戸井田とおるの発言 (文部科学委員会)

⚠️ コピーしたテキストを転載する際は、転載元URL(kokkai-data.com)および原典URL(kokkai.ndl.go.jp)を必ず残してください。発言内容の改変・出典削除は禁止です。 詳細は利用規約をご確認ください。

○戸井田委員 自由民主党の戸井田とおるです。
 きょう、ここの委員に所属はしていないんですけれども、どうですかと言われて、ある意味で簡単に受けてしまったんですけれども、勉強すればするほど頭が混乱してきて、しかし、ここに来て、今それぞれ四人の参考人のお話を聞いていたら、非常にある意味でよくわかってきた。
 また同時に、高原参考人も、本当にお母さんというのはやはり強いんだなと改めて思いました。自分のことに置きかえてみると、そういうことに耐えられるのかな、日々のそういう生活の中で、まして自分の子供がということになると、本当にこれは厳しいなと。まして、だれも周りに理解者がいないという状況でそれに対応していくというものは、まさにスーパーお母さんと言えるような感じがするんですね。
 しかし、我々はそれでおさまっていたら仕方ないわけであって、少しでもそれに近づいていこう、そういう体制を整えていこうということで今回の法改正になったんだと思います。
 また、私自身も子供は三人おりますけれども、三人とも全部成人してしまいました。しかし、その子供が成長する過程の中でもって、小学校、中学校の、特に義務教育の時代にPTAでかかわることになって、その場で実はいろいろなことを勉強させていただきました。障害者との関連、また、障害のある子供を持った親御さんが、何としても普通の学校で教育を受けさせたいということでもって、学校サイドも一生懸命それを受けようとして努力はするんですけれども、しかし、なかなかなれないもので、逆に手をとられてしまう。
 そのことを振り返ってみて、かつて、そのときにいた校長先生のところに実は電話をしまして、当時のことを、簡単にしか聞いておりませんでしたので、もう一度いろいろ確認しながら電話でお話ししていたんですね。そうしたら、大変長い時間になってしまったんですが、その当時の受け入れていたお子さんが、もう成人になっているわけですね。中学校でも、特に肢体不自由児でしたら、見たらわかるわけですけれども、松葉づえをついて、運動会でもやはり参加するんですね。マラソンがあって、それには参加するのかしないのかといったら、やはり本人は参加したい、非常に前向きな子でしたから、みんなと一緒にスタートするわけです。
 ところが、松葉づえをついてのマラソンですから、なかなか帰ってこない。しかし、子供に聞くと、みんな、じゃ、その子が帰ってくるまで待とうということで、運動会でも会場全体で待つんですね。そこに本人が一生懸命帰ってくるわけです。今思い出しても感動的な場面だったんだなと改めて痛感しますけれども、その話をするだけでも込み上げてくる部分があります。その努力というものを、やはり本人も大変だし、家族も大変だけれども、逆にその姿を見ていて、子供たちに何よりもましての教育になったんじゃないかなというふうに思うんですね。
 同時に、そこにかかわっている子供たちが一番だれよりも理解している。身近にいて、そばにいて生活を一緒にしている子供たちが、その障害を乗り越えてというか、障害を障害と見ていないというか、自然にそれを受け入れて、クラスメートとしていく。
 ほかにも、重度の障害、重度といっても学校に通えるぐらいでしたが、その女の子がいて、先生は何とか、養護学校へ行った方がいいんじゃないかとかいう話があったらしいんです。親が何としてもということで、卒業して、よかったわけなんですけれども、後で養護学校の先生から、やはり今養護学校に通わせておいた方がよかった、それはなぜかというと、生活の基本的な、排尿の訓練だとかそういうことができていなかった、そう言われて、その先生もやはりまずかったのかなと思いながらも、今大人になって訪ねていくと、学校時代の友達でできたネットワークというか友達の関係というか、そういうものがやはりその人の財産になっているなということを思ったら、そのとき、本当に養護学校へ行ってしまった方がよかったのか、それともこっちでみんなと一緒にしていたのがよかったのか、実は正直言ってわからないところもあるんですというようなことも言われておりました。
 ましてや、今お話のありましたLD、ADHDという障害になってくると、一般の人にはなかなか理解できない部分があるということになると、専門家をやはりたくさん養成していくということが大事なんだろうというふうに思いますし、また同時に、一般の人にそのことを知ってもらうことが大切だということを、今お話を聞いていてもよくわかりました。
 しかし、では、どういう方法でということになってくると、私は、最終的にはやはり学校なんじゃないかなという気がするんですね。学校の中でそういう体制をつくっていって、大人が理解できなくても、子供が、今のその先生の話を聞いていたら、非常に理解が早い、また、それに対応できるということを考えてみると、小学校の教育、中学校の教育というものをしっかりとこうした制度の中に立ち上げていって、多くの理解者をつくり上げていくということなんだろう。また、そんな子供たちが将来ボランティアで参加してみたり、そういう中でより理解を深めていくことにつながっていくんだろうというふうに思います。
 ノーマライゼーションという言葉を聞いてからかなり時間がたつわけでありますけれども、その後にインクルージョンというような話も出てくる。最初は何なのかなと思いながらも、やはり少しずつ理解が進んでいくということ、そのことの大切さというものを改めて痛感いたしております。
 そこでお伺いしたいんです。
 今回のこの体制をつくっていって、実際に今の状況の中に十分対応できるだけの体制がとれるんだろうか、その辺のところをそれぞれのお立場からコメントしていただけたらありがたいと思うんです。

発言情報

speech_id: 116405124X01920060613_011

発言者: 戸井田とおる

speaker_id: 11639

日付: 2006-06-13

院: 衆議院

会議名: 文部科学委員会