識されていたと思いますし、今も意識されていると思うんですね。
例えば、一九九九年にさっき大きなプッシュがあったというふうに言いましたが、二〇〇〇年に、あのときは森首相だったと思いますけれども、ミレニアムサミットでニューヨークで江沢民国家主席と会談したときでしょうかね、もう非常にはっきりと江沢民さんは地域協力を両国が手を取り合って一緒にやっていこうということを盛んに言うんですよね。あるいは、その年に朱鎔基首相が、当時の、日本に来られまして、やっぱり同じように、その地域が大事じゃないかと、地域協力のために日本と中国が手を取り合ってということを言うんですが、そのときの日本人にはぴんとこなかったんですよね。よく分からなかったというのが当時の状況だったんじゃないかと思います。
どうして中国がそんなに日本を意識して東アジア地域協力を唱えるのかというと、やっぱりそこは彼らなりのプラグマティズムがあって、自分たちだけじゃなかなかようやりまへんという、そういう自分の実力についての割と客観的な冷静な評価というのがあるだろうと思います。まだまだ、当時は四倍の開きが経済規模でありまして、今はまあ三倍ぐらいになっていますけれども、やっぱり日本が圧倒的に大きいわけですし、東南アジアとの付き合いの歴史ももちろん日本の方が長い、深いということがありますので、日本と一緒にやらないと、この東北アジア、東南アジアを足した協力は本格化できない、推進できないという、そういう認識が元々あったし、私は今でもあるんじゃないかと思います。
ただ、おっしゃるように、個々の問題になりますと、それぞれの業界の問題もあれば、特にエネルギー開発あるいは海洋開発問題ということになりますと、中国では軍の政治的な発言力が非常に強いわけですし、スムーズにいかない面もあるとは思うんですけれども、ただ私は、日本の態度としましたら、例えばこれは小泉首相になってからですが、朱鎔基さんが日中韓FTAの研究をしましょうというふうに提案をその三者会談のときにされたことがあったんですが、その際に、まあしかし中国はWTOに入ったばっかりだしというような対応をされて、反応をされてしまったんですが、そういうときはもうどんと、よしやりましょうといって研究をすれば、必ず中国はちゃんとできないというのは分かるわけですよね、途上国ですから。それは、日本はもうほとんど関税なんかないような状況ですから。そういうときは、よっしゃやろうという積極姿勢を示して実際に詰めてみると、ああやっぱり君、ここはできないねと、じゃ、私たちもうちょっと待ちますよと、そういう基本姿勢が私はいいと思うんですが、何となく腰が引けたような印象を世界に与えてしまっているという、アピールといいますか、そういう宣伝が上手じゃないという面もかなりあるんじゃないかなと思っています。
この発言だけを見る →〔理事山東昭子君退席、会長着席〕
何で日本がそういうことになっちゃったかというと、やっぱり九〇年代の経済的な停滞といいますか低迷というのが非常に大きな心理的なインパクトを私たちに及ぼしたんだなというふうに思っているんですけれども、中国はしかし、東アジア共同体、東アジア共同体という言葉を彼らが使い始めたのはほんの最近なんです。東アジアの地域協力を推進しようというときに、日本は最初からやっぱり非常に意識されていたと思いますし、今も意識されていると思うんですね。
例えば、一九九九年にさっき大きなプッシュがあったというふうに言いましたが、二〇〇〇年に、あのときは森首相だったと思いますけれども、ミレニアムサミットでニューヨークで江沢民国家主席と会談したときでしょうかね、もう非常にはっきりと江沢民さんは地域協力を両国が手を取り合って一緒にやっていこうということを盛んに言うんですよね。あるいは、その年に朱鎔基首相が、当時の、日本に来られまして、やっぱり同じように、その地域が大事じゃないかと、地域協力のために日本と中国が手を取り合ってということを言うんですが、そのときの日本人にはぴんとこなかったんですよね。よく分からなかったというのが当時の状況だったんじゃないかと思います。
どうして中国がそんなに日本を意識して東アジア地域協力を唱えるのかというと、やっぱりそこは彼らなりのプラグマティズムがあって、自分たちだけじゃなかなかようやりまへんという、そういう自分の実力についての割と客観的な冷静な評価というのがあるだろうと思います。まだまだ、当時は四倍の開きが経済規模でありまして、今はまあ三倍ぐらいになっていますけれども、やっぱり日本が圧倒的に大きいわけですし、東南アジアとの付き合いの歴史ももちろん日本の方が長い、深いということがありますので、日本と一緒にやらないと、この東北アジア、東南アジアを足した協力は本格化できない、推進できないという、そういう認識が元々あったし、私は今でもあるんじゃないかと思います。
ただ、おっしゃるように、個々の問題になりますと、それぞれの業界の問題もあれば、特にエネルギー開発あるいは海洋開発問題ということになりますと、中国では軍の政治的な発言力が非常に強いわけですし、スムーズにいかない面もあるとは思うんですけれども、ただ私は、日本の態度としましたら、例えばこれは小泉首相になってからですが、朱鎔基さんが日中韓FTAの研究をしましょうというふうに提案をその三者会談のときにされたことがあったんですが、その際に、まあしかし中国はWTOに入ったばっかりだしというような対応をされて、反応をされてしまったんですが、そういうときはもうどんと、よしやりましょうといって研究をすれば、必ず中国はちゃんとできないというのは分かるわけですよね、途上国ですから。それは、日本はもうほとんど関税なんかないような状況ですから。そういうときは、よっしゃやろうという積極姿勢を示して実際に詰めてみると、ああやっぱり君、ここはできないねと、じゃ、私たちもうちょっと待ちますよと、そういう基本姿勢が私はいいと思うんですが、何となく腰が引けたような印象を世界に与えてしまっているという、アピールといいますか、そういう宣伝が上手じゃないという面もかなりあるんじゃないかなと思っています。
若
若林正丈#25
○参考人(若林正丈君) 台湾での東アジア共同体の議論というのは、多分私のメディアのチェック等が甘いんだと思うんですけれども、余り、日本で熱を込めて言われているような形での議論というのは余り見掛けないというふうに思います。日本とFTAをやりたいというような話はよくありますが、その一方で、今度は中国とは別の、今度は大きい三通を最終的にやるのかどうかという重大問題というものがありまして、そういうような議論はあるわけですけれども、これはチェックが甘いかもしれませんが、余り公共的な議論の対象になっているという状況ではないように見受けております。
この発言だけを見る →松
松田岩夫#26
○会長(松田岩夫君) 以上で各会派一人一巡いたしましたので、これより自由に質疑を行っていただきます。
それでは、質疑のある方は挙手をお願いいたします。山東昭子さん。
この発言だけを見る →それでは、質疑のある方は挙手をお願いいたします。山東昭子さん。
山
山東昭子#27
○山東昭子君 自民党の山東昭子でございます。
両参考人にお伺いしたいと思います。
まず、高原先生にお伺いしたいんでございますけれども、以前、天安門事件の後でございました。中国の要人に、その後、天安門事件の後の見解はどのようなことになっているのかと質問をいたしましたら、あなた方は十億の民を治めたことがあるのかと、我が国においてはやはり政治的な圧力を掛けていかなければとてももたないんだというようなことを言われたことが非常に心に残っております。
しかし、このような共産主義体制というものが、所得格差はこれからできるとはいえ、非常に裕福な層が増えていく中で一体どの辺まで続いていくのか、そして片方ではもう自由主義経済の中でどっぷりと浸り切っている経済行為というもの、それが大変順調に進んでいるというような状況を考えますと、どの辺の辺りで共産主義体制というのが雪解けになるのか、あるいはどういう形になるのか、見通しをお知らせいただきたいということと、それから、いろいろな経済上の法整備というものが非常にまだまだずさんな状況だと思うんでございますけれども、先ほど高原先生おっしゃられたようなODAからの脱出といいましょうか、他国からの援助を必要としない時期になったときに、その法整備というものがパーフェクトに行われるのであろうかというようなことをお知らせいただければということ。
それから、六年ほど前に私が参りましたときに、ちょうど、日本との合弁企業の工場において、そこに勤務する職員が食事の上での不満を漏らしたところ、見せしめのためにたちまち三人のリーダーが逮捕されて処刑をされたというようなことを聞きまして、まあ、まだまだこのような労働者に対しても大変圧制というんでしょうか、そういうことが行われているのかなというような気がいたしましたけれども、その辺の労働環境と申しましょうか、そういうものをお知らせいただきたいと思います。
それから、若林先生にお伺いしたいんですけれども、日本に対しての感情論といいましょうか考え方というもの。先ほど、台湾というものを私ども非常に親日的に感じておりますけれども、このごろの若い人はそうでもないよというようなことをおっしゃられましたけれども、中国においての対日感情というものが、インテリ層であるとか富裕層であるとか、あるいは年代によって、考えというものが層によって違うのか、あるいは国民全体を通して共通の認識なのかというようなこと。これは台湾のことに関しても同様だと思うんですけれども、その辺のところをお伺いしたいということ。
それから、北朝鮮との間の距離についてお伺いしたいんですが、うがった見方をするよその国の人に聞きますと、まあ、もちろんこれだけ中国が人口が増加している中で、なかなか北朝鮮と一緒になるとかそういうようなことは単純にはもちろん考えられないことなんでございますけれども、金正日体制が崩壊あるいはいろんな形で弱まってきたとしたならば、その北朝鮮に対しての支配度というんでしょうか、そういうものに対して中国の幹部、あるいは中国の意向というものはどういうような考え方を持っているのであろうかと、そんなこともお聞きしたいなと思っております。
どうぞよろしくお願いいたします。
この発言だけを見る →両参考人にお伺いしたいと思います。
まず、高原先生にお伺いしたいんでございますけれども、以前、天安門事件の後でございました。中国の要人に、その後、天安門事件の後の見解はどのようなことになっているのかと質問をいたしましたら、あなた方は十億の民を治めたことがあるのかと、我が国においてはやはり政治的な圧力を掛けていかなければとてももたないんだというようなことを言われたことが非常に心に残っております。
しかし、このような共産主義体制というものが、所得格差はこれからできるとはいえ、非常に裕福な層が増えていく中で一体どの辺まで続いていくのか、そして片方ではもう自由主義経済の中でどっぷりと浸り切っている経済行為というもの、それが大変順調に進んでいるというような状況を考えますと、どの辺の辺りで共産主義体制というのが雪解けになるのか、あるいはどういう形になるのか、見通しをお知らせいただきたいということと、それから、いろいろな経済上の法整備というものが非常にまだまだずさんな状況だと思うんでございますけれども、先ほど高原先生おっしゃられたようなODAからの脱出といいましょうか、他国からの援助を必要としない時期になったときに、その法整備というものがパーフェクトに行われるのであろうかというようなことをお知らせいただければということ。
それから、六年ほど前に私が参りましたときに、ちょうど、日本との合弁企業の工場において、そこに勤務する職員が食事の上での不満を漏らしたところ、見せしめのためにたちまち三人のリーダーが逮捕されて処刑をされたというようなことを聞きまして、まあ、まだまだこのような労働者に対しても大変圧制というんでしょうか、そういうことが行われているのかなというような気がいたしましたけれども、その辺の労働環境と申しましょうか、そういうものをお知らせいただきたいと思います。
それから、若林先生にお伺いしたいんですけれども、日本に対しての感情論といいましょうか考え方というもの。先ほど、台湾というものを私ども非常に親日的に感じておりますけれども、このごろの若い人はそうでもないよというようなことをおっしゃられましたけれども、中国においての対日感情というものが、インテリ層であるとか富裕層であるとか、あるいは年代によって、考えというものが層によって違うのか、あるいは国民全体を通して共通の認識なのかというようなこと。これは台湾のことに関しても同様だと思うんですけれども、その辺のところをお伺いしたいということ。
それから、北朝鮮との間の距離についてお伺いしたいんですが、うがった見方をするよその国の人に聞きますと、まあ、もちろんこれだけ中国が人口が増加している中で、なかなか北朝鮮と一緒になるとかそういうようなことは単純にはもちろん考えられないことなんでございますけれども、金正日体制が崩壊あるいはいろんな形で弱まってきたとしたならば、その北朝鮮に対しての支配度というんでしょうか、そういうものに対して中国の幹部、あるいは中国の意向というものはどういうような考え方を持っているのであろうかと、そんなこともお聞きしたいなと思っております。
どうぞよろしくお願いいたします。
高
高原明生#28
○参考人(高原明生君) 十億の人口を持つ国ということで申しますと、インドがやっぱり大きいですよね。中国は、インドの政治体制、最近よく研究するようになりましたね。やっぱり非常に気になると思います。インドの人口が中国より多くなった日には、さっきのような言い訳はもう言えなくなってしまうわけですからね。
面白いのは、中国でも全然民主化に向けた動きがないかというとそうではありませんで、御存じかもしれませんが、農村において村長さんを選挙するということをやっているんですね。これは非常に自由な選挙で、秘密投票でやりましょうということになっているんですが。ですから、アメリカの政治学なんかでいうと、みんなリッチになって中産階級が政治参加要求を出して、それで民主化していくというシナリオがヨーロッパの経験なんかから一つあるわけですけれども、中国の場合はそうじゃなくて、どっちかというと貧しい方から、都市ではなくて農村から民主化していくということになっているんですね。
それはなぜかというと、貧しいので農村では村当局が村民からいろいろな名目でお金を吸い上げて、そのお金を使って村の行政をやるんですね。上からちゃんと財政の移転がされないもんですから、どうしようもない。橋を補修するにも学校の屋根直すにも村民から、言葉を悪く言うと巻き上げるわけです。そうするというと、村民はそのこと自身も不満ですし、それからもう一つは、本当に橋に使っているのかよ、おまえ、というわけですね。実際、そうじゃない例もたくさんあるわけですが、何か村の幹部だけみんな携帯電話を持っているとか車に乗っているとかいうようなこともあるわけで、つまり、アカウンタビリティーを保障するためのデモクラシーという、そういう考え方なんですね。ちゃんと投票で選ばれるリーダーであるならばそういう悪いことはできないはずだということで、村から実は中国では民主化が進んでいるという実態があります。
しかし、そうやって村、農村から始まったものが、そうすると村のレベルから、中国の場合は行政のレベルで申しますと、次は郷、郷鎮の単位になって、それから県があってという何段階もあるんですが、次第にこの自由投票によるリーダーの選出ということが上に波及していく可能性というのは、これはあるんですね。実際、それが目指されている。ただ、時間が掛かるかもしれない。
いつかという御質問に対しては、本当に将来のことを言うと、すぐ中国で将来のことを言うと間違っちゃうもんですからなかなか言い難いんですけれども、そうですね、どれぐらい、要するに、そういう体制内の改革が先に進むのか、それとも一気にハードクラッシュが来て共産党がつぶれてしまうのかという、どっちかだろうとは思うんですけれども、じゃ、どっちが先にどうなるかというのは本当に分かりません、申し訳ありませんが。
中国共産党は、同時に、やっぱりソ連共産党の例を非常によく研究しているんですよね、なぜソ連ではあんなにもろくも共産党の一党支配体制が崩れてしまったのか。私なんかからしても、やっぱりソ連があんなにもろかったのは非常に不思議です。それは独裁を守るために軍隊から警察からいろいろ、もうそれこそ最後はどんなに赤字になってもいいから生活保障をばっちり都市ではやるとか、いろんな手段があるはずなんですね。なのにソ連ではああなったということをよく研究しているということもあり、相当、さっき申しましたように耐用年数に近づいているとは思うんですが、粘るだろうというふうに私自身は今日の段階では考えているということです。済みません、長くなって。
それから、法整備が、法律は一杯作っているんですけれども、きちんと執行されてないという問題がありますよね。それは事実だと思います。ただ、例えば十年前と比べてどうかというと、裁判官のプロフェッショナル化とかいろんな面でかなり改善も見られておりますので、ゆっくりとではありますけれども、状況は良くなりつつあるのではないかというのが基本的な私の理解です。ただ、もちろん、先進工業国、日本なんかと比べれば全然足らないし、汚職、腐敗についてはさっき申しましたとおりで、裁判官の汚職、腐敗というのもまだまだあるというのが現状だと思います。
労働者は本当にかわいそうです。中国の労働者、だれも彼らの権利守ってくれませんから、農民もそうですけれども、労働組合なるものがありますが、それは共産党の手足となっている団体ですので、労働者の権利を守ってくれる人はほとんどいない。弁護士で義憤に駆られてやった人がいたとしましても、その土地土地の政治の中でつぶされてしまうようなこともあるわけであって、いわゆる私たちが理解するような意味での搾取が横行しているというのが実情だと思います。それをどうしようもないというのが現状だと思います。
北朝鮮との距離、中国にもきっといろんな考え方があるんだろうと思います。今の金正日体制のやり方に対しては不満を、強い不満を持っている人が多いと思いますね。じゃ、どうするのかということで方法論になりますと様々な考え方が恐らくあって、一つのオプションとして、中国流のレジームチェンジというんでしょうか、そういうことも考えている人もいるかもしれません。だけれども、それは今の主流ではないというふうに思っています。
この発言だけを見る →面白いのは、中国でも全然民主化に向けた動きがないかというとそうではありませんで、御存じかもしれませんが、農村において村長さんを選挙するということをやっているんですね。これは非常に自由な選挙で、秘密投票でやりましょうということになっているんですが。ですから、アメリカの政治学なんかでいうと、みんなリッチになって中産階級が政治参加要求を出して、それで民主化していくというシナリオがヨーロッパの経験なんかから一つあるわけですけれども、中国の場合はそうじゃなくて、どっちかというと貧しい方から、都市ではなくて農村から民主化していくということになっているんですね。
それはなぜかというと、貧しいので農村では村当局が村民からいろいろな名目でお金を吸い上げて、そのお金を使って村の行政をやるんですね。上からちゃんと財政の移転がされないもんですから、どうしようもない。橋を補修するにも学校の屋根直すにも村民から、言葉を悪く言うと巻き上げるわけです。そうするというと、村民はそのこと自身も不満ですし、それからもう一つは、本当に橋に使っているのかよ、おまえ、というわけですね。実際、そうじゃない例もたくさんあるわけですが、何か村の幹部だけみんな携帯電話を持っているとか車に乗っているとかいうようなこともあるわけで、つまり、アカウンタビリティーを保障するためのデモクラシーという、そういう考え方なんですね。ちゃんと投票で選ばれるリーダーであるならばそういう悪いことはできないはずだということで、村から実は中国では民主化が進んでいるという実態があります。
しかし、そうやって村、農村から始まったものが、そうすると村のレベルから、中国の場合は行政のレベルで申しますと、次は郷、郷鎮の単位になって、それから県があってという何段階もあるんですが、次第にこの自由投票によるリーダーの選出ということが上に波及していく可能性というのは、これはあるんですね。実際、それが目指されている。ただ、時間が掛かるかもしれない。
いつかという御質問に対しては、本当に将来のことを言うと、すぐ中国で将来のことを言うと間違っちゃうもんですからなかなか言い難いんですけれども、そうですね、どれぐらい、要するに、そういう体制内の改革が先に進むのか、それとも一気にハードクラッシュが来て共産党がつぶれてしまうのかという、どっちかだろうとは思うんですけれども、じゃ、どっちが先にどうなるかというのは本当に分かりません、申し訳ありませんが。
中国共産党は、同時に、やっぱりソ連共産党の例を非常によく研究しているんですよね、なぜソ連ではあんなにもろくも共産党の一党支配体制が崩れてしまったのか。私なんかからしても、やっぱりソ連があんなにもろかったのは非常に不思議です。それは独裁を守るために軍隊から警察からいろいろ、もうそれこそ最後はどんなに赤字になってもいいから生活保障をばっちり都市ではやるとか、いろんな手段があるはずなんですね。なのにソ連ではああなったということをよく研究しているということもあり、相当、さっき申しましたように耐用年数に近づいているとは思うんですが、粘るだろうというふうに私自身は今日の段階では考えているということです。済みません、長くなって。
それから、法整備が、法律は一杯作っているんですけれども、きちんと執行されてないという問題がありますよね。それは事実だと思います。ただ、例えば十年前と比べてどうかというと、裁判官のプロフェッショナル化とかいろんな面でかなり改善も見られておりますので、ゆっくりとではありますけれども、状況は良くなりつつあるのではないかというのが基本的な私の理解です。ただ、もちろん、先進工業国、日本なんかと比べれば全然足らないし、汚職、腐敗についてはさっき申しましたとおりで、裁判官の汚職、腐敗というのもまだまだあるというのが現状だと思います。
労働者は本当にかわいそうです。中国の労働者、だれも彼らの権利守ってくれませんから、農民もそうですけれども、労働組合なるものがありますが、それは共産党の手足となっている団体ですので、労働者の権利を守ってくれる人はほとんどいない。弁護士で義憤に駆られてやった人がいたとしましても、その土地土地の政治の中でつぶされてしまうようなこともあるわけであって、いわゆる私たちが理解するような意味での搾取が横行しているというのが実情だと思います。それをどうしようもないというのが現状だと思います。
北朝鮮との距離、中国にもきっといろんな考え方があるんだろうと思います。今の金正日体制のやり方に対しては不満を、強い不満を持っている人が多いと思いますね。じゃ、どうするのかということで方法論になりますと様々な考え方が恐らくあって、一つのオプションとして、中国流のレジームチェンジというんでしょうか、そういうことも考えている人もいるかもしれません。だけれども、それは今の主流ではないというふうに思っています。
若
若林正丈#29
○参考人(若林正丈君) 二ついただいた御質問のうち、中国共産党と北朝鮮との距離、あるいは影響力という件につきましては私の守備範囲外というふうに思われます。高原先生からお話しいただけるのが一番よろしいんじゃないかと思います。
一番目の、台湾のいわゆる対日感情は様々な違いが内部にあるのかどうかという御質問でございますが、誠にそのとおりでございます。
台湾のエスニックグループというんでしょうか、人口集団というんでしょうか、大きく分かれ、三つございまして、一番小さなグループが先住民族ですね。戦前、高砂族というふうに日本語では呼んでおりました。今は自分たちで台湾原住民族というふうに言うんだというふうに言いまして、その彼らの少数民族の何といいますかね、誇りの回復運動みたいなのがありまして、それが成功しまして原住民族という自称が憲法にも書き込まれるということになっておりますけれども、その人口は二%ぐらいです。
あと、いわゆる外省人という人がいまして、この人たちは中国内戦の結果、国民党政権が負けて、この国民党政権とともに台湾にやってきた。大体、当時で百万ぐらいやってきた人たちの子孫、第二世代、第三世代も含んだそういう人たちが外省人と呼ばれる人たちです。これが大体人口の一三%ぐらいというふうに言われております。残りが戦前から台湾に居住している漢民族の台湾人だと、本省人というふうに呼ばれておりますけれども。
この外省人、本省人は、日本経験が全然違うわけなんですね。外省人の方は大陸から来た人ですから、日本との戦争を実際に身をもって経験しております。また、その後、共産党との内戦も経験して、負けて、とにかく流浪の身で台湾に逃げ込んできたと、こういう形でございまして、日本との戦争という経験を、敵対したという経験を持っている人たちですね。その世代の人たちの二代目、三代目という人たちが外省人です。
本省人の方は、植民地に生まれたわけですから国籍は日本人だったわけで、台湾総督府が一生懸命日本語教育というのをやりましたし、戦時中はいわゆる皇民化という運動ということをやりまして日本語をかなり普及させました。ですから、多くの人たちが、台湾にいる、いわゆる内地人ですね、日本人ですが、内地人とは違う日本人だというふうに思うようになっていた人が多いのではないかというふうに思われます。これも植民地の下で支配されたという経験なんですけれども、日本人と戦場で正面から対決したという経験とは大分違う経験でございます。戦後やってきた外省人にこの本省人がまたある意味では支配されるという形になりましたので、本省人で教育を受けていた人たちはそういう支配に対して何か抵抗するといいますか、文化的に抵抗するといいますか、アイデンティティーを保つために、やはりあえて日本語を一生懸命キープしようとしたという、日本語能力を維持しようと努めたというところがあるように思われます。それは、戦後の日本との経済関係がまた復活して発展しましたので、日本人との往来が増えたということもあります。
しかし一方で、台湾では、御案内の方もいると思いますけれども、短歌、俳句をよくする世代の方がおられるわけでございまして、見事な俳句、見事な短歌をお作りでございます。台湾万葉集などという短歌集まで出ているというところでございまして、そういう世代のいわゆる本省人と全く別の経験をした外省人としてはやはり全然違いまして、いわゆる親日、台湾人は親日的だという印象が日本人に伝わってくるのは、この日本語ができる本省人の年配の世代ですね、そういう人たちが、日本から台湾に日本人が行くとよくしてくれますし、好意も持ってくれる、日本のものは大好きということがあるので親日的だということになるんですが。それで、日本人はいわゆる外省人とは余り付き合いがありません。外省人は余り日本語しゃべりませんし、したがって、もう一つの日本観というものは日本人は余り知らないということになるというふうに思います。
世代的な問題も御指摘のようにございまして、戦後の国民党の教育は、台湾での教育は、民主化以降少し教科書が変わったり日本に対する論調が変わるまでは基本的には中国大陸と、愛国教育と同じでありまして、日本との戦争の経験を踏まえたものでありますから、愛国から反日というふうに滑っていく、意識が滑っていくということはよくあることでございまして、基本的には反日になるような教育であるというふうに言えると思います。
私、一九九五年に台湾におりまして、反李登輝のデモが行われるというので参考までに見に行って、後ろからついて歩いて、集会を見に行ったことがありますけれども、そういうところでは、李登輝は人ではない、なぜなら李登輝は日本人だからだと、そういうふうに言っている人がいましたね。そのぐらい、そのときに言うときの日本人というのは極めて抽象的な日本人でありまして、昔戦争をしたひどい敵である日本人と、そういう意味合いでございまして、現実の日本、今、日本にいる日本人というのが頭に浮かんでいるわけじゃないんですけれども、そういうようなレトリックがもうそこら辺の、そのデモンストレーションに来ている中年のおばさんの口から自然に出てくるわけですね。そういうような人たちもいるということでございます。
若い世代はそういう教育も受けて、若いというのは大体私の年ぐらい以下ですよね、そういう教育も受けているので、一方で日本大好き、ハーリースーというんですけれども、日本の大衆消費文化大好きで、キティちゃん人形大好きというような人たちが一杯いるわけですけれども、そのことといわゆる親日とはまたちょっと違ったものであるというふうに思われます。
ただし、やはりもう台湾は開かれた社会になってきていますので、そういう外省人の人たちであっても、やはり日本が戦後どういう経済発展をしてどういう社会になっているかということについてはかなりよく知ってきていますし、そういう人たちの中ではもう日本の温泉大好きでやってくると、非常に詳しいと、そういうような人たちもいるわけであります。いると思います。
ちょっと、そういう意味では、イデオロギー的な根っこは中国大陸と似ているんですけれども、現象としては大分違うことになっているんではないかなというふうに思っております。
この発言だけを見る →一番目の、台湾のいわゆる対日感情は様々な違いが内部にあるのかどうかという御質問でございますが、誠にそのとおりでございます。
台湾のエスニックグループというんでしょうか、人口集団というんでしょうか、大きく分かれ、三つございまして、一番小さなグループが先住民族ですね。戦前、高砂族というふうに日本語では呼んでおりました。今は自分たちで台湾原住民族というふうに言うんだというふうに言いまして、その彼らの少数民族の何といいますかね、誇りの回復運動みたいなのがありまして、それが成功しまして原住民族という自称が憲法にも書き込まれるということになっておりますけれども、その人口は二%ぐらいです。
あと、いわゆる外省人という人がいまして、この人たちは中国内戦の結果、国民党政権が負けて、この国民党政権とともに台湾にやってきた。大体、当時で百万ぐらいやってきた人たちの子孫、第二世代、第三世代も含んだそういう人たちが外省人と呼ばれる人たちです。これが大体人口の一三%ぐらいというふうに言われております。残りが戦前から台湾に居住している漢民族の台湾人だと、本省人というふうに呼ばれておりますけれども。
この外省人、本省人は、日本経験が全然違うわけなんですね。外省人の方は大陸から来た人ですから、日本との戦争を実際に身をもって経験しております。また、その後、共産党との内戦も経験して、負けて、とにかく流浪の身で台湾に逃げ込んできたと、こういう形でございまして、日本との戦争という経験を、敵対したという経験を持っている人たちですね。その世代の人たちの二代目、三代目という人たちが外省人です。
本省人の方は、植民地に生まれたわけですから国籍は日本人だったわけで、台湾総督府が一生懸命日本語教育というのをやりましたし、戦時中はいわゆる皇民化という運動ということをやりまして日本語をかなり普及させました。ですから、多くの人たちが、台湾にいる、いわゆる内地人ですね、日本人ですが、内地人とは違う日本人だというふうに思うようになっていた人が多いのではないかというふうに思われます。これも植民地の下で支配されたという経験なんですけれども、日本人と戦場で正面から対決したという経験とは大分違う経験でございます。戦後やってきた外省人にこの本省人がまたある意味では支配されるという形になりましたので、本省人で教育を受けていた人たちはそういう支配に対して何か抵抗するといいますか、文化的に抵抗するといいますか、アイデンティティーを保つために、やはりあえて日本語を一生懸命キープしようとしたという、日本語能力を維持しようと努めたというところがあるように思われます。それは、戦後の日本との経済関係がまた復活して発展しましたので、日本人との往来が増えたということもあります。
しかし一方で、台湾では、御案内の方もいると思いますけれども、短歌、俳句をよくする世代の方がおられるわけでございまして、見事な俳句、見事な短歌をお作りでございます。台湾万葉集などという短歌集まで出ているというところでございまして、そういう世代のいわゆる本省人と全く別の経験をした外省人としてはやはり全然違いまして、いわゆる親日、台湾人は親日的だという印象が日本人に伝わってくるのは、この日本語ができる本省人の年配の世代ですね、そういう人たちが、日本から台湾に日本人が行くとよくしてくれますし、好意も持ってくれる、日本のものは大好きということがあるので親日的だということになるんですが。それで、日本人はいわゆる外省人とは余り付き合いがありません。外省人は余り日本語しゃべりませんし、したがって、もう一つの日本観というものは日本人は余り知らないということになるというふうに思います。
世代的な問題も御指摘のようにございまして、戦後の国民党の教育は、台湾での教育は、民主化以降少し教科書が変わったり日本に対する論調が変わるまでは基本的には中国大陸と、愛国教育と同じでありまして、日本との戦争の経験を踏まえたものでありますから、愛国から反日というふうに滑っていく、意識が滑っていくということはよくあることでございまして、基本的には反日になるような教育であるというふうに言えると思います。
私、一九九五年に台湾におりまして、反李登輝のデモが行われるというので参考までに見に行って、後ろからついて歩いて、集会を見に行ったことがありますけれども、そういうところでは、李登輝は人ではない、なぜなら李登輝は日本人だからだと、そういうふうに言っている人がいましたね。そのぐらい、そのときに言うときの日本人というのは極めて抽象的な日本人でありまして、昔戦争をしたひどい敵である日本人と、そういう意味合いでございまして、現実の日本、今、日本にいる日本人というのが頭に浮かんでいるわけじゃないんですけれども、そういうようなレトリックがもうそこら辺の、そのデモンストレーションに来ている中年のおばさんの口から自然に出てくるわけですね。そういうような人たちもいるということでございます。
若い世代はそういう教育も受けて、若いというのは大体私の年ぐらい以下ですよね、そういう教育も受けているので、一方で日本大好き、ハーリースーというんですけれども、日本の大衆消費文化大好きで、キティちゃん人形大好きというような人たちが一杯いるわけですけれども、そのことといわゆる親日とはまたちょっと違ったものであるというふうに思われます。
ただし、やはりもう台湾は開かれた社会になってきていますので、そういう外省人の人たちであっても、やはり日本が戦後どういう経済発展をしてどういう社会になっているかということについてはかなりよく知ってきていますし、そういう人たちの中ではもう日本の温泉大好きでやってくると、非常に詳しいと、そういうような人たちもいるわけであります。いると思います。
ちょっと、そういう意味では、イデオロギー的な根っこは中国大陸と似ているんですけれども、現象としては大分違うことになっているんではないかなというふうに思っております。