文部科学委員会
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会
会議録情報#0
平成十八年六月十三日(火曜日)
午前九時開議
出席委員
委員長 遠藤 乙彦君
理事 小渕 優子君 理事 大前 繁雄君
理事 小島 敏男君 理事 西村 明宏君
理事 松浪健四郎君 理事 藤村 修君
理事 牧 義夫君 理事 池坊 保子君
阿部 俊子君 秋葉 賢也君
伊藤 忠彦君 飯島 夕雁君
小川 友一君 越智 隆雄君
岡下 信子君 加藤 紘一君
川条 志嘉君 近藤 基彦君
坂本 剛二君 篠田 陽介君
鈴木 俊一君 鈴木 恒夫君
戸井田とおる君 永岡 桂子君
西本 勝子君 福田 峰之君
藤田 幹雄君 馬渡 龍治君
安井潤一郎君 山本ともひろ君
吉野 正芳君 奥村 展三君
北橋 健治君 末松 義規君
田中眞紀子君 松本 大輔君
山口 壯君 横山 北斗君
笠 浩史君 西 博義君
石井 郁子君 保坂 展人君
…………………………………
文部科学大臣 小坂 憲次君
文部科学副大臣 馳 浩君
文部科学大臣政務官 吉野 正芳君
政府参考人
(文部科学省大臣官房文教施設企画部長) 大島 寛君
政府参考人
(文部科学省初等中等教育局長) 銭谷 眞美君
参考人
(東京都立梅ヶ丘病院院長) 市川 宏伸君
参考人
(東京学芸大学教授)
(日本LD学会会長) 上野 一彦君
参考人
(DPI日本会議常任委員) 姜 博久君
参考人
(NPO法人発達障害支援センターひまわり代表理事) 高原 孝恵君
文部科学委員会専門員 井上 茂男君
—————————————
委員の異動
六月十三日
辞任 補欠選任
秋葉 賢也君 安井潤一郎君
井脇ノブ子君 戸井田とおる君
佐藤 錬君 越智 隆雄君
同日
辞任 補欠選任
越智 隆雄君 篠田 陽介君
戸井田とおる君 伊藤 忠彦君
安井潤一郎君 秋葉 賢也君
同日
辞任 補欠選任
伊藤 忠彦君 井脇ノブ子君
篠田 陽介君 佐藤 錬君
—————————————
六月十二日
視覚障害教育・職業教育を守ることに関する請願(小渕優子君紹介)(第三四四五号)
国立バレエ高等学校の設立に関する請願(斉藤鉄夫君紹介)(第三四四六号)
同(小島敏男君紹介)(第三五五八号)
私立幼稚園教育の充実と発展に関する請願(石井郁子君紹介)(第三四四七号)
同月十三日
父母・学生の学費負担軽減を求めることに関する請願(鈴木淳司君紹介)(第三七九八号)
すべての子どもに行き届いた教育に関する請願(今村雅弘君紹介)(第三七九九号)
私学助成大幅増額、三十人以下学級実現に関する請願(西村明宏君紹介)(第三八〇〇号)
一学級の定数を三十人にすることに関する請願(石井郁子君紹介)(第三八〇一号)
私学助成の大幅増額、教育費の保護者負担軽減、教育条件の改善に関する請願(今村雅弘君紹介)(第三八〇二号)
同(大串博志君紹介)(第三八〇三号)
国立バレエ高等学校の設立に関する請願(町村信孝君紹介)(第三八〇四号)
私立幼稚園教育の充実と発展に関する請願(末松義規君紹介)(第三八〇五号)
は本委員会に付託された。
—————————————
本日の会議に付した案件
政府参考人出頭要求に関する件
学校教育法等の一部を改正する法律案(内閣提出第六五号)(参議院送付)
————◇—————
この発言だけを見る →午前九時開議
出席委員
委員長 遠藤 乙彦君
理事 小渕 優子君 理事 大前 繁雄君
理事 小島 敏男君 理事 西村 明宏君
理事 松浪健四郎君 理事 藤村 修君
理事 牧 義夫君 理事 池坊 保子君
阿部 俊子君 秋葉 賢也君
伊藤 忠彦君 飯島 夕雁君
小川 友一君 越智 隆雄君
岡下 信子君 加藤 紘一君
川条 志嘉君 近藤 基彦君
坂本 剛二君 篠田 陽介君
鈴木 俊一君 鈴木 恒夫君
戸井田とおる君 永岡 桂子君
西本 勝子君 福田 峰之君
藤田 幹雄君 馬渡 龍治君
安井潤一郎君 山本ともひろ君
吉野 正芳君 奥村 展三君
北橋 健治君 末松 義規君
田中眞紀子君 松本 大輔君
山口 壯君 横山 北斗君
笠 浩史君 西 博義君
石井 郁子君 保坂 展人君
…………………………………
文部科学大臣 小坂 憲次君
文部科学副大臣 馳 浩君
文部科学大臣政務官 吉野 正芳君
政府参考人
(文部科学省大臣官房文教施設企画部長) 大島 寛君
政府参考人
(文部科学省初等中等教育局長) 銭谷 眞美君
参考人
(東京都立梅ヶ丘病院院長) 市川 宏伸君
参考人
(東京学芸大学教授)
(日本LD学会会長) 上野 一彦君
参考人
(DPI日本会議常任委員) 姜 博久君
参考人
(NPO法人発達障害支援センターひまわり代表理事) 高原 孝恵君
文部科学委員会専門員 井上 茂男君
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委員の異動
六月十三日
辞任 補欠選任
秋葉 賢也君 安井潤一郎君
井脇ノブ子君 戸井田とおる君
佐藤 錬君 越智 隆雄君
同日
辞任 補欠選任
越智 隆雄君 篠田 陽介君
戸井田とおる君 伊藤 忠彦君
安井潤一郎君 秋葉 賢也君
同日
辞任 補欠選任
伊藤 忠彦君 井脇ノブ子君
篠田 陽介君 佐藤 錬君
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六月十二日
視覚障害教育・職業教育を守ることに関する請願(小渕優子君紹介)(第三四四五号)
国立バレエ高等学校の設立に関する請願(斉藤鉄夫君紹介)(第三四四六号)
同(小島敏男君紹介)(第三五五八号)
私立幼稚園教育の充実と発展に関する請願(石井郁子君紹介)(第三四四七号)
同月十三日
父母・学生の学費負担軽減を求めることに関する請願(鈴木淳司君紹介)(第三七九八号)
すべての子どもに行き届いた教育に関する請願(今村雅弘君紹介)(第三七九九号)
私学助成大幅増額、三十人以下学級実現に関する請願(西村明宏君紹介)(第三八〇〇号)
一学級の定数を三十人にすることに関する請願(石井郁子君紹介)(第三八〇一号)
私学助成の大幅増額、教育費の保護者負担軽減、教育条件の改善に関する請願(今村雅弘君紹介)(第三八〇二号)
同(大串博志君紹介)(第三八〇三号)
国立バレエ高等学校の設立に関する請願(町村信孝君紹介)(第三八〇四号)
私立幼稚園教育の充実と発展に関する請願(末松義規君紹介)(第三八〇五号)
は本委員会に付託された。
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本日の会議に付した案件
政府参考人出頭要求に関する件
学校教育法等の一部を改正する法律案(内閣提出第六五号)(参議院送付)
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遠
遠藤乙彦#1
○遠藤委員長 これより会議を開きます。
内閣提出、参議院送付、学校教育法等の一部を改正する法律案を議題といたします。
本日は、本案審査のため、参考人として、東京都立梅ヶ丘病院院長市川宏伸君、東京学芸大学教授・日本LD学会会長上野一彦君、DPI日本会議常任委員姜博久君及びNPO法人発達障害支援センターひまわり代表理事高原孝恵さん、以上四名の方々に御出席をいただいております。
この際、参考人各位に一言ごあいさつを申し上げます。
本日は、御多用のところ本委員会に御出席をいただきまして、まことにありがとうございます。参考人各位におかれましては、それぞれのお立場から忌憚のない御意見をお述べいただきたいと存じます。
次に、議事の順序について申し上げます。
まず、参考人各位からお一人十五分以内で御意見をお述べいただき、その後、委員からの質疑に対してお答え願いたいと存じます。
なお、御発言の際はその都度委員長の許可を得て御発言くださいますようお願いいたします。また、参考人から委員に対して質疑をすることはできないことになっておりますので、あらかじめ御了承願います。
それでは、まず市川参考人にお願いいたします。
この発言だけを見る →内閣提出、参議院送付、学校教育法等の一部を改正する法律案を議題といたします。
本日は、本案審査のため、参考人として、東京都立梅ヶ丘病院院長市川宏伸君、東京学芸大学教授・日本LD学会会長上野一彦君、DPI日本会議常任委員姜博久君及びNPO法人発達障害支援センターひまわり代表理事高原孝恵さん、以上四名の方々に御出席をいただいております。
この際、参考人各位に一言ごあいさつを申し上げます。
本日は、御多用のところ本委員会に御出席をいただきまして、まことにありがとうございます。参考人各位におかれましては、それぞれのお立場から忌憚のない御意見をお述べいただきたいと存じます。
次に、議事の順序について申し上げます。
まず、参考人各位からお一人十五分以内で御意見をお述べいただき、その後、委員からの質疑に対してお答え願いたいと存じます。
なお、御発言の際はその都度委員長の許可を得て御発言くださいますようお願いいたします。また、参考人から委員に対して質疑をすることはできないことになっておりますので、あらかじめ御了承願います。
それでは、まず市川参考人にお願いいたします。
市
市川宏伸#2
○市川参考人 きょうは、このような場にお招きいただきまして、ありがとうございます。私は、ふだん子供の精神科の医療に携わっている者として、本日お話を少しさせていただきたいと思います。
私たちの分野というのは、必ずしも医療だけで解決する分野ではございませんので、他分野、特に教育等についても常に連携を図らなきゃいけないという立場でございます。私がふだん勤務している病院の中にも学校がございますし、あるいは、教育関係の方に連携ということで呼ばれることも多いという立場でございます。
皆さんのところにございますレジュメに従ってお話しさせていただきたいと思います。
今回の特別支援教育と法令の改正につきまして、私が中教審の専門委員としてお手伝いさせていただいた立場等から考えてみますと、やはり大きく分けると三点、もう少し細かく言いますと四点あるのだろうと思います。
一点は、盲・聾・養護学校を特別支援学校に変えまして、小中学校等に助言、援助をするということでございます。それから、現在ございます特殊学級を特別支援学級としまして、小中学校等におけるLD、ADHD、高機能自閉症等を含めた障害のある児童生徒に適切な教育を行うということ。それから、教育職員免許状の一部改正ということで、これは大学で修得するべき単位数の変更も含まれているというふうに理解しております。もう一つは、久里浜にございます研究所を国立特別支援教育総合研究所と変える、こういうことと理解しております。
この学校教育法改正の背景にあるものは、我々の分野とも関係しますが、やはり軽度発達障害と言われる方の増加ということが一つ大きくございます。LD、ADHD、高機能自閉症というふうに一括されておりますが、多くの方々の場合は、知的水準は高いのに友達関係をつくりにくい、あるいは知的水準は高いのに学校の成績がそれに伴わない、あるいは周りから見ますと理解できない行動上の問題があるというようなことがあるのではないかと思います。それから、この長い歴史の中で、障害種別の増加あるいは減少ということがあるようですし、あるいは、これらの中の重複、合併ということがあるように思います。これはもちろん、教育にとどまらないことでございますが、医療についても全く同じですが、やはりこういう変化に対応して専門性を向上させていく必要があるというふうに感じております。
特別支援教育につきましては、特別支援教育の流れがなぜできてきたかと考えますと、私どもがふだん専門にしております知的障害あるいは発達障害の方を念頭に考えますと、やはり従来は知的障害の程度で分けていたのではないかと思います。私も就学相談等で少しお手伝いさせていただくこともございますが、プリントにございます三つの分け方、知的障害が重い場合は養護学校、軽い場合は特殊学級、知的障害に問題がない場合は通常学級という大きなくくりがあったのではないかと思います。もちろん、細かい点におきましては、単純にこれだけの問題では決まっておりませんが。
しかしながら、通常学級にいらっしゃる子供さんの中で、対人関係ほかに困難を示す子供さんがふえてきているということを教育現場の先生方は非常に感じていらっしゃったのではないかと思いますし、そういうことで医療の方に御相談にいらっしゃる方も随分いらっしゃったわけです。これについて、どういう対応がよいかということで特別支援教育ということが始まったのだろうと私は考えております。
してみますと、知的な問題は抱えていないと考えられる通常学級にいる特別な指導の必要な子供さんがどれくらいいるのか、これについては、印象はございましたが、それまではきちっとした数字的裏づけはなかったわけでございます。そのために、教育の場はどういうふうにしていったらよいか、対応はどうしていったらよいか、あるいは、それについてのモデル事業をどういうふうに実施していったらよいかというようなことが考えられていったのだろうと思います。
この大きな流れの中で、私が医療の立場から見ておりますと、やはり以前は教育の場は教育の専門家だけで対応していたのではないかと思いますが、七、八年ぐらい前にスクールカウンセラーの導入等、ここに書いておきましたが、心理、医療、福祉、労働などとの連携の必要性ということが言われておりますし、今回の特別支援教育の中でも、専門的な知識を持っている方を対象にした専門家チームを組んで対応していこうということが含まれておりまして、私は、これは非常に賛同するところでございます。
二〇〇二年の十月に文部科学省が行った、軽度の発達上の障害があり学校場面で不適応を示す子供さんたちへの教育の対象者の調査というのがございまして、これはあくまでも担任の先生がごらんになってそういうふうに判断したということでございますので、別にそういう方の数を調べたとか、そういうことではございませんが、全国調査が四万数千人を対象に行われまして、ここに掲げてありますような、学習障害的な面で著しい困難を示す方が四・五%、行動面で著しい困難を示す方が二・五%、対人関係面で著しい困難を示す方が〇・八%という数字が出ておるということは先生方も御存じのところだと思います。その後も、国以外の、都道府県でも幾つか調査が行われているようで、これより低い数字が出たところもあると伺っておりますが、逆に、一〇%ぐらいという高い数字の出た県もあるというふうに伺っております。
してみますと、特別支援教育を推進するための制度のあり方をどうしていくかということで、中教審の特別支援教育の特別部会等で検討が行われたわけでございますが、一つは、通常学級にいらっしゃる特別支援教育対象者と考えられる方々、これに、従来の特殊教育の対象の方が一・数%いらっしゃるということでございますと、足しますと七・五%前後という数字が出てくるのではないかと思いますが、そのことが一つの問題だと思います。それから、盲・聾・養護学校制度の見直しということが一つ、それから、初めに申し上げたような教員免許制度の見直し問題がございます。
特別支援教育の背景にあるものとしましては、先ほど申し上げました、増加ということがございます。これは教育だけではございませんで、医療現場でも感じているところでございます。障害種別的に申し上げますと、盲学校は、数の上でいくと、ほぼ現状維持かと言われておりますが、聾学校の生徒さんは減少傾向、あるいは肢体不自由の養護学校に通っていらっしゃる方はやや増加、それから知的障害の養護学校に通っている方は著明な増加というような全国的な傾向がございます。
さらに、障害という分け方をしたとしても、合併重複障害ということが言われておりまして、例えば、肢体不自由の養護学校に通っている方につきましては、文科省の統計では、七〇%以上が合併重複障害を持っていらっしゃる。逆に言いますと、三〇%ぐらいの方は肢体不自由の問題だけを抱えていらっしゃるということかもしれません。この七〇%のうちの五〇%ぐらいは知的障害との合併だという報告も伺っております。してみますと、当然のことながら、一つの種別だけではなくいろいろな種別に対応できる専門性ある教員の養成あるいは増加が必要だということになってきていると思います。
それからもう一つ、やはり軽度発達障害という子供さんは、通常学級にふだんはいらっしゃいますけれども、何らかの援助が必要だということになりますと、これは私見でもございますけれども、通常教育と特別支援教育の連携が恐らく必要になったきたのではないかと思います。
これにつきましては、これまでの私の印象では、通常学級の先生方のお考えと特殊学級の先生の考え方はちょっと別ではなかったか、あるいは連携が不十分なところがあったのではないかなというふうに考えておりまして、こういうようなことでより連携が深められていくということはすばらしいことだというふうに思っております。
この後は、やはり医療の面からのお話を若干させていただきますが、発達障害といいますと、ここに書いてあるようなきちんとした定義はないんですが、これは私がちょっと抜粋してきた定義でございますが、発達期に生じて、一生を通じて治療やケアの必要があるという考え方で、その代表例は、ここに書いてあるようなものではなかったかと思います。
近年言われております軽度の発達障害につきましては、この定義につきましては若干問題があるという説もございますが、知的障害はほとんどないか、あっても軽い、発達期に明らかになるが、対応によっては援助が不必要になることもあるし、逆に、思春期以降、社会生活が困難になる場合もある。逆に言いますと、適切な教育が受けられるということが大きくその予後を左右するということになるかもしれません。
してみますと、これは私見でございますが、障害というものをやはり連続体と考えるべきではないか。つまり、障害があるかないかではなくて、障害の中で丸もあれば、障害でないバツもある、そうすると、真ん中に三角がいっぱいあるというふうに思いますし、特に軽度発達障害と言われる方の中には、その中で移動もあるというふうに考えられるのではないかと思います。ある意味でいいますと、障害を固定的ではない、多少動きのあるものと考えていってよいのではないかと思います。
してみますと、その子供さんへの援助というものもやはり状況に応じたものでなければいけませんし、変化に対応したものでなければならないのではないかと思います。
それからもう一つ、若干混乱を来しているなと思いますのは、障害と疾患名ということで書いておきましたが、医療の方では、最近、疾患名を、ディスオーダーという英語を日本語で障害と訳すことがございます。広汎性発達障害あるいは注意欠陥多動性障害というときの障害は、これは疾患名でございます。一方で、知的障害あるいは視覚障害、聴覚障害というときの障害は、多分英語にしますと、ハンディキャップでございます。それから、神経心理学が用いております学習障害の場合は、これは英語はディスアビリティーでございます。日本語にしますと全部これは障害という言葉になっておりまして、どうもその障害の中に固定的なイメージがあるものと、それから変動的なイメージがあるものがあるということを頭に入れておいた方がいいのではないかと思います。
それから、軽度発達障害の増加ということで書いておきましたが、これは医療現場で見ております。私どもが持っている数字としましては、実数として、受診者そのものが二・五倍ぐらいになっておりますが、その中に広汎性発達障害と考えられる方々、広い意味の自閉症の方々と考えていいと思いますが、特に知的おくれを伴わない方は、比率としても四倍ぐらいに十年間でふえております。逆に、知的おくれのある方も若干ふえております。注意欠陥多動性障害という診断をされる方も十年間で二倍前後の増加でございます。
私が最後に申し上げたいのは、やはり障害といっても非常に幅が広い、従来の概念と若干変わってきているのではないかというふうに考えていただいて、これへの柔軟な対応が非常に期待される。そのためには、通常教育と特別支援教育の連携ということももちろんでございますし、教育以外の他職種の関与も必要ではないかと思います。障害者の側から見ますと、全日的な対応あるいは全生涯的な対応、きめ細かい援助をお願いしなければいけないと思います。
予後はどうなるかということでございますが、やはり低年齢のときの対応は非常に重要でございまして、自己有能感を持って大人になれば、きっとすばらしい発想で、偉大な業績を残す研究者や芸術家を中心にいらっしゃると考えられておりますし、対人関係のスキルがうまく獲得できませんと、社会生活に困難を来すようなことがあるのではないかと思います。
最後に、特別支援教育、この法律の改正も含めまして期待するものとしては、申し上げましたように、障害を連続体としてとらえていただけないか。低学年を中心とした対応、これはもちろん御家庭及び教育になると思いますが、これが非常にその後を左右するのではないかと考えております。また、重複障害への柔軟な対応もぜひやっていただければありがたいなと思っております。
以上をもって、私の意見にかえさせていただきたいと思います。拍手
この発言だけを見る →私たちの分野というのは、必ずしも医療だけで解決する分野ではございませんので、他分野、特に教育等についても常に連携を図らなきゃいけないという立場でございます。私がふだん勤務している病院の中にも学校がございますし、あるいは、教育関係の方に連携ということで呼ばれることも多いという立場でございます。
皆さんのところにございますレジュメに従ってお話しさせていただきたいと思います。
今回の特別支援教育と法令の改正につきまして、私が中教審の専門委員としてお手伝いさせていただいた立場等から考えてみますと、やはり大きく分けると三点、もう少し細かく言いますと四点あるのだろうと思います。
一点は、盲・聾・養護学校を特別支援学校に変えまして、小中学校等に助言、援助をするということでございます。それから、現在ございます特殊学級を特別支援学級としまして、小中学校等におけるLD、ADHD、高機能自閉症等を含めた障害のある児童生徒に適切な教育を行うということ。それから、教育職員免許状の一部改正ということで、これは大学で修得するべき単位数の変更も含まれているというふうに理解しております。もう一つは、久里浜にございます研究所を国立特別支援教育総合研究所と変える、こういうことと理解しております。
この学校教育法改正の背景にあるものは、我々の分野とも関係しますが、やはり軽度発達障害と言われる方の増加ということが一つ大きくございます。LD、ADHD、高機能自閉症というふうに一括されておりますが、多くの方々の場合は、知的水準は高いのに友達関係をつくりにくい、あるいは知的水準は高いのに学校の成績がそれに伴わない、あるいは周りから見ますと理解できない行動上の問題があるというようなことがあるのではないかと思います。それから、この長い歴史の中で、障害種別の増加あるいは減少ということがあるようですし、あるいは、これらの中の重複、合併ということがあるように思います。これはもちろん、教育にとどまらないことでございますが、医療についても全く同じですが、やはりこういう変化に対応して専門性を向上させていく必要があるというふうに感じております。
特別支援教育につきましては、特別支援教育の流れがなぜできてきたかと考えますと、私どもがふだん専門にしております知的障害あるいは発達障害の方を念頭に考えますと、やはり従来は知的障害の程度で分けていたのではないかと思います。私も就学相談等で少しお手伝いさせていただくこともございますが、プリントにございます三つの分け方、知的障害が重い場合は養護学校、軽い場合は特殊学級、知的障害に問題がない場合は通常学級という大きなくくりがあったのではないかと思います。もちろん、細かい点におきましては、単純にこれだけの問題では決まっておりませんが。
しかしながら、通常学級にいらっしゃる子供さんの中で、対人関係ほかに困難を示す子供さんがふえてきているということを教育現場の先生方は非常に感じていらっしゃったのではないかと思いますし、そういうことで医療の方に御相談にいらっしゃる方も随分いらっしゃったわけです。これについて、どういう対応がよいかということで特別支援教育ということが始まったのだろうと私は考えております。
してみますと、知的な問題は抱えていないと考えられる通常学級にいる特別な指導の必要な子供さんがどれくらいいるのか、これについては、印象はございましたが、それまではきちっとした数字的裏づけはなかったわけでございます。そのために、教育の場はどういうふうにしていったらよいか、対応はどうしていったらよいか、あるいは、それについてのモデル事業をどういうふうに実施していったらよいかというようなことが考えられていったのだろうと思います。
この大きな流れの中で、私が医療の立場から見ておりますと、やはり以前は教育の場は教育の専門家だけで対応していたのではないかと思いますが、七、八年ぐらい前にスクールカウンセラーの導入等、ここに書いておきましたが、心理、医療、福祉、労働などとの連携の必要性ということが言われておりますし、今回の特別支援教育の中でも、専門的な知識を持っている方を対象にした専門家チームを組んで対応していこうということが含まれておりまして、私は、これは非常に賛同するところでございます。
二〇〇二年の十月に文部科学省が行った、軽度の発達上の障害があり学校場面で不適応を示す子供さんたちへの教育の対象者の調査というのがございまして、これはあくまでも担任の先生がごらんになってそういうふうに判断したということでございますので、別にそういう方の数を調べたとか、そういうことではございませんが、全国調査が四万数千人を対象に行われまして、ここに掲げてありますような、学習障害的な面で著しい困難を示す方が四・五%、行動面で著しい困難を示す方が二・五%、対人関係面で著しい困難を示す方が〇・八%という数字が出ておるということは先生方も御存じのところだと思います。その後も、国以外の、都道府県でも幾つか調査が行われているようで、これより低い数字が出たところもあると伺っておりますが、逆に、一〇%ぐらいという高い数字の出た県もあるというふうに伺っております。
してみますと、特別支援教育を推進するための制度のあり方をどうしていくかということで、中教審の特別支援教育の特別部会等で検討が行われたわけでございますが、一つは、通常学級にいらっしゃる特別支援教育対象者と考えられる方々、これに、従来の特殊教育の対象の方が一・数%いらっしゃるということでございますと、足しますと七・五%前後という数字が出てくるのではないかと思いますが、そのことが一つの問題だと思います。それから、盲・聾・養護学校制度の見直しということが一つ、それから、初めに申し上げたような教員免許制度の見直し問題がございます。
特別支援教育の背景にあるものとしましては、先ほど申し上げました、増加ということがございます。これは教育だけではございませんで、医療現場でも感じているところでございます。障害種別的に申し上げますと、盲学校は、数の上でいくと、ほぼ現状維持かと言われておりますが、聾学校の生徒さんは減少傾向、あるいは肢体不自由の養護学校に通っていらっしゃる方はやや増加、それから知的障害の養護学校に通っている方は著明な増加というような全国的な傾向がございます。
さらに、障害という分け方をしたとしても、合併重複障害ということが言われておりまして、例えば、肢体不自由の養護学校に通っている方につきましては、文科省の統計では、七〇%以上が合併重複障害を持っていらっしゃる。逆に言いますと、三〇%ぐらいの方は肢体不自由の問題だけを抱えていらっしゃるということかもしれません。この七〇%のうちの五〇%ぐらいは知的障害との合併だという報告も伺っております。してみますと、当然のことながら、一つの種別だけではなくいろいろな種別に対応できる専門性ある教員の養成あるいは増加が必要だということになってきていると思います。
それからもう一つ、やはり軽度発達障害という子供さんは、通常学級にふだんはいらっしゃいますけれども、何らかの援助が必要だということになりますと、これは私見でもございますけれども、通常教育と特別支援教育の連携が恐らく必要になったきたのではないかと思います。
これにつきましては、これまでの私の印象では、通常学級の先生方のお考えと特殊学級の先生の考え方はちょっと別ではなかったか、あるいは連携が不十分なところがあったのではないかなというふうに考えておりまして、こういうようなことでより連携が深められていくということはすばらしいことだというふうに思っております。
この後は、やはり医療の面からのお話を若干させていただきますが、発達障害といいますと、ここに書いてあるようなきちんとした定義はないんですが、これは私がちょっと抜粋してきた定義でございますが、発達期に生じて、一生を通じて治療やケアの必要があるという考え方で、その代表例は、ここに書いてあるようなものではなかったかと思います。
近年言われております軽度の発達障害につきましては、この定義につきましては若干問題があるという説もございますが、知的障害はほとんどないか、あっても軽い、発達期に明らかになるが、対応によっては援助が不必要になることもあるし、逆に、思春期以降、社会生活が困難になる場合もある。逆に言いますと、適切な教育が受けられるということが大きくその予後を左右するということになるかもしれません。
してみますと、これは私見でございますが、障害というものをやはり連続体と考えるべきではないか。つまり、障害があるかないかではなくて、障害の中で丸もあれば、障害でないバツもある、そうすると、真ん中に三角がいっぱいあるというふうに思いますし、特に軽度発達障害と言われる方の中には、その中で移動もあるというふうに考えられるのではないかと思います。ある意味でいいますと、障害を固定的ではない、多少動きのあるものと考えていってよいのではないかと思います。
してみますと、その子供さんへの援助というものもやはり状況に応じたものでなければいけませんし、変化に対応したものでなければならないのではないかと思います。
それからもう一つ、若干混乱を来しているなと思いますのは、障害と疾患名ということで書いておきましたが、医療の方では、最近、疾患名を、ディスオーダーという英語を日本語で障害と訳すことがございます。広汎性発達障害あるいは注意欠陥多動性障害というときの障害は、これは疾患名でございます。一方で、知的障害あるいは視覚障害、聴覚障害というときの障害は、多分英語にしますと、ハンディキャップでございます。それから、神経心理学が用いております学習障害の場合は、これは英語はディスアビリティーでございます。日本語にしますと全部これは障害という言葉になっておりまして、どうもその障害の中に固定的なイメージがあるものと、それから変動的なイメージがあるものがあるということを頭に入れておいた方がいいのではないかと思います。
それから、軽度発達障害の増加ということで書いておきましたが、これは医療現場で見ております。私どもが持っている数字としましては、実数として、受診者そのものが二・五倍ぐらいになっておりますが、その中に広汎性発達障害と考えられる方々、広い意味の自閉症の方々と考えていいと思いますが、特に知的おくれを伴わない方は、比率としても四倍ぐらいに十年間でふえております。逆に、知的おくれのある方も若干ふえております。注意欠陥多動性障害という診断をされる方も十年間で二倍前後の増加でございます。
私が最後に申し上げたいのは、やはり障害といっても非常に幅が広い、従来の概念と若干変わってきているのではないかというふうに考えていただいて、これへの柔軟な対応が非常に期待される。そのためには、通常教育と特別支援教育の連携ということももちろんでございますし、教育以外の他職種の関与も必要ではないかと思います。障害者の側から見ますと、全日的な対応あるいは全生涯的な対応、きめ細かい援助をお願いしなければいけないと思います。
予後はどうなるかということでございますが、やはり低年齢のときの対応は非常に重要でございまして、自己有能感を持って大人になれば、きっとすばらしい発想で、偉大な業績を残す研究者や芸術家を中心にいらっしゃると考えられておりますし、対人関係のスキルがうまく獲得できませんと、社会生活に困難を来すようなことがあるのではないかと思います。
最後に、特別支援教育、この法律の改正も含めまして期待するものとしては、申し上げましたように、障害を連続体としてとらえていただけないか。低学年を中心とした対応、これはもちろん御家庭及び教育になると思いますが、これが非常にその後を左右するのではないかと考えております。また、重複障害への柔軟な対応もぜひやっていただければありがたいなと思っております。
以上をもって、私の意見にかえさせていただきたいと思います。拍手
遠
上
上野一彦#4
○上野参考人 おはようございます。
本日、ここで意見をお聞きいただけることに大変感謝しております。
私は、東京学芸大学という教員養成大学におりまして、またLDということで、もう四十年近くこのことを啓発等に努めてきております。
まず、私がきょう申し上げたいことは、主に四つの点に分けまして、真のインクルーシブな教育を実現するために、それから特別支援学校の制度の創設について、それから小中学校における特別支援教育の推進、そして最後に免許法のことについて意見を述べたいと思っております。それぞれその中で課題となりそうなことを三つずつ後でまた挙げております。お手元の資料を見ていただきたいと思います。
まず、特殊教育から特別支援教育への転換というのは、私は、これは単なる名前の書きかえといいますか看板のかけかえではないということで、歴史に残る大きな教育改革ではないかと強く思っております。
現在、子供たちを取り巻く学校、教育、家庭、社会、そのすべてにおいて必ずしもよい状態であるとは思いません。学力の低下、いじめ、不登校、授業崩壊、さまざまな問題が噴出しております。こういった問題というのは、特別支援教育の展開によって、恐らくその解決の一端になるのではないか。少なくとも、これは障害のある子供たちのためだけのことではなくて、すべての子供たちに資する人間尊重の教育のモデルあるいは教育のシステムというものを目指すものだというふうに信じるからです。
さて、最初に、インクルーシブな教育を実現するためにということですが、現在、世界の教育というのは、すべての子供たちを区別や差別なく、その子供が求める教育サービスを公平かつ的確に提供する、そういった実現に向かっております。そういった場合でも、これは全体的な調和の中でそのことがひたひたと広がっていくということが必要ではないかと思います。
今回の特別支援教育において掲げられる目標というのは、私は大変高い教育理念に基づくものだと思います。ただ、理念は理念として、これを実現していくための具体的な手段やプロセスにおいて、この基本的な精神が損なわれたりあるいは変質したりすることのないように配慮しながら、大事なのは、その歩みの速度を緩めてはいけないということです。時間の損失というのは、これは子供たちにとっては取り返しのつかない不利につながるからです。
課題といたしまして三つ挙げておきましたが、この転換をよりスムーズに進めるために、その目標に向かっての速度ということが非常に大事だと思います。必要な法的整備、推進事業の展開、ガイドラインの提示等々ございます。これらは、国みずからがその役割を果たすという強い意思が必要であろうと常に思っております。
例えば、ここに例として挙げた、矢印は例のつもりなんですが、ガイドラインが二つございます。平成十六年のガイドライン、それからこの三月のガイドライン。ここでは、かなり具体的な進み方の評価項目が挙がっていて、これは全国でサンプル調査しておりますので、これによって、自分のところはおくれているということで一気に変わっていったような実態があります。
それから、よく本人や保護者の意思を尊重するということ、これはもう当然のことです。ただ、最後の決定権は保護者や本人にあることも言わずもがななんですが、十分な情報といいますか、意見の交換や相談ということがないままに、保護者の方が、例えば私はこうしたいというお気持ちを示すことがあるんですが、実際には、子供さんの教育権を侵害とまで言わなくても、本当にそれでいいんだろうかというような疑問を持つこともあります。したがって、私は、保護者の権利の擁護というのは、必ずそこには十分な情報の交換や検討というものがあった上でなされてほしいということを思います。
そして、すべての問題というのは、やはり人にかかわります。こういった理念の実現のためには、恒常的に安定させるシステムという、もちろん人が主ですけれども、人が力を発揮するためにはシステムというものが絶対に必要だろうと思います。したがって、そのためのシステムというものがどうしても必要であるということです。
このときに、もちろん財政事情が大変厳しいわけですから、単なる聖域意識というものではいかぬと思います。したがって、そこでは、理念実現のための骨太な施策展開がなければならないし、評価に基づく持続性ある計画も必要ですし、何といっても財政的な裏づけということは一つの命になってくるんではないでしょうか。そうでないと、現場は理念だけで混乱して、疲弊してしまうという危険度がかなりあると思います。
それから、何といっても、努力する教員に対して正当な評価と待遇、公平さというものが担保されなくては、ある種のモラルハザードを起こしてしまうのではないか。そのことは、学校全体の教育力の低下ということにもつながりかねないと思います。
そして、二番目に、特別支援学校の制度の創設でございますが、ここでは、現在の重度・重複化ということを踏まえて、障害種別を超えた特別支援学校に一本化するということは大変大きな進歩だと思います。それと同時に、特別支援学校というものが、閉じこもったものではなくて、むしろ障害の多様化に対応できる専門性と人材がそこにたくさん育つということ、それから教材教具や指導法のリソースセンターというような機能もあわせ持つことが必要であろうと思います。
それぞれの地域によっていろいろな御事情があるかと思いますけれども、特定の障害に対応した学校という、かなり限定したコンセプトが現在併記されておりますけれども、私は、それは過渡的なものであろうかと思います。やはりこういったものは、いろいろな障害に多様にこたえるということ、これは最終形として大事にしなければならないと思います。
特に、センター機能ということですけれども、そのセンター機能を本当に発揮するためには、特別支援教育の専門免許というものの保有教員の配置ということ、これはもう喫緊の課題であろうかと思います。現在、障害種によっては二〇%とか三〇%しか保有していないという実態もあるようでございます。
それから、特に小中学校においての連携ということで、それをセンター機能の中で非常に重要視されているわけでございますけれども、認定就学というような、これまで養護学校適と言われたお子さんでも、条件が整っているのであれば地域の学校で受け入れるということも進められております。そういうことや、また近くに、数時間かけないと教育を受けに行けないというような、そういった交通の悪さみたいなこともないわけではないので、そういうことを考えますと、やはり身近でそれぞれの教育が受けられるというようなことも常に考えていかなければならないことではないか、そんなふうに思います。
それから、課題の三つ目ですけれども、小中学校等においてこういったいろいろな支援を受けやすくするために、例えば特別支援学校の生徒さんの地域の小中学校における交流ということを考えたときに、東京都では副籍という考え方、それから埼玉県では支援籍という考え方、こういうようなものを設けて、地域の小中学校の行事等にも参加しやすいようにということが考えられておりますけれども、こういった学籍による分離を余りしないで、できるだけ一本化していくというようなことも課題ではないでしょうか。
それから、三番目に、小中学校における特別支援教育の推進で、私にとってはここのところが一番関心の強いところではありますけれども、この下に図がありますけれども、今回、段階を踏んで実現を目指すということになって、現状から、この図の上にあります現行制度の弾力化と特別支援教室制度の検討というところから、一番最後の特別支援教室構想の実現へというところ、ここにいつ行くのかという、私は、ここが次の大きな課題であり、こういった本当の理念の実現ということこそ、我が国の特別支援教育の成熟を示すバロメーターではないかというふうに感じる次第です。
この四月からは、現行の学校教育法の施行規則の改正によって、情緒障害の中から自閉が分離され、それからLD、ADHDというお子さんたちが通級による指導対象として明記されたことは大変大きな進歩ではありますけれども、この歩みをそこでとどめてはいけないというふうに思います。
それから、特に学校教育法の第七十五条、これは特殊学級のことを七十五条学級というふうに別称することもある大事な法律なんですが、今回の改正案では、第一項で、これまでの、特殊学級を小中高等学校等に置くということを、その他の教育上特別な支援を必要とする児童生徒ということで広げたということ、これは高く評価いたしたいと思います。
ただ、こういった特別支援教室への最終段階への移行というのは、経費の削減を目的とした特殊学級の廃止ではないか、そういった誤解も一部に根強くあります。そのことは、例えば通級による指導体制の拡充ということにも支障を招きかねないわけでして、我が国の教育というのは教職員の定数改善計画というものによってこれまで第七次まで行ってきたわけですが、今回、そこで一応途絶えてしまっている。少なくとも学級編制と教職員配置によってこういったものは維持されてきておりますので、通級による指導も含め、新たな教職員配置並びに加配の計画というものの必要性を感じます。
今回、LD等に関しまして二百八十二名の加配予算がついたということで大変感謝しておりますけれども、これが単年度であっては本当の呼び水になるんだろうか。ここが施策の中心といいますか心、命であるならば、このことをぜひもう少し計画性を持って継続していただきたいということです。
それからもう一つ、忘れてはいけないことが幾つかあるんですが、軽度の知的障害児のお子さんの存在が、ちょっと影が薄くなっていると思います。というのは、先ほど市川参考人の方からも全国実態調査の結果が出ましたけれども、六・三%というLD、ADHD等のお子さんの調査をしたときに、実は二、三%、軽度の知的障害のお子さんが通常学級の中に特殊教育を受けないでいるという実態も明らかになっているんですね。この子たちは、制度はあるけれどもその制度を非常に受けたがらないんですね。軽度であるがゆえに、特殊学級に籍を置くということに対して抵抗感があります。このこともあわせて考えていくべきではないかというふうに考えるわけで、現在は通級による指導の対象としては特殊学級がありますので、もちろん知的障害のお子さんは除くということになっておりますけれども、弾力化ということの中にはこういったところも含まれるのかどうかということです。
それから、ここにおいては、一つの学校の中にすべての教育力を持つことは無理です。したがって、例えば中学校区あたりを一つのベースにした幾つかの小学校を巻き込んだ学校群というような形があってよいのではないか。現在全国では、特殊学級を全部ではなくて一部に置くという拠点方式、これは東京が代表ですけれども、それから、すべての学校にたとえ一人でも二人でもいれば置くという方式と二つありますけれども、ここの間の格差、これがだんだんだんだん差が詰まってきますけれども、そこをどういうふうにしてモデルをつくっていくかということが大事だと思いまして、こういった学校群の構想ということもぜひ御理解いただきたいと私は思います。
最後に、免許法でございますけれども、学校種の一本化、あるいは総合性と専門性の組み合わせという基本原理は大変評価できるところです。しかし、免許法の改正の案を見ておりますと、まだ非常に伝統的な障害種にやや偏っていないかという気がいたします。これは特別支援学校の免許法ということで、学校ということをベースに置いた免許法なので、いたし方ないのかなと思いますが、必ずしもグローバルスタンダードとは合致していないと思います。
特に障害種のことですが、例えば、自閉症などはあらゆる認知レベルで存在すると思います。しかし、これは、現在のところは通級による指導というところだけ初めて明記されたわけですが、特殊学級においても、特別支援学校においても、例えば重要な指導対象であることから、そういった点の法的整備は不十分な免許法の改定ではないかということでございます。
そういたしますと、現行の免許法からの移行ということもありますからなかなか一気には行かないと思いますけれども、世界のグローバルスタンダードから考えると、短期間のうちに改正が必要になるのではないか。アメリカとイギリスの障害種の例をそこに挙げておきますが、日本の障害の考え方とは大分違うと思います。
したがって、そういうことから、小中学校においてこういった専門教員がどういうふうにして支援していただけるかということになるわけですが、正直言って、LD、ADHD等の子供たちに対する支援が本当に特別支援学校の教員の中からできるんだろうかということについては若干疑問を持たざるを得ません。
ただ、最後に、こういった免許の積み上げ方式、このことは大変評価したいと思います。逆に言えば、いろいろな障害に対して自分で免許を積み上げていく、そういう自己努力といいますか、そういう教員。あらゆる障害に対応できるというのは、これはスーパーティーチャーだと思いますが、こういうようなことが、自己努力だけではなくて、その暁として、それが何らかの形で評価されるということ、それがやはり必要であろう、そのことがまた、自己の研修力を高めるエネルギーにもなるのではないかというふうに思います。
御清聴、どうもありがとうございました。拍手
この発言だけを見る →本日、ここで意見をお聞きいただけることに大変感謝しております。
私は、東京学芸大学という教員養成大学におりまして、またLDということで、もう四十年近くこのことを啓発等に努めてきております。
まず、私がきょう申し上げたいことは、主に四つの点に分けまして、真のインクルーシブな教育を実現するために、それから特別支援学校の制度の創設について、それから小中学校における特別支援教育の推進、そして最後に免許法のことについて意見を述べたいと思っております。それぞれその中で課題となりそうなことを三つずつ後でまた挙げております。お手元の資料を見ていただきたいと思います。
まず、特殊教育から特別支援教育への転換というのは、私は、これは単なる名前の書きかえといいますか看板のかけかえではないということで、歴史に残る大きな教育改革ではないかと強く思っております。
現在、子供たちを取り巻く学校、教育、家庭、社会、そのすべてにおいて必ずしもよい状態であるとは思いません。学力の低下、いじめ、不登校、授業崩壊、さまざまな問題が噴出しております。こういった問題というのは、特別支援教育の展開によって、恐らくその解決の一端になるのではないか。少なくとも、これは障害のある子供たちのためだけのことではなくて、すべての子供たちに資する人間尊重の教育のモデルあるいは教育のシステムというものを目指すものだというふうに信じるからです。
さて、最初に、インクルーシブな教育を実現するためにということですが、現在、世界の教育というのは、すべての子供たちを区別や差別なく、その子供が求める教育サービスを公平かつ的確に提供する、そういった実現に向かっております。そういった場合でも、これは全体的な調和の中でそのことがひたひたと広がっていくということが必要ではないかと思います。
今回の特別支援教育において掲げられる目標というのは、私は大変高い教育理念に基づくものだと思います。ただ、理念は理念として、これを実現していくための具体的な手段やプロセスにおいて、この基本的な精神が損なわれたりあるいは変質したりすることのないように配慮しながら、大事なのは、その歩みの速度を緩めてはいけないということです。時間の損失というのは、これは子供たちにとっては取り返しのつかない不利につながるからです。
課題といたしまして三つ挙げておきましたが、この転換をよりスムーズに進めるために、その目標に向かっての速度ということが非常に大事だと思います。必要な法的整備、推進事業の展開、ガイドラインの提示等々ございます。これらは、国みずからがその役割を果たすという強い意思が必要であろうと常に思っております。
例えば、ここに例として挙げた、矢印は例のつもりなんですが、ガイドラインが二つございます。平成十六年のガイドライン、それからこの三月のガイドライン。ここでは、かなり具体的な進み方の評価項目が挙がっていて、これは全国でサンプル調査しておりますので、これによって、自分のところはおくれているということで一気に変わっていったような実態があります。
それから、よく本人や保護者の意思を尊重するということ、これはもう当然のことです。ただ、最後の決定権は保護者や本人にあることも言わずもがななんですが、十分な情報といいますか、意見の交換や相談ということがないままに、保護者の方が、例えば私はこうしたいというお気持ちを示すことがあるんですが、実際には、子供さんの教育権を侵害とまで言わなくても、本当にそれでいいんだろうかというような疑問を持つこともあります。したがって、私は、保護者の権利の擁護というのは、必ずそこには十分な情報の交換や検討というものがあった上でなされてほしいということを思います。
そして、すべての問題というのは、やはり人にかかわります。こういった理念の実現のためには、恒常的に安定させるシステムという、もちろん人が主ですけれども、人が力を発揮するためにはシステムというものが絶対に必要だろうと思います。したがって、そのためのシステムというものがどうしても必要であるということです。
このときに、もちろん財政事情が大変厳しいわけですから、単なる聖域意識というものではいかぬと思います。したがって、そこでは、理念実現のための骨太な施策展開がなければならないし、評価に基づく持続性ある計画も必要ですし、何といっても財政的な裏づけということは一つの命になってくるんではないでしょうか。そうでないと、現場は理念だけで混乱して、疲弊してしまうという危険度がかなりあると思います。
それから、何といっても、努力する教員に対して正当な評価と待遇、公平さというものが担保されなくては、ある種のモラルハザードを起こしてしまうのではないか。そのことは、学校全体の教育力の低下ということにもつながりかねないと思います。
そして、二番目に、特別支援学校の制度の創設でございますが、ここでは、現在の重度・重複化ということを踏まえて、障害種別を超えた特別支援学校に一本化するということは大変大きな進歩だと思います。それと同時に、特別支援学校というものが、閉じこもったものではなくて、むしろ障害の多様化に対応できる専門性と人材がそこにたくさん育つということ、それから教材教具や指導法のリソースセンターというような機能もあわせ持つことが必要であろうと思います。
それぞれの地域によっていろいろな御事情があるかと思いますけれども、特定の障害に対応した学校という、かなり限定したコンセプトが現在併記されておりますけれども、私は、それは過渡的なものであろうかと思います。やはりこういったものは、いろいろな障害に多様にこたえるということ、これは最終形として大事にしなければならないと思います。
特に、センター機能ということですけれども、そのセンター機能を本当に発揮するためには、特別支援教育の専門免許というものの保有教員の配置ということ、これはもう喫緊の課題であろうかと思います。現在、障害種によっては二〇%とか三〇%しか保有していないという実態もあるようでございます。
それから、特に小中学校においての連携ということで、それをセンター機能の中で非常に重要視されているわけでございますけれども、認定就学というような、これまで養護学校適と言われたお子さんでも、条件が整っているのであれば地域の学校で受け入れるということも進められております。そういうことや、また近くに、数時間かけないと教育を受けに行けないというような、そういった交通の悪さみたいなこともないわけではないので、そういうことを考えますと、やはり身近でそれぞれの教育が受けられるというようなことも常に考えていかなければならないことではないか、そんなふうに思います。
それから、課題の三つ目ですけれども、小中学校等においてこういったいろいろな支援を受けやすくするために、例えば特別支援学校の生徒さんの地域の小中学校における交流ということを考えたときに、東京都では副籍という考え方、それから埼玉県では支援籍という考え方、こういうようなものを設けて、地域の小中学校の行事等にも参加しやすいようにということが考えられておりますけれども、こういった学籍による分離を余りしないで、できるだけ一本化していくというようなことも課題ではないでしょうか。
それから、三番目に、小中学校における特別支援教育の推進で、私にとってはここのところが一番関心の強いところではありますけれども、この下に図がありますけれども、今回、段階を踏んで実現を目指すということになって、現状から、この図の上にあります現行制度の弾力化と特別支援教室制度の検討というところから、一番最後の特別支援教室構想の実現へというところ、ここにいつ行くのかという、私は、ここが次の大きな課題であり、こういった本当の理念の実現ということこそ、我が国の特別支援教育の成熟を示すバロメーターではないかというふうに感じる次第です。
この四月からは、現行の学校教育法の施行規則の改正によって、情緒障害の中から自閉が分離され、それからLD、ADHDというお子さんたちが通級による指導対象として明記されたことは大変大きな進歩ではありますけれども、この歩みをそこでとどめてはいけないというふうに思います。
それから、特に学校教育法の第七十五条、これは特殊学級のことを七十五条学級というふうに別称することもある大事な法律なんですが、今回の改正案では、第一項で、これまでの、特殊学級を小中高等学校等に置くということを、その他の教育上特別な支援を必要とする児童生徒ということで広げたということ、これは高く評価いたしたいと思います。
ただ、こういった特別支援教室への最終段階への移行というのは、経費の削減を目的とした特殊学級の廃止ではないか、そういった誤解も一部に根強くあります。そのことは、例えば通級による指導体制の拡充ということにも支障を招きかねないわけでして、我が国の教育というのは教職員の定数改善計画というものによってこれまで第七次まで行ってきたわけですが、今回、そこで一応途絶えてしまっている。少なくとも学級編制と教職員配置によってこういったものは維持されてきておりますので、通級による指導も含め、新たな教職員配置並びに加配の計画というものの必要性を感じます。
今回、LD等に関しまして二百八十二名の加配予算がついたということで大変感謝しておりますけれども、これが単年度であっては本当の呼び水になるんだろうか。ここが施策の中心といいますか心、命であるならば、このことをぜひもう少し計画性を持って継続していただきたいということです。
それからもう一つ、忘れてはいけないことが幾つかあるんですが、軽度の知的障害児のお子さんの存在が、ちょっと影が薄くなっていると思います。というのは、先ほど市川参考人の方からも全国実態調査の結果が出ましたけれども、六・三%というLD、ADHD等のお子さんの調査をしたときに、実は二、三%、軽度の知的障害のお子さんが通常学級の中に特殊教育を受けないでいるという実態も明らかになっているんですね。この子たちは、制度はあるけれどもその制度を非常に受けたがらないんですね。軽度であるがゆえに、特殊学級に籍を置くということに対して抵抗感があります。このこともあわせて考えていくべきではないかというふうに考えるわけで、現在は通級による指導の対象としては特殊学級がありますので、もちろん知的障害のお子さんは除くということになっておりますけれども、弾力化ということの中にはこういったところも含まれるのかどうかということです。
それから、ここにおいては、一つの学校の中にすべての教育力を持つことは無理です。したがって、例えば中学校区あたりを一つのベースにした幾つかの小学校を巻き込んだ学校群というような形があってよいのではないか。現在全国では、特殊学級を全部ではなくて一部に置くという拠点方式、これは東京が代表ですけれども、それから、すべての学校にたとえ一人でも二人でもいれば置くという方式と二つありますけれども、ここの間の格差、これがだんだんだんだん差が詰まってきますけれども、そこをどういうふうにしてモデルをつくっていくかということが大事だと思いまして、こういった学校群の構想ということもぜひ御理解いただきたいと私は思います。
最後に、免許法でございますけれども、学校種の一本化、あるいは総合性と専門性の組み合わせという基本原理は大変評価できるところです。しかし、免許法の改正の案を見ておりますと、まだ非常に伝統的な障害種にやや偏っていないかという気がいたします。これは特別支援学校の免許法ということで、学校ということをベースに置いた免許法なので、いたし方ないのかなと思いますが、必ずしもグローバルスタンダードとは合致していないと思います。
特に障害種のことですが、例えば、自閉症などはあらゆる認知レベルで存在すると思います。しかし、これは、現在のところは通級による指導というところだけ初めて明記されたわけですが、特殊学級においても、特別支援学校においても、例えば重要な指導対象であることから、そういった点の法的整備は不十分な免許法の改定ではないかということでございます。
そういたしますと、現行の免許法からの移行ということもありますからなかなか一気には行かないと思いますけれども、世界のグローバルスタンダードから考えると、短期間のうちに改正が必要になるのではないか。アメリカとイギリスの障害種の例をそこに挙げておきますが、日本の障害の考え方とは大分違うと思います。
したがって、そういうことから、小中学校においてこういった専門教員がどういうふうにして支援していただけるかということになるわけですが、正直言って、LD、ADHD等の子供たちに対する支援が本当に特別支援学校の教員の中からできるんだろうかということについては若干疑問を持たざるを得ません。
ただ、最後に、こういった免許の積み上げ方式、このことは大変評価したいと思います。逆に言えば、いろいろな障害に対して自分で免許を積み上げていく、そういう自己努力といいますか、そういう教員。あらゆる障害に対応できるというのは、これはスーパーティーチャーだと思いますが、こういうようなことが、自己努力だけではなくて、その暁として、それが何らかの形で評価されるということ、それがやはり必要であろう、そのことがまた、自己の研修力を高めるエネルギーにもなるのではないかというふうに思います。
御清聴、どうもありがとうございました。拍手
遠
姜
姜博久#6
○姜参考人 おはようございます。
本日は、意見陳述の機会を与えていただき、大変感謝をいたします。私はDPI日本会議という障害者団体に属しております。
DPIと申しますのは、一九八一年に、当事者の方々が、専門家による自分たちの人生決定を改めて、自分たちの人生を自分たちで決定していくという前提に基づいて世界で組織されたものであります。日本では、一九八六年に日本会議が結成されております。その後ずっと、障害者の権利擁護活動に取り組んでまいりました。そして、四年前には日本の札幌で世界会議も開催させていただきました。今DPIの役割としては、国連で検討されております障害者の権利条約について主導的な役割をもって国連の場で発言をしております。きょうは、そういった立場から、今回の学校教育法の改定について意見を述べさせていただきたいと思います。
私自身は、今大阪の地域で、障害を持たれた方の地域での生活を支えるという仕事もしておりますけれども、その中でも障害を持つ子供たちを抱えた親御さんからの相談も多数受けたりしております。きょうは、そういった経験も交えながらお話をさせていただきたいと思います。
まず、私自身の教育歴といいますか、そういったことを少し述べさせていただきたいと思います。
私自身は、大阪の結構古い養護学校で学童期を過ごしました。小中とその学校で過ごしまして、高校になってようやく地域の公立高校へ入学をいたしました。今から思えば、養護学校時代の九年間というのは非常に平和な日々でありました。しかし、その平和な日々が、実は私自身にとって、いろいろな力を奪っていたのではないかと今振り返って思うことがございます。それは地域社会と途絶した中で学校に通わなければならなかったということであります。本来なら、地域の同年齢の子供たちといろいろなところへ出かけ、いろいろな遊びを工夫しながらおつき合いをすべきところを、私が外へ出れば、まずさらされるのは、そういった同年齢の子供たちからの好奇の目です。変な歩き方をしている、何かおもしろい歩き方をしている、そういった中で過ごしてまいりました。そして高校に入って、次に経験したのは、私自身が障害を持たない人たちとどうつき合っていいのかわからないという経験でした。
その経験を踏まえて、今考えますと、やはり地域から途絶した学校に障害を持つ子供たちが行くのは間違いだと思っております。やはり地域の学校で、先生たちや周りの親御さんも協力する中で、いかに同年齢の子供たちと一緒に過ごすのかということが、私たち障害者にとっては後々の人生を大きく左右するものだと考えております。
そこで、今回の学校教育法の改正の案に対する意見ですけれども、まず、評価できることとして、支援を必要とする子供たちの枠組みが確かに広がったこと、軽度発達障害と言われる人たちがようやく注目され、学校でのきちっとした支援を受けなければならないというふうにされたことはまことによいことだと思っております。
ただしかし、私自身の目から見ると、今回の改正案の中、特に現在の、原則的に養護学校へ行く人たちを一部に決める、そして軽度の障害であれば通常の学校に受け入れる、そういった枠組みを残したまま制度改正がなされることは非常に残念でなりません。
今、世界では、インクルージョンということで、どんな障害を持っていようとも、どんなニーズを必要としていようとも、できるだけ通常学校の中で教育を受けることによって社会をつくっていくんだということが進められようとしております。障害者の権利条約でも、今案が示されておりますけれども、その方向で検討が進んでおります。そういった中で、日本の障害教育をめぐる動きは、依然としてこれまでの構造をそのまま残しているということについては非常に残念でなりません。
きょうお示しした資料を見ていただければわかりますけれども、私たちが本当に必要としている部分は、地域の中でいかに過ごすかということです。きょうお示しした資料、世田谷の方で、最近、地域の学校に障害を持つお子さんを入学させたお母さんの手記であります。中には学校に対する不安感を述べられた部分がありますけれども、特に太字にした部分を読んでいただけばおわかりのように、周りの子供たちと保育所で一緒に過ごしたことがその子にとって、またお母さんにとっていかによかったのかということが書かれてあります。そして、学校に入った後も、学校側の工夫や先生たちの意識によって、いかにその子供が有意義に毎日学校生活を送ることができているかを述べたものであります。ぜひとも皆さんも目を通していただいて、そこにこそ学校教育の本質があるのだということをわかっていただきたいと思います。
しかし、現実はまだまだそう簡単ではありません。お手元にお配りした資料の四ページ以降に示してありますけれども、これは私がいつも関係しておる、障害児を普通学校へ全国連絡会というところでつくっていただいた資料です。相談の中に、通常の学校へ行くという意思を示したときに、いかに地域の教育委員会といろいろな話し合いを重ね、あるいは拒否され、学校側とも話し合いを重ね、そういった親の努力の積み重ねなしに障害児が普通学校へ入れる状況にはまだないわけです。私どもの生活しております大阪などでは、一応、親御さんあるいは本人の方が望めば、原則として地域の学校で受け入れるという体制はとられておりますけれども、やはり現場現場で、学校学校で問題がないわけではない。
そこの問題点はどこにあるかというと、原則的に、地域の学校へ障害児は入ることができるという原則がまだ打ち立てられていないからだと思います。やはり先生たちあるいは教育関係者の方々が、障害を持つ子供に対しては何が一番大切なのかといった場合、障害に、先ほど上野先生や参考人の方がおっしゃったように、ディスオーダーに注目したまま就学先を振り分けてしまっている。
でも、私たちは、自分たちの体が動かないことで生きているわけではありません。障害は社会との関係で変わっていくものです。そういった中で考えていけば、地域の学校で生き、周りの友達をつくり、その力をかりながら生きる、あるいは自分たちの、障害を持つ子供自身の存在が周りの子供たちの心を変え、意識を変えていくということができるものだと信じております。
実際に、私ども大阪の一地域であります豊中市では、長年、地域での障害児の受け入れということをやってまいりました。その結果、今どういう状況になっているかと申しますと、障害児とともに過ごした、今青年になった方々が学校の教員として大阪府下で活躍されている場合もあります。そういった方々が豊中以外の地域へ行ったときに何に戸惑うのか。子供のときに自分たちは周りに障害児がいることは当たり前だったのに、それが当たり前になっていないことに戸惑われるわけです。いかに長年の教育の成果が周りの障害を持たない人たちの意識を変えてきたかということの一つの例示だと思います。私自身は、こういったことは全国で実践できるものと信じております。
きょういただいた今回の関連資料の中に、サラマンカ宣言という資料が入っていると思いますけれども、そこに、こういった一節があります。インクルーシブ教育は何のためにあるのか、差別的な態度と闘い、それをなくしていく社会を建設するために一番有効な手段なんだということをうたっております。私はこの言葉が大好きです。私たちが目指すべき社会はどういう社会なのか、それはやはり障害を持っていてもこの社会から排除されない状況をつくり出すことだと思います。そのためには、学校教育こそ一番の近道だと思っております。
ここにお集まりの先生方もノーマライゼーションという言葉をお聞きになったことがあると思います。ノーマライゼーションの標語の一つに、一部の者を締め出す社会は弱くてもろい社会だという言葉があります。そういう点からすると、まだまだ学校教育の現場は弱くてもろい社会づくりをしているのではないかと危惧されます。
ぜひとも、弱くない、もろくない、障害児も含めた本当に強い社会をつくっていただくために就学基準をもう一度見直していただき、根本的に、原則として障害を持っていても地域の学校へ行ける状況を法制的に整備していただきたいと思います。そうすることがやはり私たちが望む本当の意味でのノーマライゼーション社会の実現になると思いますし、インクルーシブ教育はそのための大変有効な武器になると思います。そして、その中で育った子供たちが将来大人になったときに、本当の意味でこの日本の社会を強くしていってくれるんだと思います。
今回の改正案で、一応、教員免許状の話も改正の方向で出ておりますけれども、私たちは、今の段階で専門家の方々が不足していることはある意味認識しております。しかし、そういった部分を一部の人たちに限ることはないのではないでしょうか。将来的には通常の学校で、どんな子が入学してきてもそれに対応できる人材は普通学校の先生方によってもなされるべきだと思います。したがって、通常学校の先生方にも障害児教育に対する認識を深めていただくことを枠組みとしてつくってもいただきたいし、そういったことがインクルーシブ教育を進める上で非常に助けになるのではないかと思っています。
ぜひとも、今回の改正、少しでもインクルーシブ教育を充実させる方向、また私たちが目指す社会をつくるための障害児教育の体制をとっていただきたく思います。
御清聴ありがとうございました。拍手
この発言だけを見る →本日は、意見陳述の機会を与えていただき、大変感謝をいたします。私はDPI日本会議という障害者団体に属しております。
DPIと申しますのは、一九八一年に、当事者の方々が、専門家による自分たちの人生決定を改めて、自分たちの人生を自分たちで決定していくという前提に基づいて世界で組織されたものであります。日本では、一九八六年に日本会議が結成されております。その後ずっと、障害者の権利擁護活動に取り組んでまいりました。そして、四年前には日本の札幌で世界会議も開催させていただきました。今DPIの役割としては、国連で検討されております障害者の権利条約について主導的な役割をもって国連の場で発言をしております。きょうは、そういった立場から、今回の学校教育法の改定について意見を述べさせていただきたいと思います。
私自身は、今大阪の地域で、障害を持たれた方の地域での生活を支えるという仕事もしておりますけれども、その中でも障害を持つ子供たちを抱えた親御さんからの相談も多数受けたりしております。きょうは、そういった経験も交えながらお話をさせていただきたいと思います。
まず、私自身の教育歴といいますか、そういったことを少し述べさせていただきたいと思います。
私自身は、大阪の結構古い養護学校で学童期を過ごしました。小中とその学校で過ごしまして、高校になってようやく地域の公立高校へ入学をいたしました。今から思えば、養護学校時代の九年間というのは非常に平和な日々でありました。しかし、その平和な日々が、実は私自身にとって、いろいろな力を奪っていたのではないかと今振り返って思うことがございます。それは地域社会と途絶した中で学校に通わなければならなかったということであります。本来なら、地域の同年齢の子供たちといろいろなところへ出かけ、いろいろな遊びを工夫しながらおつき合いをすべきところを、私が外へ出れば、まずさらされるのは、そういった同年齢の子供たちからの好奇の目です。変な歩き方をしている、何かおもしろい歩き方をしている、そういった中で過ごしてまいりました。そして高校に入って、次に経験したのは、私自身が障害を持たない人たちとどうつき合っていいのかわからないという経験でした。
その経験を踏まえて、今考えますと、やはり地域から途絶した学校に障害を持つ子供たちが行くのは間違いだと思っております。やはり地域の学校で、先生たちや周りの親御さんも協力する中で、いかに同年齢の子供たちと一緒に過ごすのかということが、私たち障害者にとっては後々の人生を大きく左右するものだと考えております。
そこで、今回の学校教育法の改正の案に対する意見ですけれども、まず、評価できることとして、支援を必要とする子供たちの枠組みが確かに広がったこと、軽度発達障害と言われる人たちがようやく注目され、学校でのきちっとした支援を受けなければならないというふうにされたことはまことによいことだと思っております。
ただしかし、私自身の目から見ると、今回の改正案の中、特に現在の、原則的に養護学校へ行く人たちを一部に決める、そして軽度の障害であれば通常の学校に受け入れる、そういった枠組みを残したまま制度改正がなされることは非常に残念でなりません。
今、世界では、インクルージョンということで、どんな障害を持っていようとも、どんなニーズを必要としていようとも、できるだけ通常学校の中で教育を受けることによって社会をつくっていくんだということが進められようとしております。障害者の権利条約でも、今案が示されておりますけれども、その方向で検討が進んでおります。そういった中で、日本の障害教育をめぐる動きは、依然としてこれまでの構造をそのまま残しているということについては非常に残念でなりません。
きょうお示しした資料を見ていただければわかりますけれども、私たちが本当に必要としている部分は、地域の中でいかに過ごすかということです。きょうお示しした資料、世田谷の方で、最近、地域の学校に障害を持つお子さんを入学させたお母さんの手記であります。中には学校に対する不安感を述べられた部分がありますけれども、特に太字にした部分を読んでいただけばおわかりのように、周りの子供たちと保育所で一緒に過ごしたことがその子にとって、またお母さんにとっていかによかったのかということが書かれてあります。そして、学校に入った後も、学校側の工夫や先生たちの意識によって、いかにその子供が有意義に毎日学校生活を送ることができているかを述べたものであります。ぜひとも皆さんも目を通していただいて、そこにこそ学校教育の本質があるのだということをわかっていただきたいと思います。
しかし、現実はまだまだそう簡単ではありません。お手元にお配りした資料の四ページ以降に示してありますけれども、これは私がいつも関係しておる、障害児を普通学校へ全国連絡会というところでつくっていただいた資料です。相談の中に、通常の学校へ行くという意思を示したときに、いかに地域の教育委員会といろいろな話し合いを重ね、あるいは拒否され、学校側とも話し合いを重ね、そういった親の努力の積み重ねなしに障害児が普通学校へ入れる状況にはまだないわけです。私どもの生活しております大阪などでは、一応、親御さんあるいは本人の方が望めば、原則として地域の学校で受け入れるという体制はとられておりますけれども、やはり現場現場で、学校学校で問題がないわけではない。
そこの問題点はどこにあるかというと、原則的に、地域の学校へ障害児は入ることができるという原則がまだ打ち立てられていないからだと思います。やはり先生たちあるいは教育関係者の方々が、障害を持つ子供に対しては何が一番大切なのかといった場合、障害に、先ほど上野先生や参考人の方がおっしゃったように、ディスオーダーに注目したまま就学先を振り分けてしまっている。
でも、私たちは、自分たちの体が動かないことで生きているわけではありません。障害は社会との関係で変わっていくものです。そういった中で考えていけば、地域の学校で生き、周りの友達をつくり、その力をかりながら生きる、あるいは自分たちの、障害を持つ子供自身の存在が周りの子供たちの心を変え、意識を変えていくということができるものだと信じております。
実際に、私ども大阪の一地域であります豊中市では、長年、地域での障害児の受け入れということをやってまいりました。その結果、今どういう状況になっているかと申しますと、障害児とともに過ごした、今青年になった方々が学校の教員として大阪府下で活躍されている場合もあります。そういった方々が豊中以外の地域へ行ったときに何に戸惑うのか。子供のときに自分たちは周りに障害児がいることは当たり前だったのに、それが当たり前になっていないことに戸惑われるわけです。いかに長年の教育の成果が周りの障害を持たない人たちの意識を変えてきたかということの一つの例示だと思います。私自身は、こういったことは全国で実践できるものと信じております。
きょういただいた今回の関連資料の中に、サラマンカ宣言という資料が入っていると思いますけれども、そこに、こういった一節があります。インクルーシブ教育は何のためにあるのか、差別的な態度と闘い、それをなくしていく社会を建設するために一番有効な手段なんだということをうたっております。私はこの言葉が大好きです。私たちが目指すべき社会はどういう社会なのか、それはやはり障害を持っていてもこの社会から排除されない状況をつくり出すことだと思います。そのためには、学校教育こそ一番の近道だと思っております。
ここにお集まりの先生方もノーマライゼーションという言葉をお聞きになったことがあると思います。ノーマライゼーションの標語の一つに、一部の者を締め出す社会は弱くてもろい社会だという言葉があります。そういう点からすると、まだまだ学校教育の現場は弱くてもろい社会づくりをしているのではないかと危惧されます。
ぜひとも、弱くない、もろくない、障害児も含めた本当に強い社会をつくっていただくために就学基準をもう一度見直していただき、根本的に、原則として障害を持っていても地域の学校へ行ける状況を法制的に整備していただきたいと思います。そうすることがやはり私たちが望む本当の意味でのノーマライゼーション社会の実現になると思いますし、インクルーシブ教育はそのための大変有効な武器になると思います。そして、その中で育った子供たちが将来大人になったときに、本当の意味でこの日本の社会を強くしていってくれるんだと思います。
今回の改正案で、一応、教員免許状の話も改正の方向で出ておりますけれども、私たちは、今の段階で専門家の方々が不足していることはある意味認識しております。しかし、そういった部分を一部の人たちに限ることはないのではないでしょうか。将来的には通常の学校で、どんな子が入学してきてもそれに対応できる人材は普通学校の先生方によってもなされるべきだと思います。したがって、通常学校の先生方にも障害児教育に対する認識を深めていただくことを枠組みとしてつくってもいただきたいし、そういったことがインクルーシブ教育を進める上で非常に助けになるのではないかと思っています。
ぜひとも、今回の改正、少しでもインクルーシブ教育を充実させる方向、また私たちが目指す社会をつくるための障害児教育の体制をとっていただきたく思います。
御清聴ありがとうございました。拍手
遠
高
高原孝恵#8
○高原参考人 皆様、おはようございます。このような場で意見を述べさせていただきますこと、ありがとうございます。
お手元の資料、私の場合かなりはしょっております。なぜかといいますと、個人情報的なこともございますので、このような書き方をさせていただきました。
私は、埼玉県で、NPO法人発達障害支援センターひまわりということで活動をさせていただいております。なぜそのような活動をしてきたかといいますと、私の長男、現在中学三年生になりますが、この長男が五歳のときにADHDという診断を受けました。今から十年ほど前になりますので、今のように特別支援教育ですとか、まずADHDといったこと自体もわかってもらえない時代でした。
なぜ診断を受けるいきさつになったかと申しますと、まず、生まれて、多動傾向というか、重い方の多動だと思うんですね、私自身育ててきまして。十カ月を過ぎたあたりからなんですが、周りの保護者というかお母さん方からもマイペースな子だねというようなことをよく言われていました。私自身、初めての子でしたので、ああ、男の子ってこんなものなのかなというような形で来ていました。
すぐ下に、年子で一つ下に弟がおりますが、ここと比較ができるようになって、この子はやはり違うなというのを感じましたが、それは二歳を過ぎたあたりからだったんですね。遊びですとか興味が非常にころころと変わっていくんです。ものの何分ももたないんですね。これで本当にいいのかなとやはり親として心配になりまして、三歳三カ月という小児の健診が各市であるんですが、そちらの方でまず相談をいたしました。
当時、まだやはりこの発達障害というのをわかっていただけるお医者さんもいらっしゃらなかったんですね。ただ、保健婦の方からは、はっきり多動だということではないんですが、このような症状の病気もありますよ、もしお母さんが心配であれば専門医を紹介しますということがあったんです。当時、手先の不器用さが伴うとかとよく言われて、今は全くそういうのは関係ないと言われていますが、それが唯一うちの場合は当たらなかったんですね。それで、では様子を見ましょうということになってしまったんです。
そして、公立の保育園に通っていまして、これは二歳から保育園の方に通っていたんですが、そこで、やはり年齢が上がるとともに、問題が非常に出てきました。
まず、担任の保母、今は保育士さんですが、この子がこういうことをするのはこの子の個性だねというふうにとらえていただける担任の先生とは比較的うまくいっていました。ところが、これをしなければいけないんだというような形で、がんじがらめといいますか、そのような先生とはとことん相性が悪くて、よくやったのが、かみつくですとか、とにかく行ってパニックを起こすですとか、必ず行くと、ひどい場合は、私には見られませんと迎えに行った玄関先でよく言われて帰ってくるような次第でした。ですから、親としては隠れて送り迎えをして、そっと置いてそっと逃げてくる、ほかのお母さんたちとなるべく顔を合わせないように、合わせれば、済みません済みませんと頭を下げて回っている毎日だったわけなんです。
それが、五歳のときに一番悪化をしまして、ちょうどそのときだったと思います、マスコミでこのADHDというのを取り上げられた時期だったんです。その症状を映し出されたのを見まして、自分としては非常に当てはまることが多かったんですね。そして、三歳のときの健診の病気としてありますというそれがずっと頭にあったものですから、そこで市内の保健所の発達相談というのを受けました。そこで、小児科の先生から、この子は多動傾向があるから一度診てもらった方がいいということで専門医を紹介していただきました。そこで受診をしました。
私自身、やはり周りから、保育園の先生からも、お母さん、ちょっと愛情が不足していますよとか、いろいろ言われていましたので、非常に自信もなくしておりました、やはり私の育て方が間違ってしまったのかなと。だから、余計子供を締めつけるということもありました。結果として、やはり小学校に上がった時点で、既にもう行為障害というものまで起こしていました。ですので、就学前に至っては、とにかく少しでも面倒見のいい担任の先生に振り分けてもらうように、当時であれば、とにかくわかってもらってください、周りの人にこの子の状態をわかってもらってくださいというのが主治医の先生からの指導でした。
そこで、教育委員会の就学相談を受けまして、こういう子なんですと、三回ほど受けたんですね。ところが、やはりこの発達障害自体、今でもそうですけれども、この子に合った場というのはないんです。今ある中では、通常学級、いわゆる特殊学級、そして養護学校、あとは情緒障害の通級がどうかすれば適用するかなというようなところでしたので、まず選択肢としてはやはり選べなかったですね。就学相談を受けた結果、知的にも問題ないですし、衣服の着脱もできますし、通常どおり学区内の小学校に入学しましょうということで、小学校への入学となりました。
やはり学校でも、まず、この軽度発達障害、ADHD、これ自体がわかっていただけませんでした。入学して十日目に校長から呼ばれました。私も、この子のことに関しては隠すつもりもありませんでしたし、わかっていただくというのが一番だと思っていましたので、まず先生と、ああよかったということで早速伺いました。十日間のいろいろやったことを全部羅列されまして、結果、とにかくお母さん、この子がこういうことをするのはADHDとかじゃないんですよ、親が原因です、とにかくあしたから学校へ来なさいと。
それから毎日子供に付き添って、一年近くです、学校通いが始まりました。ひどいときには、休み時間だけ来てくださいと。うちの場合は、教室の中で席には比較的座っていられたんですね。ところが、対人関係ですとか、やはりそういったところでのトラブルが多いものですから、休み時間での問題が大きいんです。例えば、友達とけんかを始めてしまった、かんでしまった、たたいてしまったということがありますので、二時間目の休み時間というのは二十五分間と比較的長いですから、そういう時間ですとか昼休みですとか、そのときだけ今度は来てくださいと。
あとは、夏場になりますと、今度はプールなんですね。水遊びが好きな子でしたから、非常に興奮するんです。そうすると、やはり危ないですから、お母さん、プールサイドに立っていて見ていてくださいと。そのために毎日学校へ行くような次第でした。
時には、朝行きまして、きょうは急に担任の先生が休みになりました、ほかに先生がいないので、お母さん、ずっと後ろにいてくださいと。玄関のかぎも閉めずに行った状態で、一日ずっと学校にとどまりました。そんなこともあったわけですね。
私としては、いろいろなことを校長先生ともお話しました。担任の先生にもこの子の状態というのを伝えていきました。ところが、やはりなかなかわかっていただけなかったんです。なぜかといえば、発達障害というのは見てわかる障害ではないんですね。見ても全く普通なんです。ですから、何でこの子がというようなことなんですね。中には、元気がよくていいじゃないと言われてしまったりするわけです。そうすると、どうしてもわかっていただけないというのが一番ありました。
それと、現実問題、やはり、一クラス三十何人、四十人いるクラスの中では、場合によっては、先生によっては、わかってはいるんですけれども、でもできません、はっきりそうやっておっしゃる先生もいらっしゃるわけです。
そこで、では私がどうしたかといえば、教育委員会に、例えば、この子に対しての支援員さんを派遣してください、つけてください、そういうお願いもまずしていきました。ところが、やはり返ってくる答えは、お金がないです、そういう人的な配置をできるだけ余裕がないです、それができるだけの人材がいません、このことが、いつも、どこへ行っても返ってくる答えだったわけですね。
その中で、とうとう三年生に上がる段になりまして、いろいろなことが情報として回っていきますので、この子と同じクラスになったら嫌だわというようなことも言われるようになりました。
そこで、私は、二年生のときに合同懇談会を開いてくださいということで学校側に申し入れをしまして、一カ月間、やるのやらないの、そのすったもんだの繰り返しをしまして、二クラスだったんですけれども、五十何人のお母さん方を一堂に集めていただきまして、私の口からこの子の状態というのをやっと説明させていただきました。中にはそれで納得されたお母さんもいらっしゃいますが、こじれてしまった関係というのはなかなか修復ができない、そういった方もやはり何名かはいらっしゃいました。
その中で、三年生、四年生、とうとう五年生に至ったときに、子供は不登校になりました。やはり今までの対応をしくじってしまった、だからこそ幼年期の対応というのは大事だというのは私自身が体験した思いです。その中で、学校に行きたくないになってしまったんです。
私の場合は、もうこれはどうにもならないということで、実を言うと、こちらにいらっしゃいます市川先生に今現在お世話になっておりますので、梅ヶ丘病院の方に七カ月間入院ということをしました。
本人は、最初はやはり嫌がっていました。病棟に入って、病棟だけでいいと。青鳥養護学校の梅ヶ丘分教室というのがあるんですが、そちらに通っていいですよという許可がおりたんですけれども、本人はとにかく嫌がりました。もう学校自体も嫌になってしまったんですね。その中で、とにかく七月一日から行くということになりまして、毎日電話をかけることができましたから、夜本人から電話がかかってきた中で、どうだったと聞くと、楽しいとなったんですね。何でこんなに変わるんだろうというのが不思議でした。よく分教室の先生ともお話ししたのは、医療機関の中にある学校ではなくて、通常の中で、一般の中でこういう子供たちを受け入れてくれる場があったらというのをよくお話をさせていただいた次第です。いつまでも病院にはいられないわけです。ですから、七カ月たって退院をしてきました。
では、今度退院をした後に受け入れてくれる学校はどこか。私は、この子たち、この子たちといいますのは、今ひまわりとしていろいろ療育活動なんかもしておりますので、感じるのは、この子たちに適した環境が必要だと思います。それは、教育もそうです。親子関係も友達も兄弟関係ももちろんそうだと思います。現にうちのすぐ下の弟も、兄のことが原因で周りからいろいろ言われるものですから、やはり不登校ということを体験しております。それで、私は、支援というのは、その環境の度合いによって必要か不必要かというのが決まると思います。適した環境であれば支援というのは要らないと思います。けれども、そこが適してないから不適応状態を起こすわけですから、支援の手というものが必要になってしまうのではないかと思います。
今現在、中学もう三年生で、今度いよいよ次のステップになるわけなんですが、この間、小学校、中学校、いつもずっと思ってきたことは、やはり発達障害をわかってくれる人はほとんどいないな、余りにも理解されないんだなというのを一番感じています。
ここに、次の二番目のレジュメの方になりますが、そんなことがありまして、四年ほど前に、実を言うと、親の会としてひまわりは立ち上がりました。当初は親同士の慰めの場だったわけです。愚痴のこぼし合いです。わかってもらえない。親同士、わからないんですね。同じ学校に通っていても、まずそういう情報が入りませんから、わからないんです。会員で入ってきて同じ学校のお母さん方が三人そろったとか、そんなことがあるわけなんですね。中には、私、こんな思いをしているのは市内で私一人だけかと思っていましたとか、中には、お母さん自身が精神科に通ってうつ病の薬を飲まなければ夜も眠れないとか、そこまで悩んでいる方もいらしたわけです。
そこから始まってきまして、今度は、子供というのは日々成長していきます。今必要なんですね、今生きているわけですから。今きちんとした療育とか、この子たちに適した学びの場というのが必要だと思います。教育というのは子供が自立していくためにあるものだと思うんですね。それをやはり、なかなか今の学校現場の中にはないんです。居場所がまずないですから。
そこで、今度はNPO法人化をしまして、子供たちの支援というような形で今活動をさせていただいております。その内容が、こういったパンフレット、ここにある事業なんですね。
これはなぜ始めたかといいますと、私自身体験をしてきまして、こういったものがあればいいなという思いでつくりました。ですから、これを見た保護者の方には、親が望むものばかりですねと言われた方がいらっしゃるんです。つくったのが私、親ですからとよくお話をするんですね。専門の先生方ですとかいろいろな研究者の方々が、何かそれぞれの研究の場としていろいろなものはあるんですが、どれもやはりしっくりこない。やはり当事者の親のもどかしさですとか、そういったものをわかっていただける場ってなかなかないなというのがあるんですね。そこで、当事者として、当事者の思いがわかるものとしてこのようなものを活動事業として行っています。
ここで、その次の資料になりますが、このサポーター養成講座というのは、わかる人材が余りにもいないということで、今年度から始めました。実を言いますと、これを受けている方の大半は保護者なんですね。自分はエジソンの母にならなければいけないのかと。余りにも、学校というものに期待できないと思っていると思うんです。だからこそ自分がきちんと学んで、この子をという思いなんだと思うんですね。
そして、これだけの長い期間です。なかなか余り、これだけやるところがなくて、いろいろこれをやるに当たっては、本来もっと長かったんです。それを切り詰めまして切り詰めまして、なぜかといいますと、ボランティア講座ですとか、いろいろな研修会ですとか、一日ですとか二日、三日、その程度のものはあるんですが、さらっと、ああそうかなという程度で終わってしまうんですね。真に支援できるだけの人材までは至らないのではないかなというのを感じています。
そこで、実習まで入れたこのようなサポーター養成講座というのを、これは今年度から毎年開校していく予定でいます。こちらは基礎コースですから、今後は、子供たち、いつまでも子供ではいません、成人になっていきますから、今度は成人のサポートですね。
そして、私自身、子供を育てていて一番感じているのは、家庭の中においてもサポートしてくれる人がいたらいいなと思っています。なぜかといいますと、非常に活発に動く子たちですから、お使いなんかに行っても大変なんですね、大体余計なものまで買い込んでくるような。普通であれば、隣の人へ、済みません、ちょっと見ててもらえますかと普通に気楽に頼めるんですが、この子を持っていますととてもそれはできないんですね。かなり迷惑をかけてしまうかなとか、誤解されちゃうかなとか、何、あのうちはどういうしつけをしているんだろうと思われちゃうだろうなと。であれば、実を言いますと、現に私も親の葬式にも出られなかった次第なんです、子供を見てくれる場がなかったものですから。やはり家庭でもそういうサポートは必要だと思います。
結果として、こういう子たちです、決して褒められるようなことをする子たちではないものですから、どうしても親としてはしかってしまうのが多いんですね。これは学校でも同じだと思います。それはやめよう、やめさせたいという思いでしかるものですから、果ては、虐待ですとかそういったものにもつながるケースが非常にふえています。一番怖いのは、子供を受け入れられなくなってしまう関係なんですね。こういったケースも何例か私どもの相談の中には来ております。
そのような点で、ぜひ、教育の場でも、発達障害というのを、子供にかかわる方々というのはすべてまず理解していただきたいな、学んでいただきたいなと思います。
それともう一点、この子たちの場というのは、今のところどこにも属してないんですね。通常学級でもだめなんです。では、今ある特殊学級でどうかというと、ここでもやはり居場所がありません。就学相談もわかっている方が担当されればいいんですが、そうでない場合は、通常学級がだめだとでは特学、特学がだめだったらもう養護。養護なんかに行きますと、逆に言うと、今度は養護のお母さん方から、あんたたちは軽度なんだから、ここは軽度の子たちの来る学校じゃないんですよということで言われるんですね。もっと軽度のお母さんたち頑張りなさいよと、そういうようなことが返ってくるわけです。
ですから、私としては、この子たちの学ぶ場、そういったものがきちんとあれば、適切な療育、そういったものがあれば、何の問題もなく社会の中で自立していける子たちだと思います。その場においても、やはり教育の場というのは大事なものだと思います。
それから、実を言いますと、二〇〇二年に親の会を立ち上げまして、まず一般の方々にも、社会の中でやはりこの軽度発達障害というようなものの市民権を得なければいけないという思いがありますので、理解促進ということで、後援会ですとかセミナーなんかを毎年ひまわりとしては開催しています。
ところが、それを休日、まして民間団体でやる、お金も払って参加するというと、やはり意識のある方なんですね。本当は、意識が薄い、その他大勢、大多数の方に私なんかは聞いていただきたいことなんですが、なかなかそういう方の参加というのは得られないんです。
そこで、今年度、実を言うと、この三冊、これは絵本なんですが、各百部限定で私どもがつくったものなんです。これは軽度発達障害をわかっていただくという意図のもとでつくりました。ですから、親しみやすい絵本という形に置きかえて出させていただきました。これは、学校ですとか児童相談所、それから教育センターですとか、そういったところに無料で配付をさせていただいている資料なんです。今回、ちょっと八十部御用意できなかったので何部かだけなんですけれども、ぜひごらんいただきたいと思います。
一番は、やはり教育というのは絶対大事なものだと思いますので、十分に、こういった子供たち、人もそれから時間もかけていただきたいなと思います。発達の度合いに応じた学校、今回の法案の中にも障害の種別をなくすということが言われていますけれども、やはり、個々に応じた専門的な教育というのは必要だと思います。もし言うのであれば、私は、障害児学校の総合病院のような、間口が一つとしても専門の科に分かれていくような、そういうきちんとした学びの場ですね、そして、発達の保障というのをきちんと得られる、こういう教育の場というのをつくっていただきたいと思います。
どうもありがとうございました。拍手
この発言だけを見る →お手元の資料、私の場合かなりはしょっております。なぜかといいますと、個人情報的なこともございますので、このような書き方をさせていただきました。
私は、埼玉県で、NPO法人発達障害支援センターひまわりということで活動をさせていただいております。なぜそのような活動をしてきたかといいますと、私の長男、現在中学三年生になりますが、この長男が五歳のときにADHDという診断を受けました。今から十年ほど前になりますので、今のように特別支援教育ですとか、まずADHDといったこと自体もわかってもらえない時代でした。
なぜ診断を受けるいきさつになったかと申しますと、まず、生まれて、多動傾向というか、重い方の多動だと思うんですね、私自身育ててきまして。十カ月を過ぎたあたりからなんですが、周りの保護者というかお母さん方からもマイペースな子だねというようなことをよく言われていました。私自身、初めての子でしたので、ああ、男の子ってこんなものなのかなというような形で来ていました。
すぐ下に、年子で一つ下に弟がおりますが、ここと比較ができるようになって、この子はやはり違うなというのを感じましたが、それは二歳を過ぎたあたりからだったんですね。遊びですとか興味が非常にころころと変わっていくんです。ものの何分ももたないんですね。これで本当にいいのかなとやはり親として心配になりまして、三歳三カ月という小児の健診が各市であるんですが、そちらの方でまず相談をいたしました。
当時、まだやはりこの発達障害というのをわかっていただけるお医者さんもいらっしゃらなかったんですね。ただ、保健婦の方からは、はっきり多動だということではないんですが、このような症状の病気もありますよ、もしお母さんが心配であれば専門医を紹介しますということがあったんです。当時、手先の不器用さが伴うとかとよく言われて、今は全くそういうのは関係ないと言われていますが、それが唯一うちの場合は当たらなかったんですね。それで、では様子を見ましょうということになってしまったんです。
そして、公立の保育園に通っていまして、これは二歳から保育園の方に通っていたんですが、そこで、やはり年齢が上がるとともに、問題が非常に出てきました。
まず、担任の保母、今は保育士さんですが、この子がこういうことをするのはこの子の個性だねというふうにとらえていただける担任の先生とは比較的うまくいっていました。ところが、これをしなければいけないんだというような形で、がんじがらめといいますか、そのような先生とはとことん相性が悪くて、よくやったのが、かみつくですとか、とにかく行ってパニックを起こすですとか、必ず行くと、ひどい場合は、私には見られませんと迎えに行った玄関先でよく言われて帰ってくるような次第でした。ですから、親としては隠れて送り迎えをして、そっと置いてそっと逃げてくる、ほかのお母さんたちとなるべく顔を合わせないように、合わせれば、済みません済みませんと頭を下げて回っている毎日だったわけなんです。
それが、五歳のときに一番悪化をしまして、ちょうどそのときだったと思います、マスコミでこのADHDというのを取り上げられた時期だったんです。その症状を映し出されたのを見まして、自分としては非常に当てはまることが多かったんですね。そして、三歳のときの健診の病気としてありますというそれがずっと頭にあったものですから、そこで市内の保健所の発達相談というのを受けました。そこで、小児科の先生から、この子は多動傾向があるから一度診てもらった方がいいということで専門医を紹介していただきました。そこで受診をしました。
私自身、やはり周りから、保育園の先生からも、お母さん、ちょっと愛情が不足していますよとか、いろいろ言われていましたので、非常に自信もなくしておりました、やはり私の育て方が間違ってしまったのかなと。だから、余計子供を締めつけるということもありました。結果として、やはり小学校に上がった時点で、既にもう行為障害というものまで起こしていました。ですので、就学前に至っては、とにかく少しでも面倒見のいい担任の先生に振り分けてもらうように、当時であれば、とにかくわかってもらってください、周りの人にこの子の状態をわかってもらってくださいというのが主治医の先生からの指導でした。
そこで、教育委員会の就学相談を受けまして、こういう子なんですと、三回ほど受けたんですね。ところが、やはりこの発達障害自体、今でもそうですけれども、この子に合った場というのはないんです。今ある中では、通常学級、いわゆる特殊学級、そして養護学校、あとは情緒障害の通級がどうかすれば適用するかなというようなところでしたので、まず選択肢としてはやはり選べなかったですね。就学相談を受けた結果、知的にも問題ないですし、衣服の着脱もできますし、通常どおり学区内の小学校に入学しましょうということで、小学校への入学となりました。
やはり学校でも、まず、この軽度発達障害、ADHD、これ自体がわかっていただけませんでした。入学して十日目に校長から呼ばれました。私も、この子のことに関しては隠すつもりもありませんでしたし、わかっていただくというのが一番だと思っていましたので、まず先生と、ああよかったということで早速伺いました。十日間のいろいろやったことを全部羅列されまして、結果、とにかくお母さん、この子がこういうことをするのはADHDとかじゃないんですよ、親が原因です、とにかくあしたから学校へ来なさいと。
それから毎日子供に付き添って、一年近くです、学校通いが始まりました。ひどいときには、休み時間だけ来てくださいと。うちの場合は、教室の中で席には比較的座っていられたんですね。ところが、対人関係ですとか、やはりそういったところでのトラブルが多いものですから、休み時間での問題が大きいんです。例えば、友達とけんかを始めてしまった、かんでしまった、たたいてしまったということがありますので、二時間目の休み時間というのは二十五分間と比較的長いですから、そういう時間ですとか昼休みですとか、そのときだけ今度は来てくださいと。
あとは、夏場になりますと、今度はプールなんですね。水遊びが好きな子でしたから、非常に興奮するんです。そうすると、やはり危ないですから、お母さん、プールサイドに立っていて見ていてくださいと。そのために毎日学校へ行くような次第でした。
時には、朝行きまして、きょうは急に担任の先生が休みになりました、ほかに先生がいないので、お母さん、ずっと後ろにいてくださいと。玄関のかぎも閉めずに行った状態で、一日ずっと学校にとどまりました。そんなこともあったわけですね。
私としては、いろいろなことを校長先生ともお話しました。担任の先生にもこの子の状態というのを伝えていきました。ところが、やはりなかなかわかっていただけなかったんです。なぜかといえば、発達障害というのは見てわかる障害ではないんですね。見ても全く普通なんです。ですから、何でこの子がというようなことなんですね。中には、元気がよくていいじゃないと言われてしまったりするわけです。そうすると、どうしてもわかっていただけないというのが一番ありました。
それと、現実問題、やはり、一クラス三十何人、四十人いるクラスの中では、場合によっては、先生によっては、わかってはいるんですけれども、でもできません、はっきりそうやっておっしゃる先生もいらっしゃるわけです。
そこで、では私がどうしたかといえば、教育委員会に、例えば、この子に対しての支援員さんを派遣してください、つけてください、そういうお願いもまずしていきました。ところが、やはり返ってくる答えは、お金がないです、そういう人的な配置をできるだけ余裕がないです、それができるだけの人材がいません、このことが、いつも、どこへ行っても返ってくる答えだったわけですね。
その中で、とうとう三年生に上がる段になりまして、いろいろなことが情報として回っていきますので、この子と同じクラスになったら嫌だわというようなことも言われるようになりました。
そこで、私は、二年生のときに合同懇談会を開いてくださいということで学校側に申し入れをしまして、一カ月間、やるのやらないの、そのすったもんだの繰り返しをしまして、二クラスだったんですけれども、五十何人のお母さん方を一堂に集めていただきまして、私の口からこの子の状態というのをやっと説明させていただきました。中にはそれで納得されたお母さんもいらっしゃいますが、こじれてしまった関係というのはなかなか修復ができない、そういった方もやはり何名かはいらっしゃいました。
その中で、三年生、四年生、とうとう五年生に至ったときに、子供は不登校になりました。やはり今までの対応をしくじってしまった、だからこそ幼年期の対応というのは大事だというのは私自身が体験した思いです。その中で、学校に行きたくないになってしまったんです。
私の場合は、もうこれはどうにもならないということで、実を言うと、こちらにいらっしゃいます市川先生に今現在お世話になっておりますので、梅ヶ丘病院の方に七カ月間入院ということをしました。
本人は、最初はやはり嫌がっていました。病棟に入って、病棟だけでいいと。青鳥養護学校の梅ヶ丘分教室というのがあるんですが、そちらに通っていいですよという許可がおりたんですけれども、本人はとにかく嫌がりました。もう学校自体も嫌になってしまったんですね。その中で、とにかく七月一日から行くということになりまして、毎日電話をかけることができましたから、夜本人から電話がかかってきた中で、どうだったと聞くと、楽しいとなったんですね。何でこんなに変わるんだろうというのが不思議でした。よく分教室の先生ともお話ししたのは、医療機関の中にある学校ではなくて、通常の中で、一般の中でこういう子供たちを受け入れてくれる場があったらというのをよくお話をさせていただいた次第です。いつまでも病院にはいられないわけです。ですから、七カ月たって退院をしてきました。
では、今度退院をした後に受け入れてくれる学校はどこか。私は、この子たち、この子たちといいますのは、今ひまわりとしていろいろ療育活動なんかもしておりますので、感じるのは、この子たちに適した環境が必要だと思います。それは、教育もそうです。親子関係も友達も兄弟関係ももちろんそうだと思います。現にうちのすぐ下の弟も、兄のことが原因で周りからいろいろ言われるものですから、やはり不登校ということを体験しております。それで、私は、支援というのは、その環境の度合いによって必要か不必要かというのが決まると思います。適した環境であれば支援というのは要らないと思います。けれども、そこが適してないから不適応状態を起こすわけですから、支援の手というものが必要になってしまうのではないかと思います。
今現在、中学もう三年生で、今度いよいよ次のステップになるわけなんですが、この間、小学校、中学校、いつもずっと思ってきたことは、やはり発達障害をわかってくれる人はほとんどいないな、余りにも理解されないんだなというのを一番感じています。
ここに、次の二番目のレジュメの方になりますが、そんなことがありまして、四年ほど前に、実を言うと、親の会としてひまわりは立ち上がりました。当初は親同士の慰めの場だったわけです。愚痴のこぼし合いです。わかってもらえない。親同士、わからないんですね。同じ学校に通っていても、まずそういう情報が入りませんから、わからないんです。会員で入ってきて同じ学校のお母さん方が三人そろったとか、そんなことがあるわけなんですね。中には、私、こんな思いをしているのは市内で私一人だけかと思っていましたとか、中には、お母さん自身が精神科に通ってうつ病の薬を飲まなければ夜も眠れないとか、そこまで悩んでいる方もいらしたわけです。
そこから始まってきまして、今度は、子供というのは日々成長していきます。今必要なんですね、今生きているわけですから。今きちんとした療育とか、この子たちに適した学びの場というのが必要だと思います。教育というのは子供が自立していくためにあるものだと思うんですね。それをやはり、なかなか今の学校現場の中にはないんです。居場所がまずないですから。
そこで、今度はNPO法人化をしまして、子供たちの支援というような形で今活動をさせていただいております。その内容が、こういったパンフレット、ここにある事業なんですね。
これはなぜ始めたかといいますと、私自身体験をしてきまして、こういったものがあればいいなという思いでつくりました。ですから、これを見た保護者の方には、親が望むものばかりですねと言われた方がいらっしゃるんです。つくったのが私、親ですからとよくお話をするんですね。専門の先生方ですとかいろいろな研究者の方々が、何かそれぞれの研究の場としていろいろなものはあるんですが、どれもやはりしっくりこない。やはり当事者の親のもどかしさですとか、そういったものをわかっていただける場ってなかなかないなというのがあるんですね。そこで、当事者として、当事者の思いがわかるものとしてこのようなものを活動事業として行っています。
ここで、その次の資料になりますが、このサポーター養成講座というのは、わかる人材が余りにもいないということで、今年度から始めました。実を言いますと、これを受けている方の大半は保護者なんですね。自分はエジソンの母にならなければいけないのかと。余りにも、学校というものに期待できないと思っていると思うんです。だからこそ自分がきちんと学んで、この子をという思いなんだと思うんですね。
そして、これだけの長い期間です。なかなか余り、これだけやるところがなくて、いろいろこれをやるに当たっては、本来もっと長かったんです。それを切り詰めまして切り詰めまして、なぜかといいますと、ボランティア講座ですとか、いろいろな研修会ですとか、一日ですとか二日、三日、その程度のものはあるんですが、さらっと、ああそうかなという程度で終わってしまうんですね。真に支援できるだけの人材までは至らないのではないかなというのを感じています。
そこで、実習まで入れたこのようなサポーター養成講座というのを、これは今年度から毎年開校していく予定でいます。こちらは基礎コースですから、今後は、子供たち、いつまでも子供ではいません、成人になっていきますから、今度は成人のサポートですね。
そして、私自身、子供を育てていて一番感じているのは、家庭の中においてもサポートしてくれる人がいたらいいなと思っています。なぜかといいますと、非常に活発に動く子たちですから、お使いなんかに行っても大変なんですね、大体余計なものまで買い込んでくるような。普通であれば、隣の人へ、済みません、ちょっと見ててもらえますかと普通に気楽に頼めるんですが、この子を持っていますととてもそれはできないんですね。かなり迷惑をかけてしまうかなとか、誤解されちゃうかなとか、何、あのうちはどういうしつけをしているんだろうと思われちゃうだろうなと。であれば、実を言いますと、現に私も親の葬式にも出られなかった次第なんです、子供を見てくれる場がなかったものですから。やはり家庭でもそういうサポートは必要だと思います。
結果として、こういう子たちです、決して褒められるようなことをする子たちではないものですから、どうしても親としてはしかってしまうのが多いんですね。これは学校でも同じだと思います。それはやめよう、やめさせたいという思いでしかるものですから、果ては、虐待ですとかそういったものにもつながるケースが非常にふえています。一番怖いのは、子供を受け入れられなくなってしまう関係なんですね。こういったケースも何例か私どもの相談の中には来ております。
そのような点で、ぜひ、教育の場でも、発達障害というのを、子供にかかわる方々というのはすべてまず理解していただきたいな、学んでいただきたいなと思います。
それともう一点、この子たちの場というのは、今のところどこにも属してないんですね。通常学級でもだめなんです。では、今ある特殊学級でどうかというと、ここでもやはり居場所がありません。就学相談もわかっている方が担当されればいいんですが、そうでない場合は、通常学級がだめだとでは特学、特学がだめだったらもう養護。養護なんかに行きますと、逆に言うと、今度は養護のお母さん方から、あんたたちは軽度なんだから、ここは軽度の子たちの来る学校じゃないんですよということで言われるんですね。もっと軽度のお母さんたち頑張りなさいよと、そういうようなことが返ってくるわけです。
ですから、私としては、この子たちの学ぶ場、そういったものがきちんとあれば、適切な療育、そういったものがあれば、何の問題もなく社会の中で自立していける子たちだと思います。その場においても、やはり教育の場というのは大事なものだと思います。
それから、実を言いますと、二〇〇二年に親の会を立ち上げまして、まず一般の方々にも、社会の中でやはりこの軽度発達障害というようなものの市民権を得なければいけないという思いがありますので、理解促進ということで、後援会ですとかセミナーなんかを毎年ひまわりとしては開催しています。
ところが、それを休日、まして民間団体でやる、お金も払って参加するというと、やはり意識のある方なんですね。本当は、意識が薄い、その他大勢、大多数の方に私なんかは聞いていただきたいことなんですが、なかなかそういう方の参加というのは得られないんです。
そこで、今年度、実を言うと、この三冊、これは絵本なんですが、各百部限定で私どもがつくったものなんです。これは軽度発達障害をわかっていただくという意図のもとでつくりました。ですから、親しみやすい絵本という形に置きかえて出させていただきました。これは、学校ですとか児童相談所、それから教育センターですとか、そういったところに無料で配付をさせていただいている資料なんです。今回、ちょっと八十部御用意できなかったので何部かだけなんですけれども、ぜひごらんいただきたいと思います。
一番は、やはり教育というのは絶対大事なものだと思いますので、十分に、こういった子供たち、人もそれから時間もかけていただきたいなと思います。発達の度合いに応じた学校、今回の法案の中にも障害の種別をなくすということが言われていますけれども、やはり、個々に応じた専門的な教育というのは必要だと思います。もし言うのであれば、私は、障害児学校の総合病院のような、間口が一つとしても専門の科に分かれていくような、そういうきちんとした学びの場ですね、そして、発達の保障というのをきちんと得られる、こういう教育の場というのをつくっていただきたいと思います。
どうもありがとうございました。拍手
遠
遠
戸
戸井田とおる#11
○戸井田委員 自由民主党の戸井田とおるです。
きょう、ここの委員に所属はしていないんですけれども、どうですかと言われて、ある意味で簡単に受けてしまったんですけれども、勉強すればするほど頭が混乱してきて、しかし、ここに来て、今それぞれ四人の参考人のお話を聞いていたら、非常にある意味でよくわかってきた。
また同時に、高原参考人も、本当にお母さんというのはやはり強いんだなと改めて思いました。自分のことに置きかえてみると、そういうことに耐えられるのかな、日々のそういう生活の中で、まして自分の子供がということになると、本当にこれは厳しいなと。まして、だれも周りに理解者がいないという状況でそれに対応していくというものは、まさにスーパーお母さんと言えるような感じがするんですね。
しかし、我々はそれでおさまっていたら仕方ないわけであって、少しでもそれに近づいていこう、そういう体制を整えていこうということで今回の法改正になったんだと思います。
また、私自身も子供は三人おりますけれども、三人とも全部成人してしまいました。しかし、その子供が成長する過程の中でもって、小学校、中学校の、特に義務教育の時代にPTAでかかわることになって、その場で実はいろいろなことを勉強させていただきました。障害者との関連、また、障害のある子供を持った親御さんが、何としても普通の学校で教育を受けさせたいということでもって、学校サイドも一生懸命それを受けようとして努力はするんですけれども、しかし、なかなかなれないもので、逆に手をとられてしまう。
そのことを振り返ってみて、かつて、そのときにいた校長先生のところに実は電話をしまして、当時のことを、簡単にしか聞いておりませんでしたので、もう一度いろいろ確認しながら電話でお話ししていたんですね。そうしたら、大変長い時間になってしまったんですが、その当時の受け入れていたお子さんが、もう成人になっているわけですね。中学校でも、特に肢体不自由児でしたら、見たらわかるわけですけれども、松葉づえをついて、運動会でもやはり参加するんですね。マラソンがあって、それには参加するのかしないのかといったら、やはり本人は参加したい、非常に前向きな子でしたから、みんなと一緒にスタートするわけです。
ところが、松葉づえをついてのマラソンですから、なかなか帰ってこない。しかし、子供に聞くと、みんな、じゃ、その子が帰ってくるまで待とうということで、運動会でも会場全体で待つんですね。そこに本人が一生懸命帰ってくるわけです。今思い出しても感動的な場面だったんだなと改めて痛感しますけれども、その話をするだけでも込み上げてくる部分があります。その努力というものを、やはり本人も大変だし、家族も大変だけれども、逆にその姿を見ていて、子供たちに何よりもましての教育になったんじゃないかなというふうに思うんですね。
同時に、そこにかかわっている子供たちが一番だれよりも理解している。身近にいて、そばにいて生活を一緒にしている子供たちが、その障害を乗り越えてというか、障害を障害と見ていないというか、自然にそれを受け入れて、クラスメートとしていく。
ほかにも、重度の障害、重度といっても学校に通えるぐらいでしたが、その女の子がいて、先生は何とか、養護学校へ行った方がいいんじゃないかとかいう話があったらしいんです。親が何としてもということで、卒業して、よかったわけなんですけれども、後で養護学校の先生から、やはり今養護学校に通わせておいた方がよかった、それはなぜかというと、生活の基本的な、排尿の訓練だとかそういうことができていなかった、そう言われて、その先生もやはりまずかったのかなと思いながらも、今大人になって訪ねていくと、学校時代の友達でできたネットワークというか友達の関係というか、そういうものがやはりその人の財産になっているなということを思ったら、そのとき、本当に養護学校へ行ってしまった方がよかったのか、それともこっちでみんなと一緒にしていたのがよかったのか、実は正直言ってわからないところもあるんですというようなことも言われておりました。
ましてや、今お話のありましたLD、ADHDという障害になってくると、一般の人にはなかなか理解できない部分があるということになると、専門家をやはりたくさん養成していくということが大事なんだろうというふうに思いますし、また同時に、一般の人にそのことを知ってもらうことが大切だということを、今お話を聞いていてもよくわかりました。
しかし、では、どういう方法でということになってくると、私は、最終的にはやはり学校なんじゃないかなという気がするんですね。学校の中でそういう体制をつくっていって、大人が理解できなくても、子供が、今のその先生の話を聞いていたら、非常に理解が早い、また、それに対応できるということを考えてみると、小学校の教育、中学校の教育というものをしっかりとこうした制度の中に立ち上げていって、多くの理解者をつくり上げていくということなんだろう。また、そんな子供たちが将来ボランティアで参加してみたり、そういう中でより理解を深めていくことにつながっていくんだろうというふうに思います。
ノーマライゼーションという言葉を聞いてからかなり時間がたつわけでありますけれども、その後にインクルージョンというような話も出てくる。最初は何なのかなと思いながらも、やはり少しずつ理解が進んでいくということ、そのことの大切さというものを改めて痛感いたしております。
そこでお伺いしたいんです。
今回のこの体制をつくっていって、実際に今の状況の中に十分対応できるだけの体制がとれるんだろうか、その辺のところをそれぞれのお立場からコメントしていただけたらありがたいと思うんです。
この発言だけを見る →きょう、ここの委員に所属はしていないんですけれども、どうですかと言われて、ある意味で簡単に受けてしまったんですけれども、勉強すればするほど頭が混乱してきて、しかし、ここに来て、今それぞれ四人の参考人のお話を聞いていたら、非常にある意味でよくわかってきた。
また同時に、高原参考人も、本当にお母さんというのはやはり強いんだなと改めて思いました。自分のことに置きかえてみると、そういうことに耐えられるのかな、日々のそういう生活の中で、まして自分の子供がということになると、本当にこれは厳しいなと。まして、だれも周りに理解者がいないという状況でそれに対応していくというものは、まさにスーパーお母さんと言えるような感じがするんですね。
しかし、我々はそれでおさまっていたら仕方ないわけであって、少しでもそれに近づいていこう、そういう体制を整えていこうということで今回の法改正になったんだと思います。
また、私自身も子供は三人おりますけれども、三人とも全部成人してしまいました。しかし、その子供が成長する過程の中でもって、小学校、中学校の、特に義務教育の時代にPTAでかかわることになって、その場で実はいろいろなことを勉強させていただきました。障害者との関連、また、障害のある子供を持った親御さんが、何としても普通の学校で教育を受けさせたいということでもって、学校サイドも一生懸命それを受けようとして努力はするんですけれども、しかし、なかなかなれないもので、逆に手をとられてしまう。
そのことを振り返ってみて、かつて、そのときにいた校長先生のところに実は電話をしまして、当時のことを、簡単にしか聞いておりませんでしたので、もう一度いろいろ確認しながら電話でお話ししていたんですね。そうしたら、大変長い時間になってしまったんですが、その当時の受け入れていたお子さんが、もう成人になっているわけですね。中学校でも、特に肢体不自由児でしたら、見たらわかるわけですけれども、松葉づえをついて、運動会でもやはり参加するんですね。マラソンがあって、それには参加するのかしないのかといったら、やはり本人は参加したい、非常に前向きな子でしたから、みんなと一緒にスタートするわけです。
ところが、松葉づえをついてのマラソンですから、なかなか帰ってこない。しかし、子供に聞くと、みんな、じゃ、その子が帰ってくるまで待とうということで、運動会でも会場全体で待つんですね。そこに本人が一生懸命帰ってくるわけです。今思い出しても感動的な場面だったんだなと改めて痛感しますけれども、その話をするだけでも込み上げてくる部分があります。その努力というものを、やはり本人も大変だし、家族も大変だけれども、逆にその姿を見ていて、子供たちに何よりもましての教育になったんじゃないかなというふうに思うんですね。
同時に、そこにかかわっている子供たちが一番だれよりも理解している。身近にいて、そばにいて生活を一緒にしている子供たちが、その障害を乗り越えてというか、障害を障害と見ていないというか、自然にそれを受け入れて、クラスメートとしていく。
ほかにも、重度の障害、重度といっても学校に通えるぐらいでしたが、その女の子がいて、先生は何とか、養護学校へ行った方がいいんじゃないかとかいう話があったらしいんです。親が何としてもということで、卒業して、よかったわけなんですけれども、後で養護学校の先生から、やはり今養護学校に通わせておいた方がよかった、それはなぜかというと、生活の基本的な、排尿の訓練だとかそういうことができていなかった、そう言われて、その先生もやはりまずかったのかなと思いながらも、今大人になって訪ねていくと、学校時代の友達でできたネットワークというか友達の関係というか、そういうものがやはりその人の財産になっているなということを思ったら、そのとき、本当に養護学校へ行ってしまった方がよかったのか、それともこっちでみんなと一緒にしていたのがよかったのか、実は正直言ってわからないところもあるんですというようなことも言われておりました。
ましてや、今お話のありましたLD、ADHDという障害になってくると、一般の人にはなかなか理解できない部分があるということになると、専門家をやはりたくさん養成していくということが大事なんだろうというふうに思いますし、また同時に、一般の人にそのことを知ってもらうことが大切だということを、今お話を聞いていてもよくわかりました。
しかし、では、どういう方法でということになってくると、私は、最終的にはやはり学校なんじゃないかなという気がするんですね。学校の中でそういう体制をつくっていって、大人が理解できなくても、子供が、今のその先生の話を聞いていたら、非常に理解が早い、また、それに対応できるということを考えてみると、小学校の教育、中学校の教育というものをしっかりとこうした制度の中に立ち上げていって、多くの理解者をつくり上げていくということなんだろう。また、そんな子供たちが将来ボランティアで参加してみたり、そういう中でより理解を深めていくことにつながっていくんだろうというふうに思います。
ノーマライゼーションという言葉を聞いてからかなり時間がたつわけでありますけれども、その後にインクルージョンというような話も出てくる。最初は何なのかなと思いながらも、やはり少しずつ理解が進んでいくということ、そのことの大切さというものを改めて痛感いたしております。
そこでお伺いしたいんです。
今回のこの体制をつくっていって、実際に今の状況の中に十分対応できるだけの体制がとれるんだろうか、その辺のところをそれぞれのお立場からコメントしていただけたらありがたいと思うんです。
市
市川宏伸#12
○市川参考人 先生の御質問は、教育の中においてという御質問。
基本的に、きょう高原参考人がお話しになりました軽度発達障害の方というのは、今までと同じような指示をしても、指示がうまく入らないところがございます。そうすると、これまでの対応ですと、指示が入らない、困った子供だ、もっと指示を強くしていってやらなきゃいけないだろうというふうになるかもしれませんが、これは逆でありまして、指示の仕方を変えればいいという発想にもし先生方が立っていただくと、うまい指示の仕方ができるはずなんですね。ですから、こういうような発想を先生方が持っていただけるかどうかが非常に重要な問題だと思います。
先生御心配のように、そういう人材というか、そういうのがあるかということでございますが、私自身は、年間、昨年五、六十回講演をやっておりますけれども、そのうちの四分の三は教育関係です。ということは、教育の現場の先生方が、実はクラスの中にそういう子供さんを抱えて困っていらっしゃるという現実もございます、これは保護者の方も当然困っているわけでございますが。
してみますと、そういう先生方が非常に今ふえてきておりますので、私は、今すぐにというわけにはいかないかもしれませんけれども、こういうような改正を行って、さらに人材の養成の速度を上げていただくということで、少しずついい方向に行くというふうに考えております。
この発言だけを見る →基本的に、きょう高原参考人がお話しになりました軽度発達障害の方というのは、今までと同じような指示をしても、指示がうまく入らないところがございます。そうすると、これまでの対応ですと、指示が入らない、困った子供だ、もっと指示を強くしていってやらなきゃいけないだろうというふうになるかもしれませんが、これは逆でありまして、指示の仕方を変えればいいという発想にもし先生方が立っていただくと、うまい指示の仕方ができるはずなんですね。ですから、こういうような発想を先生方が持っていただけるかどうかが非常に重要な問題だと思います。
先生御心配のように、そういう人材というか、そういうのがあるかということでございますが、私自身は、年間、昨年五、六十回講演をやっておりますけれども、そのうちの四分の三は教育関係です。ということは、教育の現場の先生方が、実はクラスの中にそういう子供さんを抱えて困っていらっしゃるという現実もございます、これは保護者の方も当然困っているわけでございますが。
してみますと、そういう先生方が非常に今ふえてきておりますので、私は、今すぐにというわけにはいかないかもしれませんけれども、こういうような改正を行って、さらに人材の養成の速度を上げていただくということで、少しずついい方向に行くというふうに考えております。
上
上野一彦#13
○上野参考人 こういったことが学校での理解からスタートしていくというのはそのとおりだと思います。その場合に、子供たち自身がそういったさまざまな人たちがいるということを理解することはもちろんですが、やはり教員養成という立場からも、教師もそうでなきゃいけない。そうしますと、一般の通常の免許であっても、そのことについての新しい知識をどんどん入れなきゃいけないし、今度の特別支援学校の総合的なところ、そこでもそのことが必要になると思います。
私は、その場合に、よい教育というのは、非常に多様なサービスが準備されていて、それが選べるということ。今私たちは、そういう観点からいいますと、サイズにしてもデザインにしても、わずかな靴を無理やり履かせようとしている、そこがもっと多様になることだと思います。
ただし、このことが、先ほど私が申し上げた中で、聖域化といいますか、確かにこういった領域というのは、アメリカでも数倍のお金がかかるようです。しかし、聖域的にどれだけかかってもそれを実現するのかというと、私はやはり全体的な調和の中で、多くの方たちがそのことを、その意義を認めた中で進めていくということが大事ではないかと思います。そういう形の中で、必ず学校というところを中心にしてこのことは促進していくと思います。
この発言だけを見る →私は、その場合に、よい教育というのは、非常に多様なサービスが準備されていて、それが選べるということ。今私たちは、そういう観点からいいますと、サイズにしてもデザインにしても、わずかな靴を無理やり履かせようとしている、そこがもっと多様になることだと思います。
ただし、このことが、先ほど私が申し上げた中で、聖域化といいますか、確かにこういった領域というのは、アメリカでも数倍のお金がかかるようです。しかし、聖域的にどれだけかかってもそれを実現するのかというと、私はやはり全体的な調和の中で、多くの方たちがそのことを、その意義を認めた中で進めていくということが大事ではないかと思います。そういう形の中で、必ず学校というところを中心にしてこのことは促進していくと思います。
姜
姜博久#14
○姜参考人 私の居住しております大阪の現状を考えますと、現在の状況で、数値的には、養護学校へ行く子供さん、あるいは特殊学級へ入学する子供さんが少しずつでもふえているわけです。この少しずつふえているという理由が、少し考えないといけない部分があると思っております。
といいますのは、子供の数が少なくなっていく状況の中で、実は地域の学校に入ってくる障害児の数が多くなってきているんですね。そして、それに対して学校の体制がどうとられているのかといえば、毎年毎年新学期を迎えるごとに、校長先生が、ああ、来年うちにはこれだけの障害を持つ子供たちが来るんだ、教育に関しては、何とか教員の数をふやしてくださいというふうにお願いをして回らないといけない状況が続いているわけです。そしてその中で、もし教員の方々の確保が難しい状況になれば、補助教員という形でアルバイト的な人たちを入れて補うという状況になっていると思います。
そういった現状を考えたときに、今回の法改正の中で、法文の中にそこまでは触れられておりませんけれども、いかに人的配置を適正にして学校で受け入れる体制をつくれるのかという部分がどうもまだ見えてこないというところは、私としては懸念されるところです。もし、今のこの法改正の状況でやっていただくとすれば、その部分、今現に地域の学校に行っている人たちはいるわけですから、そういった人たちをどう、ちゃんと支援していくのかという枠組みも同時になければ、これからまた軽度発達障害の子供たちに対する支援も学校側に求められてくるとなれば、余計に学校現場での重荷が非常に大きくなってくるのではないかと思われますので、ぜひとも国の方でも、こういった体制づくりを明確にしていただきたいと思っております。
この発言だけを見る →といいますのは、子供の数が少なくなっていく状況の中で、実は地域の学校に入ってくる障害児の数が多くなってきているんですね。そして、それに対して学校の体制がどうとられているのかといえば、毎年毎年新学期を迎えるごとに、校長先生が、ああ、来年うちにはこれだけの障害を持つ子供たちが来るんだ、教育に関しては、何とか教員の数をふやしてくださいというふうにお願いをして回らないといけない状況が続いているわけです。そしてその中で、もし教員の方々の確保が難しい状況になれば、補助教員という形でアルバイト的な人たちを入れて補うという状況になっていると思います。
そういった現状を考えたときに、今回の法改正の中で、法文の中にそこまでは触れられておりませんけれども、いかに人的配置を適正にして学校で受け入れる体制をつくれるのかという部分がどうもまだ見えてこないというところは、私としては懸念されるところです。もし、今のこの法改正の状況でやっていただくとすれば、その部分、今現に地域の学校に行っている人たちはいるわけですから、そういった人たちをどう、ちゃんと支援していくのかという枠組みも同時になければ、これからまた軽度発達障害の子供たちに対する支援も学校側に求められてくるとなれば、余計に学校現場での重荷が非常に大きくなってくるのではないかと思われますので、ぜひとも国の方でも、こういった体制づくりを明確にしていただきたいと思っております。
高
高原孝恵#15
○高原参考人 先ほども申し上げたとおり、四十人一クラスという中に今いるわけですから、国で出たのが六%、埼玉県は、実を言うと一〇・五%、一割なんですね。というと、一クラス大体三人から四人いる計算になります。
その中で、例えばこの子たちが何らかの原因でパニックを起こしてしまった場合に、先生がその子にかかわっている間、ほか三十何名というのは待ったを食らっている状態です。そうなると、ほかの保護者から、先生、うちの子だっているわけです、そういう苦情がやはり来るんですね。果ては、おたくのお子さんがというようなこともじかに来ることもあるわけです。
ですから、そういう点にいきますと、確かに発達障害に関して言えば、先生方がそれぞれ知識というのを持っていただくのはもちろんのことですけれども、やはりそれだけでは足りないものがあると思います。現に環境に応じてというのも先ほど申し上げたとおりで、例えば、多動のお子さんであれば、大体集中力は十五分と言われています。ですから、理解をされる先生であれば、四十五分を一回の授業ではないんですね、この子たちは四十五分が三回ですと。そういう区切りの中で十五分単位で軽く場を転換するような、そういう指導をされる先生方もいらっしゃいます。これはやはり理解をされている先生方なんですね。
ところが、それが何人もいて、ましてこの障害というのは、ではADHDだから一律同じかというと、全部違います。そのお子さんによって全部症状の出方が違いますから、それぞれに対応していくということであれば、私は人的な配置ももちろん必要だと思います。それと全体的な教育のカリキュラム、そういったものもこの子たちに適したものというのが必要だと思います。
この発言だけを見る →その中で、例えばこの子たちが何らかの原因でパニックを起こしてしまった場合に、先生がその子にかかわっている間、ほか三十何名というのは待ったを食らっている状態です。そうなると、ほかの保護者から、先生、うちの子だっているわけです、そういう苦情がやはり来るんですね。果ては、おたくのお子さんがというようなこともじかに来ることもあるわけです。
ですから、そういう点にいきますと、確かに発達障害に関して言えば、先生方がそれぞれ知識というのを持っていただくのはもちろんのことですけれども、やはりそれだけでは足りないものがあると思います。現に環境に応じてというのも先ほど申し上げたとおりで、例えば、多動のお子さんであれば、大体集中力は十五分と言われています。ですから、理解をされる先生であれば、四十五分を一回の授業ではないんですね、この子たちは四十五分が三回ですと。そういう区切りの中で十五分単位で軽く場を転換するような、そういう指導をされる先生方もいらっしゃいます。これはやはり理解をされている先生方なんですね。
ところが、それが何人もいて、ましてこの障害というのは、ではADHDだから一律同じかというと、全部違います。そのお子さんによって全部症状の出方が違いますから、それぞれに対応していくということであれば、私は人的な配置ももちろん必要だと思います。それと全体的な教育のカリキュラム、そういったものもこの子たちに適したものというのが必要だと思います。
戸
戸井田とおる#16
○戸井田委員 どうもありがとうございました。
先ほどの私の小学校のときの先生が、やはり同じように、多分発達障害の子供だと思うのですけれども、教室に入ってくるなりいきなりドアで寝転がって、それからすると、ふっとしたら、後、わあっと走り回るらしいんですね。教室じゅう走り回って、それから自分の席にぽんと座ると、今度は人に絵本のあるページを読んでもらって、それを読み終わると後は普通に授業に入っていけるということで、最後、私はずっと絵本を読む役でしたということで言っていたんですけれども、その子の場合にはそれで何とか学校を卒業できたということでありました。
ケース・バイ・ケースで一つ一つに対応していくということは、教育に携わる人の、まさに人材の内容というか、その知識があるだけでなくて、知識がなくても、またそういうことを勉強しよう、またそういうことを理解しようとする、そういう姿勢が大事なんだなというふうに思うのですね。画一的なものであってすべてが理解できるものであればいいのかもわかりませんけれども、ましてやそうでないというお話を聞いてくると、やはりそれに対応する人間の質によって随分変わってくるのかな。そういう中で子供をある期間育てなければならない。また、将来にわたってその責任、責任というか子どもを自分が育てていかなきゃならない、大人になったときはどうなっていくんだろうか、そういう不安感というのは当然つきまとうんだろうと思います。
それを親だけに押しつけるというのは大変なことだろうと思いますし、また、その理解を社会全体でもって深めていくということの意義、今回のこの法案を提出し、そして成立させると同時に、そういったことを改めて広めていく責任が当委員会にもあるんじゃないかな、私はそういうふうに思っております。
国民の中にも、多くの方は前向きにそれをとらえようとすることがある、だけれども、個人的に自分の子供が例えば同じ教室でということになると拒否反応が出てきたりするという実情がある、そういうものをどう解決していくのか。まさにそれに携わる人によって随分大きな差が出てくるんだろうと思います。それをいかに普遍化してどう積み上げていくかというのが、やはり行政に課せられた大きな責任だと思っております。
そのためにも、ぜひ今回のこの機会に、発達障害、また、新たに出てくる、障害名だけを理解するのではなくて、そういう感覚よりも、もうちょっと広く、どんな人間にもいろいろなプラス面もあればマイナス面もある、それを自分で背負いながら生きていく、それを自分一人でなく、周りの人が知らず知らずのうちにサポートできる、そんな社会をつくっていく責任があるんだろうと思います。
きょうは参考人の四人の方々には、それぞれ大変お忙しい中、大変いい話を聞かせていただきまして、本当にありがとうございました。姜参考人、そして高原参考人も、また大変でしょうけれども、頑張って、御活躍を祈念しております。
以上で質問を終わります。
この発言だけを見る →先ほどの私の小学校のときの先生が、やはり同じように、多分発達障害の子供だと思うのですけれども、教室に入ってくるなりいきなりドアで寝転がって、それからすると、ふっとしたら、後、わあっと走り回るらしいんですね。教室じゅう走り回って、それから自分の席にぽんと座ると、今度は人に絵本のあるページを読んでもらって、それを読み終わると後は普通に授業に入っていけるということで、最後、私はずっと絵本を読む役でしたということで言っていたんですけれども、その子の場合にはそれで何とか学校を卒業できたということでありました。
ケース・バイ・ケースで一つ一つに対応していくということは、教育に携わる人の、まさに人材の内容というか、その知識があるだけでなくて、知識がなくても、またそういうことを勉強しよう、またそういうことを理解しようとする、そういう姿勢が大事なんだなというふうに思うのですね。画一的なものであってすべてが理解できるものであればいいのかもわかりませんけれども、ましてやそうでないというお話を聞いてくると、やはりそれに対応する人間の質によって随分変わってくるのかな。そういう中で子供をある期間育てなければならない。また、将来にわたってその責任、責任というか子どもを自分が育てていかなきゃならない、大人になったときはどうなっていくんだろうか、そういう不安感というのは当然つきまとうんだろうと思います。
それを親だけに押しつけるというのは大変なことだろうと思いますし、また、その理解を社会全体でもって深めていくということの意義、今回のこの法案を提出し、そして成立させると同時に、そういったことを改めて広めていく責任が当委員会にもあるんじゃないかな、私はそういうふうに思っております。
国民の中にも、多くの方は前向きにそれをとらえようとすることがある、だけれども、個人的に自分の子供が例えば同じ教室でということになると拒否反応が出てきたりするという実情がある、そういうものをどう解決していくのか。まさにそれに携わる人によって随分大きな差が出てくるんだろうと思います。それをいかに普遍化してどう積み上げていくかというのが、やはり行政に課せられた大きな責任だと思っております。
そのためにも、ぜひ今回のこの機会に、発達障害、また、新たに出てくる、障害名だけを理解するのではなくて、そういう感覚よりも、もうちょっと広く、どんな人間にもいろいろなプラス面もあればマイナス面もある、それを自分で背負いながら生きていく、それを自分一人でなく、周りの人が知らず知らずのうちにサポートできる、そんな社会をつくっていく責任があるんだろうと思います。
きょうは参考人の四人の方々には、それぞれ大変お忙しい中、大変いい話を聞かせていただきまして、本当にありがとうございました。姜参考人、そして高原参考人も、また大変でしょうけれども、頑張って、御活躍を祈念しております。
以上で質問を終わります。
遠
奥
奥村展三#18
○奥村委員 おはようございます。どうも、四人の参考人の皆さん、お忙しいところありがとうございます。民主党・無所属クラブの奥村展三でございます。
それぞれの立場で、いろいろ御体験なり、また、姜さんのようにみずから障害をお持ちで、いろいろな御苦労をされてきたお話を聞かせていただきました。きょうこうしておいでをいただいたわけですから、私がしゃべるよりも皆さんにいろいろなお話をお聞かせいただきたいと思っておるところであります。
まず、市川先生、お話の中に、やはり教育だけではなく、福祉だとか医療だとか、あらゆる分野の連携といいますか、専門チームという言い方をされたかもわかりませんが、特別支援教育という中にはいろいろあるんだよという意味のことをおっしゃったと思うんですが、それをもう少し具体的にお聞かせいただきたいと思います。
この発言だけを見る →それぞれの立場で、いろいろ御体験なり、また、姜さんのようにみずから障害をお持ちで、いろいろな御苦労をされてきたお話を聞かせていただきました。きょうこうしておいでをいただいたわけですから、私がしゃべるよりも皆さんにいろいろなお話をお聞かせいただきたいと思っておるところであります。
まず、市川先生、お話の中に、やはり教育だけではなく、福祉だとか医療だとか、あらゆる分野の連携といいますか、専門チームという言い方をされたかもわかりませんが、特別支援教育という中にはいろいろあるんだよという意味のことをおっしゃったと思うんですが、それをもう少し具体的にお聞かせいただきたいと思います。
市
市川宏伸#19
○市川参考人 先ほども申し上げましたけれども、私は、軽度発達障害の方は、通常教育の中にも特別支援教育の中にも、両方に関係してくるということと、それから、他職種でございますね、これは、教育の中でコーディネーターが校内の問題を、そして、さらにその場合、難しい場合は専門家チームの意見を求めるという格好になっておりまして、これにつきましては、医療あるいは福祉、心理、労働等の関係者というふうに理解しておりますが、やはりその中で、先ほどもちょっと出ておりましたけれども、その子供さんの状態をどうとらえるか、どうしたらいいかということについて、やはり教育の観点から見るだけではなくて、ほかの観点から見ていく、あるいはどうしたらいいかということを一緒に考えていくという点で意味があると思います。
これとともに、昨年の四月から、議員の先生方がつくってくださいました発達障害者支援法というのもございまして、これは文部科学省と厚生労働省が一緒にやっておりますので、この延長上にさらに広域的な支援体制をつくるということも含まれておりまして、子供さんは学校に行っているだけではございません、その後学童クラブに行ったりする方も当然いらっしゃるわけですし、そういうような、広域的に考えていかなきゃいけないという意味で、ぜひ他職種の方も入っていただくということに意味があるというふうに私は考えております。
この発言だけを見る →これとともに、昨年の四月から、議員の先生方がつくってくださいました発達障害者支援法というのもございまして、これは文部科学省と厚生労働省が一緒にやっておりますので、この延長上にさらに広域的な支援体制をつくるということも含まれておりまして、子供さんは学校に行っているだけではございません、その後学童クラブに行ったりする方も当然いらっしゃるわけですし、そういうような、広域的に考えていかなきゃいけないという意味で、ぜひ他職種の方も入っていただくということに意味があるというふうに私は考えております。
奥
奥村展三#20
○奥村委員 ありがとうございました。
先生のおっしゃるとおり、本当に広域的にこれに取り組んでいかなければ。お子さんお一人お一人の症状もまた違うわけですから。
特に義務教育のいろいろな問題を今我々も議論してきたわけなんですけれども、教育の現場だけにそれを任せていく、教育が悪いんだから教育の現場だなんぞと、そうじゃなくて、やはりあらゆる皆さんとの連携をとりながら、先生のように医療の方でいろいろと、先ほどおっしゃったように、高原さんとのいろいろな御指導もしておられるようですけれども、そういうようにしてやはりセンター的な流れでみんなが連携をとってやっていただくというのが一番大事だというように思います。本当にありがとうございました。
次に、上野先生、長年の御経験でいろいろきめ細かくお話しをいただいたわけです。特に、この改革が歴史に残る改革だとも先ほどおっしゃいましたけれども、一番、私は、人間尊重の教育のモデル、教育システムをしっかりと構築していかなければならないというお話をいただきました。
そうなりますと、先ほど来いろいろお話を聞いていますと、小学校、中学校、その段階の話は非常に我々も国等を挙げてやっているんですが、就学前の保育所あるいは幼稚園、こことの連携といいますか、生まれて、お母さんの手、御家族の手から離れて集団生活に入るわけですから、そこは保育所でありあるいは幼稚園であるわけですね。そこからスタートなんですから、小学校、中学校に行ったとしても、その環境を、ある意味では、お子さんがどれだけ持っておられるかということも大きなウエートがかかってくるのではないかなというように思うんです。
ですから、先ほど上野先生がおっしゃったそういう流れの中にも、小学校、中学校だけではなくて、私は、保育所だとか幼稚園、そういうものが連携をとりながら、それがまた高校へ行かれても、あるいは社会人になられても、一体化したものの連携がなければいけないと思うんですが、たっての私の思いですが、上野先生、ひとつまた御意見を賜りたいと思います。
この発言だけを見る →先生のおっしゃるとおり、本当に広域的にこれに取り組んでいかなければ。お子さんお一人お一人の症状もまた違うわけですから。
特に義務教育のいろいろな問題を今我々も議論してきたわけなんですけれども、教育の現場だけにそれを任せていく、教育が悪いんだから教育の現場だなんぞと、そうじゃなくて、やはりあらゆる皆さんとの連携をとりながら、先生のように医療の方でいろいろと、先ほどおっしゃったように、高原さんとのいろいろな御指導もしておられるようですけれども、そういうようにしてやはりセンター的な流れでみんなが連携をとってやっていただくというのが一番大事だというように思います。本当にありがとうございました。
次に、上野先生、長年の御経験でいろいろきめ細かくお話しをいただいたわけです。特に、この改革が歴史に残る改革だとも先ほどおっしゃいましたけれども、一番、私は、人間尊重の教育のモデル、教育システムをしっかりと構築していかなければならないというお話をいただきました。
そうなりますと、先ほど来いろいろお話を聞いていますと、小学校、中学校、その段階の話は非常に我々も国等を挙げてやっているんですが、就学前の保育所あるいは幼稚園、こことの連携といいますか、生まれて、お母さんの手、御家族の手から離れて集団生活に入るわけですから、そこは保育所でありあるいは幼稚園であるわけですね。そこからスタートなんですから、小学校、中学校に行ったとしても、その環境を、ある意味では、お子さんがどれだけ持っておられるかということも大きなウエートがかかってくるのではないかなというように思うんです。
ですから、先ほど上野先生がおっしゃったそういう流れの中にも、小学校、中学校だけではなくて、私は、保育所だとか幼稚園、そういうものが連携をとりながら、それがまた高校へ行かれても、あるいは社会人になられても、一体化したものの連携がなければいけないと思うんですが、たっての私の思いですが、上野先生、ひとつまた御意見を賜りたいと思います。
上
上野一彦#21
○上野参考人 おっしゃるとおりだと思います。
ただ、これまであらゆる障害というものが、まずは学校教育、特に義務教育段階からその制度を整えていくという、これは平成十七年から小中学校のところが大体体制が整ってきましたので、この領域に関しては、幼児と、それから高等学校にウイングを広げておられるようです。それは大変正しい方向ではないかと思います。特に幼児は、早期発見と早期対応ということ、それからまた保護者の方の本当に最終的な子供さんに対する責任やその重さを考えるときに、やはり早くからきちんとした専門家との情報の交換とか相談をしなきゃいけないので、そういう意味ではまず幼児教育が子供の発達の中で大変大事な時期であるというふうに思います。
広域の問題もそうですけれども、時間的にも幼児からずっと始まってきますし、それからまた、横にも、教育だけではなくて、さまざまな子供さんの生活に横に広い連携システムということが大変大事だろうと思っております。
この発言だけを見る →ただ、これまであらゆる障害というものが、まずは学校教育、特に義務教育段階からその制度を整えていくという、これは平成十七年から小中学校のところが大体体制が整ってきましたので、この領域に関しては、幼児と、それから高等学校にウイングを広げておられるようです。それは大変正しい方向ではないかと思います。特に幼児は、早期発見と早期対応ということ、それからまた保護者の方の本当に最終的な子供さんに対する責任やその重さを考えるときに、やはり早くからきちんとした専門家との情報の交換とか相談をしなきゃいけないので、そういう意味ではまず幼児教育が子供の発達の中で大変大事な時期であるというふうに思います。
広域の問題もそうですけれども、時間的にも幼児からずっと始まってきますし、それからまた、横にも、教育だけではなくて、さまざまな子供さんの生活に横に広い連携システムということが大変大事だろうと思っております。
奥
奥村展三#22
○奥村委員 ありがとうございました。
それと、やはり環境整備といいますか、先ほども先生がおっしゃったように、閉じこもったような形じゃなくて、高原さん、お名前出してあれですが、御経験談を今お聞かせいただきましたが、やはり保護者の方々がオープンで、地域なりあるいは学校なり保育所なり幼稚園なりにそういうものを出していけるような環境をまずつくってあげなければ、結局、義務教育なんだから教育だというふうなことで、教育の現場も戸惑われる。そういうことを考えますと、ハンディがあってどうのというのじゃなくて、共存している人だ、ともに生きているんだという、そこに着目しながら、社会がそのように変わっていかなければならない。それは、教育の問題だけではなくて、あらゆる環境を整えていくというのは大事であろうと思います。
私は滋賀県なんですが、御承知のとおり、第一びわこ学園と第二びわこ学園。第二びわこ学園はもう私の地元なんですが、あそこなり、近江学園等もあるんですが、一麦寮だとか全部あるんですが、糸賀先生が大変全国的、世界的にも有名ですが、本当に御苦労いただいて、私もいろいろお出会いさせてもらって御指導を仰いできたわけなんですが、これを見てやってくれ、本当に汗してみんな頑張っている、子供も一生懸命努力している、しかし、これをみんなが支えないかぬのや、一部の職員だけが支える、保護者が支えるんじゃないんだ、地域の人なり、みんながこうしてやってくれなかったらあかんのだということを、よく、行くたびに糸賀先生、私にも御指導くださいました。
そういうことを思いますと、大変皆さんそれぞれのところで御苦労があろうと思うんですが、きょうは姜さん、遠いところからありがとうございます。わざわざ大阪から来ていただきました。厳しい社会の中で、本当に、こうして頑張ってこられた。今の改正案についても、もっともっとこういうようにしてほしい、ああいうようにしてほしいという思いがあろうと思います。どうぞ時間の許す限りゆっくりやってください。
この発言だけを見る →それと、やはり環境整備といいますか、先ほども先生がおっしゃったように、閉じこもったような形じゃなくて、高原さん、お名前出してあれですが、御経験談を今お聞かせいただきましたが、やはり保護者の方々がオープンで、地域なりあるいは学校なり保育所なり幼稚園なりにそういうものを出していけるような環境をまずつくってあげなければ、結局、義務教育なんだから教育だというふうなことで、教育の現場も戸惑われる。そういうことを考えますと、ハンディがあってどうのというのじゃなくて、共存している人だ、ともに生きているんだという、そこに着目しながら、社会がそのように変わっていかなければならない。それは、教育の問題だけではなくて、あらゆる環境を整えていくというのは大事であろうと思います。
私は滋賀県なんですが、御承知のとおり、第一びわこ学園と第二びわこ学園。第二びわこ学園はもう私の地元なんですが、あそこなり、近江学園等もあるんですが、一麦寮だとか全部あるんですが、糸賀先生が大変全国的、世界的にも有名ですが、本当に御苦労いただいて、私もいろいろお出会いさせてもらって御指導を仰いできたわけなんですが、これを見てやってくれ、本当に汗してみんな頑張っている、子供も一生懸命努力している、しかし、これをみんなが支えないかぬのや、一部の職員だけが支える、保護者が支えるんじゃないんだ、地域の人なり、みんながこうしてやってくれなかったらあかんのだということを、よく、行くたびに糸賀先生、私にも御指導くださいました。
そういうことを思いますと、大変皆さんそれぞれのところで御苦労があろうと思うんですが、きょうは姜さん、遠いところからありがとうございます。わざわざ大阪から来ていただきました。厳しい社会の中で、本当に、こうして頑張ってこられた。今の改正案についても、もっともっとこういうようにしてほしい、ああいうようにしてほしいという思いがあろうと思います。どうぞ時間の許す限りゆっくりやってください。
姜
姜博久#23
○姜参考人 いろいろとあって、全部言い切ると時間がなくなってしまいますので、重要な点、二、三申し述べたいと思います。
一つは、やはり先ほど来私申し上げさせていただいているように、地域でともに生きてきた生活というのが、今どういうふうに生かされているのかということを、本当に考えていただきたいということです。
例えば、この間、大阪では、知的障害を持つ子供たち、これまで学力検査のために高校へ入学することはなかなか果たせませんでした。ぎりぎり、定員割れをした高校に入学が認められるというようなレベルでとどまっていたものです。それがやはり、地域の中学校あるいは小学校時代からともに一緒に過ごしてきた仲間と一緒に高校に行きたいという思いがずっと続いてきて、それが制度的に押し上げられ、今般、大阪府の方で特別コースというものがつくられ、知的障害の生徒さんを、まだまだ制度的には不十分ですし、入学定員も数が限られておりまして、希望する知的障害の方々がすべて入れるということにはなっておりませんけれども、やっと制度的に発足したということがあります。
これはやはり、地域でともに育ってきた子供たちが、高校でも一緒に、高等教育機関でも一緒に過ごしたいんだ、そしてその中で生きていくためのいろいろな努力をしていきたいんだということのあらわれだと思っております。それがまず第一点です。
この制度の意義をぜひとも知っていただきたいということが一つと、あと一つは、就学時健診というものが小学校に入る段階でありますけれども、そこで、やはりお母さんたちは、いわば専門家と言われる就学時健診の担当の方々にかなり振り回されてしまっている部分が多い。
先ほど来、ほかの参考人の方々が、的確な情報が必要なんだということをおっしゃっておりますけれども、その情報が何分にも、私、今大阪の地元で障害を持たれた方の相談活動をやっておりますけれども、やはり相談に来られる方の心理状況というのは、弱い立場に置かれているわけですね。何もわからない、どうしたらいいのかわからない。それに対して、僕なんかまだ素人の方ですから、なるべく同じ目線で話をしようとするんですけれども、やはり相手にとっては、相談に乗る方は大きく見えてしまう。そうすると、やはり就学時健診で、そこで何か言われてしまうと、もうそれに従わないといけないとか、あるいはどうしたらいいのか、ますます困惑に浸されてしまうということだと思います。
先生先ほどおっしゃったように、幼児期からの連携が必要ではないかということでありますけれども、まだまだ大阪の地でも、保育所には行けても、小学校に入る段階で壁になり、そういった健診の中で問題にされたりして、保育所でせっかく一緒に学んできた成果がそのまま小学校にストレートに伝わらない、あるいは小学校で培ってきたその子をめぐる人間関係や教育的なノウハウも、やはり中学校に行くときにちゃんと伝わらないという現状があります。
入学するたびに、親が、学校やそういった周りの関係機関に流されてしまいかねない状況がまだまだあるということで、やはり親へのサポート、それも地域を含めたサポートをどう打ち立てるのかということが必要なんではないかな。
その際、やはり就学時健診というものが強制であってはならないと思います。一部の地域では、ちゃんと広報に、これは障害児の行き先を決めるものではありませんということで、受診の義務はないということが知らされておりますけれども、そういった専門的な判断ということが、時に、当事者や親を逆にしんどくさせる、あるいは苦しめてしまうことが多々あるということをわかっていただきたいし、その仕組みをもう少し、本人や親の意思をもっと酌み上げる形にしていただければなと思っております。
以上です。
この発言だけを見る →一つは、やはり先ほど来私申し上げさせていただいているように、地域でともに生きてきた生活というのが、今どういうふうに生かされているのかということを、本当に考えていただきたいということです。
例えば、この間、大阪では、知的障害を持つ子供たち、これまで学力検査のために高校へ入学することはなかなか果たせませんでした。ぎりぎり、定員割れをした高校に入学が認められるというようなレベルでとどまっていたものです。それがやはり、地域の中学校あるいは小学校時代からともに一緒に過ごしてきた仲間と一緒に高校に行きたいという思いがずっと続いてきて、それが制度的に押し上げられ、今般、大阪府の方で特別コースというものがつくられ、知的障害の生徒さんを、まだまだ制度的には不十分ですし、入学定員も数が限られておりまして、希望する知的障害の方々がすべて入れるということにはなっておりませんけれども、やっと制度的に発足したということがあります。
これはやはり、地域でともに育ってきた子供たちが、高校でも一緒に、高等教育機関でも一緒に過ごしたいんだ、そしてその中で生きていくためのいろいろな努力をしていきたいんだということのあらわれだと思っております。それがまず第一点です。
この制度の意義をぜひとも知っていただきたいということが一つと、あと一つは、就学時健診というものが小学校に入る段階でありますけれども、そこで、やはりお母さんたちは、いわば専門家と言われる就学時健診の担当の方々にかなり振り回されてしまっている部分が多い。
先ほど来、ほかの参考人の方々が、的確な情報が必要なんだということをおっしゃっておりますけれども、その情報が何分にも、私、今大阪の地元で障害を持たれた方の相談活動をやっておりますけれども、やはり相談に来られる方の心理状況というのは、弱い立場に置かれているわけですね。何もわからない、どうしたらいいのかわからない。それに対して、僕なんかまだ素人の方ですから、なるべく同じ目線で話をしようとするんですけれども、やはり相手にとっては、相談に乗る方は大きく見えてしまう。そうすると、やはり就学時健診で、そこで何か言われてしまうと、もうそれに従わないといけないとか、あるいはどうしたらいいのか、ますます困惑に浸されてしまうということだと思います。
先生先ほどおっしゃったように、幼児期からの連携が必要ではないかということでありますけれども、まだまだ大阪の地でも、保育所には行けても、小学校に入る段階で壁になり、そういった健診の中で問題にされたりして、保育所でせっかく一緒に学んできた成果がそのまま小学校にストレートに伝わらない、あるいは小学校で培ってきたその子をめぐる人間関係や教育的なノウハウも、やはり中学校に行くときにちゃんと伝わらないという現状があります。
入学するたびに、親が、学校やそういった周りの関係機関に流されてしまいかねない状況がまだまだあるということで、やはり親へのサポート、それも地域を含めたサポートをどう打ち立てるのかということが必要なんではないかな。
その際、やはり就学時健診というものが強制であってはならないと思います。一部の地域では、ちゃんと広報に、これは障害児の行き先を決めるものではありませんということで、受診の義務はないということが知らされておりますけれども、そういった専門的な判断ということが、時に、当事者や親を逆にしんどくさせる、あるいは苦しめてしまうことが多々あるということをわかっていただきたいし、その仕組みをもう少し、本人や親の意思をもっと酌み上げる形にしていただければなと思っております。
以上です。
奥
奥村展三#24
○奥村委員 ありがとうございました。いろいろと、本当に頑張ってこられたお話も聞かせていただいたです。
先ほど、私は、お話を聞いているときに、同級生との触れ合いがなかったとおっしゃっていましたね。どうですか、今はそういうことはありますか。
この発言だけを見る →先ほど、私は、お話を聞いているときに、同級生との触れ合いがなかったとおっしゃっていましたね。どうですか、今はそういうことはありますか。
姜
姜博久#25
○姜参考人 おかげさまで、高校で初めていわば現実社会の冷たさも知り、でも、その中で、ようやく高校を卒業する時分には一緒に映画を見に行く友達もでき、今でもその同級生たちとは連絡は時たまあります。
ですから、私にとっては、ある意味、高校というのは現実社会を知る現場でありましたし、その中で、いかに自分が周りとのかかわりをつくって生きていくのかということを初めて身にしみて体得したところでもあります。その結果、今こうしてこのような場で、お呼びいただいて、お話をするまでの人間関係をやはり私自身がつくれてきたのだと思います。
そういった意味で、決してつらいことばかりではなかったけれども、それをきっかけにして、障害を持つ人たちは決して弱い力を持っていない、みずから生きるためのいろいろなすべを、周りとの関係の中でつくり出せるんだということを今実感しているところです。
この発言だけを見る →ですから、私にとっては、ある意味、高校というのは現実社会を知る現場でありましたし、その中で、いかに自分が周りとのかかわりをつくって生きていくのかということを初めて身にしみて体得したところでもあります。その結果、今こうしてこのような場で、お呼びいただいて、お話をするまでの人間関係をやはり私自身がつくれてきたのだと思います。
そういった意味で、決してつらいことばかりではなかったけれども、それをきっかけにして、障害を持つ人たちは決して弱い力を持っていない、みずから生きるためのいろいろなすべを、周りとの関係の中でつくり出せるんだということを今実感しているところです。
奥
奥村展三#26
○奥村委員 ありがとうございました。頑張ってください。
高原さん、いろいろ御経験のお話をいただきました。実は私も幼稚園を経営しているんです。それで、保育所に入れるか私の幼稚園に入れるかということで、結局、行政側が振り回すんですよ。これは私もじかに毎日毎日出会っているわけじゃないんですが、職員なり園長から聞きますと、保育所がとらないから、うちでどうしてもとりなさいというように行政指導があると。しかし、それには職員なり、環境整備、私立ですからしなければなりませんね。ですから、そういうようなことを現実に私も体験しています。
それと、先ほど申し上げたように、保護者の皆さんがなかなかオープンにしようとされないんです。これはやはり地域で、特に私なんか田舎ですから、隣近所、本当に何百年という歴史のあるところですから、そういうところの人の、本当にハンディをお持ちになっているということになると、萎縮されるんですよ。だから、オープンにされて、もっと保育所や幼稚園へ連れてきて、あれさしと言う、気張って努力しなさいと言ってあげるんですが、やはりそこらは難しいところですね。
ちょっといろいろ御経験の、御苦労いただいているお話を聞かせていただきました。時間、もうわずかしかありませんが、どうぞひとつお聞かせいただきたいと思います。
この発言だけを見る →高原さん、いろいろ御経験のお話をいただきました。実は私も幼稚園を経営しているんです。それで、保育所に入れるか私の幼稚園に入れるかということで、結局、行政側が振り回すんですよ。これは私もじかに毎日毎日出会っているわけじゃないんですが、職員なり園長から聞きますと、保育所がとらないから、うちでどうしてもとりなさいというように行政指導があると。しかし、それには職員なり、環境整備、私立ですからしなければなりませんね。ですから、そういうようなことを現実に私も体験しています。
それと、先ほど申し上げたように、保護者の皆さんがなかなかオープンにしようとされないんです。これはやはり地域で、特に私なんか田舎ですから、隣近所、本当に何百年という歴史のあるところですから、そういうところの人の、本当にハンディをお持ちになっているということになると、萎縮されるんですよ。だから、オープンにされて、もっと保育所や幼稚園へ連れてきて、あれさしと言う、気張って努力しなさいと言ってあげるんですが、やはりそこらは難しいところですね。
ちょっといろいろ御経験の、御苦労いただいているお話を聞かせていただきました。時間、もうわずかしかありませんが、どうぞひとつお聞かせいただきたいと思います。
高
高原孝恵#27
○高原参考人 確かに、以前、十年前です、以前の親御さんはやはりどちらかというと、わかってください、何でわかってくれないのというパターンだったと思います。でも、最近は、今言われたとおり、診断が下っていても、例えば、先生黙っていてください、絶対隠してとか、学校に言わないとか、何とかやり過ごせば大丈夫じゃないかなという方も非常にふえています。ですから、そういう中で、もっともっと親子関係も悪化してしまったりとか、学校または幼稚園ですね。
最近、私、本当に保護者から反感を買うような発言をよくしてしまうんですが、最近は、保護者の立場で、子供さんたちをきちんと見据えていない、障害を受容できていないということが非常に強いかと思います。それにはやはり、これを言ってしまったら何と思われるかなとか、よく言われるのが、いじめられてしまうんではないかとか、あと、言ってもわかってもらえないだろうというお母さん方もいらっしゃるんですね。それと、成長すれば何とかなるんじゃないの、だったらば、今、何も無理をして言わなくても済むんじゃないかとか、そういったのがあると思います。
ですから、そうではないんだというのを、特に学校ですとか園ですとか、そういった集団の場の中で、他のお母さん方から逆に指摘をされてしまって、それもいい指摘ではなくて、どうもあなたのお子さん違うんじゃないの、何かこうじゃないのと言われてしまうと、すごく親というのは閉ざしてしまうんですね。そうなってしまうと、非常に悪化してしまいます。
ですから、そうではなくて、まだお母さん方も真っさらな状態、先ほど就学時健診とおっしゃいましたが、私の場合、乳児健診、こういう場できちんと、担当している保健婦さんですとか小児科の先生方ですとか、そういった方がやはり早期に発達障害等を見定めて、専門的にきちんとした指導をしていく。そこで第一歩の、幼稚園ですとか保育園ですとか、そこできちんとした対応をされていく。そして、お母さんたちもまだその状態ですから、真っさらなんですね。いろいろ言われていませんから、ああそうかなと素直に受け入れていただけるような場が多いと思います。
そして、乳児健診というのは大体一〇〇%の方が受けますから、まず、ここの機会を逃さないでいてほしいなと思います。そして、身近に相談できる場、そういったものがあったらもう少しお母さん方も変わってくるかなと思います。
この発言だけを見る →最近、私、本当に保護者から反感を買うような発言をよくしてしまうんですが、最近は、保護者の立場で、子供さんたちをきちんと見据えていない、障害を受容できていないということが非常に強いかと思います。それにはやはり、これを言ってしまったら何と思われるかなとか、よく言われるのが、いじめられてしまうんではないかとか、あと、言ってもわかってもらえないだろうというお母さん方もいらっしゃるんですね。それと、成長すれば何とかなるんじゃないの、だったらば、今、何も無理をして言わなくても済むんじゃないかとか、そういったのがあると思います。
ですから、そうではないんだというのを、特に学校ですとか園ですとか、そういった集団の場の中で、他のお母さん方から逆に指摘をされてしまって、それもいい指摘ではなくて、どうもあなたのお子さん違うんじゃないの、何かこうじゃないのと言われてしまうと、すごく親というのは閉ざしてしまうんですね。そうなってしまうと、非常に悪化してしまいます。
ですから、そうではなくて、まだお母さん方も真っさらな状態、先ほど就学時健診とおっしゃいましたが、私の場合、乳児健診、こういう場できちんと、担当している保健婦さんですとか小児科の先生方ですとか、そういった方がやはり早期に発達障害等を見定めて、専門的にきちんとした指導をしていく。そこで第一歩の、幼稚園ですとか保育園ですとか、そこできちんとした対応をされていく。そして、お母さんたちもまだその状態ですから、真っさらなんですね。いろいろ言われていませんから、ああそうかなと素直に受け入れていただけるような場が多いと思います。
そして、乳児健診というのは大体一〇〇%の方が受けますから、まず、ここの機会を逃さないでいてほしいなと思います。そして、身近に相談できる場、そういったものがあったらもう少しお母さん方も変わってくるかなと思います。
奥
遠