小坂憲次の発言 (文教科学委員会)

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○国務大臣(小坂憲次君) 大変根幹的な問題意識だと思いますが、今回、ここに豊かな心という表現を使っていることについて、国民の皆さんまた教育の現場の皆さんにとって非常に抽象的な表現になるかもしれませんが、ある意味で今日的な問題意識をうまく表した言葉であることも事実じゃないかなと思うんですね。それを解説して、今局長が申し上げたようなこと、それを一つ一つ取ってみて、いや、それはごもっともだとおっしゃっていただけるように、そういったものの大切さというものについてみんなが今意識を持っている。これを実現するにはどういうふうにするかというと、昔のような社会を取り戻すということであってはこれはなかなか難しいものなんですね。今、無い物ねだりみたいになってしまいます。開発の済んでしまった田んぼのなくなった都会を田んぼを作れと言っても無理でございます。
 私は、豊かな心というのは北岡委員がおっしゃったものと非常によく似ていると思っております。いろんな事象に対して感応する心だと思います。それはすなわち、我々の育った環境を振り返りますと、人間が生まれて育っていく過程の中でいろんなことにぶつかります。人は自分の体験したことをもって人の体験を測ることができるわけで、思いやりの心というのは、自分が痛みを感じたときに、同じ事象に至ったときに相手が同じ痛みを感じるだろうと想像できるわけでして、自分が体験したことのないことについて相手の立場を想像することは非常に難しいんですね。
 ですから、そういう意味で、いろんなことに感応する心を持つためには、それらの幅広い体験を持つことにつながってまいりますから、私ども、昔は田舎と都会の差というのはそんなに大きくなかった。都会にあっても、交通機関は発達しているけれども、同時にちょっと行けば田んぼもあり田園風景もあった。ところが今は都会というところは幾ら行っても田園風景がないんですね。ですから、同じような体験をみんなが持とうと思ってもその範囲は非常に限られてまいりました。逆に、都会で感じることを我々地元へ帰ってみるとなかなか体験しにくい。文化のレベルにおいてもそうでございます。
 したがって、この豊かな心というものを醸成するためには、できるだけいろいろな体験を教育現場で、いろんな道具を使いながら、疑似体験も踏まえながら体験を増やしていくということでそれに補っていくということしか今はできないのかもしれません。私は、そういうことを通じて、この豊かな心の醸成について各現場が取り組んでいくことが現実的な手法であろうと思っております。
 今委員が御指摘いただきましたように、体験学習や萩に行ったときの志の教育と。志を持つということは本当に大切なことであり、クラーク博士のボーイズ・ビー・アンビシャスという言葉を習って、当初は何だろう、大志って何だろうと思っていても、だんだん自分が人生を重ねるに従って、その言葉に対して、ああ、分かってきたような気がする、だんだん分かってきたような気がすると。
 やはり、教育というのは、最初分からなくても、自分の経験を積む中で理解できるようなことも教えておくこと、それも必要なんだと思いますから、そういった幅広い教育を行えるような環境をつくること。特に、最近欠けている、今日的な課題と言われるような公徳心だとか思いやりの心だとか、そういったものをつくるにはどうしたらいいかといえば、やはりこの学習指導要領の改訂の中で今議論されているような、そういったことが逆に言えば実現できるような学習指導要領をまとめなきゃいけないわけでございまして、そういった形でこの豊かな心というものを皆さんに理解いただけるように、またそれを、こういった数少ない言葉ではありますけれども、その中から感じ取っていただけるような表現で努力していきたいと。私は、この豊かな心というのは、それぞれの皆さんが感じる感じ方が若干違っていても、しかし大宗において方向性は御理解いただける、またそれを取り戻すことが今日の社会を正していく一つの道筋になるだろうと考えているところでございます。

発言情報

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発言者: 小坂憲次

speaker_id: 23810

日付: 2006-03-16

院: 参議院

会議名: 文教科学委員会