上野一彦の発言 (文部科学委員会)
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○上野参考人 おはようございます。
本日、ここで意見をお聞きいただけることに大変感謝しております。
私は、東京学芸大学という教員養成大学におりまして、またLDということで、もう四十年近くこのことを啓発等に努めてきております。
まず、私がきょう申し上げたいことは、主に四つの点に分けまして、真のインクルーシブな教育を実現するために、それから特別支援学校の制度の創設について、それから小中学校における特別支援教育の推進、そして最後に免許法のことについて意見を述べたいと思っております。それぞれその中で課題となりそうなことを三つずつ後でまた挙げております。お手元の資料を見ていただきたいと思います。
まず、特殊教育から特別支援教育への転換というのは、私は、これは単なる名前の書きかえといいますか看板のかけかえではないということで、歴史に残る大きな教育改革ではないかと強く思っております。
現在、子供たちを取り巻く学校、教育、家庭、社会、そのすべてにおいて必ずしもよい状態であるとは思いません。学力の低下、いじめ、不登校、授業崩壊、さまざまな問題が噴出しております。こういった問題というのは、特別支援教育の展開によって、恐らくその解決の一端になるのではないか。少なくとも、これは障害のある子供たちのためだけのことではなくて、すべての子供たちに資する人間尊重の教育のモデルあるいは教育のシステムというものを目指すものだというふうに信じるからです。
さて、最初に、インクルーシブな教育を実現するためにということですが、現在、世界の教育というのは、すべての子供たちを区別や差別なく、その子供が求める教育サービスを公平かつ的確に提供する、そういった実現に向かっております。そういった場合でも、これは全体的な調和の中でそのことがひたひたと広がっていくということが必要ではないかと思います。
今回の特別支援教育において掲げられる目標というのは、私は大変高い教育理念に基づくものだと思います。ただ、理念は理念として、これを実現していくための具体的な手段やプロセスにおいて、この基本的な精神が損なわれたりあるいは変質したりすることのないように配慮しながら、大事なのは、その歩みの速度を緩めてはいけないということです。時間の損失というのは、これは子供たちにとっては取り返しのつかない不利につながるからです。
課題といたしまして三つ挙げておきましたが、この転換をよりスムーズに進めるために、その目標に向かっての速度ということが非常に大事だと思います。必要な法的整備、推進事業の展開、ガイドラインの提示等々ございます。これらは、国みずからがその役割を果たすという強い意思が必要であろうと常に思っております。
例えば、ここに例として挙げた、矢印は例のつもりなんですが、ガイドラインが二つございます。平成十六年のガイドライン、それからこの三月のガイドライン。ここでは、かなり具体的な進み方の評価項目が挙がっていて、これは全国でサンプル調査しておりますので、これによって、自分のところはおくれているということで一気に変わっていったような実態があります。
それから、よく本人や保護者の意思を尊重するということ、これはもう当然のことです。ただ、最後の決定権は保護者や本人にあることも言わずもがななんですが、十分な情報といいますか、意見の交換や相談ということがないままに、保護者の方が、例えば私はこうしたいというお気持ちを示すことがあるんですが、実際には、子供さんの教育権を侵害とまで言わなくても、本当にそれでいいんだろうかというような疑問を持つこともあります。したがって、私は、保護者の権利の擁護というのは、必ずそこには十分な情報の交換や検討というものがあった上でなされてほしいということを思います。
そして、すべての問題というのは、やはり人にかかわります。こういった理念の実現のためには、恒常的に安定させるシステムという、もちろん人が主ですけれども、人が力を発揮するためにはシステムというものが絶対に必要だろうと思います。したがって、そのためのシステムというものがどうしても必要であるということです。
このときに、もちろん財政事情が大変厳しいわけですから、単なる聖域意識というものではいかぬと思います。したがって、そこでは、理念実現のための骨太な施策展開がなければならないし、評価に基づく持続性ある計画も必要ですし、何といっても財政的な裏づけということは一つの命になってくるんではないでしょうか。そうでないと、現場は理念だけで混乱して、疲弊してしまうという危険度がかなりあると思います。
それから、何といっても、努力する教員に対して正当な評価と待遇、公平さというものが担保されなくては、ある種のモラルハザードを起こしてしまうのではないか。そのことは、学校全体の教育力の低下ということにもつながりかねないと思います。
そして、二番目に、特別支援学校の制度の創設でございますが、ここでは、現在の重度・重複化ということを踏まえて、障害種別を超えた特別支援学校に一本化するということは大変大きな進歩だと思います。それと同時に、特別支援学校というものが、閉じこもったものではなくて、むしろ障害の多様化に対応できる専門性と人材がそこにたくさん育つということ、それから教材教具や指導法のリソースセンターというような機能もあわせ持つことが必要であろうと思います。
それぞれの地域によっていろいろな御事情があるかと思いますけれども、特定の障害に対応した学校という、かなり限定したコンセプトが現在併記されておりますけれども、私は、それは過渡的なものであろうかと思います。やはりこういったものは、いろいろな障害に多様にこたえるということ、これは最終形として大事にしなければならないと思います。
特に、センター機能ということですけれども、そのセンター機能を本当に発揮するためには、特別支援教育の専門免許というものの保有教員の配置ということ、これはもう喫緊の課題であろうかと思います。現在、障害種によっては二〇%とか三〇%しか保有していないという実態もあるようでございます。
それから、特に小中学校においての連携ということで、それをセンター機能の中で非常に重要視されているわけでございますけれども、認定就学というような、これまで養護学校適と言われたお子さんでも、条件が整っているのであれば地域の学校で受け入れるということも進められております。そういうことや、また近くに、数時間かけないと教育を受けに行けないというような、そういった交通の悪さみたいなこともないわけではないので、そういうことを考えますと、やはり身近でそれぞれの教育が受けられるというようなことも常に考えていかなければならないことではないか、そんなふうに思います。
それから、課題の三つ目ですけれども、小中学校等においてこういったいろいろな支援を受けやすくするために、例えば特別支援学校の生徒さんの地域の小中学校における交流ということを考えたときに、東京都では副籍という考え方、それから埼玉県では支援籍という考え方、こういうようなものを設けて、地域の小中学校の行事等にも参加しやすいようにということが考えられておりますけれども、こういった学籍による分離を余りしないで、できるだけ一本化していくというようなことも課題ではないでしょうか。
それから、三番目に、小中学校における特別支援教育の推進で、私にとってはここのところが一番関心の強いところではありますけれども、この下に図がありますけれども、今回、段階を踏んで実現を目指すということになって、現状から、この図の上にあります現行制度の弾力化と特別支援教室制度の検討というところから、一番最後の特別支援教室構想の実現へというところ、ここにいつ行くのかという、私は、ここが次の大きな課題であり、こういった本当の理念の実現ということこそ、我が国の特別支援教育の成熟を示すバロメーターではないかというふうに感じる次第です。
この四月からは、現行の学校教育法の施行規則の改正によって、情緒障害の中から自閉が分離され、それからLD、ADHDというお子さんたちが通級による指導対象として明記されたことは大変大きな進歩ではありますけれども、この歩みをそこでとどめてはいけないというふうに思います。
それから、特に学校教育法の第七十五条、これは特殊学級のことを七十五条学級というふうに別称することもある大事な法律なんですが、今回の改正案では、第一項で、これまでの、特殊学級を小中高等学校等に置くということを、その他の教育上特別な支援を必要とする児童生徒ということで広げたということ、これは高く評価いたしたいと思います。
ただ、こういった特別支援教室への最終段階への移行というのは、経費の削減を目的とした特殊学級の廃止ではないか、そういった誤解も一部に根強くあります。そのことは、例えば通級による指導体制の拡充ということにも支障を招きかねないわけでして、我が国の教育というのは教職員の定数改善計画というものによってこれまで第七次まで行ってきたわけですが、今回、そこで一応途絶えてしまっている。少なくとも学級編制と教職員配置によってこういったものは維持されてきておりますので、通級による指導も含め、新たな教職員配置並びに加配の計画というものの必要性を感じます。
今回、LD等に関しまして二百八十二名の加配予算がついたということで大変感謝しておりますけれども、これが単年度であっては本当の呼び水になるんだろうか。ここが施策の中心といいますか心、命であるならば、このことをぜひもう少し計画性を持って継続していただきたいということです。
それからもう一つ、忘れてはいけないことが幾つかあるんですが、軽度の知的障害児のお子さんの存在が、ちょっと影が薄くなっていると思います。というのは、先ほど市川参考人の方からも全国実態調査の結果が出ましたけれども、六・三%というLD、ADHD等のお子さんの調査をしたときに、実は二、三%、軽度の知的障害のお子さんが通常学級の中に特殊教育を受けないでいるという実態も明らかになっているんですね。この子たちは、制度はあるけれどもその制度を非常に受けたがらないんですね。軽度であるがゆえに、特殊学級に籍を置くということに対して抵抗感があります。このこともあわせて考えていくべきではないかというふうに考えるわけで、現在は通級による指導の対象としては特殊学級がありますので、もちろん知的障害のお子さんは除くということになっておりますけれども、弾力化ということの中にはこういったところも含まれるのかどうかということです。
それから、ここにおいては、一つの学校の中にすべての教育力を持つことは無理です。したがって、例えば中学校区あたりを一つのベースにした幾つかの小学校を巻き込んだ学校群というような形があってよいのではないか。現在全国では、特殊学級を全部ではなくて一部に置くという拠点方式、これは東京が代表ですけれども、それから、すべての学校にたとえ一人でも二人でもいれば置くという方式と二つありますけれども、ここの間の格差、これがだんだんだんだん差が詰まってきますけれども、そこをどういうふうにしてモデルをつくっていくかということが大事だと思いまして、こういった学校群の構想ということもぜひ御理解いただきたいと私は思います。
最後に、免許法でございますけれども、学校種の一本化、あるいは総合性と専門性の組み合わせという基本原理は大変評価できるところです。しかし、免許法の改正の案を見ておりますと、まだ非常に伝統的な障害種にやや偏っていないかという気がいたします。これは特別支援学校の免許法ということで、学校ということをベースに置いた免許法なので、いたし方ないのかなと思いますが、必ずしもグローバルスタンダードとは合致していないと思います。
特に障害種のことですが、例えば、自閉症などはあらゆる認知レベルで存在すると思います。しかし、これは、現在のところは通級による指導というところだけ初めて明記されたわけですが、特殊学級においても、特別支援学校においても、例えば重要な指導対象であることから、そういった点の法的整備は不十分な免許法の改定ではないかということでございます。
そういたしますと、現行の免許法からの移行ということもありますからなかなか一気には行かないと思いますけれども、世界のグローバルスタンダードから考えると、短期間のうちに改正が必要になるのではないか。アメリカとイギリスの障害種の例をそこに挙げておきますが、日本の障害の考え方とは大分違うと思います。
したがって、そういうことから、小中学校においてこういった専門教員がどういうふうにして支援していただけるかということになるわけですが、正直言って、LD、ADHD等の子供たちに対する支援が本当に特別支援学校の教員の中からできるんだろうかということについては若干疑問を持たざるを得ません。
ただ、最後に、こういった免許の積み上げ方式、このことは大変評価したいと思います。逆に言えば、いろいろな障害に対して自分で免許を積み上げていく、そういう自己努力といいますか、そういう教員。あらゆる障害に対応できるというのは、これはスーパーティーチャーだと思いますが、こういうようなことが、自己努力だけではなくて、その暁として、それが何らかの形で評価されるということ、それがやはり必要であろう、そのことがまた、自己の研修力を高めるエネルギーにもなるのではないかというふうに思います。
御清聴、どうもありがとうございました。(拍手)