渡辺俊介の発言 (厚生労働委員会)

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○渡辺参考人 御紹介いただきました日本経済新聞の論説委員の渡辺と申します。
 私は、個人的なことをいえば、新聞記者として、医療行政といいましょうか厚生行政を三十年余り担当してきた、そういう立場から、今回の医療改革関連法案についての意見を述べさせていただきます。資料は用意しておりませんので、全部口頭で申し上げます。御了承ください。
 まず、私自身医療行政を担当して、今回ある意味では初めての経験といいましょうか、つまり、政府部内でこの医療改革に関する意見が対立したというのが私の強い印象であります。特に、経済財政諮問会議を中心としまして、極めて財政主導といいましょうか、そういった改革路線、それに対抗して今回の案の中核であります厚生労働省の案というふうに私は認識しております。
 まず、私が全体として立法府において御審議いただきたいのは、近い将来も含めて、日本の国民医療費、公的給付は一体国民所得の何%程度振り向けるべきか、この議論がなかなか出てきていない。経済財政諮問会議は、二〇二五年ベースで、この予測が当たっているかどうかは別といたしまして、現行とほぼ同じ水準、つまり国民所得の七%程度で維持するというような案を出しております。私はこの案には反対でございます。
 それに対して、先ほどもお話ありましたけれども、今、日本の国民所得の七・三%という数字は極めて低水準である。これはできれば、ヨーロッパ並みがすべてがいいかどうかは別といたしまして、やはり一〇%近く、つまり国民の命と健康を守る水準といったものは一〇%近くあっていいのではないかと私は思っております。
 もちろん、後ほど申し上げますとおり、そのためには国民の負担に対する同意といったものが必要でありますが、まず、その辺の議論といったものが足りないままにこの案がつくられたというふうに私は思っております。
 ただ、そういった中で、今回の厚生労働省の案を中心とした改革法案というのは、二〇二五年ベース、何度も言うとおりこの推計があてになるかどうかという疑問は確かにございますけれども、九%近い水準ということを前提にしてこの案を組んでいる。九%程度は振り向けようということは、私は評価していいのではないかと思っております。
 また、その医療費抑制の路線、つまり経済との連動といったことは無視できないのでありますけれども、経済財政諮問会議が打ち出したような、例えばいわゆるキャップ制、伸び率管理といった極めて乱暴な意見ですね。こういったものを排しまして、今回の案といったものはいわば下からの積み上げ、これは時間がかかるかもしれませんけれども、こういった案といったものは私はこれまた評価していいのではないかと。
 つまり、生活習慣病対策、予防を中心として、あるいは平均在院日数の短縮化、それは先ほど話もありましたが、療養型病床の六年かけての廃止あるいは削減といった、多少唐突な数、乱暴な気もいたしますが、特に老人の平均在院日数の短縮化といったものについては、この療養病床の削減あるいは介護療養病床の廃止といったことは、私はやむを得ないと考えております。
 そういったことで、医療改革というのは乱暴な議論といったものを排して丁寧に一つ一つ積み上げていかなきゃいけないというふうに私は考えておりますが、例えば生活習慣病対策一つとりましても、よく厚生労働省は長野モデルといった言葉を使っております。
 御案内のとおり、長野県の一人当たり老人医療費は日本一低い。日本の平均が一人当たり七十五万円、長野県は約六十万円、北海道や福岡は百万円近い、九十数万円といった水準で、確かに長野県は、私も研究班の一員として調べたことがございますけれども、平均寿命は男性が日本一、女性は日本で三番ですか、男女総合しますと平均寿命が日本でトップ、そして医療費は少ない、ある意味ではすばらしい県であることは、そういった意味では確かなんであります。
 では、長野モデルは結構なんですが、果たして日本の四十七都道府県みんながすぐ長野県みたいになれるかといえばまた別でございまして、長野県がなぜ医療費が低いかといえば、いわゆるヘルス事業、保健事業、保健補導員を初めとした地道な予防活動は確かにそうなんですが、一方で、長野県というところは持ち家比率、マイホームを持っている比率が日本一高い。そして離婚率は日本で最低の部類。つまり、家庭介護力あるいは家庭看護力があって、いわばマイホームがある、在宅がやりやすい環境であるといったことも忘れてはならない。
 そうしますと、長野モデル的な生活習慣病対策あるいは予防といったことに力を入れることは結構なんですが、では、例えば、果たしてこの首都圏で同じことができるか。サラリーマン社会、特に東京、神奈川、埼玉、千葉といったところで同じことができるかといったことも、また別なモデルとしてつくらなければ、すべてがいきなり長野のようになるわけではない。この辺も十分な緻密な作業が必要だと私は思っております。
 在院日数に関しましても、先ほど話があったように療養型の廃止あるいは削減といったことは、やや唐突であったし、やや乱暴な気もしないわけではありませんが、日本の、ある意味では異常な、特に老人の平均在院日数の長さを考えますと、これは社会的入院という問題も絡んで、この療養型病床の廃止あるいは削減、六年間かけてといったことはやむを得ないと先ほど申し上げました。
 ただ、この療養型病床、介護療養型十三万そして医療療養型十万、合わせて二十三万を削減する、その後が一体どうなるかといったことの議論がまだ十分ではない。療養型は老健あるいはケアハウスあるいは有料型に転換するといったことでございますが、在宅にも当然なるわけでありまして、在宅医療といったことは大変重要なことでございますけれども、在宅をどのように進めていくのかといった青写真がまだ十分見えてこない。そうしなければ、いわゆる医療難民といった言葉があるように、まさにそういった、いわば追い出されたお年寄りはどうなるかといったことのもうちょっと緻密な見通し、ビジョンあるいは議論が必要ではないかと私は思っております。
 それから、これに関連いたしまして言いますと、これから病院と診療所のあり方、特に在宅に関して言いますと、今度の診療報酬改定で在宅には相当きめ細かいあるいは厚いシフトをしておりますけれども、やはりかかりつけ医機能といったものをどう充実させていくか、この辺も充実させないと十分な在宅が進んでいかない。ただ、診療報酬点数を相当つけたからすぐ進むともとても思えない。どのような格好で開業医中心としたかかりつけ医機能を発揮できるか。
 さらに、それを言うならば有床診療所のあり方、さらには病院のあり方、病院も、これまたお話があったように、国公立及び公的病院のあり方と民間病院のあり方。
 特に、今見ておりますと、例えば国立病院一つとりましても、あるいは国立大学附属病院を見ましても、二年前から独立行政法人になりまして、国立病院機構、百五十近く加盟で入っておりますが、やはり経営効率あるいは黒字といったことにやや重点が置かれ過ぎているんではないか。もちろん赤字垂れ流し、無駄な医療費は避けなきゃいけませんけれども、国公立病院が民間病院と競争して患者の奪い合いといったことになりますと、これまたマイナス面も出てくる。公的病院のあり方も含めて、医療機関のあり方といったことも十分に議論していただきたいなと私は思っております。
 さらに言うならば、これは医療提供体制でございますので、医師確保の問題。どうも地域格差といったものは、いろいろ言われてもなかなか解決しない。そうしますと、何よりも国民にとって一番大事なのは、どういった医療が受けられるかでありまして、極端に言えば医療保険財政は、どうでもいいとは言いませんが、その次の問題だと私は考えております。
 いい医療提供体制があるとするならば国民は負担にも応じると私は感じておりますので、どの県に住んでも、どの地域に住んでもちゃんとした医療が受けられる、そういったビジョンをまず示すのが医療改革の先決ではないかと私は考えております。
 それからもう一点言いますと、今度は、厚労省といいますか政府案につきましては、都道府県単位といったことが言われております。私、これもまた評価したいと思っております。つまり、医療を国が管轄といいましょうか所管するというのは、やはりなかなか隔靴掻痒、手が届きにくい部分がある。
 地方分権の観点からも、例えば個人的なことを言えば、私、昔デンマークという国に住んだことがございますが、北欧は地方分権が進んでおります。すべて北欧をまねするつもりはございませんし、また、まねする必要もないかもしれません。あんな消費税が二五%という高い国をすべてまねする必要はないかもしれませんが、少なくとも地方分権という考え方は参考にしていいんではないかと私は考えております。
 例えば、デンマークにしてもお隣のスウェーデンにしても、医療は県が所管し、福祉はいわゆるコミューン、市町村が所管しております。逆に言いますと、県や市町村の予算といったものを北欧で調べますと、その大体八〇%から八五%、県によって多少違います、デンマーク一つとったって十四の県がございますので多少違いますが、大ざっぱに県の大半の予算は医療。
 逆に言いますと、県の大半の仕事は医療と言っても過言ではないし、市町村の大半の仕事は福祉あるいは初等教育あるいは都市環境といったことでございますが、日本でも地方分権を語るときに、一体何を分権するのかといったことを議論しなければ、ただ分権分権と言ってもなかなか進まない。
 つまり、私が言いたいことは、まず県が日本でも医療といったものを担当すべきではないか。もちろん、今の四十七都道府県は人口規模も違いますし、いろいろまだまだ不十分なところはありますが、そういった発想からいえば、今回の医療保険単位及び医療行政を国から都道府県に持っていくといった考え方は、これから進めるべきだ。
 ただ、もちろん先ほど言ったようにいろいろ問題点はございます。失礼ながら、鳥取県、島根県合わせて百五十万という人口、そういったところで同じようにできるか等々、いろいろな人材の問題ありますけれども、そういったところも考えながら、都道府県単位といったことを推し進めていく必要があるんではないかと思っております。
 最後に、私はもう一点、特に行政府でもあるいは立法府でも議論をしていただきたいことは、先ほどの国民の負担あるいは医療の負担の問題でございまして、医療費をだれがどのように負担するかという議論がまだ足りないのではないか。
 今、いわゆる医療費、全体として現在ベースでは国民医療費は三十一兆円余りでございますが、そのうち患者負担が、もちろん一般的には三割、老人一割、二割、あるいは乳幼児二割とか、違いますが、トータルしてみますと患者さんが大体一六%負担している。保険料で五二%程度、税金で、国税、地方税合わせまして三二%程度。
 この負担の割合なんですが、これまでの政府あるいは各党の考え方、特に与党の議論を聞いておりますと、結局、患者負担はふやしたくない、保険料はふやしたくない、あるいは税金もふやしたくないと言う。特に財政当局は税金をふやしたくない。あるいは、サラリーマン団体といいましょうか経営者団体も含めて、保険料はふやしたくない。あるいは、医療界は患者負担をふやしたくない。どれもふやしたくないんだったら、これは医療費はふえようがないわけでありまして、どんな格好にしろどれかをふやさなきゃいけない、あるいは医療費の無駄をなくした上での話でありますが。
 そういった中で、やはり患者負担、今の一六%、個々、老人あるいは被用者違いますけれども、保険料五二%、税金三二%。結論は、私の考えを言いますと、税金をもうちょっとふやしていいのではないかと私は考えております。
 ただ、税金をふやすに当たりましては、当然、これは今の財政再建というあれもございますが、近々消費税が引き上げられると予想されております。消費税を上げるためには、何に使うか、ただ借金の返済だけに使うと言ってはなかなか国民の同意が得られないのではないかと私は考えておりますので、そういった中でも、医療に充てるとか、あるいは主要目的をはっきりしながら、医療に対する税投入というのをもうちょっとふやすべきではないか。
 そのためには、再三申し上げていますとおり、ただ充てるのではなくて、国民にどのような医療提供をするかといったことを明確にしながら、それを国民に説明しながら、税投入あるいは患者の負担ももうちょっとふえるかもしれません。いずれにしても、すべての面で反対と言っていたらいつまでもらちが明かない、私はこのように考えております。
 以上、やや総論的になりましたが、これで私の考えを述べさせていただきます。
 以上でございます。(拍手)

発言情報

speech_id: 116404260X01820060426_006

発言者: 渡辺俊介

speaker_id: 8993

日付: 2006-04-26

院: 衆議院

会議名: 厚生労働委員会