中野麻美の発言 (厚生労働委員会)

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○中野参考人 中野でございます。
 均等法二十年目にする非常に重要な改正のこの審議の場で意見を述べさせていただきまして、ありがとうございます。
 今日、社会問題にもなっております格差の多くは雇用から生じたものです。雇用における格差の最も深刻なものが男女間の格差です。そして、男女間の格差は、性役割を固定して、結婚、妊娠、出産を回避する要因と指摘されておりまして、これは下げどまらない少子化の最も重要な要因であるとも指摘されております。
 問題は、その男女間格差が拡大しつつあるということです。この二十年間、均等法にもかかわらず、男女間の格差は解消に結びついていると実感できないという状況にあり、それはなぜなのかということが問題になります。
 その大きな要因の一つは、均等法が、募集、採用区分ないし雇用管理区分が同じ男女の均等待遇及び機会の付与を義務づけるにとどまったことにあります。企業は、基幹、補助といった仕事の違い、転居を伴う転勤の有無、将来の幹部としてキャリアを積むことが期待されているかといった基準に基づいて雇用管理区分を設け、男女間格差を固定化し、拡大してきました。そして、女性の正規雇用の機会は狭められて、非正規雇用が拡大してきました。
 そうした格差を性差別ではないかと女性たちが訴えたとき、仕事が違う、コースや職掌が違う、非正規で働いている、どこに性と書いてあるかと言われ、それを選択したあなたが悪いのだと逆に責められたりしてきました。能力や努力が足りないからだという切り返しにも遭ってきました。女性たちは、性役割に基づく長時間労働や転居を伴う転勤といった男性規範に適合できないことさえ能力や努力のうちであるとして、低い処遇しか適用されなかったのです。そして、パートタイム労働は、そうした矛盾を凝縮したものでした。
 しかし、女性たちは、決してそうした機会や待遇を望んだわけではなくて、低い処遇の働き口しか用意されていなくて、とりあえず生きるためには働かざるを得なかったり、低賃金や一つの仕事に塩漬けされたりといった差別を受けてきました。性的対象とみなされて、暴力さえも受けてきました。一つの仕事に塩漬けされたり、差別や性暴力から葛藤や自暴自棄を強いられて、それとの闘いに膨大なエネルギーと時間を費やしてきたのに、努力が足りないとされるいわれは毛頭ありません。まして、社会が生み出し放置してきた性役割と家族的責任を、能力不足や自己責任とされる筋合いでもないはずです。それなのに、これらの差別は見えにくく、見えなくさせられてきたのです。
 女性たちが、そのような不合理な格差を生涯にわたって受忍させられるということは、理不尽きわまりないものです。そうした差別が、どれほど女性たちから尊厳や誇り、意欲を奪い取ってきたのでありましょうか。差別は、人間としての誇りや意欲をそぎ、生産性を低下させるものです。産業社会にとって大きな損失を生み出すものです。だからこそ、その解消は労使一致して挑戦すべき課題であり、社会がいまだにこれらの差別の撤廃に無関心であるということは恥ずべきことだと思います。
 だれもが差別はいけないことだとわかっているのに、差別はなくなりません。それは、差別が可視化されて法によって禁止されたとき、形を変えてさらに生き続けるという性質を持っているからです。均等法は、募集、採用区分、雇用管理区分の枠を利用して、男女の区別を社員としての身分、雇用形態の違いに書きかえて、差別の告発を回避する余地を与えました。その結果が深刻な男女間格差の拡大となってあらわれたのです。機会均等が結果の平等に結びついていないのであれば、その社会的背景までも含めて是正する必要があります。
 間接差別の法理は、そうした観点に立って機会均等政策を徹底して、差別を排除しようとするものです。不合理な格差を解消するためには、平等を妨げる障害を除去するという間接性差別の手法が不可欠です。だからこそ、国際社会はその禁止を日本政府に求めたのです。
 労働基準法も均等法も、女性であることを理由とする差別的取り扱いを禁止すると定めていますが、性中立的な基準を当てはめたとしても実質的に性による差別であると判断されれば、法律に違反するとして是正の対象とする規定形式をとっています。すなわち、間接差別の法理に基づいて、実質的に性による差別と考えられれば、これらの法律に基づいて格差の解消を図ることも可能でありまして、日本でも、これまでの訴訟を通じた取り組みと裁判例が、立証責任と性中立的基準の実質的差別性の二つの角度からこうした課題にアプローチしてきました。
 立証責任の点では、内山工業事件広島高裁判決などが、女性に対する差別が根強く残っている社会の構造に着目して、男女間に格差があるときには、その格差が性以外の合理的な事由に基づくものであることを使用者側において主張立証すべきだ、こういうふうに要求していることが注目されます。こうした判断は、間接差別の法理と共通するものでありまして、法制度を運用するについて重要な考え方となるものです。
 また、性中立的基準の実質的差別性の点では、阪神・淡路大震災の被災自立支援金請求事件において、大阪高裁判決が、世帯主被災要件を、世帯間差別あるいは男女差別を生み出していること、合理的な理由を見出せないと判断して、公序に反し違法、無効と判断しています。こうした判断の手法は、均等法や労働基準法の解釈、適用においても及ぼすことができるものです。そして、三陽物産事件判決は、世帯主基準の適用の結果生じた格差について、実質的な性差別であることを認定しています。日産家族手当事件東京地裁判決は、男女間格差をもたらす世帯主基準を、生活賃金保障の合理性という観点から差別ではないと認定しましたが、これには大きな批判が加えられ、控訴審においては、労働者側が完全勝利とも言える和解をかち取っています。
 潜在的な差別の可視化を特質とする間接差別の法理は、差別意図を問わないところに特徴があります。差別されたのではないかと葛藤を強いられている相手から、自分が差別意図を持っていることを立証したら差別と認めてやるといった開き直りを許すのか、そういった制度は人権保障の観点からしても理不尽で、だからこそ、間接差別の手法に基づく差別の撤廃が社会に認知されていく必要があるわけです。
 その点では、三陽物産事件判決が、結果を認容して性中立的基準を適用したことで足りるというように、ハードルを低くしていることが注目されます。均等法上も、女性に対する差別であることを認定するに際して、差別意図は、必ずしも是正に向けた行政権限を発動する上で不可欠とされているものではないはずです。労働基準法にも均等法にもこれは明文で定められていない、規定上の根拠もないのです。
 こうした法律の定めや実務の運用から見たときには、一般条項の解釈、運用によって、間接差別の法理に基づく実質的な差別を排除する余地が認められなければいけません。仕事の違いやコースの区分、雇用形態によって生じたかのように見える男女間の格差が、実態に基づかない全くの口実にすぎないときや、そうした理由を持ち出すことに合理性がないときなど、実質的には性による差別以外にはないと判断されたとき、既にある法律に基づいて格差を是正できるはずなのです。
 そうした運用の到達点は、これまで女性たちの長年にわたる取り組みの成果でありまして、厚生労働省も、コース別雇用管理に関する留意事項に示されたところに従って、この観点から助言指導を行うとしてきたはずです。そして、格差の合理的な根拠は、格差を生じさせた企業が主張立証責任を負担するのが筋であり、そうであって初めて公正かつ透明な処遇を標榜できるのではないでしょうか。こうした当たり前のことが、間接差別の法理に基づく差別の是正と考えます。
 仮に、改正均等法が、七条で厚生労働省令に定めた基準以外は行政権限を発動しないという解釈、運用に流れるとすれば、女性たちの成果を否定する以外の何物でもありません。多くの人が、七条に定めた間接差別を排除する制度が厚生労働省令に定める基準についてのみ行政権限を発動するとしていることについて、潜在的な差別を可視化する手法としての間接差別の法理に矛盾すると批判しています。
 このような論理矛盾を来すような法の運用がなされるなら、それはもはや国連女性差別撤廃委員会の勧告の内容を充足しないものと言わざるを得ません。勧告の内容を充足する法制度とすること、つまり、間接差別の法理に基づく実質的な性差別の排除を少なくとも一般条項に包摂して解釈、運用した上、修正案のように、均等法に基づく間接差別を限定列挙することなく、行政権限を発動して広く排除する制度とすることが求められると思います。
 性に中立的な基準であっても、それを適用することによって、性役割や性に基づく偏見、固定観念に触れ、男女間の格差を生じさせてしまうことはたくさんあります。女性や非正規で働く人たちがこうむってきた性中立的な基準をまとった格差は著しく不合理で、働いても働いても、自立して生きることとは無縁の低賃金、細切れ雇用しか与えられない厳しい現実があります。
 この貧困と格差の連鎖を断ち切るのにふさわしく、均等法がその機能を発揮できるようにすることが、立法、行政、司法の責任であります。その場合、差別は、いつの時代にも、人間の尊厳に対する犯罪であり、社会が許容してはならないものであることに関係者は常に留意すべきであります。そうした考え方は、均等法がどのような規定形式をとっていたとしても、普遍のものであると信じるものです。
 均等法は、努力義務規定から始まりました。この法律が雇用における男女平等を大きく前進させる原動力となることを女性たちは期待しました。しかし、裁判所は、コース別雇用管理について、男女間賃金格差の要因は、募集・採用、配置・昇進差別にありとし、男女別処遇も企業の効率的運営の必要からやむを得ないとか、均等法も努力義務規定にとどめているといって、男女間格差は憲法に反する差別ではあるが違法ではないなどとする判断を下してきました。これは、当時の国会答弁からうかがえる立法者意思にもそぐわないことは明らかです。
 改正均等法が、七条の厚生労働省令に定める以外の基準について、実質的に判断すれば憲法に反する性差別だけれども違法ではないなどという司法判断の根拠とならないよう、違法なものは違法として排除できる法の枠組みの確立を強く求めるものです。
 どうもありがとうございます。(拍手)

発言情報

speech_id: 116404260X03020060613_006

発言者: 中野麻美

speaker_id: 26658

日付: 2006-06-13

院: 衆議院

会議名: 厚生労働委員会