若林正丈の発言 (国際問題に関する調査会)
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○参考人(若林正丈君) 二ついただいた御質問のうち、中国共産党と北朝鮮との距離、あるいは影響力という件につきましては私の守備範囲外というふうに思われます。高原先生からお話しいただけるのが一番よろしいんじゃないかと思います。
一番目の、台湾のいわゆる対日感情は様々な違いが内部にあるのかどうかという御質問でございますが、誠にそのとおりでございます。
台湾のエスニックグループというんでしょうか、人口集団というんでしょうか、大きく分かれ、三つございまして、一番小さなグループが先住民族ですね。戦前、高砂族というふうに日本語では呼んでおりました。今は自分たちで台湾原住民族というふうに言うんだというふうに言いまして、その彼らの少数民族の何といいますかね、誇りの回復運動みたいなのがありまして、それが成功しまして原住民族という自称が憲法にも書き込まれるということになっておりますけれども、その人口は二%ぐらいです。
あと、いわゆる外省人という人がいまして、この人たちは中国内戦の結果、国民党政権が負けて、この国民党政権とともに台湾にやってきた。大体、当時で百万ぐらいやってきた人たちの子孫、第二世代、第三世代も含んだそういう人たちが外省人と呼ばれる人たちです。これが大体人口の一三%ぐらいというふうに言われております。残りが戦前から台湾に居住している漢民族の台湾人だと、本省人というふうに呼ばれておりますけれども。
この外省人、本省人は、日本経験が全然違うわけなんですね。外省人の方は大陸から来た人ですから、日本との戦争を実際に身をもって経験しております。また、その後、共産党との内戦も経験して、負けて、とにかく流浪の身で台湾に逃げ込んできたと、こういう形でございまして、日本との戦争という経験を、敵対したという経験を持っている人たちですね。その世代の人たちの二代目、三代目という人たちが外省人です。
本省人の方は、植民地に生まれたわけですから国籍は日本人だったわけで、台湾総督府が一生懸命日本語教育というのをやりましたし、戦時中はいわゆる皇民化という運動ということをやりまして日本語をかなり普及させました。ですから、多くの人たちが、台湾にいる、いわゆる内地人ですね、日本人ですが、内地人とは違う日本人だというふうに思うようになっていた人が多いのではないかというふうに思われます。これも植民地の下で支配されたという経験なんですけれども、日本人と戦場で正面から対決したという経験とは大分違う経験でございます。戦後やってきた外省人にこの本省人がまたある意味では支配されるという形になりましたので、本省人で教育を受けていた人たちはそういう支配に対して何か抵抗するといいますか、文化的に抵抗するといいますか、アイデンティティーを保つために、やはりあえて日本語を一生懸命キープしようとしたという、日本語能力を維持しようと努めたというところがあるように思われます。それは、戦後の日本との経済関係がまた復活して発展しましたので、日本人との往来が増えたということもあります。
しかし一方で、台湾では、御案内の方もいると思いますけれども、短歌、俳句をよくする世代の方がおられるわけでございまして、見事な俳句、見事な短歌をお作りでございます。台湾万葉集などという短歌集まで出ているというところでございまして、そういう世代のいわゆる本省人と全く別の経験をした外省人としてはやはり全然違いまして、いわゆる親日、台湾人は親日的だという印象が日本人に伝わってくるのは、この日本語ができる本省人の年配の世代ですね、そういう人たちが、日本から台湾に日本人が行くとよくしてくれますし、好意も持ってくれる、日本のものは大好きということがあるので親日的だということになるんですが。それで、日本人はいわゆる外省人とは余り付き合いがありません。外省人は余り日本語しゃべりませんし、したがって、もう一つの日本観というものは日本人は余り知らないということになるというふうに思います。
世代的な問題も御指摘のようにございまして、戦後の国民党の教育は、台湾での教育は、民主化以降少し教科書が変わったり日本に対する論調が変わるまでは基本的には中国大陸と、愛国教育と同じでありまして、日本との戦争の経験を踏まえたものでありますから、愛国から反日というふうに滑っていく、意識が滑っていくということはよくあることでございまして、基本的には反日になるような教育であるというふうに言えると思います。
私、一九九五年に台湾におりまして、反李登輝のデモが行われるというので参考までに見に行って、後ろからついて歩いて、集会を見に行ったことがありますけれども、そういうところでは、李登輝は人ではない、なぜなら李登輝は日本人だからだと、そういうふうに言っている人がいましたね。そのぐらい、そのときに言うときの日本人というのは極めて抽象的な日本人でありまして、昔戦争をしたひどい敵である日本人と、そういう意味合いでございまして、現実の日本、今、日本にいる日本人というのが頭に浮かんでいるわけじゃないんですけれども、そういうようなレトリックがもうそこら辺の、そのデモンストレーションに来ている中年のおばさんの口から自然に出てくるわけですね。そういうような人たちもいるということでございます。
若い世代はそういう教育も受けて、若いというのは大体私の年ぐらい以下ですよね、そういう教育も受けているので、一方で日本大好き、ハーリースーというんですけれども、日本の大衆消費文化大好きで、キティちゃん人形大好きというような人たちが一杯いるわけですけれども、そのことといわゆる親日とはまたちょっと違ったものであるというふうに思われます。
ただし、やはりもう台湾は開かれた社会になってきていますので、そういう外省人の人たちであっても、やはり日本が戦後どういう経済発展をしてどういう社会になっているかということについてはかなりよく知ってきていますし、そういう人たちの中ではもう日本の温泉大好きでやってくると、非常に詳しいと、そういうような人たちもいるわけであります。いると思います。
ちょっと、そういう意味では、イデオロギー的な根っこは中国大陸と似ているんですけれども、現象としては大分違うことになっているんではないかなというふうに思っております。